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No.21189の一覧
[0] 風の聖痕――電子の従者(風の聖痕×戦闘城塞マスラヲ一部キャラのみ)[陰陽師](2014/06/19 22:46)
[1] 第一話[陰陽師](2010/08/18 23:02)
[2] 第二話[陰陽師](2010/08/25 22:26)
[3] 第三話[陰陽師](2010/09/16 00:02)
[4] 第四話[陰陽師](2010/09/26 12:08)
[5] 第五話[陰陽師](2010/09/29 17:20)
[6] 第六話[陰陽師](2010/10/08 00:13)
[7] 第七話[陰陽師](2010/10/10 15:35)
[8] 第八話[陰陽師](2010/10/15 20:49)
[9] 第九話[陰陽師](2010/10/17 17:27)
[10] 第十話(11/7一部修正)[陰陽師](2010/11/07 22:57)
[11] 第十一話[陰陽師](2010/10/26 22:57)
[12] 第十二話[陰陽師](2010/10/31 01:00)
[13] 第十三話[陰陽師](2010/11/03 13:13)
[14] 第十四話[陰陽師](2010/11/07 22:35)
[15] 第十五話[陰陽師](2010/11/14 16:00)
[16] 第十六話[陰陽師](2010/11/22 14:33)
[17] 第十七話[陰陽師](2010/11/28 22:30)
[18] 第十八話[陰陽師](2010/12/05 22:06)
[19] 第十九話[陰陽師](2010/12/08 22:29)
[20] 第二十話[陰陽師](2010/12/12 15:16)
[21] 第二十一話[陰陽師](2011/01/02 16:01)
[22] 第二十二話[陰陽師](2011/01/02 16:14)
[23] 第二十三話[陰陽師](2011/01/25 16:21)
[24] 第二十四話[陰陽師](2011/01/25 16:29)
[25] 第二十五話[陰陽師](2011/02/02 16:54)
[26] 第二十六話[陰陽師](2011/02/13 22:31)
[27] 第二十七話[陰陽師](2011/02/13 22:30)
[28] 第二十八話[陰陽師](2011/03/06 15:43)
[29] 第二十九話[陰陽師](2011/04/07 23:31)
[30] 第三十話[陰陽師](2011/04/07 23:30)
[31] 第三十一話[陰陽師](2011/06/22 14:56)
[32] 第三十二話[陰陽師](2011/06/29 23:00)
[33] 第三十三話[陰陽師](2011/07/03 23:51)
[34] 第三十四話[陰陽師](2011/07/10 14:19)
[35] 第三十五話[陰陽師](2011/10/09 23:53)
[36] 第三十六話[陰陽師](2011/12/22 21:15)
[37] 第三十七話[陰陽師](2011/12/22 22:27)
[38] 第三十八話[陰陽師](2012/03/01 20:06)
[39] 第三十九話[陰陽師](2013/12/17 22:27)
[40] 第四十話[陰陽師](2014/01/09 23:01)
[41] 第四十一話[陰陽師](2014/01/22 14:48)
[42] 第四十二話[陰陽師](2014/03/16 20:16)
[43] 第四十三話[陰陽師](2014/03/16 19:36)
[44] 第四十四話[陰陽師](2014/06/08 15:59)
[45] 第四十五話[陰陽師](2014/07/24 23:33)
[46] 第四十六話[陰陽師](2014/08/07 19:38)
[47] 第四十七話[陰陽師](2014/08/22 23:29)
[48] 第四十八話[陰陽師](2014/09/01 11:39)
[49] 第四十九話[陰陽師](2014/11/03 12:11)
[50] 第五十話(NEW)[陰陽師](2014/11/03 12:20)
[51] おまけ・小ネタ集(3/6日追加)[陰陽師](2011/03/16 15:27)
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[21189] 第十六話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:9d53e911 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/11/22 14:33

