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No.21592の一覧
[0] 機動戦士ガンダムOO-Fresh verdure【再構成】[段ボール](2010/09/20 21:41)
[1] 第一話『変革の序曲』[段ボール](2010/08/31 00:38)
[2] 第二話「キスを頂戴」[段ボール](2010/08/31 23:13)
[3] 第三話『片翼の鳥』[段ボール](2010/09/01 21:29)
[4] 第四話「愛のままに我侭に僕は君だけを傷つけない 太陽が凍り付いても君だけは消えないで」[段ボール](2010/09/02 22:26)
[5] 第五話「蒼のエーテル」[段ボール](2010/09/05 17:36)
[6] 第六話「イゾラド」[段ボール](2010/09/12 14:48)
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[21592] 第三話『片翼の鳥』
Name: 段ボール◆c88bfaa6 ID:7dbd514e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/09/01 21:29
「刹那」
「フェルトか…何か用か」


 レクリエーションルームから見える景色に変わりは無い。
 荒涼した暗黒が眼前に広がり続け、一日、一ヶ月、一年にも等しい闇が巨大な顎
を広げ、刹那を飲み込もうと待ち構えている。
 広大なる宇宙、無限の開拓地は、近年になり漸く宇宙に進出したばかりの人類に
は過酷過ぎる環境で刹那達は戦いに身を投じている。


「大丈夫かなって」
「危害を加えられたわけじゃない。既にネーナ・トリニティからは一次的粘膜接触
は受けている。事実の事象は微分し積分すれば、指数関数状に昇華されいずれ消え
去る。何の問題も無い」
「ごめんなさい刹那。どうリアクションすればいいのか…私分からない」
「俺は…ガンダムだ」
 やはり、色々な意味でショックを受けているのか、普段の鉄面皮が剥がれ、普段
のクールさが嘘のように乱れ動揺している。
 真空の宇宙に向って何かブツブツと呟く姿は、可愛いと言うより不気味過ぎて、
少々どころか絶対的に近寄りがたい。
 しかし、フェルトは刹那の奇行に顔を引きつらせると同時に妙な親近感も覚えて
いた。
 依然までの刹那ならば、例えキ、では無くネーナとの第二次粘膜接触は「俺に触
れるな!」の一言で幕を下ろしたはずだ。
 どんな心境の変化か知らないが、機械のように能動的だった刹那が僅かながらで
も人間味を見せ始めている。
 口下手でアガリ症、おまけに年齢による手心を除いても、人付き合いが下手なフ
ェルトでは刹那の事を言えないが、彼の変化はフェルトにとっても意外であり、ま
た好ましい変化だった。



「ネーナさんが気に入ったの?」
「意味が分からない。何故俺がネーナ・トリニティを気に入る」
「キス、黙って受けてたから」
「事故だ…」
 刹那は、フェルトから受け取ったオレンジジュースを一気に飲み干すと、機嫌が
悪いのか、苛立たしげな様子でテーブルに叩き付けるように置く。
 刹那の憮然、いや、むっちりとした様子から照れ隠しのようにも見えるが、本
人は、きっと不本意極まりないのだろう。


「変わったね刹那」
「俺は俺だ。それ以下でもそれ以上でもない」
「私もそう思う。でも、きっと貴方は変わったと思う。ロックオンもそう言ってた」
「ロックオンが…そうか」


 自分自身良く分からなくとも、他人から見て変わったと言うなら、刹那は変わっ
たのだろう。
 頭の中にロックオン・ストラトスのシニカルな笑みが浮かんで消える。
 刹那は「ロックオンが言うのならそうなのだろう」と思い、外の宇宙へと目を向
ける。
 眼前に広がる暗黒の空間は先刻と変わらず無限の広がりを見せている。
 虚空に燦々と輝く星の瞬きは死んでいく人の命を彷彿させ、二十年にも満たない
刹那の人生から見ても、世の無常を彷彿させる。
 ここでこうして談笑している間にも人は死に続け、そして、生まれ続ける。
 人の死と生のサイクルは、破壊と再生によって保たれ、危ういバランスの上に成
り立っていると銃を取って初めて理解出来た。
 しかし、本来円滑に行われるはずの破壊と再生が、戦争や見えざる手によって歪
められている現実は、刹那に取って耐え難く、また看過出来る類の物でも無かった。
 人の死を破壊によって新生し再生する。
 自然界では滅多に起こらない歪んだサイクルの一部に自らも率先して手を染めて
いる事実に刹那は眉を潜め、ガンダムでは無く、無限に広がる宇宙に反射的に問質
していた。


