「いつまでも子供みたいなこと言ってないで、さっさと行きませんか?」
呆れるウィル子に促されながら、三人はそれもそうだと自分の意見をおさめる。
「さて、つうわけだ。綾乃、さっさと宗主に炎雷覇を渡せ」
容赦のない和麻の言葉に、綾乃は反論しようとするが、何も言えなかった。父である重悟もそれを望んでいるようだった。厳馬も反論しない。
神凪一族以外が使うのならば問題にもなるだろうが、かつての継承者にして、一族最強と謳われた重悟がその手にするのならば、誰も問題にしない。
片足が失われていた時ならばともかく、元通りになっているのならば確かに重悟が持つ方が何倍もいいだろう。
だが頭で理解していても、感情は納得しない。自分は炎雷覇の継承者で次期宗主なのだ。自分だって、猫の手などではない。何か手伝える。
「自分も手伝うとか、余計なことは考えなくてもいいぞ」
言う前に和麻はさらに綾乃に向けて言い放った。
「宗主と親父とお前との実力差はよく理解してるはずだ。その上、炎雷覇まで返上したお前がどこまで役に立つ? 確かにお前は術者の中では強い部類だろうが、今度の相手には役に立たない」
「綾乃。今回は私達に任せなさい。お前はまだ若い。こういうのは大人の仕事だ」
「かつても似たような相手を私と宗主で倒している。富士の魔獣とて倒せない相手ではない」
「懐かしいな。あれは私が炎雷覇を継承してしばらくの時か」
「もう何十年も前の話になるな」
懐かしむように語る二人にウィル子は呆れ顔である。
「あの噂って、本当だったのですね、マスター」
「そうみたいだな。けどお前、この二人係で、しかも片方は炎雷覇もちで多分全盛期前後だろ? そりゃあそれくらいはやるだろう」
「マスターでも相手にしたくないでしょうね」
「前から言ってるだろ。やりたくないって。相手に同情しちまうかもな」
重悟と厳馬の会話を横で聞きながら、和麻とウィル子はひそひそと話をする。
「綾乃。お前自身、納得はいかないかもしれんが、今は緊急なのだ。万が一も起こってはいかん。この国の危機を見過ごすわけにもいかぬし、これは神凪としての責務であり義務でもある」
「……わかってる。でも、あたしだって!」
「綾乃よ。お前のその自分自身による怒りと悔しさを大切にしなさい。それがお前をさらに強くする」
重悟は綾乃の頭を優しくなでる。綾乃は今まで耐えていた感情を掃出し、涙を流した。
「強くなりなさい。お前にはその可能性がある」
重悟の言葉に綾乃は強く頷く。決意する。絶対に強くなると。
「お父様。炎雷覇をお返しします」
自らの中から炎雷覇を取出し、重悟に手渡す。瞬間、炎の精霊が、炎雷覇が歓喜した。
膨大な炎が炎雷覇からあふれ出し、周囲を赤く染める。だがそのすべてを重悟は完全に制御しきった。周囲を燃やし尽くすことも、綾乃や和麻達に何らかの影響を与えることもしない。
「さすがだな、宗主。ただ持っただけでこの反応とは」
「なに。私もずいぶんと久方ぶりに炎雷覇を握ったので、力が入ってしまったようだ」
和麻の言葉に苦笑いする重悟だが、綾乃はただ驚愕に目を見開く。炎雷覇を継承した時、綾乃も同じような現象を起こした。
しかし炎術師である綾乃は理解していた。あの時よりもさらに強い反応だった。力も内包するエネルギーも、まるで違う。
(これがお父様の力……)
四年前、十二歳の時まで見ていた父の力。その時もその強さを理解しているつもりだった。
だがあれからさらに成長し、強くなったことで、綾乃は自分と重悟との差をさらに理解する。同じ炎術師だからこそだ。
(遠い。遠すぎる……)
強くなったと思ったが、だからこそ綾乃は感じ取ることができるのだ。自分と重悟と厳馬との力の差に。
「さてと。そろそろ本当に時間もないからいくか。綾乃は……」
