マークと教授は荷物を整え、一緒に近くの町についていた。
『こう言ってはなんだが……ここら辺は貧しい印象の町が多いですね』
マークは金貨を質屋で崩しながら話す。
『一度、全員が働かなくなったからね。しっかり者は隋落の神様の力の及ばない所に逃げたよ』
『なるほど。所で王都に行きたいのですが、どうすればいちばん楽に行けるでしょうか』
『王都かい? それなら、商隊について行くのが一番いいだろう。ここら辺は山賊も魔物もやる気のない者達が大半だし、通行証のチェックもさぼっているからね。通り易いという事で、隊商のルートになっているんだよ。ここじゃやる気を出す武神のお守りがバカ売れするしね』
『隊商のルートに……。所で、通行証はどうやったら手に入るのですか?』
『なんだ、あんた持ってないのかい? 役所で発行してもらうんだよ。けど、ここら辺の役所は身分証明が無くても通行証を発行するから、遠い関所ほど通じない。王都へはいけないねぇ……。あんたらが神の力を使う神官ならば、王都まで行ける通行証を発行できるんだが』
そこで教授は引籠の紋章を見せた。
『神の祝福を直接受けてるんだが、それでは駄目かね』
質屋は目を見開いて言った。
『なるほど、それなら行けるだろうさ。役所は向こうだよ。しかし、あの隋落の神の祝福じゃ、加護は期待できないな』
『なに、早速王都への切符という加護を手に入れましたよ』
『違いない!』
マークと教授が通行証を発券して貰い、商隊が通りかかるのを待った。
しばらくすると、大きな馬車がいくつもやってくる。
馬車というより竜車といった方がいいだろうか。大きなトカゲのような生き物が馬車を引いていた。
『すまないが、王都まで乗せてもらえないだろうか。料金は払う』
商人はマークをじろりと見て言った。
『通行証は?』
マークが通行証を見せると、商人は片眉をあげた。
『隋落の神の神官様ですか。意外ですが、どうぞ馬車においで下さい』
商人はにこやかに馬車に案内する。
馬車まで向かうと、そこには様々な者達がいた。
獣人、龍人、エルフ、木人、鳥人、ドワーフ……もちろん、人間も。彼らは立派な服を着て静かに座っていた。
『隋落の神の神官様です』
『どうぞよろしく』
『獣の神の神官だ』
獣人。
『武神の神の神官……』
龍人。
『火の神の神官じゃ』
人間。
『風の神の神官です』
鳥人。
『大地の神の神官じゃ』
木人。
『癒しの神の神官、サレスです』
エルフ。
『鍛冶の神の神官』
ドワーフ。
マークはそれぞれを頭に叩き込みながら、にこやかに問いかける。
『神官様ばかりなのですね。何かあるのですか?』
『王都にある中央神殿で神官会議があるではないですか。私達は大都市グレンから神官会議に出席する途中なのですよ。てっきり貴方も参加するからこの商隊に入ったのかと』
サレスがいい、マークは大げさに驚いた。
『なんと! それは正しく神の導き。いや、実は見識を深める為に旅に出ただけなのですよ。そんな会議があるならぜひ出席させて頂きたい。若輩者の私目に、色々教えて下さいませんか?』
『まあ、いいでしょう』
サレスは、まんざらでもない顔をして頷く。
教授とマークは頷きあって、情報収集を始めた。
関所をいくつも通過する。途中、魔物と呼ばれる凶暴化した動物の襲撃を何回か受けたが、それが徐々に強くなっているのを感じていた。
ついに、強力な魔物が現れたらしい。悲鳴が響き渡る。
『ドラゴンだ!』
『神官様方を守れ!』
『神官様には指一本触れさせるな!』
ドラゴンという言葉を聞き、獣人と竜人が立ちあがる。
『どうやら、俺達の出番のようだ』
『リグルとパーズだけにいい格好はさせられないの』
人間が立ちあがり、それを合図に全ての神官が立ちあがった。それから先は圧巻だった。
獣人が大きな声で吠えるとドラゴンの動きが止まる。
龍人の斬撃が空を割く。
人間の放つ火球が爆発する。
鳥人の真空波がドラゴンの翼を切り裂く。
木人の操る木の根がドラゴンの足に絡みつく。
サレスが回復に回る。
ドワーフの斧は振るうたびに雷撃を放った。
『はぁ……皆さん、凄いですね』
マークと教授が呆然とする。そうしていながらも、カメラで情報収集するのを忘れない。
『貴方の神はどんな加護を? それはなんですか?』
『ああ、この馬車を涼しく出来ますよ。このカメラはなんでもありません』
