悠然と降り注ぐ星の光。
何度も見慣れた地球の青い輝きに、沙慈な溜息を漏らした。
軌道エレベーターの高軌道オービタルリングの外壁の隙間に、背中から伸びたホー
スを射しこみ、放射線抑止用の充填剤を注入する。
硬化ベークライトの赤黒い粘度の高い物体が、オービタルリングの外層に芋虫のよ
うに入り込むのを見て、沙慈は尚更深い溜息をついた。
学校を卒業して宇宙開発事業公団の採用試験を受けたが結果は不採用。
「三次試験まで行けただけでも奇跡だ」と教師は慰めれてくれたが、採用されなけれ
ば一次落ちも三次落ちも変わらない。
併願していた、宇宙開発に携わる大手企業や研究機関も尽く惨敗した沙慈は、教師
の伝手を頼り、公団の協力会社に滑り込み、ルイスとの再会を信じ現在に至っている。
しかし、希望に満ち溢れた四年前とは裏腹に沙慈の心はゆっくりと荒み始めていた。
沙慈が今、就いている仕事は、学生時代に学んだ事がこれっぽっちもいかされてい
ない、いわば"誰にでも出来る肉体労働"だった。
現場の自動化が進んだ昨今の宇宙開発において、ノーマルスーツと機材の使い方、
そして、ごく一般的な物理と"算数"の知識があれば本当に誰しもが出来る仕事。
嫌な言い方をすれば、誰にでも出来る仕事にしか沙慈には就く事が許されなかった。
宇宙開発は、国の威信を賭けた一大開発事業だ。
優秀なだけの人間では到底立ち入る事の出来ない聖域でもある。
トップエリート達を選別に選別を重ねて捻出される宇宙開発の根幹を司る最前線の
担い手の一員になるには、沙慈のレベルではまだまだ足りなかった。
後、何年か努力を重ねれば、もしかしたら、合格出来たかも知れない。
しかし、若い沙慈には今を"耐える"事がどうしても出来なかった。
ガンダムに関わったが故に、沙慈は多くの物を失い続けて来た。
ジャーナリストで女手一つで沙慈を育ててくれて姉の絹江は、ガンダムを追い、沙
慈が知らぬ国で帰らぬ人となった。
体温を失い物言わぬ人形になってしまった姉と再会した時、沙慈はガンダムをCB
を殺意だけでは言い表せない程憎んだ。
絹江だけではない。
ガールフレンドだった、ルイスもそうだ。
親戚の結婚式に出席したルイスは、ガンダムが放った凶弾で体と心にも深い傷を負
った。
傷ついたルイスは、沙慈に別れこそ告げなかったが自ら姿を消した。
宇宙で会おうと約束とも言えない言葉を残して。
ルイスが沙慈との連絡を断って四年。
宇宙での仕事に希望を乗せ、ルイスとの再会を信じていた沙慈も、もうそろそろと
現実が見えようとしていた。
沙慈・クロスロードはルイス・ハレヴィに振られた。
こんな単純な理屈もルイスとの約束が邪魔をして、現実を受け止める事が出来ない
でいる。
それが互いの為だと思いながらも、みっともなく約束と言うか細い希望に縋りつい
ている自分を沙慈は女々しく、そして、情けないと感じていた。
こんな情けない男だからこそ、ルイスに愛想を尽かされたのだと、自虐にも似た笑
みを零し、ふと、地球の蒼い姿を見つめた。
何百年も前、初めて宇宙から地球を見た、人類初めて宇宙飛行士は、地球を青く美
しいと言った。
そして、来るべき大宇宙時代へ向けて人類の躍進を約束した。
しかし、沙慈はそんな大先輩が予見した未来に生きていながらも、全く別の印象を
抱いていた。
---宇宙は人を腐らせる、と。
ただ、世界は緩慢に続いて行く。
あるべき姿を取り戻すように。
機動戦士ガンダムOO-Fresh verdure
第六話「イゾラド」
『おはようございます刹那』
耳を打つ明るい声に急かされるように、刹那はゆっくりと目を覚ました。
底抜けに明るい声とは打って変わって、エクシアのモニターから見る宇宙は暗く陰
鬱な光を灯している。
