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No.21592の一覧
[0] 機動戦士ガンダムOO-Fresh verdure【再構成】[段ボール](2010/09/20 21:41)
[1] 第一話『変革の序曲』[段ボール](2010/08/31 00:38)
[2] 第二話「キスを頂戴」[段ボール](2010/08/31 23:13)
[3] 第三話『片翼の鳥』[段ボール](2010/09/01 21:29)
[4] 第四話「愛のままに我侭に僕は君だけを傷つけない 太陽が凍り付いても君だけは消えないで」[段ボール](2010/09/02 22:26)
[5] 第五話「蒼のエーテル」[段ボール](2010/09/05 17:36)
[6] 第六話「イゾラド」[段ボール](2010/09/12 14:48)
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[21592] 第二話「キスを頂戴」
Name: 段ボール◆c88bfaa6 ID:7dbd514e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/31 23:13
 スローネチーム壊滅より五日後。
 ソレスタルビーイングガンダム運用艦"プトレマイオス"
 通称"トレミー"メインブリッジ。


「全く理解し難い…あのスローネのマイスターを"保護"してトレミーに連れ帰るなど。
刹那・F・セイエイ。君は本当にどうかしている」


 普段は静かなトレミーのブリッジで、腕を組み壁際にもたれかかったティエリア・
アーデが殺気さえ含んだ視線を刹那に向け、苛立たしげに怒声を放った。


「すまない…」


 ティエリアの叱責にも刹那は甘んじて受けるつもりなのか、視線を伏せ素直に謝罪
の言葉を述べた。
 ティエリアは、刹那の殊勝な態度に鼻白みはしなかったものの、出鼻を挫かれたの
か、怒りを堪えるように眼鏡を光らせ鼻息を荒くする。
 常に冷静沈着で思慮深いイメージを携えているティエリアだが、その身に秘めてい
る激情は他のガンダムマイスターにひけを取らない。
 深層の令嬢とはいかなくとも、学校の図書室で静かに読書に勤しむと言った様子が
ぴったりと当てはまるティエリアだが、一度感情の枷が外れてしまえば、激情に任せ
言葉も選ばずに激昂してしまう癖がある。
 ヴェーダとのリンクが途絶し、一時は自己のアイデンティティを失いかけたティエ
リアだが、仲間達の強力を得て、現在は苛烈な決意を胸に戦っている。
 そんな矢先に敵の一人を理由も言えず、犬猫のように拾ってこれば、ティエリアで
無くとも憤りの一つや二つ抱えるだろう、


「だが、擬似太陽炉の件もある。ネーナ・トリニティをあのまま放置しておけば、俺
達の情報が外部に漏洩する恐れがある。捨てて置けなかった」
「…屁理屈だ」


 刹那の言葉に、やはり納得がいかないのか、ティエリアは、憮然とした態度のまま
隣に控えた長身の青年、ロックオン・ストラトスに無言のまま同意を求めた。


「まっ、確かにな。ペットを拾って来るとは訳が違うしな」


 何も不機嫌なのは、しかめっ面のまま刹那を睨むティエリアだけでは無い。
 大声こそ張り上げていないが、アレルヤ・ハプティズムも物言いたげな表情で刹那
を静かに見つめている。
 ブリッジクルーである操舵手のリヒテンダールは、我が身に火の粉が降りかからぬ
よう、肩を潜め、静かに聞き耳を立てる事に没頭していたが、陽気な彼はブリッジに
充満する"張り詰めた"空気がお気に召さないようだ。
 今後の方針を決める大事は話をしているのは分かっているが、ジョークの一つでも
飛ばして淀んだ空気を吹き飛ばした気分にかられる。
 刹那達は、この針の筵のような刺々しい雰囲気をどうして我慢出来るのか、リヒテ
ンダールには理解出来ず、顔を引きつらせながら、漆黒の宇宙に目を向け現実逃避に
余念が無かった。
 そして、隠すまでも無く、ロックオンもティエリアに勝るとも劣らず不機嫌だった。
 ロックオンは、刹那を睨みこそしないものの、何度か溜息と髪を苛立たしげにかき
あげ、憂鬱気な表情のまま刹那から視線を逸らしている。
 ロックオンも刹那の言い分の全てが間違っているとは思えない。
 彼らは快楽殺人者ではなく、戦争根絶の為に無数の命を奪ってきたが悪戯に命を散
らした事は決して無かった、と信じていた。
 しかし、チームトリニティは武力による戦争根絶を目指すソレスタルビーイングの
一員で有りながら、民間人が集まるパーティ会場を襲撃し何人もの犠牲者を生んだ。
 ロックオンは、そんな人間を自分達の本拠地に招き入れた刹那の正気を最初こそ疑
ったが、自分達も「同じ穴の狢か」と諦めに似た溜息を漏らした。
 チームトリニティと自分達は別の存在だと、自己陶酔のように思い込むが、力を失
い丸裸同然の少女をその場に残して、姿を消すのもまた人道に反する行為だ。
 命を賭けて世界と戦っているからこそ、ロックオン自身が偽善だと理解していても
譲ってはいけない最低限の人としての良心は持ち合わせていたかった。


