仕事を終えた翌日、実に一週間ぶりのオフを貰った卂。といっても卂自身これと言った趣味が無いので、帰って寝る位しかやる事が無いのだが。
だがやはり久しぶりのオフだからか、いつもの陰鬱な雰囲気は無く、普段よりは若干軽い足取りで寮へと向かっていた。
「おや、卂さんじゃないですか。超久しぶりですね」
「ん?」
独特の口調で話しかけられた卂は自分の脳内に有る人物リストから該当する人物を探し出す。といっても卂自体知り合いが多いとは言えないのですぐに見つかったのだが。
「ああ、絹旗か」
「私の事超分からなかったんですか?」
「少しな」
「そこら辺はもう少しオブラートに超包んでから言った方がいいですよ」
「以後気をつけよう」
卂は少女、絹旗最愛《きぬはた さいあい》の特徴的な口調を前にしても眉一つ動かす事も無く簡素な返答で答える。
「相変わらず超表情を変えずに超短い返答だけですか。台詞、原稿用紙一枚いきますか?」
「・・・・・・何の話だ?」
「いえ、超特に意味は無いですが」
「そうか」
そこで会話が途切れる。この男は会話を途切れさせるのが特技なのだろうか?
「にしても、まだそのロングコートを超着ているんですか。超暑くないんですか?」
「慣れたからな」
「そうですか。やはり卂さんは超卂さんですね」
二人で並びながら歩く。その内卂が多くなり始めた通行人を鬱陶しく感じたのか、急に方向を変え、いかにもスキルアウトの屯していそうな路地裏へと入っていった。当然、絹旗もそれに付いて行く。
「こういう所に居ると、卂さんに会った時の事を思い出しますね」
「確かに、な」
あれは、卂が学園都市に来て半年ほどした頃、未だに科学最先端のこの街に慣れず、道に迷っていた時に道を聞こうと声をかけたのが絹旗だった。
「すまん、道を聞きたいのだが」
「ええ、超良いですよ」
少し変な言葉遣いだな、と思いながらも口には出さず目的地を言う。
「ああ、ここなら超知ってます。ここ行くのにはちょっとした超裏道があるんですよ」
「そうなのか?」
「超そうなんです。良い機会ですから、超特別に道を教えてあげます」
「忝い」
こっちです、と言う絹旗の後ろに付いて行く。
が、学園都市のどこかに居る某不幸旗男の不幸にいつの間にか感染したのか、偶々通りかかった時に三十人程のスキルアウトの集団に出くわし、案の定因縁を吹っ掛けられた。
「おいおい、まさかマジモンのロリコン様ですかぁ?」
「マジキショいな」
「ていうか援交だったらさぁ、そのガキに払う金俺らに渡してくんねぇかな?そっちの方が金も喜ぶでしょ」
「お前良い事言ったな」
大声を上げて笑うスキルアウトの集団を見て絹旗はうんざりした。せっかくのオフで前から気になっていたB級映画を見ていつも通り超つまんなかったですねー。あれは最早C級でしたね、とか思いながら歩いていたら見知らぬ人が道を尋ねてきて気分もいいから裏道も教えてあげますか、等と思って親切心で道案内をしていたら御覧の通りである。
“まったく、超慣れない事をしたからですかね。こういうトラブルは超私のキャラじゃありませんよ”
レベル4の絹旗にとってはレベル0が何人集まっても大した脅威にはならない。このまま好き勝手言われるのも超癪ですし、二、三人位見せしめにボコせばいいですよね、等と考えているとスキルアウト達もいつまでも特に反応しない二人に不信感と苛立ちを感じ、二人を囲むような位置に移動していた。
“こいつら、結構慣れているようですね”
絹旗も構え、いつ来ても迎え撃てるようにする。だが突如予想外の所から声が掛かった。
「俺の首に掴まれ」
先ほど道を尋ねてきた男だった。
「・・・・・・この状況で一体何を言い出しますか。それともこのドサンピン共が言うように超ロリコンなんですか?」
「そうじゃない。俺一人ならこの場の全員を沈めるのは簡単だが、お前が人質にでも取られるとこちらも動き辛くなる。だから俺の首に掴まって俺がお前を抱えた方が動きやすいからそうして欲しいだけだ」