「お父様、お願いがあります」
和麻が綾乃を置いていこうと言う前に、彼女は父である重悟にあることを申し出た。
「私も連れて行ってください」
「おい、お前話聞いてたか? お前じゃものの役にも立たないって」
「聞いてたし、お父様が炎雷覇を持ったことで十分に理解したわよ。だからこそ見たいの。お父様が戦う所を。私との差を、この目で」
今度は和麻を見ながら懇願する。
「絶対に邪魔はしない。京都みたいに飛び出さない。約束する。だから」
「約束してもお前の場合、その時の感情で動きかねないからな」
「失礼ね! これでもこの半年で感情の制御は前以上にできるようになったわよ」
「そうか? 俺にはあんまり変わりなく見えるけど」
ちらりと重悟を見ると、彼も苦笑している。目線でどうすると尋ねると、お前に任せると返してきた。
和麻は俺に丸投げかよと思わなくもなかったが、ここでの決定権は和麻にあるのだ。その和麻が否と言えばそれまでなのだが。
「お前、本当に何もしないな? 見てるだけだな?」
「ええ」
「いや、もうフラグはいらないので勘弁ですよ、マスター」
後ろの方でウィル子がまた厄介ごとがと喚いている。和麻もその意見には同意する。
しかし……。
「まあいい。俺の隣で大人しくしてるってのなら、連れて行ってやる」
和麻の言葉に綾乃は表情を和らげ、ウィル子は驚愕した。なんでわざわざそんな役にも立たない奴を連れて行くのかと後ろの方で抗議したそうにしている。
「別に大人しくしてるって言うならいいだろ。こいつが飛び出すようなら俺がこいつの手足をはねる。宗主もそれでいいな?」
いきなり物騒なことを語りだした。だがそれは誇張でも冗談でもなく、本気の発言だった。
ゲホウの時は殺す選択肢はなかった。と言うよりも死体でも食われればゲホウの栄養になるのだ。それこそ消滅させでもしない限り意味などない。
今回の場合はその前提がない。和麻にしてみればここで宗主に言質を取っておけば後は知らない。
「……かまわん。和麻にすべて任せよう。私は綾乃に何かあっても、お前に対して一切文句も言わなければ責任も追及しない。たとえ綾乃が死のうとも」
重悟の言葉に今度は綾乃が驚愕の表情を浮かべる。
「綾乃よ。自らの発言と行動には責任を持つことも覚えよ。もし今回、前回同様無謀な行動を取るなら、もはや私は擁護はせん。その結果、和麻により命を奪われようともな」
まるで突き放すような重悟の言葉に綾乃は数旬、言葉を無くすが「はい」と短く返した。
「よし。ではお客さんを連れて富士山に物見遊山としゃれ込むか」
和麻は全員をヘリに搭乗させ、そのまま基地を後にする。数時間後、富士山において、この国の未来を左右する戦いが起こることを予想しながら。
夢幻宮と呼ばれる異界に設置された神殿で、ラーンは魔獣とのリンクを続けていた。
作業は順調で、本来彼一人では到底手に入れることができない程の膨大な力が、彼の制御下へと置かれ始めている。
「あなたの目的は魔獣の力を手に入れる事なのかしら?」
拘束され、魔獣の力を抑え、また吸収するために利用されている紅羽は、何とか意識を保ちながらラーンへと問いかけた。
何とか時間を稼ぎ、この状況を打破する。もしくはラーンに魔獣の力を制御する時間を引き延ばす。
「ふむ。会話をしながらでは作業共立は遅くなるが、協力してくれているそなたに答えるのもやぶさかではないか」
「協力? 利用の間違いでしょ? それに私と真由美はともかく、そのクローンの子はあまりやりすぎるとすぐに壊れるわ」
「確かに。このクローンは確かに面白いが、ホムンクルスにも劣り、完成度も高くない。無理やりつぎはぎされた人形にも等しい。できればゆっくり研究したいところではあるが、魔獣の方が優先度は高い。まあ心配しなくとも、あと一日は持たせよう。無理をすれば数時間もしないうちに壊れそうだが」
