濃緑の密林の中を、朱い鳥居がまるで迷走する血管のように立ち並んでいる。 その朱鳥居の細道の中を、黒い影のようなクラゲ型の化物が列を成して進んでいる。 異形の名前は【夢のクリスタライザーの守護者】。 夢の大帝ヒプノスの忠実な僕にして、幻夢郷の物品を現実世界に持ち出すためのアーティファクト『夢のクリスタライザー』を、本来の持ち主であるヒプノスの元に奪還するために現れる追跡者。 鳥居に封じられていた【夢のクリスタライザーの守護者】は、数十年の間に積もりに積もって二百十六体。 封印の要であった護鬼・佐々木武雄が、ルイズの『爆発』によって一時的に機能不全に陥ったために、彼らは解き放たれたのだった。 タルブ村の北東、艮の鬼門に造られた祠は、天皇に奉じた『夢のクリスタライザー』が中心に据えられており、天皇信奉者の佐々木武雄を基点に、彼が幻夢郷で彷徨っている間に身に付けた呪法や見立て魔術や似非神道などを手当たり次第に用いた結界陣地となっている。 さらに村に広められた『とおりゃんせ』のわらべ唄(呪歌)による共同幻想の括りの作用すら使って、『夢のクリスタライザーの守護者』を封じるための結界が築き上げられているのだ。――――御用のないモノ 通しゃせぬ 護鬼・佐々木武雄が認める者以外は、御神体に辿りつけない。 余所者が御神体まで辿り着くには、氏神である佐々木氏の加護を受けた血族や村人を連れて参内するしかない。 ルイズたちは、シエスタを伴っていたことで図らずも条件を満たしていた。――――行きはよいよい 帰りは怖い 入れはすれども、出ること能わぬ鳥居結界。――――怖いながらも とおりゃんせ とおりゃんせ だけれども、その朱鳥居の参道は、「ここを通れ」と外敵を誘引する。 そして袋小路に入り込んだ招かれざる客は、外に出たくば、護鬼を滅ぼすしか無い。 しかし、この佐々木武雄、ただで倒させてくれるような容易い相手ではない。「うおおお!」 斬。斬。斬。斬斬斬斬斬斬―― 黒光りする超鋼の甲冑がその手に持った軍刀を一振りするたびに、猫目海月は散り散りになり、その破片は花吹雪のように渦巻いて甲冑や刀に吸い込まれるように消えていく。 鳥居の封印から解き放たれてこの場に集った【夢のクリスタライザーの守護者】は二百十六体。 だが、それは刻一刻とその数を減らしている。「腑甲斐無いぞ! 貴様ら!」 異形を食い散らかしながら、強化外骨格『雹』に身を包んだ護鬼・佐々木武雄が吼える。「斬られるだけなら、犬でも出来る!」 その間にも佐々木は軍刀を振り、あるいはその全身をこれ威力と化して、揺らぎ並ぶ【夢のクリスタライザーの守護者】を蹴散らす。 だが何も猫目海月の異形の方もそのまま為されるがままになって居るわけではない。 長く伸びる触手を使って、何度も『雹』ごと佐々木武雄を拘束しようと試みている。 しかし、その試みは上手くいかない。 高速で動く佐々木武雄は触手を避けて切り刻んでいく。「斬ってこい!」 佐々木の挑発に乗った訳ではないだろうが、ギロチンのような大刃に変化させられた異形の触手たちが『雹』を砕かんと迫る。 しかし『雹』にはその刃は通らない。 ただでさえ長い間結界によって押さえつけられ弱体化している異形たちは、無双の鎧『雹』の防御を抜くことが出来ない。 鎧に防がれた斧手の群れは、返す軍刀の刃によって、十把一絡げに切断されて宙を舞う。 まるで神のまにまに紅葉の幣(ぬさ)が吹き散るようだ。 斬撃が通じないと見るや、次に異形たちはその触手を槍のように変化させる。 線でダメなら、一点突破の突撃ということだ。 そして不規則にうねって軌道を読ませない幾百本の触手が、『雹』に殺到する。「そうだ、突いてこい!」 だが佐々木はそれを捌く、捌く、捌く。 目にも止まらぬ速さで触手の群れをいなし、捌き、絡めとり、引っ掴んで、千切り折る。 埒が明かぬ、と異形たちは触手を束ねて大綱にする。 身の丈ほども太さがある巨龍のような捻れた触手の束が鎌首をもたげ、『雹』に激突した。 だがそれも、『雹』をほんの数メイル後退させただけ。 受け止められた触手の束は、赤熱化した『雹』の装甲から立ち昇る獄炎によって焼き尽くされ、昇華されて消えて去る。 『雹』はそのまま背後から推進剤を猛烈に噴射して前進。 爆走する火の玉となって異形の本体たちを蹂躙する。「おおぁあああっ!」 赤熱化した『雹』の加速削減走によって轢滅された異形たちは陰も形もなく溶けて消える。 『雹』が喰ったのだ。 佐々木武雄は不死身の異形たちを封じるために、朱鳥居ではなく自らの身体を依代として選んだのだった。 残りの異形は半分以下か。 同じく『雹』の突撃によって、鳥居結界も参道の半ばまで瓦礫と化してしまっている。 朱い柱と石段の瓦礫とまだ無事な朱鳥居の境界で、両腕を広げて護鬼・佐々木武雄は咆哮する。「さあ来い! 骨のある奴出てこい!」 