「それは私が超役立たずの超足手まといと言う事を暗に言っているんですか?」
「そうじゃない。子供が闘っている姿を見るのが好きじゃないだけだ」
そう言うや否や即座に絹旗を左手で抱える。一方右手には一刀の倭刀が持たれている。ここに来てからも常に竹刀袋に入れて持ち歩いていた愛刀を絹旗を抱える前に抜いていたのだ。
その倭刀を見てか、スキルアウト達は一瞬怯む。何せこんな所で正真正銘、本物の刀を使用する人間が居るのだ。まさしく異常である。
「ちょっと、超放して下さい!超いらないお世話です!」
「いいから掴まっていろ」
有無を言わせぬ男の迫力に気圧された絹旗は渋々男の言う事を聞く。
「こんの野郎、舐めんじゃねえ!!」
一人の男、恐らくリーダー格の男が叫ぶと同時に他のスキルアウトの面々も各々の武器を取りだしていく。中には拳銃を持っている者もいた。
そんな中、絹旗を左手で抱えた男はそれらの武器に動じることなく悠然とした態度で臨んでいた。
「やれ!」
リーダーが指示を出す。それと同時に飛びかかってくるスキルアウト達。けれども男は飛びかかってくるスキルアウト達の位置を確認し、絹旗の腰を強く抱き、後ろに避けずに逆に突っ込んで行った。
まずはスタンロッドを持ったスキルアウトの足を払い、態勢を崩した瞬間に峰による一閃を脇腹に食らわせ、気絶させる。
次にスタンガンを持って突撃してきたスキルアウトをスタンガンを危うげに躱し、スタンガンを突きだした時の伸びきった態勢になった瞬間を見計らい、顎を柄頭で殴り、気絶させる。
その後男は次々に来るスキルアウト達の攻撃を時に躱し、欺き、払い、確実に急所へとカウンターを入れていく。
だがスキルアウト達も味方がやられる度に新たなる増援を呼び、味方が倒される度に交代だ、とばかりに出てきて、人数が増えていく。だがそんな中でも男は絹旗を左手で抱えながら闘っていた。自分は無数の傷を負って、血を流しているというのに、絹旗は掠り傷一つ無い。それは一重に男が絹旗に攻撃が当たらない様に配慮しているだけなのだが。
そして四時間近くにも及ぶ闘いが終わった時には、軽く百人はいるであろう気絶したスキルアウト達がいた。
一方、男と絹旗は先ほどスキルアウト達と交戦していた所からは離れた路地裏を走っていた。ちなみに絹旗は未だ抱えられたままである。
「ここまで来たらもう大丈夫でしょう。いい加減おろして下さい」
「ああ、すまない」
そこでやっと男は絹旗を地に下ろす。
「まったく、一体超なんですか、あれは。超異常ですよ、異常。どうやればあれだけの時間を逃走しながら闘い続けられるんですか。まさか未だに出てきていないレベル5の第六位ですか、あなたは」
「いや、生憎俺はレベル0の無能力者だ」
「はぁ?なんなんですか、その冗談。超笑えませんよ」
当然だろう。絹旗自身、いくらレベル4といえど、あれだけの人数を前にしたらどうなっていたか、考えるまでも無かった。いくら能力者とはいえ、無限に能力を使い続けられる訳じゃない。故に、能力者にとって一対多数の長期戦は能力の強弱問わずで不利と言える。
「超能力では無かったら一体何だって言うんですか?」
「武術なのだが」
「武術ゥ?」
眉を顰め、疑わしげな顔を男に向ける。
「あれだけの人数を倒していて武術とか、B級映画の超見過ぎなんじゃないんですか?」
「碌にテレビすら見たとこが無いのだが・・・・」
「とにかく!武術だけであれだけの人数を倒すなど超あり得ません!超詳しい説明を超要求します!」
「わかった。だから胸倉を掴まないでくれ」
胸倉を掴んでいる絹旗の手を解きながら徐《おもむろ》に説明を始める。
「武術の体系は大まかに分けて、二つ。膂力、瞬発力を鍛え上げ、型と技法を磨くことに終始する『外家拳法』。呼吸や血流を律することで、経絡を巡る「氣」を鍛え駆使する『内家拳法』。この二つの内、俺が習得したのは『内家拳法』だな」
