八神和麻とウィル子が出会い一年が過ぎた。
その一年の間に、二人は様々な事件を巻き起こした。
某国国家機密漏洩事件、マフィア秘密口座横領事件、特定個人情報流出事件などなど、大小さまざまな犯罪行為に手を染めていた。
彼らは気の向くまま、無計画に、あるいは計画的に自分達の能力を悪用してガッポリと儲けていた。
風によりすべての事象を識る事ができる八神和麻と、その彼と契約を結びさらにその能力を高めたウィル子。
彼らに知りえない情報など何も無い。紙媒体の文章であろうが、電子世界にしかない情報であろうが、何でも彼らは手に入れた。
ネットから隔離された施設であろうと、どれだけ厳重な警備を敷いた施設であろうと、二人の手にかかれば無力だった。
光学迷彩やら気配遮断、機動力に優れ隠密行動を得意とし、いかなる場所にも潜入できる和麻と、電子機器に触れるだけでそれらをすべて乗っ取ってしまうことができるウィル子。
このコンビはまさに凶悪そのものであった。
彼らは調子に乗り、次々に難攻不落の要塞に侵入を繰り返した。
ただしNASAやペンタゴン、ホワイトハウスやクレムリンなどにはまだ侵入していない。
さすがにリスクが大きすぎるのと、和麻にしてみれば対して旨みが無かったからである。
やろうと思えば事前準備をきっちりすれば可能だろうとは思う。
ウィル子は断固抗議したが、彼は無理やり力ずくでウィル子を黙らせた。
下手に手を出せば、自分達が世界中から追われることが目に見えているからである。
尤も、もうすでにバレれば手遅れな事を山のようにしているのだが、バレなきゃいいさという俺ルールで和麻は今も悠々自適な生活を送っている。
復讐を終えてからこの一年、ウィル子と組んで手に入れた金は個人資産で見てみれば、世界でも百位以内に入っているだろうと言うくらいなのだから恐ろしい。
情報と言うのは高値で取引される。和麻とウィル子は情報を売りまくり、または利用し大金を手に入れていた。
彼らは今、アメリカの高級ホテルの一室にいる。
有り余る金を手に入れ、しばらくはのんびり過ごそうという腹積もりであった。
と言うよりも、これ以上稼いでも仕方が無い気もしている。
和麻は高級ソファの上で足を伸ばしながら、暇つぶしのクロスワードパズルをしていた。
最近はすっかりとやる事もなく、今まで出来なかったしょうもない娯楽に興じている。
ゲームに漫画にギャンブル、ボードゲーム、クイズなどなど、色々と手を出してはいるが、結構面白いので和麻としては満足している。
旅って言うのも悪くは無いが、一ヶ月ほどウィル子を連れて旅をしていたら、三日に一回はトラブルが舞い込んできたので、もう行く気にはなれなくなっていた。
幼少から少年期、または青年になるまで娯楽と言う娯楽に触れ合う機会が和麻にはまったくと言っていいほど無かった。
そんな時間があるのならば修行しろと実の父親から散々言われていた。
無能者としてその父親に勘当されるまでは、一日のオフすらありえず普通なら当たり前のように経験する遊びや友人との行動など、彼にはほとんど無縁と言っても良かった。
ただ人間関係は一応高校まで通っていたのだから、それなりには身につけている。
ゆえに和麻は二十二歳の現在、失った青春時代ではないが、こうした無駄な事に時間を割くようにしていた。
それが中々に新鮮で、働く必要の無い今の彼にしてみればいい暇つぶしになった。
他人から見ればプータローのダメ人間にしか見えない。
ちなみに現在、退魔師としての八神和麻は絶賛休業中である。有り余る金銭を手に入れたのだ。働く必要が無い。
ゆえに一年前より凄腕の風術師の情報はばったりと消えている。
和麻自身、面倒ごとは嫌いだったので、アルマゲスト残党連中の目を誤魔化すためにも、ネットなどを駆使して、アーウィンと相打ちしたと言う情報を流している。
しかしアルマゲストの残党で取りこぼした大物連中は、出来る限り早く見つけて処理するようにしている。
奴らは和麻を恨んでいる。どんな手を取ってくるかわからないので、所在が判明次第出来る限り穏便に始末している。
