巨大なモニターが前にあり、他にも幾つもの端末が席に用意されている。 如何にも司令室然とした部屋だ。 幾人もの矮人が、端末の前に座っており、それ以外の矮人も忙しく行き来している。その中心には、言わずと知れた蜘蛛の頭領、千年教師長ウード・ド・シャンリットが座っている。 ここは、クルデンホルフ大公国首都シャンリット、中心街区アーカム―― ――その地下1000メイル以深の大深度に存在する戦闘指揮所である。 ハルケギニア中に張り巡らされたネットワーク型マジックアイテム<黒糸>や、静止軌道上の衛星などから集められた情報を元に、モニターにはアルビオン大陸の予想進路などが複数のウィンドウで表示されている。「何の妨害もしなければ、あと6時間でシャンリット直上に到着する計算か」「はい。ですが、それを防ぐために、手始めに空中の進路上に障壁を設置し、進行を遅延させます」「よろしい、疾く速やかに実行せよ」 ウードに答える矮人の言葉と共に、モニターに映るアルビオン大陸の進路上の空間が歪み、不可視の障壁が出現する。 それと同時に、アルビオン側を覆う球形のバリアのようなものが生じ、障壁と拮抗する。 シャンリットの障壁は確かに、目に見えるほどの速度低下を引き起こし、アルビオンの進行を遅延させた。 アルビオン大陸のバリアと障壁が接触し、アクリルかゴムの板を無理やりに突き破るような感じで、シャンリットが空中に設置した結界障壁が撓む。 アルビオンを覆うバリアは強力な浸食作用を持っているようで、シャンリットの障壁はボロボロにひび割れつつ歪んでいく。 障壁はやがて砕けるが、シャンリットから展開されたそれは一枚ではない。何十何百もの障壁がアルビオンの進路上に展開され、折り重なり、高粘度の粘液のように空間を変質させていく。 大陸の進行速度は、およそ百分の一以下になったようにも見える。「……宜しい。慣性制御術式によるアルビオン大陸本体への干渉は? 流星のように墜落させられないか?」「実行中ですが、抵抗され、効果がキャンセルされています。擬神機関による周辺空間への影響力が強すぎるようです」「なるほど、相性の問題だな。余波の余波程度だが、最高痴愚神の領域には、余程の魔力をぶつけないと影響を与えられないというわけか。向こうの方が質的に上位だからな……。ではアルビオンの結界内部への転移も望み薄か? 敵の中枢を制圧したいのだが」 アルビオンにも、アトラナート商会の支店はあったのだが、擬神機関が稼動してからは連絡がとれなくなっている。「支店とは連絡が取れません。擬神機関が稼働後、アルビオンに設置してあった<ゲートの鏡>は全て沈黙しています。また、アルビオン全土に広がった<黒糸>も使用不可能です」「アザトースエンジンの神気によって侵食されたか。残っていた矮人たちも、神気に当てられて蜘蛛の因子が活性化されて、異形化してしまったかも知れんな」「おそらくは。それと、連中、<黒糸>のレイラインを盗用して、大陸中に神気を配賦しているようです」 もともとが系統魔法の媒体である<黒糸>は、魔力や精霊力、神気に親和性が高い。 そのため、アルビオンは神学的インフラとして、侵食奪取した<黒糸>を使っているらしい。「生意気な。我が物顔で他人のものを……」「小癪な連中です。尖兵を突入させてアルビオンの<黒糸>の制御権を奪取して、外堀から埋めるのが良いですかね。いつまでも奴らに<黒糸>を使わせたままにしておくのは、業腹ですし」「まあ待て、気持ちは分かるがな。だがここは、さっさと動力炉を落としに行くべきだろう。向こうがこっちの頭を狙ってくるなら、こっちは向こうの心臓を狙う。擬神機関の制御を奪取すれば、それで終わりだ」 ――まあ、背後で暗躍する、あのカオティック“N”が懸念事項ではあるが。 最悪、トリステインに偶発招来された『生ける漆黒の炎』を引っ張り出してくれば良いだろう。 神格には、神格をぶつけよう。そんな事をウードは考える。(アトラク=ナクア様は、喚んだ所で出てきちゃくれないだろうしなあ――) ウードは思考する。 深淵の谷に橋をかけ続ける彼らの主神は、俗世の雑事には興味を示さないのだ。無闇矢鱈と呼び出しては、却ってこちらが喰われてしまう。それはそれで本望だが、まだ死ぬわけにも行かない。 さて、こちらが助力を得られそうな神格には、他に何か相応しいものがあっただろうか?「ふむ。そうだな、久しぶりに巨獣たちにも出張ってもらうか。“彼女ら”もそろそろ、小神くらいの力はつけているだろう」「彼女らを出すのですか? しかし制御できるでしょうか」「まあ千年放ったらかしにしてたけれど、何とか成るだろう。駄目だったら、駄目だったで構わんし。他に幾らでも手はある。ああ、そうだ、グレゴリオ・レプリカは全機稼動状態にしておいてくれよ」 千二百年前の第一次聖戦時の英雄グレゴリオ・セレヴァレは、聖戦末期に蜘蛛のシャンリットによって鹵獲され、貴重な虚無遣いのサンプルとして酷使されてきたのだ。 様々な虚無呪文の知識を先天的に植え付けられ、体内に根を張った<黒糸>によって統括される彼らは、シャンリットの軍勢――いや、兵器の一つとして量産され、実戦投入されている。「全機ですか? ……直ぐに用意できるのは、各宙域の衛星都市からかき集めても、10万8千機ですね」「ふうん、その程度か。足りるかな? まあ良いや。かき集めといてくれたまへ」「御意」「あと、イェール=ザレムも直ぐに動かせるようにしといてくれ」 天空研究塔イェール=ザレムは、シャンリットの中枢街区であるアーカム区から宇宙まで伸びる軌道エレベータである。 内部には幾万ものゲートがあり、宇宙各地に浮遊する研究室コンテナユニットへと接続している。 だが、イェール=ザレムの役割はそれだけではない。「大盤振る舞いですね?! ……必要ですか?」「必ずしも必要というわけではないが、せっかく造ったは良いものの、こんな機会でないと使えないからな。それに、今のアルビオンを甘く見てはいけない。余波の余波程度とはいえ、沸騰する混沌の核と、その這いよる司祭の化身が揃っているのだ。念には念を入れておかないといけない」 ギョッとする矮人に、ウードはニヤリと人の悪そうな笑みを返す。 シャンリットには、『思いついちゃったから』という理由で実現された謎機能や浪漫兵器が死蔵されている。 イェール=ザレムに搭載されたソレも、開発されたは良いものの、天空研究塔建設以来、これまで終ぞ使われることのなかったものである。「さて、では迎え撃とうじゃないか。攻め寄せようではないか。取り立てようではないか」 腕を広げ、ウードが喜悦に口を歪める。「思い知らせてやろう――奴らが誰に楯突いたのかを」「教育してやろう――蜘蛛の巣からは、決して逃れることなど出来ないのだと」「刻みつけてやろう――我ら千二百年の好奇と狂気は伊達ではないのだと」「そして、蒐集してやろう――その大陸の一切合財は、我らの陳列棚に収められる運命にあるのだから」「生者も死者も、ヒトもカミも、全ては等しく、我らの腹と頭脳に収まるが良い」 戦争だ。 