シュウと別れて約2週間。今度はハンターライセンスを使って堂々と天空闘技場に戻ってきた。 ……シュウ、あいつこんな楽してたんだな。「ユウ! 大丈夫だったか!?」 合格してから一応メールは送っておいたのだが、それでも心配してくれていたらしい。飛行船の停泊場まで、シュウが迎えに来てくれていた。「ああ、無事ライセンスを取った。そっちは? なんか変わった事あったか?」「ん、ぼちぼち。何人かお仲間が闘技場に来た」「へえ、ハンター試験でも何人か参加してたな」 こちらに飛ばされて一月ほど。状況も落ち着いてきて、みんな行動に移り始めたらしい。「後はオレが闘技場で9勝してフロアマスターまであと一歩」 にやりと笑い、ブイサインを送ってくるシュウ。「え? まじで?」 俺が出発した時点で、シュウの成績は3勝1敗だった。そこから2週間で6戦した事になる。「ああ。フロアマスターになったら、本格的に動き出すぞ」 にやりと笑うシュウの笑顔は、自信に満ちていた。 全く、こいつは頼りになる。会ったとたんに燃料を放り込まれたような気分だ。 こちらも、負けていられない。そんな気持ちが湧きおこってくる。 帰ってすぐに、最寄りのネットカフェでハンター専用サイトにアクセスする。 調べる内容は、マフィアの項、アルフォジオファミリーについて。 アルフォジオファミリーについての詳細、ボスの名前、そして、3年前に滅ぼされたことが記されている。 さらに詳しく調べる。 一千万ほど払って手に入れた情報。そこには、犯人の名が記されていた。 悪魔紳士。聞いた事のない名だ。 さらに情報を求める。 幻影旅団、団員番号8、悪魔紳士。常に黒のスーツとシルクハット、ステッキを持ったいでたち。ギャンブル関係またはゲームを好んで盗む。性格念能力その他詳細不明。 数億も突っ込んだが、出てきた情報はそんなものだった。 幻影旅団にそんな人物はいなかったと思う。少なくともヨークシン編の時点では。 おそらく、彼はほうっておいても死ぬ。だが、それで“ユウ”が救われるのだろうか。 ゲームを好むと言うことは、ひょっとしてグリードアイランドが絡んでくるかもしれない。それゆえ“ユウ”はグリードアイランドに入ったのだろうから。 だが、今のままでは勝てない。ヒソカに会って思い知らされた。旅団員と戦うには圧倒的に実力が足りない。 だからこそ、グリードアイランドが要るのかもしれない。己を鍛える格好の場として。 5日後、シュウはフロアマスターの称号を手にし、俺たちは天空闘技場を離れた。「で、どこへ行くんだよ」 飛行船に揺られながら、シュウに尋ねる。ちなみに個室。ここに来た時からは考えられない贅沢だ。「バッテラ氏の家」 シュウの答えは、やけにあっさりとしたものだった。「グリードアイランドをプレイさせてもらいにか?」 その問いを、シュウは否定した。「保険だよ。グリードアイランドの予約に行くんだ」「予約?」「そう。バッテラ氏にとって、グリードアイランドが必要無い物になったら、俺たちに一本買い取らせてくれって。どうせ後2年しないうちに必要なくなるんだしな」「ちょっと待ってくれ、グリードアイランドやるの、あと2年も待つのか?」「だから保険なんだよ、最悪の場合の。こっちにいる“お仲間”が三百人弱。空いているグリードアイランドがいくつあんのか知らないけど、あきらかに需要過多なんだ。これくらいの備え、当然だと思うぜ?」「……」「なんだよ?」「いや、やっぱお前、腹黒ゴンだわ」 その言葉に、シュウは酢を飲んだような顔になる。「なんだよそれ、じゃあお前はうっかりキルアかよ」 そう言われてみれば、実は暗殺者とか被ってるところはある。だけど、うっかりなキルアって、それ、ほとんど良いとこないじゃないか。 それにお前ほど被って無いぞ、ジャンケングー(ジャスティスフィスト)とか必殺技まで似すぎだろう。 そんな言葉を交わしながら、バッテラ氏の住む屋敷までの旅は、比較的穏やかなものになった。 アポイントメントをとって、バッテラのに会う事が出来たのは1日後、たぶん早い方なのだろう。天空闘技場のフロアマスターというのは中々のネームバリューらしい。「どうも最近、グリードアイランドをやらせてくれと申し込んでくる者が多くてうんざりしていたのだが、君くらいの実力者なら大歓迎だよ、シュウ君」 書斎に案内された俺たちを、バッテラ氏は歓迎してくれた。 話から察するに、ここにも、すでに同胞達が訪れていたらしい。「そこまで買っていただいて光栄なんですが、そうじゃないんです」「なに? では一体何の用で来たというのかね」 気組みを外されたような表情のバッテラ氏。 