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No.21162の一覧
[0] 【習作】ゼロの両手オリ♀(ゼロの使い魔+FEZ)[改行さん](2010/08/15 05:10)
[1] 第一話 ルイズの日記[改行さん](2010/08/15 05:19)
[2] 第二話 ルイズの日記2[改行さん](2010/08/15 20:18)
[3] 第三話 アンリエッタの日々[改行さん](2010/08/17 06:32)
[4] 第四話 アンリエッタの日々2[改行さん](2010/08/17 19:54)
[5] 第五話 アンリエッタの日々3[改行さん](2010/08/21 10:54)
[6] 第六話 アンリエッタの日々4[改行さん](2010/08/26 04:23)
[7] 第七話 アンリエッタの日々5[改行さん](2010/08/20 19:50)
[8] 最終話 アンリエッタの日々6[改行さん](2010/08/21 10:26)
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[21162] 第五話 アンリエッタの日々3
Name: 改行さん◆3c437658 ID:a748bead 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/21 10:54
「マザリーニ卿が刺客に襲われました」


 顔色を蒼白にしたアンリエッタだったが、グラモン元帥に肩を揺さぶられ、命に別状はないと伝えられると、なんとか自分を取り戻した。

 慌てて病室に駆けつけたが、マザリーニはベッドに横たわりはしていた物の、普段と変わらぬ様子で、治療も既に終わっているという。杖を携えてきたアンリエッタは拍子抜けしたが、トライアングルの水魔法が必要になるよりは余程良かった。
 厳粛な顔で、ご心配をお掛けしましたと詫びるマザリーニに、アンリエッタは良いのです、と脇の椅子に座った。

「いったい、何があったのですか?」

 事情を尋ねたアンリエッタだったが、実行犯の名前を聞いて愕然とした。
 その者はミシェルという名前で、アニエスと共にアンリエッタの護衛に着いていた人物だったのだ。
 昼日中の暗殺未遂劇に違和感を感じてはいたが、それならば納得することができた。王の護衛ならば、宰相に近づく事はそれほど難しくはないだろうからだ。
 しかもあの時、アンリエッタの命令で、二人ともが本来の仕事から離れていたのだから。

「何故ミシェルはそのような事を?」
「これからの取り調べ次第、という所でしょう。ですがあの者個人の犯行という事はありますまい」

 どのような犯行理由にしろ、これまで幾らでもその機会はあったのだから、とマザリーニは語った。今でなければならぬ理由を辿れば、必ずミシェルに犯行を命じた人物へと近づく事だろうと。

 アンリエッタは陰鬱と眉をしかめた。長く政治に関わっていなかったとはいえ、王宮で生活していれば、否応無しに暗殺や陰謀の話が耳に入る事になる。それでもいざ身近な者がその標的になったのだと思うと、宮廷のほの暗さを意識せずにはいられないアンリエッタだった。

 ベッドに横たわるマザリーニを見つめる。
 そういえば、こんなにゆっくりとマザリーニの姿を眺めたのは、いつ以来かとアンリエッタは思った。王宮、市井を問わず、鳥の骨と揶揄されているマザリーニだが、アンリエッタにとっては古く決して倒れぬ柱のようであった。
 そしてその柱には、幼少の頃からのアンリエッタの成長の記録も、刻まれているのだ。

「よく。ほんとうによく、無事でいてくれましたね」
「ただ運が良かっただけに御座います」

 マザリーニの顔は普段とは変わらないように見えたが、なぜかアンリエッタには、それが嘘だと感じられた。

「今、嘘を言いましたね。マザリーニ」

 マザリーニの目が僅かに大きくなるのを見て、アンリエッタは顔をほころばせた。
 この生真面目な宰相は、きっと嘘が苦手なのだろう。だからいつもしかめっ面で、ぼろが出ないように、余計なことは何一つ言わないのだ。長い間側にいながら、自分はそんな事も知らずに、そして知らないまま二度と会えなくなっていたかも知れなかったのだ。