その間にサイトが出来たことと言えば、「クラゲに骨はないだろ……」と呆然と突っ込むことくらいであった。 サイトがあまりに理不尽で一方的な虐殺に顎を落としているときに、ルイズとシエスタは目を輝かせながら戦闘を見ていた。「ひいおじいちゃん、かっこいい……」「凄い凄い、スゴーイ! これが! これが、これこそが! 私が求めた力! 『夢のクリスタライザー』の力!」 そんな彼らに『雹』の猛攻をすり抜けた異形が迫る。 鳥居が破壊されたことで、異形の進路を参道に限定していた結界が崩れたのだ。「むっ、いかん!」 脇を抜けた異形に気づいた佐々木武雄in『雹』が触手を引きちぎりながら振り返る。「心配ご無用ですわ。ミスタ・ササキ。この境内は『夢のクリスタライザー』の効果範囲なのでしょう? それにこの程度――」 ルイズが微笑みながらマジックカードを掲げる。 それを護るようにサイトがデルフリンガーを振りかぶって猫目海月の異形に斬りかかる。「どおりゃあ!」「――私の従者にかかれば問題ありません」 六千年の時を経た魂を、蜘蛛の侏儒の手による刀身に封じた魔刀デルフリンガーは、たとえ実体のない夢の国の尖兵であろうと、その存在の重みによって容易く斬り裂く。 デルフリンガーによって斬り裂かれた【夢のクリスタライザーの守護者】は、切り口を再生させつつ一旦ルイズたち三人から距離を取る。 佐々木武雄がやっているように、攻撃と同時に封印するか、圧倒的な魔力で焼き尽くさなければ、異形を無力化することは出来ないようだ。 それを見た護鬼・佐々木武雄は、参道に残る異形たちに向き直る。「ならば良し。少年! 直ぐに片付けて援護に向かうゆえ、しばし持ちこたえよ!」「応!」【かかか! 誰に物言ってやがる! こっちは天下無双のガンダールヴだぜ!】「その意気や好し!」 超鋼が乱舞し、影のような異形がその周囲で細切れとなって吹き荒れる。 一方サイトは影の異形の伸ばす触手と切り結ぶ。 異形のネコ科の猛獣のように黄色く輝く瞳と、サイトの視線が交錯する。「行かせねぇ、っての!」 数十もの触手の塊を、サイトは残像を残すような速さで斬り弾く。 サイトの挙動が速すぎて何十もの斬撃音が重なって聞こえる。「うふふ、じゃあ私も『夢のクリスタライザー』の効果を試させてもらっちゃおうかしら」 ルイズは妖しく三日月のように微笑むと、マジックカードから一つの魔法を選択行使。「現世は夢、夜の夢こそ真(まこと)。白昼夢の水魔法――『デイ・ドリーム』!!」 水魔法『スリープ・クラウド』の亜種、覚醒したまま夢を見させるための魔法『デイ・ドリーム』の霧が、ルイズたち三人を包み込んだ――。 『夢のクリスタライザー』の効果は、夢から覚めたときに、幻夢郷の物品を現実世界に持ち込むというもの。 ならば、『夢のクリスタライザー』の効果範囲内で、起きながらにして夢を見ればどうなるのか。 夢と現が重ね合わされることで何が起きるのか。 その結果は、幻夢郷と現実の融合に限りなく近い形での、リアルタイム二重顕現の実現である。 精神力の及ぶ範囲において幻夢郷では、任意の物品を作り出すことが出来る。そして『夢のクリスタライザー』の効果が続く限り、幻夢郷において想像から創造した物品を、現実世界に“クリスタライズ”出来るのだ。 現実世界に現れるのは、夢の物品だけではない。 当然ルイズたちの肉体も、重ねあわせの効果によって、幻夢郷での肉体へと変貌するのだ。「うふ、うふふふふ、ふふふふふふふふ!」 霧が晴れる。 ルイズの昂揚した笑い声が響き渡る。 そこに居たのは二人の女と一人の男。 一人は巫女服に身を包んだシエスタ。 恐らくは護鬼にして巫覡(ふげき)である佐々木武雄氏の血族であることが影響して、巫女服姿へと変貌したのだろう。 背丈や体格顔つきは、現実世界の姿と殆ど変わりがない。 もう一人、筋骨隆々とした男のほうは、おそらくサイト。 蛮族(バーバリアン)のような、要所を覆うのみの地肌が見える軽鎧を付けている。 そしてその地肌には龍の刺青が見える。 龍の刺青の左眼と、彼自身の左眼は重なっており、彼の顔面の左半分を龍の顔を象った刺青が覆っている。 彼の左顔に端を発した龍の刺青は、彼の全身に巻きつくようにして施されている。 いや、それは龍というよりは、四肢がないことから見るに蛇を象ったものなのかも知れない。 背中には大きく翼の紋様も彫ってあるようだ。 ベイビーフェイスの刺青バーバリアンが、夢の世界でのサイトの在り方のようである。 そして霧の中心から現れた、ボディラインに張り付くようなドレスに身を包んだピンクブロンドの美女。 何故か翡翠の玉座に、傲岸不遜に腰掛けている。 ドレスの胸元は大胆に開いており、彼女の見事なプロポーションをした肢体の胸の谷間を強調している。 夢の霧は彼女を中心に轟々と渦を巻いている。 彼女が正しく中心で、彼女は正に女王だった。 