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No.20306の一覧
[0] 【世界観クロス:Cthulhu神話TRPG】蜘蛛の糸の繋がる先は【完結】[へびさんマン](2024/08/02 22:27)
[1] 蜘蛛の糸の繋がる先は 1.死をくぐり抜けてなお残るもの[へびさんマン](2012/12/25 21:19)
[2] 蜘蛛の糸の繋がる先は 2.王道に勝る近道なし[へびさんマン](2010/09/26 14:00)
[3] 蜘蛛の糸の繋がる先は 3.命の尊さを実感しながらジェノサイド[へびさんマン](2012/12/25 21:22)
[4] 蜘蛛の糸の繋がる先は 4.著作権はまだ存在しない[へびさんマン](2012/12/25 21:24)
[5]   外伝1.ご先祖様の日記[へびさんマン](2010/10/05 19:07)
[6] 蜘蛛の糸の繋がる先は 5.レベルアップは唐突に[へびさんマン](2012/12/30 23:40)
[7] 蜘蛛の糸の繋がる先は 6.召喚執行中 家畜化進行中[へびさんマン](2012/12/30 23:40)
[8] 蜘蛛の糸の繋がる先は 7.肉林と人面樹[へびさんマン](2012/12/30 23:41)
[9] 蜘蛛の糸の繋がる先は 8.弱肉強食テュラリルラ[へびさんマン](2012/12/30 23:42)
[10] 蜘蛛の糸の繋がる先は 9.イニシエーション[へびさんマン](2012/12/30 23:45)
[11] 蜘蛛の糸の繋がる先は 10.因縁はまるでダンゴムシのように[へびさんマン](2010/10/06 19:06)
[12]   外伝2.知り合いの知り合いって誰だろう[へびさんマン](2010/10/05 18:54)
[13] 蜘蛛の糸の繋がる先は 11.魔法学院とは言うものの[へびさんマン](2010/10/09 09:20)
[14] 蜘蛛の糸の繋がる先は 12.ぐはあん ふたぐん しゃっど-める[へびさんマン](2010/11/01 14:42)
[15] 蜘蛛の糸の繋がる先は 13.呪いの侵食[へびさんマン](2010/10/13 20:54)
[16] 蜘蛛の糸の繋がる先は 14.命短し、奔走せよ[へびさんマン](2010/10/16 00:08)
[17]   外伝3.『聖地下都市・シャンリット』探訪記 ~『取り残された人面樹』の噂~[へびさんマン](2010/08/15 00:03)
[18]   外伝4.アルビオンはセヴァーンにてリアルラックが尽きるの事[へびさんマン](2010/08/20 00:22)
[19] 蜘蛛の糸の繋がる先は 15.宇宙に逃げれば良い[へびさんマン](2011/08/16 06:40)
[20] 蜘蛛の糸の繋がる先は 16.時を翔ける種族[へびさんマン](2010/10/21 21:36)
[21] 蜘蛛の糸の繋がる先は 17.植民地に支えられる帝国[へびさんマン](2010/10/25 14:07)
[22] 蜘蛛の糸の繋がる先は 18.シャンリット防衛戦・前編[へびさんマン](2010/10/26 22:58)
[23] 蜘蛛の糸の繋がる先は 19.シャンリット防衛戦・後編[へびさんマン](2010/10/30 18:36)
[24]   外伝5.ガリアとトリステインを分かつ虹[へびさんマン](2010/10/30 18:59)
[25]   外伝6.ビヤーキーは急に止まれない[へびさんマン](2010/11/02 17:37)
[26] 蜘蛛の糸の繋がる先は 20.私立ミスカトニック学院[へびさんマン](2010/11/03 15:43)
[27] 蜘蛛の糸の繋がる先は 21.バイオハザード[へびさんマン](2010/11/09 20:21)
[28] 蜘蛛の糸の繋がる先は 22.異端認定(第一部最終話)[へびさんマン](2010/11/16 22:50)
[29]    第一部終了時点の用語・人物などの覚書[へびさんマン](2010/11/16 17:24)
[30]   外伝7.シャンリットの七不思議 その1『グールズ・サバト』[へびさんマン](2010/11/09 19:58)
[31]   外伝7.シャンリットの七不思議 その2『大図書館の開かずの扉』[へびさんマン](2010/09/29 12:29)
[32]   外伝7.シャンリットの七不思議 その3『エリザの歌声』[へびさんマン](2010/11/13 20:58)
[33]   外伝7.シャンリットの七不思議 その4『特務機関“蜘蛛の糸”』[へびさんマン](2010/11/23 00:24)
[34]   外伝7.シャンリットの七不思議 その5『朽ち果てた部屋』[へびさんマン](2011/08/16 06:41)
[35]   外伝7.シャンリットの七不思議 その6『消える留年生』[へびさんマン](2010/12/09 19:59)
[36]   外伝7.シャンリットの七不思議 その7『千年教師長』[へびさんマン](2010/12/12 23:48)
[37]    外伝7の各話に登場する神性などのまとめ[へびさんマン](2011/08/16 06:41)
[38]   【再掲】嘘予告1&2[へびさんマン](2011/05/04 14:27)
[39] 蜘蛛の巣から逃れる為に 1.召喚(ゼロ魔原作時間軸編開始)[へびさんマン](2011/01/19 19:33)
[40] 蜘蛛の巣から逃れる為に 2.使い魔[へびさんマン](2011/01/19 19:32)
[41] 蜘蛛の巣から逃れる為に 3.魔法[へびさんマン](2011/01/19 19:34)
[42] 蜘蛛の巣から逃れる為に 4.嫉妬[へびさんマン](2014/01/23 21:27)
[43] 蜘蛛の巣から逃れる為に 5.跳梁[へびさんマン](2014/01/27 17:06)
[44] 蜘蛛の巣から逃れる為に 6.本分[へびさんマン](2011/01/19 19:56)