 ベッドの横に座りながら、自分の心がひどく安らいでいるのを、アンリエッタは感じた。
 これほど心が落ち着いているのは、父が生きていた頃以来のような気がする。

「まあよいです。今はゆっくりと養生して下さい。私は未熟な王ですが、マザリーニの傷が治る間くらいは、トリステインも滅びずに待っていてくれる事でしょう」

 御意、といつも通りの硬い返事をするマザリーニに微笑んで、アンリエッタは病室を後にした。
 運良く助かったのが嘘だとするならば、おそらくマザリーニは命を狙われる事を予測していたのだろうとアンリエッタは思った。ならばなぜ、その事を口にしなかったのか。いくら考えても、アンリエッタには答えを出す事が出来なかった。


 部屋を出たアンリエッタは、廊下でリッシュモンの姿を見つけた。ずっとこちらを気にしていた様子で、アンリエッタを目にするとすぐに近寄ってくる。

「枢機卿閣下のご容態はいかがでしたでしょうか、陛下」
「大事ありませんでした。待たせてしまったようですね、さあ、貴方も見舞ってあげて下さい」

 アンリエッタは身体を脇に寄せて、病室への道を譲った。しかし、リッシュモンは何やら言い難そうな顔をして動かない。

「どうかしたのですか?」
「いささか入りづろう御座いまして。陛下もご存知でしょうが、閣下は私を疎んじておられます。此度の事件でも、私を疑うようなお言葉を陛下も聞かされたのではありませぬか?」

 嘆くように首を振るリッシュモン。
 しかしそのような事をマザリーニから聞かされてはいないアンリエッタは、不審そうに眉をひそめてリッシュモンを見た。

「何を言っているのですか? そのような事、マザリーニは一言も口にしてはおりませんよ」

 虚を突かれた様に言葉を失った後、リッシュモンは自分の顔に手を当てた。手に隠れてその表情はアンリエッタには分からなかった。

「どうも気が動転していたようです。故なき事で陛下のお耳を煩わせたこと、まこと不徳の致す限り。このリッシュモン恥じ入るばかりに御座います」
「よいです。貴方もマザリーニも、このトリステインには欠かせぬ存在。二人が常に協力して国を支えてくれる事を、私は望んでいます」

 頭を下げるリッシュモンを許すと、アンリエッタはその場を立ち去った。

 廊下を歩きながらも、先程のリッシュモンの語ったことが、濃かった料理の味のようにアンリエッタの脳裏に留まっていた。
 確かにチュレンヌの処置については、マザリーニとリッシュモンは意見を違えていた。しかしどちらも父の時代からトリステインを支え、アンリエッタが全幅の信頼を寄せる重臣達である。暗殺を疑い合うような、そんな関係だとはとてもアンリエッタには想像できなかった。

「あら。あなたはいつもの護衛ではありませんね?」

 ふと脇に目をやったアンリエッタは、護衛の面々がいつもと違うことに気付いた。女性の兵士に加えて、揃いの服を着た男性の衛士達が回りを固めている。
 彼らは自分達の身分――魔法衛士隊である事を明らかにすると、警備を強化している旨を説明してくれた。

 手厚い警護にねぎらいの言葉をかけたアンリエッタだったが、魔法衛士隊の制服を見ていると、ふと記憶の糸が揺れるのを感じる。それを遡ったアンリエッタは、しばらくして、元魔法衛士隊長を夫にもつ桃色の髪の幼馴染を、王宮に呼んでいた事を思い出した。
 まさかとは思うが、この度の事件に巻き込まれてはいないだろうか。
 不安になったアンリエッタが詳細を告げると、衛士の一人がその場を下がる。自室に戻ったアンリエッタの元にその衛士が戻った時には、一人の侍女を伴っていた。

「も、申し訳御座いません、すぐ、すぐにご報告もうし、申し上げようと」

 アンリエッタを前にして、侍女は顔色を蒼白にし、今にも崩れ落ちそうだった。アンリエッタが衛士にきつい視線を向けると、衛士は狼狽して、決して乱暴を働いてはいない旨を誓った。