威風堂々。 彼女を中心に膨大な魔力が放射され、佐々木武雄が創り上げた境内の結界――彼自身の戦闘行為によって半ば以上は決壊していたが――を塗り替えていく。 密林の湿った土の匂いから、静謐な湖畔の香りへ。 密林から風渡る湖へ。 一変する景色の中、その結界の塗り重ねの勢いで、三人の間近に迫っていた【ドリームクリスタライザーの守護者】の一体が突風に耐えかねたかのように吹き飛ばされる。 夢の女王が優雅に艶やかに立ち上がる。 彼女の髪は彼女の風の担い手としての力を反映してか、ふわふわと揺らいでいる。 陶然として、ルイズが腕を大きく広げる。「ああ、実に清々しい気分……。まるで新年の朝におろしたての下着を身につけたような爽快さ。そして最高にハイってやつよ! さあ、パーティを始めましょう! ディナーは海月尽くしだけれどね」「ちょっと待った」「何よ、サイト?」「……戦闘に移って諸々有耶無耶になる前に突っ込んでおきたいことがある」「いいわ。聞いてあげる。さっさと言いなさい」 女王ルイズは腰に手を当ててサイトの方を見る。 邪魔をされたせいか、彼女の細い腰に当てられた左手が平素の癖で苛立たしげに擦り合わせられている。 逆立てられた柳眉すらもセクシーだ。 サイトはもう一度、推定ルイズ・フランソワーズ(?)の全身を舐め回すように見る。 背丈は170サントほど、見事なプロポーション、緩やかにウェーブする長く美しいピンクブロンド――頗る付き(すこぶるつき)の妖艶な美女が、玉座が置かれた段の上に立ってサイトを見下ろしている。 そして軽鎧姿の刺青男(サイト)は油断無く周囲を見回しながら、息を吸い込み、吐き出し、もう一回吸い込んで。 ひねりを加えて躍動的な所作で以て思いっきり突っ込んだ。「誰 だ 手 前 ぇ ! ?」【おでれぇた。随分育ったなあ、ルイズの嬢ちゃん】 デルフリンガーのしみじみとしたツッコミが何だか感慨深い。 色々と数奇な運命を辿っているらしい魔刀は、この程度では動じないらしい。 6000歳の年の功が無駄に発揮されていた。◆◇◆ 蜘蛛の巣から逃れる為に 19.Crystallizer of Dreams◆◇◆「随分失礼な言い草ね、私の従僕」「いやいや! 色々と盛りすぎだろ!」 身長とか胸とか。 モリモリ増量中って感じ。 いくら夢の中の姿とは言え、ここまで『あるべき自分』の欲望がストレートに現れていると、いっそ清々しい。 感心すらする。 ルイズは片手を振るって近づいてきていた【夢のクリスタライザーの守護者】を風の槌の連弾で弾き飛ばす。 こつこつとハイヒールで王段を降りて、未だにツッコミ姿勢で固まるサイトに近づき、その頬にスッと手を添える。 戦場の中、息遣いが聞こえるほどの近くで、主従が見つめ合う。「それを言うならアンタだって色々と面白いことになってるわよ。全身入れ墨とか……、あら?」 サイトの左眼から始まる蛇の刺青を撫でていたルイズが何事かに気が付き、その目を鋭く細める。 夢の女帝の視線を受けて、刺青が身じろぎするように脈動した――ように見えた。 気のせいだろうか?「……うーん? 私の欠片が混ざってる? 帰って来ないと思ったらサイトに喰われて混ざってた? いやでも――」「ルイズさん! いちゃついてる場合じゃないです! 敵! 敵が来てます! 私、この姿じゃ銃もないし、どうしたら良いか――」 巫女服のシエスタが御幣を握りしめてわたわたと慌てて迫り来る猫目幽霊海月の異形たちを指差す。 護鬼・佐々木武雄の横をすり抜けて、さらに二三体がやって来ていた。「別にいちゃついてなんていないわ。それじゃあ行くわよ、サイト。着いて来なさい」「お、おう」 どぎまぎしながらサイトが答える。 心なしかその時、彼の蛇の刺青が蠢き、全身を絞めつけたように見えた。 嫉妬しているのだろうか?「あの、ルイズさん、私はどうしたら」「祈りなさい」「ええ!?」「夢の巫女なんだから、祈るのがこの場で最も効果的な後方支援よ。私の勝利を。あなたの尊属の無事を。祈りなさい。一心に」 諭すようにルイズは言い残して、サイトを連れて異形のもとへと赴く。 シエスタは御幣を握り直すと、目に力を込めて頷いた。「……はいっ! 祈ります! どうかご無事で! サイトさんも!」「当然よ。私たちを誰だと思ってるの? 私は極零(ゼロ)のルイズ。虚無遣いにして、夢の国の女王」「んじゃあ俺は『ゼロの使い魔』って訳だ」【かはは、成程なるほど、そりゃあ負ける訳には行かねぇなあ、ガンダールヴ。いやさ、相棒】 大帝ヒプノスの尖兵の一匹や二匹、百匹や二百匹、一体何のことは在らん。 そうしてゼロの主従は笑って突撃する。◆◇◆ ゲルマニア首都ヴィンドボナは、活況であった。 結婚景気。 ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世と、トリステイン王女アンリエッタが結婚するためだ。 