和麻とウィル子の能力を使えば、世界の主要都市に一度でも姿を現せば見つけることはそう難しくはなかった。
彼らとて人間なのだ。生きるためには衣食住を確保しなければならない。金の流れや人の流れ。
風の精霊と電子の精霊の力を合わせれば、現代社会においておおよそ探し出せない物は無い。
アルマゲストの残党を見つけた際は、食事や入浴、果てはトイレと言った一瞬の隙をついて不意打ちで首をぱっくり刎ねたり、街中を歩いている最中に遠距離からの風の矢で打ち抜いたりと、風術師の利点を最大限に利用して殺しまわっている。
残っている大物はあと一人。あとは細々した雑魚が残っているかもしれないが、それ以外の序列百位以内は例外なくあの世に送っている。
文字通りアーウィンの作り上げたアルマゲストは殲滅した。
「残る一人を殺したら、あとはする事がなくなるな。そうなったら情報屋家業でもするか」
和麻はネット上でウィル子を通して謎の人物として情報を売るようにしている。彼自身は全面に立たず、顔を見せずに商売を行い決して表に出る事は無いようにしている。
ただし、必要最低限の鍛錬は今も続けている。和麻は自分自身に敵が多く、トラブルをひきつける体質であることをよく理解しているからだ。
しかしながら、それ以外は怠惰な日常を満喫している。
『マスターはくつろぎモードですね』
開きっぱなしのノートパソコンの画面の向こう。電子の世界の中にウィル子は存在した。
彼女用にオーダーメイドされ、カスタマイズされた最新鋭のノートパソコン。
さすがにスパコン程の性能は無いが、それでもこのサイズでは間違いなくトップレベルの性能を誇る。そのため金額のほうもハンパではないが。
『にしし。さすがにここは住み心地がいいですね。マスター、次はスパコンを購入するのですよ! それも体育館いっぱいの! そうすればウィル子はさらに新世界もとい、電子世界の神に近づけるのです!』
ウィル子は和麻の影響もあり、能力を格段に進化させ続けていた。彼女はハイスペックのコンピューターウィルスであらゆる電子セキュリティを無効化にする。
アンチウィルスソフトが天敵だったが、市販されている程度ではもうすでに歯が立たない。
彼女と拮抗するには国家や一流企業、大きな研究施設などに配備されているスパコン並みの能力が無ければ無理であった。
「・・・・・・・・・まあそのうちな」
『なっ! マスターはいつもそればかりなのです!』
和麻はちらりとパソコンでプンプンと怒っているウィル子を一瞥するが、すぐに手元のクロスワードパズルに視線を戻す。
「って、人の話を利いてください! そもそもウィル子とマスターは一蓮托生! ウィル子のおかげでここまで来れたのですよ!?」
実体化して、和麻の傍まで寄ると、ウィル子は激しく抗議した。
この一年で二人はずいぶんと打ち解けた。ウィル子のマスターである和麻は以前よりも少し丸くなった。
いきなり問答無用で攻撃してくる事もないし、こちらの話も聞いてくれるようになった。
ゆえにウィル子もこのように気軽に和麻に話しかけられるようになった。
和麻は和麻であの時はアーウィンとの戦いの後で、心にまったく余裕がなかったので、かなり攻撃的な態度であったが、今ではずいぶんと落ち着いている。
そしてウィル子の言うことも間違いではない。彼女がいたから、和麻はアルマゲストの残党をあらかた見つけ出し、さらにはここまでの大金を入手できたのだ。
「お前こそ俺がいなけりゃあいつの城で一生飼い殺しだぞ? いわば俺はお前を救ってやった恩人だぞ? ついでに俺の力もって行っただろ」
「うっ、それは確かにそうですが・・・・・・・・。でもそれとこれとは話が別なのですよ!」
宙に浮かびながら、ブンブンと両腕を振り和麻に怒りをぶつける。
「ああ、はいはい。わかったわかった。金は十分あるんだ。お前の好きなようにすりゃいいだろ。適当な場所を買い付けて、適当な企業を抱きかかえて、適当にスパコンを用意すれば?」
「えらく適当に言いいますね、マスター」
