「夕呼せんせーっ! どういう事なんだ! 純夏が、純夏が脳味噌にされてたって!」
「煩いわねぇ。確かに00ユニットはたった今完成した所よ。けれど、今の貴方には会わせらんないわよ。00ユニットは最後の希望の光なの。喚き立てるしか脳の無いあんたに壊されたら事だもの」
「そんな……そんな……そんな事って、あるかよぉぉぉぉぉっ」
武は夕呼先生を突き飛ばして、部屋に入る。
部屋の中、霞が立ちはだかる。その後ろに、変わり果てた純夏がいた。
「純夏ぁ! 純夏純夏純夏! ごめんな、俺、ごめん……」
霞がそっとどき、武は純夏を抱きしめた。癒しの札を当てて、武は祈る。
「癒しの神よ……俺は、俺はどうなってもいい。純夏を、純夏を癒してくれ……!」
『どうなってもいいと言ったな、異形の者となり果てても純夏を癒したいか、その娘はお前の純夏ではないと言うのに』
「ああ、俺は癒したい。純夏を助けたいんだっ!」
『ならば誓うか。我に忠誠を誓い、我が教えを広げ、あらゆる人を、動物を癒し続けると』
「何にだって誓ってやる! だから、頼む!」
その時、武に純夏の記憶が流れ込む。
武の背、怯える純夏、そして純夏を連れて行かんとするベータ。
「ベータッッッ く……怖くなんかねぇ、怖くなんかねぇ……!」
武は拳を握りしめ、殴りかかろうとする。
『我は、戦う力を持たぬ。意味のない事はやめておけ』
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
『愛しい女を抱きしめてやれ。心の痛みを癒すには、その痛みを経験せねばならぬ。痛みを、苦しみを、慟哭を、肩代わりしてやるのだ。なに、全てを経験しないといけないわけではない。繊細な癒しの術を行う為に、どのような傷か調べる為だけのものだ。怖気づいたか?』
「純夏っ!」
武は躊躇せず、純夏を抱きしめる。
とたん、純夏と武の位置は入れ替わっていた。
「武ちゃん……? 武ちゃん! 武ちゃん! 武ちゃん!!!」
純夏が叫ぶ。武は、それに微笑み返した。
「武ちゃあああああん!」
武の意識が現実へと戻ってきた時、純夏は泣いていた。武ちゃんと無表情な瞳で、呟きながら。
「ベータ、殺す……殺す……殺す……殺してやる……武ちゃんを、奪わないで……」
純夏の羞恥、屈辱、快楽、絶望、怒り、憎しみ、悲しみ……そして武への愛。全てを抱きしめて、武は掠れた声で呪文を唱えた。そして武は術を使う。エルフにしか使えないはずの、札を使わない癒しの呪文を。その奥義を。純夏の辛い記憶に優しい蓋をし、純夏が挫けそうになる度に元気づけるそれを。その呪文を唱え終わると、武の体から力が抜けていく。純夏の痛みを肩代わりした上に、武に与えられたMPの全てを使い果たしたのだ。その耳は、鋭く、長く尖っていた。
純夏の瞳に、光が戻ってくる。
「武ちゃん……!? 武ちゃん!!」
純夏が、武を抱きとめた。
武が次に目を覚ましたのは、三日後だった。
「よーやく目を覚ましたわね。私を突き飛ばした事は許してあげるわ。00ユニットが完成したわ。まさか癒しの札が心の痛みにも効くなんてね」
「夕呼せんせー……。そうだ、純夏は! 純夏は、一体……」
「00ユニットは無事よ。しばらく記憶の混乱を見せていたけど、急速に安定を示し始めているわ。それと、純夏は死んだわ。でも……ニート神が、望むなら生まれ変わらせてあげるそうよ。純夏とこっちの世界の武の、両方をね。どうする?」
「望みます……! 望むに決まってるじゃないですか! 俺は、全部の純夏の幸せを望みます!」
純夏は、俺が守るんだ!