[45] 蜘蛛の巣から逃れる為に 7.始末[へびさんマン](2011/01/23 20:36)
[46] 蜘蛛の巣から逃れる為に 8.夢[へびさんマン](2011/01/28 18:35)
[47] 蜘蛛の巣から逃れる為に 9.訓練[へびさんマン](2011/02/01 21:25)
[48] 蜘蛛の巣から逃れる為に 10.王都[へびさんマン](2011/02/05 13:59)
[49] 蜘蛛の巣から逃れる為に 11.地下水路[へびさんマン](2011/02/08 21:18)
[50] 蜘蛛の巣から逃れる為に 12.アラクネーと翼蛇[へびさんマン](2011/02/11 10:59)
[51]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(12話まで)[へびさんマン](2011/02/18 22:50)
[52] 蜘蛛の巣から逃れる為に 13.嵐の前[へびさんマン](2011/02/13 22:53)
[53]  外伝8.グラーキの黙示録[へびさんマン](2011/02/18 23:36)
[54] 蜘蛛の巣から逃れる為に 14.黒山羊さん[へびさんマン](2011/02/21 18:33)
[55] 蜘蛛の巣から逃れる為に 15.王子様[へびさんマン](2011/02/26 18:27)
[56] 蜘蛛の巣から逃れる為に 16.会議[へびさんマン](2011/03/02 19:28)
[57] 蜘蛛の巣から逃れる為に 17.ニューカッスル(※残酷表現注意)[へびさんマン](2011/03/08 00:20)
[58]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(13~17話)[へびさんマン](2011/03/22 08:17)
[59] 蜘蛛の巣から逃れる為に 18.タルブ[へびさんマン](2011/04/19 19:39)
[60] 蜘蛛の巣から逃れる為に 19.Crystallizer[へびさんマン](2011/04/08 19:26)
[61] 蜘蛛の巣から逃れる為に 20.桜吹雪[へびさんマン](2011/04/19 20:18)
[62] 蜘蛛の巣から逃れる為に 21.時の流れ[へびさんマン](2011/04/27 08:04)
[63] 蜘蛛の巣から逃れる為に 22.赤[へびさんマン](2011/05/04 16:58)
[64] 蜘蛛の巣から逃れる為に 23.幕間[へびさんマン](2011/05/10 21:26)
[65]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(18~23話)[へびさんマン](2011/05/10 21:21)
[66] 蜘蛛の巣から逃れる為に 24.陽動[へびさんマン](2011/05/22 22:31)
[67]  外伝9.ダングルテールの虐殺[へびさんマン](2011/06/12 19:47)
[68] 蜘蛛の巣から逃れる為に 25.水鉄砲[へびさんマン](2011/06/23 12:44)
[69] 蜘蛛の巣から逃れる為に 26.梔(クチナシ)[へびさんマン](2011/07/11 20:47)
[70] 蜘蛛の巣から逃れる為に 27.白炎と灰塵(前編)[へびさんマン](2011/08/06 10:14)
[71] 蜘蛛の巣から逃れる為に 28.白炎と灰塵(後編)[へびさんマン](2011/08/15 20:35)
[72]  外伝.10_1 ヴァリエール家の人々(1.烈風カリン)[へびさんマン](2011/10/15 08:20)
[73]  外伝.10_2 ヴァリエール家の人々(2.カリンと蜘蛛とルイズ)[へびさんマン](2011/10/26 03:46)
[74]  外伝.10_3 ヴァリエール家の人々(3.公爵、エレオノールとカトレア)[へびさんマン](2011/11/05 12:24)
[75] 蜘蛛の巣から逃れる為に 29.アルビオンの失墜[へびさんマン](2011/12/07 20:51)
[76]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(24~29話)[へびさんマン](2011/12/07 20:54)
[77] 蜘蛛の巣から逃れる為に 30.傍迷惑[へびさんマン](2011/12/27 21:26)
[78] 蜘蛛の巣から逃れる為に 31.蠢く者たち[へびさんマン](2012/01/29 21:37)
[79]  外伝.11 六千年前の真実[へびさんマン](2012/05/05 18:13)
[80] 蜘蛛の巣から逃れる為に 32.開戦前夜[へびさんマン](2012/03/25 11:57)
[81] 蜘蛛の巣から逃れる為に 33.開戦の狼煙[へびさんマン](2012/05/08 00:30)
[82] 蜘蛛の巣から逃れる為に 34.混ざって渾沌[へびさんマン](2012/09/07 21:20)
[83] 蜘蛛の巣から逃れる為に 35.裏返るアルビオン、動き出す虚無たち[へびさんマン](2013/03/11 18:39)
[84] 蜘蛛の巣から逃れる為に 36.目覚めよ英霊、輝け虚無の光[へびさんマン](2014/03/22 18:50)
[85] 蜘蛛の巣から逃れる為に 37.退散の呪文[へびさんマン](2013/04/30 13:58)
[86] 蜘蛛の巣から逃れる為に 38.神話の終わり (最終話)[へびさんマン](2013/05/04 16:24)
[87]  あとがきと、登場人物のその後など[へびさんマン](2013/05/04 16:38)
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[20306]  外伝.10_1 ヴァリエール家の人々(1.烈風カリン)
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/15 08:20
 蜘蛛の巣から逃れる為に 外伝.10 ヴァリエール家の人々(1)