ゲルマニアとトリステインの各地から名だたる貴族が集まり、祝うべき(内心はどうあれ)婚姻のための舞台を営々と整えたのだ。 歴史に残るようなイベントにするべく、惜しみなく財が投入された。 この結婚式には両国の貴族は勿論、軍隊、官僚、民間、全ての者が関心を持っており、それだけの人間が動けば、モノもカネも相応に動くため、その経済効果は莫大な物になる。 そして、その晴れの舞台において、両国政府、軍、諸侯の要人たちが見守る中、結婚式はいよいよ大詰めに向かっていた。 皆の視線の先で、主役の二人、これから夫婦になる二人が、高名なブリミル祭司の前に立っている。 即ち、新郎・アルブレヒト三世と、新婦・アンリエッタ。 大きな、この結婚式のためだけに造り上げられた教会の聖堂。 何百人もの観衆が固唾を飲んで二人を見守る。 ある者は不安気に、ある者は嬉しそうに。 彼らの足元を、荘厳さを演出するためか何かのスモークが流れていく。「――――新郎アルブレヒトは新婦アンリエッタを愛することを誓いますか?」「はい、誓います」 いけしゃあしゃあと。 アンリエッタはウェディングベールに覆われた中で、鉄面皮のような笑顔の仮面を纏って、アルブレヒトに向かって内心で毒を吐く。(欲しいのは私ではなく、私の血筋だけでしょうに) 今更ゲルマニアがトリステインに領土欲を出すわけがないのだ。 ただでさえ開発しきれないほどの辺境を抱えているのだから。 目の前の男は、女としてのアンリエッタを求めているわけでも、トリステイン王女としてのアンリエッタを求めているわけでもなかった。 単なる血統証としてしか、彼女を見ていない。(今に見ていろ。軽い気持ちで私を求めたことを、後悔させてやる) だが、まだだ。 まだ、今暫し、準備に時間がかかる。(吠え面かかせてやる) 司祭が誓句を続ける。「――――新婦アンリエッタは新郎アルブレヒトを愛することを誓いますか?」「……」「……。こほん。――――新婦アンリエッタは新郎アルブレヒトを愛することを誓いますか?」「……」 沈黙。 新婦は木石の如く黙して語らない。 ざわざわと周囲の者が何事かと心配し始める。 アルブレヒトは泰然自若。 オトナの男の余裕である。(どうせこれが最後の抵抗なのだ。可愛いものだ。ならばそれくらい大目に見てやろうじゃないか) だがしかし、これは実際のところ、可愛い抵抗(・・・・・)などというものでは、断じてなかった。 尤も、皆がそれに気がついたときは、手遅れであったのだが。 無為に時間が流れ、それに応じて、床を這うスモークが徐々に嵩を増していく。「――新婦?」「……。私は――」 漸くアンリエッタが口を開く。「私は、この婚姻を望みません。私が求めるのは“くちづけ”ではありません」 一瞬、会場が完全に無音になる。 皆、理解が追いついていないのだ。 まさか。 よもや。 ここで婚姻を拒否するほどに。 ここまでアンリエッタ王女が莫迦者だとは。 有り得ない。 面白くなってきた。 気でも狂ったか。 会場中の視線が彼女に集まる。 何時の間にかウェディングベールは上げられており、彼女のその恐ろしい笑顔が露になっていた。 覚悟の決まった女の顔というのが、こうまで恐ろしいものだとは。 そして会場が怒号に包まれようとしたその刹那。 全員の視線とアンリエッタの視線がぶつかったその刹那。 その空白の時間に彼女の可愛らしい唇から、這いずり回るナメクジを思わせるような恐ろしく悍ましい声が漏れ出た。「“跪け”」 何を馬鹿な。 そう思おうとした次の瞬間には、 ざ、 と音を立てて、皆が皆、跪いていた。「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」 彼女は賭けに勝った。「な、こ、これは、一体……!?」 辛うじて面を上げて言葉を発することが出来たのは、アルブレヒト三世と幾人かのみ。「あははははははははははははは!! つい先日、私、スクウェアに目覚めましたのよ。アルブレヒト閣下」 違う、そんな事を聞きたいんじゃない。 パクパクと酸素を求める金魚のように、アルブレヒトの口が動くが、声にならない。 呪縛されているのだ。 鬼のような声に。 夜叉のような声に。 般若のような声に。 深淵の呼び声に。「トリステインは水の国。その王女たる私の系統は、やはり水。種明かしが必要かしら? まだ分からないのかしら?」 誰もかれも身動きがとれない中で、彼女はその身から有り余るほどの魔力を吹き散らせる。 演出用の霧が、魔力を受けて揺らぐ。「目が合ったじゃない。皆、皆、私と目を合わせてしまったじゃない! あはははははははっ」 その言葉で漸く皆が思い当たる。 水のスクウェア。 目を合わせて発動させる。 命令の強制。 ――水の禁呪『制約(ギアス)』。「そう、漸く分かったかしら? 