その日の夜、神殿の中枢部で、神様を交えた会議をした。
「どうやら、凶暴な野生動物がいるようだ」
動物学者の尾身さんが言う。うん、その頭に齧りついている動物がその一種なんだな、良くわかるよ。マークさんが銃を一発、その生き物は沈黙した。
「ああっ貴重なサンプルがっ」
「それより早く頭の傷を手当しなさい」
マークさんと尾身さんの漫才は放っておいて、橋本さんが報告した。
「地球との連絡は取れませんでした。信仰度をあげるまで、帰る事は諦めるしかないようですね。星も全く未知の天体でした」
田中さんも、続けて言う。
「ここの植物は非常に興味深い。変わった形の果物がいっぱいですね。しかし、甘みは少ないようだ。品種改良をしても面白いかもしれません。地球のリンゴに良く似た植物があるのです。それと駆け合わせてみるのも面白い」
「私と教授は情報収集をしてきました。喜んで下さい、この地にはエルフや獣人がいます」
「いやっほぅ!」
晴美さんが拍手をするが、はしゃいだのは俺達二人だけだった。落ちる沈黙に、晴美さんがほほを赤らめてこほんと咳払いをする。
「それらは元は普通の人間だそうです」
「ほほう」
「しかし、神の加護でそれぞれ特異な力と姿を得たとか」
「なるほど」
「例えば水の神。この神殿は水路が多いでしょう? 今はもう枯れているけれど……。これは、ここを人魚が泳いでいた名残らしいわ。人魚たちは水を操る事が出来たそうよ。水の神が力を与えるのをやめて以来、人魚もまた生まれなくなったらしいけれど……」
「おお、という事は俺も何か出来るって事だな!」
神様が手を打った。
「強力な神にしか出来ないそうだけどね」
「そうか……」
神様がしょげた。
「一番強力な神は何と言っても魔神ね。魔神は悪しき心を持つなら人間でも動物でもどんな種族でも受け入れるらしいわ。また、悪しき心をばら撒く事が出来るみたい。寄り代がいる間は暴れ放題。ま、オーソドックスな魔王って奴ね。ここにもちょこちょこ魔神の信者、魔物が現れるみたい。そこで、神様にお願いがあるんだけど。教授達にも祝福を頂戴? 魔神対策ね」
「祝福か。やりたくない、やりたくないが……こうか?」
神様が教授の手にキスをすると、引籠という文字が手の甲に刻まれた。
神様がちょっと落ち込み、晴美さんがこほんと咳払いをする。
「ま、まあいいんじゃないかしら」
「何か嫌な効果がありそうじゃな、これ」
教授が言って、晴美さんの後を引き継いだ。
「まあ、わしは魔術について調べてきたぞ。魔術とは、要するに魔力のあるもので書いた神の文字らしい。そこで、実験をしたい事がある。これは神殿からかっぱらってきた魔力のある墨じゃ」
教授は水色に光る墨で魔法陣を書き、中心に冷房と書く。
すると、部屋が一気に涼しくなって皆が拍手をした。
「ははは、疲れはするがな。便利じゃろう?」
最後は、俺の番だ。
「俺は、十メートル四方を耕した!」
「さ、寝るか」
「そうね、寝ましょう」
「お、おい、なんだよそれ。元からそういう目的でこっちに来たんだろうが、おーい!」
俺の言葉を無視し、皆で寝袋を出して寝る準備を始めるのだった。
翌日。
俺は一番に起きて、体操を始めた。
田中さんが取ってきてくれた木の実を食べて、一人働きに出る。うう、あんな木の実じゃ力がでない。でも、少なくとも今年いっぱいはあの木の実で我慢しないと。
俺が神殿の外へ向かうと、お札を持った少年と行きあった。
『オオ、ショウネン。オハヨウ』
『ああ、おはよう。早いな。まだお札を張っていないのに働きに行こうと思えるなんて凄いな』
