「こんなものを買ってみたんだけど」 ジェルとの一件から数日。傷もほぼ癒えたある日の昼さがり。ツンデレが持ってきたのは、なにやら液晶のついた機械だった。「なんだそれ」「ロリ姫と喋れないの、不便だと思って。ハンター通販で買ったの」 言いながら、ツンデレは機械をこちらに寄越してきた。なんだか妙に嬉しそうだ。「オーラに反応して、その人の本音がわかるんだって」 言われて、あらためて掌の上にあるものをながめる。 薄型の携帯サイズで、液晶画面もほぼそれっぽい。体につけるためか、ゴム製のバンドがつけられている。 やたらと軽いのが、安っぽさをいや増していた。 念リンガル。機械にはそう書いてある。 ――怪しい。 目いっぱい怪しい。 そもそも、なんだよハンター通販って。胡散臭すぎる。「あ、疑ってる。この通販、けっこう使ってるけど面白いの多いよ。オーラ式全自動食器洗い機とか、念力式自動三輪車とか、超念能力合体グランネテロとか」 しきりに面白さを強調するツンデレだが、疑ってるのはそこじゃないんだけど。 どう考えても興味本位が先に立ってる気がするし。 と言うか、並べられた名前のほうに興味がわくんだけど。「まあ見ててよ。わたしが試してみるから」 ツンデレはいそいそと二の腕に念リンガルをとりつける。 こんな怪しげなもの、よく不用意につけるものだ。しかも嬉しそうに。「これで、つけてる人がどう考えているか、文字にしてくれるらしいけど……どう?」 いっしょに機械を覗きこむ。“大好き” 液晶には、そんな文字が出ていた。 ツンデレは、見事に硬直した。「――な、何でこんなものが出るのよ!」 ツンデレは悲鳴を上げた。 画面には、さらに文字があらわれる。“大好き”「嘘だからね! あんたのことなんて、なんとも思ってないんだから!」“嘘。大好き”「嘘だから、違うから、そんなこと思ってないんだからっ!!」 なんだかやたらと無駄な動きをしながら、ツンデレは機械をベッドにたたきつけた。顔が真っ赤だ。 面白すぎる。「ま、まったく、あてにならない機械なんだから!」 まあ、確かに眉唾なんだろうけど。 お遊びの道具としては最高だ。 まったく、どこの紙一重が作った素敵機械だ。「まあ、ものはためしだ。ロリ姫にもつけてみたらどうだ?」「そ、そうね、こんなのインチキもいいとこだけど、面白いかも」 俺の提案に、ツンデレは機械を髪に巻きつけた。精一杯興味なさげに振舞っているものの、思い切り目が輝いている。「どう?」 機械を見せるように、ツンデレは頭を傾けてきた。 そこに表示されている文字を見て。 おもわず言葉を失った。「どうしたの?」 不思議そうに尋ねてくるツンデレの目の前に、機械を持っていく。 ツンデレも、微妙な顔になった。 髪の毛がさかんに動いてるところをみると、ロリ姫は見ていないらしい。いや、そもそもロリ姫この時代の文字、読めないのかもしれないけど。 まあ、知らぬが花だ。 念リンガルには、こんな文字が表示されていた。“愚民ども、ひれ伏すがよい!” 妙にそれっぽいのが、よけい性質悪かった。 両の足で病室の床を踏みしめる。 昨日まで感じていた、淡い疼きにも似た痛みすら、感じない。 手を、握りしめる。 痛みはない。 軽く、ステップをふむ。 痛みはない。 強く、一歩を踏み出し、拳を繰りだす。 やや腰が浮くのは、鈍っているからだとして。やはり、痛みは感じられない。 目覚めてから、ぴたり二週間。エロ医者の見立てどおり、みごとに完治していた。「これで、わたしもお役ごめんですな」 そう言って、じいさんは微笑ましげに目を細めた。 このじいさんにも、世話になった。この病院にも顔が効くらしく、いろいろ便宜をはかってもらったし、何よりこれほど早く退院できたのは、じいさんの念能力のおかげだ。「じいさん、ありがとう」 あらためて、じいさんに頭を下げる。「いやいや。礼ならそれ、そこのお嬢さんに言ったほうがいいですよ。なにせ、意識が戻るまでずっとあなたのそばについてらしたのですから」 ゆっくりとした口調でそう教えられ、ツンデレに向きなおる。 ツンデレは、居心地が悪そうにして、視線を合わしてこない。「ツンデレも、心配かけた」「べ、べつに気にしないでよ! 死んだら寝覚めが悪いから面倒見てただけなんだから――だから拝むなっ!」 ひさびさのツンデレ節に、思わず手を合わせてしまったのが悪かったのだろうか。ツンデレはへそを曲げてしまった。 その髪の毛が左右に動き、しきりに自己主張している。「ロリ姫にも、心配欠けて済まなかった」 俺の言葉に、髪の一房が反り返った。胸をそらして鼻を鳴らすロリ姫の姿が、目に浮かぶようだ。 その光景に、じいさんはひとつ頷いて見せた。「では、気をつけて。