ブラボー達が去っていった次の日、天空闘技場で俺の対戦相手が発表された。 対戦相手の名はギド。原作に出てきた独楽使いだ。「これってラッキー、なのか?」 相手が弱いと言うのは歓迎かもしれないが、修行にならなくても困る。「ユウ、明確な格下の念能力者と戦うの、初めてだろ? それはそれで勉強になると思うよ」 すでにフロアマスターになったシュウは、のんびりとしたものだ。 言われてみれば確かにそうだろう。それに、これは自分がどれだけ強くなったかを量る、良い物差しかもしれない。 シュウの部屋(と言うかフロア)から自分の部屋に戻る途中、どこかで見たことのある二人連れに出会った。 片腕と車椅子の念使い。サダソとリールベルトだ。「やあ、誰かと思ったら、フロアマスターに色仕掛けで勝ったお嬢さんじゃないか」 ……ひょっとして、こいつら、俺に目をつけたのだろうか。 見る目が無さ過ぎるだろう。 まあ、先の戦いはまともに戦ったとは言い難いけど。「どうでもいいけど、喧嘩売ってるなら相手選びなよ? 俺は温厚なほうだからいいけど、相手によっては100mもぶっ飛ばされたりするんだぞ」 主にシュウとか。まああんなヤツに正面から当たる気はないだろうけど。 俺の反応が予想外だったのだろうか、二人は口詰まった。 ふと思いつく。こいつらと戦ってみるのもいいかもしれない。「喧嘩なら闘技場で買うよ。なんなら今から登録に行こうか?」「……ふははははは! 大したハッタリだ! よし、後悔させてやろうじゃないか!」 カモ2匹、フィッシュ。 あんまり嬉しくないけど、リールベルトみたいなタイプとは、一度やって見たかったしね。「さあ本日のメインイベント、ギドVSユウ! ユウ選手はフロアマスター、シュウ選手に唯一土をつけた存在です。さあ、本日はどんな戦いを見せてくれるのでしょうか!」 アナウンスと共に、試合開始の合図。 オレは手早く終わらせるつもりでギドの後ろに回りこむ。 だが、同時にギドが竜巻ゴマで応戦してきた。 さらに、無数の独楽を飛ばす“散弾独楽哀歌く(ショットガンブルース) ”。 至近からの攻撃に、“堅”で対応する。 文字通り散弾のような独楽の嵐だが、“堅”のガードを貫くほど強力な威力はない。「くっ、だが、お前の方もこの状態のオレには攻撃できまい!?」 自信満々のギド。 確かに、竜巻ゴマは攻防一体の優れた技だ。だが、彼我のオーラ量に格段の差のあるこの戦いでは、絶対の防御法にはなり得ない。 おそらく、今の俺が、攻防力50ほどの強いオーラを集めて攻撃すれば、この状態のギドでも仕留められる。 だが、この体勢、そこまでしなくても打破できる。 俺はギドの独楽の軸、鉄製義足を狙い、足の裏で押すように、思いきり蹴りつけた。「おおおおおおっ!?」 ギドは回転しながら床を滑っていき、リング外に落下した。 それを追いかけ、俺はリングに戻ろうとするギドの目の前に立つ。 この時点でギドは死に体。一本足義足のギドではリングに戻るとき、どうしても無防備になる。「どうする?」 油断無くオーラを拳に集めながら問いかける。「ま、まいった」 ギドは俺のほうをじっと見たあと、ギブアップした。「――ユウ」 試合終了後、シュウはため息混じりに話しかけてきた。「お前の悪い癖だ。正面からやってもなんとかできるのに、勝ちを拾いやすい方法をとろうとする。悪くないんだけど、そればっかりじゃあ、自分の体がどれだけ無茶が利くのかわかんないだろう」 どきりとした。試合中にも考えていたことだ。 リスクを減らし、無茶を避ける戦いを重ねていくと、かえって鈍ってしまうものがある。 だが、この戦い方はユウの身に染み付いた戦い方でもある。 暗殺術を修めたユウ。だが、最後の指令を果たすために必要なのは、技術でどうにかできる領域などはるかに凌駕する、圧倒的な“実力”なのだ。 シュウの言葉で、それを思い出した。 で、それに触発されて真正面から戦うと決めてかかったサダソとの戦い。 やりすぎてしまった。 試合開始と同時にダッシュ。相手のガードの上から思い切り放った右ストレートは、サダソの右腕を折り、それでも勢いが止まらず顔面をジャストミート。 サダソの体はリングサイドの壁にぶち当たってバウンド、ピクリとも動かなくなった。 初めて、自分が強いかもしれないと思った。 続いてはリールベルト戦……だったのだが、試合当日になって彼が棄権し、不戦勝になってしまった。 いや、気持ちはわかる。あんな人身事故みたいな惨事は、俺もご免被りたい。 だけど、前日まで電撃鞭を研究し、対策を何通りも用意して来たのにそれは無いんじゃないだろうか。 