美琴が妖気を送り込まれてから半日が経過した。その間にも妖気は美琴の身体を侵食する。

「あ、ああ、あああああっっっ!!!!」

声を上げながらも、彼女は妖気との融合を果たしていく。
美琴は風巻の一族の直系。その身体は堕ちた神である妖魔の力を宿すには最も適していた。
さらには若く、女性と言う意味でもすばらしい。
古来より生贄になるのは女性と言う場合が多い。何故か。それには幾つかの理由がある。

女性の方が肉体的には劣っていても、生命力と言う観点では優れているのだ。女性は命を宿す。子供と言う形で子孫を残していく。この点でも男とは違う。
さらにはその血や肉体が妖魔などにとっては美味であり、特に十代半ばから二十代前半の女性と言うのは最も活力に富み、精神も魂も類稀なる輝きを放っている。
神の寄り代として女性の、しかも十代半ばと言うのは最適と言えるのは、このあたりにも由来する。

さらに美琴は本人も知らないうちに兵衛により、妖魔を宿しやすいように肉体を改造されていた。
肉体は人間ではあったが、常人や他の術者よりもその適合率は段違いであった。
そのため、妖気をその身に宿した直後の美琴でも、その力は流也には劣るものの、炎雷覇を持った綾乃に匹敵、あるいは上回るほどだった。また半日経った今では流也にも匹敵するほどの力を得ていた。

兵衛もこれには驚いた。憑依直後でも炎雷覇を持った綾乃クラス。今では流也クラスに変貌を遂げる。まだ完全に妖気がなじみきっていないのに、これほどの力を有している。もし完全になじみ合えば、一体どれだけの力を発揮するのか。
厳馬、もしかすれば全盛期の重悟をも倒せるだけの力を得るかもしれない。
さらに神の封印も解ければ、自分達には敵はいない。

「これで、これでようやく我らの悲願が叶う。神凪一族を滅亡させる事が出来る。風牙衆、三百年の悲願が、ついに叶うのだ・・・・・・・」

感慨深く呟く兵衛。だがそれは喜びではなく、どこか悲しみを含んでいた。
直系である風巻の血は絶えるだろう。自分の息子と娘の二人を犠牲にした。自分を慕い、尊敬してくれていた二人の子供達。

だが兵衛は己の悲願のため、野望のため、復讐のために捨て去った。
すべては神凪一族を滅ぼし、風牙衆の未来を掴むため。
隷属され、蔑まれ、見下され、誇りをも傷つけられた風牙衆。未来に絶望し、ただ飼われるだけの犬に成り下がった自分達。
その現状を打破するためには必要な事なのだ。

「そうだ。これは必要な犠牲なのだ。ワシらには手段を選んでいる余裕は無い」

神さえ復活すれば、神は自分達に力を貸し与えてくれる。それが他者にどう思われるかなど知ったことではない。
邪術、邪教集団と言われるかもしれないし、まともな扱いをされないかもしれない。
しかし神さえいれば、力さえあればどうにでもできる。力こそ全て。力こそ正義。

力が足りなかったからこそ、かつての風牙衆は神凪に敗北した。
力が無かったからこそ、風牙衆は神凪の奴隷となった。
ならば逆はどうだ。
力があれば神凪に敗北する事はなかった。
力があれば、神凪の奴隷となることもなかった。
誇りを、技を、風牙衆そのものを貶められ、傷つけられ、見下される事もなかった。
力さえあれば、誰にも負けることは無い。力さえあれば、誰も自分達を隷属できはしない。
力さえあれば、自分達の身を守る事が出来る。

「力だ。力が無くば何も出来ぬ。すべてを支配するのは圧倒的な力であり暴力だ」

力ある者は力を求める。他者に無い力を持っているだけで優越感に浸るのが人間の性であり業である。だからこそ、更なる力を求める。
また人は自分には無いモノを、力を持つものを妬み、憧れる。自分も欲しい、自分も手に入れたい。自分にそれがあれば、と。