「成程成程、それなら超納得、出来る訳ありますかー!」
ガーッ、と両腕を上げながら威嚇(?)を男にする絹旗。ハッキリ言って、全然怖くない。
「超なんですか、氣って!今時深夜にやってる超怪しげな通販でも氣がどうのなんて言いませんよ!超胡散臭すぎるでしょう!間違い無く超B級映画的な何かでしょう!設定的に!だがそれがいい!」
もはや捲し立ての域にまで達していた。言いたい事を一通り言い終えたのか、息を切らせながら少しずつ自分をクールダウンさせていく絹旗。
「落ち着いたか?」
「ええ、まあ」
というか原因はあなたの様な気が・・・・、と今さら気付いた絹旗は少し納得できないからか、もやもやしたものが胸の奥から込み上げてきたが、取り敢えず今は心の隅に置いておく事にした。
「で、あなたはその氣っていうのを超証明する方法はあるのですか?」
「一応、あるにはあるが・・・・」
男はそこで言い淀む。何か氣という非科学的なものを証明できない理由でもあるのだろうか?と絹旗は考える。
“まさか、人目があるから出来ないとかいう昔いた超エセ超能力者と同じことを言うんじゃないんでしょうね”
だとしたら先ほどの男の動きが説明できない。今まで色々な裏の仕事を受けてきた絹旗でも、男の動きはおかしな点がいくつもあった。単なる身体能力上昇系能力者では言い表せない様な動き、そして何より振った事を認識できない、正確には気付いたら振り終わっている、なのだが、それでもただ剣速が速いでは説明できない剣筋。長時間に及ぶ戦闘をしても息を乱すどころか汗一つ搔いていないスタミナと何回か攻撃が掠り、当たりもしたが、それを物ともしないタフネスさ。
科学や超能力で説明できない、無数の不可解な点を鑑みるに、氣というのも案外あるのでは、と絹旗は考え始めた。
「なら超聞き方を変えましょう。証明する方法に何か問題があるのですか?」
「・・・・・・・・ああ。俺が氣を証明するとなると、少なくとも内臓にダメージがいき、最悪吐血くらいは覚悟しなくてはならなくなる。氣を証明するにしては、少々荷が勝ちすぎる」
吐血や内臓にダメージがいくと聞いて息を吞む。だとしたら今の男の内臓はボロボロの瀕死状態であり、今ここで話しているだけでいつ倒れてもおかしくない事になる。
「そ、それは超大丈夫なのですか?」
「ん?今は内臓にダメージはいっていない。ある特定の業を使った時にだけそうなるだけだ。それ以外は氣を使ってダメージを受ける事は無い」
「そ、そうですか。流石に一瞬超焦りましたよ」
「言い方が悪かったな。すまない」
今まで無表情だった男の顔が一瞬申し訳なさそうな表情になったが、すぐに先ほどと同じ無表情になった。
「ま、いいです。氣がどうとかもうそんな事は超どうでもよくなりました」
「そうか」
「なので帰らしてもらいます。それでは」
「ああ。悪かったな。色々と」
「いえ。最終的に私も助かったので超特に気にしないでください」
最後に縁があればまた、と言って二人は逆の方向に歩いて行った。二人共ももう二度と会う事は無いだろう、と思っていた。
しかし本当に縁があったのか、その後二人は事あるごとに街中で出会うようになった。何度目かの邂逅の時、絹旗が映画に行こう、と誘い男はそれに応じた。その時になって初めて絹旗は男の名前を知らない事に気付いた。といっても男も絹旗の名前を知らないのだが。
「超今更ですが、あなた、名前はなんて言うんですか?」
「俺か?俺は、卂。卂瞬仭だ」
そして男、卂は最後に
「人呼んで―『紫電掌』だ」
と付け加えた。
おまけ
映画館にて
「え!?卂さんて十五歳だったんですか!?」
「俺を一体何歳だと思っていたんだ」
実年齢を知ってショックを受けた絹旗の図。
おまけ2
上映中にて
「いいですか?こういうのが超A級映画なんですよ」
「成程。そうなのか」
間違った知識を植え付けられた卂の図。