「まあな。だってあれだけ金があるだろ? スパコンの一台二台買って維持しててもお釣りが来る。それに足りなくなったらまたどこからか稼げばいい」
さすがに体育館いっぱいとなると、手持ちの金では購入できても維持ができないだろうが、和麻とウィル子の能力を持ってすれば稼ぐ方法ないくらでもある。
「あっ、でもウィル子としてはやはり日本の職人さんが作るのがいいのですよ」
日本という単語に些か顔をしかめる。和麻にとって日本は生まれ故郷ではあったが、まったくと言っていいほど良い思い出が無い。ぶっちゃけ嫌な思い出しかない場所である。
「どうしたですか、マスター?」
「日本、日本か。あー、あんまり良い思い出がないからな」
「そう言えばマスターって、勘当されてたんですね」
「って、何でお前が知ってる?」
「にひひ。前にマスターの事を調べたのですよ。マスターってあんまり自分の事を話してくれないのですから、ウィル子としては自力で調べるしかなかったのですよ」
そしてPCを手に持ちながら和麻に見せる。そこには彼の個人情報が出ていた。
名前・神凪和麻。
八神和麻になる前の彼自身。ある程度の詳細なプロフィールがそこには記載されている。
と言っても、それは彼が高校生までの時の情報だが。
「・・・・・・・・・俺の個人情報が出回ってたのか。で、もちろんちゃんと消滅させたんだろうな?」
「抜かりはないのですよ。そのサイトを含め、関連どころは全部ウィル子がおいしく頂いておきました。ウィル子が知る限り、昔も今もマスターの情報はネットの海にはもう無いです」
にぱっと笑いながら言うウィル子。彼女が言うのならば大丈夫だろう。ウィル子の能力には全幅の信頼を寄せている。
その彼女が大丈夫だと言うのなら、ネット上にある情報はよほどの場所、例えばアメリカ国防総省のデータベースのような所にでも保管されていない限りは、確実に消滅しているだろう。
しかし一度でもネットに情報が出回れば、すべてを消去する事は難しい。これはイタチゴッコでしかない。いつまた彼の情報が出回るかわからない。
それでも出回るたびにウィル子が片っ端から食いつぶすだろう。
「ご苦労。とにかく俺は日本に思い入れが無いが・・・・・・つうか、何で日本なんだ?」
「メイドインジャパンをマスターは甘く見てるいるのですよ! 日本の大阪の町工場の人達なんて人工衛星を作っちゃうほどなのです! ウィル子としては、この人達にパソコンを作ってもらいたいと」
うきうきとした目で語るウィル子。和麻は確かに日本の技術は凄いと思った。日本の職人は技術もそうだがその職人気質こそが売りだろう。
それに大阪なら神凪に会うことも無いだろうと思った。
「で、日本に行きたいと?」
「はい! 直接注文しないといい物ができないものなのですよ。と言うわけで、マスター、早速日本へ行きましょう!」
「却下」
ウィル子の提案は一秒で却下された。
「なんでですか!?」
「せっかく高級ホテルに泊まってるんだ。俺としてはあと二、三日はここで自堕落に生活してる」
「はぁ・・・・・・。何でこんな人がウィル子のマスターに」
よよよと泣き崩れるウィル子。
だが和麻は我関せずと黙々とクロスワードパズルを続ける。
「って、少しはこっちにも気を使うですよ!」
このようなやり取りが二人の間で続けられる。
八神和麻とウィル子。二人の仲は良好(?)であり、平穏な生活が続く。
しかし残念な事に八神和麻と言う男はトラブルメーカーであった。
本人が望まないのに、勝手にトラブルの方がやってくる不幸体質。
今回も、二人が望まないのに勝手に厄介ごとが転がり込んでくる。
日本・大阪
町工場の多い東大阪。和麻とウィル子はそこに足を運んだ。
この町の一部の職人が人工衛星を作り上げたと言うのは有名な話だ。さらに日本の技術力は世界でも有数できめ細かい。小惑星探査機はやぶさなども日本の技術力の高さを占める指標の一つだ。
和麻とウィル子―――主にウィル子だが、下町の優秀そうな職人を片っ端から抱きかかえた。
「お金ならいくらでもあるですよー!」
