俺と鬼と賽の河原と。
石を積み、崩される。それを繰り返す。不毛なこと、この上ない。
しかし、ここにおいてはそれが奨励されている。
ここは賽の河原。死人が石で供養の塔を作る場所だ。
故に。
ここに鬼がいるも道理。積むのが親不孝者ならば、崩すのは鬼。
そう、この物語は、俺と鬼との仁義なき戦いの序曲である。
「おはよう薬師、今日も積んでるね」
「ん、おはようさん。今日も金棒が似合ってるな」
とか思ったがまったくもって気のせいだ。
「金棒が似合ってるって何さっ!」
俺の名前は如意ヶ嶽薬師。賽の河原でアルバイトしている。
俺と鬼と賽の河原と。生生世世
「まずは落ち着いて無造作に振り上げた金棒を下ろしてくれ。話せばわかる」
さらさらと、川のせせらぎが聞こえる石の絨毯の上。そこから川を見れば、日の光を反射し、水面が輝いている。
本日も晴天也。しかしここは地獄で三途の川。
うっかり死ん出ここにいる俺こと、如意ヶ嶽薬師。無論名の通り、伸ばしてる訳でもこまめに短くしてる訳でもない黒髪と、覇気の感じられないと評判の黒い目からして、日本人だ。少なくとも、アジアの他の国民ではない。
そんな俺は、よれたスーツに身を包み、飽きもせずに河原に胡坐をかいて石を積んでいる。
「あ、ごめん」
そして、軽く謝って、金棒を地面に付けた女性を、前という。
さして背が高い訳でもない俺より随分と小さいのだから、それはそれは小柄な体躯。
腰まで垂らした紅い髪をかき分けるように、頭部には角が生えている。
まあ、正直言えば、小柄体型っていうより、まあ。ああ、夜の街を歩いていたら補導されるであろう外見である、と。
それに拍車をかけるのが、服装、英語で言うならファッション。横縞赤白のトレーナーに、ジーンズ生地のホットパンツという奴だ。それはもう、まるでこど……、もとい若々しく見える。
そんな彼女が、河原で石を積む俺の担当の鬼だ。
「それで、崩しに来たんだけど……、相変わらずてんで積んでないね」
「俺に何を期待してるんだ。俺が真面目に働いてたらどーするよ」
「あたしは明日に後悔のないように生きるね」
「俺が真面目に仕事したら明日世界は滅ぶ宣言、これは手痛い」
話しつつ、前さんは俺の目の前に申し訳程度に積んであった塔を崩す。
この手順を踏むことにより、供養となって、三途の河向こうの人々の精神安定に繋がるらしい。
詳しい話は知らんが、俺らと違って、転生待ちの人間は精神的に不安定なんだとか。日々を無為に過ごして、全部の記憶を消されて次の人生へ向かうのを待つ、というのだから安定しないのも、まあ、わからなくもないが。
更に、俺の生前の世界辺りは少子化の国がどうの、人口が偏るだの、生物絶滅云々で、転生待ちは多数ながら転生先は少ないという現状。
地獄なんていう幻想的な場所なのに、実情は現実的で非常に世知辛いことこの上ない。
まあ、ぶっちゃけると地獄的には転生待ちで溢れかえっててバイトでも募集して供養しないとおっつかない訳だ。
「よく考えてみたら……、誰も木には転生したくねーよなー……」
「いきなり何さ?」
「いや、なんとなくな」
ただ、まあ、大多数は結局転生を選ぶ訳で。そりゃあ、社会的地位も、友も家族も無しで他の世界に放りだされりゃ大抵そうする。
そんな中、地獄に残るのは、大抵が変人だ。
銀細工作って露店で売ろうとする才能の無駄遣い錬金術師が俺の家でニートしていたり。
昔山で大天狗やってた女が今では俺の家でニートしていたり。
……すまん。これはまともではない例だ。まともな人間も存在する。するさ。
「どうでもいいんだがさ。昨日テレビ見てて」
「またいきなりだね。しかも薬師がテレビとか」
俺を一体何時代の人間だと思ってるんだ前さんは。
「謙信が建立した寺って言ってたんだけどな」
「うん」
「謙信が混入した寺って聞こえたんだ」
「果てしなくどうでもいいね」
「謙信、また混入。と新聞の一面を飾るのかと」
「学校のパンとかに混入してて集団食中毒とか起こるの?」
ここに来て、色々な出会いがあった。
喋る丸太。喋る刀。三本足の梨花さん。適正年齢を過ぎた花子さん。全裸で校庭を走り回る二宮金次郎。家の前にいるのと携帯に電話をかけて来たが、俺はその時外に出ていたという空しいメリーさん。
……まともな出会いを寄越せッ!!
