さて、ぶん殴って除霊するという方式は、依頼人の信頼を得るのに適していないのでは、と気づきはじめた今日この頃である。 やっぱり依頼人や呪われた品物を殴って終わりじゃ一般人から見れば説得力に欠けるのだろう。報酬が後払いになることも、多々ある。 今回の依頼人も、その類だった。「いや、あれ以来悪夢にうなされる事もなくなりましてな。いや、感謝にたえません」 依頼人は、当初とはうってかわって上機嫌だ。 まあ、ぶん殴られていい顔していられる人間も、希少だろうが。 最近のツンデレは腕を上げたのか、以前のように品物まで殴り壊すようなこともない。 いいことだ。弁償しなくてもよくなったし。今回の依頼人も痣で済んだし。 そう言えば、最近ふたりとも、“凝”が上手くなった気がする。 ロリ姫と話すために、四六時中“凝”をしているせいかもしれない。そう思えば、ロリ姫の存在も、なかなかいい影響を及ぼしていると、いえなくもない。「それはそうと、以前、呪いのゲームを気にかけておられましたな。あれからわしも調べて見たのですが、ちょうど知人が所有しているということです。腕のいいハンターを求めておりましてな。差し支えなければ、紹介させてもらって、構いませんかな?」 依頼人の言葉に、思わず、ツンデレと目を合わせた。 待ちに待った情報だった。 グリードアイランドの所有者と思しき、依頼人の知人は、隣国の島国に住んでいるらしい。 この季節、気流の関係で飛行船は大きく迂路をとる。それよりも、ここからなら船のほうが早い。 そう聞いて、港を訪れた。 定期便が出ているので、それに乗ればいい、と、思っていたのだが。「ねえ、あれ、借りない?」 ツンデレが、そんなことを言いだした。 指をさしたのは、大型のクルーザーである。 また無駄遣いを。 とは、言えなかった。 ツンデレ、なんだか目がきらきらしている。ついでにロリ姫も。「乗るのか? 在れに乗れるのか?」 さすがに。反対などできなかった。 反対すればよかった。と、後悔するのは、すこし後の話。このときは俺も、楽しそうだと、思ってしまった。 空の色はまだ淡い。とはいうものの、地域柄、気温は意外に高い。 航海を楽しむには、うってつけだった。 潮のかおりを楽しみながら、空を仰ぐツンデレ。それに対して、釣竿を器用に巻きつけ、釣りをしているその髪――というかロリ姫。そんな奇妙な絵面だった。 どうでもいいが、船を止めない限り、ろくに釣れないと思うのだが。 と、思っていたら、なんか釣れた。 アルミボート。 大物だった。よく糸が切れなかったものだ。かわりにツンデレが海に落ちたが。 ツンデレ。濡れた体で縛られるのは反則だと思います。 ――と、そんな風に航海を楽しんでいたのが三時間ほど前のこと。 吹きすさぶ風。横殴りの雨。甲板をなぎ払う高波。 現在、目下嵐に遭遇中である。 むろん、素人の俺やツンデレは、どうしていいのか分からない。まったく、どうして船員をいっしょに雇わなかったのか。 いまさら言っても仕方ないけど。というか、リアルに命の危機だ。 激しく左右に揺られながら、舵だけは離さない。操舵をミスったら本気でヤバイ。「ツンデレ! 次の波は!?」「えーと、左から、おっきなのが来た!」 大きく左に舵を取る。 波に船首を向けて、耐える。 素人知識では、そのくらいしか対処できない。 と、船が、大きく揺れる。衝撃が、船全体に響いた。続いて、船底を引きずる音。 しくじった!「なんなの!?」「ぶつかった! 多分、座礁した!」「どういうこと!?」「沈むってことだ!」 言ってるあいだに船が傾いてきた。 本格的にヤバイ。船から放り出されたら、この波だ。到底助からない。「ツンデレ! 外だ!」「この波で?」「仕方ない! このままじゃ本気でヤバイ!」 言いながら、船尾に出る。 あった。 