「――こうして男は、初陣においてレイブ卿の、ただの一撃で地に伏す事となったのじゃ」 ロリ姫が語る。その一言ごとに、ツンデレの髪が巻いていく。「男は三日三晩昏睡し、四日目にして目覚めた。正しく此の時が、後に言う北の勇将の目覚めであると言ってよい。片腕と、手痛い敗戦を代償に、男は異能に目覚めたのじゃ」「いまで言う、念能力だな」「うむ」 ロリ姫は頷いた。ツンデレの毛先まで、いっしょに上下する。 みごとにシンクロしている。仕様なのだろうか。少なくとも、熱心に語るロリ姫が意図してやっているようには見えない。「男が得た異能は、失ったものを補ってあまりあるものじゃった。栄光の腕。そう呼ばれた輝く右腕の一振りは、陣さえ割ったという」「放出系の念能力、だろうな。斬撃を拡大して飛ばす感じか」「うむ。とはいえ、当時は全て神の奇跡か異能で括られたものじゃ」「ロリ姫、あんたのドリルもか?」「専門用語で言うでない。判りにくいわ」 ロリ姫は顔を顰めた。どうやらロリを専門用語と理解しているようだ。「妾のものも、大別すれば異能の類じゃろうな。とはいえ、教会権力の届かぬ辺境ゆえさしたる害もなかったが」「なるほど」 興味深い。 次の目的地に向かう飛行船のなか、暇に任せて聞きはじめたのだが、予想外に面白かった。 伝説や英雄譚も、当時の人間から聞くと、記録とはまた違った面白さがある。「其れよりも、此れからが本題じゃ。一年後、男とレイブ卿は再び戦場で相見える」「おお」 身を乗り出す。「人の髪と話すなぁーっ!!」 ツンデレが、叫んだ。 かんしゃくを起こしたように両手を挙げる姿は、非常に子供っぽい。 ロリ姫はツンデレの髪の毛にとり憑いているわけで、自然ツンデレの頭に向かって話しかけることになるのは、仕方がないだろうに。「だいたい、なんでわたしを無視してずっとこの子と話してんのよ!」 いや、そんなことを言われても。お前もいっしょに聞いてるものだと思ってたし。「――ふふん。嫉ましいか小娘?」 ロリ姫が鼻を鳴らした。やけに自慢げだ。「ね、ねたんでなんかいないわよ! こいつのことなんてなんとも思っていないんだから!」「僻むな僻むな。輝ける朔北の華と呼ばれる妾と小娘とでは、所詮自ずから発する魅力が違うと云うものじゃ」「なんですってぇ!?」 胸をそらすロリ姫、叫ぶツンデレ。見ていてほほえましかった。 なんだか妙な成り行きで、ツンデレの髪にとり憑いた幽霊、ロリ姫。 正式名称は……ドリル……なんとか。 触れたものをドリルにし、高速回転させる念能力の持ち主だ。 たぶん操作系。理屈屋でマイペース、だったか。いわれてみるとそれっぽく見えるから不思議だ。 ロリ姫がとり憑いたおかげで、ツンデレの髪の毛は、勝手に動いたり、勝手に縦ロールになったり、勝手にドリルになったりとやりたい放題だ。「ほーれ、こうすれば手も足も出まい」「はっ、離しなさいよ!」 自分の髪に縛られるツンデレ。 はて、ツンデレの髪はこんなに長かったのか。ともかく、素晴らしい光景だ。「アズマ! あんた拝んでないで助けなさいよ!!」 もがくと、よけい締めつけられると思うのだが。もっとやれ。「あーずーまー!」 さすがに。これ以上引っ張ると、本気で怒られそうだった。 そうこうしているうちに、昼飯時である。 飛行船の食堂。注文した定食が、机に並べられている。 現代の料理が珍しいのだろうか。ロリ姫はしげしげとながめているが、幽霊である彼女の口に入ることはないのである。 それに気づいたのだろう。料理の上をさまよっていた髪が、力なくしおれた。「うむ、そうか。此の体では食えぬのじゃな」 残念そうだった。 まあ正直、味は普通。驚くほど美味しいものではない。気を落とすこともないと思う。 だからツンデレのフォークをドリル化して遊ぶな。「あん――むぐ」 怒鳴りかけたツンデレの口に、ハンバーグを一口突っ込んだ。 食堂内での騒ぎはごめんだ。 とりあえず、意図は通じたのだろう。ツンデレはおとなしく口をもぐもぐさせる。「……もう一口」 嚥下すると、ツンデレは不機嫌そうに、そんなことを言ってきた。 まあ、そのドリルフォークでものを食べろというのも、酷な話か。 ツンデレの皿からハンバーグを切り分けて、口元にもっていく。 それを器用に受け取り、頬張るツンデレは、心なしか嬉しそうに見える。 なんだか雛に餌をやる親鳥の気分だ。「ふむ、こうして見ていると思い出すのう」 ツンデレの様子を見て、ロリ姫は感慨深げにつぶやいた。「妾もシンに、よくこうしてやったものだ」「シン?」 ロリ姫の応えはなかった。思いしのぶように、彼方に向けられた視線は、やさしい。「え? あんたにも、その、そういう相手がいたの?」 ツンデレが驚いたように、ロリ姫に目を向けた。 妙な質問だ。 ロリ姫も不思議そうに首をかしげている。「ふむ? シンは妾の飼っておった鷲じゃが」 この答えを聞いて。 なぜか、ツンデレは固まった。「――わかってたわよ! 勘違いしてないわよ! 言っとくけど別にあんたがそういう相手ってわけじゃないんだから! 