※リメイク版のグリードアイランド・クロスをハーメルン様に投稿させていただいております。 グリードアイランドをご存知だろうか。 HUNTER×HUNTERの作中で出てくるゲームの名だ。 実際のゲームではない、架空のもの。とはいえ、これが単品でも話ができるんじゃないかってくらい、よく練りこまれている。 これを実際にゲーム化してみようという動きは、かなり早くからあった。酔狂な話だ、と、そのときは思っていたものだ。 それがいつの間にか、β版まで開発が進んでいたのだから侮れない。 ゲームのタイトルはGreed Island Online。 グリードアイランドの完全再現をうたったオンラインゲームだ。ファンならば当然気になるこの作品。 そのテストプレイヤーに、このたび選ばれた次第である。 好きな作品だけに、嬉しい。友人も一緒に選ばれて、大喜びしていた。 オンラインでしか話したことのない友人だが、俺などよりはるかに濃いファンなのだから当然だろう。 ――そして本日、俺はグリードアイランドへと旅立つ。 なんて妙なテンションで考えながら、数秒前にできたばかりのアイコンをクリックする。 タイトルロゴが表示された。 不覚にも、期待感に胸が高鳴る。タイトルをみているだけでわくわくしてしまう。 とはいえ、ずっとそうしていても仕方ない。先に進めると、キャラクター作成場面に移った。 容姿の設定は、かなり自由度が高い。パーツのバリエーションも豊富で、たぶん原作キャラはほとんど再現できるんじゃないだろうか。 クオリティの高さに、感心を通り越して呆れるしかない。 とりあえず性別は女を選択する。 あらかじめ友人と相談して決めていたことだ。押し付けられたともいう。 名前はユウ。ハンドルネームと同じだ。 実は妹の名前をもじったものだから、女の名前としても違和感はないだろう。 ちなみに先代のハンドルネームは、件の友人と知り合ったとき、変えた。モロカブリしていたから、不便だったのだ。 それから容姿のパーツを入れ替えて遊んでいるうち、なんだか妹そっくりなやつが出来た。 うん。つり目気味で気強そうなところとか、怖いくらいそっくりだ。 これはヤバイ。 万一妹に見られたら、俺の日常とか兄としての尊厳とか色々終了になるくらいヤバイ。 髪を日本人形からオカッパくらいに短くして、さらに胸を増量……これはこれで妹に抹殺されるかも知れん。 いじっているうちに、なんかいい感じになったので、一応容姿は決定。 歳は、このときの主人公達とつりあう感じ、ではちょっと犯罪っぽいから十五歳ほど。セミロングの黒髪に猫系のつり目、日系の顔立ちで、スタイルは歳相応くらい。服は黒系パーツで揃えてみた。 これで一応OK。 次に進むと、生い立ちなどの設定項目があった。 舞台がグリードアイランドだけに、全員が念能力者だが、戦闘経験やハンターライセンスの有無などは、ゲームにも影響しそうだ。 一応正統派でプロハンター。 というのも考えたが、そういうのは友人の方がやるだろう。あいつは絶対王道設定で来る。 だったら、俺の方はちょっとひねくれよう。 たとえば……キルアの姉貴で母親そっくりのヒス持ち過保護女とか。 うん、妹のイメージにもちょっと合う。 設定しようとすると、いきなりエラー音が鳴った。“本作に深く関わる人物、あるいは強い影響力を持つ人物の血縁、恩人、友人などには設定できません” そんなメッセージが出てきた。 まあそんな設定でやれば、いろいろ矛盾が出てきそうだしな、と、納得。 でもせっかくだから、ちょっとくらい縁があったほうが面白いのに。 端役で権力なさそうなヤツならいいのだろうか、たとえばトンパの姪っ子とか。 絶対いやだけど。 それなら……ヨークシン編あたりで良さそうなキャラを考えてみようか。あの辺の雰囲気とか好きだし。 流星街からマフィアに“戦力”として提供された人間……これじゃあ、あまりにも自由がなさそうだし、現実的じゃないな。 