勿体ないからと、船尾に括りつけておいたアルミボートは、まだ存在していた。波にさらわれなかったのは幸いだ。「ツンデレ! 乗りこめ!」 ロープを解いてボートに乗り込む。。 倒れ込むように、ツンデレがはいってきた。「ロリ姫! ボートから吹き飛ばされないように、頼む!」「任せるがよい!」 言うや、ツンデレの髪が伸びてきて、俺とツンデレの体をボートに縛り付ける。うん。これなら、心配ない。 やけに密着しているのが、気にはなるが。「なにをする気!?」 なにをするもなにも、この状況でやることはひとつだろう。 これほど巨大な物に使うのは、さすがに初めてだけど。命がかかってるんだ。やるしかない。 可能性は低いと思うけど。願わくば、ボートの所有者が海で死んでませんように。「いくぞ! つかまってろよ!」 返し屋(センドバッカー)を発動。続けざまに加速放題(レールガン)発動! 異様な加速感とともに、ボートは、嵐の海へ飛び出した。 ツンデレの悲鳴と、ロリ姫の歓声が、かなり長いあいだ耳に響いていた。 一時間近くも飛び続けていたろうか。ようやく陸が見えてきた。 すでに嵐も過ぎ去っており、海は平穏そのものだ。 もう、問題ない。 念能力を解除する。すさまじい水しぶきを上げながら、ボートは着水した。 人心地ついて。 ふいに、眩暈がした。オーラを使いすぎたらしい。「だいじょうぶ?」「いや、けっこうきつい。ツンデレ、あと、頼む」 言い置いて、そのまま目を閉じた。 さすがに、疲労の限界らしい。意識は、速やかに闇に落ちていった。 何か、ふにふにした感触を、後頭部に感じた。 はて、これは何の感触だろう。薄目を開ける。 ツンデレの顔と、それを邪魔するようなふくらみがふたつ、並んでいた。 絶景だった。 どうやら、膝枕をされていたらしい。 さて、ここで、ふたつの選択肢がある。 すなわち、このまま寝たふりをしてこの絶景を楽しむか、それともうなされたふりをして頭をこすりつけたりして、反応を楽しむか。「起きなさい」 手刀が降ってきた。 声に出していたのだろうか。「もう、着いたのか?」 尋ねながら、半身を起こす。 そこは、何の変哲もない海岸で。「動くな!」 なぜか、銃を持った男たちに半包囲されていた。 えーと。 なんだこの状況。 ツンデレを見る。わからない、というように、ツンデレは首を振った。 その動きさえ、男たちを刺激したようだ。幾人かの銃口が揺れた。 見たところ、素人くさい。少なくとも、平時銃を持つことに親しんでいるようには見えない。「お前たち、何者だ」 誰何の声をあげた男は、一団のリーダー格らしかった。 彼だけは例外のようだ。身のこなしからして違う。中背の、体から脂肪をことごとく削ぎ落としたような痩せた顔立ちだ。目つきは鷹のように鋭く、硝煙の匂いすらただよってくるようだ。 にもかかわらず一団から浮いた感じがしないのは、彼らからよほど信頼を受けているということか。「ゴーストハンターのアズマとツンデレだ。航海の途中、嵐に遭って、ボートでここまで流されてきたんだ」「名前……」 素直に話したほうがよさそうだようだ。 そう判断して、事実を述べる。なぜか、ツンデレは不服そうだったが。「プロハンター、か?」 その問いを肯定し、ハンターライセンスを見せた。「なんなら、ハンターサイトにアクセスできるか、確認してもらっても構わないけど」 俺の提案に、男は首を横に振った。「いや。悪いが、ここには電脳ネットにつなげる施設は一切無い」 どうやら、よほど田舎らしい。 座標を聞くと、目的の国からそう遠くはないようだった。「ふむ。ひょっとしてちょうどいいかも知れないな……仕事を、引き受ける気はないか?」 唐突に。男は、そんなことを言ってきた。 周りの男たちは、不安そうな瞳を彼に送っている。「仕事?」「ああ。