兵衛もまた、神凪と言う呪縛に囚われていたのだ。
生まれた時より、不必要、または理不尽、不条理と思われるほどの圧倒的力を持つ神凪一族の宗家。その中でも類稀なる才を持った重悟と厳馬を幼き頃より傍で見ていた。
妬ましかったと同時に羨ましかった。何故自分にはこんなに力が無いのだろうか。何故自分はあいつらとは違うのだろうか。
いくら風術師として優れていても、いくら神凪一族のために誠心誠意働いても、兵衛は惨めになる一方だった。

炎と風。扱う術は違っても同じ精霊魔術師なのに何故奴らはあんなに褒め称えられる。何故自分達の努力は、成果は認められない。
外の情報を収集する風牙衆だけに、自分達の評価の低さを良く知っていた。術者として優秀でも、評価の全ては神凪一族のみ。その下の風術師の集団など、誰も見向きもしない。
兵衛の中で負の念が湧き上がる。

力、力、力、ちから、チカラ、ちから、チカラ、ちから・・・・・・・・。

そして兵衛は知ってしまった。かつての自分達風牙衆の事を。その力の源を。
かつての風牙衆には力があった。神凪に匹敵する、あるいはそれを上回る可能性がある力が。
兵衛は歓喜した。これだ、と彼は思った。計画を慎重に練り、反乱を起こすと同時に神の復活を目論んだ。
自らの肉体に妖気を憑依させなかったのは、色々な理由があるが、神凪への復讐をより確実にするため。

息子の流也を犠牲にしたのは、適合率が高く、息子もそれを望んだから。流也が病を患ったというのは本当の事である。術者として、もう思うように活躍できないと言うのも本当であった。
流也も兵衛と同じく望んだのだ。力を。健康な肉体を。渇望し、彼はその身を捧げた。
人間で無くなる可能性を彼も当然考えていた。だが人間の時でさえ死んでいるか生きているかわからない状態だったのだ。同じ死ぬのなら、力を得てから死ぬほうがいい。

流也は兵衛に頼み、生贄となった。いや、寄り代と言ってもいい。
封じられた神がこの世界に留まるには肉体がいる。その役目を果たすと流也は心に決めた。復活の暁には自分が神と同化し神へと至る。こんなすばらしい事は無い。
妖気をその身に宿し、流也は笑った。彼の意識が消える数日の間、彼は力を得たことを喜び、後悔も絶望も無かった。
しかし皮肉なものだ。そんな彼を打ち破ったのは神凪の血を引く者達であった。

「流也が死に、美琴をも犠牲にしたのだ。必ずや神凪一族を滅ぼしてくれよう」

兵衛の狂気が神凪へと向く。
だが彼はまだ知らない。神凪一族の主力がすでに京都へと到着している事を。



時間は少しさかのぼる。
重悟は綾乃を含めた燎、煉の宗家の若手三人と、分家でもトップクラスの大神雅人、大神武哉、結城慎吾の三名を呼び寄せた。

「皆、急に集まってもらって申し訳ない」

まず重悟は謝罪を述べる。今は夜分で、時間も遅い。煉などいつもならもう寝る時間だ。

「いえ。しかし一体何があったんですか?」

代表して聞いたのは分家最強と名高い大神雅人であった。彼は些か変わり者で、大神家の家督を実の兄である雅行と争う事を避けるために、単身チベットへと修行に出向いた男である。
炎術師としての力は宗家に劣るが、実力だけ見れば一流の術者と言える。

重悟は一瞬なんと説明しようと考えたが、真実を述べる事にした。これにより風牙衆への風当たりが強くなるかもしれないが、神凪滅亡を許すわけにはいかない。
宗主の地位を降りたからと言って、一族を守る義務が喪失したわけではない。優先すべきは神凪一族なのだ。

「・・・・・・・京都において、風牙衆の長である風巻兵衛がかつて封じられた大妖魔を復活させようとしている可能性がある」
「なっ!?」

重悟の発言に誰もが驚き、分家の武哉が声を上げる。

「それは本当のなのですか、重悟様!?」
「・・・・・・・・信じたくは無いが状況証拠が幾つもある。無論、確定したわけではないが、可能性は高い。その証拠に未だに兵衛には連絡がつかん。さらにその息子である流也の所在も不明だ」