淡々と語るラーンに、紅羽は唇をかむ。抵抗したいが、何もできない。魔獣の力をこちら側に引き寄せ、その力を持ってこの戒めを解く。
そう紅羽は考えたが、ラーンはそれを見透かしてた。あくまで紅羽は魔獣を抑えるために、地術師としての力を使い、魔獣を抑える目的に使われた。ラーンとそして真由美がその力を流し込まれている。
さらに厄介なことに、ほかの力はこの夢幻宮に存在する精霊を狂わせるために利用されている。すでにこの空間内の精霊はことごとく狂わされ、狂騒状態であった。
「君たちのおかげで魔獣の力は手に入り、その力利用し龍はよみがえる。この国の言葉にこういうのがあったかな。棚から牡丹餅、一石二鳥と。まさにこのことだろう」
「魔獣に続き、原初の力の塊である龍の封印まで解き、その力を我が物にしようと言うわけね」
「正確には少し違う。当初は魔獣と龍を解き放つだけが目的だった」
「なっ!? あなた、正気なの? そんなものが二つも解き放たれたら……」
「どちらも神話級の存在だ。そなたも知ってのすでにこの世界にはそのような存在はほとんど存在しない。消え去ったか、あるいはこの世界とは違う異界へとその身を移した。それをこちらの世界に顕現させるのは、恐ろしく難しい。私がこの龍を見つけたのは偶然だったが、このような存在はほかにはほとんど残ってはいまい」
この科学が発達した時代、神話の中に存在する存在はことごとく消え去った。人が信仰心を薄れさせ、魔法に変わり科学が世界を席巻しだした。人々の意識の中から異能への畏怖と恐怖が薄れ、あるいは忘れ去られた。
人が科学と言う力で魔法を再現し始め、魔法の価値は著しく低下した。
それに合わせ、神話の神々や生物もこの世界から姿を消し始め、ほとんどが異界へと移り住んだ。天界や地獄、あるいは幻想世界と呼ばれる世界。
境界が生まれ、彼らはかつてほどこの世界と自由に行き来することができなくなった。
この世界に残るのは、その世界に行けなかったもの、はみ出したもの、途中の過程で発生したものなどである。
龍は前者、魔獣は後者である。
「それらが解き放たれる。面白いとは思わないかね? 何が起こるか、予想もできない。未知への期待こそ、人生において最高の潤いではないかね?」
「魔術師にしても最低な考え方ね。まだ力を渇望する方が理解できるわ」
「むろん、魔術師としての力と知識の渇望も忘れてはいないがね」
「こんなことをしでかして、ただで済むと思っているのかしら?」
「私を誰かが殺すのかね? あいにくだがそれは難しい。今の、この力を手に入れた私ではね。それに現在世界に名だたる魔術師だった者達の大半はここ一年ほどで消え失せ、この国最大の炎術師の一族である神凪も没落した。石蕗は現状、何も手は打てない。さて、この状況で誰が私をどうにかできる?」
余裕の笑みを浮かべ、彼は紅羽に言う。彼の言う魔術師とはアルマゲストの事だった。彼はアルマゲストの構成員ではなかったが、その思考は彼と同じと言って過言ではなかった。
「あまり舐めていると、痛い目を見るわよ」
「ふむ。それは楽しみにしていよう。だが……」
「!?」
直後、紅羽は頭上から巨大な力の波動を感じた。見上げるとまさに龍としか表現できない巨大な存在がいた。
「あれが、龍」
「ああいう姿だが、実際は原初の力の塊だ。魔獣とどちらが強いのか、比べてみるのも面白いかもしれんな」
「日本の一県くらいなら、ものの数時間で更地になりそうね」
「そうであろうな。それほどの力だ。だが私の目的はここから」
なにかを言いかけたラーンだったが、途中で言葉を止め、作業をしていた手も動きを止めた。
「これは面白い。この夢幻宮にお客人とは」