勘違いしないでよね!」 なぜこちらに矛先が向けられるのだろう。非常に不条理を感じる。 だがまあ、とりあえず。 拝んでいいか? 拝んだら、ツンデレは怒って帰ってしまった。 悪ノリし過ぎたか。 ツンデレ、あまり箸をつけてないのに。あとで何か買って行ってやろう。 そんなことを考えていると、ふいに。「てめえいまなんて言いやがった!?」 怒声が、食堂に響いた。 思わずそちらに目をやる。決して広くない食堂、人の入りも、多くはない。そんな中で、騒ぎの主は、嫌が上にも目だった。 二、三人の、ガラの悪い男たちと、それに相対する一人の青年だ。 青年のほうは、さらに目を引く。銀髪、金銀妖眼、中性的な美形。まるで冗談のような容姿だった。「ふ。聞こえなかったのなら言ってやる。貴様のような汚物が呼吸した空間にいるのは、耐えがたい。とっとと失せろと言ったのだ」 酔ったような声色だ。 あまりに芝居めいた口調に、相手もなにを言われたか、とっさにわからなかったらしい。男たちも、呆然と立ち尽くしている。「ふっ」 銀の髪から流すように指を振りおろした青年は、優美な流し目で男たちを撫でつけた。「聞こえなかったのならもう一度言ってやろう。キミたちのような薄汚い人種とともに食事をしなくてはならないなんて、苦痛だ、とね」 繰り返した。なぜわざわざ。「なんだとこのやろう!」 さすがに男たちもいきりたつ。怒るなと言うほうが無茶だろう。 男のひとりが、青年に殴りかかった。「ふん」 青年は、鼻を鳴らす。襲い来る暴力になど、微塵も揺るがない。 いともたやすく、いなして見せた。 あきらかに、レベルが違う。「“白銀の堕天使”セツナ。キミを断罪する者の名だ。憶えておきたまえ」 冷ややかな笑みを浮かべた青年――セツナは、男の首筋に手刀を落とした。男に、なすすべはない。いともたやすく地に沈むこととなった。「キミたち相手に“四神”は勿体ない。素手で相手してやろう。かかってきたまえ!」 えーと。 うん。こいつ絶対同胞だ。 念能力者だし。なんかこまごまキーワードがむこうのものっぽいし。 それにしても、そこら変のガラ悪いにーちゃんに決め台詞連発してどうするんだろうか。 まあ、彼は幸せそうだ。 幸い、騒ぎはすぐに収まった。 彼我の実力が、あまりにもかけ離れていたのだ。ものの数分で、男たちは床にのびることになった。 そのあとセツナは悠々と去っていき、騒ぎの残滓の中で食事を進めることになった。 それから、とりあえずツンデレが食べるものを見繕って部屋に戻ったのだが、あいにく彼女の姿はなかった。 たぶん展望室だろう。ロリ姫も空の景色を気に入ってたし。 そう見当をつけ、展望室に来たのだが。案の定、いた。 窓際に張り付くようにして、ツンデレとロリ姫は景色を眺めていた。「ツンデレ」「なによ……あ、買って来てくれたんだ」 振りかえったツンデレの顔に、怒りは見られない。 とりあえず、機嫌は直ったらしい。何よりのことだった。「お主が直ぐに追いかけて来ぬものじゃから、小娘、拗ねておったぞ」「す、拗ねてなんかないわよ! なに言ってんのよ! あんたのことなんて、なんとも思ってないんだから!」 だから、なぜ矛先をこちらに向けるのか。あとロリ姫、あんたも煽るな。「まあ、とりあえず飯を食え」 ベンチに皿を置く。盛られているのは、そばモドキだ。 あいかわらず、名前を覚えられていない。何度名前を聞いても、もとの世界の名前で上書きされてしまうのだ。なんだか年寄りみたいだ。「あ、ありがと。せっかくだからいただくわ」 ぷい、とそっぽを向きながら、そばモドキに箸をつけるツンデレ。 妙にかわいい。 と、いきなり、ツンデレがふき出した。「あ、あ、あんた! いきなりなに言ってんのよ!?」 口に出していたらしい。いい加減この思考だだもれ状態どうにかしないと痛い目に遭いそうだ。「わ、わ、わたしのこと、か、かわい、い、い、い、い――!?」「落ち着け」 目の焦点あってないし。顔真っ赤だし。テンパリすぎだし。「あ、あ、あんたがいきなりそんなこと!?」「だから落ち着け」「そうじゃぞ。第一妾から言わせてもらえば、“かわいい”など褒め言葉の内に入らんぞ。やはり淑女たるもの、美しいや麗しい――は、小娘には早いの。せめて可憐くらいには形容されんと」 ドリルは黙ってろ。 まあツンデレの耳には、まるで入ってないっぽいけど。 どうしたものか、と、視線をさまよわせる。 ふいに、窓の外に不可思議なものが目にはいった。「あれは」 思わず、声を漏らす。 竜だ。 竜が、飛んでいる。 白い竜。瞳は、青い宝玉のようだ。 その姿は、どこか記憶を刺激するものだった。もとの世界で、見たおぼえのあるような気がする。「あの、竜って……」 ツンデレも、ため息を漏らした。だが、それ以上の言葉は、出てこない。 気持ちは、わかる。 優美な翼を広げ、天に舞う白竜。その荘厳な光景には、言葉を失うしかない。 視界から消えていく白竜を見送りながら、自然、ため息が漏れる。 どうやら。 とんでもないものを、この世界に持ち込んだ者がいるらしかった。