「で、刹那。どうすんだよ、あのお嬢様を」
「…分からない」
「分からないってお前な…あぁもぅ!」


 刹那にどう反応仕返せば良いのか分からず判断を一旦保留したロックオンは、爆発
寸前のティエリアを羽交い絞めして押さえつけ、ティエリアの口を塞ぎ、罵声と怒声
の感謝祭を間一髪で遮ったアレルヤに内心拍手を送った。


「…刹那。ネーナ・トリニティはどう?」


 一触即発の危険な空気が漂うブリッジで、指揮官席に座り、今迄沈黙を守り続けて
いたスメラギ・李・ノリエガが今日初めて口を開いた。


「肉体的な健康状態に問題は無い。今はフェルト達が面倒を見ている」
「おいおい大丈夫なのかよ」


 ネーナ・トリニティがマイスターであるならば、生身でもそれ相応の戦闘能力を秘
めているはずだ。
 内勤組のフェルトとクリスティナでは、もしもの時に対応出来ないばかりか、彼女
達の身に危険が及ぶ恐れがある。


「心配は無い。ラッセを護衛に付けた。何かあればすぐに警報が鳴る」
「そう言う問題じゃないんだよ、刹那。俺が言ってるのは」
「ネーナ・トリニティは曲りなりにも"家族"を失っている。暫くは強引な手段に出な
い、はずだ」


 声を荒立てる意見するロックオンの胸を刹那の重い感情が抉った。
 鉛のように重苦しい重圧は"家族"と言う単語の勢いを得て、ロックオンの深く柔ら
かい心に無遠慮に突き刺さる。


「刹那、お前!何言って…クソ!」


 我知らずと何かに突き動かされるように声を張り上げていたロックオンは、苦々し
い表情のまま刹那から視線を切った。


「悪党に家族愛かよ…やるせねぇよ」


 両親をテロで失ったからこそ、ロックオンは刹那の言い分を認める事が出来なかっ
た。
 自分達の家族を殺した同族が、自分と同じ悲しみを抱いている。
 ロックオンは、たったそれだけの本当に当たり前の感情が許容出来ず、ネーナ・ト
リニティの存在を肯定出来ずに居る自分自信がが酷く滑稽でちっぽけな存在感じてし
まう。
 そして、そんなネーナを肯定出来ない人物が、ロックオンの他にも居た。 


