“大天使の息吹”を手に入れてから数日。 急激に暇になった俺達は、拠点で待機する日々を送っている。 いや、ミコは呪文(スペル) カードショップの見張りを続けているから、暇なのは俺だけだけど。 指定ポケットカードを集めているみんなも、早いチームは後数枚というところまで来ているので、かなり順調と言っていい。「それにしても、思ったより“同胞”が居ないな」 たった一ヶ月、とはいえ、全てのプレイヤーが集まるマサドラで、今のところ一人も見当たらない。 あるいは上手くプレイヤーに紛れ込んでいてわからないだけか。「本当ですわね。わたし達しかこのゲーム内に入っていないのでしょうか?」「いや、俺達は別に最速を目指したわけじゃない。下準備とかで、グリードアイランドを手に入れるのに結構寄り道をしている。その上で他のやつらより早いっていうのは、自分達を買いかぶりすぎだろうな」「じゃあ、たまたまショップに寄っていないだけなのでしょうかね」「それか、一度グリードアイランドから出ているか、かな……どうした、ミコ」 会話の途中、いきなりミコの視線が宙を彷徨いだす。「……いえ、おそらく同胞の方、ですけれども……ダメですわ。あれに関わっちゃダメです」 ぶんぶんと首を振るミコ。 一体何を見たのだろうか。「そう言うわけにもいかないだろう。一体どんな奴なんだ?」「……一言では説明できませんわ……ユウさん、気にされているなら一度生で見られることをお勧めしますわ。一度に、仲間に誘う気が失せますから」 ミコにそう言われ、呪文(スペル) カードショップに行ってみることにした。 一目でわかるような奴とは、一体どんな奴なのか。慎重に距離を測り、ショップが見える位置まで詰める。「ぶっ!」 見た瞬間、吹いた。 三人組の同胞、その中に、見覚えのある顔があったのだ。「あー、やっとここまで来れたなー」 一人は、名前は知らないが、ハンター試験の時にいた奴。「ふっ、ジョーくん、満身創痍と言ったところだね」 二人目は、同胞狩りの時に会った、あの気色悪い男だ。何故か全身ぼろぼろになっている。「お前もやろうが、セツナ。ワシらまとめてこいつの足引っ張りまくってたやんか」 ジョーが指を指した先に、第三の男。たぶんミコが見て固まってたのはこいつのせいだろう。「ふっ、気にするな、わたしも途中から役立たずになったしな」 そう言った男は、なんというか、教育上非常によろしくない格好をしていた。見た瞬間、目がその姿を記憶することを拒否してしまった。「ああ、全く、なんでこんな苦労してるんやろな、もー。予定やったらさくっとクリアできるはずやのに……元はと言えば、あのハンター試験がケチのつき始めじゃ。あの小娘、こむずかしい理屈こねよってからに」「ボクもだよ。あのユウとか言う女と関わってから、碌なことがない」「ユウて誰やのん」「ほら、あのGreed Island Online に書き込みしてた……」「ああ、あのイタイ書き込みしてた子がそれかいな。ありゃきっとリアルでもイタイ子やで」 もう帰ろう。こいつら仲間にしても、お互いにいいことなんて、きっとない。 ――と言うか、とても居たたまれない。「むう……しかし、パンツが破れてしまったのは痛い」「なんでキミ、“パンツ被ったら超人化する”なんて変な能力にしてんな。いや、むっちゃオイシイけど」「替えの下着、探さなきゃいけないみたいだね。確か、15、6歳の、美少女の下着がいいのだったかな」「うむ……まあ完全にわたしの趣味だがな。それが一番パワーアップするのだ」 その言葉を聞いて、俺は脱兎のごとく逃げ出した。 俺とこいつらは会わなかった。そう言う事にしておこう。 それから一週間。 グリードアイランドに入ってからわずか46日。 俺たちは98枚の指定カードを集め、再びマサドラ近くの草原に集まっていた。「さあ、これで残すはあとひとつ、“一坪の海岸線”のみ」「ああ、いよいよ終わりが見えてきたぞ」「――だが諸君、油断はするな。