俺も、シュウも、お互い満身創痍で、港への道のりはキツかったが、吸血鬼の群れを引き受けたみんなが心配で、体を引きずるように先を急いだ。 港は、灰に覆い尽されていた。 風もない夜が、こんなときには恨めしい。 人が、死んだと言う事実が、こんなにもはっきりと残るのだから。 辺りに、動くものはない。 ただ、数人の人影が、闇の帳越しでもはっきりと見えた。「カミト」 声をかける。 唯一、二本の足で立っていた鎖使いの同胞は、ゆっくりと、こちらを向いた。 その足元には、ミコの姿。それに、疲れて大の字に寝転がっているレット氏とマッシュの姿があった。「勝った」 それだけ、言った。 それ以上、言えなかった。「そう」 カミトが口に出した言葉も、それだけ。 だが、カミトが手に持っている赤いリボン。ミオがつけていたそれが、カミトの手にあることで、ここで何があったか知れた。 だから、何も聞かない。「こっちも、勝ったわ」「そうか」 ただ、カミトの言葉に返事を返しただけだった。 ブラボーのことも、本当のことが言えるはずがない。ただ一言のみ言った。 ブラボーは死んだ、と。 その言葉に、カミトの肩がピクリと震えた。 俺は、カミトに何か声をかけようとして、息を飲んだ。 カミトが一瞬浮かべた、どこか納得のいった表情。それが、全てを見透かされたように思えた。 だが、それも一瞬、決意を秘めた瞳でカミトは顔を上げた。「帰るわよ……それが、目的なんだから。そのために、皆死んだんだから」 感情を押し殺すように、カミトはエースやヒョウの遺体を集めていく。「カミト、何を?」「連れて帰るのよ。せめて、死体ぐらい返してやらなきゃ……救われないじゃない」 ミコをお願いね。カミトはそう言って、俺達に背を向ける。「カミト、どこへ?」「船を借りるのよ……帰るためにね」 カミトが、歩いていく。ブラボーの事を聞こうともしないカミトは、ひょっとして気付いているのかも知れない。 だから、話にも出さなかった。 カミトはもっとも長くブラボーと行動を共にした人だ。彼の裏切りに、傷つかないはずがない。 それでも、カミトは気丈に振舞う。それが、やるせなかった。 待つこと小一時間。カミトが回してきたのは、大型のクルーザーだった。「さ、行くわよ」「……どこへだ?」 シュウの質問に、カミトは力なく笑う。「グリードアイランド島。その中で“離脱(リープ) ”を使うことが、考え得る、最も確率の高い現実への帰還方法だから」 船に乗り込んだのはエース達の遺体とカミト、ミコ、レット氏、俺、シュウの5人。 マッシュは残って見送る事になった。 彼は、グリードアイランドに入りながら、定期的に天空闘技場で試合していたらしく、準備期間に余裕が無くなっていたのだ。 カミトは、マッシュに簡単に挨拶して、操舵室へと向かって行った。ミコは、船室で寝かされている。「ユウ、レット、シュウ……またな」 そう言って笑ったマッシュは、俺達がもう帰ってこない事を知っていたのかもしれない。 知っていて、平然と見送ってくれた。 だから、俺達も笑って返した。 マッシュはこちらの人間だけど、間違いなく俺達の仲間だった。「またな、マッシュ! どうせなら、バトルオリンピア優勝を目指せよ!」 ぐっ、と、シュウは拳を宙に突き出す。「おう!」 マッシュも、親指を立て、応えた。「マッシュ、ありがと」 何か言いたかったが、言葉に詰まって、口から出たのはそれだけだった。「おいおい、礼を言うのはこっちだぞ? ユウのおかげで、俺はここまで強くなれたんだし、これからも強くなっていく。いくら感謝してもしたりないぐらいなんだ」「マッシュ……」「それにレットも、ライバルがいるってのは、思ったより張り合いがあって、楽しかったぜ」「マッシュ……それは、こっちのセリフっスよ」 船が、ゆっくりと動き出す。「――ああ、ひとつ言い忘れてたことがあったな」 ゆっくりと離れていくマッシュが、声を上げる。「最初、お前に交際を申し込んだけどな、あれ、無かったことにしてくれ。お前ら、お似合いだぜ!」 とびきりの笑顔で、そんな事を言ってきた。 思わずつんのめりかける。 勘違いもはなはだしい。だが、まあ、マッシュが勝手に自己完結してくれるなら、わざわざ訂正する必要は無いだろう。「いやー、そうっスかねー」『いや、おまえじゃないだろ』 奇しくも、何故か勘違いしているレット氏へのツッコミが、重なった。 