戦争が始まる。 傍迷惑で、狂いきった、異形たちの輪舞が。◆◇◆ 蜘蛛の巣から逃れる為に 30.傍迷惑な戦争の始まり◆◇◆ チャールズ・スチュアートは、ハヴィランド宮殿の後宮で現実逃避気味にうなだれていた。(妻や娘が表で暮らせるようにと、国を内乱に叩き込み、兄と甥を追いやって、結果辿りつけたのが、この狂った世界か) 自嘲する彼の傍らには、エルフである妃のシャジャルが侍っている。 二人の視線の先には、仲の良いティファニアとシャルロット=カミーユが、背景に百合の花を散らして談笑しているのが見える。仲の良いことだ。婚約者だから当然か。 一応この後宮にはシャジャル妃を娶る前に婚姻を結んでいたチャールズの先妻も居る筈なのだが、その姿は見えない。まあ、生きているかどうかも定かではない上、生きていても、このハヴィランド宮殿の内部で過ごしておいて、正気で居るとは思えないし、もともと政略結婚だったのでチャールズとしては大して愛着もない。「シャルルは問題ないと言っていたが……シャジャル、今回の戦争は、上手く行くと思うかい?」「上手く行くわよ。きっと」「そう、かな?」「そうよ。だから貴方は、どっしりと構えてたら良いの」 そう言って安心させるようにチャールズに微笑む王妃シャジャルは、沙漠出身のエルフである。 彼女はエルフの崇める“大いなる意思”のうちの一つであるとされる黒沃山羊の地母神を信仰しており、その神官としての技能を用いて、アルビオン全土へ豊穣の加護と、神の遣いたる【黒い仔山羊】を労働力として召喚し国民に従属させている。 彼女の宗派は、エルフたちの中でもマイナーな信仰宗派である。 単なる豊穣神信仰ならば割とメジャーであるが、豊穣神の恐ろしい暗黒面である【シュブ=ニグラス】を信仰する者は、そう多くない。 戦争の先行きについて、彼女が楽観とも言える感想を口にするのは、決して本心からのものではない。 口では夫の不安を紛らわせるようなことを言ったが、彼女自身はそんな事は全く思っていないのだ。(何せ、あの悪名高い暗黒ファラオ【ネフレン=カ】の同位体が居るのですもの。どうせ碌なことにはならないでしょうし……。早いところ、逃げる算段をつけないといけませんわね) 実際のところ、ある意味同系統の暗黒神に仕えるシャジャルは、赤を着込んだオルレアン夫人が何者なのか、かなり正確に把握していた。 そして同時に確信していた。 あの這いよる混沌の化身が、このまま静観するはずがないのだと。(アルビオンとシャンリット、どちらが勝つにしても、一番重要な場面で、勝負の盤ごと面白半分にひっくり返されるに決まっているもの。だとしたら、こんな戦争は、無意味よ) あの混沌の化身は、そういったことを何より好むのだ。 丁寧に、そして慎重に積み上げたものを、最高のタイミングで台無しにするという、あの破滅の昏い快感が好きなのだ。 思いもよらぬ横槍で、勝利を確信していた勝利者の顔を苦く歪めさせるのが大好きなのだ。勝ち誇った顔が驚愕に歪むのを何よりも好むのだ。 シャジャルは、エルフに伝わる暗黒ファラオ【ネフレン=カ】についての伝承を思い出す。 ――無貌の王、国をまとめ善政を敷く。 ――しかし、彼の者の狙いは民の幸福にあらず。 ――阿鼻叫喚と堕落こそが、真の狙い。 ――ゆっくりと巧妙に目に見えぬ所で腐敗は進み、やがてそれは限界を超える。 ――血の匂いのする神殿、私腹を肥やす官僚たち、粛正される反乱者、恐怖政治、都市を覆う得体のしれない闇と怖気。 ――並べたドミノ牌を倒すように、限界に達した歪みが連鎖的に爆発し、そしてとうとう国が崩壊する。 ――玉座、無貌のファラオ。 ――攻め寄せる聖者オシリスとその仲間たち。 ――相対する、ファラオの信者と、解放者である聖者たち。 ――追い詰められるファラオ。そして変貌し本性を顕すファラオ。 ――暗黒の化身。這い寄る混沌。天を衝く無貌の捻れた、血塗られた舌。 ――地は裂け、空は燃え、民は死に、血の河が流れ、弓折れ矢尽き、聖者オシリスは遂に膝をつくも、天を衝く暗黒王の巨体は未だ健在。 ――民は祈り、精霊は嘆き、地に生きとし生けるもの全てが暗黒王を打倒せんと集う。 ――精霊と民と韻竜が手に手を取って、死闘の果てに遂にソレを放逐する。 ――かくして独裁者は星辰の彼方に去り、二度と同じ過ちを繰り返さぬように共和制が敷かれることとなる。 と、まあこんな所が、エルフに伝わる太古からの言い伝えである。 英雄譚とも言う。 聖者オシリスの伝説である。他にも聖者アヌビスにも、ネフレン=カの残党と対峙したという話はある。 韻竜の長老あたりならば、ひょっとしたらその頃からの生き字引が残っているかも知れない。 流石に千年を生きる統領テュリュークも、その頃から生きるているわけではあるまい。 ついでに言うと、韻竜たちは戦々恐々として動き出したアルビオン大陸を眺めているに違いない。徐々に力を失いつつある彼らにとって、邪神の眷属は恐怖の的である。 そして韻竜たちは、こうも思っているはずだ。 いや、アルビオンとシャンリット以外の全ての者は、こう思っているに違いないのだ。 ――化け物どもめ。喰らい合って滅びるがいい。 全くもって同感だ。 シャジャルは、楽しげに睦言を交わすティファニアら娘夫婦の様子を、夫と共に眺めながら、そう思う。 この平穏が続けば良いのに。だが、それは難しいだろう。 暗黒ファラオ【ネフレン=カ】と、魅惑の【赤の女王】。 化身の形は違えども、彼の邪神は、太古のエルフ領で行ったことと同じ事をしようとしているのだ。 遥か昔、虚無遣いのシャイターンがこの地にやって来る前に、エルフを破滅的な邪智暴虐の渦に叩き込んだのを、今度はハルケギニアで繰り返すつもりなのだ。「もし戦争に負けても、ひどい事にはなりませんわ。亡命先としてシャンリットは使えませんが、私の一族を頼って落ち延びることも出来るでしょう」「そう、だな。それも、最終的な手段として考えておこう……。国を内乱に導いておきながら、その果てに玉座すら捨てて逃げるというのは、どうにも無責任だが」「別に良いのですよ、命あっての物種と言いますし。それに、貴方やティファニア、シャルロット=カミーユちゃんと一緒なら、私は、暮らすのは何処でも良いんですよ」 うーむしかしなあ、とチャールズは唸る。 もともと彼は、この故郷で堂々と妻や娘と一緒に暮らしたかったのだ。その為に兄王を弑し、甥を放逐し、ブリミル教会をぶっ潰して、新しく天空教を興したのだ。 それが国を捨てて亡命する羽目になったなら、本末転倒である。「むむむ。いや、だが、私は、王なのだ」「貴方……」「このアルビオンというフネの、船長なのだ。 そして、船長は、最後までフネに残らなくてはならない この大陸の実権は、シャルルや得体の知れない連中に握られているが、それでも、私は責任を取らなくてはならないはずだ」 それが、兄を弑逆した自分の義務なのだと。 