(まさか……)
紅羽の脳裏に浮かんだのはあの男。最強の風術師にして自分の兄弟子。八神和麻。彼ならば、この空間に侵入するのも不可能ではない。
「まさか神凪の若君か。囚われの姫の救出にでも来たのかな」
空中に水の塊が現れ、ゆっくりと映像が映し出されていく。そこにはこの夢幻宮の中を歩く二人の少年の姿だった。
神凪煉と李朧月。
「ちょうどいい。この力を試すのもよい相手だ。力を得てパワーアップした我が精霊獣の力、見せてくれよう」
どろりと黒い塊が地面にしたたり落ち、形を変えていく。大きなワニのような姿。古代エジプトのワニの神、アーマーンをモチーフにした精霊獣。
それが十二体も出現した。
「さすがだ。数も増え、その力も大幅に上がっている。単純な命令しかできぬが、それでもそれなりに楽しめよう」
さあいくがいい。
短く言い放つと、アーマーンは闇の中へと消えていく。戦いは始まった。
「さあ、ついたよ、煉」
「ありがとう、朧君」
煉は周囲を見渡す。奇妙な空間だった。妙にやわらかく暖かい壁や床。あちこちに細かく装飾は施されている。まるで巨大な鱗のよう……。
否、間違いなく鱗だった。それは龍の鱗に他ならない。
「ここは……」
「やはり異界だね。あの空間転移の後を追ってきて見れば、まさかこんなところに出るなんてね」
「ごめん。僕が無理を言ったばかりに」
「いやいや。煉は気にしなくていい。僕も空間を操るのは苦手じゃないし、あの後すぐだったから、追うのも難しくはなかった」
にっこりとほほ笑む朧に、煉はもう一度ありがとうと答える。
(待ってて。今、助けに行くから)
グッと煉は拳を握る。
事の始まりは数時間前。煉が少女との語らいを終え、朝食を取ろうとしていた時、突然の襲撃を受けた。水の妖魔が多数出現したのだ。
あとで聞いたことだが朧曰く、水を使った空間転移だったそうだ。奇襲を受けた煉だったが、少女を守るように彼女の前に立ち、炎を使った。少女は驚いた顔をしたが、事情の説明は後回しにして、襲撃者を撃退した。
妖魔自体はそこそこの強さだったが、今の煉が相手では分が悪すぎた。複数で襲い掛かってきても、難なく撃退することができた。
煉は少女の己の素性を説明した。自分は炎を操る炎術師の一族の宗家の人間だと。
もしかすれば怖がられるかもしれない。嫌われるかもしれないと煉はその時思った。戦う時以上に、怖かった。
だが少女は煉に助けてくれたことに対して礼を述べた後、すごく綺麗だったと煉の炎に感動していた。
よかったと煉が思ったのもつかの間。一瞬の隙を突かれ、少女は攫われた。水が少女の足元に広がり、黒い渦のようなものを作り出し、少女を飲み込んだ。
手を伸ばした時にはすでに遅かった。炎を召喚しても、何もできない。
「僕は、なんて無力なんだ!」
どんと地面を叩き、怒り任せに炎を召喚してしまう始末。追おうにも、炎術師である煉にはどうすることもできなかった。
しかしここで救いの手を差し伸べたのが朧だった。
「今なら僕の力で空間を操作して道を辿れる」
仙術の応用で、それが可能とのことだった。それを聞いた煉は即座に朧に願い出た。
朧としてはこのままでは煉は悪い方向に進んでしまう。少女が死ぬのは確定だが、このまま攫われ、煉が知らないところで朽ち果てるのではあまりに意味がない。
悶々としたまま、煉は己の無力を嘆き、さらには連れ去られたことでいらぬ罪悪感まで抱えることになってしまう。
(それではだめだ。それだと煉は僕の望む方向には進まない)
朧はただ煉を見守るだけに終始する。彼の望むことを否定はしない。強制もしなければ矯正もしない。ただ手を差し伸べるだけ……。
だからこそ、彼女にはまだ消えてもらうわけにはいかないのだ。