その時、医務室の扉から泣いている純夏が現れた。
「武ちゃん、見たでしょう? 私は、武ちゃんの私じゃなくて、人間じゃなくて、ベータに……」
「泣くな純夏、もう大丈夫だ。俺が純夏の事、癒しつくしてやるからな……! 俺は、癒しの神エルロード様の神官だから」
「武ちゃん……! 武ちゃん……!」
「ま、これで全部の巫女や神官が揃った事になるわね」
「全部の巫女や神官が……?」
「あんたが寝ている間に、横浜基地の人員を動員して超特急で神社を作らせた後、全部の神社にお参りに行かせたのよ。武神は御剣、癒しの神はあんた、火の神は榊、大地の神は珠瀬、獣の神は鎧衣、風の神は彩峰を選んだわ。鍛冶の神は私と整備員ね。私は信仰心が足りなくてドワーフにはなれなかったけど……。全く、大騒ぎよ。化け物騒ぎとお祭り騒ぎ、両方ね。知ってた? 白銀ぇ。火の神の加護を鍛冶の神の加護で戦術機に付与すれば飛躍的にビームへの耐性が上がるのよ。鍛冶の神は自分で研究しろってなかなか知識をくれないけどね。神々の力、とことん利用しつくしてやろうじゃない」
「そ、それじゃあ、ベータに勝てるんですか!?」
「勝てるかじゃなくて、勝つのよ。神々の力の研究……やってやるわ。堕落の神の神官が中々見つからないのは問題ね。最も、堕落の神の力は簡単に借りられるものじゃないけど。力の及ぶ範囲も無差別だし……、無気力になって滅ぶなんてぞっとするわ。御剣が信者を集めて武神への祈りの儀式をしたらなんとか回復したけど……ベータにやる気を出されても困るしね。それにしても、春風が帝国に行って良かったわ。春風を寄こせってアメリカにせっつかれているから。さ、純夏の浄化をやってちょうだい。もうすぐ72時間立つわ」
武は、神妙に頷くのだった。
その頃、春風は中川少佐の母親と対面していた。
「そなたが春風か」
「は、はい」
「事情が事情だから仕方がないとはいえ、我が名門中川家に小娘が入る事になるとは……。よいですか、迎え入れはしますが、あくまでも妾としてですからね」
「め、妾……」
「貴方には我が家のしきたりをしっかりと覚えてもらいますよ。これ、鉄を貪り食いながら話を聞くのではありません」
「ごめんなさい、お腹が空いてお腹が空いて……。獣人の札って安産早産の効果があるけど、いっぱいご飯を食べないといけないんです。戦時中だから早く産まないとって」
「……全く、最近の若い人はすぐ道具に頼って……無事な子を産むのですよ」
話をしている横では、中川少佐の父が頭を押さえていた。
「我が妻ながら順応性が高いな……。まさか戦術機を嫁に迎える日が来るとは……。冥夜様と悠陽様両方から打診が来ては……」
「技術部からは完璧な設計図が一揃いするまでなんどでも設計図を交換しろと話が来ています……」
「まあ、夫婦間で仲が良いのは良い事ではないか。ロボット族のしきたりではそういう事になるのだろう? それで、子供についてだが、帝国で預かるか我が家で預かるかで大論争が起きてな。議論が巡り巡って何故か悠陽様に献上する事となった」
「危険です!」
「確かにな。悠陽様の所へ行く前に、しばらくうちで育てる事になっている。教育を怠るな」
「は」
春風に対する中川母の説教は、いまだに続いていた。
ふわぁーん、お腹が空いてお腹が空いてどうしようもないよう。
私はアリスに送ってもらったスーパーオイルと資材を貪り食べる。
そしてその合間に、子供の為に帝国の人に手伝ってもらいながら簡易の家を建てようとしていた。
ちなみに、メールの件はアリスが家からたくさんのビームサーベルを持ちだした件でアリスの父親に速攻でばれた。アリスの父親経由で他の神々にもばれた。何故ばれたのかと言うと、アリスのお父さんの家系は忍者の家系なのだ。あちこちにスパイを放つ関係上、神官も多い。そのネットワークでばれたというわけだ。
ちなみに、新ロボット族で忍者はアリスのお父さん一人だけだ。それもニーク様が忍者にも加護を受けてほしい! ロボット忍者見たい! 言う事を聞かなければお前の一族無気力にする! と地団太踏んだからだ。
今まで忍者に新ロボット族がいなかったのは理由がある。何故なら、旧ロボット族はともかく、新ロボット族はどう頑張っても忍べないから。ハッカーの腕は一流だから、それで一族を助けているらしいけど、アリスのお父さんの地位は低い。
もちろんニーク様はアリスを庇ってくれた。
でも、武神はいっぱい信者を送れる事を黙っていたニーク様にお怒りになられた。