「怯える必要はありません。ゆっくりでいいので、何があったのか、教えてください」

 黒雲のように広がる胸中の不安を押し隠して、アンリエッタは侍女をなだめた。
 落ち着いた侍女が話すには、学院に出した使いは、ミズ・ワルドとアニエスの不在を知らせてきたのだという。なんでも帰郷していた友人が危難に見舞われた為、ガリア方面へと向ったのだとか。
 折り悪くマザリーニ枢機卿の暗殺未遂が起こり、女王陛下の元に近付いてよいものか迷って居るうちに時間が経ち、報告の機会を失ってしまったと言う事だった。

 アンリエッタは安堵のため息をついた。
 友人の危機とは気がかりだが、今の王宮に来ていないのならば、さしあたっての不安は解消された。
 
「ありがとう。どうかこれからも、私の世話を頼みますね」

 侍女がいらぬ罪悪感を抱え込まぬよう取り計らうと、アンリエッタはソファーの後ろを振り向いた。そこには壁が在るばかりで、苦い物を食べたような顔の宰相は立っては居ない。
 増えた護衛の分、部屋に人は多いはずなのに、アンリエッタは、この部屋はこんなに広かったのかと、悄然と思った。

※※※

 何者かの声にアンリエッタは目を覚ました。
 まだ夜半であろうか、大小の月が照らす室内に、無礼を詫びながら衛士が入ってくる。扉の閉められる僅かな間に、あわただしい気配が流れ込んできた。

「陛下、お部屋を出になられませぬよう。窓からもお離れ下さい」
「いったい何があったのですか?」

 ベッドに身を起こして、アンリエッタは寝間着の胸元にシーツを引き寄せた。
 突如王宮の上空に現れた飛竜が、制止を振り切って中庭に降り立ったのだと言う。一騎だけで、しかも乗っていたのは少人数との事だが、陽動の可能性もあり厳戒態勢に移行したとの事だった。

 マザリーニの暗殺未遂に続き、この騒ぎ、トリステインは一体どうなってしまったのだろうとアンリエッタは思った。
 しかし緊迫した時間は、ノックをして現れた衛士の一言で、あっけなく終わりを迎えたのである。


「ルイズ、これは一体どういうことですか」

 アンリエッタが駆けつけた部屋には、ルイズとナナとギーシュ、アニエス、アンリエッタの見知らぬ少女、そしてギーシュの父であるグラモン元帥の姿があった。
 王宮に侵入したのは、ルイズ達であったのだ。

 アンリエッタは顔をしかめて、ルイズを睨みつけた。
 常時でさえ飛行禁止の王宮に無理やり着陸し、宰相の暗殺未遂という事件に殺気立っていた衛士の只中で、彼女達が無事であったのは、ひとえに警護の責任者がグラモン元帥であったという幸運のお陰に過ぎない。侵入者の中に息子の姿を見つけた元帥の驚きは、いか程だったろうか。

 そうでなければ今頃アンリエッタは、親友の死体と対面していた筈である。

「陛下、今すぐリッシュモン法院長を拘束して下さい」

 ルイズがアンリエッタの前に進み出る。その顔は真剣だったが、言葉の内容はにわかに納得できる類のものではなかった。

「何を言っているのですルイズ。一体貴女は、どこで何をしてきたというのですか?」
「私が、説明する」

 続いて前に出てきたのは、小柄なルイズよりもさらに小さな、青い髪の少女だった。

「私の名前は、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。現ガリア国王ジョゼフ一世の死没した弟、シャルルの娘……です」

 混乱を深めるばかりの紹介に、アンリエッタは救いを求めてグラモン元帥を見る。元帥は常の厳しい顔に、いささかの困惑を称えて、息子も真実だと申しております、と答えた。

 他国の王族が何故こんな場所に、と問おうとしたアンリエッタは、続いたシャルロット姫の告白に、言葉を失った。

「私はガリアの北花壇騎士団員として、トリステイン魔法学院に潜入していた。そしてその仕事の中には、ガリアと通じているトリステイン要人との連絡も含まれていた」

 グラモン元帥が低く唸って、アンリエッタとシャルロットの間に分け入る。その手は腰の杖に添えられていた。

「待ってください父上。隠していた訳ではなく、説明する時間がなかっただけなのです」

 ギーシュが顔を青くして弁解する。元帥の鬼気は背後にいるアンリエッタにさえも、まるで空気が圧力をもっているかのように感じられた。正面でそれを受ける彼女らへの重圧はいか程であろうか、よく見ればシャルロットの握った拳は、細かく震えていた。