にひひひと成金みたいに金をちらつかせ、ウィル子は懐柔を繰り返す。
奇しくも不況のおり、下町の職人にしてみれば大金を落として言ってくれるウィル子達は救いの神に思えた。
結果的に、下町は一時的に二人の落とした金のおかげで不況を脱出することができた。
それはともかく、ウィル子は手持ちの金を湯水のごとく使い、自分が望むスパコンの製作を依頼して回った。
「・・・・・・・・つうか使いすぎだ」
和麻はウィル子が使いまくった金の総額を計算して、苦言を呈した。
あれだけあった金の八割が消えてしまった。
スパコンにもピンからキリまであるが、大体一台数千万クラスのはずだ。
それなのにこいつはあれだけあった金の八割を損失させるだけつぎ込んだ。
「あっ、大丈夫なのですよ。ちゃんと維持費とかアフターケアのお金は含めてありますから」
「いや、そう言う問題じゃないだろ」
和麻の突っ込みは当然である。だがまあ残高二割でも、そこそこの贅沢をしても一生暮らせるだけの金額がある。
金にはある程度の執着はあるものの、和麻は別に金が好きな金の亡者では無い。
自分専用の口座には別口に金がある程度あるし、まあいいだろうとウィル子の暴走を黙認する。
(好きにさせるか。仮に全額使われても俺の分はあるし)
そう思いながらも、和麻は次の娯楽である携帯ゲームのテトリスで時間を潰すのであった。
「にひひひ。やっぱり大阪の町工場はいいですねー。完成が楽しみなのですよ」
満面の笑みでウィル子は喜びを表現する。思った以上のものの作製の話がついて、彼女としては大変満足だったようだ。
「そりゃ何よりだな。だが使いすぎだろ」
「ちっちっちっ。これは必要な先行投資です。これから先、ウィル子が電子世界の神になればマスターにだって、色々な恩恵が来ますよ」
「まあ期待してる」
「リアクション薄いですね」
仮にウィル子が神になった場合、和麻は二つの存在と契約を結ぶ超絶な存在となるのだが、本人にその自覚は一切無い。
今の彼にしてみれば、それは儲けたなと言う程度である。
「で、マスターはこれからどうしますか?」
「・・・・・・・・そうだな。少し食い歩きして一流ホテルのロイヤルスイートに泊まって、あとは適当に観光か」
最近はうまい飯を食べる事にも重点を置き始めた和麻。ウィル子も今では人と同じように飲み食いをできるようにもなったので、色々な食べ物を探るようにしている。
男一人では入りにくいところでも、ウィル子がいればそれなりに入れるから和麻としてはそんな意味でも重宝している。
「おっ、今日のマスターは結構前向きですね。いつもなら引きこもってそうなのに」
「引きこもるのにも飽きた。外に出るとトラブルが来るが、そろそろ退屈してきたし、体が鈍ってきた。適当にぶらついてりゃ、少しは面白い事でもあるだろ」
「マスターの場合は望んで無いのにトラブルを引き寄せますからね。じゃあいっそのこと、久しぶりに退魔の仕事でもしますか?」
ウィル子とは手に持っていた自分のパソコンを開いて、アンダーグラウンドや色々な情報屋が集まるオカルトサイトを開きながら和麻に見せる。
「日本も不況で色々と乱れてるみたいで、退魔の仕事には事欠きませんよ」
「・・・・・・・やらねぇよ」
「へっ? 何でですか?」
「日本で退魔の仕事をすると神凪とブッキングしそうで嫌なんだよ。それにそんな雑魚ばっか倒しても何の経験にもならねぇからな。かと言って俺と同等かそれ以上の奴になると化け物クラスだし、そんなもん早々にいねぇ。と言うか、いて欲しくないし、いても俺は戦いたくない」
「あ、相変わらず我侭ですね」
ひくひくと顔を引きつらせながら、ウィル子はこのめんどくさがりのマスターを見る。
「でもトラブルに巻き込まれるだけだと一銭の得にもなりませんよ?」
「そうでもないぞ。トラブルになった場合、今までの大半は第三者がいた。そいつから報酬を頂く」
「相手にお金が無い場合は?」
「金になりそうなものを奪う。一生払わせる。骨の髄まで貪りつくす」
「わ、わかりきっていた事ですが、マスターはウィル子よりも極悪ですね」