「薬師、怖い顔してるけど、どうかした?」
「いや、出会いが欲しいな、と」
怪訝そうな顔の前さんに、俺は慌てて首を横に振る。
そう、出会いが欲しいんだ。まともな人間と、まともな出会いが。
元テロリストだからって銃器を持ち出すような出会いは御免なのだ。
しかし、俺の言葉に前さんは驚いたような、それでいて蔑んだような目で俺を見つめていた。
「ま、まだ欲しいのっ!? 出会いが?」
「……え、駄目なん?」
「そ、そんなに今の生活に満足できてないの?」
「いや、そう言われるとそうでもないんだが」
別に今に不満がある訳でもない。
しかし、前さんは何故だか、悲しげな眼をしていた。
「あたしみたいのじゃ……、そんなに不服……?」
何故だかはわからんが、とりあえず俺は首を横に振る。
「いや、やっぱ出会いはいらねーかな」
「え?」
「うん、いらねーや」
――どうせこれからもロクでもねー奴しか出て来ない予感がひしひしするからな。
「……そっか。じゃ、今日も頑張ってはたらこっか」
「嫌だっ、俺は今からこの手ごろな大きさの石をモアイにする作業があるんだっ」
「な、なんでモアイっ?」
「できたらやるよ」
「要らないからっ!」
「わかった、できるだけ愛嬌のあるモアイにする」
「働けっ! 川に落とすよ!?」
「やめてくれ、流されて海のもずくになる。ヘルシーで美容にいいのは御免だぜ」
「もうっ、仕事してよっ」
「いいのか? ……世界が滅ぶぜ?」
「グーチョキパーどれが好き?」
「選ぶとどうなるんだ?」
「拳と眼つぶしと平手どれがいい?」
「何その三択。俺はせっかくだから拳を選ぶぜ」
「通だね」
「ごふうっ」
それから数時間経って、仕事は終わった。
地獄にだって太陽はある。まあ、実際に星が回ってるのか、と言えばそれは違うが。
しかし、まあ、地に足付けて生きるもんにとっちゃ丸くて遠くで光ってりゃ太陽で十分だろう。
立って見る視線の向こうの赤い太陽。夕暮れの橙が、前さんの赤い髪を更に赤く照らしている。
そんな帰り道を、途中まで、と俺は前さんと歩いていた。
ちなみにあの後、何度も前さんの目を盗んではかりかりとモアイを掘っていた。
尚、完成したモアイは完成と同時に前さんの手により水底へ、今頃海のもずくだろう。
「へっくしょいっ!」
「薬師、風邪?」
前さんが、心配そうに声を上げる。しかし風邪ではない。
「服着たまま川で水泳した結果だな。どうしてくれる」
どう考えたって、川の水に濡れたせいだ、間違いない。
モアイのジョン・スミスごと川底に沈められた記憶は俺の気のせいではないはずだ。
「う、ごめん。やりすぎた」
「むしろもずくとなったジョンに謝ってくれ。今頃モアイから藻哀になってるよ」
「ていうかなんでジョン・スミスなのさ」
「なんとなく、な……」
「もう既にその時点で結末が決まってた気がするけど」
そりゃあ、まあ。ジョン・スミス、なんて皮肉い名前だ。ちなみにリチャード・ロウとどちらにするか迷った。
と、そんな時、不意に前さんがくしゃみする。
「へっぷしっ」
「……どうした? 風邪かね?」
「多分薬師と一緒に川に落ちたせいだと思うよ」
「そいつは災難だったな」
「勢い余ったから自業自得なんだけどね」
ぽたぽた、ぽたぽた、ぽたぽたと。
地面に水滴垂らしながら、二人で歩く。
隣を見れば、赤い髪に雫が滴っていた。