「お待ちなさい、グラモン元帥。まだ話を全て聞いてはいません」

 アンリエッタは改めて、なぜそのような事を告白するのかと尋ねた。
 グラモン元帥の威圧が弱まると、シャルロットは緊張していた顔を僅かにほっとせて、事情を語り始めた。

 自分の母は病床にあり、その身柄を押さえられていた為、やむなく北花壇騎士として働いていた。
 しかしルイズや、その使い魔のナナと親交を深めるうちに、己の現状に疑問を感じ、任務の遂行や報告が滞りがちになってしまったのだと言う。そしてついに本国から出頭命令が出たのだが、帰国したその場で身柄を拘束された。
 そして砦に監禁され、死を覚悟した所を、ルイズ達に救出されたとの事だった。

「母もルイズ達に助けてもらった。もうガリアに従う理由は無い、だからルイズ達への恩返しの代わりに、内通者を教えた」

 シャルロットは語り終えると、まるでアンリエッタを値踏みするかのように見つめた。自分がどう判断するかを試されているのだと、アンリエッタは気付いた。
 緊張を感じながらも、彼女の語った内容について考えを巡らせる。

 なんとも舞台劇めいた冒険だが、確かにルイズ達の服は破れすすけ、戦いと強行軍の跡を感じさせた。
 目の前の少女が真実シャルロット姫であるかは、今この場では確認のしようが無いが、少なくとも語った内容にはアンリエッタは矛盾を見つけられなかった。
 その旨を伝えようとした時、グラモン元帥が先んじて口を開いた。

「内通者の情報などという重大事を、いつ裏切られるか分からぬ者に教えるなど、いささかおかしくはないか」

 アンリエッタははっとしたが、詰問されたシャルロットは淡々とした表情を崩さなかった。

「おそらく私が裏切ることも折り込み済みで、情報を与えたのだと思う。ジョゼフはそういう男。けっして無駄な事はしないし、行動にはかならず意味がある。彼はリッシュモンを、この時点で切り捨てようとしているのだと推測する」

 アンリエッタはアルビオン派兵の時に会った、ジョゼフの事を思い出した。
 あの時の従軍にも、なんらかの理由があったのだろうか。いや、彼女の言葉が全て真実なのだとしたら、あの派兵や、私の即位も全て……。
 そこまで考えて、アンリエッタは自分の思考の飛躍に苦笑した。リッシュモンの忠誠を疑うなど、それこそ在り得ないではないか。

「アニエス、あなたはどう思いますか? 私の傍に在って、リッシュモンの事を幾らかは知っているはずです」
「……シャルロット姫は、嘘や憶測で人をおとしめる方ではありません。ですがリッシュモン閣下の陛下への忠誠もまた、偽りであるとは思えないのが、私の本心です」

 ルイズ達がざわめく。一同の様子を見れば、共に苦難を乗り越えてきたのは明らかだ。そのような仲間の前ですら公正な態度を貫こうとするアニエスに、アンリエッタは深く頷いた。

「分かりました。明日の朝リッシュモンを呼び出して、そのような嫌疑を掛けられる心当たりが無いか、尋ねてみましょう」
「陛下、そのような悠長な事をしていては、逃げられてしまいます」

 ルイズが声を上げるのを手で制して、アンリエッタは首を振った。

「あなた方が嘘を言っているとは思いません。ですが同時に、告発だけでリッシュモンを疑うことも出来ないのです。あるいはそれこそが、ガリア王の企みかも知れないのですから」

