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No.21189の一覧
[0] 風の聖痕――電子の従者(風の聖痕×戦闘城塞マスラヲ一部キャラのみ)[陰陽師](2014/06/19 22:46)
[1] 第一話[陰陽師](2010/08/18 23:02)
[2] 第二話[陰陽師](2010/08/25 22:26)
[3] 第三話[陰陽師](2010/09/16 00:02)
[4] 第四話[陰陽師](2010/09/26 12:08)
[5] 第五話[陰陽師](2010/09/29 17:20)
[6] 第六話[陰陽師](2010/10/08 00:13)
[7] 第七話[陰陽師](2010/10/10 15:35)
[8] 第八話[陰陽師](2010/10/15 20:49)
[9] 第九話[陰陽師](2010/10/17 17:27)
[10] 第十話(11/7一部修正)[陰陽師](2010/11/07 22:57)
[11] 第十一話[陰陽師](2010/10/26 22:57)
[12] 第十二話[陰陽師](2010/10/31 01:00)
[13] 第十三話[陰陽師](2010/11/03 13:13)
[14] 第十四話[陰陽師](2010/11/07 22:35)
[15] 第十五話[陰陽師](2010/11/14 16:00)
[16] 第十六話[陰陽師](2010/11/22 14:33)
[17] 第十七話[陰陽師](2010/11/28 22:30)
[18] 第十八話[陰陽師](2010/12/05 22:06)
[19] 第十九話[陰陽師](2010/12/08 22:29)
[20] 第二十話[陰陽師](2010/12/12 15:16)
[21] 第二十一話[陰陽師](2011/01/02 16:01)
[22] 第二十二話[陰陽師](2011/01/02 16:14)
[23] 第二十三話[陰陽師](2011/01/25 16:21)
[24] 第二十四話[陰陽師](2011/01/25 16:29)
[25] 第二十五話[陰陽師](2011/02/02 16:54)
[26] 第二十六話[陰陽師](2011/02/13 22:31)
[27] 第二十七話[陰陽師](2011/02/13 22:30)
[28] 第二十八話[陰陽師](2011/03/06 15:43)
[29] 第二十九話[陰陽師](2011/04/07 23:31)
[30] 第三十話[陰陽師](2011/04/07 23:30)
[31] 第三十一話[陰陽師](2011/06/22 14:56)
[32] 第三十二話[陰陽師](2011/06/29 23:00)
[33] 第三十三話[陰陽師](2011/07/03 23:51)
[34] 第三十四話[陰陽師](2011/07/10 14:19)
[35] 第三十五話[陰陽師](2011/10/09 23:53)
[36] 第三十六話[陰陽師](2011/12/22 21:15)
[37] 第三十七話[陰陽師](2011/12/22 22:27)
[38] 第三十八話[陰陽師](2012/03/01 20:06)
[39] 第三十九話[陰陽師](2013/12/17 22:27)
[40] 第四十話[陰陽師](2014/01/09 23:01)
[41] 第四十一話[陰陽師](2014/01/22 14:48)
[42] 第四十二話[陰陽師](2014/03/16 20:16)
[43] 第四十三話[陰陽師](2014/03/16 19:36)
[44] 第四十四話[陰陽師](2014/06/08 15:59)
[45] 第四十五話[陰陽師](2014/07/24 23:33)
[46] 第四十六話[陰陽師](2014/08/07 19:38)
[47] 第四十七話[陰陽師](2014/08/22 23:29)
[48] 第四十八話[陰陽師](2014/09/01 11:39)
[49] 第四十九話[陰陽師](2014/11/03 12:11)
[50] 第五十話(NEW)[陰陽師](2014/11/03 12:20)
[51] おまけ・小ネタ集(3/6日追加)[陰陽師](2011/03/16 15:27)
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[21189] 第四十話
Name: 陰陽師◆c99ced91 ID:e383b2ec 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/01/09 23:01

加倉島に流れ着いた記憶を失った少女。
彼女は自分の名前も過去も何も思い出せないでいた。自分が何者であるのかわからない恐怖。震えているのは海に落ち、海水で濡れ体温を奪われているからだけではないだろう。

「大丈夫だ、怖くないから」

煉は少女を落ち着かせるために優しく語りかける。見ず知らずの少女ではあるが、兄とは違い人として当然の優しさを持ち合わせている彼からしてみれば、不安に苛まれている少女を放っておくことなどできなかった。