流也と妖魔について、重悟は分家の三名にジグソウ(ウィル子)からもたらされた情報を話す。三人は驚き、綾乃達はあの話が嘘ではなかったのかと青ざめた顔をしている。

「お父様。じゃああたしが大阪で倒した妖魔はやっぱり・・・・・・・」
「・・・・・・・・可能性は高くなった。だが確実と断言する事もできん。だから綾乃、そう動揺するでない。お前が動揺すれば、他の者まで動揺が広がる。次期宗主として心をしっかり持て」
「・・・・・・はい」

重悟に言われ、綾乃は意識を切り替える。そうだ。あの妖魔が例え流也だったとしても、あの場合はああするしかなかった。この業界の不文律として、命を狙われた場合、逆に命を奪っても文句は言えないのだ。そんな非情な世界に彼女達はいる。
またあのジグソウの言うとおり、浄化して助ける事も不可能だった。
殺さなければ殺されていた。もしくはあのジグソウの言葉どおり、誘拐されさらに状況が悪くなっていたかもしれない。
綾乃とて美琴の兄を手にかけたと言う罪悪感はあるが、それでも優先すべき物が何なのかを理解している。

「じゃあお父様。風牙衆は反乱を?」
「一部の者だがな。すでに周防に命じ、こちらに残る風牙衆は拘束した。大半の者は知らなかったが、数名が反乱に加担していたようだ。だがこちらに情報が渡るのを恐れたのだろう。その者達の半数はこちらに拘束された際に自ら命を絶ち、残る数人は逃亡中だ」

周防の働きで、情報収集に優れた風牙衆を拘束できたが、やはり風牙衆も優秀だった。
「数人を取り逃がしたのは不味かった。おそらく彼らも京都にいる兵衛に情報を送っただろう。もはや一刻の猶予も無いと思ったほうがいい」

もし重悟の考えている通りなら、第二、第三の流也を生み出している可能性もある。それが一斉に牙を向けば、神凪は滅亡する。

「防戦に回ればいかに我らとて勝機は薄い。綾乃の報告が正しければ、風牙衆が要していた妖魔の力は炎雷覇を持った綾乃以上。それに匹敵、もしくは上回る妖魔を他にも要していれば、あるいはこれから用意されれば致命的だ。厳馬が動けぬ今、それらに攻められては一溜まりも無い」

重悟の言葉に全員がゴクリと息を飲む。

「だから私はこちらから打って出ようと思う。この場にいる全員で京都に向かい、兵衛の身柄を押さえる。また神が祭っているであろう祭壇を破壊し、風牙衆の神を完全に消滅させる」
「しかし宗主。話を聞いた限りではかつての神凪一族は、その妖魔を封じる事しか出来なかった。それを今、消滅させることが出来るのか?」

雅人の疑問も尤もだ。封印とは倒せない相手に対処する場合に用いられる。かつての神凪一族が滅ぼせなかったものを今さら滅ぼせるのだろうか。

「わからぬ。その封印は三昧真火を用い、炎そのものが妖魔を封じている。炎を散らせば封印ごと神も消える。だが封印を散らしても、存在そのものが消えるのではなく、おそらくはどこかへと転移するだけであろう。そうなれば把握は困難となり、万が一の事態にもなりかねない。しかし私の神炎ならば、封印ごと燃やし尽くす事もできるやもしれん」

厳馬をも超える神炎である紫炎を操る重悟ならば、純粋な火の元素の結晶であり、地上には存在しないはずの純粋な炎であっても燃やしつくせるかもしれない。
それほどまでに重悟の神炎の威力は高いのだ。尤も厳馬の蒼炎もそれには負けるが十分非常識と言える力を有している。