仕事だ」 リーダー格の男――レントンは、語った。 数ヶ月前、このあたりをぶらりと訪れた男がいた。 男は村人を集めて、言った。 今日から自分がここの支配者であると。月に一度、生贄を捧げろと。 むろん、そんな馬鹿な話、聞けるはずがない。 だが、そう言った仲間は、一瞬にして殺された。男は悪魔のように強かった。 為す術もなく、支配を受け入れるしかなかった。 この村だけでない。この一帯を、男は恐怖で支配している。 自分たちでは、太刀打ちできない。だから――レントンは言った。 あの悪魔を、倒してくれと。 義理はない。 だが、放置してよいことでも、なさそうだった。 ツンデレの顔を見る。 同じ言葉が、顔に書いてあった。 すなわち、俺たちが何とかしてやる、と。 最後に、レントンは言った。「気をつけてくれ。奴は、竜を操る」 港からすこし北へ向かうと、内地は荒野に近い。 少しばかりの緑と、むき出しの岩肌が大地を彩る全てだった。 生贄の祭壇。 レントンたちが、自嘲気味にそう言うテーブル状の大岩までは、まだはるかに遠い。 歩きながら、考える。 竜を操る念能力者。 否応なしに、連想させられる。一度見た、あの白い竜の姿を。 時期も合う。 同胞かもしれない。断じるにはまだ早いが、もし竜というのがあれ(・・)ならば、間違いない。 ツンデレは、まだ、あの竜と、この一件が結びついていないようだ。 言っておくべきか。 すこし、迷う。「……ツンデっ!?」 肩が弾けた。 そうとしか思えない衝撃が、いきなり襲ってきた。 なにが起こったか、わからない。 遅れて、火薬の炸裂音。 ――銃か! 気づく。狙撃されたのだ。これだけはっきり音が遅れて聞こえてくるということは、相当離れたところからだ。 弾道の方向には、岩山が台地のようになっている。多分、そのあたりからの狙撃。 あたりには、なんの遮蔽物もない。ヤバイ!「アズマ!?」 ツンデレが悲鳴交じりの声をあげる。 ヤバイ。 このままじゃ殺される。 どうする? 動く? 逃げる? ――いや。 とっさにひらめく。「ロリ姫! ドリルだ! 地面を掘れ!」「――!? 応!」 とっさの言葉を、ロリ姫は理解してくれた。 ツンデレの髪が地面に突き刺さると、そのままそれがドリルの形に抜き出される。 高速回転。金属音。 瞬時に、二メートルほどの縦穴ができた。 その中にもぐりこむ、と、同時。 すぐそばの地面がはじけた。 危ない。間一髪だ。 息をつく。痛みはない。ただひたすらに、肩が灼熱している。 自然、あぶら汗が出る。「アズマ、だいじょうぶ?」 心配そうに言ってくれるツンデレだが、今はあんまり気にしたくないのだけど。状態わかったら痛みまで思い出しそうだし。 まあ、そうも言ってられないか。 早いとこ処置したほうがいいに決まってる。「ツンデレ、どうなってる?」「え、と。どう言ったらいいのかな。傷自体はそんなに大きくないけど、けっこう深い感じ」 うわ、聞いたら痛くなってきた。 貫通していないようだから、弾丸は体内にあるのだろう。 原作ではけっこう簡単に弾いてたのに。やっぱり実力の差か。中途半端な念の防御が恨めしい。 とりあえず、服を破って血止めした。 それ以上の処置は、ここでは望めない。 状況は、依然最悪だ。 俺たちは、ここを動きようがない。相手は、俺たちが出てくるのを、ただ待てばいいのだ。 いや、敵が複数であれば、それを待つ必要もないかもしれない。 くそ。悪いほうに考えがいっていしまう。「ねえ、ドリルで掘って移動できない?」 頭を悩ましていると、ツンデレがそう言ってきた。 本気か。「ツンデレ」「なに?」「ちょっとこの辺掘ってみろ。掘り過ぎないようにな」 ツンデレは、ロリ姫に頼んでドリルで掘りだす。見る間に削られる地面。そして掘り返した土がうずたかく積み上げられる。