「ありがとう。優しいのね。ええと……」
「煉。神凪煉って言うんだ」
「神凪、煉。カッコいい名前ね」
「あはは。名前負けしてるってよく言われるけど」

苦笑する煉に少女はそんなことないよと笑みをこぼす。

「ねえ、煉って呼んでいい?」
「別にかまわないよ」
「ありがとう、煉。私も名前教えられたらいいのに」
「無理に思い出すことはないよ。たぶん今はショックで思い出せないんだと思うよ。大丈夫だよ。すぐに思い出すから」

安心させるように言う煉に少女はだんだんと恐怖が安らいで行った。今まで以上に自然な笑みがこぼれる。

「うん。私も名前が思い出せたら、すぐに煉に言うね。そしたら名前で呼んで」

一瞬、ドキンと煉は心臓が跳ね上がった気がした。

「う、うん! わかったよ」

若干、顔を赤くしながら煉は少女に言う。後ろで朧がニヤニヤと笑っていたが、それを二人は見ることはなかった。

「ところで煉はここで何してたの?」

不意に少女は煉に尋ねた。この場合、どう答えるべきか。煉は返答に迷った。
炎術師としての修行のために来ているんだ、などとは言えるはずがない。

「ええと、友人の朧君とキャンプなんだよ」

と、曖昧に答えるしかない。その友人はなぜか、ほかに流されてきた人がいないか、物がないか探してくると先ほど一人で出かけて行った。
一人で危険ではないかと考えたが、煉はこの半年で彼の実力を知った。むろん、全力を煉に見せてはいない朧だったが、煉以上の実力者であると認識はさせていた。

「そうなんだ。ねえ、煉、見て。星がきれい」
「本当だね。南の島だから、よく見えるんだね」

東京などでは決して見ることができない光景だろう。さすがに手を伸ばせば手が届くとは言えないが、それでも美しい光景ではある。
少女は興奮しているのか、手を伸ばしている。伸ばして取れないねと苦笑したりもしているが。

八丈島の方では天候が悪いのに、こちらはそうでもないようだ。そんなに距離も離れていないのに、不思議なことだ。でも今回はそれは幸運だったのだろう。
二人は温めたお茶を飲みながら、色々な話をする。少女の記憶がないため、名前を呼ぶことはできないが、それでも普通と変わらない会話をすることができた。

話は主に煉の事。あとは暗くてよくわからないが、海を見ながら波の音に耳を傾けながら、潮の香りを楽しんだ。
夜が明けていれば、また違う光景が広がるのだが、それはまた明日の話だろう。

「不思議。さっきまで自分が誰だかわからなくて怖かったのに、煉と話してたら全然そんなの気にならなくなっちゃった」
「どうして?」

ふふっとどこか楽しそうに笑う少女に、煉は不思議そうに尋ねる。

「落ち着くって言うのかな。煉の優しさが伝わってくるって言うか。なんでだろう。わたしもよくわからない」
「うーん。信用してくれてるって思えばいいのかな? とにかく少しでも元気になってよかった」
「ありがとう。煉と一緒だったら、このまま記憶が戻らなくてもいいんじゃないかなって思っちゃいそう」
「それじゃあ僕は君の名前がわからないから、残念かな」
「あっ、それもそうね。ほんと、名前だけでも思い出せたらいいのに」

先ほどまでの雰囲気が消え、年相応の表情を浮かべる少女に、煉も笑みをこぼしながら、彼自身もこの時間が心地いいと感じていた。
何故だろうか。今まで女の子と話したことは幾度もあり、学校でもある女性から猛烈にアプローチをかけられたりもしていたりもするのだが。

(なんだろう。彼女の横にいると落ち着くのかな?)

煉としては活発な女性の代表の綾乃やクラスメイトである花音などが身近にいるため、少女のような落ち着いた女性とこのように長時間会話をするのが少なった。
落ち着いた物腰の女性としては、燎の付き人の美琴や分家の大神操のような人もいたが、煉とは若干年が離れていたため、あまり比較にはならない。

さらに本人は自覚していないだろうが、半年前の母親を失った事件以来、彼はがむしゃらに力を欲し、修行を行ってきた。
朧の登場で、少しは肩の力を抜き修行をこなせるようになったが、以前のような余裕はなくなっていた。