(俺は正しいのか)


 分かりきっていた事だが、宇宙は何も語らず、何も答えてはくれない。
 ただ、目の前に広がる星の光が僅かに瞬いただけだ。
 今見えている星の光は、何万年もの前の過去からの来訪者だと言う。
 光は粒子で構成され、波動する事で視認することが可能となる。
 無重力で構成される真空の宇宙空間は、何千年経とうとも光の軌跡を途絶えさ
せる事は無い。
 何億光年離れた銀河から届く星の光は、刹那に何を伝えようとしているのか。
 刹那が何度問いただそうと、やはり、星の瞬きは何も答えてはくれない。
 星の生涯と比較しても、人は一瞬の内に瞬き消えてしまう儚い存在だ。
 だからこそ、生きている間に何を為し何を遂げるのかが重要になってくる。


「俺は何を成し遂げたいのか」
「えっ…」


 当然世界から戦争を失くす為に戦っている。
 その為の武力介入であり、その為のソレスタルビーイング、ガンダムが存在し
ているのだ。
 しかし、幾度と無く死地に身を置き、自身の心底に問い質したとしてもいつも
答えは決まっていた。
 武力によって戦争を失くす以外に一向に答えは見えてこない。
 何度己の無力さを嘆き、諦念の波にさらわれそうになったか分からない。
 いや、一寸先すら見えない濛々と立ち込める霧の中に居るように、本当の意味
で刹那が求める"答え"の片鱗すら見えてこようとしない現実に苛立ちすら抱いて
いる。


「俺は死なない」


 そう死ねない。
 テロや戦争が跋扈し無垢の命が理不尽に散ってしまう世界を刹那は認めてはお
けない。
 例え口に出して表現し切れない迷いがあろうとも、世界の歪みを根絶するまで
は、例え己の命が、吐いて捨てる程に安かろうと簡単に捨てる事は出来ない。
 死屍累々と続く犠牲の上に成り立ってしまった"命"であるからこそ、肉と心を
蝕む呪いのように刹那を突き動かしているのだ。


「強いね、刹那は」


 刹那の確固たる意志を称えた光を、フェルトは時折羨ましく感じていた。
 迷いを抱えながらも自分の思うように振舞える様子は、戦争根絶と言う同じ想
いを抱えながらも、後ろで控える事しか出来ない自分とは大違いだ。
 言葉数が少なくても良い。
 せめて、自分の思った事は素直に口に出したいと思うが、実行に移す事は限り
なく難しく、いつも肝心な所でしり込みしてしまうのだ。
 一瞬フェルトには、刹那の瞳が"金色"に輝いていた気がしたが、瞬きの間に元
の赤い瞳に戻っていた。
 見間違いだろうと、目を擦り、手元の端末に目を落とす。
 スメラギの予報に基づいた国連軍の進行開始時間に向けて刻々と時は刻まれて
いる。
 補給が早いか国連軍の進行が早いか。
 時は一刻を争い、若いフェルト達が十分に迷い考えるだけの時間は残り少ない。
 個人個人が出来る事をやれば運命は自ずと開かれる。
 使いまわされカビが生えてしまった先人達の言葉だが、フェルトは少し違う解
釈を持っていた。
 出来る事をするのでは無く、出来る事しか出来ない。
 最適手も最善手も、提示された選択肢の中から選び取る物であって、選び取る
だけでは、第三の選択、即ち"奇跡"を起こすにはほど遠い。
 膨大なデータから導き出される絶対的な数字は、奇跡は起こせないとフェルト
に如実に語りかけているようで、フェルトがその度に不機嫌になっていたのを誰
も知らない。
 しかし、自分のそんな陰鬱な思いも、マイスター達ならば、数字の呪縛を振り
ほどき運命を切り開いてくれる。
 素直に信じさせてくれる力強さが彼らにはあった。
 フェルト・グレイスと言う少女は、口数こそ少ないが元々感受性豊かで想像力
が旺盛な少女だ。
 クリスティナに年頃なお洒落のイロハを叩き込まれている最中も、仏頂面で興
味が無さそうに聞いているように見えるが、実はクリスティナのお喋りが早すぎ
て、フェルトの考えが追いつかないだけで、興味が無いわけでは無いのだ。
 だから、フェルトは、相手に合わせて話してくれる相手、つまり、ロックオン・
ストラトスや率先して自分の考えを話さない刹那とは波長が合う。
 ロックオンは、ゆっくりと自分のペースに合わせてくれるし、刹那は自分がペ
ースを合わせれば良いから会話する事が非常に楽だと感じていた。