神々の性質的に、ニーク様は武神に弱いのだ。
アリスにも悪い事をした。でも、亨様はビームサーベルに興味を持っておられたし、結納の品の一つも用意しておきたかったのだ。もちろん、妾に結婚の儀式なんて無い事はわかってるけれど……。
もちろん、アリスにはその為に私のお小遣いをそっくり渡してあった。
しかし、ビームサーベルは買う際に証明書がいる危険物、いっぱい買ったら怪しまれると思い、アリスの父の所から持ち出したのだと言う。
しかし、元々失踪事件や異世界に移動したらしいと言う事は噂レベルで広まっていたのが、この件で完全に信者サイドで裏打ちされた。
即時神官会議は招集され、布教が決定したらしい。そこから政府に話が漏れて、近々国際会議が開催予定だ。なんでも、ベータに占領された土地はその国の物かどうかが争点らしい。ここら辺の政治の事は良くわからない。なんて言っていいかわからないから、亨様には報告していない。でも、ずっと言わないのも不味いよねぇ。はぁぁ、どうしよう……。
あ、亨様が来た。あぁ、武御雷様っていつ見ても惚れぼれしちゃう。
「あ、亨様ぁ。えと、今日は設計図の交換の前に大事な話があるんです」
「大事な話?」
「えと、そろそろ塗料を飲まないといけない時期なんですけど……。子供には色々選ばせてあげたいけど、私の胃袋にも限界があるし……。カラフルな子が生まれちゃうかもしれないから色は一色の方がいいって説もあるし……どうしようかなって……。なにしろ、一生の事だから……男の子だから、黒がいいかな……?」
「そ、そうか色か。黒はならぬ。赤が良いだろう」
「亨様とお揃いの色にするんですか?」
私は亨様が初めて見せてくれた父親らしさに微笑んだ。
「わかりました。発注しておきますね」
「発注……?」
「あ、ニーク様が、メールでアイテムのやり取りも可能にしてくれたんです。私最近、いつもスーパーオイルを飲んでるけど無くならないでしょう?」
「なんと!? ニーク様とはそのような事まで出来るのか!」
「は、はい。お陰で赤ちゃん用品とか、色々用意できるようになりました」
「それでは、そなたの世界の日本に救援を要請する事が出来るのではないか!?」
「あ、あの……。布教とか、要らなくなった土地を貰えないかと言う話は出ているそうです……」
「要らなくなった土地を、貰えないかだと!?」
亨様は血を吐くかのように言った。言いたい事はわかる。要らなくなんかはない。必死に取り戻すべく頑張っているのだ。
「与えた土地のベータの排除は、当然するのだろうな」
「は……はい。アリスに聞いた話では……いえ、なんでもありません……」
「構わぬ。言ってみよ」
「武神様が、佐渡島辺りが狙い目だろう、と言っているらしくて……。佐渡島ならば、広さがあって、島で、日本にとっても防波堤になるからと……」
「!! 佐渡島を……! それはまことか!?」
「まだわからないけど……武神様は一柱でもやるといっているそうです……。この地に信仰を広めるのだ、その為に誰もが参拝出来る場所を作るのだと……」
「目的は信仰か……わかった。良く話してくれた。他にも情報があったら報告するが良い」
「あ、はい……」
「なるほど……その話、持ちかけられてきたら飲むほかはないのでしょうね」
「悠陽様!」
亨様は畏まった。私は、わたわたしながら正座した。
「心なしか、お腹が大きくなってきたように感じますね。生まれるのはいつごろ?」
「は、はい。一月後には……」
「そんなに早いのか!?」
「そうですか、一月後……先ほど、カラーリングの話をしておりましたが、私の子なれば、紫にするわけにはいかないでしょうか」
「あ、あの……。悠陽様が私の子を自分の子のように扱ってくれて嬉しいです。でも、この子は私の子ですから……」
「しかし、私の養子となる予定の子です。なれば、色を決める権利が私にもあるのではないでしょうか」
「養子……?」
「いや、その、悠陽様……」
「亨様……どういう事?」
「中川少佐。伝えていなかったのですか?」
「いや、その……」
「亨様?」
「中川少佐?」
結局、私と悠陽様の二人で育てる事になった。こんな大事な事を黙ってるなんて、亨様の馬鹿馬鹿。妾にしかなれないし、私ってすっごく茨の道を選んだのかもしれない。
私は高級なオイルブロックをやけ食いするのだった。
ちなみに塗料は紫と青になった。赤はどこ行ったのよ、亨様の弱腰っ