「ねえ、煉。わたし、自分の事は分からないから話せないけど、煉の話は聞ける。だからね、煉に色々教えて欲しいの」
「僕の話? あんまりおもしろい話は無いと思うけど」
「ううん。なんでもいいの。わたし、もっと煉とお話ししたい」

今、煉は少女を心配して話をしていたのだが、彼女の方も煉の事を知ろうと話を聞くと言う行為を行った。自らの思いを一方的ではなく、相手の事を考えながら。
その行為が、その気持ちが、煉の心を落ち着かせ、安心させたのだろう。
だからこそ、煉は今の時間が心地よかったのかもしれない。炎術師としての事、母の事は話せずとも、自分の事を誰かに聞いてもらう。
それは誰にとっても必要なことである。

深雪が亡きなって以来、このように自分の事を誰かに話したことはあっただろうか。朧には話したが、今ほどの心地よさはなかった。
男と女では何もかもが違う。それはこんなところにも表れてくるのかもしれない。
煉と少女は語り続ける。今と言う心地よい時間を共有しながら。




「なんだかのけ者扱いで、僕としては複雑だな」

朧は砂浜の見える森の入口の大きな木の上で、二人の様子を観察していた。視力、聴力を強化し、ばっちりと覗き見していた。
二人が知れば顔を真っ赤にして怒るだろうが、知られるようなヘマはしない。

「まあ煉も恋の一つや二つして大きくなればいいか。老子曰く、女を知らない男は大したことは無いらしいし、僕自身も色々経験したからね」

そう自分を納得させるが、どうにもおもちゃを取られたみたいで面白くない。
しかしここは大人として、煉を導く者としてわきまえなければならないだろう。これが恋に発展するかは知らないが、わざわざ邪魔をする気もない。手助けする気もあまりないが。

「あの子、変わっていると言うよりも普通じゃないな。気の流れが歪すぎる。まるで無理やり創られたみたいだ。体の中の気の塊が無かったら、人の形をした肉塊と言っても差し支えない」

先ほど観察した少女の体を思い出す。今は安定しているが、あんな歪な状態ではまともに行動できても数カ月が限界だろう。
彼女が何者か。どこから来たのか。何のために作られたのか。考えることは山ほどある。

「煉にとっては不幸かな。もしあの子に恋心でも抱こうものなら、つらいことになるだろうに」

母親に続き、好きな人まで失う。その衝撃はどれほどのものか。そうなる前にあの子と引きはがすかとも考えたが、朧はそれを頭の片隅から放り出す。

「やめておこう。そうなったらそうなったで僕が煉を慰めるまで。僕への依存が上がることになるかもしれないが、それは煉が決めること。僕は流れに身を任せ、彼に手を差し伸べてあげるだけ」

自分自身が謀ったことではない。成り行きでそうなったと煉にも、そして和麻にも述べる考えだった。
僕は悪くない。どこかの壊れた人間が言いそうなセリフだが、朧はもともとそう言った感性の人間だ。

「今回はそれを楽しみにしていようかな。けどこれはちょっとした嵐が来るかな」

二人を観察しつつ、周囲を探っていた朧は、この島の近くに何らかの魔術的な痕跡を見つけた。
おそらくは水を使った転移魔術の一種なのだろうが、かなりの長距離を移動したようだ。
状況から考えて、あの少女はこの近くの島や近くを通っていた船などから落ちたのではなく、あの転移魔術でこの島近海に現れ、流れ着いたと言う事だろう。

「術式からして、それなりの使い手かな。一流どころと考えるべきだろうけど、まともに戦えば僕どころか、煉にさえも大きく劣るだろう」

朧はもちろん、今の煉は一流の炎術師と言って差し支えない力量を有していた。まだまだ心技体、すべてを高いレベルでは習得していないが、そのたぐいまれない才能、この半年間の修練、朧との経験が彼を一流の術者へと成長させていた。

「あの子は地術師だから関係ないと考えるべきではないかな。この転移の魔術を使った相手とあの子がグルの可能性もあるしね。ああ、そうなったら煉は怒り狂うかな。記憶喪失も嘘だったり」

そうなったらそうなったで楽しいかなと中々に腹黒いことを考えている。まああの様子を見る限り、あの少女が嘘をついているようには見えない。何らかの魔術の影響で操作されている可能性も少ない。
気の流れを見れば、そう言ったことを察することも可能なのだ。特に朧クラスの実力者ならばなおさらだ。