 裏切る可能性の高い間者に偽の情報を教え、間接的に離間の策をしかける。あまりにも運任せの陰謀だが、アルビオンで感じたジョゼフの得体の知れなさを思うと、さらに別の思惑があるのではと勘繰ってしまう。
 ルイズ達もジョゼフには思うところがあるのか、複雑な表情をして言いよどむ。

 その中で、アニエスが口を開いた。

「私も僭越ながら、陛下と同意見にございます。砦の警備はずさんで、追っ手もまともにはかかりませんでした。なにより他国に侵入し要人を救出するなどという難行を、素人同然の我らが成功したこと自体、偶然で済ませるには出来すぎております」

 実際に行動した内の一人であるアニエスの言葉が、場の空気を決定した。
 安全のため城内で宿泊するようルイズ達に言いつけ、グラモン元帥に翌日のリッシュモンとの面会を伝えると、アンリエッタは自室に戻った。


 しかし翌朝、リッシュモンが王宮に上がる事はなかった。

 トリスタニア郊外の森で、破壊された馬車と、リッシュモンの死体が発見されたのは、昼を過ぎてからの事であった。

※※※

「陛下……」
「いらっしゃいルイズ。あら、ナナはいないのですか?」

 自室に尋ねてきたルイズは、とても言いにくい事があるように、アンリエッタの顔色を伺っていた。

「はい、ナナは変な癖がありまして。初めて訪れる場所では、登れそうなところがないか探して回るのです」
「それはまた、ナナらしい不思議な癖ですね」

 アンリエッタは口元をほころばせた。ナナの邪気のない言動を思い出すと、暗い気持ちが幾らかやわらいだ。
 ナナが兵士に咎められぬよう、アンリエッタが侍女に言いつけると、ルイズは感謝した後で、思い切ったように口を開いた。

「陛下。私が申し上げるのも変ですが、リッシュモン閣下の裏切りは、何かの間違いだったという可能性はないのでしょうか?」

 アンリエッタは親友の心遣いに感謝した。あれほど強硬に逮捕を主張していたルイズが、それでもこのような事を言うのは、一重にアンリエッタの気持ちを慮っての事なのだと分かったからだ。
 静かに首を横に振って、アンリエッタは微笑みかけた。

「昨夜は要人全員に警護がついていましたが、リッシュモンのそれは夜明け前に、リッシュモン本人によって取り下げられていました。また馬車からは、多数の貴金属が発見されています」

 そして決定的なことに、マザリーニの暗殺を指示したのはリッシュモンだと、実行犯のミシェルの口から証言があったのだ。元々ミシェルの身元を保証し、アンリエッタの護衛に推薦したのがリッシュモンであった事実も、この証言に信憑性を与えた。
 ただ一つ、ガリアとの関係を示す証拠だけは発見できなかったが、その事から殺害犯はガリアの間諜で、口封じと同時に証拠の隠滅を行ったというのが、王宮内の大まかな見解であった。

「リッシュモンの裏切りは、もはや疑う余地はありません。彼が己の利益の為に、トリステインの情報を流し、政治を歪めていたのは事実なのです」

 アンリエッタが断言すると、ルイズは口を開いて何かを言いかけ、しかし諦めて俯いた。言うべき言葉が見つからないのだろう、とアンリエッタは思った。なにしろリッシュモン糾弾の報を持ってきたのは、ルイズ達なのだから。

「私は心配いりません。ルイズもナナを連れて、学院にお戻りなさい」

 ルイズはしばし迷ったようだが、分かりました、と晴れぬ顔色のまま退室した。その姿を見送っていたアンリエッタは、入れ違いに部屋へ入ってきた人物を見て、顔を輝かせた。

「マザリーニ、もう傷はいいのですか?」
「はい。陛下にはご心配をお掛けし、申し訳御座いません」
「本当です。もう二度と、この様な事は許しませんよ」

 安堵の為に、ついそんな言葉が口をついてしまう。それでも生真面目に、御意、と頭を下げるマザリーニに、アンリエッタは目頭が熱くなり、うつむいて目元に手をあてた。
 足音と衣擦れの音が近づいて、アンリエッタの背後へと回る。マザリーニがそこにいなかったのは一日にも満たなかったのに、長い間失われていたパズルのピースがはまったように、充足感が満ちてくる。
 アンリエッタは自然と、ルイズにすら語れなかった内心を漏らしていた。