理解したかしら? ギアス! ギアス! ギアス! 私とウェールズ様の仲を引き裂く者たちには、禁呪程度が丁度いいわ!!」 それを聞いてある者は戦慄した。 これほどの人数に一瞬で制約の魔法を掛けられるとは、トリステイン王女アンリエッタ恐るべし、と。 だが、多くの者は安堵した。 ギアスによる呪縛であれば、じきに解ける。 今暫く我慢すれば、このわがまま姫の起こした騒ぎもオシマイだ、と。「あはははははははは! 安堵したわね! 油断したわね!」 クルクルと、狂々とアンリエッタ姫は聖堂の中心へと踊り出る。「残念でしたーーー!!」 あっかんべー、と王女はまるで悪戯が成功した子供のようにおどけて見せて、手に持ったブーケの中から杖を引き出す。「これで終わりと思うなよーー!?」 彼女が杖を振る。 すると、それに応じて、会場全体を覆うスモークが、桃色に発光し始める。 それは演出用の霧などではなかった。 断じてただの霧ではなかった。 これこそが、彼女の策の要なのだった。「あはははははは! みーんな、みーんな、私の虜になぁあれぇえええ!!」 聖堂全体を覆う霧に混ぜられた、惚れ薬。 ピンク色に輝くそれは、跪いている者たち全ての鼻から、口から、喉から、肺から速やかに吸収される。 今更息を止めてももう遅い。 既に全員の体内に秘薬は行き渡っている。 『制約』の魔法で跪かせたのは、惚れ薬の霧を吸い込ませるためだった。 そしてまだ、ギアスの効果は残っている。 あとワンアクションくらいは、言う事を聞かせることが出来る。 付け加えて、惚れ薬の効果は『最初に見た相手』に限り有効。 ならば、ここでアンリエッタが下す命令とは――。「コッチヲ見ローーーー!!」 跪いていた全員が、一斉に顔を挙げてアンリエッタを見る。 見る。 見た。 見てしまった。 そして次の瞬間、老若男女すべて、一切合切の区別なく、魔性の姫アンリエッタの下僕と成り果てた。 アンリエッタは、愛の下僕となった皆が跪く中を歩く。 彼女の足の向かう先には、トリステイン宰相マザリーニ。 結婚劇の仕立て役。 憎き憎き、しかし、これまでトリステインを支えてきた苦労人。「マザリーニ」「姫様……。なんということを……」 いかなる奇跡か、マザリーニは辛うじて正気を保っていた。「どこからこれほどの秘薬を……。いや、一体これからどうするというのです。こんなこと、マリアンヌ大后陛下がお許しになりませんよ」「お母様が? あははは、お母様が、何ですって?」 ケラケラと笑いながら、彼女は杖を振るう。 その先には、皆と同じく跪くマリアンヌ大后。 氷の矢が、マリアンヌの胸を貫く。「お、おおおお、何という、何ということを!!」「あはははははは!! マザリーニ! あなた、頭の中まで鶏になっちゃったの? アレの何処が母親なのよ!?」 胸を貫かれたマリアンヌは崩れ落ち、そして、小さなマリオネットのような人形に変わった。「スキルニル!?」「そう。スキルニル」「では本物の陛下は何処に?」「さあ、シャンリットで瓶詰めにでもなってるんじゃないかしら?」 アンリエッタが平らな瞳でマザリーニを覗き込む。「さっきの『この量の秘薬は何処から?』っていう答えだけれど」 スキルニルのマリアンヌ大后。 明らかに有り得ない量の惚れ薬。 そしてシャンリット。「これだけの量を準備できるのって、一つしか無いでしょう?」 そう。 シャンリット。 あの蜘蛛塗れの背教者ども。「ずいぶん高く買ってくれたわ。始祖の血筋って貴いだけでなくてお高いのね」「あなたは、あなたは!!」 勉強にーなりましたー、等と言って一人うんうん頷くアンリエッタ王女を見て、マザリーニは顔色を失う。「あなたは! 実の母親を、売ったのですか!? あの蜘蛛どもに!?」 そう言えば、あの蜘蛛の眷属の千年教師長の姿は見えない。 昨日まではこの式典の賓客として参加していたはずではなかったか? あの知識の亡者が、この無垢な姫に入れ智慧したのか!?「ええそうよ」 じろり、とアンリエッタが皿のような瞳で、虫のような瞳で、死んだ魚のような瞳で、深海魚のような瞳でマザリーニを睨む。「ええそうよ。売ってやったわ」「なんてことを」「あはは、可笑しい、マザリーニ」 何言ってるのか分からないわ。 ゴロリと首が落ちそうな勢いで、アンリエッタは首を傾げる。 心底、不理解。「あの人と貴方は、私をゲルマニアに売ったじゃない。私を売るのは良くて、あの人を売るのはイケナイの?」 奈落の底のような目がマザリーニを射すくめる。「王族の責務というなら、先ずはあの人が責任をとって身売りするべきよ。男子を産まなかった責任。王座に就かなかった責任。国が衰退して滅ぶ責任。娘に全部押し付けて逃げようだなんて、そんなの虫が良すぎるわ。そして確かに責任はとってもらった。あの人の身代金で購ったお金のおかげで、トリステインとゲルマニアの首脳は、全員私のしもべになった。