「そう、分かったわ。それでスローネは?」
「イアンが修理中だ」


 坐して語らず、黙して語らずのスタンスを貫きスメラギだったが、本当はトレミー
クルーの誰よりも刹那の行動に憤っていた。
 荒い雑感を覆い隠すようにスメラギは、手元の端末を操作し、刹那が"拾ってきた"
スローネのデータを検証し始める。
 戦術予報士に必要な素養は、戦術シミュレーションの戦績でもなければ、無数のデ
ータを解析し有効活用する処理能力でも無い。
 事実"だけ"を認め、最適な戦術を最速で取捨選択する、氷のように冷たく鉄のよう
に硬い精神だ。
 "敵"に感情移入してしまえば、事実は客観性を失い、戦局は主観と偶然が支配する
神の手に委ねられてしまう。
 自己の感情を極限まで封印し、不確定要素が渦巻く戦場のノイズを事実のみよって
殲滅する。
 それが戦術予報士の仕事であり役目だ。
 そんな職業を生業としている彼女だからこそ、スメラギは刹那に「精神的には?」
と敢えて聞かなかった。
 聞いてしまえば、スメラギの心の中でネーナの悲しみを肯定し、彼女の悲しみを知
る"人"である事を認めてしまうかも知れない。
 スメラギの胸には、未だ埋める事の出来ない光量子の一欠けらも届かない巨大な暗
黒の空洞が穿たれている。
 笑いながら人を無慈悲に殺す彼女が人を"失う悲しみ"を知っている。
 大切な人を失う耐え難い喪失感は筆舌に尽くし難く、もう二度味わいたくない。
 誰にも味合わせたく無いが故にスメラギはCBの誘いを受けたのだ。
 ネーナの存在を肯定する。
 世界の歪みを肯定する事は、彼女の信念と覚悟を根こそぎ奪って行きかねない危険
な存在だった。


「装甲の破損が酷いがプラン通り浮き砲台として使うならば、問題はないと言ってい
る」


 メインモニターが格納庫へと切り替わり、MS用の固定台に収容されたスローネに
整備用ハロが無数に群がり溶接の光を上げている。
 スローネもCB製MSの技術系統の流れを組むのか、装甲の組成成分はガンダムに
使用されているEカーボンに酷似している。
 ガンダムの予備資材を使えば、応急修理程度ならば十分に可能だった。


「概ねこちらの想定通りか…使えそうね」
「スメラギさん、まさか」


 スメラギの言葉にアレルヤがギョッとして目を見開く。アレルヤの耳が正常ならば
、スメラギはドライを実戦投入すると言っているのだ。
 敵の鹵獲兵器を使う事は戦場では良くある事だ。
 だが、アレルヤ達はソレスタルビーイングだ。
 ガンダムによる戦争根絶を目指す彼らにとって御印以外のMS使用は禁忌に反する
行為だ。


「国連軍が擬似とは言え太陽炉搭載型MSを投入して来た以上…こちらも戦力の増強
を図る必要があるわ」
「でも、あれは!」
「アレルヤ…貴方も見たでしょ国連軍の新型…GN-Xを」
「それは…」


 スメラギの強い意志にアレルヤは語尾を濁した。
 特徴的なX型のテールバインダーと四つの赤いカメラアイ。
 赤いGN粒子を身に纏った国連軍の新型MSは、従来のMSとは一線を画す性能を
秘め、CBのガンダムに勝るとも劣らぬ性能を持っている。
 それに加え各国のエース級のMS乗り達が完璧な統制の元に戦闘を仕掛けてくるの
だ。
 多勢に無勢に加え、皮肉にもガンダムの存在によって一つになり始めた世界に対し
て、マイスター達の迷いは計り知れない。
 性能差や実力差と言った字面以上に深刻な彼我戦力差が現在のCBと国連軍との間
には大きな壁として聳え立っている。


「力が…足りないのよ。私達には」


 スメラギの苛立ちと断腸の思いを込めた言葉にアレルヤは唇を噛み締め押し黙る。


「イアン、修理状況は?」
『おお、いきなりだな』


 メインモニターには、CBが誇る総合整備士のイアン・ヴァスティが大写しになる。
 整備用ハロと共に工具と端末を広げ、スローネのコクピットに座り込んだイアンは、
電装系の調整に余念が無いようだ。


『時間が無い。作業しながらで失礼するぞ』
「問題無いわ」
『助かる。同じガンダムタイプと言えど、スローネとガンダムじゃ基本が違うからな
整備にはちょいと時間がかかるだろうな』
「どのくらいで出来るかしら」
『どのみち部品が圧倒的に不足してる。トレミーの資材じゃ完全稼働には程遠いが、
スメラギさんのプラン通り、浮き砲台として使うのなら、あと二、三時間時間程度で
終るなこりゃ。でも、ここの設備じゃガンダムの生体認、バイオメトリクスまでは突
破出来ん。浮き砲台って言っても、腕部の信号を一時的にジャックする極めて強引な
手段だ。どんな不具合が出るのか予想も出来ん。背負うリスクは高いぞこりゃ』
「急増仕上げだもの。贅沢は言えないわ。スローネは使えればいいわ。それで肝心の
動力源の確保はどうなってるかしら?」
『トレミーには擬似太陽炉を運用出来る設備が無いからな。スローネには試作品のG
Nコンデンサを使う。稼動限界も有線でトレミーの動力炉と連結すれば飛躍的に伸び
るはずだ』
「いいわ、引き続き作業を続けて頂戴」
『了解だ。吉報を待っててくれ』