戦闘後、冷房の札を張ると、部屋に涼やかな風が吹いた。
ふん、と竜人が馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
『わしはカッティーじゃ。早速じゃが、その札分けてもらえんかのう。火の神の札をやるから。わしゃ熱いのは得意でも暑いのは苦手でのう』
人間の神官が興味を示して手を差し出した。
『ええ、暖房もありますよ』
噂はまたたく間に広まり、マークは札を量産せねばならない事になるのだった。
中央神殿につくと、その芸術的な作りにマークはため息を漏らした。
『では、私が代わりに隋落の神の参加申請をしてきてあげます』
サレスが中央神殿に入って行く。
「怖いくらいに順調だな」
マークが笑い、教授が頷いた。
サレスがすぐに神殿から顔を出す。
『部屋にご案内します』
案内された部屋は小さなベッドが二つある部屋で、サレスは恐縮した。
『このような小さい部屋ですみません……』
『いや、ベッドと机があれば十分です。親切にありがとうございます。今後の予定を教えてくれませんか?』
マークの質問に、サレスは机を指し示す。
『そうですね。まず、机の横に大きな魔力を込めた墨を溜めた壺と紙の束があるでしょう?それで、お札を作って下さい。一週間後、全ての会議に出席する神官はお札を中央神殿に寄贈する決まりです。ドワーフさんに依頼してもいいでしょう。ドワーフさんが作った物にお札を張る事で、お札の力を移す事が出来るのです。また、お札と同じ刻印を刻んだ物はお札より強い効力を持ちます。これもドワーフさんに作ってもらって、後から魔力を込める形がいいでしょう。低級なお札なら誰でも使えますが、作るのは素質のあるものしか出来ませんからね。それと、今までに作ったお札は中央神殿に納入してはなりません。決められた様式で無いと。これを一種10枚ずつ』
『普通に作れたから誰でも作れるのかと思ってました』
『お札を作る為には、術自体に対する才能と、神に認められる事が大切なのです。そして、神は二神に仕える事を望みません。鍛冶の神はまだ融通が効きますが、それでも鍛冶の神に対する最大限の忠誠を必要とします。強力な加護を同時に二つの神から得る事は難しい。それと、会議の後の交流会でお札を売ったり交換したりすると良いでしょう。魔術師と呼ばれる神に仕える事無くお札を作ったり使ったりする者たちも買いに来るはずです』
『魔術師と神官の違いは?』
『神官は決して他の神のお札を作りません。それゆえ、魔術師は多彩な力を使える代わりに弱く、神官は一つの力しか使えない代わりに強力です。もしも軽はずみに他の神のお札を作ろうと思う事があったら、やめておきなさい。二度と仕えていた神の強力なお札を作る事も出来なくなり、新しく仕える神にも心から認められる事はないでしょう。例え神が認めたとしても、力に濁りが出て100%神の力を受ける事が出来なくなる……例えば私の場合、エルフ族になる事が出来なくなります。そうするとお札なしで力を使う事が出来なくなります。今、私が冷房の札を作れば、私は人間へと戻るでしょう』
『なるほど、カッティーさんは?』
『彼は決して燃える事がありません。火人というのですよ。その加護が無くなります』
『お札を使う事は問題ない?』
『それは問題ありません』
『エルフ族になる為には何をすればいいんです?』
『修業を積み、その器を手に入れて神に認められる事です。大体、神官の心得としてはこんな所でしょうか。後、食事と湯は部屋に運ばれてくるのでご安心を。着替えはありますか? 神官としての正式な服がないなら仕立てを……いやしかし、神に無断で決めるのは問題ですね』
『そこら辺は何とかします』
『良かった。それではまた一週間後』
長話をして疲れたマークと教授はため息をついた。
『興味深いが、色々面倒だな。早速情報を共有しないと』
マークが貰った指輪型パソコン、ハンターを起動して橋本とニークと連絡を取り合う。
神様はカメラで撮った戦闘映像に大喜びだった。
「服ですが、スーツでいいですか?」
「いや、マークが持ってた迷彩服で」
「それは……」
「迷彩服で」
神様の命令は絶対である。マークはため息をついた。
「で、お札は何を作りますか?」