「このキャンプも思った以上に楽しくなりそうだ」

まだ見ぬトラブルに思いを馳せながら、朧はニコニコと未だ楽しそうに会話を続ける二人を生暖かく見守るのだった。





「お姉さま! 無事だったんですね」

石蕗の屋敷で紅羽は半年ぶりに実の妹と再会を果たした。石蕗真由美。紅羽の実妹にして巌の寵愛を一身に受ける女性であった。

「ええ、久しぶりね、真由美。あなたも元気そうで何よりね」
嬉しそうに話す真由美に紅羽は内心、複雑な心境だった。五年前からの計画では真由美を殺すつもりでいた。
今も状況次第では儀式を発動させ、命の危険にさらさせようとはしているが、積極的に危険にさらさせるつもりはない。

(地脈の操作と魔獣の力を一時的に抑えることに成功さえすれば、和麻が寄越してくれる神凪の援軍で十分倒せる。封印し続けるだけではなく、一時的に力を抑えるだけなら、クローンで十分。だからあなたは死ぬ必要はない)

昔から一族の中で唯一自分を慕ってきた少女。恋しさ余って憎さ百倍とはよく言ったものだと、紅羽は思う。
しかしこの半年で若干の心に余裕ができたのか、以前ほど妹に対しての愛憎の感情も薄れていた。

老子と知り合い、和麻と知り合い、様々な体験をした。あの二人が自分を褒めるなどと言うことはしないが、ここの連中よりも何倍もマシであった。
決して親しみやすいとか親近感がわくとか落ち着けるとか、そんな感情は一切なかったが。

(それでも私を私としてみてくれたと言う点では感謝しなければならないかしら)

二人が聞いてもなんとも思わないかもしれないわねと、心の中でわずかに苦笑する。

「聞いたわ。あなたのクローンが行方不明なんですってね」
「……はい」

忌々しそうに呟く真由美。本人としては、自らの身代わりをしてくれる存在がいなくなったことにいら立っているのか、それとも自分自身のクローンにいら立っているのか。
とにかく一刻も早く探し出さなければならないと言う点では、紅羽も真由美も同じだった。
真由美は自らのため。紅羽も己のためだが、こちらの場合は魔獣を倒すための準備を行うためと言うことだ。

富士山の地脈の操作に魔獣を復活させつつ力を抑えるための工作。やらなければならないことは山ほどある。これらのことは当然石蕗に秘密裏に行わなければならない。
特に巌などに知られれば、反逆者として粛清の対象にされかねない。
いや、あの巌の事だ。実際に邪魔者の紅羽の排除を嬉々として行うだろう。

「真由美、そんな顔をしない。まだ時間はあるわ。大丈夫、私も帰ってきたのよ。それにあなたには勇士もいるでしょ?」

優しく諭すように語る紅羽にお姉さまと真由美は顔を上げる。どこか以前よりも優しくなっていると真由美は思いつつも、姉の力は知っている。その力は父であり最強の地術師と名高い石蕗巌と同格と言われている。
これに自分の従者の勇士もいれば、確かにこれ以上心強いことはない。

「ええ、そうね。お姉さま、私に力を貸してください」
「いいわ。でも真由美、いつかあなたも私が困っていたら、助けて頂戴ね」
「はい! 私にできる事なら!」

麗しい姉妹愛と言うべきものだろうか。かつての紅羽なら、空々しいと感じたかもしれないが、今は案外悪くないと思えてしまった。

「では行きましょう。もうすでにお父様は手を回しているのでしょうけど、私達も私達で行動しないといけないでしょうしね」

紅羽はそう言うと真由美を伴い石蕗の屋敷を後にする。
石蕗の屋敷の入口には一台のリムジンが鎮座していた。その後部座席のドアを持ち、頭を深く下げている一人の男。名を石蕗勇士。直系ではないにしても、石蕗の名を名乗ることを許されている実力者だった。

「じゃあ頼むわね、勇士」
「はい。紅羽様」
「早くしなさい、勇士。事態は一刻を争うのよ!」
「は、はい!」

真由美に一括され、さらに平伏する勇士。お嬢様と執事と言うよりはお嬢様と下僕だろう。紅羽としてみれば、一時期自分にも勇士のような人がいればと考えたこともあった。
たった一人でいい。本当の自分を理解してくれる人が、何があろうとも一緒にいてくれる人がいればと。
それを考えれば、和麻の隣にウィル子と言う少女がいるのが羨ましかった。