刹那は、まるで、今の自分のようだと自嘲気味に呻き、コクピットの時刻を確認し
た。
時刻は既に午後八時を回っている。
寝過ぎたと刹那は焦ったが、周囲の様子は眠りこける前と同じ静寂を保ち続けてい
た。
刹那はほっと一息付き、マグボトルに残った栄養剤を胃の中へ流し込んだ。
『おはようございます刹那』
コミュニュケーション用の簡易AIが壊れたレコードのように決められた言葉を繋ぎ
続ける。
刹那はAIの声に幾分かうんざりとするが、もう慣れた物なのか頬を僅かに緩めた。
ある程度自分で考え自分で行動するハロと比べると雲泥の差だが、無線封鎖と隠密
行動が常だった孤独な刹那にとってAIの合成音声は機械とは言え、自分以外の貴重な
声だった。
『おはようござ、』
「分かっている。おはようだ」
『…はよう…ご』
刹那の問い掛けにAIが「ブチ」と不貞腐れたように反応を切る。
物珍しさと自棄気味の微妙な気分が相まって、中東の闇市で購入したAiだったが、
エクシアの基板に強引に乗せてだけの雑な設置では、チップがそろそろと限界のようだ
った。
刹那は深く嘆息し、むっちりとした表情で眼前の宇宙を見つめる。
別段苛立っているわけでは無かったが、作戦前の緊張を小馬鹿にされたような気がし
たのも事実だ。
刹那の操縦するエクシアは、戦艦程度なら楽々覆い隠せそうな巨大な岩塊の隅に敵に
怯えるように身を潜めていた。
対物センサーとECM素子が編み込まれた防護布をマントのように、エクシアに巻きつ
けている様は、四年前世界を混沌と闘争の渦に巻き込んだ機体とは思えない程みすぼら
しく貧相だった。
エクシアの象徴とも言えるGNソードは、根元から折れ、刃こぼれも相まって棍棒に
しか見えない。
左腕は肩口から弾け飛び、インナーフレームが骨のように競りだしていた。
特徴的なツインアイは片眼が抉れ、奥から伸びた配線が目の視神経のようにだらしな
く、垂れ下っている。
蒼と白銀の装甲は、見るも無残に傷つき、表層に無数の傷が網目状に走り、応急処置
とばかりにティエレンとイナクトの装甲が貼り付けられ、形だけの重装甲がまた悲哀を
そそる。
傷ついたエクシアは、孤高の戦士が操る誇り高き騎士では無く、怨念を纏い、現生を
彷徨い歩く亡者、亡霊と言い変えた方がぴったりだった。
「あれが…アロウズの強制収容所か」
エクシアが隠れ忍ぶ先には、岩塊よりも巨大な資源採掘用コロニーが悠然と立ち構え
ている。
採掘された資源を運び出す為の輸送艦が日に何往復もし、護衛のMSが周囲を油断無
く警戒している。
警備に配置される重武装のMS、日に何隻も往復する小型輸の輸送艦。
一応公的には資源採掘用のコロニーと宇宙開発事業団に登録されているが、昨今設立
された独立治安維持部隊"アロウズ"の強制収容所である事は公然の秘密だった。
アロウズは、地球連邦、取り分けアロウズに弓を引く人間には容赦は無く、老若男女
問わず厳しく弾圧して来た。
推定無罪の精神もアロウズの前には虚しく響き、恒久平和の為に何人も罪の無い人々
が無実の罪で命を散らしてきた。
「これが俺達の生んだ歪みなのか」
四年間の放浪の末、刹那は世界の現状をその目とその耳で見聞きして来た。
自分達の行動が世界に一筋の光明を生みだし、戦いの犠牲が決して無駄では無かった
と確認したかったのかも知れない。
しかし、結論から言えば世界は変わっていなかった。
戦争と貧困は続き、富める者はより豊かに富め、貧しき者はその場の食事にも困る
有様だ。
とりわけ刹那の故郷である中東は酷い現状だった。
軌道エレベーターの恩恵に預かれない諸国が多い中東では、未だ国を支える主要エネ
ルギーは化石燃料だ。
化石燃料の消費量が、一時期に比べ世界的に現象としたは言え、二十一世紀初頭から
