まず、グリードアイランドから出るべきだ。と、シスターメイは言った。 何故か。問うまでもない。 グリードアイランドには呪文カードがある。その中には、出会ったことのあるプレイヤーのもとへ移動するカードもあるのだ。「加えて言うのならあのスカシ目――ミナミの念能力、移送砲台(リープキャノン)は、最大補足範囲が約百キロメートル。グリードアイランド内でならどこにでも現れることが出来るわ。まあ、だれそれのそば、とかじゃなくてきちっと三次元座標を指定しなくちゃいけないから、あらかじめ位置を知られてなければ、奇襲の心配はいらないんだけど」 それゆえに、相手の襲撃を防ぐため、身をおくべき環境は考えぬかなければならないのだ。「成る程、其れでお主等、こんな所に居る訳か」 ロリ姫が深く頷いた。 絶海の孤島である。周囲百キロ、陸はおろか人工的な建造物は、なにひとつない。よくこんなところがあったものだ。「まあ、お主等がやると言うのなら、妾も異論は無いのじゃが……こやつは誰じゃ?」 ロリ姫が半眼を向けた。その先にいるのは。「金髪! 碧眼! 縦ロール! ロリ! お姫さま! 萌え!」 語るまでもない。シスターでメイドさんと言う変態的なファッションに身を包んだ変態だ。「ねえ仏頂面、この子もらってもいい?」 ダメに決まってるだろう。 何しに来たんだお前。 そんな言葉を視線に込めてにらみつける。「う、そんな目しないでよ。わかったわよ、修行でしょ? ちゃんと考えてあるんだから」 シスターは視線を跳ね返すように胸を張ってみせた。 まあ、嘘ではないのはわかる。この島に来るまでに、ブイやらパイプやら、わけのわからないものを大量に買わされたのだが、あれは修行に使う道具だろう。「さて、ツンデレちゃんはまず、能力を防御にも使えるよう、練習してもらいます」「防御に?」 シスターの言葉に、ツンデレが目を見開いた。「あなたの念能力は、物理衝撃でオーラを相殺するもの。だったら、理論的には敵の攻撃を自分のオーラで無効化することも出来るはずよ」 なるほど。逆の発想というやつだ。 相手の攻撃による衝撃を、オーラを破壊する力に変えれば、攻防力の調整さえ間違わなければ己のオーラで無力化することも可能かもしれない。 いや、念能力を分析する念能力者であるシスターの言葉だ。可能なのだろう。「ロリ姫ちゃんは、ツンデレちゃんに攻撃。ただし、最初は加減すること」「判った」 ロリ姫は頷いた。 それにしても、俺やツンデレのときとは声色が違う。歪みなく変態である。「仏頂面はあそこ、沖にブイが浮いてるでしょ?」「俺が浮かべたんだ」 聞きはしないだろうが、一応言っておく。 この島に着くまえに設置させられたのだ。「まあいいじゃない。あれに当てる訓練よ。目指すは百発百中」 案の定聞いてない。あきらめてブイまでの距離を軽く目算する。「……二百メートルほどか」 石ころを拾い上げ、充分に狙いを定め――撃つ。石ころはブイから十メートルほど離れたところに波紋をつくった。まともに当てる事すら難しそうだ。「これはあくまで第一段階。これが出来なきゃお話にならないんだからね」 と、シスターには言われたものの、たやすいことではない。加速放題(レールガン)はそれほど燃費の悪い念能力ではないが、それでも発動回数は三桁に乗らない。事実、初日は八十回ほどで限界に達した。ちなみに命中はたったの三回である。 夕方になってツンデレと落ちあった。 双方気が散るからといってシスターが別の場所で修行させていたのだ。 青あざだらけの体を見れば、むこうも苦戦しているのがわかる。「どうだ、調子は」 尋ねると、ツンデレは辟易とした顔で息を吐いた。「まだまだ。そっちこそどうなの?」「道は遠そうだ」 食事中にも互いに愚痴めいたことは言い合ったものの、弱音は吐かなかい。 コツどころか、その手がかりさえつかめていない状態だが、これさえできれば自分は一段上に登れる。そんな妙な確信があった。ツンデレも同じだろう。 ちなみに。 目の前のケーキを奪わんとロリ姫が巨大な砂塊を振り上げているのだが、どうしたものか。「はやく言えぇっ!!」 声に出してしまったらしい。砂塊は地面を打ち、あとはケーキをめぐって壮絶な戦いとなった。 保存効かないから、つぎいつ口に入るかわからないもんなあ。 次の日から、鉄パイプを持たされた。 やや細身だが、なんの変哲もない普通の鉄パイプだ。長さは一メートルほど。これを銃身に見立てて的を狙うのだ。 