◆◇◆


 今から数十年前。

 トリステインの知る人ぞ知る避暑地、ドーヴィル海岸に於いてのことだ。
 ドーヴィル海岸は、沖の方に鍾乳洞を擁した小島がある、風光明媚な場所だ。
 夏のある時期に吹く季節風は、その鍾乳洞で汽笛のように反響し、人々を不思議に恍惚とさせる音楽を奏でる。
 その音楽の作用か、ドーヴィル海岸の海は、鍾乳洞が歌う音に応じて、海面が七色に変わるのだという。

 後に『烈風カリン』と呼ばれることになる、若き騎士は、そのドーヴィルにて、窮地に陥っていた。

「く、キリがない!!」

 延々と湧く亡者の群れ。
 高笑う金髪の修道女。
 傷を負って膝をつくサンドリオン(灰かぶりの騎士)。

 お忍びで王女を警護してやってきた、この鄙びた漁村。
 そこで襲われた怪異。

 自分はここまでなのか?
 ここで、こんな所で死んでしまうのか?

 カリンは自問する。

 否。
 ここで終わる訳にはいかない。
 騎士になるという夢を果たせず、守るべき王女殿下を後ろにおいて、そのまま果てることなど出来るわけがない。

 カリンは、精神力を滾らせる。

 だがそれは、戦い始めの時と比べれば、見る影もなく消耗していた。
 最初が太陽のような輝きだとすれば、今はせいぜい蛍の光程度まで弱々しくなった、精神力の炎。
 初の実戦は、命のやり取りは、カリンの消耗度合いを跳ね上げていた。
 残りの精神力は、とても少ない。