「少しだけ時間をくれないかい。安定した道を作るには少しだけ時間が言るから」
「わかった。お願い、朧君」
「ああ。任せて欲しい」
こうして煉は少女の救出のために、夢幻宮へと乗り込んだ。
「ところで、煉。炎術は使えるのかな?」
「うん。ここには炎の精霊も多いみたい。でもおかしいんだ。精霊が狂っているような変な感じがする。炎の精霊はまだ大丈夫みたいだけど、何だかおかしい」
「そうなのかい。とにかく気を抜かないことだ。ここはもう、向こうのテリトリーなんだから。おや、さっそく出迎えだよ」
朧が言うと、彼らの周囲にラーンが放ったアーマーンが出現した。
「朧君。ここは僕がやる。さっき道を作ってくれたんだ。ここからは僕が戦うよ」
「じゃあ任せるよ、煉。くれぐれも油断しないように」
コクリと頷くと煉は黄金の炎をたりあがらせる。金色の光が周囲を照らし、あたりを染め上げる。
「行くよ」
炎が敵へと襲い掛かった。
「!?」
水を通して、様子をうかがっていたラーンは、驚愕に目を見開いた。
「ば、バカな」
映像の向こう側で、アーマーン達は煉に向かい襲い掛かった。ラーンの予想では、それなりに善戦はするものの、力を増した精霊獣の前に敗北すると考えていた。
いかに神凪宗家の人間であろうとも、高々十二歳の少年には荷が重すぎると思ったのだ。
「我がアーマーンを三分も経たずに全滅させただと!?」
しかも画面の向こうの煉はどこまでも余裕だった。息も乱れてはいない。まるで何事もなかったかのように、アーマーンを倒した後、仲間と一緒に歩き出した。
「神凪宗家。よもやこれほどとは……」
「どうやら、あなたの認識が甘かったようね」
「……。ああ、認めよう。それも必要だ」
ラーンはあっさりと紅羽の言葉を認めた。だがそれだけだ。ラーンは自分が負けるとは思ってもいなかった。
「しかし彼はここにはたどり着けない。この夢幻宮は現在、我が力により迷宮のように歪んでいる。炎術師には絶対にここまでたどり着くことができない」
確かに煉一人ならばそうだっただろう。ただし現在、彼の横には李朧月と言う男がいた。彼もこの世界において、非常識な人間の一人だった。
その彼がほくそ笑んでいる意味を、ラーンはまだ知らない。
「それに片方の準備は終えた。魔獣はすでに我が制御下だ」
「っ! そんなまさか!」
「そなたの疑問も尤もだが、見せてあげよう! 魔獣・是怨の力を!」
宣言すると同時に、現実世界の富士山を中心に巨大な地震が発生した。だが噴火はしない。そのエネルギーはすべて魔獣へと吸収されていた。
地震は魔獣が動き出した合図に過ぎない。それはまず、地脈を通って富士山内部から移動を開始した。動きやすい場所がいい。
ラーンが魔獣を地脈を使って移動させたのは自衛隊が演習を行う、東富士演習場だった。全長は優に百メートルは超える。岩で作り上げられたような巨体。現存の生物で言えばカメに近いが、凶悪さはその何十倍だ。口には鋭利な牙が幾重にも生え、巨大なしっぽまである。怪獣と形容するのが妥当だろう。
キシャァァァァァ!!!!
カメのような外見でありながら、それは咆哮を上げた。天を突くような巨大な声は、周囲の大気を揺らし、地面を一歩でも進めば、巨大な地響きを引き起こした。
「さあ、ショーを始めよう」
巨大な口に膨大な力が収束していく。直後、不可視の一撃が口内より放たれ、一筋の道を形成していく。
優に数百メートルはあろう道が作り出された。
進路上にあったものは、爆発も炎上もせずただ押しつぶされるかのように消滅していく。
重力波砲。SFものによくある攻撃手段ではあるが、実際にやられると防ぎようはほとんどない。
「ふむ。中々だな。さすがは富士の魔獣と言ったところか」
(ただの一撃こんな威力。本当にこんな化け物に正面から勝てるの!?)