義務は果たさなくてはならないのだと、チャールズは思っている。 義務だから履行する必要がある。 その心意気や好し。 ――しかし、ならば先ず、部下たちがやっていることを隅から隅まで把握し、国民に対する非道を止めさせるべきではないのか。 確かにそうだ。 人間は、酷い目に遭っている。 ――“人間は”。 だが、実は、アルビオン臣民の人口は、チャールズの治世であるステュアート朝になってから、減るどころか増えている。 何故かといえば単純な話で、臣民の種族的範囲が拡大されたからだ。 例えば、擬神機関開発主任のコナン・オブ・サウスゴータ。 彼については、アルビオンの戸籍上は、“2人”だと換算される。 勿論、中の人(シャン)も臣民として計上しているからだ。 そんな具合で、天空教が認める神に信仰を捧げている存在であれば、それらは臣民として認められるのだ。 高山に住むトロールやウェンディゴなどの亜人、湖沼に残っていた半魚人の末裔やその他の水の眷属、異界から呼び出された従属種族の数々、奇跡と云う名の邪法により黄泉返った屍人たち、造り変えられて“幸福”に生まれ変わった元反逆者……。 以前よりも格段に増えた臣民は全て、異教の祭壇と化したハヴィランド宮殿を中心に広がる洗脳統率の魔術によって支配されている。 それに、擬神機関の稼働後、アルビオンは、アルビオン国内にあった、蜘蛛の矮人たちの母体であるキメラバロメッツをも数本、支配下に置いている。 人工龍脈とも言える<黒糸>が擬神機関(アザトース・エンジン)から出力される痴愚神の神気によって汚染されて奪取されたために、連鎖的にアトラナート商会の拠点も制圧されてしまったのだ。 奪取した人面樹のキメラツリーと、擬神機関からのエネルギー、洗脳した矮人たちの持つノウハウによって、不完全ながらもアルビオンも矮人を生産している。果樹園で採れる矮人兵士たちは、ただの人間たちよりも役に立つだろう。 アトラナート商会側も、勿論、何もせず手をこまねいていたわけではない。 擬神機関が稼動して、商会の拠点が制圧されるまでの短時間で、廃棄・自爆処理を施していた。 敵地にある拠点なのだ、その程度の処理は当然である。そして自爆装置は浪漫であるわけだし。 大半のキメラバロメッツや重要施設は<ゲートの鏡>によってシャンリットの本店へと移動させられていたし、自決用の特殊なウィルスにより大部分のキメラバロメッツは枯死させられた。 アルビオンの拠点には、量産型虚無遣いグレゴリオ・レプリカ(使い魔タイプ:リーヴスラシル)の生産拠点も含まれていたが、幸いにもそれらは事前に退避が済んでいたらしい。 だがそれでも、数本のキメラバロメッツはアルビオン側の神学的処置によって復活させられたし、取り残された矮人たちも擬神機関からのエネルギーによって汚染されて洗脳された。 アルビオンに置かれていた矮人たちには大して重要な情報は与えられていなかったとはいえ、これはシャンリットにとって多少の痛手である。 何故なら、アルビオンに鹵獲された矮人(ゴブリンメイジ)たちの肉体およびインストールされた知識は、類感魔術や接触魔術(総称して共感魔術)のための媒体としてうってつけであるからだ。 ゴブリンたちの多くは遺伝子的に非常に似通っており、一卵性双生児のように全く同じ遺伝子を持つクローンたちが数多く存在する。 一を害せば億を害する。同じ体を持つというのは、藁人形などの形代を用いるよりもはるかに強力な呪術の媒体に成るということだ。 まして彼らの脳髄に刻まれた数々の知識という共通キーを合わせれば、類感魔術によって影響を与えられる範囲はさらに拡大するだろう。 同じ知識を持つ矮人は、兄弟弟子のような関係である。 共通点があるものは似ているものだ。そして似ているものは同じものだ。だからそれも、魔術の攻撃起点となる。 大量生産、共通規格という戦術ゆえに抱える、シャンリットの弱点だ。 一つが切り崩されれば、同期する全てに影響が波及する。 品種改良されて遺伝的多様性が少ない家畜が、流行病に罹りやすいようなものだ。 当然、そんな事は百も承知で蜘蛛たちも対抗策も練っているだろうが、それでも手札が増えることは良いことだとアルビオンの上層部は判断している。 今頃は護国卿クロムウェルが、嬉々として矮人たちの身体を用いて悍ましい儀式を行い、シャンリットに呪いを掛けているところだろう。 クロムウェルはここ数ヶ月で超一流と言って良い呪術師に成長している。「シャルルやクロムウェルたちが頑張ってくれているのは、知っている。 シャンリットに攻めこまねば、今後のアルビオンが立ちゆかないことも、理解している。 そして、最大戦力であるこのアルビオン大陸自身を以って、一気呵成に決着をつける必要があるというのも、勿論」「では、皆を、この国を信じましょう。それこそが王の役目でしょう?」「そうだな。私が勝利を信じずして、誰が勝利を信じると言うのか。そう、我々は勝利する――絶対に、絶対にだ」 そうでなければ、犠牲になった者が報われないではないか。兄王を弑したのは、そう、アルビオンの秩序を遍く広め、エルフを始めとした亜人と手を取り合った新世界をハルケギニアに造るためではなかったか。 王杖<ルール・フォァ・アルビオン>を撫でながら、チャールズは自分に言い聞かせる。 必ず勝つのだ。勝たねばならぬのだ。そして、アルビオンに繁栄と栄光を! アルビオン王家に幸福を! 家族が皆で堂々と暮らせる世界を! 決意を新たにする家長チャールズの横で、王妃シャジャルは、微笑を貼りつけたまま、思惟を巡らせる。(――連絡員である姪のファーティマに、予め段取りをしてもらうべきでしょうね……沙漠への亡命のための。ここに居る間に、私の神官としての格もだいぶ上がったことですし、断られても、最悪いざとなれば、少し評議会の老害どもを脅せば、その程度は通るでしょう――)◆◇◆ ラグドリアン湖から離れる竜籠の中。 ルイズとサイトは眠りこけていた。昨晩からずっと夢心地だ。 竜籠の室内には、ルイズとサイトの他には、シエスタとモンモランシーが座っている。「ベアトリス様、とても名残惜しそうでしたね」「でも仕方ないわよ。本国からの呼び出しってことだったら、断れはしないでしょ。護衛の矮人も、クルデンホルフからわんさか来てたし」「それにしても、これから戦争に突入するというのに、何でわざわざクルデンホルフ本国に呼びつけたのでしょう?」「さあ、戦争が始まるからこそじゃないかしら? 多分、トリステインより、シャンリットの方が、堅固で安全だと言うことじゃない? この千年、シャンリットは不敗無敵を誇るわけだし……」 行きで一緒だったベアトリスらクルデンホルフ一行と、タバサは、この帰り道には同行していない。 ベアトリスらは本国から召喚され、触手竜のヴィルカンに曳かれて、空路クルデンホルフに向かった。ベアトリスは、はらはらと涙を零しながら、別れを惜しみつつ渋々飛び立っていった。 