「うふふ。最初の勢いはどうしたのかしら、可愛い騎士さん」

 黒い修道女が嗤う。

「うふふ。“木偶”たちよ、幕引きを。でも、余り乱暴にはしないでちょうだいね。身体は、綺麗なままに。
 折角だもの、私達の仲間になってもらいましょう」

 ノワールの言葉と共に、亡者が押し寄せる。
 それを見て、サンドリオンが、顔色を失い叫ぶ。

「やめろ、やめてくれ! カリーヌの顔で、声で、そんな悪魔のように、亡者を指揮するな――!!」

 だが、最早、サンドリオンには、立ち上がるだけの力も残されていない。
 傀儡とされていたユニコーン隊の騎士アンジェロとの戦いのダメージが、サンドリオンを蝕んでいた。
 今のサンドリオンは、アンジェロとの戦いで負った傷を癒しながら、意識を保つだけで、いっぱいいっぱいだった。

「おい、カリン! もう良い、俺を置いてお前は逃げろ! 恐ろしい何かが、トリステインを蝕もうとしている! マリアンヌ王女を連れて逃げろ! そして国王陛下に、この恐ろしい企みを知らせるんだ!」
「……ぅさい……」
「え?」
「うるさい。黙ってろ。あとカリーヌ言うな。ややこしいんだよ」
「おい、何言ってるんだ。逃げろよ、カリン。ここで立ち向かうのは無謀っていうんだぜ。お前の風なら、王女殿下一人連れても逃げられるだろう、早く――」

 そこでサンドリオンは口を噤む。
 カリンの纏う風が変化しているのに気付いたからだ。

「フゥゥゥゥゥゥ――――」

 カリンは息を深く、細く絞って、吐く。


 絶対に、このまま殺されてやるもんか。


 黄昏の中、この時間帯特有の海岸への風が、カリンの首筋を撫でる。

 そうだ。
 風は、何も、自分で起こすものだけではない。

 ここは海岸。
 海と陸との温度差によって産み出される、膨大なエネルギーは、気流を生み出す。
 カリンはそれを借りるだけでいい。

 温度差によって、太陽の恩寵によって、この黄昏に産み出される大気の力を――。

「ボクは、導くだけでいい!」

 風を支配することとは、エネルギーの差を理解すること。
 カリンの家庭教師だった、あのシャンリットから流れてきたという、小さな矮人の女は、言っていた。
 “風は、起こすものでは無く、そこに在るものなのです。折角在るのですから、有効に使いませんと”などと。そんなことを、常に言っていた。

 風を感じる。
 カリンのメイジ特有の魔法の知覚は、いまや、ドーヴィル海岸の広大な領域を覆っていた。
 カリンは、風の天才は、この窮地において、もう一つ上の段階に到達しようとしていた。

 自然を曲げる系統の理のみならず、自然の理に沿った、この世界の本来の魔法――先住種族の精霊魔法の術理と融合した、魔法の精髄へと、今、彼女はたどり着きつつ在った。

 それは彼女の天性の才能が為せる技であり。
 才能溢れるカリンに、惜しみなく最先端の知識と技術を授けてきた、彼女の郷里の家族たちの愛の賜物であり。
 あるいは、この世界に、千年前に、異端の知識を齎した蜘蛛の祭司の些細な影響(バタフライ・エフェクト)であり。
 そして、彼女の悪運の――いや運命の導く所であった。

 不幸にも。
 そう、不幸にも。
 彼女は、人間を超えた地平に到達しつつあった。


 海岸を覆う風が変化する。

 轟!
 天空から導かれた鋭い風の一撃が、亡者たちを薙ぎ払う。

「はああああ!」

 木の葉のように吹き散らされる木偶たちに、ノワールは目を丸くする。

「あら、まだそんな力があったの?」
「騎士を嘗めるな! 来い、幾らでも吹き飛ばしてやる!」
「ふぅん? でも、いつまで持つかしら」

 大気のエネルギーを借りた攻撃は、カリンが習熟していないせいもあって、どうしても亡者たちを吹き飛ばすことしか出来ない。
 カッタートルネードのように、バラバラに惨殺することはできないのだ。
 吹き飛ばされた亡者たちは、四肢をあちこち曲ってはいけない方向に曲げつつも、何事もなかったかのように立ち上がって、再び戦列に加わる。