次はただの知人として出会えるように。無事を祈っております」 そんな感じで病院を後にして。 まずは念能力を取り戻すため、エロ医者に紹介された植物(プラント)ハンターに会わなくてはならない。 飛行船で十日、そこから車に乗り換えて二日。植物(プラント)ハンターを訪ねてたどり着いたのは山岳地帯の小さな町だった。 空気が薄い、と感じるのは高地ゆえだろう。黄色い大地に、それを淡く彩る背の低い植物。版築造りの家が建ち並んでいる。 その中の一軒に、求める人物はいた。「ほう? ヘンジャクからの紹介、ね」 浅黒い肌に、鋭い目が印象的な男だった。髪は黒々として肌に艶もあるが、年齢が読めない。外見は三十そこそこだが、声を聞くと、五十を超えているようにも思える。植物ハンター、ハーブは、そんな人間だった。「当代のヘンジャクとは、そうさな、代替わりしたてのころに会ったっきりか。どうだ、元気だったか?」「当代?」「おっと」 思わず問い返すと、ハーブは口の片方を吊り上げた。「知らねえのか。ヘンジャクってのは、芸名みたいなもんだ。代々名前と知識を受け継いでいってるんだよ。確か当代は十何代目か、だったかな?」 一子相伝なイメージだ。能のようなものか。「芸事とか、武術みたいなもの、ですか?」「あー。正確には、ちょっと違うな」 ツンデレの問いに、ハーブは首をひねる。「オレがはじめて会ったのは、先々代のヘンジャクだ。まだ十かそこらの小僧のころだ」 言葉を捜しながら、ゆっくりとした調子で。ハーブは話しはじめる。「そんときゃ、親父を治してもらったんだが、白いひげの、よいよいのじいさんだったな。 で、五年ほどあとに、先代に会った。黒々としたひげの、まんまるい大男でよ、ぎょろっとした目をこちらに向けて、言ってきたわけだ。よう、あんときの坊主か。親父さんの調子はどうだい? いや、あんときゃ驚いた」「……記憶まで、どうにかして受け継いでるってこと、ですか?」 言わんとしているところは、それだろう。 知識だけでなく、経験まで受け継ぐ。となると、方法は予想がつく。 おそらく念能力だろう。 それを口に出すと、ハーブは肯定するように首を上下させた。「そんなこと、できるの?」 うそ寒いものをおぼえたのだろう。肩を震わせながら尋ねるツンデレに、ハーブは口の端を吊り上げた。「どこぞの暗殺者育成施設では、念能力まで継承する法があるって噂だしな。取り立てて異常ってほどでもないだろうよ」 なるほど。暗殺に特化した念能力を記憶ごと伝承すれば、ほとんど訓練すら必要なく、一流の暗殺者が出来上がる。しかも、それがいつでも使い捨てにできるのだ。合理的と言わざるを得ない。「で、お前さん、念能力を失って、それをどうにかしたい、と」 ハーブは語調を転じた。向けられる瞳には、試すような色がある。 その瞳にまっすぐに視線を返し、肯定の言葉を口にした。「……確かに、その種の薬草はある」 ハーブの口から出た言葉は、俺にとって望ましいものだった。「仙草の類だ。標高五千メートル以上の日の当たらぬ山影、垂直の崖にのみ生える。煎じて飲めば精孔がきわめて開きやすい状態になる。その場所も、わかっている。ただ、これがやっかいなんだが」 ハーブの口が、一文字に引き絞られる。「すこし前から竜が住みついてな。俺でも危なくて行けやしない」 竜。恐竜か、それともこの世界独自の竜なのか。いずれにせよ、場所が場所だけにやっかい極まりない。 それでも、行かなくてはならない。 手を握りこみ、拳を震わす。 俺にとって、これは避けては通れないことなのだ。「だいじょうぶ」 ツンデレが、横から声をかけてきた。「アズマは、わたしが守るから」 そう言うツンデレの顔には、切実なものが浮かんでいる。 なんだかな。 頼もしい言葉なんだけど。やっぱりこれじゃいけないよな。 とりあえず、この情けない状態を、何とかしなくては。 標高五千メートルと言えば、富士山よりはるかに高い。 むろん、登山道などない。ロリ姫のドリルをザイル代わりにして、それでも登りきるのに二日かかった。いや、登りきっちゃだめなんだけど。 寒風吹きすさぶ山の頂。ツンデレは、やっとそれに気づいたらしい。なんだか動かなくなったツンデレを、生暖かく見守っていると――足元に巨大な影が落ちた。 上を見る。「おいおい」 思わず、口を開く。「竜ってこっちかよ」 唖然として、質量を無視するように軽やかに空を滑る代物をながめる。ツンデレも似たような状態だろう。 黒い外皮に紅玉のごとき瞳。青眼と対をなすような姿を、俺は知っていた。「紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)」 こんなときに、また。とんでもないものが出てきたものだ。