タバサは、ラグドリアン異変解決の報告のために、ガリア首都リュティスへと、シルフィードに乗って向かっている。今、ルイズたちの竜籠を曳いているのは、オルレアン家が召抱える竜騎士だ。タバサの計らいによって付けられたのだ。「それよりもさ、シエスタ。……学院、大丈夫なのかしらね」「そうですね、心配ですよね。マルトーさんやメイドのみんな、無事なのかしら」「学院無くなってないわよね……? あの――“地上に現れた太陽”……只事じゃなさそうだけど」 モンモランシーとシエスタが話しているのは、ラグドリアン異変解決後のその日の夜に学院方面に現れた、地上の太陽の如き強烈な光の塊のこと。 夜を昼のように変えたソレは、未だ健在で、竜籠の行く手を眩いばかりに明るく照らしている。 ルイズは明らかにフォーマルハウトの炎神に由来する白炎の結界を見て、一瞬動揺したものの、それ以上拡大しないのを見て取ると、『問題なし』と判じた。 ――オールド・オスマンが居る限り、学院が無くなるようなことにはならないでしょ。私は寝るわ。随分消耗しちゃったもの。ふぁあ~あ。肉布団(サイト)、カモン。夢の国で瞑想と訓練をするわよ。アンタも義腕に慣れなきゃいけないでしょう、稽古をつけてあげるわ。 そう言ってルイズは、傍らに<夢のクリスタライザー>を置き、サイトの腕の中で眠り、彼の魂と共に、幻夢郷の彼女の王国へと旅立っていった。 サイトは唯々諾々と喜色満面に、その夢の旅路に付き従っていった。 今頃は夢の国で千人組手でもやらされているのではなかろうか。 さて、いつもは色ボケ老人のようなオスマンであるが、アレでもハルケギニア随一の魔法使いである。 ゆえに、確かにルイズの言う通り、彼が居る限り、学院は安泰であろう。 ルイズが<黒糸>のマジックカードを介して情報を集めたところによると、炎神の化身が召喚されたらしいが、今のところオスマンがそれを抑えているらしいと判明した。「ああ、兎に角、ラグドリアンの異変が解決して良かったわ。モンモランシ家の干拓地は沈んじゃったけど、水の精霊が復旧に協力してくれるらしいし、何とか成るわよね、多分」「ええ、きっと大丈夫ですよ! それに、この後はラグドリアン湖畔で、アンリエッタ女王陛下とウェールズ殿下の結婚式があるんでしたよね」「そーよー。それで領地に幾らかお金が落ちてくれることを期待するとしましょう」 学院までは、竜籠で空の道をあと二三時間というところだろうか。 段々眠くなってきた。 シエスタとモンモランシーは、示し合わせたかのように欠伸をして、お互いに苦笑する。「ふぁ、ああ、眠いわね。昨日はちゃんと寝たつもりなんだけど」「……ふぁあ……、あ、失礼しました。今まで気が張り詰めていた分、その緊張が取れて、反動で眠くなったのでしょうね」「ああ。そうかも知れないわ。遠目でルイズたちの戦いを見てたけど、アレは夢に出そうよ。それが嫌で、知らぬ間に眠りが浅くなってたのかもね」 モンモランシーは、昨日の神話の如き戦いを思い出して、その身を抱いて身震いする。 割れる湖、屹立する毒水の竜巻、屍肉で出来た竜たち、潰せど復活する悍ましい屍人、得体の知れぬ怖気のする魔法の数々、それをかき消したルイズの白い魔法……。 英雄の戦いと言うよりは、もっと邪気に溢れた、口にするのも憚られる、死すら冒涜する、地獄のような戦いであった。いや、あれは地獄すら生ぬるい。あのような戦いがこの世に存在して良いのか。アレを成したルイズやサイトは、果たして同じ人間なのだろうか。あんな戦いは、この世に存在してはならないのだ。ああ、だが、私は知っている、アレが決してお伽話ではないということを。なんという事だ、あれは恐ろしいことに、厭わしい現実なのだ。死しても尚、押し寄せる屍肉の絨毯。禍々しい神をも冒す毒の銛。致命傷を負いながらも人外の力で敵に立ち向かう異界の剣士。そしてハルケギニア一の災厄で最強のメイジであるルイズの使った、常識を超えた魔法。ああ、あんなものは夢だったに違いないのだ。あんな化け物が、あんな戦いが、この世に存在していいはずがないのだ! 夢だ。夢だ。夢だ! 夢だったに決まっている! ああいや、しかし目に焼き付いてはなれないあの恐怖は! 狂気は! アレは、現実のものだったのだ、圧倒的な質感を持って襲いかかってくる暗闇が、脳髄に刻み込まれてしまっている、知るべきではなかった無慈悲な真実が私の正気ヲ苛み――「――モ……シーさん? モンモランシーさん!?」「ハッ!?」 シエスタに揺さぶられて、焦点の合っていなかったモンモランシーの眼に、正気の光が戻る。「あ、ありがと、シエスタ。何だか知らない暗闇に、引きずり込まれるところだったわ……」「いえいえ、大したことではありません。……私にも似た様な状態になった覚えはありますし」 シエスタは眉根を寄せて、にへらと笑う。 ルイズから夜毎に受ける英才教育の中には、正気を削るような内容も含まれているのだ。 そして発狂寸前に追い込まれては、<夢のクリスタライザー>で夢の世界に誘われ、ルイズと共に、精神治療と訓練をさらに課されるのだ。鬼である。いや、シエスタの主人は、魔女で帝王であった。仕方ないね。「帰ったら、安定剤でも調合しようかしら……」「あ、私の分で良ければ、ルイズ様から頂いたのが、今、ありますよ? いかがです?」「安定剤……。……どんだけ不憫なの、シエスタ……」 虚無の侍女に同情しつつ、モンモランシーは有り難くルイズ謹製の精神安定剤を受け取る。 シエスタがメイド服付属の四次元ポケットから取り出した水筒から注いだ水も受け取り、それを飲み干す。 シエスタも同じく、安定剤の錠剤を飲む。「睡眠導入剤も兼ねた結構即効性の錠剤ですので、すぐに眠れると思いますよー」「そうね……。学院に着くまでに少しは眠っておかないと。ルイズによると、学院でも厄介ごとが起こってるみたいだし……。ふぁああ、ねむ……。ほんとに即効なのね」「おやすみなさいませ、モンモランシー様」「ええ、おやすみ……」 シエスタはそう言って、モンモランシーに毛布を掛ける。 スヤスヤと直ぐに寝息が聞こえてくる。 それを確認して、シエスタもまた、毛布をかぶって眠る。 ルイズの傍らで、<夢のクリスタライザー>が琥珀色に輝いた。 ――二名様、夢の世界に、ごあんな~い。 ルイズの声音で、そんな台詞が、聞こえた、気が、した。◆◇◆「ここどこ?」 モンモランシーは呆然と呟く。 その横ではシエスタが、膝をついて打ちひしがれている。諦観の呟きが漏れる。「しまった……。今のルイズ様の近くで眠ったら、そりゃこうなりますねー。デスヨネー……」 ここは何処かの王宮らしき建物の前である。 その前に居た衛兵が、突然現れた二人に対して誰何する。「何者だ? ここは夢の女王、ルイズ・フランソワーズ陛下の城なるぞ」 誰何の声に、モンモランシーは怪訝そうな顔をし、シエスタはゆるゆると顔を上げる。「ルイズの城……?」「……はい、存じてます。というか、お久しぶりです、衛兵さん」「うん? 