「作れるだけ作って出してみればいいじゃないか。そうだ、なんか知らないが最近信仰度が鰻登りでな。お陰でMPは極端に消費する物の、URLが設定可能になった。これで掲示板とチャット以外にページが持てるぞ」
「それは朗報ですね。お札はこちらで色々考えてみます」
ネットを切り、マークと教授はお札作りに入った。
「冷暖房だけというわけには行くまい」
「そうですね。確かに」
「えーと、パソコンを見る限り、作れるのは……。働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる! のお札と二次元嫁万歳のお札と冷暖房のお札、燃費削減のお札、ですかね……チャットと掲示板はパソコンないと出来ないし」
「そうですね、やってみましょう。出来るだけたくさんのお札を入手したいですし、資金も必要です」
マークと教授は、部屋から一歩も出ずに研究とお札作りを続けたのだった。
結果、ニークが許可を出し、巨大な魔法陣に魔法陣にキーボードと画面を描くという方法を確立した。
早速、メンバーのチャット場を新URLに移動するよう通達し、掲示板の記事も全て移動する。全ての準備を整えて、一週間後に会議が始まった。
サレスはエルフ代表ではないらしく、一つの種族につき二人ペアで会議に出席していた。
司会をしていた木人が言う。
『まず、会議を始める前に我らに新たな仲間が加わった事を歓迎しましょう。隋落の神の神官、マーク殿です。今現在の神官達についての説明は事前に受けているようなので、自己紹介をしてもらいましょうか。貴方の神の教義はなんですか?』
マークは汗をかいた。
「ハンター、起動」
マークが指輪を起動させると、ノートパソコンが現れた。さすが神官達、ハンターが見えるらしく声をあげる。
ドワーフの目がハンターにくぎ付けになった。
「ニークさん、貴方の教義はなんですか」
ちなみにマークはニークを神様と呼んだ事はない。マークにはほかに信じるべき神がいるからだ。
「きょ、教義? 他人に迷惑をかけずに自分が楽しく生きる事かな」
『他者に迷惑をかけず、楽しく生きる事です』
マークが自信を持って答えると、神官達に微妙な沈黙が広がった。
ニークが水の神の神殿を滅ぼしたのは周知の事実である。
『とても素晴らしい教えだと思いますわ。それで、どのようなお札を持ってきたのか見せて頂けないかしら?』
エルフの女性がにこやかにいい、マークは一枚のお札を出した。
『まずは働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる!の札です。人の労働意欲を根こそぎ奪います』
また、微妙な沈黙が落ちる。マークは次のお札を紹介した。
『二次元嫁万歳! 絵画の人物に恋をするようになり、実際の異性に興味が無くなります』
人々がざわめく。
『あの、水の神殿を滅ぼした……』
『呪い……』
『隋落の神……』
ニークはくじけず続ける。
『燃費削減! 運動力が落ちる代わりに少ない食事で済むようになります』
『要するに怠ける為のものだろう』
『運動能力が落ちては意味が無い』
『いや、雪に閉ざされた冬など、使える場面もあるやもしれん』
竜人や獣人が突っ込みを入れる。マークとて、ここまではぼろくそに言われるのをわかっている。だから、これらを先に出したのだ。
『冷房、暖房の札! 冬は暖かく、夏は涼しくする事が可能となります』
『これの話は聞いている』
『これは使えるな』
『ふん、くだらん』
そして、止めはこれだ。
『チャット、掲示板のお札! 遠い場所にいる人々同士が文通を交わす事が出来ます』
『どういう事だ?』
『実際にやって見せます。教授!』
二人でお札を発動すると、描かれたキーボードを叩く。
『これは……文字か?』
『そうです。キーボードの文字は普段使われる物で構いません。これを打つと、同じ文字がこの画面に現れるわけです。そして、エンターキー。これは必ずEnterと書かれていなければなりません。ここに二回触れて……これで正式に書き込み完了。教授の方の画面……四角い枠の中を見て下さい』
『同じ文字が!』
ドワーフが驚きの声をあげた。
『驚いたの』
火人が感嘆の声をあげる。
『欠点は、全てのこれを使う人々が同じ場所に書き込みをする事になる為、ログがすぐに流れてしまう事です。それを補うのが掲示板です。情報を探したければ、検索で』