電脳ネットでうわさが流れている。 ハンター狩りが行われている、そんなうわさ。 それが目に止まったのは、グリードアイランドの情報を集めている最中でのことだった。 少し興味を持ち、調べてみると、この2ヶ月弱で30人近いハンターが殺されている。 共通点は、怨恨の線が薄いこと。個人行動のハンターであること。そして、とあるサイトに書き込みしたらしいこと。 そのサイトの名は、Gleed Island Online。「ああ、こりゃ“口減らし”だな」 シュウに相談すると、彼は断定口調で言った。「グリードアイランドの攻略が覚束ないような無能な連中に、限りあるグリードアイランドのワクを占領されたくない。そう考える連中がいてもおかしくないだろう?」 シュウの言葉には到底承服できない。 おかしい、おかしくないで言うなら、明らかにおかしい、人として異常な考えだ。その行動を、絶対に認めるわけにはいかない。 だが、そこまでしても、何に換えても帰りたいと言う気持ちだけは、わかる気がした。「何とかできないのか?」「ユウ、またおまえはそんな甘いことを……いや? 悪くないな。こういう奴らはゲームでも厄介な存在になるだろうしな。今のうちに潰しとくのはアリか」 シュウは意外と乗り気で、俺の方が気組みを外された感じだ。 だが、シュウがやる気なら、正直頼もしい限り。相手が何だろうが全く負ける気がしない。「どうやって相手を探すか……と、こう言うのは、昔から決まりきった手法だな」 俺はシュウににやりと笑いかける。シュウも同じような笑み。『囮だ』 二人の言葉が重なった。“こんにちわー。ユウともぅしまーす。わたしもゲームでこっちの世界に来ちゃったコですー。いっしょにグリードアイランドやってくれる仲間をさがしてまーす。住所は○○国○○市……”「すっげーアタマ悪そうな文章なんだけど……というかこんなのに俺の名前使うの本気でイヤだ」「相手もそう思ってくれたら御の字だな」 シュウはニヤニヤ笑っている。 コイツのこういう所、すっげー腹立つ。リアルでもピンポイントで連想させるヤツいるし。 俺の名は、天空闘技場じゃあ名が通ってしまってる。犯人の耳に入らないとも限らないので、市内のマンション借りて、そこで犯人を待つことにした。 シュウは偽名で隣の部屋を借り、助けに来る準備は万全だ。 俺は部屋に篭って毎日例のサイトにアクセスし、イタいコメントを書き続けている。 これが一番キツイ。 なんと言うか、激しく精神力を消耗する。 そんな生活が続いて五日ほど、俺の部屋の呼び鈴が鳴らされた。 シュウとは基本的に携帯電話での連絡すら控えていたので、おそらくハンター狩りの犯人に違いない。「はーい」 返事をして、無警戒を装ってドアを開く。 銀髪、金銀妖眼、中性的な美形という、なんと言うか中二病総攻撃! みたいな人がそこにいた。「え、と、どちら様、でしょうか?」 ものすごく、反応に困る。「君がユウだね? ボクはセツナ。君の、あのサイトでの書き込み、見せてもらってね。話がしたいと思ったんだ」「わぁ、じゃああなたも仲間を探して?」 気どったもの言いに寒気がするが、我慢。ここは話を合わせておくことにする。「ああ。実はボクも一人では限界を感じていてね、仲間を探していたんだよ」「そうなんですかぁ。嬉しいなー」 隣で、何やら壁をどんどん叩く音がする。シュウ、絶対笑ってやがる。 その音に、セツナは顔をしかめた。「ここじゃあ落ち着いて話せないようだね、どうだい? 落ち着いた所で話さないかい」「そ、そうですねー」 シュウ……お前何やってんだ。 冷や汗をかきながら、断るのも不自然なので同意した。 セツナに連れられ、やってきたのは高級ホテルのレストランだった。 昼間のこととて、客も2、3人しか居ない。 そこで雑談を交えながら、今までの経緯などを、こちらは即興で考えて話した。 演技も寒ければ相手の態度も寒い。いい加減我慢の限界に達したところだった。 水で溶いたような薄い殺気が、一瞬、漂った。 殺気の主まではわからない。だが、間違いなくこちらに向けられたものだ。「? どうしたの?」 とぼけているのか、それとも本気であの書き込みで仲間になりに来たスカ野郎なのか。どうも後者のような気がしてきたけれども。「お客様」 ウェイターがこちらに頭を下げてきた。 「なんですかぁ?」「死ね」 その言葉よりも、むしろ殺気に反応して、俺はウェイターの腹めがけて突っ込む。「ぐっ!」 吹き飛んでいくウェイター。 その手には念を込めたナイフが握られていた。 同時に席を立つほかの客達、そのいずれもが念能力者。