会ったことがあったかな、メイドのお嬢さん」 どうやらシエスタはこの場所を知っているらしい。「ええ、何度かルイズ様に連れられて訓練しに――」「ああ、覚醒の世界で、ルイズ陛下の侍女をしているという――」 普通に挨拶するシエスタの横で、モンモランシーは固まっていた。(薄い……! というか、ペラいっ!) 何故なら、その衛兵が、薄かったからだ。存在感がとかいう意味ではなく、物理的に。 サンクという賭け事に使うカードのような、というか、カードそのものの薄さであった。 ふとモンモランシーの脳内をよぎる言葉があった。 ――ルイズよりも薄い。圧倒的に薄い。 ぞくり。(――っ!? 何か悪寒が――?) ――それ以上いけない。 モンモランシーの本能がそう告げた。 彼女自身は知りもせぬことだが、この夢の国は、全てが全てルイズの領域である。 ゆえにルイズの悪口は、たとえ心のなかで呟こうとも、丸分かりなのだ。 ルイズイヤーは地獄耳、なのである。 そんなモンモランシーの戦慄を余所に、シエスタは衛兵と話を続ける。「俺は初対面だが、確かに曾祖父さんからそんな話を聞いたことがあるぞ」「え、そんなに時間が経ってるんですか!? つい先週くらいにこちらに来たばかりだと私は思ってましたのに」「ああ、ルイズ陛下が、その御力を回復させるのに、国全体の時間を早めているのさ。覚醒の世界で7時間も経てば、こっちでは70年は経ってる計算らしいな」 ――まあそうなのですか。 ――――曾祖父さんとは生き写しのようだと言われるくらい似てるから、代替わりしてんのにメイドさんが気づかなかったのも無理ないな。 ――なるほど道理で。ところでルイズ様にお取次ぎお願いできますか? ――――もちろん。少し待って下さいましな。直ぐにお繋ぎするんで。 などなど、事態は進行していく。 それよりもモンモランシーは城壁の向こうから聞こえる轟音と地響きが気になっていた。「ね、ねえ、衛兵さん。王城の中から、凄い音が響いてるんだけど、なんか伝説のドラゴンでも飼ってるの……?」「ああ、これですか。これはドラゴンなんかではありませんよ」「あ、そうなの――」 俄に安心したモンモランシーの言葉を遮り、衛兵のカード兵が、ニヤリと笑って告げる。「ドラゴンよりも、そしてジャバウォッキーよりも恐ろしい、我らが陛下とその忠勇なる騎士(使い魔)ですよ。――って、ぬわー!?」 その言葉が女王の癪に触ったのだろう。 何処とも知れぬところから真っ白い爆発が炸裂して、カード兵を虚空に舞い上げた。 ルイズイヤーは地獄耳、である故致し方なし。◆◇◆「私の王国へようこそ、モンモランシー。歓迎するわ」 王城の練兵場で、目を回した義腕の騎士サイトの上に腰掛けたルイズが、城門から入ってきたモンモランシーたちに歓迎の言葉を投げかける。 サイトは完全に気絶している。左手の鱗と羽毛が混ざったような悪魔めいた超鋼の義腕からは、細長い蛇が生えており、必死にサイトに呼びかけているが、全く目を覚まさない。ちなみにデルフリンガーは睡眠機能がついてないので、夢を見る事もなく、ゆえに覚醒世界でお留守番である。 一方、その上に腰掛けているルイズの姿は、ある意味シエスタにとっては見慣れたような姿であった。即ち、背中から朱鷺色の翼が生え、下半身は人魚のような艶めかしいラインになっているスタイル抜群の美女である。さり気なくエキドナから見えない所で、朱鷺色の羽でさわさわとサイトを愛撫している。「……ルイズ。…………ルイ、ズ……?」「何で疑問形なのよ」「え、ええ? だって、ラグドリアン湖の時も思ったけど、ちょっと変わりすぎでしょう? まるっきり化物みたいな姿じゃないの! しかも色々育ってるし……」 恨めしげにボンキュッボンなルイズの肢体を舐めるように見るモンモランシー。 むしろ翼とか鱗とかよりも、育ちまくったお胸のほうが気になるようだ。だって女の子なんだもん。 一方で椅子にされているサイトの方はスルーである。虚無の主従による訓練の結末はいつもこんな感じだ。この程度の光景は、学院でも見慣れている。見慣れてどうするという気もするが。「折角だからお茶していきなさいな、モンモランシー。――シエスタ、王城を案内してやって頂戴。ほら、サイト! いい加減に起きなさい!」「むにゃ? 母さん、あと五分~」「誰がアンタの母さんかっ!? 夢のなかで夢を見るなんて器用な真似してからに……」 ルイズは寝ぼけているサイトの足を掴み、宙空に飛び上がると、そのまま振り回す。「それっ、ぐーるぐるーっ! 目をっ覚ませーっ」「うわぁ!? 何だっ!? 敵か? 敵なのかっ!?」 【ちょっと本体!? 止めなさいっ】「朝の目覚めは加速度25Gっ! せいっ、飛んでけっ!」「ぎゃっ!?」 【サイト―!?】 そしてそのままぶん投げる。 放物線を描くことすら無くほぼ一直線にサイトは吹き飛び、そのまま練兵場の壁に激突する。 どんがらがっしゃん、と轟音と共に、着弾点からはもうもうと土煙が上がる。「サイト、目が覚めたかしら? 客人よ。土埃落としてから執事服に着替えて、持て成すように」「……い、イエス、マァム……」【痛つつ……ちょっとは加減しなさいよね、バカ本体っ】 左の義腕から悪態を零しつつも、サイトは瓦礫を押しのけて姿を現す。 そして主人と客人の方に一礼すると、軽やかな身のこなしで去っていった。 彼はこの夢の国で、精神的治療や肉体的魔術的訓練も勿論だが、礼法や教養などの教育も受けている。何せルイズが力を回復させるまでに、この夢の国では数十年の時間が経過している。時間があるのだから色々と学ぶのは当然である。サイト完璧執事化計画は進行中である。「はー、なんだかすっかり尻に敷いちゃってるわねー」「当たり前じゃない。サイトは私の使い魔で、従者で、騎士で、執事で、パートナーなのよ?」「はいはい、ごちそうさま。あーあー、ギーシュも早く帰ってこないかしら。戦争なんか起こんなきゃいいのに」 虚無の主従に当てられたモンモランシーは、覚醒世界の王都に居るであろう自分の恋人のことを想う。 アンリエッタ女王陛下の『魅了』によって国家への忠愛は強化されたものの、それでもグラモン家の生来の血統ゆえか、恋人であるモンモランシーのことを一番に優先してくれている。 非常にありがたい事だ。「戦争、ねえ。多分、色々とそれどころじゃなくなる気がするけどね」「アルビオンとシャンリットが戦争するから?」「もっと色々あるのよ。そうね、折角だから、モンモランシーも学んでみる? どうせ幻夢郷(こちら)の時間であと二十年は経過させるつもりだし、世界に潜む真実の悪意と邪悪と暗黒の知識を……」 ぞくり。 昏い蛇のようなルイズの三日月の笑みに、モンモランシーの肌が粟立つ。 暗黒の知識とは何か。あの恐ろしいラグドリアンの湖底の毒と死と闇。あれに関わることなのは間違い無いだろう。そうだ、あの決して許せぬ、悍ましい異形たち。詳らか(つまびらか)にされぬ、されてはならぬ、この世の裏面の真実たち。