身一つでゲルマニアがトリステインのものになったのだから、あの人はきちんと王族として国を救ったわ。まあ! なんて素晴らしい自己犠牲でしょう!」 マザリーニはこの情念の怪物を前にして、口を噤まざるをえない。 アンリエッタ姫の暗い瞳が、マザリーニを覗き込む。 深淵の瞳。 もしも自分にこの方の二つ名を付ける機会があるのなら――「あなたには秘薬(クスリ)の効きが悪いようね。さあ、ではもう一度――『制約(ギアス)』」 ――『深淵』のアンリエッタ。 その名がきっと相応しい。 それを最後に鶏の骨と呼ばれた宰相の正気は消えて失せた。「じゃあ、マザリーニ。ウェールズ様は一体何処にいらっしゃるのかしら?」「……ラグドリアン湖畔に御座います。我が愛しの姫殿下」「まあ! ラグドリアン! それは素敵! 私とウェールズ様が最初に出会った思い出の土地! なかなか気が利くじゃないの!」「はっ! ありがたきお言葉!」 目から正気の光を失った老宰相が頭を下げる。「では皆の者。祝言の用意を! 向かう先はラグドリアン! そうね、結婚祝いのプレゼントはアレにして頂戴――」 アンリエッタが遥か遠くを仰ぎ見る。「――アルビオン大陸!!」(ウェールズ様……。この身があなたと結ばれぬ運命というならば、そんな運命はこっちから願い下げですわ。国という垣根が私たち二人の仲を阻むなら、そして私たちがそこから自由になれないというのなら、そんなものは全て、全て、全てぶち壊してやりますわ。どんな手を使ってでも! そして全ての国という国を平らげたら、もはや私たち二人の愛を阻むものはなくなります。――あなたをハルケギニア大王にして差し上げますわ、ウェールズ様。ああ、ウェールズ様! ウェールズ様! ウェールズ様! ウェールズ、ウェールズ、ウェールズ、ウェールズ、ウェールズウェールズウェールズウェールズウェールズウェールズウェールズウェールズウェールズウェールズウェールズ――――)◆◇◆ 【夢のクリスタライザーの守護者】の最後の一体が消えて去る。 そして虚無の主従と『夢の卵』の護鬼が対峙する。 密林の丘の頂上に広がる、静謐な湖の上に彼らは立っている。 ドレスの妖艶な美女と軽鎧の刺青戦士。 強化外骨格に身を包んだ護鬼。 揺らぎ一つ無い湖面が、鏡写しの逆しまに彼らの姿を映し出す。「協力感謝する、ハルケギニアの魔女よ」「いえいえ。私どもはほとんど何もしておりませぬ。瞬く間にミスタ・ササキが平らげてしまいましたもの。私どもはその食べ残しを頂いたに過ぎませぬ」「ははは、謙遜めされるな。貴女が祠と曾孫を守ってくだすったのは分かっておる。その立ち居振る舞い、さぞかし名のある貴族のご令嬢とお見受けする。名を伺っても?」「ルイズ・フランソワーズ」「そうか。ルイズ殿。それで、ここにはいかなる用で参られた?」 返答次第では生かしては帰さぬ、と佐々木氏は鬼気を強める。 そこに出し抜けにサイトが口をはさむ。「佐々木さん。あなたは日本帝国軍人、ということで合っていますか?」「如何にも。そういう少年は日本人か?」「平賀才人。あの大東亜戦争が終結してから60年はあとの時代に生まれた日本人です」「そうか。平賀くん、戦争には、敗けたのだろう? 我が国は」「はい。敗戦しました」「そうか」「……驚かないのですね。少し、意外です」「……私は南海支隊に居たのだがね、各地で負けが続き、物資が欠乏していたことくらいは知っているし、実感もした。敗けるだろうというのは、分かっていたよ。そして、それほどまでに追い詰められていたからこその、『夢の卵』の奪取計画だ」「『夢の卵』……。祠の奥に祀られている『夢のクリスタライザー』の事ですか」「そうだ。お偉いさん方は、神風を吹かせたかったのさ。何を馬鹿なと思うかもしれんが、実際にあの『夢のくりすたらいざー』の威力を、神威を見てみれば分かる。私がアレを内地に持ち帰れていれば、日本はあるいは持ち直したかも知れない。そんな最早有り得ない夢を見させてくれる、正しく『夢の卵』と呼ぶに相応しいものだよ、アレは」「ええ。確かに素晴らしい物なのでしょう。しかし、それがなくとも、日本人は、大都市の空襲や二度の原子爆弾の投下による焦土から、敗戦から立ち上がった。私の時代、日本は世界有数の経済大国になっていました。人々は飢えることなく、戦火にさらされず、平和を謳歌しています」「そうか。素晴らしい」「いえ、あなた方の世代の挺身があればこそです」「ふふ、世辞はいいよ。そうだ、陛下は、陛下は無事だったのかい?」「……昭和は64年まで続きました。現在は、元号を平成と改め、当時の皇太子殿下が即位されています。統帥権などは失いましたが、今も国の象徴として、天皇家は存続しています」「……そうか。私たちの陛下は、もう亡くなられたのだな」「……はい」 なんとも言えない空気が流れる。