「ねぇ刹那…」
「なんだ」
「手紙を…手紙を書かない」
「手紙?」


 フェルトの微笑に促されるように、刹那は無言で首肯していた。
 やはり、刹那と話すのは楽で良い。
 フェルトは目の前の少年に肉親、まるで、弟と話すような安らぎを覚えていた。



「一人は…嫌ね」
「オレガイル、オレガイル」
「あんたは論外よ」
「テヤンデェ、テヤンデェ」

 言うまでも無く、ネーナとスメラギとの交渉はあまりに呆気なく決裂していた。
 スメラギは、苛立たしげにネーナを一睨みすると、ラッセにネーナを部屋に戻す
よう暗に促し、ラッセの太い手がネーナの肩を掴むと、ネーナは交渉失敗を自覚し
た。
 精一杯の皮肉を込めて特大のあかんべえをお見舞いして、ブリッジを後にした。
 何がいけなかったのかと自己分析を始めるが、どう考えても全てが駄目だったの
だろう。
 苛立ち紛れに相手を挑発し、八つ当たりのように言葉を紡いだ。
 本当に兄達の仇を討ちたいのであれば、泥を啜ってでも、僅かな光明を探し当て
る努力をするべきだった。


「あたしさぁ、実は冷たい人間なんじゃないの」
「シラネェヨ」
「なによ、このポンコツ」


 蹴り飛ばしたHAROが、壁に何度も跳ね返り、コロコロとネーナの足元に戻っ
てくる。
 室温は常温に保たれているはずなのに、肌に纏わり付く空気は冷気のように氷の
ように冷たく痛い。
 死に至る病は孤独だと言う。
 いつもは両隣に必ずあった温もりが消え去って、どれほどの時間が流れただろう
か。
 ほんの数日のはずなのに、二人の兄が死んでから、もう何十年もの月日が経った
ように思える。
 人間は慣れる生き物らしいが、ネーナは違うと思った。
 肉親の喪失と言う耐え難い孤独に、人間は忘れることで対処しようとしている。
 悲しみに慣れるのでは無く、悲しかった事を"無かった"事にして自己防衛を図る
生物なのだと、大事な人を失って初めて実感した。


「嫌だな…一人は」


 誰かに聞かせるようにもう一度だけ繰り返す。
 ネーナの予想通り答えかしてくれる人はおらず「テヤンデェ」とHAROの拗ね
たような声を最後に、ネーナはいつしか眠り込んでしまった。



「起きろ、ネーナ・トリニティ」


 誰かが自分の肩を揺すっている。
 淑女の体を何の断りも無しに触る事はマナー違反で、いつものネーナならば、金的
目掛けて蹴りの一発でもお見舞いする所だったが、泥のようにへばり付く眠気の方が
勝っていたし、生憎と刹那の無作法を咎める人間はトレミーには居なかった。


「なによ、うっさいわねぇ」


 寝返りをうち、薄らぼやけた瞳に強張った顔の刹那が映る。
 肌にぴったりと張り付く白いインナーは通気性に優れているが、慣れないベッドと
劇的に変化した環境では寝汗の一つもかこうと言うものだ。
 元々あまり寝相が良い方ではないネーナは、狭いベットの上で何度も寝返りを打ち、
巻くれあがったインナーから、豊かな乳房が見え隠れしている。