「そしてもう一つ重要なのが、この封印を解くには神凪の直系が必要なのだ。炎の加護、それも神凪の直系クラスのものでなくば、三昧真火には触れる事ができん。つまりこの場にいる宗家と厳馬だけが封印を解く事ができる。厳馬の方は問題ない。動けないと言っても自分の身を守るくらいはできるであろうし、護衛もつけている。問題はこの場にいる者達だ」
「えっ? でもお父様。さっきはこの場にいる全員で京都に向かうって」
「そうだ。下手に分散してはリスクにしかならん。京都に向かうのも確かに危険ではあるが、全員で固まって動けば向こうも迂闊には手を出せぬし、襲ってきても対処はしやすい。少数精鋭で向かい、迅速に兵衛達を捕縛する」

こうして神凪の精鋭は京都へと向かう事になった。



「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・・」

周防から逃げ延びた風牙衆は散り散りに逃げ延びた。彼は風牙衆の長の補佐であり、実質的なNO.2だった。彼は夜のビル街の屋上を走り逃げる。風を使い、まるで忍者のようにビルとビルの間を飛び回る。
と言っても逃走できたのは自分を含めて三人のみ。他はあえなく拘束された。長である兵衛との連絡はつかない。京都に向かったはずが、未だに何の音沙汰も無い。

まさか逃げたのかと思わなくも無かった。自分達を見捨てて、娘と共に身を隠した。
ありえないと彼は自分自身に言い聞かせるが、心のどこかでそれを否定できないでいた。
連絡が一切つかないなど、普通で考えたらありえない。

「まさか、我々を見捨てたのでは・・・・・・・・」

そんな絶望が彼を支配していく。しかし彼の不幸はまだ始まったばかりだった。彼は逃げ延びた他の二人に連絡を取ろうとした。
携帯は神凪に知られていないものを予め用意している。いつまでも使い続けるのは危険だが、今だけは使う以外に無い。
ボタンを押し通話を試みる。だがつながらない。何度も呼び出す。しかしかからない。

「そんな。まさか拘束されたのか?」
「そうだな。そいつら今頃おねんねしてるぞ。ちょっと頭がおかしくなった状態で」

ハッと彼は振り返る。恐怖で身体がすくんだが、何とか反応し飛び退く。そこには一人の男がと少女が立っていた。

「ったく。手間かけさせんなよ。体調がまだ戻って無いんだぞ? 本当ならホテルで横になってたいのに」

ぼやきながら男―――和麻は風牙衆の男を見る。横ではにひひと少女――ウィル子が笑っている。

「まったくですね、マスター。せっかく豪華な食事にありつこうとしたのに」
「ああ、俺って本当に不幸の星の下に生まれてるんだよな」

彼らはことも何気に会話を続けているが、風牙衆の方は逆に身体をこわばらせていく。風術師である自分が後ろを簡単に取られた。
今は逃亡中であり、いつも以上に気を張り詰めていたのにあっさりと何の前触れも無く後ろを取られたのだ。驚くなと言うほうが無理だ。

「か、神凪和麻・・・・・・・」
「今は八神和麻だけどな」

ニヤリと笑いながら答える。八神の名を名乗ってはいたが、風牙衆や神凪はそれを知りえていなかった。
ウィル子の力で情報を完全に隠匿し、偽名や偽造パスなどを使用していたから当然と言えば当然だ。ホテルの宿泊もパスポートも全て和麻を特定できないようにしていた。
これはアルマゲスト対策であり、他にも敵が多い自分の存在を出来る限り誤魔化すためでもあった。

「まあそれはいい。兵衛の取り巻きで残ってるのはあとはお前だけだな。神凪の方はもう別に放置してもいいからな。あいつらは何も知らなさそうだし、俺に関しても関わってなさそうだったからな。さっきの二人にもほとんどなんの情報も無かったから」