枯渇が深刻になり始めた燃料だ。
限り有る資源を奪い合い、小競り合いにも似た紛争は数えるのが馬鹿らしいほど、毎
日だった。
自国に採掘基地を持つ国が潤い、他国を従属させる。
世界に従わない国を恒久平和の名の下にアロウズが粛清する。
神の手を疑う情報統制と規制によって、貧しい国々の真実は世界に明るみに出る事は
無い。
世界は刹那達が決起する前を何も変わっていない。
ただ、緩慢に傲慢に強者が弱者を虐げる平穏な日常が続いている。
しかし、何かが違う。
今の世界は、何かが決定的に違ってしまった
四年前、世界はCBを世界の共通の敵とする事で一つとなり、刹那達は世界と戦った。
しかし、それは、現在のアロウズのような存在を生みだす為では決して無い。
刹那達は刹那達なりに世界の行く末と現状を憂い、悲しみ、憎み、世界の歪みを正す
為にエクシアのガンダムマイスターになったのだ。
歪んで変容してしまった世界を生みだす為に戦ったわけでは無い。
「俺は…ガンダムだ」
刹那は我知らず目を伏せ、後悔と共にエクシアのスロットルを吹かしていた。
「こんな…馬鹿げてる」
「キリキリあるかんか、馬鹿者が」
パンと漫画でしか聞いた事のない鋭い鞭の音がが沙慈の耳朶を打ち、溶鉱炉から漏れ出
す火花が防護服を煤けさせる。
機械油の独特の濁った匂いと刺激臭で喉と鼻を痛め、防護服こそ来ているが溶鉱炉から
漏れる高熱は作業者の体力を着実に奪っていく。
自動機械を使わない、高重力空間作業はまさに拷問に等しかった。
自動機械が掘り出した鉱物資源をトロッコへと"人力"で押しこみ、輸送艦が待つ埠頭へ
と押し続ける。
機械を使えば効率的に鉱物資源を採取出来るはずが、資源コロニーの支配者であるアロ
ウズは非効率と分かりきって人の手で採掘を続けさせている。
僅かな休息と粗末な食事で、何人もの作業者が帰らぬ人となった。
これは、生産活動では無く、アロウズに逆らった人々に対する恒久的な拷問なのだと、
沙慈はトロッコを押しながら毒づいた。
「ちっアロウズの犬が」
沙慈の隣で同じくトロッコを押す目付きの悪い男が、沙慈と同じようにアロウズの監督
官に毒づく。
彼と沙慈は、取り分け親しかったわけでは無いが、長年一緒に仕事をして来た仕事仲間
だ。
仕事が終わり、シャワーを浴び、雑談混じりの愚痴をこぼしていると、突然控室に軍警
察が乱入して来たかも思えば、沙慈は男と一緒に無実の罪で強制収容所に収監されてしま
った。
男が反地球連邦組織カタロンだと知ったのは、護送船の中のことだ。
巻き込まれたと感じた一方で、何かの間違いだ、調べれば分かると沙慈は何処か他人事
のように考えていたが、蓋を開けてみれば 満足な取り調べも始まらず、裁判は愚か弁護
士を呼ぶ暇も無く強制収容所送りだ。
沙慈もアロウズの特異性に薄々気付きながらも、経済特区出身の彼は、未だ話せば分か
ってくれる、投獄は何かの間違いだと祈るような気持ちを捨てきれずにいた。
当然、無実の罪を訴えたくとも、アロウズは沙慈の話を聞く耳持たなかった。
「へっ、心配するなよ沙慈、近いうちに俺達の仲間が助けに来てくれるからよ」
口を開けば仲間が助けに来るの一点張りだ。
そんな調子でもう二週間以上経っているが、助けが来る気配は一向に現れなかった。
「僕には…カタロンもアロウズも区別がつきませんよ」
「お前…こんな状況で良くアロウズの肩を持とうと思うな。博愛主義もそこまで行けば感
心するぜ」
「別に僕は博愛主義で潔癖症でもありません。僕は何も悪い事をしてないんです。こんな
仕打ちを受けるなんて何かの間違いなんですよ」
「悪い事をしてない清廉潔白な人間が、こんな強制収容所でいつ終わるともしれない労働