(無意味な感傷ね。今の私の目的は魔獣への復讐。それ以外に生きる意味などない)

意識を切り替える。やるべきこと、やらなければならないことはすでに決まっている。
何があろうともやり遂げるのだ。自分の人生を狂わせてくれた、あの富士の魔獣をこの手で討ち滅ぼす。

「ではまずは儀式の祭主の娘を探しましょう。もしその事故が何者かの襲撃によるものなら、荒事も十分考えられるわ。真由美、勇士、気を抜かないことね」
「はっ。お嬢様は必ず俺がお守りします」

忠義の言葉を口にする勇士に真由美は当然とばかりな顔をする。いささか不快に思いながらも、紅羽は期待しているわと短く返す。
車を出させ、リムジンの後部座席で報告書に目を通す。事故の現場。現在の捜索状況などだ。

(あとは特殊資料室かしら。以前から何度か面識はあったけど、あまり接点はなかったけど、今は猫の手でも借りたいところだし)

紅羽は巌の許可を得て、警視庁特殊資料室への協力を取り付けようとした。国内の国家機関の力を借りれれば、それだけ捜査は早くなる。
さらに紅羽は資料室が現在、神凪の旧下部組織である風牙衆を傘下に収め、その情報収集能力を爆発的に高めていることもすでに聞き及んでいた。

と言ってもすでに半年前には神凪が起こした大事件の顛末は国内外に広く知れ渡っていたため、今さらではあるが。
風牙衆は現在、その能力を遺憾なく発揮し、表と裏の両方の事件解決や情報収集に活躍していた。
直接的な戦闘能力はなくとも、表の事件捜査に対しても特殊資料室には依頼が多数舞い込み、すでに手いっぱいらしい。

これには室長の霧香もうれしい悲鳴を上げていた。まだ単独での退魔の実績はほとんどないが、それらの縁の下の力持ち的な役割が警視庁内部で評価され、予算もいままで以上に回ってきた。
さらに評判も待遇もかつてとは比べ物にならない程に高く、このまま退魔できなくても安泰じゃね? なんて一部の風牙衆は思っていたりする。
草葉の陰で兵衛をはじめ、流也もきっと喜んでいることだろう。
それはともかく、紅羽は何度か面識のある橘霧香に連絡を取ることにした。

「ええ、はい。お久しぶりです。何とか無事でした。ええ、色々と」

電話の相手である霧香は、行方不目になっていた紅羽から連絡があるとは思っても見なかったので、電話の向こうでいささか驚いていた。

『御無事で何よりです』
「ありがとうございます。ゆっくりとお話ししたいところです、こちらもあまり余裕はありません。大祭まで一月はありますが、もう一月と考えなければならない時期なので」
『はい。それは十分承知しております。今回の件はすでにこちら側でも巌氏から連絡を受け調査しております』

すでに一度連絡はしていたのか、話はすんなり通った。むろん、クローンの事など話してはいないだろう。おそらくクローンの事は大祭のための隠し子としているのだろう。
今まで離れて暮らさせていた直系の娘を石蕗の本家に呼ぼうとした際、事故が発生した。それだけなら巌は自分達で動いただろうが、その事故が襲撃のすえに起こった可能性が浮上したために、特殊資料室に連絡を入れたのだ。

(娘可愛さね。妖精郷を襲撃したのだから、そちら方面の可能性もある。でも絶対に真由美を生贄にさせるつもりはない。クローンが戻らなければ、真由美が祭主を務めるしかない。だからこそ焦って、ほかへの協力を要請した)

悪手、と言うほどでもないだろうが、いささか焦りすぎだ。時間が無いにしても、あとあと追及される可能性はあるだろう。
それでも富士山が噴火すれば日本は物理的にも経済的にも大被害を受ける。政府も石蕗に対して、何らかの制裁を取りたいではあろうが、それがもとで富士山の噴火を防げなければ自分達の首が飛ぶ。巌は綱渡りを行ったと言うことだ。

(まあいいわ。お父様がどう考えようが、石蕗の今後がどうなろうが。魔獣は絶対に滅ぼすのだから)

それはすでに決定事項である。

『風牙衆の方々にはすでに動いてもらっております。万が一、富士山が噴火しようものなら、その被害は想像を絶します。何者かのテロの可能性も考慮し、風牙衆には信用できる神凪宗家の人間もつけております』
「神凪の名は現在では凋落の一途でしょうけど」
『ご心配には及びません。申し上げたように、信用に値するものだけをつけております』
「わかりました。こちらも言い過ぎました。どうぞよろしくお願いいたします」