「……狭くなった」 言われるまでもなく、激しく居住空間が圧迫されていた。 すこし考えればわかるだろうに。 掘り返した土のやり場がなければ、穴自体が埋まってしまう。掘り返すから、かさが増えるし。 かといって土を外に放り出すにも限度がある。土を除けるために、危険を冒して外へ出るんじゃあ、本末転倒もいいところだ。 どうする? くそ。肩の熱が頭にまで回ってきた。考えがぜんぜんまとまらない。 肩の弾丸が邪魔でしょうがない。 肩の弾丸?「……ツンデレ。弾丸、摘出できるか?」「え?」 声が引いてるぞ。いや、けっこう無茶言ってるとは思うけど。 と、思いついた。「ロリ姫、すまんが、俺の肩に埋まってるものをドリル化して引き抜いてくれ」「ふむ? 解った」 ロリ姫は、首をかしげながらも、望みを実行してくれた。 ツンデレの髪が、背中に伸びてくる。「ぐぅっ!」 髪が傷口にもぐっていく、異様な感触。堪えるが、髪が動くたび、肩の筋肉が、意思とは関係なく緊張する。 痛覚神経が直接刺激されているようだ。暴力的な痛みに、頭が逆に冴えてくる。 我慢しろ。痛みには慣れてるはずだろう。 肉が、引き攣れる。それとともに、体の一部が引き抜かれる感覚。 あぶら汗が、どっと出る。「取れたぞ」 手元に弾丸が落ちてくる。先端が細く尖った、ライフルの弾丸だ。 血のりをぬぐって、凝(み)る。 ごく淡く、オーラが纏わりついていた。 念能力者ではない。念能力による狙撃なら、もっと色濃く残っているはず。 おそらく、熟練のプロの業。 名工の作品にオーラが乗り移るように、入魂の狙撃が、このような痕跡を残したのだろう。 だが、それが仇だ。「返し屋(センドバッカー)――加速放題(レールガン)!」 念能力を発動する。 すさまじい勢いで、弾丸は空にかき消えていった。 相手に命中したことは、見えずともわかっていた。 外に出て、狙撃が来ないことを確認すると、弾道を追って高台に向かった。 そこで倒れていたのは、レントンだった。 腹部から出血している。 浅くない傷だが、致命傷は免れたようだ。「なぜ、こんな事を?」「……簡単な話だ」 切迫した息づかいで、レントンは言う。「お前たちは、体よく生贄にされたのだ。村のためにな」 他人事のような、それでいて自分たちを嘲るような、レントンの口調だった。「俺たちが、敵を倒せる、とは、思わなかったのか?」「思えない。あの悪魔を見れば、そんな気持ち、かけらも起きない」「下らぬ」 ロリ姫が、言葉を落とす。「気概の無い男じゃ。心が折れて居るわ。さぞや悪魔とやらも支配し易かったであろうよ」 ロリ姫の言葉は、常人のレントンには届かない。 仮に届いたとしても、やはりレントンは、なにも言わなかっただろう。「頼みがある」 レントンは言った。「私を、祭壇まで運んでくれ」 その言葉が意味することはひとつしかない。 彼自身が、生贄になるつもりなのだろう。それが、後悔からか、それとも自分の命を見切ってのことかは分からないけれど。「頼む」 レントンは懇願する。その表情が、不意に、驚愕に変わった。 それが何によるものか。視線を追って、すぐに気づいた。「あ、アズマ」 ツンデレが指をさす。 雲ひとつない青空に、ぽつんと浮かぶ白い影。 それは、紛れも無く、竜だった。 青い瞳を持つ白竜。それが、こちらを向かって飛んできていた。 見る間に迫ってくる白竜。その腹が見えた瞬間。白竜の姿がかき消えた。 かわりに、地面に降り立ったのは、一人の男だった。 少年と呼んで差し支えないほどの若さだ。腕に巻かれた機械と、何よりそのいでたちに、強烈な既視感を憶える。「ふ、ふん」 見下ろすように。少年は鼻を鳴らした。 海馬瀬人。遊戯王の登場人物にして、青眼の白龍(ブルーアイズホワイトドラゴン)を駆る決闘者(デュエリスト)――そのものの姿だった。