なんとなく、それが気になって、俺は手を伸ばす。伸ばしたのだが、歩きながらで目測誤る。
「ひゃんっ」
俺が触ったのは、予想に反して、髪でなく耳であった。
予備知識だが、前さんは耳が弱点である。試験にも出る。
そして、そんな弱点をつかれた前さんは、それこそ耳まで真っ赤にして、こちらを見た。
「薬師っ、一体何を……、ひんっ、やめ……、あっ」
ここで止めたが最後、金棒である。避けるのも濡れて疲れた今面倒なのだ。
今日はこのまま逃げ切るぜ。
「や、薬師……、こういうことは――」
「いや、なんかすまん」
と、思ったが無理だった。
腕を前さんに掴まれる。結果、脱出不能。
そして、彼女はそのまま俺の腕を取り、抱えるように抱きしめた。
「悪いのはこの腕っ?」
……まずい、もがれる。話を変えよう。
「つか、濡れるぞ? 上着の中まで浸透済みだからな」
そう考えて、俺は見上げる前さんに俺は忠告するのだが、そんなことは関係ない、とばかりに前さんは力を入れてくる。もげるもげる。
「ん……、いいよ。もうぐちょぐちょだし」
「まあ……、それもそうさな」
「そういうこと」
ま、俺もびしょぬれなら、前さんもびしょぬれ。
知ったこっちゃないか。まあ、なんとかもげる心配もないようで助かったぜ。既に力は抜けている。
ただ、なにはともあれ。
「――風邪、ひかねーようにしないとな……」
「そうだね……」
二人して明日休んだりしたら、笑い話もならないぜ。
今日も平和に阿鼻叫喚。
そんな地獄。
―――
後書きの様な前書き。
このお話は、俺と鬼と賽の河原と。の2スレ目です。ジャンルは、ほのぼのラブコメ。
まあ、掻い摘むと、主人公、薬師がフラグ立てたり、フラグ補強したりしつつも回収しない物語。
1スレ目に関しては、こちらのURLをアドレスバーにコピーペーストしていただくか、もしくはオリジナル板で作者名か作品名で検索をかけてくださると見れます。
http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=original&all=7573
まあ、少のことに目を瞑り、キャラ紹介を読めば、1スレ目は読まなくても問題ないと思います。
―――
こっから後書き。
という訳で2スレ目突入です。とりあえず2スレ目始めなので今回だけは第二期始まりみたいなノリで。少々短かったですが。
次回からは平常運航です。では、俺と鬼と賽の河原と。生生世世でよろしくお願いします。
返信。
奇々怪々様
ヤンデレが現れた! たたかう ニアにげる これだけやっても動じない薬師が憎い。スパイクボールに滅多打ちにされてください。
告白されてものらりくらりとかわすその態度、許せんっ。いい加減に刺されるんじゃないですかね。いつか蜂の巣とか。
峰斬り、協力は義経さんで。刀を傷め相手を一刀両断する技。無駄なことこの上ないです。銃も刀も駄目とか駄目駄目ですねこの天狗。
そして、常にこの天狗、フラグ立てからして自分に罠張りまくってるんですけど、この回避っぷりは半端ない。集中に閃き、あと見切りでもついてんですかね。
悪鬼羅刹様
ヤンデレ→危険思想、テロリスト→過激思考。この見事な調和。過激なヤンデレが発露いたしました。
恋は盲目、愛は爆発。そろそろ薬師も死ぬんじゃないでしょうか。想いが重いです。