「タダ見かしら。あんたにはまだ早いんじゃない」
「…何を言っている。さっさと起きろ」 


 刹那は怪訝そうな顔でネーナを見つめ、やがて、何かに思いついたように、ネーナ
から慌てて顔を背けそっぽを向いてしまった。


「初心ねぇ、ちゅーしてあげたじゃない」
「…黙ってこれを着ろ、時間がない」
「はいはい」
「来い」


 刹那の有無を言わせぬ様子に、ネーナは毒づくが、訓練された危機感知能力がトレ
ミー中に充満する只ならぬ空気を察知し、文句一つ言わず手渡されたノーマルスーツ
を着込んだ。
 誰の物か知らないが、胸のサイズがキツく着心地は最悪だったが、HAROを抱え
たネーナは、刹那の後に続いた。
 トレミーの中は厳戒態勢が引かれ、乗組員が慌しく動いていると思いきや、艦内は、
まるで、誰も乗って居ないかのように恐ろしく静かだ。
 CBの組織の都合上、人員は極限まで切り詰めなければならず、CBが運用する戦
艦は、半自動化、ワンマンオペレーションシステムプランが実験的に導入されている。
 MSの整備は勿論、格納庫からMS待機位置の移動まで、支援AIであるハロ達が
マイスター達の代わりに働いてくれる。
 おかげで刹那達、ガンダムマイスターは、出撃前の緊迫した時間であるにも関わら
ず、直前まで余裕を持って行動する事が出来ている。


「アリー・アル・サーシェスが来たの?」
「不明だ。だが国連軍の大部隊が接近しつつある。数で劣る俺達はスメラギ・李・ノ
リエガの戦術プランに従ってこちらから先制攻撃を仕掛ける」
「機先を征そうっての?そんな簡単な相手じゃないんじゃないの」


 MSの性能差が拮抗しているからこそ、重要になって来るのは頭数だ。
 判明している擬似太陽炉搭載機の総数は約二十四機。
 ガンダム一機に対して六機を相手にしなければならない。
 彼我戦力比は一対六。
 トランザムシステムの性能を加味してもCBには圧倒的に不利な状況であると言わ
ざるを得ない。


「だが、やるしかない」


 勿論、白旗を上げて降参すると言うプランもある。
 少しでも生きながらえる目的ならば、両手を上げて武装解除すれば、国連軍も非人
道的な手段に出る事は無いだろう。
 生き延びる"だけ"ならば、降伏を選択すべきだ。
 だが、顔こそ明るみに出ていないとは言え、CBの構成員は、世界の敵として国際
指名手配されている身だ。
 満足に裁判を受ける権利すら与えられず、不遇の判決が下り、その後は全く予想が
付かない。。
 乗るか反るか
 掛け率は、武力介入が開始された当初の何十倍も跳ね上がり、刹那達が生き残る為に
は、戦いに勝ち続けるしか道は無くなろうとしていた。


「入れ」


 ネーナが案内された部屋は、窓も椅子も無く、只の倉庫なのか未開封のコンテナが
所狭しと並んでいる。
 およそ居住性が確保されているとは考えず難く、ネーナは、溜息を付きながらコン
テナの隙間に体を滑り込ませ刹那に向き直った。


「行くのね」
「あぁ」


 刹那の味も素っ気も無い言いように、ネーナは忍び笑いを漏らし、両手を組んだま
ま刹那を睨み付けた。


「このまま、あんたを撃って、ガンダムを奪うって手もあるわよ」
「どこに武器がある」
「隠してるかも知れないじゃない」
「しつこいようだが、生体認証もある。俺以外の人間がエクシアを使うのは不可能だ。
お前が俺を殺してエクシアを奪っても動かせないだろう。そして、俺の仲間もお前を
撃つ」
「そんなこと分かってるわよ、私…バカじゃないの」
「理屈じゃ無い・・・そう言いたいのか」
「そうよ、理屈じゃないのよ」