「しんみりしている所に悪いのですが」 ルイズが割って入る。「私は、その『夢のクリスタライザー』を譲っていただきたくて、参りました」「無理な相談だ、と言いたいところだが、こちらも貴女に用があるのだよ、極零の魔女よ」「……? 私に用とは?」「幻夢郷には『極零の魔女は、世界を越える力を持っている』という噂がある。貴女は幻夢郷では有名なのだよ」「はあ、そうなのですか」「そうなのだ。そこで、だ。この『夢の卵』を日本に送って欲しいのだ」 佐々木氏は祠を指さして、ルイズに願いを言う。「平和な世になろうとも、これほどの呪物ならば、きっと祖国のために役に立つ。どうか送ってはもらえまいか」「……それは出来ません。私は『夢のクリスタライザー』が欲しいのですから」「やはりそうか。――ならば」 佐々木氏は構えを取る。 臨戦態勢。「勝負。私が勝てば、『夢の卵』は日本に送ってもらう。君が勝てば、『夢の卵』は君の好きにすると良い」 嵐のような殺気を受けながら、ルイズは果敢に微笑んで見せる。「成程。では勝負の方法は――なんて、聞くまでもありませんわね」「無論」「勿論」「「力尽くで!!」」 『夢のクリスタライザー』を巡って、第二局面、開始。 護鬼と魔女の戦いの火蓋が切って落とされる。◆◇◆ シエスタは祈る。 ルイズの無事を。 佐々木武雄の無事を。 ヒラガ・サイトの無事を。 どうかこの衝突の後に、皆が無事でありますように。 そこだけは戦場から切り離された祠の中で、一心に祈りを捧げる。 決着はまだ遠い。 シエスタの後ろで、祀られた『夢のクリスタライザー』が、儚く鳴いている。◆◇◆ いくらルイズとて、あの護鬼が相手では、いささか分が悪い。 いや、祠に篭っているシエスタや、強力な夢の女王の肉体を持つルイズ自身は佐々木氏の攻撃を凌げても、サイトはそうはいかないだろう。 戦力を補強しなくては。 ルイズはその為の物品を創るために精神を集中させる。「『夢創(ドリームクリエイション)』――」「む、何を創るつもりだ? 生半な武器では、この神武の超鋼にキズひとつ付けられぬぞ」「――超鋼には超鋼を。強化外骨格には、強化外骨格を。貴方に創造出来る物が、私に創造できないわけがない!」 夢の世界において大事なのは、確信。 自分の力に対して、傲慢なまでの自信を持つこと。 そしてそれにかけては、ルイズの右にでるものは居ない。 故に彼女は夢の国の女王なのだ。「いでよ! 強化外骨格(エクゾスカル)!」 そしてそれは顕現する。 展性チタンの超合金で出来た無双の鎧が。「瞬着せよ! サイトを取り込め! デルフリンガーを取り込め!」「うおおおおおい!?」【ちょ、俺もかよー!?】 ルイズの意思を受けて、新たに現れた強化外骨格が開き、生物的な絨毛が鎧の内部から伸び、サイトとデルフリンガーを飲み込む(彼らの意志とは関係なしに)。 瞬時に空中でエクゾスカルは合一化。 ずしゃ、と音を立てて湖面の戦闘場に着地。「六千年の時を経た猛き魂よ、超鋼(はがね)に宿る英霊となれ! 我が無敵の従僕(ガンダールヴ)よ、超鋼を操り我が意を果たせ! そうだ、その超鋼の名前は――」 三位一体となった超鋼が立ち上がる。「強化外骨格(エクゾスカル)『零(ゼロ)』!! それこそが、この超鋼に相応しい」 『零』が構えを取る。「おお、こいつはスゲエ。力が溢れてくる!」【……おでれぇた】 どうやら無事に強化外骨格『零』は起動したようだ。 だが、佐々木武雄もそれをただ見ているわけではなかった。 彼の方も既に準備万端。 佐々木武雄の操る強化外骨格『雹』の背中から、影のように揺らぐ無数の触手が展開していた。 その数は、千か二千か。 彼は自分の身に封印した二百体余りの『夢のクリスタライザーの守護者』の力を使っているのだった。「行くぞ、魔女とその従僕よ!」 『雹』は相手を撃滅するべく、大跳躍。 その右腕を振りかぶる。 同時に、背から生えた触手の右半分にあたる部分が、それぞれ超鋼の篭手を纏う。「これで終わってくれるなよ!! 食らえ――」 千本の超鋼が、一斉に引き絞られる。「千手、直突(じかづき)!!」 一発一発が高射砲のそれに匹敵する直突が、一斉着弾。 湖面の決闘場から盛大な水柱が上がり、湖面を津波となって走り抜ける。 まるで隕石でも降ったかのような惨状。 だがしかし『零』を纏うサイトは既にそれを回避済み。 全身武器であるエクゾスカル『零』はガンダールヴの能力を余すところなく引き出すことが可能。 そして超鋼に重なる英霊は、彼の相棒デルフリンガー。 その身は既に鋼我一体。 『雹』から伸びる千の触手を掻い潜り、『零』のサイトは今、『雹』の懐に辿りついていた。「おおおおおおらあああああっ!!」【やれ、やっちまえ、相棒!】 ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。 直突。 重爆。 肉弾。 