シュウは数拍間を置き、バッテラ氏が再び気構えるのを待った。「失礼ですが、あなたが何故そこまでグリードアイランドを欲するのか、調べさせてもらいました」 その言葉は、バッテラ氏にとって意外だったのだろう。彼の面に驚きの感情が浮かんだ。「何にかえても救いたい者があると言う事に、素直に感銘を受けます。だけど、いくら揃えようと、目的を達してしまってはゲームは不要になる。そうなった時、オレにゲームを売ってくれませんか?」 シュウの言葉を反芻するように、バッテラ氏はしばし考える様子。ややあって。「キミ達がどうやって調べたか、あえて問うまい。プロハンターならばそう言う事も出来るのだろう」 前置きし、バッテラ氏は俺達の目をじっと見て来る。 その目は美術品を鑑定するように、俺達を見徹す。 ややあって、バッテラ氏は口を開いた。「……確かに、必要な物を手にいれれば、グリードアイランドは要らなくなる。それを買ってくれるのなら、願っても無いことだ」「有難うございます」「よろしい、書類を整えよう。文面はこちらで用意させてもらって良いかな?」「ええ、あとでチェックさえさせていただければ」 たぶん、バッテラ氏は俺達を品定めしていた。グリードアイランドを売ってくれたと言うことは、俺達はその眼鏡にかなったと言う事だろうか。 まあ、俺はオマケ程度にしか見られていなかっただろうが。 大成果でバッテラ氏の家を出ると、門の前で何かをわめいている女性がいた。「いいからバッテラ氏に会わせなさいよ! わたしはクリアに必要な情報いろいろ持ってるのよ!」「ですから、バッテラに会いたいのであれば、アポイントメントをお取りくださいと」「それで会えないからこうして来てるんじゃない!」「お帰りください。警察を呼びますよ」「だからバッテラ氏に会わせてって言ってるのよ!」「あ――」 言いかけて、シュウに止められる。「やめとけ。ああいうのは性質が悪い」 言いたいことはわかる。だけど、同じ境遇の者が、こんな醜態を見せているのをみれば、どうしても切ない。「通しなさいよぉ!」 激昂して応接係に殴りかかる女性。 拙い!“背後の悪魔(ハイドインハイド) ”で女性の背後に飛び、首筋を打って当て落とす。「あ、有難うございます」 ほっとした様子で礼を言ってくる応接係。「いや……興奮してるみたいだったし、未遂で済んだんだから、こいつも許してやってくれないか」「あ……はあ……」 居たたまれなくなって、そのまま踵を返した。もう一瞬たりとも彼女を見ていたくなかった。「お人好し」 肩に置かれたシュウの拳の感触が、やけに暖かかった。 それから数日、俺たちはバッテラ氏の屋敷にほど近い場所で滞在していた。 別にのんびりしていようと考えていたわけじゃない。 オレの体調がそれを許さなかったのだ。 生理。まあ、“ユウ”の場合はそれほど重いものじゃない。それに、こちらに来て数度も体験していれば、落ち着いて対処もできる。 ただ、今回は間が悪かった。彼女の場合、乗り物が全然だめになるのだ。乗っているだけで、めまいや吐き気がし、たかだかタクシーで五分ほどの距離も乗れない。 あわてたシュウが、俺をホテルに寝かせて、生理用品をいろいろと買ってきてくれた。「なんか慣れてるっぽいなあ」 そう言うと、シュウはむ、と口を引き結び、不機嫌な顔になった。「オレん家姉貴がいてさ、いやでも詳しくなるんだよ」 うちには妹は居るけど姉はいない。その差なのかもしれない。苦労してんだな、シュウ。 そんな会話を交わしてから数日、体調も元に戻ったころ、一通のメールが来た。 差出人はブラボー。 一度会ってみないかと言う内容だった。OTHER'S SIDE サイド・ブラボーパーティー 時々思う。こいつは、真正の馬鹿なんじゃないかと。 繁華街のど真ん中、見るからに堅気でないやつら同士、しかもどちらも大人数。 二組が向かい合うど真ん中に、割って入っていくバカ一人。「君達、争い事はやめたまえ! このキャプテン・ブラボーが双方の話を聞こうじゃないか!」「いちいち厄介ごとに口を突っ込むなぁっ!」 ブラボーの後頭部に思い切り蹴りをくれた。 ブラボー。フルネームはキャプテン・ブラボー。 だがもちろん、こいつは漫画の登場人物ではない。漫画のブラボーそっくりに設定されたキャラクターなのだ。 一緒に行動するようになって一月近くになるが、いまだにこいつの暑苦しい性格にはうんざりする。 Greed Island Onlineのおかげでハンター世界に飛ばされ、見知らぬ地でたった一人になって、孤独に押しつぶされそうだった。 