「あなたの精神力が尽きるのと、木偶が全て動かなくなるの、どっちが先かしら?」
「ふん! 何も不死身ってわけじゃないだろう! 何度も吹き飛ばして、体中の骨という骨を砕けば、いくら死体といっても、動きも止まるだろ!!」
「さあ、どうかしら。タコみたいにグニャグニャと襲ってくるかも知れないわよ?」

 軟体動物のようになって襲ってくる人体の成れの果てを想像して、カリンは眉を顰める。

「気持ち悪いこと言うな!」
「そうかしら、それはそれで素敵だと思わない? どんなになっても尽くしてくれるんですもの、いじらしいじゃない」
「……貴様、思ってたが、性格最悪だな」

 カリンの苛立ちを乗せて、一際強い風が、ノワールを吹き飛ばそうとする。

「吹っ飛べ!!」
「あら危ない」

 外見からは想像できない素早い動きで、ノワールはその暴風を避け、あるいは木偶に壁を作らせて、避ける。

「このおおっ! 避けるな!」

 更に広範囲に暴風をお見舞いしようと、カリンが更に、風の操作範囲を広げる。
 高空の大気が揺らぎ、海岸一帯の風すら変化する。

 ――そしてそれは、沖合にある奇妙な鍾乳洞にも作用する。
 不幸にも。
 そう、不幸にも。
 風が通り、鍾乳洞が、鳴く。

 ドーヴィル海岸の風物詩の、鍾乳洞の歌が、響き渡る。

 低く、高く、歌うように、鍾乳洞に風が反響する。
 鍾乳洞に満ちる潮騒が、天然のオルガンのように作用して、複雑な音色を奏でる。

 それは、確かに歌だった。

 鍾乳洞という『喉』から響く、惑星(ホシ)の歌。
 美しい、美しい、星の海にまでも響き渡る、惑星の歌だ。


 ドーヴィル海岸。
 王家の避暑地。
 ドーヴィル海岸が有名なのは、夏のある時期に、七色に光り輝く海面によってである。

 そして今、まさしく、それと同じ、年に数度と無い奇跡が顕現していた。
 腹の底を震わせるような、大地と大洋の歌声。
 遙か沖合から響いてくる“それ”が、海面を虹色に光らせ、揺らがせる。

 この時期のドーヴィル海岸には、ある種の夜光虫が群れを成して集まるのだ。
 それが、鍾乳洞と風と波が奏でる“歌”によって、刺激され、ボウっと色とりどりに光る。
 七色の海面は、鍾乳洞の歌と、海面の夜光虫の競演だ。

「あら、綺麗ね」

 どこまでも他人ごとのように、ノワールは、光り輝く海を背後にしたカリンを眺める。

「でも、こんな見せ物を見せられても、気は変わらないわよ? “木偶”よ、早くして――」
「Ah――]
「……何?」

 ――早くして頂戴、と続けようとしたノワールを、“木偶”――村人の屍体の澄んだ声が遮る。

 それは、本来有り得ないこと。
 屍体たちを、ノワールは完全に支配している。
 こんな、ノワールの命令を遮って、声を上げることは、絶対にありえない。

 いや、声を上げるだけではない。

――Ah――Lah――ia――

 歌っている。
 共鳴している。
 共振している。

――ia――――ia――――tor――enbr――――

 村人たちが歌っている。

 歌っている。

 唄っている。

 謡っている。

 謳っている。


 詠っている。
 唱っている。

 屍体になってまで、うたっている。
 彼らの身体に刻まれた、詠唱と崇拝の記録が、共鳴し、感応している。

 それは、彼らの祖先から連綿と続く、ある“神”への崇拝の歌。

 畏敬の歌。
 礼賛の歌。
 称讃の歌。


 鍾乳洞から響く、“惑星の歌”は、神を喚ぶもの。
 それに惹かれて、顕現する、音楽の神。
 村人が詠う、先祖伝来の詠唱は、その遙か外宇宙の深遠から立ち現れる神を、もっと長く留めておくために、称えるものだ。

 すなわち、その神とは。
 音楽を司る、祖となる――外なる神の一柱。
 語るも憚れるその名を――『トルネンブラ』。

 生ける音として、外宇宙に在す(まします)白痴の王アザトースに仕える、神々の宮廷音楽家。
 
「な――、何よ、やめなさい! うたうのを、やめなさい――」

 ノワールが、命じる。
 だが、村人の屍体たちは、歌を止めない。

 既に“木偶”たちは、修道女の制御を離れている。
 村人たちだった“木偶”たちは、彼ら本来の奉仕対象のために、今でも、その身を捧げ、歌をうたっている。
 たとえ魂が去ってしまった後であっても、村人たちの、その忠誠と奉仕は、失われなかったのだ。

 しかし狼狽するノワールを余所に、カリンは、更に魔法の詠唱を続ける。

 いや、それは、本当に、魔法の詠唱なのか?
 カリンは、自分の意志で、それを紡いでいるのか?