『オレ、ミツカイ』
『ああ、そうらしいな。じゃあ。俺も隣の畑をすぐに耕しに行くよ』
俺と少年はそこで別れ、俺はせっせと土地を耕した。
しばらくして、人々が次々とやってきて農作業をしだす。
『やっとるねぇ、新入りさん』
老人がにこにこと笑いながら草むしりをしていた。環境は悪くないようだ。
『随分良い鍬をつかっとるようだね。羨ましい』
『オレ、カミノミツカイ』
『御遣い様ってのは、凄いんだねぇ』
「おお、早いね、鈴木君。早速だが私らの荷物を出してくれんかな。本腰を入れて調査したい」
尾身さん田中さんコンビがいい、俺はこくりと頷いて唱えた。
「クロ、起動」
そして、アイテムボックスから色々と機材を取り出して尾身さんと田中さんに渡す。
「そう言えば、晴美さんはどうしてる?」
「廊下で寝ているようじゃ不潔だと言って、神殿の掃除を始めたよ。いずれ、神殿の人口を調べて部屋の割り当てをしたいらしい。橋本さんはその手伝い。教授とマークさんは荷物を纏めて周囲の探索に出たよ。神様にパソコンを一台貰ってね。目標は王都らしい」
「無茶じゃないですかねぇ」
「しかし、やってみるようだ。私も魔物の生態を調べてみたいのでね。今日は少し遠出するつもりだよ」
「お気をつけて」
尾身さんと田中さんを見送る。
昼には晴美さんと橋本さんと一緒にご飯を食べた。
「畑を耕すのは順調に進んでいるようね?」
「晴美さんも手伝ってくれよ」
「今してる仕事が楽しいのよ。今日は書物を見つけてね。今夜は文字の解析で眠れないわ」
「情報収集や探索にも役立ちますしね」
俺は橋本さんと晴美さんの言葉にため息をつく。
なんてこった、俺は一人で畑を維持しないといけないのか。
「現地人を雇えばいいじゃない。こんな時の為にライターとか金貨とかたくさん持って来たんでしょう? 古代で役立ちそうな安価な物って事で」
「あ、そうか」
その後、俺は晴美さんの計らいでライター一個と出来た作物少しと引き換えに一年働いて貰う契約を現地人と結んだ。晴美さんこえぇ。薄給なんてもんじゃねぇぞ!
雇ったのは10人くらい。皆で協力して畑を広げる。水の神殿だけあって、水浸しの土地があって助かった。少し手を入れれば水田に出来そうだ。
御遣いという事で、皆が協力的で良かった。
四ヶ月後、無事最初の作物が出来た。人数が多かったから、いくつか種を増やす事が出来た。そう、まだ種を増やす段階だ。本格的な栽培は来年から。今回は全て種にする。
ついでに、現地の人に神様の食べ物という事で配って育てるのを協力してもらう。
段々涼しくなってきた事によって気付く。神様の力で温室できないか?
太陽の光は室内に差す事は無理だけど、燃費削減と暖房があるわけだし……。
試して、見るか。
晴美さんは全ての部屋の掃除と部屋の割り当てを終え、満足そうだった。
部屋を移動してもらう代わりに冷暖房の札を作って渡してやると、感謝すらされたらしい。
それが終わったなら、そろそろ畑を手伝ってほしいのだが、晴美さんは次は学校を作るのだと張り切っている。
仕方ないので、俺は俺でやる。
金貨を積んで、塔型サイロの建設も進める。サイロとは家畜のえさの倉庫だ。倒壊事故が起きないように、慎重にしないとな。こちらは尾身さんも協力してくれて順調に進んでいる。尾身さんは現地の動物を家畜にしたいのだ。
田中さんは今、植物辞典を作ろうと頑張っている。
冬に入る前、マーク達と共に大勢のドワーフが神殿にやってきて、俺は驚くのだった。