ああ、思い出してはいけない、あのような存在が――「――ま、その前に、心の治療が必要みたいね。後で腕利きのセラピストを紹介してあげるわ」 モンモランシーの葛藤と慄きを見て取ったのだろう。 ルイズは話題を切り上げる。「私やサイトも、何かある度にお世話になってる人で、私の王国でも有数の腕利きだから、安心して頂戴な。目が覚めてハルケギニアに戻る頃には、トラウマも払拭してるわよ」「あ、ありがとう、ルイズ……」「いえいえ、友達でしょう? 私たち」「ルイズ……」 なんだかんだで、ルイズ・フランソワーズは“人間”には優しいのだ。 それに、あのラグドリアン湖底の異形たちとモンモランシーが対面する羽目になったのは、ルイズが彼女に水精霊との仲介をお願いしたためであるし……。アフターフォローくらいはしなくては、寝覚めが悪い。 まして相手が学院でも貴重な友人ともなれば尚更だ。 ルイズはふよふよと宙に浮きながら、シエスタに向き直る。朱鷺色の翼から、爽やかな香りが広がる。「……じゃあシエスタ、モンモランシーを部屋に案内してあげて。久しぶりだけど、城の中は覚えてるわよね? 私は湯浴みしてくるから」「はい覚えてます。……覚えてますが、また妙な仕掛けが増えたりしてないですよね? こっちの時間で数十年振りですし、ちょっと怖いのですが」「…………。大丈夫よ、多分」 思わずジト目になるシエスタ。 以前は本当に酷い目に遭った。 常在戦場の心得だとかで、サイトの訓練用に培養されているスライムの培養槽へ繋がる落とし穴(兼ダストシュート)が王城の至る所にあり、シエスタはそれに嵌ったのだ。スライムに溺れてねちょぐちょになったところを、同じく落とし穴に嵌ったサイトが後から落ちてきて、二人で組んず解れつしつつ共闘し苦戦して漸く脱出したのであった。「……それなら良いのですが……」「うん、シエスタなら、きっと大丈夫だから」 おい。(ちょっ!? 前の文脈と、“大丈夫”のニュアンスが違ってるんですけどっ!?) 彼女は傲岸不遜な夢の女王。 従者たちに対して無茶振りするのは、日常茶飯事で。 そしてそれは特別な存在に対する信頼の現れなのである。◆◇◆ モンモランシーたちが竜籠の中で眠ってから、ハルケギニア時間で2時間、幻夢郷時間で20年。 色々あったものの、ルイズたち一行は漸く学院に到着した。 夢の国での騒がしくも平穏な日常を経て、彼女たちは万全の精神状態に復調した。トラウマ払拭、フルチャージである。「ああ、なんだかすごく年取った気分だわ……」「精神は肉体に引っ張られるから平気よ。それより、ねえモンモランシー、これからもちょくちょく私の夢の王国に来ない? 文官としても、香料技術者としても、とっても優秀なんですもの。手放したく無くなっちゃった」 ルイズは強欲なのだ。「……まあ、たまになら。あと、出来ればギーシュも一緒に……。夢の中くらいは……」「なら決まりね! 眠ったら直ぐに来れるように、早速手配しておくわね。勿論ギーシュも一緒に来れるようにしとくわ!」 本人の与り知らぬ所で、ギーシュとモンモランシーの逢瀬が段取り付けられていく。 まあ、ギーシュとしても願ったりかなったりだろうから問題ないだろう。 離れ離れの恋人たちが夢の中で逢瀬を重ねるというのは、なんともありがちなロマンスではないか。 ……あまりに夢の世界に入れ込みすぎると、現実世界で廃人になりかねないから加減が必要だが。 夢の世界は、麻薬のようなものだ。 自分の精神力次第で、好きなように世界をねじ曲げられる。……勿論、その為には魂と心を削り、相応の代価を払う必要があるのだが。「それと……夢の世界での肉体改造の秘術も……」「うふふ、勿論教えてあげるわ。任せなさいっ」 まあ、夢見人のベテランであるルイズがついているから、そうそう酷い事にはならないだろう。「さて、学院に着いたのは良いけれど……知ってはいたけど、近くで見ると圧巻ね」「なんなのかしら、この白熱した火の玉……。熱くて全く近寄れない……。ロビンが干からびちゃうわ」「ほんと邪魔ねー……」 ルイズたちが呆然と見上げているのは、少し前にメンヌヴィルが招来した炎神の化身が封印されている20メイルほどの火の玉だ。 目を細めて火の玉を見上げ、ルイズは何やら考え込んでいる。(後で周りに誰も居ないのを確認したら、『世界扉』で強制転移させようかしら。幾ら何でも、このままにはしておけないわ。折角だから、アルビオンかシャンリットにぶち込んで……) どうやら、氷餓のアニエスを拾って王都トリスタニアへ報告に行く前に、やることが出来たようだ。 幸い、夢の国でじっくり幻夢郷時間で90年ほど休息を取ったお陰で、精神力は完全に回復している(幻夢郷の時間を調整できるなんて反則技能は、時空と魂の系統である、ルイズの虚無の魔法があってこそのものだが)。 今の残精神力なら、二十メイル四方の『世界扉』のゲートを形成して、火の玉ごと空の彼方に吹き飛ばすことくらいは出来るはずだ。「というか、アニエスは何処よ。学院長は……ああ、火の玉に巻き込まれて、あの中なんだったわね……」「え、それって、学院長大丈夫なの!?」「あのスケベ爺はその程度じゃ死にゃしないわよ」 一先ず大火傷を負ったキュルケの見舞いにでも行くかと、ルイズは医務室の方へと足を向ける。 モンモランシーとはここで別れる。まあ、女王陛下に報告に行く際には、関係者というか当事者として、一緒に着いて来てもらわねばならないだろうが。 ついでにマジックカードを取り出して、適当な秘薬を『錬金』することにする。早く元気になってもらわなくてはならない。せっかく彼女と相思相愛になったコルベール氏のためにも。毒娘の毒に耐えられるだけの炎使いは貴重なのだから。「まあ良いわ。とりあえず、キュルケを見舞いに行くわよ。アニエスもソコに居るだろうし。サイト、この錬金した秘薬と、その他諸々の見舞い品、持って頂戴」「諒解。しかし、アニエスさんもここ最近運がないなー、ずっと満身創痍だよな」「……多分、アンタの運命に引きずられてるんだと思うけどねー」「まさか! いつも思うけど、ルイズは俺を過大評価するよなー」 その評価は割と妥当だと思われるが、サイトはそれを認めない。 認めてなるものか。 薄々気づいているものの、自分が運命的にトラブルメイカーだなんて、認めるにはハードルが高すぎる現実である。「まあ、キュルケの命が無事で良かったよ。相手は凄腕だったんだろう?」「そうね、<黒糸>に記録されてた覗き見データによると、そこにある白熱球を招来した炎の神官が、相手だったみたいね。実力差は明白。むしろ、まだ命があるのが不思議だわ。大方、敵手の気紛れか何かでしょうけど」 すたすたと学院本塔に向かって歩きつつ、ルイズはマジックカード片手に次々と見舞いの品を『錬金』していく。 その他にも小さな『世界扉』を作って、学院の端にある倉庫(ウードのグロッタ)から滋養強壮に効きそうなものを出しては、サイトの腕の上に積み重ねていく。