それを見て、マッシュが爆笑する。「またなーっ! みんなーっ!!」 マッシュに応えるように、大きく、手を振る。船が動き出し、だけど、姿が見えなくなるまで、俺たちはマッシュに向かって手を振っていた。 俺も、シュウも、かなり負傷が厳しかったので、比較的軽症だったレット氏を操舵の交代要員に任命し、その日は船室で泥のように眠った。 次に目覚めたのは2日後だった。 どうやら、予想より疲労が激しかったらしい。 目を覚ますと、寝台で寝ているのはレット氏とカミトだけだった。 重い頭を無理やり起こし、体調を確認する。 体が重いのは、たぶんオーラを限界まで絞り尽したからだろう。腹や顔にある痣は、もう数日は確実に痛みが残る。完調ではないが、まあ、静養が必要なほどではない。 船室を出、操舵室を見れば、シュウが船の運転を任されていた。「よ」「お、ユウ。もう起きられるのか?」 それは、どう考えてもお前に言うべき台詞だと思うぞ、シュウ。 肉体的なダメージに関しては、お前の方がよっぽどひどかったんだから。「シュウのほうはどうなんだ? もう起きていいのか?」「ん、完璧完調」 人間ワザじゃないだろう、その回復力。「ミコは?」「甲板に出てる……やっぱり、ちょっとショックだったみたいでな。今はまだ、話かけない方がいいかもな」「そうか……」 妹が出来たみたいだって言ってた、ミコ。やっぱり、ショックなのだろう。 俺は、甲板に出た。 ミコは、波間をみつめるように、甲板の端に立っていた。 俺は、黙ってミコの隣に立った。 言葉も、何もない。 ただ、一人にしておけなくて、そうした。「――なんで」 長い間、ずっと無言でいたミコだったが、ポツリ、ポツリと、話し始めた。「何故、みんなが、死ななければならなかったのでしょう。みんな、みんな、いい人でしたのに」 俺は、無言。その、原因となった者の名を、ミコに教えるわけにはいかなかった。 誰かを憎めれば、楽だけど。 きっと、それ以上にミコは傷つくことになる。「ミオは、ミオはまだ10歳で、あんなに小さかったのに……」 ミコの声は、震えていた。「こんなに、小さくて、私に膝にのって……それが……う、うあああっ」 ミコは、こらえ切れず、声をあげて泣き出した。 俺は、黙って胸を貸した。 こう言うとき、もうちょっと身長があればサマになるんだろうけど、ミコのほうが背が高いから、抱えあげられているような、つんのめった体勢になったけど、俺は黙ってミコの背を撫でてやった。 ヒョウの死も、ダルの死も、Dの死も、エースの死も、そしてミオの死も、決してなかったことにはできない。 でも、みんな、ただ死んだわけではない。 みんな、仲間のために、戦った。最後まで、俺達の戦いを助けてくれた。 仲間の、帰還を願って、最後まであがいた。 そのおかげで、今の俺達がある。 だったら、その意思を、無にするわけにはいけない。 元の世界に戻って、当たり前の生活を送って、当たり前に笑い、当たり前に騒ぐ。そんな当たり前の幸せを、あいつらは俺達に託すしかなかった。 背負わされた命は、重いけど、その重みの分だけ、幸せにならなくちゃいけない。 いつだって、あいつらに、胸を張っていられるように、前を向いて歩いて行こう。 そう、心に誓いながら、不覚にも、熱いものがこみ上げてくるのを押さえ切れなかった。 泣き疲れてそのまま眠ったミコを船室に運び込み、寝かしつけていると、奥の方からいい匂いが漂ってきた。 みれば、簡易キッチンにカミトが立ち、腕を振るっていた。匂いからして、シチューを作っているらしい。 くつくつと煮えるシチューがかき混ぜられるたび、食欲を誘う香りが漂ってくる。 クウ、と腹の虫が鳴った。よく考えれば、丸二日、何も食べていないのだ。「あら、ユウちゃん。ミコ、寝ちゃったのね」 俺に気付いたカミトが、振り返って微笑みかけてくる。「泣き疲れて、今寝たとこ」 言いながら、俺は据え置きのテーブルについた。「ごめんね、ユウ。面倒見させちゃって」「当然だろ? ミコは大切な仲間だ」「そうじゃなくて……ユウもキツイのに、任せちゃって」 カミトは、視線を落とした。 それを言うなら、カミトのほうがよっぽどキツイだろう。あの5人も、ブラボーも、カミトのほうが付き合いは長いのだ。「……ま、それは置いといて、とりあえずご飯にしましょ。