あと数点、事務的な会話を繰り返すと紅羽は電話を切った。

「と言うわけよ。資料室も動いているわ。国内にいれば、探し出すのはそう難しい事ではないわね」
「でもお姉さま、神凪など役に立つのかしら?」
「所詮は炎術師が最強と思っている愚か者ども。その末路はあれですからね」

真由美の言葉に勇士も馬鹿にしたように言う。現状、彼らのような意見が術者の世界において神凪を指す大多数のものだった。
おごり高ぶり、天狗になった馬鹿どもが勝手に転げ落ちた。そう言われても致し方ないだろう。

「でも役に立ってもらわないと困るわ」

逆に紅羽は二人とは正反対の意見を口にする。彼女だけは神凪の宗家の力を侮っていない。
と言うよりも神凪重悟と神凪厳馬の二人を、だが。
直接この二人を知らない術者は、名前だけが独り歩きした大したことのない炎術師と言う認識を現在持っているかもしれない。
しかし直接面識がない紅羽は、和麻からこう聞かされている。

『その二人だがな、一対一のガチンコで遣り合ったら、俺も無事じゃすまない』

和麻の強さ、恐ろしいさを知る紅羽だからこそよくわかる。負けるとは彼は言わなかったし、勝つ自信はあるのだろうが、無事ですまないと彼は言ったのだ。
あの三千年生きた吸血鬼をほとんど無傷で殺しつくした男が言った言葉。
あの男が誇張するとも嘘を言うとも思えない。それにそんな存在を援軍として寄越すとは思えない。

ゆえに事実。戦闘能力だけで言うならば、和麻クラス。
あの和麻が二人……。想像もできない。と言うよりも想像したくない。
和麻二人を相手にしろと言われたら、無理ですとはっきり言う自信がある。南の島での戦いは紅羽もそれなりのトラウマを貰っていた。

「とにかく今は神凪の事よりも探しものを探す方が先決。勇士、急ぎなさい」
「はっ!」

紅羽の命で車を急がせる勇士。最愛の人を守るために、彼もまた命を賭ける。





「なんで、あんたが一緒なわけ?」
「あら。わたくしがいなくてどうするのです? このわたくし、特殊資料室臨時戦闘部門員のキャサリン・マクドナルドが」

特殊資料室の一室で、二人の少女が話をしていた。
一人は神凪綾乃。もう一人はキャサリン・マクドナルド。

「そもそもあんたなんでまだいるのよ」

ぼやく綾乃は以前の事を思い出す。いきなり来日して炎雷覇を渡せと決闘を申し込んできた。
その後、キャサリンの操る炎の精霊を疑似的な使い魔のような状態にする精霊獣と言う術に苦戦を強いられたが、最後の最後で己の信念を出しつくすかのように、不完全ながらも神炎をもう一度出現させ力押しで勝つこととなった。

もし和麻がその光景を見ていれば、『力押しで勝てるって、ある意味ずるいよな』と言うだろう。
和麻自身、力押しで炎術師最強たる厳馬を追い込んだりしたのだから、人の事は言えないだろうが、ほかの炎術師の炎を燃やすと言うことをやってのけた綾乃を見れば、成長しているのは間違いないだろうと言うだろう。

だがそれをするなら、炎を縛っている呪だけを燃やした方が効率もいいし早いだろうにと感じるだろう。
とにかく、現在の綾乃はある意味でバトル漫画の主人公張りの成長をたどっている。つまり力押しのごり押しである。
それに伴い、重悟や厳馬から技術も伝授されてはいるが、それでも力押し感は否めないのだが。

「愚問ですわ。わたくしの目的は炎雷覇と最強の称号を手に入れる事。そのためならばどんな苦行も耐えましょう」
「だからってなんでうちの学校に留学してくるわけ!? しかも特殊資料室でバイトとか!」

そうなのだ。なぜかキャサリンは綾乃の通う聖凌高校に留学生として転校してきた。さらには特殊資料室にも外部協力者として一時的に協力していた。

「おほほほ。これもみな、わたくしの優秀さがなせる業ですわ」

口に手を当て、高笑いをするキャサリンだが、これは当然霧香が裏から手を回した。
あの決闘は霧香立会いの下だった。彼女としてもこれ以上面倒な火種は勘弁してほしかったので、綾乃に負けた時点でとっととアメリカに帰ってほしかった。
しかしキャサリンは納得いかないと食い下がった。今回はたまたまだと。炎雷覇と最強の称号を得るまでは帰るつもりはないと。