一歩一歩、和麻は近づいてくる。何とか逃げようと風を使って逃走を試みようとするが、風が一切答えない。

「ああ、逃走は無駄だぞ。逃げられないし、逃がすつもりも無いからな」

無常に告げられる言葉。呼吸を荒くし、恐怖に必死に抗おうとするが、彼には和麻が死神にしか見えなかった。そしてそれは決して間違いではなかった。

「お前は兵衛の側近だ。色々と知ってそうだから吐いて貰う」
「ふ、ふざけるな! どんな事を聞かれようとも例え拷問されても、命を奪われようとも情報を渡すものか!」

男は吼える。諜報に従事する彼だからこそ、こんな場合の対処も心得ている。最悪の場合は自ら命を絶つ。それこそ指を一本一本そぎ落とされ、殺してくれと懇願したくなるような拷問をされても、男は何も吐かないつもりだった。

「あー、まあえげつない拷問って手もあるけど、そう言うの嫌いだから。だからもう少し穏便に済ませてやる。ただし高確率で発狂だが死ぬよりはマシだろ? ちなみにさっきの二人も発狂せずにクルクルパーになっただけだ」

それは発狂と言わないだろうかと場違いな事を考えながらも、彼の緊張は高まっていく。

「すぐ済むからそう怯えるなよ。大丈夫だ、ちょっと痛いだけだから」

ゾクリと身体が震えた。彼は笑っていても、目が笑っていなかったから。

「心配するなって。それくらいの精神力があれば発狂もしないだろうから。まあ軽く記憶が飛んだり、馬鹿になるかもしれないがお前なら大丈夫だ。それに今ならお得な得点がつくぞ」
「はいなのですよ。死んだ場合は葬儀費用はこちら持ち。発狂した場合はもれなく死ぬまでに必要な介護費用を全額負担。他にもどちらの場合でも、これからあなたが一生に稼ぐと思われる収入分をキャッシュバック。あなたの場合は約一億円ですね。さらには家族への保障もばっちりで、進学、入院、手術、再婚などには別途五百万から一千万の一時金が払われる万全のアフターケアとなっております」

今どきこんな保障ありませんよ、とウィル子が説明しながら笑顔で言う。なんか聞けば物凄く充実した保障制度のような気がする。

「プラス高台から海が見える最高の立地に最高級の墓石まで用意した、今では破格の保障となっております。あっ、印鑑とか契約書は無いですが、きちんと支払い手続きはしておきますので、ご心配なく」
「これは嘘じゃないから安心しろ。俺は神凪以上に金持ってるからな。それに他にも稼ぐ手段はあるし、これからも増え続けるから」

そもそも銀行口座を不正にアクセスすれば、簡単に金を操作できるのだ。風牙衆の特定口座に秘密裏に金を振り込むことも問題ない。
この万全のアフターケアは基本、可哀想な風牙衆に対して行うつもりである。

「だから今後と家族のことを心配せずに情報を寄越せ。死んでも発狂しても家族には迷惑はかからん」

そう言うと和麻は間合いを詰め、左手をゆっくりと男の頭部へと押し当てる。左手には黒い手袋がはめられていた。光を一切反射せず、まるで闇の中で消えているように見えた。
躊躇無く左手を男の頭蓋骨に押し込む。これは物理的には何の影響も与えない。ただし痛覚に対して尋常ならざる衝撃を与え、普通では考えられない痛みを感じる。
ショック死してもおかしくは無い程の痛み。心を強く持っても発狂するほどのもの。

ちょっと借り物の力を持らって粋がった一般人程度ならば心を強く持っても発狂するし、最悪の場合はショック死する。
ただし精神的に鍛えられた術者ならば、ある程度は大丈夫であろう。発狂まで行かなくても、精神的に不安定な状態で一生を過ごす程度であろう。

男の口から声とは思えない絶叫が木霊する。だがそれは誰の耳にも届かない。和麻が空気振動を操作して音を完全にシャットアウトしていたから。
和麻にもウィル子にも、この周辺には一切何の音も響かない。
探るように慎重に頭をかき回す。男の持っている情報が和麻に流れてくる。