 二人は互いに相手の瞳を見つめ微動だにせず佇んでいる。
 怒気すら孕んだ視線は互いを傷つけ、鏡写しのように向かいあった姿は一体何を揶
揄しているのだろうか。
 刹那は、ネーナと向き合っていると、己の幼い精神が暴かれ、弱い心が剥きだしに
されそうな恐怖感を抱いてしまう。


「…お前は歪んでいる」
「私から見れば、あんたも十分歪んでるわよ」


 強がりにも似た売り言葉に買い言葉とはこの事だろう。
 声を荒立たせこそしないものの、心底に渦巻くマグマのように熱い感情が渦巻き、
自制しようと心がけても、刹那は言葉を押し止める事が出来なかった。


「お前は世界を憎んでいるのか」
「にーにずを殺した世界なんていらないわ」


 一際強い憎しみを込めて言い放ったネーナに、刹那の幼い頃の記憶が弾けて消え
る。
 胸に誓った神だったモノへの絶対の信仰が、心を掻き乱し、思考を放棄し神の礎
となる事を夢見て戦った少年時代が記憶を抉る。
 立ち塞がる現実を神の敵にすり替え、心無いままに機械のように命を奪ってきた
原罪の日々を刹那は忘一度たりとも忘れた事は無かった。
 ふと、気が付けば、ネーナ・トリニティは、あの頃の刹那と同じ目をしているの
に気が付いた。
 信じたモノに裏切られ、降ってわいた理不尽を憎み、現実を別のナニカにすり変
える事で、自分達の罪から目を背けようとしている。
 それが欺瞞であると、無意識下で悟りながらも、詭弁とも逃避とも似つかぬ言い
訳で心を塗り固め自己防衛を図る。
 人は厳しい現実よりも優しい嘘の方を好むのだから、誰もネーナの行動を責める
事は出来ない。
 少なくとも逃げてばかりいた、刹那が彼女を責める事は絶対に出来なかった。


(お前は俺だ…ネーナ・トリニティ)


 認めなければならない。
 人の屍の上に立って来た罪深き人間として、目の前の少女ネーナ・トリニティと
刹那・F・セイエイは同種の人間であると。
 奪い、壊し、殺す。
 刹那の中に根付いた人としての根幹は破壊だ。
 いくら否定しようとも、破壊することでしか彼は物事を為しえず、破壊の為にし
か人生を歩くことが出来ない。
 そして、両親を殺し、戦いに身を投じた罪は---消えず、刹那を永遠に苦しめ
続けだろう。


「俺とお前は同じ物から出来ている」
「はぁ?」


 刹那の雰囲気が変わり、瞳の奥に潜んだ悲しみにネーナは気が付かない。


「俺には戦うことしか出来ない」
「奇遇ね。私も戦うのが一番得意なの。戦う事でしか自分を表現出来ないの。あんた
が私の事を歪んでいるって言うなら、ガンダムマイスターである、あんたも歪んでる。
それも、私"達"以上にね。自分の為じゃなくて、見も知らない誰かの為に人を殺せる
何てまともな神経じゃないわね」

 挑発だと分かっていても、刹那の心にネーナの言葉が突き刺さる。
 ネーナの言うとおりかも知れない。
 戦争根絶の為に無差別テロとも揶揄される武力介入を行った結果、刹那達に与えら
れた運命は滅びの道だ。
 人として戦い続けた結末が滅びならば、いっそ血も涙も無い修羅道に堕ちた方が気
が楽だっただろう。