「私は、退位するべきなのでしょうね」

 リッシュモンは喧伝はしなかったが、彼の進言でアンリエッタが即位を決断した事は、多くの者が知っている。
 自らの未熟さを自覚しているアンリエッタである、その上さらに陰謀に踊らされて即位したという視線を向けられて、王位に居続けるなど出来るはずが無かった。

 マザリーニは何も答えなかったが、アンリエッタも返答を求めて喋った訳ではなかった。ただ誰かに聞いて欲しかったのだ。

「なぜこのような事になってしまったのでしょう。私はただ、この国を良き姿に、不正も腐敗もなかった、在りし日のトリステインにしたかっただけだと言うのに」

「それは陛下に才能がなかったからで御座います」

 アンリエッタは目を見張り、自分の頭か耳がどうかしてしまったのかと思った。それ程、言葉の内容と、発した人物が、同一だとは考えられなかったのだ。
 振り返ると、そこにはいつもと変わらぬマザリーニが居た。そして誤解しようのないアンリエッタの目の前で、口を開いた。

「陛下は全ての不正をただすと簡単に仰られますが、もしそれを為し得れば、偉人として後世に名が残りましょう。それ程の偉業なのです。されど陛下には、そこまでの才は無いと存じます」

 マザリーニの言葉が、まるで頭が理解するのを拒否したように、無意味な音の羅列として聞こえる。悪い物を食べたかのように、胸に気持ち悪さがこみ上げてくる。
 アンリエッタは逃げ道を探るように、言葉を口にした。

「もしそうだとしても、前を見るべきだと思います。たとえ少しずつでも、為政者が理想を目指さなければ、国は良くなりはしないでしょう」
「ならばどうやって理想を実現していくのか、ここで仰って下さい」

 突然の事にアンリエッタは戸惑ったが、すぐに眼差しに力を込めた。

「まずは、誰がどのような不正を行っているかを調べ、動かぬ証拠を持って断罪し、才能と誠実さはあっても低い地位にいる者を登用し……」
「私はどうやって、とお尋ねしました。どうしたいか、ではありませぬ。具体的に、今この部屋から出て、まず何処へ行き、誰に何を命令するのかをお教え下さい」

 アンリエッタは口元を押さえた。そうしなければ、小さく悲鳴が漏れていたかもしれない。

 震える足を必死で抑え、なんとか答えを搾り出す。しかし即座に、マザリーニはその次を尋ねてくる。幾度か問答を重ねアンリエッタの沈黙が長く続くと、まだ理想は足元までも実現はしておりませぬよ、とマザリーニは攻め立てた。

「さあ、次の行動はどうなさいますか?」
「いいかげんにしてください……」

 ついにアンリエッタは、手のひらを握り締めて俯いたまま、何も答えられなくなってしまった。

「失敗するならまだしも、何をするかも決まってないのでは話になりませぬぞ。さあ、次はどうなさるのですか」
「やめなさいと言っています」

 アンリエッタは目の前の憎らしい男を睨みつけた。目の端に熱いものが溜まり、零れ落ちそうになっているのが分かった。

「それでは答えになっておりませぬよ」

 反射的に、アンリエッタはマザリーニの頬に手を振るっていた。

 乾いた音が室内に響く。マザリーニは微動だにせず、変わらぬ厳粛な表情でアンリエッタを見つめ、頬を打ったアンリエッタ本人が、信じられないように己の手のひらを見つめていた。

「マザリーニ、私は……」
「陛下」

 そんなつもりは無かったと言おうとしたアンリエッタに、マザリーニはいつもと変わらぬ顔で口を開いた。

「まだ答えを聞いておりませぬぞ」

 アンリエッタはその場に崩れ落ちた。


 アンリエッタは自らの身体を抱きしめていた。今すぐ消えてしまいと思った。
 具体的な方策を何一つ考えられないくせに、なにを改革しようとしていたのだろう。
 何かをなす為に努力しているつもりで、実際は理想を口にするだけでやったつもりになっていただけなのだ。自分の浅はかさを思うと、羞恥で身体が震える程だった。