兵隊じゃなくてスパイ的なエージェント、とか……なかなか良さそうだ。 グリードアイランドに来たのは、このゲームに逃げ込んだマフィアの敵を探し出して、始末するため。そういうことにすれば、つじつまも合う。 考えてるうちに面白くなってきて、かなり詳しいところまで書き込んだ。 特にエラーもなく、すんなりOKだった。 次は、心理テストのようなもの。“キャラクターになったつもりで質問に答えてください” こんなメッセージに続いて、およそ五十問。結構な量だった。“あなたは特質―具現化系の念能力者です” あ、これで念能力が決まるのか。 しまった。けっこう適当に答えてしまった。 まあ、友人の方が強化系だろうし、バランスはいいのかもしれないけど。 続いて、具体的な念能力の設定画面。 設定せずに、後で念能力を作ることもできるらしいが、具現化系ではちょっと厳しい。 具現化系でも、使い潰しのきく能力なら、と考えて、文珠的な物を設定してみる。 浮かべた文字でいろいろ効果が違うというあれだ。 エラー音。“メモリ不足です” などと画面に出てきた。 いまのレベルでは作れないということだろうか。 一応、誓約と制約の項で一個作るのに十日かかるとか加えてみたけど、それでもメモリオーバー。 ちょっと無理っぽい。 あきらめてエージェントっぽい能力を考えよう。暗殺専門の能力とか、追跡専用の能力とか。 で、考えた能力二つ。“背後の悪魔(ハイドインハイド) ” 人間の死角から死角に移動する能力。ターゲットに視認されている限り、この能力は使えない。移動距離は能力者の力量次第。現時点で十メートルほど。“甘い誘惑(スイートドロップ) ” 舐めている間、念にかけられた制約を全て「この飴を舐めている間のみ」に差し替える飴を具現化する能力。ただし、飴を舐めていた時間だけ、その後強制的に“絶”状態になる。 こんな感じで入力すると、今度はすんなり受け入れられた。 なんとかメモリが足りたらしい。“ゲームを始めますか” 設定は無事終了したらしい。画面に“ユウ”の顔と、GAME START の選択肢。 それを押した瞬間――モニターが強烈な光を放つ。 その光量に押し流されるように、一瞬、意識が真っ白になった。 頭がくらくらする。 どうも目だけでなく、脳にも響きそうな光だった。実物など見たことはないが、閃光弾の直撃を食らえば、こんな感じになるのだろうか。 思い切り直視してしまったせいか、光は収まっているはずなのに、視界は白く塗りつぶされたままだ。 と、突如、あたりにどよめきが起こった。まるで周囲に大勢の人間がいるみたいだ。 パソコンから聞こえている――ありえない。音は全周囲から聞こえてきている。 じゃあ、これはなんだ。 いま何が起こってるんだ? なにも見えないのがもどかしい。かすむ目でなんとか辺りを探ろうとして――気づいた。 ――風? 風が、頬を撫でている。 同じ風に揺られ、かさかさとこすれ合う草の音。 そこでようやく。椅子も机もないことに気づいた。 むりやり目を凝らすと、ぼやけた視界に緑が映った。 見渡す限り広がる草原。まばらに散らばる人間は、それでも二、三百人はいる。 というか。まだ顔立ちまではわからないが、みんな服装が異様だ。カジュアルとかフォーマルって言葉に泥塗ってんじゃないかってくらい個性的な気がする。 金髪っぽいやつもいるし、それ以上に銀髪が多いってのはどんな人口比なんだよ。 わけがわからない。「何なんだよ」 その声に、自分で驚いた。「俺の声か?」 ひどく高い、女のような声。 なんとか回復した目で両手を見れば、これまた女のような指……と言うか胸がある。 はっきりとある。言い訳できないくらいある。 それに着ている服の取り合わせに、ものすごく見覚えがあった。見間違えるはずがない。つい先ほどまで、モニターに映っていたものだ。“ユウ”の服装だ。 いったいどういうことなんだ。混乱して思考がちっともまとまらない。 まわりのやつらも各々混乱しているらしい。