ある意味、超愉快型極悪感染ウィルスのウィル子と和麻がコンビを組んだのは必然だったのかもしれない。
「そんなに褒めるなよ」
「いえ、全然褒めてないのですが・・・・・」
タラリと汗を流すウィル子だが、和麻は飄々としてニヤリと笑いながら答えるだけだった。
「とにかく・・・・・・・・・」
ふと和麻は遠くのほうを見つめる。その姿にウィル子は首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「いや、少し先で炎の精霊の気配を感じたんだが・・・・・・・・・、なんか嫌な予感がする」
やだやだと和麻は肩をすくめる。炎術師には本当にいい思い出が無い。
特に十八年間過ごした生家・神凪一族。
炎術師の中でも古くから脈々と続く一族。その力は他者と隔絶した力を持つ。
特に神凪一族の宗家は炎術師の中でも傑出している。
その力は、単純な戦闘力で言えば戦術兵器どころか、戦略兵器にすらなりかねない。
と言っても、それは神凪一族の中でも片手で数えるほどもいないが。
「マスターは本当に神凪一族と関わりたくないんですね」
「関わりたくないな。まあ連中の本拠地は東京だから大阪にいる分には関わりあう事もないはずだが・・・・・・・・・」
「でもマスターの場合、それでも関わってしまうんですよね」
「言うなよ。本当にそうなりそうだから」
和麻は炎術師がらみのトラブルならお断りだとぼやきながらも、一応は確認のためにその場所へと向かった。
「出でよ、炎雷覇!」
パンと手と手を合わせる音が周囲に響き渡る。
鉄筋とコンクリートでできた無骨な建物。そこは建築途中で打ち捨てられたマンション。
そこにはいつしか悪霊が住み着いていた。
いや、それは悪霊と呼ぶにはあまりにも禍々しい存在。
妖魔と呼ばれる、悪霊よりもさらに凶悪な存在。
この敷地に入り込んだ住人を幾人も食い殺してきた邪悪な存在。
巨大なワニのような存在。しかし口はワニ以上に大きく、足も八本。大きさも人間の数倍はある。
この場に入り込んだ人間を喰らいつくし、骨まで喰らう凶悪な妖魔であった。
その前に立つのは一人の少女。
長い腰まで伸びた美しい髪。強い意志を宿した瞳。何者にも負けない、圧倒的な力。膨大な数の炎の精霊を従える少女。
名前を神凪綾乃と言う。
神凪一族宗家の人間にして、次期宗主。神凪一族の至高の宝剣・炎雷覇を継承する人間だ。
彼女は自らと同化している炎雷覇を取り出し、正眼に構える。
全身より噴出す圧倒的な炎。膨大な熱量は周囲の温度を急速に高め、大気をゆがめる。
その力に巨大なワニは若干の怯みを見せる。
妖魔と言えども力は様々。人間にとって脅威的で抗うことも出来ない存在であろうとも、退魔師にとって見ればそうで無いと言うことは良くある事である。
特に神凪一族の、それも宗家の人間にとって見れば、この程度の妖魔は敵ではない。
巨大な人間を簡単に噛み砕く牙と口も、人間の腕力では抗いようも無い巨体も、炎術師、それも神凪宗家の人間の前ではあまりにも無力。
精霊魔術師。
この世界を形作り、あらゆるところに存在する火、水、地、風の四つの元素。それらには各々精霊が宿っている。
精霊魔術師とは精霊の力を借り受け、その力を行使する者の総称。
そして使う力の系統に別れ、それぞれ炎術師、水術師、地術師、風術師に分類される。
それぞれに一長一短な力を有しているが、その中でも火の精霊の力を借りる炎術師は最高の攻撃力を保有する。
また炎雷覇と言う精霊達の王とも言える、精霊王より賜った神剣がある。炎雷覇は炎術師の力をより増幅させる。
ただでさえ強力な神凪一族宗家の力が炎雷覇により増幅される。その力は脅威の一言。
ワニに似た妖魔は巨大な口を綾乃に向ける。
綾乃はバックステップで後方に飛び退くと、炎雷覇をそのまま振りぬく。
炎雷覇より放たれる炎の塊。妖魔に直撃する炎は妖魔の体を容赦なく抉り焼く。
甲高いうめき声を上げながら、身体を揺らす妖魔。
しかし綾乃は追撃をやめない。怯んだ妖魔に肉薄し、炎雷覇を突き立てる。
ゴオッ!