 イアンからの通信が途絶えると同時に、スメラギは戸惑いすら孕んだ重苦しい吐息
を吐き出した。


「でも、スメラギさん。パイロットは誰が」


 何かを振り切るようにイアンに向け、盲目的に報告を促すスメラギにアレルヤは違
和感を覚えた。
 普段の冷静なスメラギでは無い。
 止めなければと考える一方で、GN-Xの性能を目の当たりにしたアレルヤにはス
メラギのプランを否定する具体的な解決案が考え付かない。
 国連軍、しいては世界中から包囲網を引かれつつあるCBに手段を選んでいる暇は
無いのだろう。
 アレルヤは段々と小さくなる語尾の中で、脳内に設けられた空白の脳量子言語野か
ら「無様だな」とハレルヤの声が聞こえたような気がした。


「俺が出来ればいいんだけどな」


 エアロックが開く音と共に野太い声がブリッジに響き渡る。


「俺はGNアームズの操縦役が待ってる。まぁ普通はこいつらに頼むしかないだろう
な」


 ラッセの肩から赤色のハロが滑り落ち「マカセロ、マカセロ」と根拠など欠片も見
つからない自信満々の合成音で軽快に話し出す。
 赤ハロの後ろから「ズルイゾ、ズルイゾ」と色取り取りのハロ達が溢れ、あまりに
騒がしい様子にうんざりとしたラッセが、赤ハロを除いたハロ達を静かにブリッジ外
に蹴りだした。


「ネーナ・トリニティ」


 ラッセとハロ達の"アタタカイ"交流を他所に、ブリッジに入ってきたネーナに刹那
は目を丸くした。
 ラッセの後ろに控えたクリスティナが何とも言えない表情でマイスターの面々を見
回す中、フェルトだけが、スメラギの前に飛び出たネーナを静かに見つめていた。


「責任者に合わせなきゃ…舌噛み切るって聞かなくてな」
「アンタが…ここの責任者かしら」


 ネーナにとって敵地のど真ん中だと言うのに、高圧的とも取れる態度を崩さない彼
女にラッセは心底嘆息し、そんなラッセをネーナは一睨みして黙らせる。
 スローネチームの制服である特徴的な白いインナーウェアに身を包んだネーナは、
低重力空間を軽やかに移動し、スメラギの前に蝶のように静かに降り立った。
 身体的な外傷は認められないが、ネーナの両腕には無骨な手錠がかけられ、首は暴
徒鎮圧用の探触子が当てられている様子は痛々しい。
 第三者から見れば、可憐な少女に理不尽な仕打ちをしかけるスメラギ達こそが悪人
に見えるだろう。


「個人的には趣味じゃねぇんだけどな。規則だ」
「誰も責めてやしないわよ」
「ネーナ・トリニティ」
「改めてお礼を言わせて貰うわ、刹那・F・セイエイ」
 
 決まりが悪そうに顔を背けるラッセにネーナは呆れたように呟き、刹那ににこやか
に微笑む。
 ネーナも花も恥じらう満面の笑顔に刹那は無意識に一歩後ろに下がってしまう。
 治療ポットから出ても誰とも目を合わせずにまともに口も聞かなかったネーナが、
可憐な微笑みを浮かべればたじろぎもするだろう。
 刹那は天使のようなネーナの笑顔に、何処か薄ら寒い物を覚え顔を顰めた。