「・・・・・・・・」

不意に和麻の顔が不快感で歪んだ。

「どうかしたのですか、マスター? まさかウィル子の情報が?」

恐る恐る聞くウィル子だったが、和麻はそれを否定すると、左手を男から抜き出す。指先からは何か液状のものが滴り落ちている。

「こいつの頭にもお前に関する情報は無かった。と言うか、兵衛が俺の名前を出したのも、口から出任せ。あの場を乗り切る嘘だったみたいだ。こいつの記憶に兵衛との会話があった。つまりこいつらは俺達の秘密を一切知っちゃいない。だから俺達がこいつらに積極的に関わる必要性はなくなった」
「じゃあ何でマスターはそんな不機嫌そうな顔をしているのですか?」

どさりと男を放して地面に倒れさせる。ぴくぴくと痙攣しているが命に別状は無いだろう。だが精神的にどうかはわからない。途中から機嫌を損ね、少々乱暴にやったので下手をしなくても発狂しているだろう。

「・・・・・・・・兵衛が京都に言った理由がわかった。神の封印を解く算段かと思ったが、違ってた。あいつは自分の娘に妖魔を憑依させようとしてたんだ」
「・・・・・・・・つまり生贄ですか?」
「・・・・・・・ああ」

今まで以上に不愉快そうに呟き、拳を硬く握る。手のひらに爪が突き刺さり、血がにじみ出る。

“生贄”

和麻が最も嫌うモノの一つ。かつての忌まわしい記憶が蘇る。
守りたかった、守れなかった少女の顔。

――――あなたは、私を護ってくれる?―――-

問いかけられ、自分は護ると言った。必ず、何があっても護ると約束した。
でも護れなかった。結局何も出来なかった。ただ無様に這い蹲り、彼女が生贄に捧げられ、死ぬ瞬間を見ているだけしか出来なかった。
ドンと激しい音が響き渡る。ウィル子が見れば、和麻の拳がビルの壁に突き刺さっていた。

「ま、マスター・・・・・・・」
「・・・・・・・・中々簡単に忘れられないもんだな」

違う。忘れられないのではない。忘れてはいけないこと。
自分は翠鈴を護れなかった。
鮮血に染まった彼女の栗色の髪。生気に溢れ輝いて見えた碧い瞳は古いガラス玉のように曇っていく。言葉を交わした彼女の唇はもう二度と開く事は無い。

心臓があの男によって抜き出され、その肉体は死を迎えた。彼女の魂は呼び出された悪魔に肉体と一緒に喰い尽された。一変の欠片も残さず、無残に粉々に砕かれた。
成仏し転生する事も、迷い出ることも出来ない。生き返らせることも出来ない。存在自体をすべて喰い尽されたのだから。

「・・・・・・・・・・マスター。マスターはどうしたいのですか?」

見れば不安そうにウィル子が聞いてくる。

「ウィル子はマスターの過去を良く知りません。あの男と何があったのか。どんな因縁があったのか、大まかにしかウィル子は知りません」

和麻の口から過去に何があったのかを聞いた事は無い。和麻自身があまり思い出したくない物であったことと、彼自身の鬼門でもあり出会った直後の状態を考えればとても聞けたものではなかった。
独自にある程度調べてはいたが、当事者の口から聞くのとではずいぶんと違う。

「ネットのお悩み相談の返事を使ってマスターに言うのは簡単です。でもそれじゃマスターの心には響かないでしょうし、まったく役にもたたないでしょうからね」

和麻が普通の一般人ならそれで解決しただろう。だが彼は違う。一般人ではなく、心に負った傷も小さくなど無いのだ。

「ウィル子は気の利いたことも言えませんし、マスターの心の内を知ることもできません。でもウィル子はマスターについていく事は出来ます。マスターが望むとおりに、マスターがやりたいようにするのなら、ウィル子は力を貸します。どこまでも着いて行きますし、どんなことでもウィル子は喜んで協力しますよ。なんて言ってもウィル子は超愉快型極悪感染ウィルスなのですから、どんな悪事も悪巧みもバッチ来いなのですよ」