人間空腹じゃあ碌なこと考えないものだし。一人ならなおさら、ね」 どうも、この人と話していると、見透かされている気がして落ち着かない。「レットと、シュウも呼んできて頂戴。この辺りなら自動操縦に任せられるはずだから」 眠りこけるレット氏をたたき起こし、操舵室のシュウを呼んでくると、匂いにつられてか、ミコも起きだして来た。 5人で雑談しながら暖かい食事をしていると、不思議と重苦しかった心が楽になった。 ほんとにカミトは、お見通しだなあ。「――あ、そうだ。ここ、ラジオついてるんスよね。喫茶店でバイトしてた時、よく聞いてたんスよ」 レット氏が、思いついたようにラジオを付けた。 どこの電波を拾ったのか、スピーカーは軽快な音楽を吐き出しはじめる。 聞き慣れない曲調だが、素直にいい曲だと思えた。「やっぱ、こっちでも、音楽の良さは変わらないっスよね」 音楽を楽しむように、目を細めるレット氏。なんだか意外な一面を見た思いだ。 音楽を肴に、しばし談笑。『え!?』 いきなり聞こえてきた、耳慣れた歌に、みなが思わず声を上げた。 ラジオから流れているのは、ボーカルが違い、微妙にアレンジされているものの、間違いなくもとの世界の歌だった。「これって……あれ、だよね」「間違いないっスよ」「これはわたしも知ってるわ」 おそらく、同胞が歌っているであろう、その曲に、皆、思わず顔を見合わせる。 ややあって、カミトがくつくつと笑い出し、それがみなに広がった。「……世界が違っても、音楽の良さは変わらない、か」 ひとしきり笑ってから、カミトがつぶやいた。 本当にその通りだと、そう思い、初めてこの世界が、こちらに優しく微笑みかけてきた気がした。 その夜半過ぎ。 なんとなく目がさえて、俺は甲板に上がった。「よ」 俺を待ち構えるように、シュウはそこにいた。「シュウ、寝てないとだめだろ? 当番で疲れてるんだから」 俺の言葉に、シュウは首を振った。「眠れないんだよ。いよいよ明日にはグリードアイランドに着く。それで帰れると思うと、な」 そう言って、シュウは夜空を眺めた。「わあ」 つられて見上げた空に、思わず歓声がもれる。 人の明かりのない夜空に描かれた、光のイルミネーション。漆黒の闇の中、見たことないくらいの量の星が、散りばめられていた。「こっちで最後の夜空かと思うと、余計きれいに見えるな」「いや、それ抜きにきれいな星空だよ」 星空が、本当にきれいで、思わず見とれてしまう。「――ユウ」「何だよ、あらたまって」 声をかけてきたシュウ。その真剣な表情に、思わず息を呑んだ。「オレさ、やっちゃなんねーことやりかけた」 その言葉に何か返しかけて、言葉に詰まった。 シュウの纏う雰囲気が、言葉を拒絶していた。「たぶん、お前や、カミト達に顔向けできねーくらい自分勝手なわがままで、取り返しのつかないことをやりかけたんだ」 シュウは、そこで息を継ぐ。 鬼気さえ感じるシュウの独白に、俺はなにも返せない。「ユウ、俺を殴ってくれ」「何だよ、いきなり」 シュウの言葉に、困惑する。「そうじゃないと、オレの気がすまないんだよ」「わけがわからない」 俺は拒否しようとして、シュウの貌に、息を呑んだ。 後悔の念に押しつぶされそうな、シュウ。彼の顔が、苦痛に歪んでいる。「頼む、ユウ」 その一言で、覚悟を決めた。 それでシュウが楽になるなら、いくらでも殴ってやろう。 無言で、手加減なく、シュウの頬を殴った。 にぶい音と共に、シュウは甲板の端まで吹っ飛んでいった。「おーい、シュウ、大丈夫か?」 傍まで歩いて行き、甲板に大の字になったシュウを見下ろす。 シュウは、何処かすっきりしたような顔で、やおら笑い出した。「手加減無しかよ……ユウ、やっぱお前大好きだわ」 言いながら、笑うシュウ。 俺は呆れて、船室に足を向ける。「そのまま寝ないようにな」「だったらちょっとは加減しろ!」 シュウは、なおも笑いながら応えてくる。 そのまま船室に向かおうとすると、物陰に隠れるように、カミト、レット氏、ミコが並んでいた。「お前ら、何やってんだ」「いや、まー、その……」 カミトが、何処か言葉を探すような仕草。「端的にきくけど、シュウ、ひょっとしてとんでもなく下品なお願いでもして来たの?」 その言葉に、初めてカミトの頭に拳骨を落とした。 よく朝未明、クルーザーは大きな島にぶつかった。グリードアイランド。