エピローグ if~架空交差点「――ああ、いい天気だな」 晴れた空を見上げながら、つぶやく。 休日、せっかくの陽気。なのに、俺は何をやっているのか。「おニイ、なんで逃避気味?」 隣を歩く妹のマークは完璧。逃げようがない。 わざわざ休日つぶして妹の服選びに付き合わされてる俺の気を察しろとか。 知り合いにこんなとこ見られたくないとか。 これから何時間もお前の買い物に付き合わされるんだ逃避ぐらいさせろとか。 いろいろ言いたいことはあるけど……「仕方ないでしょ。晴美たち急に行けなくなったんだから。かわりにお昼はご馳走するからさ」 一切合財読まれてて、猫に首根っこ押さえられたネズミのようなものだ。 俺は、ため息をつくしかない。 対照的に友のほうはやたらと上機嫌。先日ばっさりと切った髪を振り回しながら鼻歌など口ずさんでいる。 もともと友がベースだったからだろうか。髪型まで似せると、本当に“ユウ”に見える。 どうも“元ユウ”としては、目の前に“ユウ”がいるというのは、複雑な心境だ。「でも、本当にいい天気だな」 ビルの隙間から見える空は、高く、遠く、一炊の夢のようだったあちらの世界を思い出させる。『みんな、どうしてるかな』 何故か、俺と友の言葉が重なった。「いや! 晴美たちだよ!?」 あわてたように言ってくる友。 びっくりした。 本当に心を読まれてるのかと思った。「――そりゃないっスよ!」 不意に聞こえてきた、聞き慣れた語調。俺は思わず声の主を探した。 家電量販店の前。大学生くらいの青年と、中学生くらいの少年が向き合っていた。「ダメだぜ、センセイ。模試で満点とったら、ゲームなんでも買ってくれる約束じゃん」「だからってゲーム本体はひどすぎるっス! キミの家庭教師代何月分だと思ってるんスか!」「約束は約束じゃん。安請け合いしたセンセイが悪いと思って、ここはひとつ……」「せめてソフトにまけて下さいっス!」「……どうしたの?」 友が不審そうにこちらを見てくる。二人の掛け合いに思わず足を止めていたのだ。「あ、いや、なんでもない」 いくら口調が同じだからって、そんな偶然があるはずがない。 きっとただの思い過ごし。「――母さん、まって!」 視線を戻すと、前から女の子が走ってきた。 きっと何かに目を取られていたのだろう。先を行く親を追いかけ、女の子は俺の脇を通り過ぎていった。。 なんとなくそれを目で追った、その先。女の子の母親らしき女性を見て、思わず目をしばたかせた。 その女性の外貌が、“ミコ”を、もう少し大人びさせたような姿だったのだ。「美琴、ぼうっとしてちゃダメでしょう? もう、来年から中学生のお姉さんになるんだからしっかりしなきゃ」「だって、ちょっと知ってるかも知れない人がいたから……」「――おニイ?」 親子の様子を見ていると、隣から絶対零度の声が聞こえてきた。「わたし、小学生をナチュラルに目で追う兄を持った覚えはないんだけど」 その言葉と表情が怖すぎる。 俺はあわてて視線を戻し、歩き出す。 休日の繁華街。人通りは次第に多くなってきていた。「――で、どうだったよ。おまえ、Greed Island Online」 交差点で信号待ちをしていると、そんな声が聞こえてきた。俺は思わず辺りを見まわす。 だが人ごみの中、声の主など見つけようがない。「どうって、まだやってないよ」「なんで? お前、帰ったら速攻やるって言ってたじゃん」「それがさ、キャラ作って始めたんだけど、気がついたら寝ててさ、いつの間にかキャラ、消失(ロスト)になってるし……」 信号が青になり、皆が歩き出す。声は次第に離れていき、聞こえなくなった。「あ」 友が、隣で声を上げた。 横断歩道を渡ったところで、後ろを振り返る友に、釣られて振り返る。 道を挟んだ向こう側。 信号はすでに青になっている。だというのに、横断歩道の前で一人、立っている女性が目に止まった。 20台半ばくらいに見える。 長身にスーツ姿の似合う女性で、しゃんとした姿に、自然と目がいった。 気のせいかもしれない。だけど、ほほえましげな視線は、確かにこちらに向けられていた。 と、いきなり。横合いから伸びてきた手が、俺の頬をねじりあげる。「――っ!!」 痛みに、声も出ない。「なんで今日に限って女にばかり目が行くかな、おニイは」 思いきり誤解だ。いや、確かにちょっと好みではあったけど。 と言うか、おまえが先に見てたろうが。 痛む頬を押さえる。今のは尋常でない力が込められていた。 俺達の掛け合いに、女性はふ、と笑みをこぼし――人ごみの中に埋もれてく。 一瞬、その笑みが、カミトのそれと重なった気がした。 あわてて探しても、すでに彼女の姿は見当たらなかった。「さ、行こ。今日は思い切り振り回してやるんだから」 何故か頬を膨らませ、友は強引にこちらの手をとらえる。 どうも妙な日だ。次々と仲間を連想させる人に行き会う。 となると、そろそろシュウが出て来ても良さそうなものだが、残念ながらシュウの姿は見当たらなかった。「おニイ、行こ」 ずるずると引きずられていく俺。 そういえば、この強引さはなんだかシュウを連想させるよなあ。 引きずられるように歩きながら、空をながめる。 同じ空の下に、仲間がいる。 たとえ会うことがなくても、それだけは確かで。 そんな当たり前のことを、尊いと感じた。 はるか遠い空の下、遠い国の遠い街。 ブラボーは一人、歩く。 その先に、待ち構えるように、立っている者がいた。「――やっと、会えたわね」 その声に、姿に、ブラボーは否応無しに立ち止まらされた。「……カミト。どうしてここに」 よほど驚いたのだろう、ブラボーはしばし無言だった。 やがて、口を開いたブラボー。 彼の言葉に、カミトは極上の笑顔をで答えた。「決まってるでしょ……わたしが、あなたのパートナーだからよ」