に就かされてる。満足な裁判も無しでな。もう分かってるだろ、疑わしきは罰する。連邦
に不都合な真実は闇の中へ。それがアロウズのやり方だ。それでもアロウズは恨まないっ
てんだ。これが博愛主義でなくて何て言うんだよ」
男の怒りでは無く、憐れみを含んだ言葉に沙慈は敢えて沈黙を貫いた。
確かに返す言葉も信念も沙慈は持たなかったが、殊更それを主張しようと思わなかった。
カタロンだろうが、沙慈が憎むソレスタルビーイングだろうが、戦争根絶だの、世界の
真実を日の元に晒すだの、御大層なお題目を掲げこそするが、力による反抗の対価はいつ
も決まって無辜の民の命だ。
戦っている本人たちは良い。
当たり障りのよい言葉と使命と自己を正当化し"客観的"に自分に酔いしれる事が出来る。
でも、それだけだ。
世界を変えようと銃を取った先には、ソレスタルビーイングのような滅びの道しか残され
てはいない。
ただの人間が、力で世界を変えようなどと、おごがましいにも程があるのだ。
「地球連邦と俺達は違う。志半ばで消えちまったソレスタルビーイングとも違う」
(どっちも同じですよ、そんなの…)
収容所の一日は長く辛い。
こんな馬鹿馬鹿しい押し問答で余計な体力は使っている暇は無い。
吐き捨てるように呟いた男の言葉に、沙慈は瞳を伏せ、静かに心を閉じた。
ルイスともう一度会う為に、沙慈はこんな所では死ぬ事はわけにはいかなかった。
『ルイス…ルイス・ハレイヴィ准尉。聞こえているのか』
通信から先任士官であり、ルイスの上官であるバラック・ジニンの苛立った声が聞こえ
る。
軍規でも上官の命令は絶対で、部下は上官の命令に速やかに応じる義務がある。
新人とは言え、ルイスも軍に身を置く人間として、そんな当たり前の"社交辞令"は身に
ついているが、簡潔に言えば、彼女はそれどころでは無かった。
赤く塗装されたジンクスのコクピットでルイスは胎児のように蹲り全身を襲う痛みに耐
え忍んでいた。
寒気と熱気が入り混じった悪寒が背中を駆け抜け、胃が撹拌されたような不快感が喉奥
から競り上がり、胃液で焼ける痛みを押さえ込む。
目が霞む中、ルイスは、振るえる手で腰のポーチから薬瓶を取り出し、小粒の薬を無造
作に口に放り込む。
ガリと奥歯で薬を砕くと甘い香りが鼻腔を擽り、柑橘類系の刺激匂で口腔が満たされる。
と全身を襲っていた痛みが嘘のように引いていく。
「聞こえています。大尉」
『准尉聞こえているなら、返事くらいしろ』
アヘッドのコクピット内、オールビューモニターから覗く景色は四年前、ルイスが居た
現実とは似ても似つかぬ異質な景色だった。
地球圏独立治安維持部隊"アロウズ"が運用するイーストシミター級戦艦"デルフィング"
の格納庫では、出撃前の喧騒に俄かに活気づいていた。
キャットウォークには、無数の整備員が走りまわり、疑似太陽炉に直結された野太いケ
ーブルが無重力空間を生き物のように蠢いている。
疑似太陽炉から溢れる赤い粒子にルイスは顔をしかめ、もう一度コクピットの中を見回
した。
メインフレームこそGN-Xの物を流用しているが、ルイスの乗る"アヘッド"はアロウズが
新規に開発した疑似太陽炉搭載機として最新鋭の機体だ。
准尉と言う中途半端な身分と士官教育を満足に受けたルイスでは逆立ちしても乗れる機
体では無かったが、スポンサー様が上手く取り計らってくれたようだ。
ルイスの首の動きに連動し、アヘッドの四つのメインカメラが怪しく蠕動する。
ルイスの目の前には、ジニンのアヘッドと随伴のアヘッドが鎮座し、垂直式カタパルト
で出撃の時を今か今かを待ち構えている。
巨大な鉄の塊の中でルイスは、失くしてしまった左腕を握りしめ、無意識に首からかけ
た指輪を手に触れた。