「否定はしない。だが、戦って来たからこそ見えるモノもある。今の世界は悲しい程
に歪んでいる。世界は俺達を滅ぼす事で世界は一つに纏まろうとしているが、俺達の
戦いが世界に何を与え、何を変えようとしているのか。戦う事しか出来ない俺には分
からない。想像すら出来ない。
 だが、俺もお前も…世界の歪みの一部だ。
 殺す事で今日まで生きて来た歪みだ。歪みが世界を正そうとするから、真実が尚更
歪んでしまうのかも知れない。だが、歪んだ俺でも理解出来た事も一つだけある。
 俺"達"に出来る事は破壊する事だけだ。だが、破壊の先には再生が待っている。そ
う信じて戦って来た。そして、俺はこれからもきっとそうするだろう。ネーナ・トリ
ニティ。お前の歪みはいつか必ず俺が断ち切る。だから、それまでは…もう無駄に殺
すな」
「あんた、さっきから何言ってんのよ、意味分かんない」
「俺は…もう行く。戦闘中はここから出るな。非常時はイアンの指示に従え」
「ちょっと、待ちなさいよ」


 ネーナが止める間も無く、刹那は扉をロックしてしまう。
 分厚い扉に阻まれ、ネーナの手は刹那に届く事は無かった。


「何よ…それじゃまるで遺言じゃない」


 刹那の遠ざかる足音を聞きながら、座り込み、扉に上半身を預けたネーナは我知らず
自然と呟いていた。


 ガイドビーコンが点滅する中、格納庫から直結の輸送エレベーターの中から、刹那の
乗るエクシアが現れリニアカタパルトに拘束される。
 カタパルトの両脇のウエポンラックから、エクシア専用の武装がマニュピレーターに
より次々に搬出され各部に接続されていく。
 サーシェスとの戦いで傷ついたGNソードも復元され、刃先にはGN粒子を蓄え、中
和する性質を持つレアメタルの加工処理が施されている。
 先行したロックオン機に続き、アレルヤのキュリオス、ティエリアのヴァーチェが続
々と出撃して行く中で、刹那はエアクッションの効いた、シートに背を預け一人、物思
にふけっていた。


(やはり、ガンダムの中は落ち着く)


 無骨な機械の巨人は、幾多の危機を共に乗り越える内に刹那の血となり肉となり、最
早切り離す事の出来ない存在となった。
 羊水の中で眠る胎児だった頃の記憶がそうさせるのか、自分を包み込んでくれるガン
ダムに刹那は、無垢な安堵感を覚え、俯いたまま操縦桿を握り締めていた。
 先行したGNアームズ二番機を装備したデュナメスの目的が敵輸送艦の撃墜ならば、刹
那の目的はティエリア達が撃ち漏らした敵を掃除する事だ。
 出撃と同時にラッセの操るGNアームズ一番機と合体し、最大火力による一点突破を時
間をずらし国連軍に連続で畳み掛ける。
 数で劣るならば、先制攻撃でまず頭数を減らす。
 ファーストフェーズの成否こそが、これからの戦局を左右する大事な接点だ。
 失敗すれば、生き残る確率は格段に下がってしまうにも関わらず、迫り来る死の脅威と
は裏腹に刹那の心は早朝の泉のように静けさを保っていた。
 開き直りではなく、ただ、ガンダム(母)に守られているよう気がして、彼の心はいつ
にもまして穏やかだった。


『刹那、ネーナさんは?』


 そして、永遠に続くと思われた沈黙は、フェルトの戸惑い弱々しい声で唐突に終わりを
告げた。


「C26番倉庫に預けた」
『C26番…物資排出用のパージブロック?』
「戦闘時に"非"戦闘員を主要各所に入れる事は出来ない」
『うん…でも、きっと、そこがトレミーで一番安全だと思う。水と食料も備蓄されてるし
最悪切り離しちゃえば良いから』


 作戦開始を告げる刻限は、もう直ぐそこまで迫っている。
 こんな風に仲間と穏やかに会話する時間は、刹那には残されていない。


「フェルト…マリナに手紙は届くのか」
『大丈夫だと思う』


 刹那達の手書きの書面は、暗号通信でエージェント達に託された。
 この戦いで例え、彼らが滅びようとも、刹那の言葉が綴られた手紙だけは、マリナ・イ
スマイールに届くだろう。


