世の中には、自分とそっくりは人が3人はいる、というのは有名な話だ。 人間でさえそうなのだ。ゲームのエディットキャラなら、容姿がかぶる確率は、なお高い。それは、納得できる。 だが。 なんで俺のそっくりさんは、こうもはた迷惑なんだ!「うわあああぁっ! しぬしぬしぬしんでしまうぅぅ!!」「こらまて畜生!!」「行ったぞ! そっちだ!」「くそ、なんて逃げ足だ!」 追いかけてくる連中は、剣呑なオーラを撒き散らしている。 殺る気満々。 そっくりさん、あんた今度はなにをしたんだよ。「待て! ユウ(・・)!!」「だから人違いだっていってんだろぉぉぉ!!」 必死の叫びも聞く耳もたない。 今日もやっぱり逃げるしかないらしい。ちくしょう。 思い返せば一年前。 ゲームのせいでHUNTER×HUNTERの世界にすっ飛ばされて。なんだか知んないけど身体能力と美貌を兼ね備えたパーフフェクトボディゲットだぜふひひとか喜んでたのもつかの間。 金がなくなった。 いや、最初から財布は軽かったんだけどさ。昼飯食ったら残金ゼロってありえねぇだろ。 いや、金がないってのは普通にヤバイ。 あの時俺にハンターライセンスがあったら、売っぱらってたね、絶対。 しょうがないから、生まれて始めてアルバイトした。日雇いの肉体労働。こん時だけはこの体に感謝したよ、正直。 何せ一日中鉄骨とか担いでも疲れねぇんだもん。親方とか大喜び。 でも、女キャラにしたのは正直間違いだった。 最初はなんか興奮したけど、自分の裸なんかみても全然嬉しくないし。男に迫られるとか普通にキモイし。不便なこと多いし。 男って普通に楽だよなーって痛感した。イロイロと。 そんな感じで、半年近く同じ街でバイトしてたかな。収入はけっこうな感じだったけど、同じくらいの勢いで減ってくんだよ。お金。 人間、生きてるだけで金使うんだなって実感した。 このままじゃマズい。 そう思って、一攫千金とか考えはじめたとき、思い出したのが天空闘技場。 あれ、上に登るだけで億とかいきそうだし。この俺にうってつけだひゃほーい。 などとはしゃいでいたのが、テンションのピークだった。 衝撃の事実判明。 俺には戸籍がなかった! 考えてみりゃ流星街出身じゃ当たり前だよなぁ。 ゴンたちがふつーに乗ってた飛行船とかにも乗れないって……普通にひでえよ。 仕方ないから大枚はたいてモーター付きのボートを購入。天空闘技場とかがある、隣の大陸に向け、かなり無謀な航海を敢行した。 が。 なんでプロハンターが国境警備なんかやってんだよ! あれか? 協専のハンターか? まがりなりにもプロが密入国取締りとかやってんじゃねえよ! かろうじて逃げ延びたものの、こんどは嵐に遭った。 いや、あれ、普通に死ねる。 波がなんかそんなかたちの魔物にみえた。偶然サーフィンしてたあんちゃんに助けてもらわなかったらあれ普通に死んでた。 いや、マジ幸運。あんなところにサーファーでイナムラなハンターが居ようとは。 で、ぼろぼろでよれよれになりながら、やっとのことでたどり着いた天空闘技場。 思えばあれが、因縁の始まりだった。「おい、ユウだぜ」「手刀のユウだ」 なんかそんなひそひそ声が聞こえてきたときから、すでにいやな予感はしてたんだ。 受付に行ったら、なんか「上ですよー」とかいわれて、「期限ギリギリだからからすぐ戦ってください」とかいわれて。 気がついたら二百階の闘技場に立たされてて。「みなさま、お待たせしました! 八勝一敗。フロアマスター近し! シン選手対破竹の五連勝で勢いに乗るユウ選手の一戦です!」 こんな放送がされても、俺の目は点だった。 なんか相手ゴツイし。いきなり二百階クラスだし。念能力者だし。普通にオーラ強いし。「手刀のユウが相手か。不足はない!」 いや、俺ユウとかじゃないし。なんかどこかで聞いたことあるような二つ名も知りませんよ?「全力で、お相手願おう!」 だからユウって誰だよ。俺知らねえよ。かってにエキサイトすんなよ。「始め!」「おおおっ!」「人違いだ勘違いだ筋違いだぁぁっ!!」 なんか、テンパりすぎててあんまり覚えてない。念能力の相性でギリギリ勝てた事ぐらいしかおぼえてない。 記憶掘り返しても“死ぬ”“人違い”“ヤバイ”しか出てこない。 しかも、死ぬ思いして戦ったのに、収入ゼロジェニー。 二百階クラスだから。 