だからこいつの姿を見たとき、本当に嬉しかった。 キャプテン・ブラボー。その姿を見て、間違いなくこいつは同類だと確信できた。「ほう、君は同胞か。俺の名はキャプテン・ブラボー。ブラボーと呼んでくれ!」 声をかけたわたしに、こんな反応を返してくるブラボーを、一瞬本気で“本物のブラボー”かと疑ってしまった。 漫画から出てきたんじゃないかと疑うような性格、言動。暑苦しい行動を取るコイツだが、元の世界に戻るという目的は変わらない。 この世界に飛ばされた同胞にも、いろんなやつがいる。 帰る事をあきらめたヤツ、こちらのほうがいいと言うやつもいれば、一刻も早く帰るために、グリードアイランドをプレイすることしか頭に無いやつもいる。ただ悲嘆に暮れているだけのやつもいる。 実際本腰を入れて帰還のために動いているのは、おそらく全体の半数程度。その中で、わたし達ほど計画性を持って行動しているやつは、そうはいないだろう。 この異常な状況を、共に戦う仲間として、リーダーとして、悔しいがこいつは理想的な資質を持っている。 何より異邦人だらけのこの世界で、心の底から信頼できる仲間がいる。そんなことが、どれだけわたしを救っているか。「同士・カミト、痛いではないか」 やっぱり行動は馬鹿なんだけど。「あんたね、やっとこさミコが退院できるってのにいちいち厄介ごとに首突っ込まないの」「しかしだな、目の前で問題が起こっているというのに――」「ああ? ふざけてんじゃねえぞ!!」 背後から、そんな声と共に、銃を撃つ乾いた音が聞こえた。 それが判っていても、あわてる必要はない。わたしもブラボーも、防御に関しては絶対的と言っていい念能力を持っているのだ。 案の定、ブラボーの防護服とわたしの鎖に阻まれ、銃弾は力無く地に落ちた。 しかし腹が立つ。こう言う事を平気でやってくる奴らなら、多少痛い目を見せても悪くはないだろう。「ブラボー、手伝ってあげる」 にやりと笑う。「全員病院送りになれば、喧嘩する心配はないでしょうしね」「……同士・カミト。お手柔らかにな」 ブラボーの声は、多少怯えを含んでいる気がした。「――さて、ミコが退院したら、どうしましょうか」 1分かけずに争っていた集団30人ほどをノして、ブラボーに話しかける。「本格的に仲間を集める。グリードアイランドを制覇するためにチームの中核をなす、信頼のおける実力者が必要だ」「一回のクリアで20人ってのは、多いんだか少ないんだか」「一坪の海岸線に参加する者全てをフォローできるというのは大きいと思うがな」「ま、そうか。んじゃ、まずはユウあたりはどうかな? 信用できるし、実力も問題ないし」「ああ、とりあえず彼女を当たってみよう」 ブラボーのメールが来てから3日、俺たちは天空闘技場で待ち合わせた。 俺の試合期日が近づいていたし、ここが両者の所在地の、ほぼ中間地点だったからだ。 シュウがフロアマスターになっている263階に集まり、久闊を徐す。ミコ――ハンター試験でヒソカにやられた女性には命を助けたお礼を無茶苦茶丁寧に言われ、かなり恐縮した。 何故か、シュウの目が冷たかったが。ヒソカに正面から向かったこと、怒られそうだから黙っておいたのが、ばれちゃったからなあ。 それはさておき、ブラボーたちの用件は、グリードアイランドをクリアする仲間にならないか、と言うことだった。 シュウは難色を示した。 やはり、クリア1チームに対し、手に入れる事ができる“離脱(リープ) ”が2枚というのがネックなのだ。「安心して。クリア1チームで帰ることができる人数は、最低でも20人だから」 カミトの言葉に、さすがにシュウも驚いた。「№86“挫折の弓”。これがあれば10回の“離脱(リープ) ”が撃てる」「……なるほど、そんなアイテムがあったのか。最低20ってのはクリア報酬の三枚に重複して指定できるか分からないから、か……それじゃあ全然事情が違ってくる」 シュウは、考え込むような姿勢になった。「ええ。ネックになりそうな“一坪の海岸線”や、協力できる人数の縛りがゆるくなる。そこで信頼できる実力者を集めているの」「そこまで考えているなら、当然グリードアイランド入手法も考えているんだろうね?」「普通に入手できるのが一番だけど、万一の時は、何人かをバッテラ氏の所へ送って、グリードアイランド内から脱出できなくなった人に、脱出と交換条件で手に入れるつもり」「へえ……アンタ、女にしてはやるね。よく考えてる」“カミト”は男だが、シュウにはある程度確信があるらしい。カミトに賞賛を送った。