地図には存在しない、幻の島。 海岸近くまで船を寄せ、ボートで海岸に向かう。 海岸に一人の男が待ち構えていた。 レイザー。不法侵入してきた俺達を、排除するもの。 俺達は広がるように展開し、身構える。が、カミトは、ためらいなくレイザーに相対した。「レイザー、わたし達は“異邦人”よ」「……そうか。ドゥーンから話は聞いている」 何故か友好的な様子のレイザーに、構えていたこっちが戸惑ってしまう。「どうした?」 その様子を不思議に思ったのか、レイザーが尋ねてきた。「いや、何でそんなに物分りがいいのかと」「別に。俺だって事情を聞けば協力したくもなるさ。ゲーム運営の支障にならない限りはな」 レイザーの表情は、笑い顔のまま変わらない。 そうか。てっきりレイザーは敵だと思っていたけど、ちゃんと事情を話すという方法もあったんだな。「ブラボーが、城で話してたんだな」「ええ、わたしは、その話を聞いていたから」 シュウとカミトの会話は、意識的に聞かなかったことにする。 冷静にあいつのことを振り返るには、まだ時間が足りない。 レイザーの許可の元、俺達はボートから岸に降り立つ。 同時に、抱えていた死体袋が、オーラに包まれ、中身を失った。「グリードアイランドが、みんなの死を認識したんでしょう。変則だけど、これで帰れることが証明されたわね」 必要なのは、ゲームを使わずにここに来ること。 この世界と、あちらの世界の、唯一の交錯点であるここで、正規手段に寄らず入島し、“離脱(リープ) ”を使うこと。 それが元の世界に帰れる、唯一であろう手段。「……やるわよ」 言って、カミトは“挫折の弓”を手に持ち、レットに向かう。 これが別れになることは、わかっていた。 だが、話したいことは、全て船の中で話してしまって、何も出てこない。「“離脱(リープ) ”使用(オン) ・レット」「みなさん、さよならっス」 敬礼と共に、レット氏は消える。 なんだか、レット氏らしい、別れ方だった。「“離脱(リープ) ”使用(オン) ・ミコ」「あのっ! あっちにかえっても――」 思いついたように何か言いかけて、ミコが消えた。 そのあわて振りに、思わず苦笑してしまう。「ユウ、シュウ……ありがとうね」 カミトは、絞り出すような笑顔で一言、そう言って。「カミト」 シュウの言葉で、呪文が中断される。 シュウは、手荷物を丸ごとカミトに放り投げた。「俺にはもう必要ないから(・・・・・・・・・・・)、 カミトが預かっていてくれ(・・・・・・・・・・・・) 」 シュウの言葉に、カミトは一瞬ぽかんと口を開け――苦笑を浮かべた。「“離脱(リープ) ”使用(オン) ・ユウ、シュウ……ありがとね、二人とも」 その言葉が、この世で聞いた最後の言葉だった。 こっちこそ、本当のことをいえなくてごめん。そう言いたかった。だが、それを言い出せないまま、俺達は眩い光に包まれていった。 ――そう言えば、“ユウ”に何か言うの、忘れてたな。唐突に浮かんだ考えに、何かが否定の意思を送ってきた気がした。 OTHER'S SIDE サイド・ブラボー「グリードアイランド、実際に作ってみないか?」 最初は、ただの冗談みたいな一言だった。 それが、いろんな協力者が現れ、私自身関わっていくうち、どんどん具体的な物になり、出来上がったゲームは、人に見せて恥ずかしくないものになった。 密かに、名作になると自負してもいた。 作品への愛と、確かな技術があれば、当然とも言えた。 それが、何故こんなことになったのか。 β版のテストプレイヤーを選出し、我々開発者の内数人も、それに参加した。 そして、気が付けばあの草原に立っていた。 同じくこちらに来たはずの仲間を探すうち、旅の道連れができ、ハンター試験を受け、ゲームを探す間にも、仲間は増えていった。 彼らとなら、きっと元の世界に戻れると確信できた。 ようやく待望の開発者仲間を見つけたとき、私の心は闇の淵に叩き込まれた。 彼らは、“同胞狩り”になっていた。「確実に帰るために必要だと思ったんだよ。あんたがそう言うなら、やめとくって」 そう言って調子よく謝るあいつらを、何故信用してしまったんだろうか。 お互い、顔も合わせた事もないが、同じ物が好きで、同じ作品に取り組んだあいつらを、俺は、紛れもない盟友だと思っていた。 だから、グリードアイランドをクリアしたら一緒に帰ろうと、連絡をつけておいたのだ。 