だがそれもやがて止められる。「中々やるな! 少年!」 手数が足りない。 圧倒的に足りない。 サイトは数百の触手に後ろから押さえつけられる。「ぐぅっ!?」「サイトから離れなさい! 『ライトニング・クラウド』!」 閃光と共に、千手観音の有様になっている『雹』にルイズの雷撃の魔法が命中する。 夢の国の彼女は、風と水を統べる女王。故に風と水の系統魔法を行使可能。 雷撃に驚いたのか、サイトを押さえる腕が少しだけ緩む。 サイトはその隙を見逃さず、全力で『零』を動かす。 『零』の姿が霞み、次の瞬間には魔法を放ったルイズの隣に。 ガンダールヴの恐るべき速度であった。「大丈夫? サイト」「ああ、オーケー、ノープロブレムだ。サンキュ。ルイズ」「暫く私が雷撃で足止めするわ。突っ込みなさい」「オーケー、勿論」 再び閃光。 ルイズの『ライトニング』の魔法が佐々木氏の『雹』に命中する。 一瞬の硬直を逃さず、サイトが最速で接近し、一撃離脱。 着実にダメージを重ねる。 再度、雷光。「ええい! 邪魔臭い!」 だがそれは弾かれる。「ここは何処の細道か!? 天神の細道だ! この身は既に道真公に勝るとも劣らぬ天神の眷属! このようなヘナチョコ雷がいくら集まろうとて、全くの無効! 本当の雷撃と言うものを見せてくれる――」 湖面を雷雲が覆っていく。「落ちよ怒槌(いかづち)、神鳴る力――!」 雷雲に向かって『雹』の腕が掲げられ、その指が一本ずつ順に開かれて天を指差す。「――気象兵器・戦術天誅――」 一本、二本、三本、四本、五本。 そして広げられた五指で以て空を裂くように、『雹』の腕が振り下ろされる。「――五束撃!!」 同時に雷雲から膨大な熱量を持った雷鎚が、五本走る。 一本一本が致死の威力を持つ雷撃が、束となって、極超音速の回避不可能の速度でサイトへと落ちた。 そして魔力によって編まれたのではないこの雷撃現象は、超鋼『零』と重なったデルフリンガーによっても減衰不可能。 雷光に『零』の姿が掻き消える。「サイト!?」「余所見をするな、魔女よ。次はお前だ」 ルイズがサイトに気を取られている隙に、既に佐々木武雄in『雹』は腕を引き絞っている。「千手、直突!」 轟爆。 全てが水煙の向こうに消える。◆◇◆ ハヴィランド宮殿にて。 レコンキスタの実質的な総帥であるシャルル・ドルレアンは悩んでいた。 今後、どうやってアルビオンを手に入れるかについて。「擬真機関(As A Truth-Engine)……いや、擬神機関(Azathoth-Engine)の完成は目前だ。大陸戦艦『アルビオン』の就航も間近。就航式典と、エルフを含むあらゆる異種族を国民として迎え入れるための、アルビオン国教会の発足も、準備が整いつつ在る」 だが、それだけでは足りないのだ。 彼が欲しいのは、アルビオンの正統。 ここまで作り上げてきたものの大部分は、名目上はアルビオン国王のチャールズ・スチュアート(元モード大公)の功績となるだろう。 実際はシャルルの功績であっても、だ。 名実のうち、名の方はチャールズへ、実の方はシャルルへ。 だが、それでは足りないのだ。 彼は名実ともにアルビオンの、そしてひいてはハルケギニアの頂点に立ちたいのだ。 正当な方法で王権を勝ちとり、子々孫々にその偉大な大王の地位を引き継がせたいのだ。 その為には、何としても正当な経緯でスチュアート王朝を自分の血脈に取り込む必要がある。「ああ、いっそこれならウェールズ王子を擁立してシャルロットを宛てがうべきだったか? いや、無理だ。例え私が外戚に付いても、あの聡明な王子は傀儡にはならなかっただろう」 何か、何か、何か方法はないか。「シャルロットをチャールズと結婚させるか? いや、あの黒山羊の巫女シャジャルが許すまい。では私があのハーフエルフの王女ティファニアと結婚するか? いや、妻が許さぬし、やはり黒山羊のシャジャルが許さぬだろう。他に何か手段は――」 せめてティファニアかシャルロットのどちらかが男であったならば――。「……! そうか――!!」 その時シャルルに天啓の電流が走る。「『もしもシャルロットが男だったなら』!! これだ!! おい、クロムウェル何処だ!? 肉体変容の術式があっただろう。クロムウェル、何処に居る!? 私が呼んだら直ぐに出てこないか狂信者――!?」=================================当SSは名(状しがたい怪)作を目指しています。突込みどころ満載。全ては新ソースブック『インスマスからの脱出』の邦訳版が出たせいです。多分。蛇ルイズさん(分霊翼蛇)は今回出せる予定だったけど、切りがいいので次回へ持ち越しです。アルビオンは徐々に復興中。シャルル・ドルレアン←ド・オルレアンの連音(リエゾン)です。このSSでは名前のあとの場合はドルレアンになっているはず……。2011.04.08 初投稿