ふざけんな。 しかも、ユウじゃないと証明できなければ、俺は選手登録できないらしい。 もちろん流星街出身の俺には証明手段がない。 天空闘技場で荒稼ぎ作戦は、こうして頓挫した。 次に向かったのは、どこだったか。 バイトしながらふらふらしてたんでよく覚えてないけど、国境を越えた覚えはない。思えばあの事件も、そのときだった。 いつもどおり、現場で土嚢袋を運んでいたときのこと。「死ぃねぇっ!!」 いきなり、そんな声とともに、黒い塊が突っ込んできた。 驚いたの何の。とっさによけられたのが、我ながら信じられない。 びっくりしてたら、なんか女がヒステリックな顔してまた突っ込んできた。 よくみりゃナイフ腰だめに構えてるし。オーラをナイフに一点集中してるし。普通に殺る気だ。 よくも――とか、バッテラ氏がどう、とか。興奮しすぎてなにいってるかわかんないし。 無理やりまとめてみると、バッテラ氏の屋敷に行ってグリードアイランドやらしてもらおうとしたけど、俺に邪魔されてできなかった――らしい。 むろん俺はかけらも知らない。 そっくりさんの仕業に違いない。「よくみろ、別人だって!」 必死で主張したけどこの女、ちらっと顔みただけだからよく覚えてない顔以外知らないとかいいやがるし。 そんなんで人殺そうとすんな! 人の話聞かないし。逃げるしかないし。日当もらいそこねたし。 どうせ来るなら朝か夜来いよ。半日無駄になったじゃねぇか! んでもって今度だ。 マジで勘弁して欲しい。「レイズさんが――」 とか。「アモンさんの――」 とか、断片的に聞こえる情報じゃさっぱりわからない。 で、やっぱりそっくりさんが原因らしい。 またお前かよ。 人の迷惑考えろよ。 いってやりたいが、本人居ないし。 どこにいるかもわかんないし。 目の前にいたら絶対文句と拳をくれてやるのに。「いたぞ! あそこだ!」「追えっ!」 なんかそれが永遠にできなくなるかどうかの瀬戸際っぽかった。 一月。ハンター試験の季節だ。 一攫千金作戦をあきらめきれない俺が、次に目をつけたのがハンターライセンスだ。 名づけて“ハンターライセンス売っぱらって大金持ちになってやるぜ”計画。 ハンター特典も魅力だから、ほんとに売っぱらうかは後で決めるつもりだけど。 今年度の試験といえば、ゴンたちが受けることになる試験。 仮にも俺は念能力者だ。合格確実だろう。 試験内容わかってるし。 なんかマラソンして詐欺師が出て焼き豚と魚おにぎりとクモの卵料理でロッククライミングな最強死刑囚で――うん。素敵にあいまいになってる。 俺の記憶力、普通に頼りねぇ。 第四試験、何だっけ? ポックルだかポックリだかが吹き矢使ってた印象はあるんだけど。あとorzなハンゾーとか。 あとなんだっけ。 ……うん。実際試験受ければ思い出すに違いない。本番に定評のある俺だ。 というわけでやって来たザバン市。 なんか例の定食屋、目の前にあるんだけど。 ふらっと来てみたけど、たしかナビゲーターが一緒じゃなきゃ会場には入れないんだっけ? 記憶はあいまいだ。 まあ、ここは普通に確実な手段を取ったほうがいいだろう。来る途中の予備試験員のおっさんに、ナビゲーターの住所、教えてもらってるし。「すみません」 立ち去りかけたとき、なんだか声をかけられた。 みたら、なんか見覚えのあるずんぐりむっくり。 なんか居たな。豆の人。ネテロ会長の付き人だっけ?「外へ出てらしたんですか。ちょうどよかった。どうぞこちらへいらしてください」 なんか、店の裏手に案内してくれてるけど……会場へ行ってもいいってことか? 念能力者はフリーパスなのか? やりいラッキー。 そんなこと考えてた俺が馬鹿だった。 うかうかと誘いに乗ってしまって、着いた先は会場ではなく会長室。 なんかジジイが居る部屋だった。 やべえ。オーラみただけで死ねる。普通に怪物だ。「よく来てくれたの」 なんか、話してる先から、肌がぴりぴりする。全身みられてますみたいな感じだ。 性的な意味じゃなくて。「試験の前に、お前さんとは話しておきたかったんじゃ」「は、はあ。そうですか」 なんでネテロ会長がわざわざ俺と話したいのか。意味不明だ。「――たとえば、ここ数年の異常なハンター試験合格者数について、とか」 視線に居抜かれた。 けど。 意味不明。「はい?」「とぼけんでいいよ。