その力に改めて恐怖した紅羽。和麻の力も非常識だが、やはり富士の魔獣と言うのは人間がどうあがこうとも勝てない存在ではないのかと感じさせられてしまう。
「この国の軍隊でも出てくれば面白い物が見れそうなのだが、まだ出てきてはくれないだろうな」
少し残念そうに言うラーン。この男は自衛隊と魔獣をぶつけようと言うのか。だが魔獣は無限の再生能力がある。通常兵器ではどうやっても魔獣を倒すことはできない。
「さて。待っているのも暇だからな。次の段階に移行させてもらおう」
「次の段階。お前は何をしようと……うっ、ああぁぁぁ!」
「残念ながらおしゃべりの時間は終わりだ。次はいよいよ龍とのリンクに入るのでね。そなたにはしばらく魔獣と龍から流れてくる力の逆流を受け止めていてもらおう。ああ、それで抵抗しない方がいい。その力は大きすぎる。一つの力だけならばともかく、二つ同時には力の流れを受けねばならんのだ。それを制御するなど無理な話だ」
ラーンの言うとおり、制御を試みようとした紅羽だが、あまりの力の流れに制御どころの話ではなかった。正気を保つので精一杯であった。
「こちらはこれで良し。次は神凪の若君だが。残念だが、ここから出て行ってもらおう。囚われのお姫様を救出する役目は、残念ながらお預けだ」
そう言うと術を行使し、煉をこの空間から排除しようと試みる。
「むっ」
だがそれはできなかった。
モニターを眺めると、煉の隣の朧が何らかの術を行使しようだ。手に何かを持ち、こちらの術を阻害している。
「空間への干渉だと? これは魔術ではない。まさか仙術?」
魔術以外に空間への干渉は仙術や陰陽術など一部の術に限られてくる。今の力の増したラーンの術に干渉するなど、あの少年も只者ではない。
「この空間に来れたのも、あの少年の力か。神凪の若君と言い、侮れないと言うわけか。良いだろう」
ラーンは現在、生成でき、制御できる最大の精霊獣を作り出す。数は四十七。これが一斉に襲い掛かれば、それなりの時間は稼げるだろう。
「迷宮と精霊獣の足止めの時間を使い、龍の制御をおこなう。そして……」
ローブの中でニヤリとほくそ笑む。魔獣と龍。二つの力を制御して彼はあることを実行しようとしていた。
それは……。
「っ!?」
だがそれを制御できるように術を行使しようとした瞬間、彼はモニターの中に映る朧がこちらを見てニヤリと笑ったのを見た。
『見つけた』
彼は小さくそうつぶやいた。
『煉、見つけたよ。こちらを見ていてくれたおかげで、ようやく道を固定できた』
くるりと体ごとこちらに向けながら、彼は体から力を放出する。
『さあ、行こうか、煉。彼女の下へ』
『うん!』
言葉と同時にモニターの水がはじけ飛び、そこに窓のようなものが作り出される。空間をつなげる宝貝だ。
ラーンは見る。そこから出現する黄金の炎を纏った少年を。だが直接対峙して理解した。それは少年と言うが、明らかにその力は少年の物ではない。
今までに感じた中でも上位に入る部類の圧倒的な力。
(これが神凪一族宗家!)
力を得たはずのラーンは、知らず知らずのうちに汗を流す。
煉は周囲を見渡す。そこには触手に絡め取られ、グッタリとしている少女の姿があった。
ほかにも二人の女性が捕えられていた。彼女たちの顔はいずれも憔悴し、微かに苦悶の表情を浮かべていた。
直後、煉の中に激しい怒りが煉から湧き上がる。
「その子を、放せ!」
黄金の炎が立ち上り、周囲を染め上げ、悪しきものを焼き尽くさんと唸りを上げる。
(まずい! このままでは中途半端なリンクしか残らない! それにあれに刺激を与えれば!)