そんな無茶苦茶なと頭を悩ませる霧香。今回だけでもかなり面倒だったのに、このままだと余計に厄介なことになる。
ならば次善策を考えるしかない。下手に放っておいては危険。綾乃も綾乃で少しは堪えると言う事を覚えてきたが、挑発され過ぎればどうなるかわからない。

キャサリンも日本に残り修行すると言いだしたから、さあ大変。ただでさえ目立つ炎術師に精霊獣。外国人でしかも美少女と言う外見も相まって、大問題に発展すること受け売りだ。
さらにはエスカレートすれば綾乃とキャサリン個人的な対立に終わらず、神凪とマクドナルド家の対立にまで発展しかねない。

しかも向こうはアメリカでも新興ながらに名の通った名門。上流階級や政府に友人も多いと聞く。国際問題に発展しかねない。
頭が痛すぎる問題。本当に勘弁してよと、霧香はしばらくの間胃薬が手放せなかった。

悩み考えた末がキャサリンの留学と特殊資料室で修行を兼ねた短期間の研修だった。政府の方にも連絡を入れ、国際交流と言う名目で双方の若手の育成と情報伝達、ノウハウの構築と共有を目的とした新しい試みをすると言うことで話を通した。
キャサリンとしてもそれなりの待遇で受け入れられ、個人的に綾乃をライバル視していたため、この話に乗ってきた。綾乃よりも優秀だとこれを機会に全面的にアピールするつもりだった。

学園でも美少女転校生と言うことで話題を集め、今では綾乃と勢力を二分する人気者となっている。
ここにラブコメの主人公でも一人放り込めば、中々に面白い話になっていただろうが、あいにくと朴念仁の魔術とか魔法とかを使う同学年の男などいなかったため、そう言った面白おかしい話が出てくることはなかった。

学園でも資料室でもキャサリンは常に綾乃に張り合い、力を磨きながらも虎視眈々と炎雷覇と最強の称号を狙っている。
綾乃もそんなキャサリンに触発され、さらに力を上げようと努力しているのだから、中々にいい関係と言えなくもない。

ただし残念なことにその実力差は大きく、単純な真正面対決ではキャサリンが綾乃に勝つことはできないでいた。
これでキャサリンの戦術や戦略面でコーチする人間がいれば、彼女とて綾乃を追い詰めるができなくもないので残念ではあるのだが。

「ああ、はいはい。わかったわよ。それにしても橘警視も遅いわね」
「本当ですわね。もうかれこれ三十分も遅れていますわ」

ここで待っているように言われたものの、霧香は一向に来ない。何か事件があったらしいが、詳細は未だに回ってこない。
と、その時部屋の扉が開き、一人の女性とその後ろから大柄の男性が入ってきた。

「あれ、倉橋巡査部長と熊谷巡査じゃないの」

入ってきたのは特殊資料室所属の倉橋和泉と熊谷由貴。熊谷由貴は女みたいな名前だが、二メートル近いガタイの男である。性格は気弱で情けないが、優しい男ではある。

「ああ。橘警視は別の用事で来られなくなって、私たちが事情を説明することになった」

和泉は今何が起こっているかをわかりやすく二人に説明する。特に日本に対してあまり知識の少ないキャサリンには石蕗の事をはじめ、かなり詳しく説明しなければならなかったが。

「それでその祭主の子を探せってわけ?」
「ああ。だがまだ二人は動く必要はないそうだ。二人は万が一の時の切り札として温存すると言うのが、室長の考えだ」
「なるほど。さすがは橘室長ですわ。このわたくしの力をよくわかってますわ」

と述べるキャサリンだが

(この二人を出して、余計に事態をややこしくされたら困るからって言うのは、さすがに黙っとかなきゃならないよね)

と心の中で和泉は呟く。ただでさえ問題児の二人だ。綾乃は少しはましだが、キャサリンが絡むとろくなことにならないと言うのが、ここ最近の特殊資料室の総意だった。

「とにかく二人は待機していて、何か連絡が来れば対応してほしい」
「わかったわ」
「ええ。わかりましたわ」
「頼むぞ」

本当に心の底から和泉はそう思った。




「で、綾乃様とキャサリンさんは待機ですか」
「そうよ。燎君、美琴ちゃん。あなた達はその点は大丈夫だと思うからしっかり頼むわね」
「はあ、その善処します」
「頑張りましょう、燎様!」