「俺はお前に礼を言われるような事はしていない」
「助けてくれたじゃない」
「偶然だ」
「優~しい。でも、あんたの言う偶然のお陰で私は生き延びたの」
 
 ネーナは微笑みを絶やす事無く、手錠で繋がれたままの手で刹那に握手を求める。
 無条件で差し伸べられた手に、刹那は戸惑い、差し出された手を微動だにしないま
ま見つめる。
 この手を取る事は、どう言った意味があるのか。
 考えれば考える程、頭の中で無数の答えが生まれては消えていく。
 彼女が自分に何を望んでいるのか理解出来ず、答えを保留した刹那はやや憮然とし
た様子のまま、渋々とネーナの手を取った。
 ネーナは、自分の言う事を"素直"に聞いた刹那に気を良くしたのか、もう一度だけ
微笑を返す。
 しかし、スメラギに振り返った時には、笑顔は消え去り、鋭い眼つきと凄惨とも言
える笑みを浮かべていた。


「国連軍の中にアリー・アル・サーシェスの姿があるんですってね。ミハ兄のツヴ
ァイも」


 サーシェスとツヴァイの単語の各々が表情を強張らせるなか、ネーナだけが泰然と
した態度を崩さず、逃げる事は許さないとばかりにスメラギに詰め寄る。
 国連軍にスローネ・ツヴァイが合流した情報は、暗号通信では情報漏洩の恐れがあ
るからと、宇宙に上がる寸前にエージェントから刹那に直接口頭で伝えられた完全な
極秘情報のはずだ。 
 ブリッジクルーは当然知っているだろうが、"保護"されたネーナが知るわけも無い。
 少なくとも刹那はネーナに喋っていない。
 刹那の予想が正しければ、口を滑らせたのは恐らくクリスティナの方だろう。
 やはり、刹那の予感通り、クリスティナはラッセの後ろに身を隠し、「ごめん」と
平謝りを繰り返している。


「単刀直入に言うわ。私にガンダムを一機頂戴。そこで惚けてる腑抜けのマイスター
達よりも、もっと巧くガンダムを操縦してあげるわ」
「貴様!私達を何処まで愚弄すれば気がすむ!」
「黙ってろティエリア。話が進まない」


 今度こそ完全に堪忍袋の尾が切れた、むしろ爆砕し粉々に砕け散ったのだろう。
 白く曇った眼鏡から怒りの波動が撒き散らされ、華奢な割りに強い膂力にロックオ
ンとアレルヤは、ティエリアを必死で押さえ込む。


「スローネがお前達のバイオメトリクスに反応するように、俺達のガンダムは俺達に
しか動かせない」
「そんな事知ってるわ。でも寄越しなさい。理屈じゃないのよ」
「無茶を言う。例え出来たとしても、俺達は自分のガンダムを渡すつもりは無い」


 刹那の言葉にマイスター達が無言で頷く。
 誰しもが引くに引けない目的を持っている。
 戦争根絶の裏に隠れた個人の自我<エゴ>が、マイスター達に戦う力を与え、今日
まで生き残らせてきたのだ。
 彼らの目的の為にはガンダムは必要不可欠な要素であり、寄越せと言われて「はい、
そうですね」と素直に言う事を聞くマイスターはこの場に居ない。


「そう言うと思ったわ」


 ありきたりな対応には興味は無いのか、刹那から目を背け、ネーナは嘲るような視
線をスメラギに向けた。


「だから、私に直談判しに来たってわけ」
「ご明察。話が早くて助かるわ」
「最近の娘は礼儀を知らないわね。こう言うときは菓子折り持ってご機嫌伺いから入
るのがセオリーよ」
「私ピッチピチのナウでヤングだから、礼儀分かんないの。ごめんねオバサン。言葉
使いもこれで良い?」
「お、おばさ、ん」


 年齢層を揶揄したような言葉使いよりも、おばさんとストレートに指摘された事の
方が腹に据えかねたのだろう。
 スメラギの冷静な表情が崩れ去り、罅割れた心の殻の隙間から激情家の顔が鎌首を
もたげ始める。
 両者の間に紫電が飛び交い、狭いブリッジには重苦しくも派手な火花が舞い散った。
 帯電する大気は、触れれば黒コゲになりかねない危険性を帯びており、女と女の譲
れないプライド同士のぶつかり合いには流石のティエリアも顔を引きつらせ後ずさら
せた。