(なんだか、とっても、いい気分――そうだ、歌を、もっと、高らかに、歌をうたわせなくちゃ――)

 半ば以上朦朧と、恍惚とした意識の中、カリンの視界には、既にノワールも木偶たちも写っていない。
 あるのは、何か偉大なるものに導かれるような、不思議な感覚だけ。
 自分が失くなるかのような、悍ましく、しかし、抗いがたいような名状しがたき恍惚のなか、カリンは確かに、“天上からの声”を聞いた。

 それは、とっても恐ろしい声。
 実体を持った、音。
 かみさまのこえ、おとのかみさま。

 全身が総毛立ち、カリンは震える。

(ああ、もっと、歌を――“とrねmbら”に捧げる、歌を――)
(いやだめだ、すぐに止めないと、取り返しが付かないことになる――)

 相反する思いが、カリンの中で捻じれる。
 しかし、彼女の詠唱は、止まらない。
 止められない。

 まるで、彼女の身体は、最早彼女自身のものではないかのようであった。

 鍾乳洞が歌う“惑星の歌”と、村人の屍体が奏でる“礼讃の歌”。

 今のカリンは、その、悍ましくも美しい混声合唱の、指揮者のようであった。
 いや、実際に、指揮者にして巫女たるカリンと、鍾乳洞と海を通る風の響き、それに共鳴する村人の屍体たちは、三位一体渾然となった、一つのシステムとして作用していた。
 彼らは全て合わせて、巨大な一つの楽器なのだ。

 今この瞬間、カリンの身体は、カリンのものであって、カリンのものではない。

 外なる神トルネンブラを楽しませるためだけの、大きな楽器の、その一部にすぎないのだ。

 彼女の風の才能は、今、ドーヴィルの風を得て、鍾乳洞と村人の歌声に後押しされて、禁断の領域に至りつつ在った。
 そして、今、まさに、美しく響く星の歌に惹かれて、外宇宙の神性が顕現しつつあった。

 一際強く、海岸が発光し、歪んだ音が響き渡る。

 トランス状態となったカリンに、思わず、サンドリオンは見惚れてしまう。


(なんて、なんて美しいんだ――)


 元恋人を差し置いて、サンドリオンは、カリンに見蕩れてしまっていた。

 まあ、一方のノワールの方は、さっさと離脱してしまってるのだが。
 使い捨ての“木偶”がどうなろうと、彼女には知ったことではないのだった。

 もちろん、彼女の元恋人らしい、サンドリオンについても、気に掛けはせずに、とっとと退いてしまっている。





 そして遂に、“それ”は顕現する。
 当代随一の風の使い手に指揮されて、調律された、その“惑星の歌”は、その響きの美しさ故に、神降ろす。
 空間が軋むような、割れるような音とともに、一際高まった演奏が、“かみさま”を呼び出した。

 一瞬、魂をかき鳴らすような、非実体の音が、カリンやサンドリオンの間を駆け抜ける。
 それにしたがって、木偶たちが膝をついて倒れていく。その“音”に、屍体に残っていた最後の何か――魂や肉体を超越した信仰心――を連れ去られたかのように。
 烈風カリンの指揮のもと、ソレは、ただ一瞬であれども、ハルケギニアに顕現した――。


◆◇◆

 後の記録において、語られることは少ない。
 生き残った騎士は、黙して語らない。


 ただ、壊滅したドーヴィル村の住民たちの死体は、全部が全部、まるで、始祖の御来光を見たかの如き笑みを浮かべていたそうだ。


=================================

リハビリがてら。
本編時間軸上、エレオノールさんとか、カトレアさんとか、カリンちゃんは登場させられないので、外伝で補完です。

カリン:職業「騎士見習い」 
    隠し職業「音神の巫女」←New!

2011.10.10 初投稿
2011.10.15 加筆修正


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