ざわめきは大きくなるばかりだ。 ――と、耳が空から飛来してくる“何か”の音を捉えた。 いやな予感がする。 だが、なにか行動をおこす間もない。次の瞬間にはそいつは群集の中央に降り立っていた。 人間だ。でかい。プロレスラーと見まごうほどだ。筋肉の鎧に張り付いたような服を身につけたそのすがたは、どこか記憶にひっかかるものがあった。「あ、レイザー」 誰かがいった。 いわれてみればその通り。男の特徴は、レイザーのものだ。 ただ、漫画のキャラとしてデフォルメされていないので、判らなかったのだ。「これは、大層な数の侵入者だな」 目を細めた顔は、微笑んでいるようにも見える。 だが、見た瞬間わかった。こいつは圧倒的な強者だ。コイツにかかれば、俺など被捕食者に過ぎない。「どうやってこんなところまで忍び込んだのかはわからんが、とりあえずここに来るのなら正しく入島してくれないとな」 そういってレイザーが取り出したのは一枚のカード。それがなんなのか、確認せずとも分かってしまった。「“排除(エリミネイト) ”使用(オン) 」 不法侵入者を島から排除する呪文(スペル) は、容赦なく使用された。「……うおっ!」 思わず身構えたその姿のまま、恐る恐る目を見開くと、そこは小高い丘になっていた。 辺りに人気はない。「いまのがオープニング、だったり……しないよな、やっぱり」 とりあえず、木陰に腰を落として気を落ち着かせてみる。「何なんだ、一体」 ふと見る。手近なところに花が生えていた。 手折って鼻を近づけてみる。 濃厚な香りが鼻腔をくすぐった。どう考えても、本物の花としか思えない。“ユウ”になった自分。現実としか思えないこの世界。 それを異常と思う自分と、許容する自分がある矛盾は、多分、俺の頭に混じったもののせいだろう。“ユウ”と、そう呼ばれた少女の15年ほどの人生経験が、頭の中に焼き付いていた。 自分が設定した以上に、事細かに。 それが幸いして、と、いうべきだろうか。自分が女であることに、違和感は感じなかった。 逆にキツイのは、“ユウ”の過去。人を殺した感触なんて思い出したくなかった。「あー、どうすりゃいいんだよ」 途方にくれるしかない。 地面に体を投げ出し、空を眺めた、そのとき。視界を光がよぎった。 思わず飛び起きる。 あれは、たぶん仲間。レイザーの“排除(エリミネイト) ”で飛ばされたやつだ。 なんという幸運。 エイジアン大陸のどこかに吹き飛ばすという“排除(エリミネイト) ”の呪文(スペル) 。 たかだか数百人程度の人間がばら撒かれて、似たようなところに飛ばされるなんて、ほとんどありえない幸運だ。 見失うわけにはいかない。夢中で光を追いかける。 後ろに吹き飛んでゆく景色に一瞬驚いたが、神経系(からだ) の方が動き方を覚えているらしい、性能に振り回されることはなかった。 光が落ちた。丘を降りて平地になったところだ。そこに人影があった。 思わず足を止め、息を吐く。 息ひとつ切れていなかったが、見失わずにすんで、安心してしまったのだ。 目を凝らせば、姿までわかる。 ぼさぼさの金髪に整った顔立ち、この世界では違和感もない服装は、漠然と“主人公”という言葉を連想させる。年の頃はたぶん“ユウ”とさほど変わらない少年。 だけど、断言できる。こいつは、仲間だ。 少年は、なにが起こったのかわかっていないようすだった。一応警戒を呼ばないようにゆっくりと近づいていく。「一体何――うわっ!」 少年はこちらを見つけると、大仰にのけぞった。「あな――キミは? じゃなくて、ここどこ……って」 混乱しながらも、一瞬で現状を把握したらしい。少年はすぐに落ち着きを取り戻した。「オレはシュウってんだけど、ここ、どこだか教えてくんない?」「ってシュウか! まじで?」 思わず叫んだ。 友人の名前だった。 そう言えば外観も王道主人公風、思いきりあいつの趣味っぽい。「俺だよ、ユウ!」「……ユウ? マジで?」 シュウはあっけにとられたようすだ。 