むろん小石などでは、鉄パイプの内径に合わせることは難しい。そのために、パチンコ球を使う。手配したときはなにに使うのかと思ったものだが、なるほど、このために用意させたのか。 理屈も、なんとなくわかる。射線を安定させる補助器具のようなものだ。 鉄パイプをまっすぐブイに向ける。 肩から鉄パイプの先端にいたるまで、一直線に固定する。射線がブイを間違いなく貫いているのがわかる。 そのまま――撃つ。 狙いたがわず、パチンコ球はブイに命中した。「よし!」 思わず、拳をにぎる。「仏頂面、わかったわね?」 背後から声をかけられた。 見れば、いつの間にかシスターメイが来ていた。気配がないだけに、野生の動物より知覚が困難だ。「ああ……これが、俺の欠点だったんだな」 シスターが、なぜこんなことをやらせたのかわかった。「あんたの弱点は、その照準の拙劣さ。いままであんたがやっていたのは、たとえるなら銃身のない拳銃でめくら撃ちしてたようなもの。そんなんじゃ、敵に当たるかなんて神頼みだわ」 そう。俺の念能力は、まだ未完成だったのだ。 照準が甘い。ずっとそう思い、それがこの念能力の特性だと思ってきた。だが、違ったのだ。「その鉄パイプが、あんたの銃身(バレル)よ。手にしてなくてもその姿が目に浮かぶくらい、まずは使い込むことね」 シスターの言葉を最後まで聞かず、射撃を再開した。 胸が躍っている。強くなれる。俺の念能力を完成させる鍵が、見つかったのだ。 じっとしていられるわけがなかった。 連日、限界まで打ち込み、百発百中までいったのが2週間後。百六十回の試射すべてブイに命中させた。この頃にはすでに、鉄パイプは体の一部になっていた。「ほぼ文句ないレベルまで来たようね」 浜辺でぶっ倒れていると、シスターが声をかけてきた。 にやついた軽い声も、すでに頼もしく聞こえるようになっていた。気の迷いかもしれないが。「おかげさまでな。そう言ってくれるってことは、次の段階に行っていいのか?」「ご明察」 ぱちぱちと、拍手された。「鉄パイプを使って撃つ。その感覚は、すでにあなたのものになってる。そろそろ手放してもいいころよ」 その通りだった。鉄パイプがなくても、今の俺にはその冷えた感触が、重みが、姿が、知覚できる。見えないパイプが感覚としてそこにあった。 なら、素手であろうと結果は同じ。 勢いをつけて立ち上がり、がたがたの体で照準を定める。 ――加速放題(レールガン)。 恐ろしいほどスムーズに、念能力が発動した。 パチンコ球がブイに突き刺さった。 偶然かもしれない。数千に及ぶ射撃に耐えていたブイは、そのとき破裂した。「カリキュラムその一、クリア……で、いいのかな?」 その問いに、シスターはにやりと笑って答えた。「ええ。ふたりとも(・・・・・)、予定より一週間も早くね」 その日の夜は、シスターの提案でお祝いとしてささやかなご馳走が食卓に乗ることとなった。 保存食と島で取れる魚や果物に慣らされた舌にとっては望外の楽しみである。 ツンデレが、ふたり分を胃に収めるハメになったのは言うまでもない。ロリ姫には世話になりっぱなしのツンデレなのだ。「わたしの理想体重さん? どこにゆかれるのですか?」 空ろな目のツンデレが、すこし哀れな気がした。「ロリ姫タン。腹ペコキャラ……」 へんたいしすたーはすこしだまったほうがいいとおもいました。 翌日は、蓄積した疲労を回復するため、休暇をとるはずだった。 だが、未明に一通の電子メールが届いた。 助けを請う。急ぎ、ヨークシンまで来られたし。恩人からのメッセージだった。 修行途中とはいえ、ほうっておけることではない。急ぎツンデレたちとも相談した。 無論、ツンデレも助けに行くことに同意してくれた。ロリ姫も同様だ。「男? ほっとけない恩人って男?」 そしてシスターがウザイです。「あんたな、そんなことしか考えられんのか」「ふふ、正直そんなことばっかりですよ」 開き直りすぎだった。「たとえば、仏頂面とツンデレちゃんの中の人が両方男だったらとか……ご飯三杯はいけますよ!」「気色悪い事言うな!」 筋金入りである。「まったく、頭の中は男ばかりか」 ぼやくようにつぶやくと、シスターはすこし首をひねった。「ロリ姫ちゃん、萌え!」「黙れ変態」 なんだかコミュニケーションをとるのがむなしくなってくる。 ともあれ変態も、事情を聞けば文句は言わない。急ぎ船に飛び乗り、ヨークシンを目指すことにした。