「刹那。あなたトンでもない"お荷物"拾ってきたわね」
「す、すまない。善処する」


 スメラギが刹那をジロリと睨みつけると、背中に寒気が走り、居心地の悪さからか
刹那はロックオンに無言で助けを求めた。
 こんな状況を作った刹那をロックオンが簡単に助けてくれるわけも無く「諦めろ」
と目線のみで促し、刹那はガクリと肩を落とした。


「お荷物かどうか、実力も見ずに決めるの?」
「次から次へと減らず口を。貴女はなんでそんなにガンダムに拘るの。貴女はスロー
ネのパイロットじゃないの」
「勝てないからよ。私のドライじゃツヴァイに勝てない。ううん、正確に言えば、ア
リー・アル・サーシェスの駆るスローネ・ツヴァイには逆立ちしたって勝てない」


 ドライではアリー・アル・サーシェスに勝てない。
 ネーナの淡々と告げる言葉にはなんの感情も乗せられておらず、また浮かんでもこ
ない。
 淡々と事実だけを見つめた割り切り過ぎた思考は、戦術予報士の視点から見てもい
っそ潔いとさえ感じる。
 勝てないから次策を練り策の為に奔走する。
 一度疑い出すとネーナの挑発的な態度ですら、こちらから情報を引き出す為の方便
に聞こえてくるから不思議だ。
 最も高圧的な性格はネーナの"地"であり、スメラギの買い被りに過ぎなかったのだ
が。


「ガンダムならそれが出来るって言うの?貴女も良く知ってるだろうけど、スローネ
とガンダムの基本性能は殆ど変わらないわよ。攻撃性と特殊性ならスローネの方が秀
でてるくらい、ガンダムに貴女の言う優位性があるとは思えないけど」
「あるわ…あの赤い鎧なら…、アリー・アル・サーシェスに勝てる」
「赤い鎧…トランザムシステムの方なわけね」


 機体に蓄えられた高濃度圧縮粒子を全面開放する事により、一時的にスペックの三
倍相当の出力を得る、純粋太陽炉搭載型の最大の切り札。
 太陽炉がオーバーロードした濃緑色のGN粒子は、緑から赤く変質し、粒子励起状
態にあるGN粒子は通常の物と比べ密度も濃度も段違いに濃く強い。
 赤い鎧とは言い得て妙だが、遠目から見ればガンダムが赤い高濃度粒子を纏ったガ
ンダムは、確かに鎧を纏っているようにも見える。


「名前まで知らないわ。でも、ボロ負けしてた刹那が、赤い鎧を纏ったらツヴァイを
圧倒してた。あんな機能はスローネにはないもの。赤い鎧は純粋太陽炉にのみ与えら
れたイオリア・シュヘンベルグの置き土産ってとこかしら。あれなら。あの力ならあ
いつに勝てるわ」
「だから、ガンダムが欲しいと…力の為に」
「そうよ。私は力が欲しいの。誰にも負けない。誰にも屈しない絶対的な力が欲しい
の。もう奪われない為に…」


 手錠で繋がれた両手が怒りで青白く鬱血する。
 確かにトランザムシステムがあれば、刹那達を何度も窮地に追い込んだサーシェス
と互角以上の戦いが出来るだろう。
 しかし、トランザムシステムは爆発的な性能を得られる反面、システムが活動限界
を迎えると粒子を再圧縮するまで、機体の運動性が極端に低下する。
 一対一の決闘ならば、スメラギも使うのを止めない。
 しかし、サーシェス一人倒した所で後ろに控える二十機以上のGN-Xに嬲り殺し
にされるのがオチだ。
 スローネ。ドライは戦闘支援、索敵や情報解析に優れた機体だ。
 そのメインマイスターならば、戦局を読む事に優れた、言わばスメラギと同質の存
在のはず。
 不確定で断片的な情報とは言え、半ば捨て鉢にも見える戦術プランを選択するのは
理解に苦しむ。
 仇さえ討てれば、後はどうでも良い。
 長い間戦場に浸かり、いつしか人の死を一戦闘単位でしか悲しめなくなったスメラ
ギには、例え認められない存在であろうとも、生の感情を剥きだしで悲しむネーナを
羨ましく思う面もある。
 しかし、無理と無茶が違うように、戦場では己を律する事が出来ない人間から堕ち
て行く。
 激情に駆られたネーナでは、トランザムを用いようとサーシェスには勝てないだろ
う。
 そんな人間にガンダムを託す事は出来ないし、太陽炉の中で眠る"コア<彼ら>"が
彼女をきっと認めない。