無理もない。こんな姿になっているのだ。「ユウ?」 こちらを指差してくるシュウ。肯定してやると、その手が、なにかを我慢するように震えだした。「うわはははははは! 信じらんない! マジでユウ!? ナニそのかっこ」 大爆笑。ありえない。こいつ外道か。「お前が女にしろっつったんじゃねえか!」「でっ、でもっ! マジでユウが女だぁ!」 爆笑するシュウに、本気で殺意を覚えた。 ここがゲームの中なのか、HUNTER×HUNTERの世界なのか、実際この世界を調べてみなければわからない。 とにかく俺達が“現実ではないどこか”にいる事は確かなようだった。 冷静になって考えれば、怖い。 ひとりで放り出されていたら、どうなっていたか分からない。だが、幸い、シュウがいた。 パートナーとして、これほど頼もしい者はいない。「まず、自己紹介だな」 そういって、シュウは“自己紹介”をはじめた。 名前は、ハンドルネームと同じ、シュウ。 トップハンターを目指すなりたてハンター。 念能力は、有名になればなるほど力が増す“英雄補正(ネームバリュー) ”と、心の高ぶりを拳に宿す“正義の拳(ジャスティスフィスト) ”。 なんかいやになるほどの主人公っぽさだ。 続いて俺の“自己紹介” 名前は、同じくユウ。 生まれは流星街で、赤子の頃に教育係の老爺にマフィアの刺客としての教育を受ける。だが、実際にマフィアの駒として働く前に、母体であるマフィアは、一人の念能力者に滅ぼされてしまう。「ファミリーの仇を討て、そうすればお前は自由だ」 衝撃で病を得た老爺の最後の言葉に従い、ユウは犯人の手がかりを求め、グリードアイランドを訪れた。 こんな設定で、念能力は“背後の悪魔(ハイドインハイド) ”と“甘い誘惑(スイートドロップ) ”の二つ。 シュウいわく、設定しすぎだろう。ゲームのキャラそこまで練りこんでどうするんだよ。 大きなお世話だ。「で、これからどうするんだ?」「ああ、それなんだけどな。天空闘技場に行こうと思う」 相談すると、そんな答えが返ってきた。「帰る方法、考えなくていいのか?」「情報が足りないしね。取り合えずグリードアイランドのクリア特典で“離脱(リープ) ”ってのが一応有効な線かな? でも、オレたち今の実力がどんなモンかわかんねえじゃん? まあゲームの初期値ならグリードアイランドに入った当初のゴンやキルアくらいの実力ならいい方だろうけどね。だったら性能チェックと実力強化を兼ねて天空闘技場に行くってのは悪くない選択肢だと思うけど?」「うわ、お前結構考えてんだな……でも、たとえば仲間を探さなくていいのか?」「いまは要らない」 にべもない言葉だった。さすがにむっとなる。「なんでだ?」「一回のクリアで手に入れられるのは“聖騎士の首飾り”に“離脱(リープ) ”二枚。二人分しかないんだ。ヘタに一人二人仲間に入ったり、あるいは大人数になると話がややこしくなる。それに、俺らいま金もない状態じゃねえか。そんな状態で寄り集まってもいいことないよ」 足手まといは要らない。足手まといにはならない。シュウの言葉は明確だった。 あまり気持ちのいい話ではない。だが、それを否定する言葉が、俺にはなかった。「異論は、ない。にしても、天空闘技場まで行くなら金が要るな。シュウ、いま手持ちいくらだ?」「あー、だめだ。小銭レベルしかないよ。あ、でもハンターライセンスがあるか。ユウは?」 シュウの言葉に、服をまさぐる。「ナイフ、ナイフ、ナイフ、銃……930ジェニー」 でてきたのはそれだけだった。 どうやって生活していたんだろうか、この暗殺者女。 いや、記憶はあるんだけど。「ライセンスないのか。じゃ、とりあえず金の調達だな……でもユウ、お前パスポート無しにどうやって国境超えるんだ? 流星街出身じゃあ戸籍もないだろう?」 とりあえずかっこいいからと、ライセンス取らなかったり流星街出身とか設定して喜んでたリアル俺をぶん殴りたい。 いったいどうすりゃいいんだよ。