霧香の運転する車の後部座席に座る二人の若い男女。神凪燎と風巻美琴。目下、資料室が若手で一番期待しているコンビだった。
燎は実力と言う点では綾乃よりも劣るが、総合的に見てそこまで見劣りしない。と言うよりも綾乃程直情的でなく、冷静な判断を下せると言う点が評価されている。

美琴も戦闘能力はさほど高くはないが、燎との相性は抜群であり、彼のサポートならば右に出る者はいない。さらに風巻の直系でもあるため、風術師としての能力も高く、若輩ながら現存する風牙衆の中でもトップクラスの能力だった。

「ほかの風牙衆はもうすでに動いてもらってるわ。と言っても、ほかの重要案件も多いから、全員を回せないのは辛いわね。でも幸い、あなた達がフリーでいてくれて助かったわ」

この二人なら、それなりの相手でも対応できる。少なくとも従来の資料室の面々の何倍も強いのだ。
それにこちらの言う事も素直に聞いてくれる。これが霧香にとってどれだけありがたい事か。

ぶっちゃけ、神凪は問題児が多すぎる。
分家も今までのプライドがあり扱いにくい。大神雅人はさすがは大人の対応をしてくれているので、本当に資料室に正式に所属してほしいくらいだ。
あとは正直、霧香としては困り果てる連中が大半だ。

(大神家は比較的まともなのが多いけど、トップがあれだとね。厳馬様はあれすぎるし)

厳馬は別段反抗するとか文句を言うとかはないのだが、自分にも他人にも厳しい男であり、ほかの有象無象の神凪に比べればまともなのだが、彼の纏う圧倒的な王者の風格に無意識に威圧されてしまう。

その点、この二人はなんて扱いやすく、接しやすい事か。本当に霧香の中では資料室の清涼剤である。高校を卒業したら、国家試験を受けて正式に資料室に入ってほしいと切に願う。
まあ美琴はすでに半分以上資料室の所属であり、国家試験にも前向きなため、燎もうまくすればそれで釣れる可能性は高い。青田買いねと内心霧香は思っていたりもする。

「今回の件、下手をすれば日本が一大事になる可能性が高い。それを阻止できるかどうかは、私たちにかかってると言っても過言ではないわ」
「でも、その祭主の女の子は……」

美琴は言いづらそうに言葉を紡ぐ。石蕗の儀式。その祭主は必ず命を落とす。
人柱としてこの日本の礎として、多くの命を守るために。美琴自身、父である兵衛に神凪の復讐のために生贄にされかけた経験がある。
その時は助けられたが、自分と似たような境遇でありながらも、その少女は助けることができない。だからこそ、美琴は言い淀んでしまう。
そんな彼女の心情を察したのか、燎は美琴の手を握り、安心させるように彼女の名前を呼ぶ。

「美琴ちゃん。あなたの言う事もわかるわ。でもこれは仕方がない事なの。もう三百年も続いてきたこと。もしその子がやらなくても、代わりの誰かがやらなければならない。もししなければ、もっと大勢の人間が被害に会う。それこそ何千、何万、それ以上の人が直接的、間接的に被害を受ける。いいえ、この日本と言う国そのものが倒れるかもしれない」

それほどまでに富士の噴火と言うのは危険なのだ。だからこそ、どんな犠牲を払ってでも阻止しなければならない。

「つらい気持ちはわかるわ。でも人は必ず何かを得るためには何かを犠牲にしなければならない。天秤にかけなければならない。まだあなた達には理解できないでしょうし、納得もできないでしょうけど、それは分かって頂戴」
「……はい」

納得できないが、納得するしかない。美琴も燎も、霧香でさえも世の中の理不尽を嘆く。
だがその裏で、そんな理不尽に反逆しようとする人間がいることを彼女たちはまだ知らない。



あとがき
一年と九か月近く放置したのに、なんか続きが出てくる不思議。
人間っておかしいですね。あの空白期間はなんだったのか。
ただこの勢いがどこまで続くのか不明。半ばノリと勢いで書いてるので、またガクッと下がる可能性は大。
あまり更新速度に期待しないでください。もう半ばわけわからないテンションで書いてますので





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