手を、突き出す。 その手が触れそうなところに、ツンデレの体がある。 ――“加速放題(レールガン)” 発動の意思すら静かに、掌中のパチンコ玉が加速を受け、ツンデレの手に突き刺さる。 衝撃はない。音すらない。 パチンコ玉は、ただ、ぽとりと落ちた。「――完璧(パーフェクト)」 シスターメイが賞賛の言葉を送った。 この第二課題をはじめてから二月に満たぬ間に、ツンデレはこの難問を解いて見せた。素晴らしいとしか言いようがない。「あんたに素晴らしいとか言われると、どうも褒められてる気がしないんだけど」 ツンデレは納得いかぬ気に、唇を尖らせた。 口に出していたらしい。「文句なし。これでレッスンⅡはクリアよ」 こんぐらちゅれーしょん、と、手をたたくシスター。「やっと第三課題か。内容を教えてもらえぬかな?」 第二課題中ヒマしてたロリ姫が、気ぜわしく尋ねた。「ふふ、第三課題――レッスンⅢは」 そこでシスターは、勿体をつけるように間を置いた。「実戦よ」「実戦?」 三人そろって鸚鵡返しに尋ねる。「そう、実戦。というか、実戦形式の試合をやってもらおうと思ってるの。今まで覚えた技術の実戦転用と、相方の能力を、完全に把握してもらうためにね」「異論はないんだけど。後者についてはなぜか、聞いてもいいか?」「おーけーよ。本番――同胞狩り(あいつら)と戦うとき、あなたたちには協力して戦ってもらう。客観的に見て、一対一で戦えるレベルには、まだ達してないだろうしね。だから、相方が何ができるのか。どんなときに何をやろうとするか。とことんまで把握して、息を合わせる。その訓練よ。もちろん一日中ぶっ通しで戦えってのも無茶だし、一日三戦、残りの時間はオーラ総量を底上げする基礎修行をしてもらうつもりだけど」 シスターの考えは、至極納得のいくものだった。 実戦のうちに相手の呼吸を知れば、それに合わせられる。それは、爆発的に戦闘力を引き上げるだろう。 ちらと、ツンデレに目をやる。青い瞳が輝いている。完全にやる気になっていた。「手加減したら怒るわよ」「当たり前だ。悪いが手を抜くつもりは、かけらもないぞ」 手を抜けば修行にならないのは当然として、たぶん、かすり傷ひとつつけられずに終わる。 今のツンデレと、ロリ姫が組めば、それくらい強い。「当然よ」 ツンデレは笑った。邪気のない笑みだった。「はいはーい! 全力を尽くしてもらうためにひとつていあーん!」 と、シスターが手を挙げて割って入ってきた。「何だ、シスター」「三日続けて勝ち越せたら、負けたほうは、勝った人の言うこと、なんでもひとつだけ聞かなくちゃいけないってのは?」「のった!」 ツンデレが勢いよく挙手した。「……ま、ツンデレがいいのならいいけど」 モチベーション上がってるみたいだし。「おお、妾も好い事を思いついた」「なによロリ姫」「協力してやるかわりに、一日一オヤツというのはどうじゃ?」 言いながら、ロリ姫はにやりと笑う。 こいつ、完全に足元を見てやがる。 ロリ姫の協力がなければ、ツンデレに攻撃手段はほとんどない。すなわち、ツンデレに勝ちの目がなくなると言うこと。「わかったわよ……うう」 涙を流しながら承服するツンデレだった。このところ体重減ってきたって喜んでたからなあ。 初日、三戦二勝で俺が勝ち越した。 次はツンデレが勝ち越して、俺、俺、ツンデレ、俺、ツンデレ、という風に続いていき、どちらかが三日連続で勝負を取ることはなかった。 勝ち数的には俺のほうが多いが、ツンデレは決して連敗しない。比べて俺は三連敗する日もあり、安定を欠いている感じだ。「見た感じ、戦いの勘やクレバーさは仏頂面のほうが上なんだけど……きっとモチベーションのコントロールが苦手なのね」 シスターは俺の欠点を、そう説明した。「実戦のテンションとは明らかに違うし、必要なときにテンションをあげることができない。一度緩めたら自分では締められない。きっとそれが原因だわ」 なるほど、と思うところはある。だが、モチベーションのコントロールと言われても、理解したからと言ってたやすくできるものではない。「ま、本番では間違いなく最高の状態になってるだろうし、いいんだけどね」 肩をすくめて見透かしたようなことを言うシスターだった。 そういえば、シスターと二人きりになったとき、問われたことがある。「一度ちゃんと聞いてみようと思ってたんだけど、何であんたは同胞狩り(あいつら)を止めようとしてんのかな」 その問いに、戸惑った。 同胞を殺す。そんなことをしているやつらを憎むのは当然で、それを承知での問いには、おのずから含みがあった。「あんたってさ、ホントはもっと冷たいやつでしょ? 身内以外興味ない、みたいな、そんな感じ」「ま、否定はしないけど」「なのに、何でわざわざこんな物騒は事件に首突っ込んできたのか、それがよく分かんないのよ」 シスターの見立ては間違ってない。身内が起こした問題でなかったら、たぶん俺は同胞狩りを放置していた。「あの洞窟で、ツンデレとの会話を聞いてたんじゃないのか?」 