ノーマルスーツ越しでも分かる指輪の感触に、ルイスは自嘲気味な笑みを零す。
四年前、ソレスタルビーイングに復讐を誓い、全てを捨て去った頃の景色とは、ルイス
が今見てる景色は、本当に何もかもが違っていた。
『初陣で緊張するのも分かる。しかし、今から俺たちが向かうのは戦場だ…気を抜いてい
ると死ぬぞ』
「すいません」
『…敵を落とせとは言わん。死なないよう俺の後を付いてこい。今はそれ以上望まん』
上の空のルイスの態度にジニンは呆れ顔で通信を切ってしまった。
申し訳ないと思う反面、薬が効いている時のルイスには正常な判断がつかない。
先刻のように、熱に浮かされたように"楽しかった"頃を思い出すなど、ルイスにはあっ
てはならない事だった。
ほんの一瞬だけ沙慈の顔が脳裏に浮かぶ。
ルイスは、頭を振り、沙慈の笑顔をかき消し、苦しい願いを胸の奥へと押し込める。
ルイスの体はガンダムのGN粒子によって細胞レベルで深い損傷を受けている。
定期的に細胞異常を抑制する薬を飲み続けなければ、体中の細胞が変異しいつしか死に
至る病だ。
ルイスの細胞異常は失くした腕だけに留まらない。
有体に言えばルイスは、もう新しい命を宿す事は愚か、女性として生理機能をも失って
いる。
ルイスの手が無意識に下腹部に当たる。
新しい命を宿し体内で育む行為は、女性としての特権だが、ルイスは、その権利を失く
してしまった。
彼女がどんなに望んでも、彼女の"女性"としての部分はもう"男性"の"愛"を受け入れる
機能を失っている。
どんなに刺激を加えようとも排卵は愚か、蠕動も収縮も分泌もしない、本当にただ有る
だけの臓器になり果ててしまった。
きっと、沙慈はこんな体になってしまったルイスを優しく受け止めてくれるだろう。
だからこそルイスは、沙慈に別離を告げる他無かった。
心だけの繋がりでは、いつか必ず限界が訪れる。
女だからこそ、そう遠く無い未来に訪れる"限界"を直感によって悟り、自ら身を引いた
のだ。
何より汚れてしまった"体"では、沙慈を繋ぎとめる自信も愛して貰える資格も無いとル
イスは思っていた。
『カタロンの襲撃がはじまったようだ。ハレヴィ准尉』
息つく暇も無く再度伝わって来たジニンの言葉に、ルイスは無意識に表情を引き締めた。
襲撃はまだ先だと情報部からの見立てだったか、どうやら事態は性急に動き始めたよう
だった。
間抜けなのはこちらの情報屋なのか、カタロンなのか、ルイスにはどちらにも文句を言
いたい気分だったが、グッと堪え、操縦桿に力を込めた。
薬も抜けきらない内からの初陣は正直に言えば不安は残る。
しかし、不幸が時と場所を選ばないように、戦場も状況と手段も選ばないのだろう。
『オートマトン"TATIKOMA"の投下後は、各々の判断でカタロンに応戦しろ。敵の
機体は旧型だが気を抜くなよ。未だ地球連邦に逆らうテロ屋に一撃をお見舞いする。ハレ
ビィ准尉は私の直援に回れ』
『…了解しました』
小さく、しかし、重苦しい決意を込めルイスは一人呟く。
ジニンもルイスの並々ならぬ決意を感じ取ったのだろう。
それ以上は深く言わず通信を切った。
ジニンは、ルイスが気負っていると感じつつも、新兵はその位が丁度良いと表情を引き
締めフットペダルをに力を込める。
ガンと機体を支えていたハンガーが解放され、疑似太陽炉に直結されていた有線がコネ
クタと同時に弾け飛ぶ。
バチン、バチンと余剰電力が火花を散らし、全圧力から解放されたアヘッドが三機、宇
宙に解き放たれる。
『ジニン小隊出撃するぞ』
ジニンの怒気を孕んだ声に、ルイスもフットペダルを同時に吹かした。
アヘッドの四つ目が戦意新たかに明滅し、疑似太陽炉が赤い血のような粒子をまき散ら
し、漆黒の空を血のように染めた。