「私は……」
「しかし陛下、それ程お嘆きになる必要は御座いません」

 アンリエッタは目を開いて、マザリーニを見上げた。眼球にあたる空気の冷たさが、自分が涙を流しているという事を教えていた。

「トリステインの歴史の中には、陛下より遥かに才に乏しい王も、また比べるべくもない賢き王も存在していました。隠された記録の中には、残虐極まりない暴君も存在した事でしょう。始祖の御世より六千年を数え、それでもトリステインは滅びずに存在しているのです、陛下にこの国を統治することが出来ないはずが御座いません」

 マザリーニの言葉を理解した時、アンリエッタはなにか重い物が自分の上から取り除かれた気がした。
 今まで必死で支えていたつもりの国が、アンリエッタが生まれる遥か昔からしぶとく存在し続けていたのだ。そう思うと、自分がとても小さく感じられた。気が遠くなるほど長々と引かれたトリステイン王国という線の先に、ぽつんと押されたただの点、それがアンリエッタだった。
 そして次の代には、数多くの点の中の、単なる一つになるのだ。

 開け放たれた窓のふちに小鳥が降り立った。
 自分はどれほど思い上がっていたのかとアンリエッタは思った。六千年、数百世代を数えるトリステイン王国である。もし仮に自分が国の崩壊を為そうとしたとしても、せいぜい小揺るぎがいいところだろう。

「――私は、ずいぶんと頑張り屋だったようですね」

 呟くアンリエッタは、自分が笑っている事を自覚した。
 こんなに身体が軽く感じる事は、王族の義務を自覚する遥か昔、桃髪の幼馴染とドレスを奪い合った頃以来だったかも知れない。

 アンリエッタは立ち上がった。

「分かりました。トリステインの女王として、この国を統治しましょう。――ですが、どうすればいいか分かりません。教えてくれますよね? マザリーニ」

 自分がこのような、無責任で厚顔な質問が出来るとは、アンリエッタは不思議な気持ちだった。しかし今その事を誰かに責められたとしても、涼しい顔で自分は次のように答えられるだろうとも思った。
 ――かまわないではありませんか。だって私は、女王なのですよ? と。

 マザリーニは臣下として文句の付けようのない完璧な所作で、御意、と頭を下げた。

「まずは意識の改革からでございましょう。陛下が除くと仰った、利権を貪り私利私欲に走る高官達が、優秀で国に必要な人材であると言う事を、陛下がご理解なさらねばなりません」

 この言葉には、さすがにアンリエッタは目を見張った。

「あの者達が、トリステインに必要であると言うのですか?」
「御意。されば、リッシュモン卿と、かつて陛下が処罰した徴税官のチュレンヌという者、どちらがより優秀であったと、陛下はお考えになりますか?」

 奇妙な組み合わせだったが、判断は簡単なように思われた。法院の長へと登り詰めた上、大罪とは言え一国を裏切るほどの事を成しえた者と、法の目を掻い潜って蓄財に励んでいただけの者。
 アンリエッタがリッシュモンの名を上げると、マザリーニは首を横に振った。

「ではこう言い換えましょうか。一方は、私欲を満たすために、犯罪を犯す程度の才能しか持たなかった、あるいは自己を抑制できなかった者。そしてもう一方は、法に決して触れず、公には誰にも裁けぬ位置を維持したまま、不当に財を溜め込み続けた者。果たしてどちらがより優れていますかな」
「それは……悪人の賢さです」

 きつくした眼差しが、次第に戸惑うように揺れる。アンリエッタは自身の言葉の意味に気付き、信じられないという顔でマザリーニを見つめた。
 長く政治の世界に在ったトリステイン王国の宰相は、アンリエッタの言葉を肯定するように頷いた。

「陛下、泥水をお飲み下され」


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