このレストラン自体罠か。「なっ? 何なんだ!?」 うろたえるセツナ。こいつ、やっぱりシロか。 ウェイターは立ち上がると優々とホコリを払う。「尾行させていた小僧を期待しても無駄だぞ。今頃俺達の仲間が始末している」 その言葉に、心が冷える。シュウは元の世界からの大切な友達だ。それに、こんなに簡単に「死ね」などという奴を、気遣ってやる謂れはない。 天空闘技場のような“試合”ではなく、殺し合いでもない。“ユウ”生来の業を使う。 スイッチを入れるように、覚悟する。人を殺す覚悟を。「死ねぇっ!!」“わたし”に襲いかかってくるウェイター達。それより早く、“甘い誘惑(スイートドロップ) ”を口に放り込む。“背後の悪魔(ハイドインハイド) ” 正面から向き合い、警戒しているウェイターではなく、客に変装していた敵の背後に跳び、念を込めたナイフで頚椎に一撃、続けざまに跳んでもう一人殺し、最後にウェイター。 刃と刃がかみ合う、鈍い音。さすがに背後を警戒されていた。「くっ! おまえ、戦い慣れているな!?」 戦い慣れてなどいない。“わたし”は、殺し慣れている(・・・・・・・)んだ。「ちぃ!」 本気になったのだろう、ウェイターの纏うオーラが力強くなる。 強い。正味な所、実力は五分だろう。不意打ちで二人殺せたのは僥倖だった。 相手の念能力は不明。“甘い誘惑(スイートドロップ) ”を使ったからには、速攻で勝負を決める!“背後の悪魔(ハイドインハイド) ”でウェイターの後方に、やや距離を置いて現れる。 ウェイターは背後にナイフを振り回してくる。だが、届かない。敵のナイフは“わたし”の鼻先をかすめて空を切る。 その隙を見のがさない。 オーラを纏わせたナイフを投擲する。念能力の系統的に不得手なジャンルだが、このナイフだけは別。 常日頃わたしの“周”を受け、“わたし”のオーラが乗りやすくなっているナイフだ。無論、操作系や放出系の能力者のそれには敵わないが、充分実戦で使えるレベル。 残り二本、売ってしまったことがつくづく悔やまれる。「ぐっ!」 ナイフを利き腕に喰らったウェイターは、持っていたナイフを取り落とした。 殺気立った目で睨んでくるが、遅い。“わたし”はすでに背後に跳び、投擲したナイフを手に収めている。 それをウェイターに叩き込もうとした瞬間、突如、“わたし”が持つナイフが燃え上がった。「なっ!?」 あわててナイフを放り投げる。「ひゃははっ! “燃えさかる魂く(バーニングブラッド) ”! 俺の血は“燃え”るんだよ!」 言うや、ウェイターの体が炎に包まれる。 一瞬の躊躇、その隙を突き、ウェイターは窓を破ってビルから飛び降りた。「あばよ、嬢ちゃん! この礼はまたするぜ!」 甘い! こちらは最初から逃がすつもりなどない! 飛び降りたウェイターの顔が見えるくらい至近に跳ぶ。 落下の勢いで炎は下面には及ばない。気付くのが遅れた彼の首筋を、ちょいと“掻いて”やる。 頚動脈を切られ、勢いよく炎を噴射する彼から逃げるように跳躍。ビル内部に跳んだ。 着地すると、“甘い誘惑(スイートドロップ) ”を吐き出す。 瞬時に“わたし”の身体からオーラが消える。念能力の反動だ。“甘い誘惑(スイートドロップ) ”を舐めていた約2分間、強制的に“絶”状態になるのだ。 だがまあ、今は好都合。長時間使ってみて分かったが、“甘い誘惑(スイートドロップ) ”は、かなりオーラを消耗する能力だ。発現と維持に、大体“堅”をやっているくらいのオーラが持って行かれる。そのまま戦闘すれば、二倍消耗する計算だ。 今後の使用法も、考えておかねばならない。“俺”は、驚くほど冷静だ。 よく考えれば、俺が人を殺したのは、これが初めてだ。なのに、何の感慨も湧かない。 殺した者が、おそらく同胞で、自分と同じ世界で生活していたはずなのに、だ。いくらユウがそういう人種だからといって、俺は俺、普通の人間だったはずだ。 果たして、異常なのはユウの影響か、それとも俺にその素養があったのか。 ――と、今そんなこと考えている時じゃない。シュウの方も、敵に襲われていたのだ。 無事を確かめるため、シュウに電話すると、すぐさま繋がった。 どうやら俺が食事していたレストランに駆けつけたところだったらしい。こちらの無事を喜び、すぐに駆けつけて来た。「あの男――セツナは?」「ああ、あの男なら、お帰り願ったよ。いつまでもくっついていられると困るし」 俺が尋ねると、シュウは、妙な笑みを浮かべて応えた。 その笑みの剣呑さに、背筋に冷たいものが走る。 一体どのように願ったのか、知りたくないなあ。