炎雷覇から妖魔の内部に向けて灼熱の炎が入り込む。妖魔は炎雷覇を突き立てられた場所から一瞬で焼き尽くした。
何の小細工もいらない。圧倒的な力の前には技術の入り込む余地は無い。綾乃には、それだけの力があった。
並の妖魔なら一蹴するだけの力が・・・・・・・・・。
綾乃は誇らしげに胸を張る。並の術者なら確実に梃子摺るであろう妖魔をあっさりと滅せる力を。
「まっ、こんなもんでしょ」
綾乃は最後に妖魔が完全に消え去った事を確認すると、その場を後にする。
「炎雷覇。・・・・・・・何で神凪の術者がいるかな」
和麻はボヤキながら相手に気づかれないように様子を盗み見る。
八神和麻は風術師である。風術師である彼が本気で見つからないようにすれば、炎術師には絶対に見つけることができない。
タバコを吹かせながら、どうにもこの身の不幸を呪った。
「にひひ。本当にマスターは不幸ですね」
「笑ってんじゃねぇよ」
一発チョップをお見舞いしてやった。
「しかし炎雷覇を持ってるって事は、ありゃ綾乃か・・・・・・・」
「ええと、神凪綾乃。炎雷覇の継承者にして、神凪一族次期宗主。現在の神凪一族宗主である神凪重悟の娘。年齢は十六歳の聖陵学園に通うお嬢様・・・・・・。と言うか、学校の制服着て退魔ですか」
ウィル子はパソコンを操作しながら、綾乃の個人情報を片っ端から調べ上げていく。
ネット上のどこにそんな物があるんだと疑いたくなるが、神凪一族ともなれば政府関係やらそれなりのところに個人情報が記されている。
「ちなみにスリーサイズ含めて、結構な情報が出回ってるのですよ」
「ネットって本当に怖いよな」
「ホントですね~」
ネットを悪用している二人は何てなしに呟く。本当に恐ろしいのはネットではなくそれを悪用する人間と言うことだ。
綾乃の行動を見ながら、他に神凪の術者がいないかと視ているが、どうやら神凪の術者は綾乃一人のようだ。
何やら綾乃は同い年くらいの二人の少女に合流した。術者ではなく、どうやら一般人のようだ。力を全然感じない。
「一般人の友人で力のことを話してんのか? 恵まれてるな、あいつ」
「そうですね。こう言うのって基本的にバレたらアウトってのが多いのに」
和麻は遠目で見ながらも、ウィル子の言葉に同意する。
そう言えば自分はそう言った相手がいないなと思った。
「で、どうするんですか?」
「あー、まさか大阪にいるとか予想外だろ? これ以上関わりたくないから、さっさと日本を離れたい」
「えー、せっかく日本に来たのにもう行くのですか? マスターも大阪のおいしい物を食べ歩く気だったのに」
「これ以上いると本当に面倒な事になりそうだからな。まあ今日はホテルに泊まって明日の昼にでも発つぞ」
「うー、名残惜しいですが、ウィル子も目的は達成できたので構わないですよ」
和麻もウィル子も目的さえ達成できればそれで構わない。
積極的に神凪に関わるつもりなど彼らには無い。
しかし残念ながら、彼らの願いは叶えられる事はなかった。