「そうか…ならいい。フェルト、リニアカタパルトの制御権限をエクシアに」
『了解』


 刹那は安心しきった様子で、リニアカタパルトの制御をフェルトから受け取る。
 思えば彼女とはすれ違っていたばかりのように思える。
 互いに言いたい言葉は山程あるはずなのに、お互いの立場を気にして、満足に言葉を交
わす事すらなかった。
 一方的で実に卑怯な言い方だが、マリナに手紙が渡れば刹那の言葉"だけ"は彼女に届く。
 希望と言うには余りに儚く脆い存在だが、刹那の平和に対する思いだけは、彼女の胸に
残る、残ってくれれば良いと刹那は思う。
 フェルトから刹那に制御権限が譲渡され、ガコンとリニアカタパルトが重苦しい音を鳴
らし、エクシアが前傾姿勢を取った。
 後は、作戦開始と同時に刹那の呼吸で出撃するだけだ。


『ねぇ刹那…ネーナさんには手紙は書かないの』
「ネーナ・トリニティに…何故だ」
『そうだね、私、何聞いてるんだろう…忘れて』


 思いつめたようなフェルトの声に、刹那は何とも言えぬ気まずさを抱く。
 叱責されたわけでも無いのに、刹那は何故か居た堪れない気分になり声を濁した。 


「…ネーナ・トリニティには、言いたい事は全て言った。これ以上あるなら、この戦いが
終ってから言う事にする」


 フェルトが何を思って、自分にそう聞いて来たのか、刹那には伺い知る事は出来ない。
 戦いを通じて他者と触れ合う事で育ってきた自分の感情を否定はしない。
 今何を思い、何を感じ、何を為すのか。
 曖昧で判然としない思いが胸中で渦巻き、恐らく自分を心配して声をかけて来てくれた
でろう少女には、気の効いた言葉一つかけてやる事が出来ない。
 マイスター達の兄貴分であるロックオンならば、微笑み混じりに歯の浮くような台詞で
彼女を勇気付けるのだろうが、悲しいかな異性を慰める語彙を持たぬ刹那には、彼の真似
事など無理な話しだった。
 だが、全てはこの戦いが終ってからの事だと、刹那は割り切り、エクシアのシステムを
戦闘モードに切り替える。
 純正太陽炉から精製されたGN粒子が、エクシアの機体全域に行き渡り、関節から濃緑
の粒子が力強く溢れ出す。


『刹那…』
「なんだ」
『死んじゃ駄目。ロックオン達と皆と絶対一緒に帰ってきて』
「約束は出来ない。戦術プランにもあるように国連軍の戦力は」
『駄目、理屈じゃないの。約束して』


 刹那の言葉を遮り、有無を言わせぬ様子でピシャリと言い放つフェルトに、刹那は鼻白
み、無口な表情に皹が入るのを自覚した。
 女は強い。
 思えばマリナ・イスマイールもそうだった
 母のような暖かさを持っていたが、砂漠の過酷な環境に耐え、花を咲かせ種を飛ばす、
アフナダの花のような芯の強さを持っていた。
 珍しい青い六枚の花弁は、命を育む海を彷彿させ、花弁と対照的にその種子は炎のよう
に赤い。
 炎は命を焼き、奪う半面、巧く使えば命を守り育む事が出来る。
 アフナダの青い花弁は、慈愛に満ちた民族ドレス姿のマリナを思い起こさせ、赤い種子
は、マリナの揺ぎ無い意志を象徴するようだと、刹那は漠然と思った。


「…あぁ。約束する」


 刹那は、フェルトに人は一人で生きて行けないのだと暗に思い知らされたような気がし
て、両手を力強く握り締めた。
 傷つけ、傷つけられて、それが当たり前の世界を拒否して戦う。
 自己嫌悪と後悔を何千、何万回と繰り返し、しかし、人はその度に強く逞しく前に進ん
できたのではないだろうか。
 刹那には、そんな生き方が眩しく映る。
 そして、いつか自分にもそれが出来ると信じてこの戦いを乗り切ろうと、暗黒の宇宙
に睨み付けた。


「フェルト、後は任せる。エクシア、刹那・F・セイエイ、目標を駆逐…いや、目標を
"破壊"する」


 エクシアの太陽炉が濃緑の粒子を吐き出し、刹那は裂帛の気合と共に真空の宇宙へと
駆け出した。


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