黄金の炎は触手を飲み込んだ。少女や真由美、紅羽ごと。
(怒りに任せて、煉は暴走したのかな)
そんな光景を朧はどこまでも落ち着いた笑みを浮かべながら見守っていた。神凪宗家の炎に包まれれば、それこそ骨すらも燃やし尽くしてしまう。
そんな炎の直撃を受ければ、人間などどうなってしまうのか。
(いや、これは……)
だがそれは杞憂だった。なぜなら、彼の炎が焼いたのは、彼らをからめ取っていた触手のみだったからだ。
標的以外は燃やさない。高位の炎術師にのみ許された物理法則を無視する炎。煉はそれを習得したのだ。
(いつの間にこんなことを。僕の知る限りでは、それはまだ煉にはできないはずだ。まさかここに来てそれを習得した?)
そんなバカなと朧は思う。成長速度が速すぎる。それではきっかけさえあれば、煉は術者としての壁を簡単に乗り越えられると言うことではないか。
知らず知らずのうちに朧の口元がさらに吊り上る。
(面白い、面白いよ、煉! やっぱり君は最高だ!)
内心で狂喜乱舞しながら、朧は煉を見る。その煉は触手の戒めを逃れた少女の下に駆け寄り、その体を抱きとめていた。
「しっかり! 大丈夫!?」
少女の体をゆする煉。名前を呼びたかったが、彼女の名前をまだ知らない。それがとてつもなく悔しかった。
「う、うう……れ、ん?」
まだ意識が朦朧としているのか、少女は少し途切れながらも煉の名前を呼んだ。
「うん。僕だ、煉だよ。よかった。本当によかった」
喜び、涙を流しそうになるのを堪えながら、煉は少女の体を自分の方に抱き寄せる。
状況は理解していないものの、自分が何か煉を悲しませてしまったと思ったのだろう。そっと少女も煉の背中に手を回し、優しく抱きしめる。
「大丈夫だよ、煉。私はここにいるから」
笑いあい二人だが、それはまだ終わりではなく始まりだった。
魔術師ラーンはまだ生きている。そして……。
(我が計画、ここに成就せり!)
彼の計画が最終段階を迎える。
ゴゴゴゴゴと神殿全体が揺れだした。
「な、なんだ!?」
「ふははははは! 少々遅かったようだな、神凪の若君よ。君が彼女たちを解放した時はどうなるかと冷や汗をかいたが、我が望みは叶った! 見よ!」
ラーンが指差した先には、巨大な生物が蠢いていた。
「あれって、龍!?」
「正確に言えば、あれは原初から存在する力の塊。あの姿もかりそめ、いや、あれを封じた人間達が思い描いたものが固定化されたものだ。それを言うならば、富士の魔獣も同じだろう」
「富士の魔獣? あなたは何を言って……」
「説明してあげたいが、時間もない。邪魔をされても困るのでね。その眼で見ると言い。富士の魔獣と龍の力が……一つになるところを!」
直後、光が神殿を包み込んだ。
現実世界でも変化が起こる。富士の演習場で動きを止めていた是怨もまた光に包まれた。
膨大な力がこの世と異界の壁を突き破り、そして共鳴し合った。
「な、なんだ!?」
その光景をヘリから確認していた和麻達も驚きの声を上げていた。
「おい、何が起こってる!?」
「わ、わかりません! 突然富士の魔獣が東富士演習場に出現したと思ったら、なにか大きな力が!」
誰も何が起こっているのか理解できない。ただ一人、ラーンを除いては。
「さあ、一つになれ、原初の力とこの国の最大の力よ! 私にその結末を見せてくれ!」
ラーンが宣言すると彼の姿が消え去った。同時に龍の姿も夢幻宮から消えた。
そして富士演習場の是怨もまたその姿を消した……。
だがそれは嵐の前の静けさ。それは恐怖ととともに、彼らの前に姿を現した。
不気味に光り輝く巨大な何かが富士山上空に出現した。
ラーンの望み。それは魔獣と龍の融合だった。生まれるは二つの力を合わせた化け物。
新たな恐怖の化身が、今、出現する。