探るように、そう尋ねた。「聞いてたわよ。その想いも疑ってない……でもあんた、肝心なとこ言ってないでしょ?」「……何でそう思う?」 驚きを見せぬよう、慎重に口にした問いに、シスターはすまし顔でこう答えた。「オンナのカンね」 その言葉に、苦笑いしか浮かばない。 女の怖さは、まあ、知ってるつもりだけど。「変態の直感も侮れねぇな」「訂正された!? いやむしろ訂誤! 猛省とともに認識の改善を要求する!!」「却下だ。まあそれは置いといて、あんたのほうはどうなんだ」「置いとかれた!?」「何であんたはあいつらを止めようと思ったんだ」「んー、あー。――うーん」 この質問に、シスターは、言葉を捜すように首をひねった。「……やっぱり仲間だから、だと思う。特に片方は、ネット越しでも直で話してたやつだし。そんなやつらがあんなことやってたら、止めたいと思うのが人情でしょ?」「俺も同じだ」「え?」 短く答えると、シスターは答えの内容がまだ腹に伝わってないような、頼りのない返事をした。「質問の答え。お前とまったく一緒だ。知り合いがあんなことやってたら、止めずにいられないだろ?」 その意味が、伝わるまで数秒。「そういうこと」 シスターはうなづいた。やわらかい笑みが、端正な顔に浮かんでいた。「俺の場合、リアルの知り合いだけどな」 先輩――と、呼んでいたのは知人の兄だからで、取り立てて何の先輩、と言うこともない。会う機会が重なって、自然と親しくなった。 先輩たちが作っているゲームについて、いろいろ話したし、その中で念能力とかも話し合った。Greed Island Onlineをくれたのも先輩である。 責任感の強い先輩だった。 だからこそ、なんとしてもプレイヤーを元の世界に戻したかったのだろう。 だが、この世界に現実を感じるものにとって、その行為は、ただの虐殺でしかない。 そんなことは許されない。そんなことはさせてはいけない。何より、別人のようになったあの人など、見ていられない。 だから絶対に止める。俺はそう決めたのだ。 ツンデレに、三日続けて勝ちを許したのは、それからしばらく後のことだった。 二日続けて三連勝したせいで、妙な遠慮が働いてブレーキをかけてしまったから、トップギアのテンションを保っていたツンデレについていけなかった――とは、シスターの言。返す言葉もなかった。「なに聞いてもらおっかなー」 半眼でこちらを舐るように見てくるツンデレに、いやな予感しかしない。「早いとこ決めてくれ」 ため息とともに、言葉を吐き出す。 もはや、まな板の上の鯉である。「うーん。やっぱりまた後で聞いてもらおう」 しばし悩んでから。目を閉じるように笑顔を作って、ツンデレはそう言った。「やっぱここ無人島で何にもないしね。街に戻ったときの楽しみにしとく」「無人島になくて、街にある……むー」「深く考えないでよ!」 ツンデレが真っ赤になって怒り出す。 別にへんなこと考えてたつもりはなかったけど。「ち、ちょっと買い物に付き合ってもらおうかなって思っただけよ! ほかに、変な意図なんてないんだからね!」「なんだ」 ちょっとほっとした。もっと無茶言われる気がしてた。「それくらい、頼まれりゃいつでもつきあうのに。もったいない」 そのどうでもよさ気なもの言いが気に障ったのだろうか。 ツンデレの顔が真っ赤になり、眉が一気につり上がった。「勘違いしないでよね! アズマと買い物したいんじゃなくてアズマに荷物持ちさせてそれを見るのが楽しみなんだから! わたしは別に――」 ツンデレがさらに言いかけて。 辺りが、いきなり暗くなった。 思わず空を仰ぐ。上空、およそ百メートル。通常よりはるかに低い位置を、飛行船が飛んでいた。 おかしい。このあたりは航路からも外れているのだ。この島の上空を、それもこんな低空でを飛ぶ船があるわけがない。 いやな予感は、実体となって現れた。 船が作った影の中に、さらに濃い影が浮かび上がった。 飛行船が過ぎ去り、闇のベールが剥がれ落ちる。 黒いサングラスに黒のスーツ。灰色の髪を乱暴に後ろに撫でつけたその姿は、忘れようもない。「ブラン!」「むっ!?」 ツンデレが戦闘体制をとる。それに合わせ、ロリ姫がツインテールを地面に突き刺した。「よう、待たせたな」 ブランは口の端を吊り上げ、犬歯を見せる。 同時に、四つの影が現れた。「紹介してやろう。右から“燃えさかる魂(バーニングブラッド) ”のレイズ、“血の同胞く(ブラッドパーティ) ”のアモン、“移送放題(リープキャノン)”のミナミは知ってるだろう? 最後に“悪魔の館(スプラッターハウス) ”のアマネ。俺の仲間だ」 一人一人が、ブランに匹敵するオーラの持ち主だ。その威容に、気圧される。 完敗だ。 この状況を打開する要素など、どこにも見当たらない。 まったくの想定外だった。この場所を知られることも、向こうから攻めて来られることも、そして向こうが最初から総力戦で挑んでくることも。 俺たちの反応を楽しむように、にやりと笑って、ブランは言った。「迎えに来たぜ。仲間にな」