にひひひと笑うウィル子の顔を見た後、和麻は彼女に背を向け、顔を見ないように、見せないようにした。
その際、和麻は口元をゆがめ笑っていた。心が救われるような気がした。誰かが傍にいてくれると言うのは、本当に頼もしく心強いと柄にも無く思ってしまった。

こいつは本当に、いつも自分が欲しい言葉をくれるような気がする。
だが和麻は感謝の言葉を述べない。述べられないと言ったところか。気恥ずかしくもあり、自分の弱さを見せるような気がして嫌だったから。

「・・・・・・・当然だろ。なんて言っても俺はお前の恩人でマスターなんだからな。例えお前が電子の神になっても、俺が死ぬまで着いてきてもらうぞ」

だからこそ、尊大に言い放つ。恩人と言うのなら、多分和麻にとって見てもウィル子にずいぶんと救われただろう。
常に傍にいて、自分を助け、見守り、厳馬との戦いの時には彼女の言葉と存在のおかげで勝てたようなものだから。

しかし絶対にそんな感謝の言葉を口にはしない。

「にひひひ。やっぱりマスターはその方がマスターらしいのですよ。では生贄を捧げようとする兵衛にお仕置きをしに行きましょうか」
「お仕置きじゃねぇ。人間を生贄に捧げる奴は死刑って俺の法律で決まってるんだ。だから兵衛は死刑。他の取り巻きの連中も死刑とまではいかなくても痛い目を見てもらおうか」
「了解なのですよ、マスター。でもその前に帰ってご飯にするのですよ。腹が減っては戦は出来ませんからね。マスターもお昼はおかゆで味気なかったでしょ?」
「ああ。もっとうまい飯が食いたい。出来れば酒も欲しいが、それは明日兵衛をぶっ殺した後にするか。明日ならまだ流也クラスの状態になって無いだろうし、仮になってても俺が万全に近い状態でお前のサポートと“アレ”を使って奇襲したら余裕だろうしな」
「ついでに黄金色の風も準備しとけば尚完璧ですね」
「そうだな。まあいい。今日のところは戻るぞ。明日、全部終わらせる」

和麻は風を纏い空へと浮き上がる。ホテルに帰って飯を食べてそのまま寝ようと考えながら。

「終わったらまた海外で自堕落な生活ですか?」
「それが一番だな。ヴェルンハルトはその後にするか。少なくとも一週間は自堕落な生活をする。と言うか、俺が動かなくてもお前があちこちで情報を流してヴェルンハルトを凶悪犯にしたてとけば、CIAやKGB、MI6とかFBIやICPOが勝手に見つけてくれるだろうよ」

和麻一人では無理でも、ウィル子が情報操作を行えば一人の人間を凶悪犯に仕立て上げ、世界中の諜報機関に探し出させる事も可能なのだ。
特にヴェルンハルトはアルマゲストとしても、出資者としても一流だった。ゆえに罪を着せるのは簡単であり、アルマゲストの彼が組織復活のためテロ組織や邪教集団と接触していると言う情報を流し、適当な証拠をでっち上げてやれば簡単に食いついてくれるだろう。

「本当にマスターは外道ですね。兵衛もこの手法を使えば楽でしょうに」
「まあな。けど兵衛は俺を利用しようとしてくれた上に、人間を生贄なんてことをしてくれたんだ。俺の手で直接殺さないと気が治まらない」

獰猛な笑みを浮かべる和麻にウィル子は苦笑する。
ここに兵衛包囲網は成り立った。
神凪の精鋭と和麻&ウィル子。この二つに強襲される運命を、未だに兵衛は知る由もなかった。



あとがき
兵衛包囲網完成。ご愁傷様です。私は彼の活躍を忘れない。
ウィル子のせいで、原作ヒロイン綾乃の出番がほとんど無いよ! どうしようか、これ・・・・・。綾乃好きなのにな・・・・・・。


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