まあ、なんていうかガチモンのヤンデレに銃器持たしたらいかんということだけははっきりと理解いたしました。まだドロドロしてたりしない俄かヤンデレでこれだから、本物はもっとやばいでしょう。
というか、ビーチェはルール無しの銃器なんでもありの決闘だったから行けないんじゃないかと思います。これ、もしも銃一丁の早打ち勝負なら薬師に勝ちめないですよ。
FRE様
とりあえず、薬師は音速超えれそうな上、先読みスキルがあるので、やっぱり爆撃しかないですよね。
ただ、もう核でも落とさないと駄目なんじゃなかろうかとは思わなくもないです。脱兎の如き逃げ足的に考えてみると。むしろ大妖怪沢山呼んでくるしか。
あと、なんでハートに矢なのか、未だに納得できてないので、弾も矢も同列です。こう、撃ち落とす的な意味ならどちらでも可で。
そして、自分もなんだか百話目がつい最近な気がします。……ひゃくよんじゅういち……?
光龍様
片づけは捗ったと思った瞬間に畳み掛けるのが一番だと思います、とこまめに片付けれない私ですがなんか言ってみます。
いやあ、前回の乱射魔事件ですが、ビーチェというキャラがテロ組織所属ってなった時点で、実は決まってたんですよね。
ただ、薬師に取り入る云々の話の関係で、事件収束出せなかったりして、今か今かとタイミングをはかってました。
そんなトリガーハッピービーチェさんでしたが――、薬師への同情のコメントは一個も存在しておりません。
通りすがり六世様
まあ、まだヤンデレ初期症状だと思います。本格派ヤンデレと比べると足下にも及びません。こう、主人公の内臓抉って楽しむ派とか、周りは皆殺しだ派に比べると全然常識的です。
ただ、まあ、前シリアスにて、薬師の背を刺した当たりも含めて、素質はあった気がします。
問題はこれからの薬師のさじ加減ってやつですね。それ一つで、病むか病まないかが決まります。薬師なら匙投げそうですけど。
あと、やっと新スレです。すっきりし過ぎて落ち着かない勢いです。嬉しいような、寂しいような。
志之司 琳様
試験にレポートお疲れ様です。自分はそろそろ夏休みで――、小説書くことくらいしか、やることがない……。
じゃら男
結婚しろとなんど言われれば気が済むのか、じゃら男。正直言ってカウントダウン始まってますよ。
AKMとかアウトオブ眼中で、甘い空間繰り広げ追ってからに。
なんとなく、薬師より甘い気がします。なんででしょう。
しょた
メリーさんはその内出したいと思います。単発でも一回くらいは回想じゃなくて本編登場させたいです。
藍音さんは、あと少しで拉致監禁に至る所でしたね。珍しく自重しました。
憐子さんに関しては、もう服を着ろと言っても無駄なのかもしれません。薬師が目を逸らすしか。
決闘
間違いなく、この小説中最も危険な人物はビーチェ。いつの日か創意工夫で薬師を撃ち殺しそうです。
頑張れビーチェ、お前の活躍を皆が待っているっ!! 本当に薬師の心臓ぶち抜いてくれませんかね、彼女。物理的に。そして、噛み合わせる気がまったくなさ気な暴走乙女と不動の天狗のおかげでベクトルが完全に逆方向です。自分の首締めとるよあの人。本当に撃ち抜かれてくれ。
そして、百四十もやって結局浮いた話の一つもないって、もう私に攻略法がわかりません。
最後に。
メインヒロインは前さん。これはガチっ。