「貴女…アリー・アル・サーシェスに会ってどうするの」
「殺すわ…」


 殺すの一言で、これまで形を持たず判然としなかったネーナ気配が、薄ら寒い感触
と共に形を持って立ち昇る。
 ネーナの背後に姿を現す暗く重苦しい畏怖は、粘性を持った思惟となり、刹那の骨
身を犯し、今迄感じた事の無い恐怖を刹那は目を見張った。
 殺意や憤怒では表現しきれない慟哭。
 冷たい雨の中で一人佇んでいる冷気を含んだ絶対の孤独。
 包んでくれる人も頭に手を当てて撫でててくれる人も居ない。
 待ち人は現れず、空から降り注ぐ雨に体温を奪われ、永遠とも言える時間をたった
一人で過ごす苦痛が刹那の中に流れ込んでくる。
 悲しんでいる。 
 脳裏に電流のような煌きが走り、脳髄と背骨を迸るネーナの思惟の光が、雑な感情
と共に刹那の感情に宿り、刹那の右眼がほんの一瞬だけ金色に輝いた。


「やめなさい…復讐に身を焦がしてもろくな事になんかならないわ。過ぎたる炎は身
を焼くだけよ」
「身を焼かなきゃ勝てない相手もいるわ」
「それでも、やめなさい」
「あんたに何が分かるのよ!」
「…分かるわよ」


 スメラギの万感の想い込めた呟きも、ネーナには皮肉に聞こえるのだろう。
 労わるつもりで放った言葉も、相手に受け容れる余裕が無ければ、勘に障る発言で
しかない。
 ネーナの目がカッと見開かれ、理性の檻から抜け出た本能が、ネーナの心を開放し
激情が堰を切って暴れ出た。


「嘘!分かるわけ無いわよ。大事な人を失った事も無い癖に!にーにー達は私の全部
だった。私の全てだった。にーにー達が居れば他に何も入らなかったのに、なのに、
あいつは、アリーアル・サーシェスは、笑いながらにーにー達を殺した。私はあの男
を、絶対、絶対に絶対許せない!見つけ出して必ず殺してやるんだから!」
「愛した人を失ったのは、貴女だけじゃないの!子供みたいに癇癪起こさないで頂戴」
「あんたのちっぽけな愛と私の愛を同じにしないで!」
「ちっぽけですって」


 ネーナのちっぽけと言う言葉がスメラギの心と記憶を犯し、スメラギの頭の中で何
かが音を立てて切れた。
 確かに互いに稚拙な愛だったとは思う。 
 愛、夢、希望、人生の全てがエミリオとスメラギの間には存在した。
 勇敢で荘厳で適度にドラマチックで、舞台が戦場で無ければ、極々有り触れた恋愛
をスメラギとエミリオはしていたのだろう。
 人を救いたいと大層な目標を掲げる反面、小高い丘の上には白い一戸建てに子供は
二人と犬一匹。
 たまには優しい旦那様と豪華なレストランで食事をして、待ち草臥れて眠り込んだ
子供たちの寝顔を旦那の肩からそっと覗き視る。
 血で汚れた手にも関わらず、スメラギはそんな少女顔負けの淡い幻想に心踊らせた
時期もあった。
 きっと、自分は刹那達の十分の一の使命感も持ち合わせていないと、スメラギは常
々思っていた。
 彼女にとってエミリオ、想い人を愛した時間は、血と鋼鉄の巨人の咆哮に塗れた人
生の中でも宝石のように輝いている。
 彼女の中であの時間こそが一番輝いていた時であり、まさに青春と呼ぶに相応しい
時間だった。
 失った時間は、これから余りある人生の天秤の対としては軽すぎる。
 その輝かしい時を意も知れぬ他人から土足で踏みにじられあまつさえ罵倒された。
 冷静な面の皮を剥ぎ取ってしまえば、後に残るのは年並の女の情念だ。
 大津波よりも激しいうねりがスメラギの胸の中で渦巻き、火山の噴火にも等しい感
情のエネルギーが出口を求め、スメラギの小さな体を食い破ろうと蠢いている。
 いっそ爆発させた方が、体にも心にも良いだろうが、指揮官としてのプライドと年
下に対する温情が彼女にに最低限の体裁を取り繕わせた。


