それは、とても“奇妙な”ポーズだった。 体を妙にひねりながら両足を広げ、右手で服を押さえながら左手ではだけさせる。 いうなれば“ギャング・スターに憧れるようになった”かのようなポーズだ。 彼は、そのポーズのまま動かない。視線も、宙に据えたかのように、まったく動かない。 むろん、過剰に衆目を集めていた。 真昼間である。しかも繁華街の入り口だ。そのど真ん中にそんな人間がいれば、間違ってもお近づきになりたくはない。 人の流れからぽっかりと開いた空間が、絶好の舞台になっていた。「うわー」 それしかいえなかった。 時計をみる。待ち合わせの時間には、まだ早い。待ち合わせの相手は、まだ来ていないに違いない。 とりあえず、そこらを一回りすることにした。 ヒョウ、と、名乗りだしてもう半年になる。 それは、この世界に放り出されて半年になるということだ。 この世界――HUNTER×HUNTERの世界は、住む場所さえ選べば平和に過ごせた。日本で暮らすのと、感覚的には変わらない。 いや、元の自分よりはるかに優秀な身体能力と、ハンターライセンスの恩恵を考えれば、理想の環境といっていいかもしれない。 だが、この感覚。 自分が、この世界では異物だと言う感覚が。故郷が手に届かないという、異常なまでの不安が、ときおり身を苛む。 危険を避け、リスクを避け、安全に。 そう考えていた自分が、いつしか危険を冒してでも帰ることを考えるようになった。 元の世界に戻る方法、といえば、グリードアイランドのクリア特典で“離脱(リープ) ”を手に入れることくらいしか思いつかない。 だが、クリアするには殺人鬼や爆弾魔を相手取り、さらにレイザーと戦わねばならない。 独力ではとうてい不可能だった。 ――仲間が、要る。 そう考えるようになり、同胞を求めはじめた。 とはいえ、たとえば同胞が立ち上げたサイト、Greed Island Onlineで書き込みしているような人間は、いかにも質が悪いように思えた。 俺自身、戦闘力のあるタイプじゃないだけに、仲間選びは慎重に行わねばならなかった。 俺の能力。“我は変わらず在り(イモータルハート) ”は変化を拒絶する絶対防御。 オーラ自体が変質するので、同時に攻撃ができないという弱点がある。 だが、仲間と組めば、絶対の盾として威力を発揮するのだ。 その気になれば、仲間を探すのは困難ではなかった。 俺と同じように、Greed Island Onlineで書き込みしている連中に不足を感じている者は、必ずいる。 そう信じて電脳ネットを探るうち、ひとりの同胞と連絡を取ることに成功した。 名前はD。 話すかぎり、協力者としては及第以上の人物のようだった。 場所を決めて落ちあうようにしたのだが、その場所に他の同胞がいるとは思わなかった。 まさか、あんな馬鹿っぽいやつがDではないだろう。 いや、そう思いたい。違うに違いない。 考えているうちに、元の場所まで戻ってきてしまった。 さっきの奴がいなくなっていることを期待しながら、様子を伺う。 そこには、“奇妙”なポーズをした奴がいた。 ふたり。 増えていた。 頭を抱えたくなった。 さきほどの奴は、まったく同じポーズでいた。もうひとり、増えたほうは、手を十字にして斜に構えている。体は絶妙に傾いており、これまた“奇妙”なポーズだ。 見なかったことにして、その場をあとにした。 時間のあけ方が足りなかったのかもしれない。 やや現実逃避気味なことを考えながら、喫茶店で時間をつぶすことにした。 コーヒーを、三度おかわり。約一時間。完全に遅刻だ。 だが、これくらい間をあければ、奴らも帰っているだろう。 そう考えたのは、まったく甘かった。「片手に!」『ピストル!!』 合唱が、繁華街を震わす。「心に!」『花束!!』 足音のオーケストラ。「唇に!」『火の酒!!』 熱気は、すでに天に昇るよう。「背中に!」『人生を!!』 総勢百人にのぼろうかというジョジョ立ちだった。 あきらかに、一般人まで巻き込まれている。 中心に立つのはキャプテン・ブラボーだった。 ――というか、ブラボーかよ! そこまで出かけた言葉を、何とか押さえる。 事態は、奇妙な方向に発展していた。「ブラボーだ、諸君!!」 ブラボーが快哉を叫ぶ。「君達の黄金の精神を、そのまま形にしろ! どんな形であれ、それが君達のジョジョ立ちだ!」 割れんばかりの歓声。「さあ諸君! もう一度だ! 片手――」「――こぉの宇宙規模ド馬鹿ぁー!!」 強烈な両足飛び膝蹴りが、ブラボーに直撃した。 両手を怪鳥のようにひろげたその姿は、テキサスの空を舞うコンドルそのものだ。 とん、と、ブラボーをふっとばして着地したのは、十代半ばの少年。透明感のある、中性的な容貌だが、身に巻きついた鎖のほうが、強烈に印象に残る。「ミコ。あんたまでなにやってんのよ」 少年は、ブラボーのとなりでボーズをとっていた女性に半眼を向ける。豪奢な身なりは、深窓の令嬢のようだ。「も、申し訳ありません、カミトさん。つい」 お嬢様――ミコは、恐れ入ったようすだ。「つい、じゃないっての。こんな大人数で馬鹿やってたら、警察とんで来るわよ?」 少年――カミトはため息をついてみせた。 しん、と、場が静まる。 彼の言葉が招いたわけでもないだろうが、ちょうどそのとき、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。 わっ、と崩れる群集。 別に参加していたわけではないが、絶対に巻き込まれる。 逃げるしかなかった。「――よう」 パトカーから逃れるように走っていると、並走してくる者がいた。見れば、最初からあの場でポーズをとっていた男だ。「あんたは、最初にジョジョ立ちしていた」「そういうお前も、何度か覗いていたな。同胞、なのは間違いないとして――ヒョウか?」「そういうあんたはDか……やっぱり」 いいながら、足を止める。 すでに現場から、充分過ぎるほど離れていた。「不服か?」「いや――あんな馬鹿騒ぎみせられたらどうでもよくなったよ」 嘘ではない。 同胞異邦折り混ぜた馬鹿騒ぎに、あれこれ考えていた自分が馬鹿らしくなっていたのだ。 こんな馬鹿と付き合うのも、悪くない。そう思えるくらいには。「俺の名はヒョウ。よろしく」 肩を極端に傾斜させ、左手で顔を覆い隠すようなポーズをとる。 黄金の精神の発露。悪くない気分だった。 応えるように、Dが足を開く。左手が、彼の顔を覆い隠した。「俺はD。黄金の精神を持つ――波紋の戦士だ」 相似形のポーズが、Dの答えだった。「――そしてオレはダル。ゴムの肉体を持つ、ゴムゴムの戦士だ」 いきなり。第三の男が割り込んできた。Dと並んでジョジョ立ちしていた奴だ。『誰だお前』 思わず口から出た言葉は、Dと重なった。 思わず顔を見合わせる。「Dの知り合いじゃなかったのか?」「知らん」「をい」「みたこともない。気づいたら隣でジョジョ立ちをしていた」 ノリよすぎだろう。それ。「――そして」 さらに、背後から声が聞こえてくる。「わたしがキャプテン・ブラボーだ! ブラボーと呼んでくれ!」「カミトよ」「ミコですわ」 ブラボーと、カミト、ミコ。先ほどの三人が、そこにいた。「ちなみにまったくの初対面だ」 Dが付け加えた。 もう、絶句するしかない。「ブラボーだ! 君達の黄金の精神、見とどけた! 迷うことはない、わたしたちはすでに同士だ! さあ――片手に――」「――それはやめろっつってんでしょ!!」 カミトの一撃で台詞は中断されたものの。 全員図ったかのように、決めポーズをとっていた。 思わず、みなで顔を見合わせる。 笑いが、誰からともなく起こった。つられてみんな笑い出す。 俺も、我慢できずに声を上げてわらった。 カミトの苦笑も、笑いに変わった。 みな、しばらく笑いが収まらなかった。 こちらに来てから、こんなに笑ったのははじめてだった。 仲間がいる。もう、独り不安に怯えることもない。 俺は誓う。黄金の精神にかけて。 このすばらしい仲間たちのために、ともに戦うと。この身を盾に、仲間を守ると。 あたたかい笑いの中、誓った。