君達が如何にブラボーな戦士と言えども、相手はあのレイザー、油断はできない」 緩みがちな気持ちを、ブラボーが引き締める。 そう、相手はあのレイザー。今までに出会った誰より危険な存在なのだ。 シュウが調達して来た、人数合わせの3人を加えてソウフラビへ“同行(アカンパニー)” で飛ぶ。 ソウフラビの町中を探索し、順調に“レイザーと14人の悪魔”の情報を手にいれると、海賊の巣食う酒場を訪れた。 よどんだ空気の中に、柄の悪い男達がたむろしている酒場。その中に、足を踏み込む。「なんだ? テメェら。今日はオレ達の貸切だ。帰んな」 名前は忘れたが、レイザーに殺された、太った男が、こちらを胡乱気に睨めつけてきた。 無言で、ブラボーが一歩前に出る。「この町を出ていきたまえ」 ブラボーの言葉に、爆笑が巻き起こった。 そういえば、漫画でもこんな感じだったな。そんなことを考えながら見ていると、太った男が酒を撒き散らして炎の土俵を作る。「オレをこの“土俵”から外に出せたら、船長(ボス) に会わせてやるぜ?」「ブラボー、あたしがやるよ」 言ったのはミオだ。頭のでっかいリボンをぴょこぴょこ揺らしながら、躊躇いなく土俵に入っていく。「なんだ? チンチクリンのガキか。泣いても知らねぇぞ?」 馬鹿笑いする男。だが、その笑いは10秒と続かなかった。「―――ねえ、それで全力なの?」「ぬおおおっ!!」 全力で押し出そうとする男だが、ミオは平気で突っ立っている。 なんか力学とかいろんな物理法則とかを完全に無視した絵面だが、それだけミオの実力がすごいということなのだろう。 理不尽極まりない絵面なのは変わらないけど。「よいしょっと」 ミオは軽々と男を持ち上げ、ゆっくりと炎の外に放り出した。「んな、バカな……」 呆然とする男、それを見て海賊達のリーダー格らしい男が、立ち上がった。「ついて来な。ボスに会わせてやる」 皆黙って男について行く。酒場の裏手には灯台があり、その中に設けられた巨大なトレーニングジムが、目的の場所。 そこに、レイザーがいた。 久しぶりに見るレイザー。以前は一瞬の邂逅だったが、正面から見れば、その実力が、いやと言うほどわかる。 まともに戦っては勝てない。そう、否応無しに実感させられた。 レイザーの提案で始まった勝負は、スポーツ形式。先に8勝した方が勝ちという条件の元、試合が始まった。 一番手の男が決めた勝負形式はボクシング。 こちらから出るのは、当然マッシュだ。「マッシュ、油断するなよ」「もちろんだ」 マッシュは余裕の笑みをたたえ、リングに上がった。 相手の男も小さくはないが、正面から向きあうと、マッシュはさらに頭ひとつ大きい。 天然の体重無制限(ナチュラルへヴィ) 級に、相手もやや気圧されているようだ。「ファイト」 開始の合図とともに、マッシュが前に出る。ステップインと共に、右ジャブ。 相手はガードしたはずだが、パンチの威力に体が10センチほどズレた。 ジャブの威力じゃないだろう、あれ。 堅実に、重いジャブで相手をコーナーに追い詰めるマッシュ。 アマ、プロ両方キャリアを積んだだけあって、“ボクシング”がむちゃくちゃ上手い。 リングの使い方、プレッシャーのかけ方、あらゆる面で相手を凌駕している。 相手は、確か放出系でパンチの拳を飛ばすはずだが、そんな小細工をする間もない。 マッシュの打ち下ろしの左ストレートが相手のテンプルに突き刺さり、決着がついた。「よっし!」 マッシュはガッツポーズを決める。図らずも名勝負を見せられた気になり、思わず拍手を送ってしまった。 続いての勝負はリフティング。こちらから出たのは、ミコだった。 お互い、ボールを持って、合図と共にリフティングを開始する。だが、ミコのボールは“ハヤテのごとく(シークレットサーバント) ”が化けたもの。地面にボールが落ちるわけもない。早々に相手のボールに念獣が化けたボールをぶつけ、勝利をもぎ取った。「やったわね、ミコ」「……辛勝でしたわ」 カミトの祝福に、ミコは何故かおしりを押さえて応えた。 ……そう言えば、念獣と感覚を共有してるって言ってたっけ。それを蹴り続けていたら、そりゃあ辛いだろう。「ゴムゴム、超高度アターック!」 「喰らえ、“波紋”入りのバレーボールを!」 次の勝負、ノリノリな二人がバレーで勝利を収めた。一人一勝だから4勝の計算だ。 続いての勝負、バスケと卓球、ボウリングでは、かねてからの予定通り、人数あわせを投入してわざと負ける。「命が惜しかったらソッコー負けろ」 と言うシュウの言葉通り、彼らは勝負すらせずに負けた。 これで4勝3敗。だが、数字以上の実力だと見切ったのだろう。レイザーが8対8のドッジボール勝負を挑んでくる。 すでに7試合行っているので、残った8人。俺、シュウ、レット氏、ブラボー、カミト、ヒョウ、ミオ、エースがメンバーになった。「――レイザー、ちょっといいかしら」「ん?」 カミトが、レイザーに声をかけた。「わたしの鎖、念で実体化したものじゃないんだけど、持ち込んでもいいのかしら?」「かまわないさ、そのほうが面白そうだしな。ただし、鎖(それ)での攻撃は反則だぜ。それに、鎖も体の一部として判定することになるが 」「いや、充分よ」 カミトは腕を組んで不敵に笑った。 “鉄鎖の結界(サークルチェーン) ”が使えるなら、カミトの防御力は格段に上がる。 OKが出たのはありがたい。「外野は俺が行く。俺の“我は変わらず在り(イモータルハート) ”は、こんな場面では壁くらいにしかならんからな」「わかった。お願いね」 ヒョウの言葉に、カミトは頷いた。「スローインと共に試合開始です! レディ―――ゴー!!」 スローインのボールは最初から譲るつもりだったのか、ジャンプすらせずに、レイザーの分身は退がっていく。「球技となれば俺の出番だ。任せろ!」 エースが、ボールを手に、振りかぶる。「おりゃあっ!!」 ボールに込められた強力な念は、さすが操作系。 強烈な剛球が、4番をコートの外へ吹っ飛ばす。「ほう、なかなかの能力者だな」 レイザーは余裕の表情。 外野のヒョウから返されたボールを、再びエースが受け取り、5番を吹っ飛ばす。「―――準備OKだな」 レイザーの言葉の意味は、わかる。外野に3人揃えることこそレイザーの目論見。「―――だが、あんたの出番は永遠に来ないぜ!」 エースの投げた球は、7番を吹っ飛ばす。 だが、7番は吹っ飛びざまにボールをコート内に投げ返し、レイザーがそれを捕球した。 これは、セーフだ。「さて、厄介な奴が居るようだな」 言って、レイザーは念を凝らし、投球。狙いは―――エース。「当たるかよ!」 それをギリギリで躱すエース。 だが、その影にいたカミトに、ボールが襲いかかる。 ボールがカミトに当たるかと思われた刹那、金属をこする音と共に、ボールはカミトの鎖に絡め取られていた。“鉄鎖の結界(サークルチェーン) ”。カミトを自動的に守る、鉄壁の防御だ。「―――ほう? やるな」 レイザーは、眼を細めたまま笑みを浮かべた。「お返しだ!」 カミトからボールを受け取り、再びエースが投球。 7番を襲うかと思われた球は直角どころか戻ってくるような急角度で曲がり、2番を吹っ飛ばした。「どうだ! 変化球の変化を増幅させる“魔球X(ミラクルボール) ”の味は!」 ガッツポーズを取るエース。「ほう。どうやら実力も申し分ない様だし……本気でやるか」 レイザーの言葉と、発せられたオーラに、場の空気が凍りついた。 彼から発せられるオーラは、俺達の中でオーラ量が一番多いシュウと比べても桁違い。「上手く当たってくれよ」 ――当たり所が悪ければ死ぬからな。 そう言って投げられたボールは恐ろしい速度でエースの襲いかかる。 ヤバイ! 顔面直撃コース! だが、間一髪、エースとボールの間に腕が差し出される。 ミオだ。 ボールはミオの手を弾き、威力を減じながらエースの野球帽を吹っ飛ばした。「ミオ! 大丈夫!?」 エースは、頭をかすめたボールで脳震盪を起こしている。 掠ってこれだ。直撃したミオが無事で済むわけがない。