「ふーん。ところで、ルイズと俺だったら、その刺客には勝てたか?」「勿論! 余裕よ。虚無の主従をナメんじゃないわ、私達は無敵よ」「おうよっ、その通り! 当然だなっ!」 とか言ってる間にも、サイトの腕の上には、見舞いの品が積み上がっていく。お嬢様の休日の買い物に付き合う荷物持ちといった風情だ。 その後ろを粛々とメイド服のシエスタが着いて行く。 割とカオスな光景な気がするが、別に問題ない。ルイズ一行は通常運行である。女王と騎士執事とメイド、という3フレーズで全てを表せるほどにはテンプレートだ。「どーせアニエスは沈んでるでしょうから、彼女のフォローをまずしないとねー。どうせ宿敵を手にかけることができなったのを気に病んでるでしょうから。養父も物理的に蒸発しちゃったし。……今夜は先ず彼女を私の夢の王国に招こうかしらね。加療しないと」「あー、アニエスさん、生真面目だからなあ。鬱々としてそうだ。ファザコンそうだし」「私も、アニエス様は、もっと力を抜くと良いと思います。あれじゃあ胃が持ちませんわ。……ところで義理の父娘の禁断の関係とか在ったりしなかったのでしょうかねー、気になりますー」 むしろ君たちがお気楽極楽で図太過ぎるのだが。 そうでなければ邪神との戦いにおいて、決して精神が持たないとはいえ、……もっと緊張感を持ちなさい。◆◇◆ その日の夜。 学院にて。「『世界扉(ワールド・ドア)』っ!! 大・転・送ーーっ!!」 ルイズは全身全霊を振り絞り、世界を貫通する呪文を唱える。 その対象は、勿論、闇すら昼に変える灼熱の炎神の封印球。 指定転送先は、クルデンホルフの国境付近で、アルビオン進路上と目されるポイントだ。危険物は熨斗付けて敵に贈るに限る。塩なんて送るものか。 やがて白熱の封印球は転送され、この場から消滅する。「ふっ、他愛無いわねっ!」 やり遂げた顔で、ルイズがぺたりと尻餅をつき、額を拭う。「でも疲れたわ。サイト、もう寝るから運んでちょーだーい」「応。任せとけ」「ありがとー。んー、いーにおーい」 サイトはへたり込んだルイズを抱え上げ、お姫様抱っこで部屋まで運ぶことにする。 精神力の使い過ぎで、ルイズは、たれルイズへとクラスチェンジする。サイトの胸板にグリグリと鼻を押し付け、ふんすとサイトの匂いを嗅いでいる。安心するらしい。 辺りは先程までの白夜が嘘のように、全くの暗闇に染まっている。だが暗闇の中、白熱球があった場所だけは、未だに赤熱しており、マグマが沸々赤々煌々と周囲を照らしている。 そしてサイトは夜空を見上げる。 遥か彼方には、輝く新星が一つ。 言わずと知れた、先ほどルイズによって転送された炎神の揺り篭である。「しかしルイズもえげつない事するよなー。核爆弾より質悪い爆弾だぜー。まるで全く小さな恒星みたいなもんじゃないか。つーか、中に居たっていうオールド・オスマンごと転送しちゃったみたいだけど、大丈夫なんかね?」 ――まあ、あの学院長なら、殺しても死なない気がするが。 どうせルイズのことだから、無許可強制転送のことを後でオスマンから責められたら、その時にはシエスタの下着でも生贄にして許してもらうつもりなのだろう。 実際オスマンも、それでころっと許しそうな気がする。そうなるとシエスタは不憫だが。「そんなことしないわよー」「お、ルイズ、起きてたのか」「ねむいー、はやくはこんでー」「はいはい、分ーったよ」 無駄にガンダールヴとしての技能を発揮し、少しの振動すら与えぬ完璧な体重移動と熟達のスニーキングスキルで、たれルイズを抱えて女子寮に入っていく。 左腕が義腕に取って代わったので、いつでもルーンの力を任意発動可能なのだ。 ちなみに武装内蔵義腕と化した翼蛇エキドナは、完全にサイトのルーンの支配下に置かれており、今は意識を眠らされている。アレだけ尽くしてるのに不憫な扱いである。まあ、それ以外の部分ではサイトも報いて構ってやってるから良いとは思うが。ルイズから夢の国に呼び出されない夜は、二人の世界でいちゃついているし、“殺し愛”と“食べ愛”的な意味で。 程なくしてルイズの部屋の前に到着。 直ぐに内側から扉が開く。「おかえりなさいませ、ルイズ様」「たーだーいーまー。寝るわよー、いっしょにー」 ネグリジェ姿のシエスタが、出迎える。 ルイズはたれたれである。「んじゃシエスタ、あとは頼んだ――」「なにいってんのー? サイト。アンタも一緒にねるのよー」「うぇ?」 「あらあら」 サイトは今まで、クルデンホルフの触手竜騎士ルネと一緒に学院の庭に造ったバラックに住んでいた。 ルイズの部屋には、ルイズとシエスタが暮らしている。部屋の隅に、シエスタ用の机とベッドが置かれているのがチラリと見えた。 そういえば、恐らく、サイトが学院のルイズの部屋で寝泊まりするのは、これが初めてではなかろうか(オルレアン邸ではタバサの計らいによって同じ部屋だったが)。「なぁに~? 不満なの~?」「いえ、光栄でアリマス!」 男だから仕方ないね。下僕だしね、主人の言葉には逆らえないよね。「<夢のクリスタライザー>使って、せいしんりょくをかいふくさせなきゃいけないんだから、いっしょにいきましょーよー……、……むにゃむにゃ……」「寝落ち……」「さあさあ、サイトさん、早くルイズ様をベッドに寝かせてやって下さい」 既にルイズは意識を落としてしまっていた。 苦笑するシエスタに促されて、サイトはルイズの部屋に入る。女の子の良い匂いがする。 いつの間にかルイズの腕には琥珀色の<夢のクリスタライザー>が抱かれていた。わずかに明滅するそれは、ルイズの精神を夢路の果てに誘っているところなのだろう。 サイトはそっとルイズを寝台に横たえると、椅子をベッドサイドに運んで、それに腰掛ける。 まさか同衾するわけにも行かず、そのまま椅子に座って寝るつもりなのだ。 サイトはルイズの寝顔を覗き込み、そのあどけない表情を見て顔をほころばせる。顔にかかっていた髪の房を指で優しく払ってやると、ルイズが微かに反応してくぐもった小さな声を上げた。 シエスタも、指を鳴らしてライトの魔道具を消すと、自分のベッドに向かう。 ちなみにサイトに対する警戒心は皆無である。 サイトがルイズにぞっこんなのを知っているからだ。それにあの極零の魔女を敵に回すなんて、考えたくもない。主従であるがゆえに、主人の恐ろしさは熟知しているシエスタであった。(……あ、でも、三人で一緒に、というのはありでしょうか……? エキドナさんも合わせると、四人で……!? なんちゃって、きゃーっ) 勝手に妄想して赤くなって布団を被る駄メイド。 シエスタさんは耳年増である。 マダム・バタフライシリーズは全巻揃えているし、夢の国でも、暇さえあればそういった娯楽本を熟読している。だが淑女(頭に変態と付くかも知れないが)。◆◇◆ 上空、暗闇をかき消す閃光。 ここはクルデンホルフ番外地。 未だ敵影は見えず、しかし邪神的爆弾が突如顕現。