全く自慢ではないが、俺は馬鹿だ。力と書いてリキと言う名前通り、脳味噌筋肉だ。
喧嘩一番、勉強びりっけつ。ゲームも頭使うんでやった事はない。
鏡を見ても、いかにもガラの悪い顔立ち、ツンツンの髪の毛、がっしりした体。どうこからどう見ても不良だ。
兄貴の勉(ツトム)は違う。兄貴は体は細いし、髪はサラサラで、女顔だし、勉強が凄く出来て、俺とは全く違う。本当に兄弟かと疑問に思う。そんな俺と兄貴の接点はほとんどなかった。あの日、兄貴が目を輝かせて、ゲームの当選券を持ってくるまでは。
「力、力。見て下さいよ、これ。新作ゲーム、「異世界勇者召喚計画」に当選したんです、しかも二人分!」
礼儀正しい兄貴がノックもせずに戸を開けた。俺はその時昼寝をしていて、眠い目をこすりながら兄貴に問いただした。
「二人分……って誰と行くんだ?」
俺が聞くと、兄貴は眼鏡をくいっと上げて、にやりと笑った。
「もちろん、貴方とですよ! 力、決まっているでしょう?」
「ええ? 俺と? でも俺、ゲームなんて難しくて出来ねーぜ?」
正直に言う。冗談かと思った。俺と兄貴の溝は、夏休みに入るや否や無理やり宿題をやらされた事や無理やり医者に連れていかれて血を採取させられた事で一層深くなっていた。
「僕が教えますから、問題はありませんよ。夏休みですし、どうせ力は暇でしょう? 僕もこんな事があろうかと、夏休みの宿題は全て終わらせましたし、夏期講習は全て見送っておきました」
「ええ? 兄貴、もう三年生だろう? いいのか?」
「いいんです! せっかくの兄弟水入らずの夏休みなんですから」
兄貴の笑顔。俺は無理やり宿題をやらせた事を怨んでいた自分を恥ずかしく思った。兄貴は、家族の中で唯一の俺の理解者だった。そんな兄貴が、わけもなく弟を虐待するはずがない。
「……で、異世界勇者召喚計画ってどんなゲームなんだ?」
「それは向こうに行ってから説明します。明後日、秋葉原の朝七時に秋葉原に集合ですから、六時には起きて準備をして下さい。ああ、楽しみですね、待っていて下さい、巫女アリス」
兄貴は鼻歌を歌いながら行ってしまう。誰だろう、巫女アリスって。俺は、友達の小杉に電話した。小杉はオタクだ。ゲームには詳しいだろう。
「もしもし、小杉か?」
『ど、どうしたの、小坂井君。僕に電話するなんて珍しいね』
「いや、大したことじゃないんだけど。兄貴が異世界勇者召喚計画、とかいうゲームを一緒にやろうって……」
いうんだけど、どうしよう? という続きは、小杉の絶叫に遮られた。
『あれに応募したの!? んで、当選したの!?』
興奮した小杉に押され、俺は戸惑いながら肯定の返事を返す。
『凄いよ! あれ、今までにない胡散臭さで話題になっていた奴だよ! 知らない? あの怪しいCM。ねぇ、ゲームの詳細を教えてくれない? ネットにアップしたいんだ。僕も応募したんだけど、落ちちゃってさぁ。いや、受かってもやるかどうかはわからなかったけど。あれ、怖いもん』
小杉はいつも控え目なくせに、やけに饒舌になって話しこんできた。小杉はゲームライターの息子で、大抵のゲームはやりこんでる。その小杉が怖いというんだから、珍しい。ホラーなのか? 俺はお化けは好きじゃないんだ。俺は顔を顰めて聞いた。
「ちょっと待てよ。怪しいCMってなんだ?」
『ネット上で見れるよ』
「パソコンの操作の仕方、わからねぇ」
『お兄さんに見せてもらえばいいじゃない』
「それもそうか。サンキュ、小杉」
俺は電話を切って、兄貴の部屋に行った。ノックをして、上の空の返事を聞いて入ると、兄貴の目はパソコンに釘づけだった。
繰り返される、同じ映像。
『これは、全く新しいゲームなのです』
日本人らしき黒髪黒眼の白衣の男性が、両腕を広げてコツコツと歩き、魔法陣の上に乗ったカプセルに近寄る。そうして、カプセルに頬をすりよせた。
『このゲームは、血液を採取して、その遺伝情報から最もその人にあったキャラを作り出し、このカプセルによってゲームに送り込むのです。ゲームの世界は超リアル! 痛みは任意でオンオフの切り替えが出来ます。しかし、キャラは一度死ねば復活は出来ません。では、設定について巫女アリス様よりお話があります』
現実ではありえない蒼い髪に、海のような蒼い瞳の美女がいかにも巫女な服を着て現れる。うわ、凄い美人。胸が零れんばかりで、まるでトップモデルのようだった。でかい瞳をうるうるさせて、巫女アリスは希う様に口を開いた。
『私は、勇者を見つける為、この世界、テラに参りました。厳しい選抜の末、選ばれし勇者様にこの魔法陣の上で眠って頂き、エリアーデに魂を送りこみます。エリアーデに送り込まれた魂は、魔王を倒す為に作られた至高のホムンクルス、ヒーロードールに入れられます。事前にヒーロードールに勇者様の血液が送り込まれているので、定着率の御心配には及びません。ヒーロードールには様々な魔王退治を助ける機能が組み込まれております。そして、ヒーロードールを扱えるのは、この世界の強靭な魂を持つ皆様だけなのです。どうか皆様、勇者として名乗りを上げ、私の住む世界、ランスロットをお救い下さい』
巫女アリスの言葉が終わると、男性は胡散臭い笑みを浮かべた。
『という設定です。どうぞ奮ってご応募ください』
『これは全く新しいゲームなのです』
映像が最初に戻り、俺は兄貴に声を掛ける。
「兄貴、凄い美人だな。巫女アリスって」
「力もそう思いますか。実は僕、どうしても彼女とお近づきになりたいんです」
兄貴は素直に望みを吐露した。それが俺には意外だった。
「兄貴がそれだけ積極的なのは珍しいな。俺も手伝うぜ」
「ありがとうございます、力」
俺と兄貴は拳を軽く合わせる。
はっきり言って巫女アリスの言っている事はさっぱり分からなかったし、男は胡散臭いと感じたが、巫女アリスの美貌だけははっきりとわかった。
相手がトップモデルじゃ難しいだろうが、男には玉砕しないといけない時もある。精一杯手伝ってやるぜ、兄貴。俺はそう決意して、部屋に戻る。
けれど、俺はどこか不安だった。
部屋に戻って、俺はパソコンに表示された画面の右下に書かれた文字を思い出した。
『本社所在地 エリアーデ』
エリアーデって。設定の中で話している言葉じゃないだろうか。
「あれ? 俺ら、騙されてるんじゃね?」
変な実験とか個人情報収集とかに引っかかっていないよな? 頭の良い兄貴の事だから、大丈夫だよな? 俺は不安になって、もう一度小杉に電話した。小杉の話は難しくて、さっぱりわからなかったのだった。