「いたたた、絶対骨にヒビくらい入ってるよ」 だが、ミオはそう言ってひょこりと立ち上がり、腕を庇いながら外野に歩いていった。 呆れるほど丈夫なお子様である。 レイザー側の外野からゲームは再開される。 レイザーに戻されたボールは、レイザーの手から外野に全力パス。 高速のパス回しは、眼で追うのが精一杯。 そこへ、2番が飛んだ。 5番に投げられた2番は俺達の上空でボールを受け、こちらに投げつけて来る。 横の動きに眼を慣らされていた俺には、とても捉えられない動き。 気がついたときには、ボールはブラボーに直撃していた。「ってこっちに―――」 クッションボールがレット氏に直撃、レット氏はもんどりうって倒れた。なんと言うか、つくづく幸薄い人だ。「む、う、不覚」 ブラボーはそう言って地に膝をついた。 その程度で済んでいるのは、例の武装錬金な念能力のおかげだろう。クッションボールを受けたレット氏ですら気絶しているのだから、大したものだ。 だが、これで残ったのはシュウと俺、カミトだけ。 少々心もとない。 仕方ない。この場では使いたくなかったが。 俺は“甘い誘惑(スイートドロップ) ”を口に含む。 四面を敵に囲まれているこの状態では、“背後の悪魔(ハイドインハイド) ”が使えないのだ。「シュウ、跳ぶぞ」 ボールを受け取った俺は、シュウの影に隠れ、“背後の悪魔(ハイドインハイド) ”で7番の背後に回りこむ。 体が地面につくまえに投球。6番とレイザー、ともにフォローしにくい位置からの攻撃だ。対処する暇もなく、ボールは7番の足に当たって転々と転がっていく。「ほう? 瞬間移動の念能力とは珍しいな」 頭上にはレイザー。その威圧感に、冷や汗が浮かぶ。 その手にボールがパスされる。 そういえば、こいつ外野にも攻撃していた!“背後の悪魔(ハイドインハイド) ”! 何も考えず、シュウの背後に飛ぶ。 次の瞬間、轟音が地面を揺らした。レイザーが、ボールを地面に叩きつけたのだ。 俺が先ほどまでいた地面に。 ボールは天井でバウンドし、再び地上に落ちてくる。 それを、一本の鎖がもぎ取った。“追尾する鉄鎖(スクエアチェーン) ”、カミトのもう一本の鎖だ。 こちらのボールになったところで、こっそりと“甘い誘惑(スイートドロップ) ”を吐き出す。とりあえず、こちらにボールがあれば、“絶”状態でも安全になる。「ユウ、ちょっと頼めるか」 カミトからボールを受け取って、シュウが、こちらを向く。 その眼が、強烈な怒りをたたえている。「……ひょっとして、ジャンケングー?」「頼む。オーラを高速で攻防力移動できるのはユウしかいない」 買いかぶってくれる。 俺が高速で攻防力移動できるのは、手にだけ。シュウの技とこの戦いを考えれば、そう言うこともあるだろうと密かに練習していたのだ。 それも、完成度は8割ほど。 だが、そこまで信頼されては、応えないわけにはいかない。 両の手でしっかりボールを支える。 角度良し。シュウが、拳を腰溜めに構える。 膨大なオーラが、シュウを覆う。……これ、俺、ほんとに防御できるんだろうか。 レイザーと比べても、ほとんど遜色ないくらいだ。「いくぞ。ユウ」「ああ、来い」 内心穏やかではなかったが、そう言って応えた。「“正義の拳(ジャスティスフィスト) ”!!」 インパクトの瞬間、高速でオーラを拳に集める。それでも腕ごと引っこ抜かれそうな衝撃を受けた。 ボールは、飛んで行く影も見えない。気がつけば、レイザーをコートの外に吹き飛ばしていた。「バックしろよ。まだオレの気は済んでないぜ」 レイザーに向かい、シュウは言葉を叩きつける。怒りを含んだ言葉は、恐ろしいまでの威圧感。「―――いや、まいった」「え?」 レイザーの言葉に、眼が丸くなる。「その球は、ちょっと受けられそうにない。お前が何を怒ってるのかも想像がつくし、完全に失策だな。オレの負けだ。約束通りオレたちは町を出て行く」 両手を挙げて、降参のポーズ。 この瞬間、勝利が確定した。