だが、あいつらは、自分の楽しみのためだけに、仲間を殺した。 さらにアマネの暴挙が止めを刺した。 こちらに来て、初めてアマネに会ったのは、開発者仲間に会った時。アマネは、同胞狩りと行動を共にしていた。 私を見つけるために、彼らと同行していたらしい。 協力して、一緒に帰ろう。そういった私に、アマネは逆に、ここにずっと住もうと言って来た。 その時初めて、あいつの心を知った。だが、私にどうしろというのか。相手は、実の妹なのだ。 それだけは、できない話だった。 再びアマネに会った時、すでにあいつは鬼と化していた。 いきなりの不意打ちでヒョウを殺し、私とエースはアマネの念能力で閉じ込められた。 エースの命が惜しければ。そう言ってアマネが渡してきた指輪を指にはめて、おれは、皆を裏切ってしまった。 指輪に心を操られ、アマネのことしか考えられない人間になった。 結局、散々毒を撒き散らし、アマネは死んだ。私には、それを止めることもできなかった。 いっそ、何もかも忘れてしまっていれば良かった。だが、残酷にも、記憶は私の物として克明に記録されていた。「恥じて死ね」 そういったユウの言葉よりも、私の裏切りに、ユウが深く傷ついたことが、痛いほどわかって、それが、私を打ちのめした。 私のやったことは、取り返しのつかない事で、最も重い罪であると、思い知らされた。 償いようがない。 贖いようがない。 そんな罪を犯して、それでも、手の中に残ったものがある。 二枚の“挫折の弓”。 これを残してくれたシュウの意図は、痛いほどわかる。これでやることなど決まりきっていた。 救おう。この世界に取り残された同胞を。 この身を、それだけに使い潰そう。 償いではない。それがただの代償行為だとしても、この身がすでに罪にまみれていたとしても。 今度は決して、私がブラボーである事を裏切らない。 そう誓って、立ち上がった。 この身は、人を救うために。ただそれだけの道具であればいい。 そう自分に言い聞かせ、決して歩を緩めず、歩いていく。“俺”はブラボー。キャプテン・ブラボーだ。「――う」 眼も眩むような光に、眼が開けない。 いつの間にか机に突っ伏していたようで、顔に冷えたものが当たっている感触。 目を開くと、そこに広がっていたのは懐かしい我が部屋のものだった。「おニイ」 しばらくボーっとしていると、いきなり扉が開いて、妹が顔を出してきた。 あまりにも懐かしい顔に、一瞬見とれてしまった。「おう、友、久しぶり」 俺の言葉に、友は怪訝な顔を見せた。「何寝ぼけてるの―――あ、また一晩中ゲームしてたんでしょ」 なんと言うか、普通過ぎる反応に、戸惑う。 俺、一年以上いなくなってたはずなのに。「あ、あ、あー。今、何月何日」「おニイ、呆けるのも大概にしてよね。11月18日に決まってるでしょ」 なんと、俺が体感した一年が、こちらでは一晩のことだったらしい。「朝ごはん、早く食べてよね。休みだからってゆっくりしてられたら、片付かないんだから」 呆れたような友の髪を、くしゃりと撫でてやる。「な、あ……おニイ! 子供扱いしないでよ!」 顔を真っ赤にして怒り出す友。 朝飯を食べたら、すぐにネットに繋げよう。 それで、シュウの無事を確認して……また、ゲームをやってみるのもいいかもしれない。今度は普通に、当たり前のゲームを。 ふと、ためしに“練”をやってみる。“練”はおろか、オーラが見えることもない。「うん、これが普通なんだよな」 何もできなくなっているのに、やけに楽しくなる。「おニイ、奇行に走らないでよ」 呆れた眼でこちらを見る妹に、適当に誤魔化し、部屋を出る。 途中、つけっぱなしのディスプレイをちら、と見て、俺は階段を駆け下りた。「友、飯だメシ!」「階段走らないでよ、危ないでしょ!」 注意されながらも、浮き立った心は収まらない。 一夜の夢のように消えた一年を越える時間。 その中で、多くのものを得て。多くのものを失った。 だけど、変わらないものがあって、大切なものがひとつ、出来た。 とりあえず、飯を食ったら、シュウと話そう。 二人で無事を喜びあって、それから、話したいことはいくらでもある。 でも、まずは、一人の少女の話をしよう。 俺の心に仮住まいしている、一人の少女の話を。 画面にはひとつのメッセージが流れていた。“わたしはあなたと共に”