こっちもおおかた調べは――ちょっと信じられんが――ついとる。とりあえずお前さんたちをどうこうしようというわけじゃない。実情が知りたいだけじゃ」 いや、だから、本気で意味不明。「いや、会長が、なにがいいたいのか、わかりません」 いってやるが、会長は表情を崩さない。「ちなみに、ここにこんなものがあるんじゃが」 いいながら、会長は机の上にあったパソコンをこちらに向けてきた。 ネットにつながってるらしい。 どこかのサイトが表示されていた。 サイト名は――Greed Island Online。「って、グリードアイランドオンライン!?」 マジでか? こんなサイトあったのか? うわ、普通に知らなかった。「ログもとっとるよ。これ、お前さんじゃろ?」 さらに別のページが開かれる。“こんにちわー。ユウともぅしまーす。わたしもゲームでこっちの世界に来ちゃったコですー。いっしょにグリードアイランドやってくれる仲間をさがしてまーす。住所は○○国○○市……” なにこれ。なにこれ。なにこれ。 じいさんが「これ、お前さんじゃろ」って、これ、俺? 痛っ! なにこのイタい文章。頭悪そー。 っていうか。「ユウかよっ!」「そう、お前さんじゃ。発信元からみても本人に間違いないはずじゃが?」「うわ素で痛っ!」 天空闘技場で荒稼ぎしてて、他人から恨み買いまくってて、こんな頭悪い書き込みもするのかよ! どんな奴なんだよそっくりさん! ――っていうか、よく考えたら。「用があるのユウにかよ!」「なにいっとるんじゃ? ユウはお前さんじゃろうが」 怪訝な顔で見てくるじいさん。いや、わかるけどさ。「俺はユウじゃねぇ」「そんなはずはありません。ハンター登録時に取ったパーソナルデータそのままの特徴、筋量は違っても骨格はそのままですから、間違えようがありません」 豆の人が必死で否定してくれる。 それはね、エディットで選択したパーツがそっくり同じだからなんだよ。 なんて、どうやって信じてくれるんだよ。「だから、それとは別人だっつってんでしょ。いっつも間違われて迷惑してんだよ、こっちも」「ふむ、ならば、それを証明するものはあるかね?」 そういわれても、戸籍がないし。免許取れないし。さすがにいっちゃまずいか。「ない、です――いや」「ふむ?」「念能力。念能力が違うはずです」 さすがに、念能力までかぶってるはずはない。 会長に念能力をみせて、やっとのことで別人だと信じてくれた。 が。 Greed Island Onlineを知っていたということは、俺がユウと同類だと教えてるようなもので。 その後半日たっぷりと、根掘り葉掘り聞かれた。 つーかジジイ、聞くの上手ぇ。知ってること全部話しちまったじゃねぇか。「――会長、二次試験なんですか……」 そろそろ話すことなくなったし、早いとこナビゲーター探さないとな、とか思ってたら、豆の人が会長を呼ぶ声で、話が切られた。 あれ? いま、とてつもなく聞き捨てならない言葉が……「――って二次試験!?」「え、ええ。どうも試験の雲行きが――」「じゃねえ! なんでもう試験始まってんだよ!? 俺受験生なんだぞ!?」「ええ? そうだったんですか?」 驚く豆。 はて? と、とぼけるジジイ。 こうして、俺の“ハンターライセンス売っぱらって大金持ちになってやるぜ”計画は挫折を余儀なくされた。 救済も一切なし。普通にひでえ。 つーか、お礼とかいってくれた包み。包装紙越しにハンターライセンスとかみえたから普通に期待しちまったじゃねぇか。 なんだよ銘菓ハンターライセンスせんべいって!! 普通に美味いのがよけい腹つ。 あとそっくりさん。 試験官やってたのか。 むやみやたらと落とすんじゃねぇよ! 五十人近い念能力者に追っかけられるこっちの身にもなってみろ! で。 命からがら逃げのびたあと、俺は決めた。 これはもう、あれだ。これだけ迷惑かけられたんだからぜひともそっくりさん本人に会って謝罪と賠償を要求しよう。 いや、そうすべきだ。 むこうは金持ちだ。上手くいきゃ普通に億単位でふんだくれるかも知れない。 荒稼ぎ作戦パートスリーだ。 そう考えると、なんだか楽しみになってきた。「首を洗って待ってろよユウ! そっくりさんがいま行くからな!」 天高く拳をつきあげ。「あ! いたぞ!」「こっちだ!」 全力で逃走開始した。