『面白い。後で札を分けてくれんかの。武器の威力を上げる札をやるから』
『俺も!』
『私も』
『文字の多い国は苦労しそうだな』
『喜んで。ただしこれは高いですよ』
マークは微笑んだ。説得は上手く行ったようだ。
そして、議題に入った。
内容は魔神対策から食料についてまで幅広いものだった。
マークに求められた事は、燃費削減の札の生産だった。
それを了承し、会議が終わった後は各自用意されたブースに行く。
マーク達はたった二人なので交代で店番をするしかない。
有用な札は早く売り切れるのが摂理だ。マークは走り、人気の高い所の弱い札から狙って、全種の札を入手した。調査用だから、威力はほとんどなくても構わないのである。
そしてマークが店番をしていると、ドワーフがやってくる。
『会議であったな。ワシはマーティンだ。その指輪、興味深い。もしや、神とチャットが出来るのかね? 新しい種族の誕生かな』
『ご明察。新たな種族と言っていいかはわかりませんが』
『チャットの札を10枚ほど欲しい。ワシの書く文字でキーボードを作ってくれ』
『10枚も書くのは大変ですよ。一枚でご勘弁願います』
『仕方ないの』
話していると、いかにも怪しいローブに仮面姿の者が現れた。しかも、複数だった。
『やる気の無くなる札を一つ……金貨1枚、いや5枚出す』
『二次元嫁万歳を一つ……くくく、これを兄上に使えば……』
『娘は誰にも嫁にやらん! 二次元嫁一つ』
『いつも口説いてくる彼に二次元嫁を使ってやるわ』
『あの人はいつも仕事ばかり……。少しは私の事を……。やる気の無くなる札を頂戴。無くなるのは勤労意欲だけなのでしょう?』
どうみても呪う為です本当にありがとうございました。
しかし、地獄の沙汰も金次第。という事で思う存分高値で売るマークだった。
冷暖房が売れに売れた。チャットや掲示板は作る手間が大変だから少量しか売れなかった。
サレスがにこやかにやってくる。
『どうですか、売れましたか』
『お陰さまで。お礼に、サレスさんには掲示板の札をプレゼントしますよ。王都も案内して頂けると嬉しいのですが』
『ええ、お安いご用ですよ』
『わしは図書室に籠ってようかの。魔術師を目指してみるつもりじゃ』
『そちらは教授にお任せします』
マークは王都に向かう。有益そうなものはすべて買い取るつもりだ。その為にアイテムボックスには武器以外何も入れていなかったのだから。
『持ち帰れるんですか?』
『馬車を使いますから。何せ田舎者なものでね。全てが珍しいのですよ』
片っ端から買い物をしては部屋に届けさせるマークに、サレスが汗をかいた。
買い物を終えると、マークは何気なく言った。
『肉屋さんはありませんか? 私は分厚いステーキが好きでね』
『えっそんなにお金があるんですか? もしかしなくても、マークさんってお金持ちなんですか』
『肉は高いんですか?』
『あたりまえじゃないですか。魔物の肉は害がありますし、どの動物もいつ凶暴化するかわかりませんから。神の力の込めた首輪で守る事は出来ますが、札を作ってドワーフの作った首輪に力を移してその首輪を常時付けさせる事になりますから、コストが掛かるのですよ』
『神の祝福じゃ駄目なんですか?』
『動物に祝福って、そんな事をするのは魔神位ですよ』
マークは聞いた事をしっかり頭に叩き込む。そして二人で果物を食べて、その日は別れた。
部屋に帰ると、マークの帰りを数人の客人が待っていた。
『貴方方は?』
『私達は魔術師です。どうか、隋落の神の秘儀を私達にも』
『構いませんよ。貴方方の持っている他のお札と交換です。部屋は散らかっているので、お札作成室へ行きましょう』
魔術師達がお札を作る為に念を送ると、それがニークに届く。
ニークに断る理由はない。チャットも掲示板も許可した。
そしてマークと教授は二か月ほどの滞在で物資と調査を終えた。
馬車に向かうと、マーティンとサレスがそこで待っていた。
『ようやくお帰りかの』
『どうなさったんですか』
『神殿が復活したなら、ドワーフとエルフも行かねばなるまい。ドワーフは全ての者の武器を作り、エルフは全ての者を癒すのだから』
『では、私達はこれからお仲間ということじゃの。よろしく頼む』
教授が笑みを浮かべてサレスとマーティンと握手をし、マークはため息を吐いた。