「キスもまともにした事無い娘が愛だなんて調子に乗らないで」


 取り繕わせたはずだが、彼女の口から飛び出たのは、実に大人気ない一言だった。
 激昂するスメラギの口から"キス"と言う浮世離れした言葉が紡がれると、スメラギ
の言葉の何処に反応したのか些か疑問だが、キスと言う単語にネーナの目が釣り上が
り刹那をギロリと睨みつけた。


「刹那・F・セイエイ…ちょっと顔貸しなさい」
「なんだ…」


 殺気を込めたネーナの視線に、刹那の鉄面皮が僅かに崩れ、パイロットスーツの下
に冷たい汗が流れる。
 ネーナの細められた瞳は、猫科の肉食獣を彷彿させ、捕食する物とされる物を隔て
る根源的な恐怖と用途不明の重圧が、刹那の感情を揺り動かし、刹那は我知らずに一
歩も二歩も後ずらさせた。


「いいから来なさい」
「断る…俺は」
「まどろっこしいのよ!」


 刹那はネーナが自分に何かを仕掛けて来る事は理解出来たが、その何かが分からず
戸惑いの表情を浮かべる。
 確かに殺気は感じられるが、殺気のベクトルが刹那が今迄感じ、慣れ親しんで来た
物とは違い過ぎて、鍛え上げられた体と危機感知能力が働かない。
 明確に言葉に出来ないが"ナニカ"が刹那の脳裏を横切り、一瞬の判断ミスが刹那の
行動を鈍らせた。
 殆ど猫のように一足飛びで刹那に跳びかかったネーナは、低重力状態でもしなやか
なに体をくねらせ、刹那の退路を塞ぐように器用に跳びかかる。
 刹那の眼前にぬっと影が伸び、ネーナの顔が至近に迫ったと思ったら、唇に柔らか
いナニカが重ねられた。
 ネーナが刹那の唇を奪った瞬間、ブリッジにの時間が静かに停止した。
 唇と唇を合わせるだけの稚拙なキスだが、一秒、二秒、三秒と時間が流れる中で、
時は緩やかに戻り始める。
 ネーナのキスの最中もロックオンのくせっ毛がより一層パーマがかかり、ティエリ
アの白く曇った眼鏡がパキリと音を立て罅割れた。
 アレルヤの顔の半分がハレルヤと化し、リヒテンダールの間抜け面にクリスティナ
が携帯で写メを撮影し、ラッセが何故かハロの目を隠し、フェルトの頬が熟れた林檎
のように真っ赤に染まる。
 たっぷり三十秒の間、刹那の"唇"を蹂躙したネーナは、スメラギに見せ付けるよう
に刹那から唇を離した。
 唇と唇から唾液の糸が引き、照明に反射しヌラヌラと妙に厭らしく光る。
 ネーナのキスを最後まで振り解くこと無く受けきった刹那の羞恥心には賞賛しかな
い。
 しかし、ネーナの口撃に粒子残量が残り少なくなったのか、刹那は運動機能を完全
に停止させていた。
 刹那の反応は、初めて出会った時「触れるな」と憤ったあの頃とは雲泥の差だ。
 冷たい戦闘機械のイメージしか無かった彼を何がここまで彼の事を変えたのか、ネ
ーナは、ほんの少しだけ興味を覚えたが、やがて胸の中で燃え広がるサーシェスへの
悪意に塗りつぶされて行った。


「これでもあたしがガキだって言うの、スメラギ・李・ノリエガ」
「そう言うのがガキだっていうのよ」


 勝ち誇った表情のネーナを無視し、スメラギは虚空を見つめ苛立たしげに呟いた。


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