「時空歪曲反応です」「魔力反応同定――ルイズ・フランソワーズによる虚無魔法『世界扉』」「転移顕現――神性反応アリ」「クトゥグァ、および、クァチル・ウタウス(withオールド・オスマン)」「クァチル・ウタウスによる時空結界、不安定化しています」「内部に封じられたクトゥグァの化身、解放まで、残り3分」 シャンリットでは直ちにそれに対処。 大深度の戦闘指揮所で、オペレーターが順次処理を行なっていく。「遠隔結界によって再封印を実行――――失敗。――再試行――失敗。――再試行――再試行――再試行――以降継続」「――遅延成功。クトゥグァ解放まで、残り5分。――残り6分14秒。残り7分29秒。引き続き再封印処理を継続します」「【退散】の真言を遠隔詠唱――対象の抵抗――【クトゥグァの退散】失敗」「原因――クトゥグァとクァチル・ウタウスとの相互干渉により発動不十分」「原因――クトゥグァの未知の化身のため、【退散】の真言が不適合」「原因――カオティック“N”への敵愾心の発露」「アルビオン大陸進行遅延のために利用することを提案」「ウード様に上申――――返答“許可”」「対象をアルビオン直上へ転移させます」「グレゴリオ・レプリカ20機起動。聖堂詠唱『世界扉』開始、完了まで150秒」「再封印処理継続中」「――……聖堂詠唱完了。『世界扉』、発動します」「時空歪曲反応――『世界扉』の対象座標での発現を確認」「時空歪曲反応――アルビオン進路上に『世界扉』の出口発現。転移開始します」「アルビオンの擬神機関、出力増大を確認。転移攻撃を察知されました。敵結界強度上昇中」 アルビオンも異常に気づいたらしい。「クトゥグァ、クルデンホルフ領空から消滅」「転移を確認」「再封印処理を中断――クトゥグァ解放まで残り73秒」 もう暫くすれば、炎の魔神が、アルビオン上空で解き放たれるはずだ。「事後処理のため【退散】の真言の最適化を提言」「受理。レゴソフィア氏族のうち、禁呪管理の300人を導入する。実行せよ」 暗黒の知識を専門に扱う部署から、即座に人員投入することが決定される。 同時に、過去の魔術改造のデータ等から、必要な時間が算出される。「――最適化完了までおよそ76時間と予測」「却下。48時間で完遂せよ。<黒糸・零号>のリソースの優先使用を許可する」 瞬間、“馬鹿な!!”、“無茶振り過ぎる!”、“鬼!”、“悪魔!”、“蜘蛛野郎!”と悲鳴と罵声が上がる。 指揮官の矮人は、部下たちのそれを黙殺。「繰り返す。48時間で完遂せよ。それ以上は敵大陸の蒐集対象が焼滅する可能性が看過できなくなる。クトゥグァの意識がカオティック“N”に向いている間がチャンスだ」「――諒解」 「諒解」 「諒解」 その威圧に気圧されて、他の者は反抗を諦めた。 まあ矮人は、全員が同程度に高度な教養と思考レベルを維持しているので、少し冷静になって考えれば、やるべきことが何なのか、直ぐに悟るのだ。 一先ずクトゥグァ対策は一段落し、観察フェイズに移行した。 そして外部から連絡が入る。「――失礼、伝令です。ベアトリス嬢が、護衛と共に帰還しました」「結構。大公家へ連絡。依頼は果たしたと伝えろ」 取るに足らない連絡であったが、クルデンホルフ大公国の“表”の支配者である大公家の縁者を蔑ろにする訳にもいかない。 まったくさっさと人面樹や黒糸に、肉体情報と脳髄の中身バックアップしてしまえば良いものを、などと指揮官の矮人は考える。矮人たちは、生への執着が薄いのだ。 最悪、今の大公家が絶えたとしても、先代や先々代のクルデンホルフ家の情報は蒐集され蓄積されているので、そこから復活させることは可能である。……まあ、クルデンホルフ家のルーツであるウードが未だシャンリットに君臨しているので、本当に最悪の場合は、ウードが大公を名乗ることになるのだろう。「引き続き監視を続行せよ。<イェール・ザレム>の射程圏内に入るまでに、敵の進行をできるだけ遅延させろ」「諒解。遊星爆弾は第五次攻撃までが、火星-木星間の小惑星帯から発射済みです。第九宙域に設置した<ゲートの鏡>から、月面上へ転移させるため、三時間後に着弾予定です」「結構。グレゴリオ・レプリカの調整は――」◆◇◆ オスマンは墜落していた。「はて、儂は学院におった筈なんじゃがのう」【現在地は――学院から――……200リーグ、西――の――】「おうおう、無理するでない、<169号>」 塵に分解された身体を再構築しながら、滅びと風化の魔神クァチル・ウタウスの使徒オスマンは、夜空を墜落する。その半ば塵と化した姿は、一陣の砂嵐のようにも見える。 彼の半分だけ実体化した手には、焼け焦げた杖らしきものがある。彼の愛杖であるインテリジェンスメイス、学院長秘書ロングビルに擬態していた<ウード169号>である。 とはいえ、流石の<169号>も、灼熱と何億年もの時間経過に匹敵する風化の波動で、殆ど機能を停止していた。「地面に着いたら、直ぐに<黒糸>経由で復元してもらうから、辛抱するんじゃよー」【あり――が――いま、す。戦闘データを、シャンリットに――還、元、しななななな、く、て――は――】「もう暫くの辛抱じゃよー」 データ蒐集の心臓部たる部分は、シャンリットの技術の粋を凝らして、殊更頑丈に出来ている。 それは、灼熱も時間の試練にも耐えて、役目を果たすだろう。【生ける漆黒の炎】との戦闘データは、シャンリットでは重宝されるはずだ。 オスマンは、ウード・ド・シャンリットの眷属らしい蒐集狂の愛杖に苦笑を返しつつ、自分が落ちてきた空のある一点を見上げる。 煌々と輝く双月。 双月を半ば隠すような威容を誇るアルビオン大陸。 そして、眩く輝く地上の星。それは彼が全身全霊で封じていた――「炎神の化身――」 眷属たる<炎の精>を引き連れた、漆黒無貌の七角有翼ミノタウロス【生ける漆黒の炎】が、アルビオン大陸へと猛然と飛んでいく。 まるで宿敵を見つけた狂戦士のように。 それが世界の定めであるかのように。 標的とされたアルビオン大陸の方も、変化が生じていた。 双月を背景にして、大陸から立ち上がる、巨大な、四肢の捻くれた、頭が尾になったかのような姿の、名状し難いヒトガタ。 それがまるで咆哮を上げるように、身体とその細長い頭を仰け反らせる。 そう、名付けるならソレは――「――月に吼えるもの……!」=================================ウード「フハハ! シャルル・ドルレアン!! 貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだっ!!」 パパパパパウワードドンモンモンのSAN値がマッハでヤバかった。不思議の国のルイズさんは夢のクリスタライザーを使いこなしているようです。虚無系統はやっぱりチート。次回、『対決! “炎神”VS“混沌”』&『謁見! 深淵のアンリエッタ』の二本立てでお送りする、かも知れません。(予告の蓋然性は保障致しません)ユールの日おめでとうっ! (間に合わなかったけど)初投稿 2011.12.27