「アンタもね。ぱっと出てきた疑問で、どれだけ見通し立ててたか分かるわ」 シュウとカミトの、妙なオーラすら見える話し合いに、何故か自然と冷や汗が流れる。 と言うか、否定しないところを見ると、やっぱり女だったのか、カミト。 よかった。これでちょっと安心してカミトと接することができそうだ。「大筋問題ないけど……実力の方はどうなのかな? あんたらの“練”を見せてよ」“どれくらい強いんだ”そんな意味のシュウの言葉に、カミトはにやりと口の端を吊り上げた。「分かったわ、わたしの念能力はこれ」 カミトは、両手の袖から一本ずつ、鋼鉄製の鎖をじゃらりと地面に落とした。「ユウちゃん、何かやってきて」 そう言われ、とりあえずナイフを投げてみると、左手の鎖がふわりと浮き上がり、ナイフを絡めとった。「攻撃に対し、自動的にわたしを守る“鉄鎖の結界(サークルチェーン) ”、右手のは攻撃用の“追尾する鉄鎖(スクエアチェーン) ”。操作系の念能力」 なるほど、クラピカみたいな能力かと思っていたが、かなり戦闘向きの能力らしい。「次はわたくしですわね」 言って前に出たのは、ミコ。「ハヤテ」 言葉とともに、彼女の首に巻かれたスカーフが、あのときの念獣に変化する。「念獣、ハヤテ。基本的に獣型ですが、人型や無機物に変形できます。わたしはハヤテと五感を共有し、最大10kmほど離れても行動可能です。ただし、距離が離れるほど力は衰えるのですけれど。能力名は“ハヤテのごとく(シークレットサーバント) ”」 なるほど、戦闘特化型の念能力ではないらしい。それでヒソカに立ち向かったのは、無謀かもしれないが、その正義感は信頼に値する。「そしてわたしの念能力は――」「あ、いいよ、ブラボーは。見ればわかるから」 ブラボーの言葉を遮るシュウ。 ひでえ。いや、俺も見当つくけど。 「オレは強化系で、感情の高ぶりに応じて威力を増す“正義の拳(ジャスティスフィスト) ”ってのを持ってる。よろしくな、ブラボー、カミト、ミコ」「ブラボーだ」 シュウの差し出した手をブラボーが硬く握った。 よかった。密かに心配してたんだ。シュウが、てめえらなんかと組めねえよ、とか言い出さないか。「よろしく」 一応、俺も三人に一礼する。「ええ、よろしくね……一応ユウちゃんの念能力も教えておいてくれる?」 カミトが言ってくる。俺の能力は、カミトたちは知っているはずだが、ミコもいることだし、まあ自己紹介のかわりと思っておこう。「俺の能力は、カミトたちも知ってるかもしれないけど、相手の死角から死角に瞬間移動する“背後の悪魔(ハイドインハイド) ”、それに念能力の制約を一時的に外す“甘い誘惑(スイートドロップ) ”を造り出す能力を持ってる」 本当は制約を外す、じゃなくて制約を“飴を舐めている間だけ”に上書きする、なんだが、説明がややこしくなりそうなので、こんな言い方をした。まあ、おおむねこの理解で問題ないだろう。「へえ、制約が外せるってのは便利ね」「そのかわり、外してた時間だけ強制的に“絶”になるんだけどね」 なるほど、と頷くカミト。きっと利用方法とか考えているんだろう。「で、カミト。これからどう動くんだ?」 シュウが、カミトに尋ねる。 やるべきことは、仲間集めとグリードアイランドの確保か。まあ向こうには歩く広告塔がいることだし、あっちが仲間集めでこっちがゲームを確保するのが順当なところだろう。「基本的にあなた達は好きに動いてくれていいわ。時期が来たらこちらから連絡するから。もし、あなた達が必要だと思ったらこちらに連絡を頂戴。わたし達はこれから仲間を探すつもりだけど、こっちも逐一連絡するわ」「わかった」 カミトの言葉を反芻し、シュウは頷いた。 思ったよりもゆるい連携は、こちらの力を信頼してのことか。とにかく、カミトの提案はかなり意外だった。 変に馴れ合うよりずっといい。たぶんシュウならそう言うだろう。それに結局のところやることは変わらないのだ。のびのびさせたほうが良いと考えているのかもしれない。 ふと思う。カミト、ひょっとして人を使うの、慣れてるんじゃないだろうか。“中の人”の事を考えるのは、この際無粋な話だけど。 それから、こちらに来てから得た情報を交換し合い、天空闘技場を一回りしてからブラボー達は此処を発っていった。 そのあと、シュウは“Greed Island Online”やハンターサイトを回り、指定ポケットカードを確認しようとしていた。 あれだけ硬い握手をして見せて、まだ裏を取ろうとするのかシュウ。 徹底しすぎていて、もうなんと言うか、いっそすがすがしい。