レイズ。炎を連想させる見事な赤毛の主は、挙動こそ軽薄なものに見えるが、そこに一部の隙も見出せない。 アモン。吸血鬼のイメ-ジをトレースしたような大男の、真紅の瞳は強く魔を想起させる。 アマネ。黒ゴスロリの艶麗な美女が放つオーラは、ひときわ凶悪だ。 ミナミやブランは言うまでもない。五人が五人とも、恐るべき実力者だ。いまの俺たちには勝機どころか逃げきる可能性すら見出せない。「よぉ、ブランのおっさんよ。仲間にするってこいつらかぁ? ――おい、わざわざ俺ら全員揃えるなんて、どんなやつかと思いきや――はっ! なんだこのヌルそうなやつらは」 こちらとブランを見比べ、レイズは唇をゆがめた。「こいつらなら、“ユウ”のほうがよほどよいわ」 アモンが同意を示すように吐き捨てる。「――時間の無駄使いは感心できないわねぇ」 撫でつけるような調子で、アマネが言った。 アマネか。よく見れば、驚くほどよく似ている。まあ、たとえ彼女があいつ(・・・)だとしても、彼女を動かせるのはただ一人だけだ。現状はまったく変わらない、 ミナミは無言だった。なにを考えているのか、もう、わからない。「仲間? なに言ってるのよ! あんたたちは――」「――敵、だろ?」 腹から搾り出すように発せられたツンデレの言葉を、ブランは引き継いだ。 顔には笑いすら浮かんでいる。「いいんだいいんだ。その認識、大いに結構。そのほうがやりやすい」 そう言ってブランは。「やれ、アマノ」 ここには居ない人間の名を呼んだ。 ――その、意味を、知る間もない。「――“以心乱心(アベコベ)”」 背後から声が通り抜けた。 とっさに振り返る。これほどの使い手たちから一瞬でも背を向けるのは、危険極まりない。それでも、未知の敵の可能性を考えれば振り向かざるを得なかった。 声の主は、すぐに見つかった。 ツンデレよりさらに拳ひとつほど小さい小男が、そこに居た。 先ほどまでは気配を消していたのだろう。見事な“絶”だったが、ブランたちはおろか、俺やツンデレよりも、実力ははるか下と視えた。 危険の度合いを認識し、意識の比重をブランたちに傾ける――刹那の間。 真横から、なにかが吹きぬけた。 視界がゆがむ。わけもわからず、腰を落としていた。 揺れた視界が戻ったとき。 拳を突き出し、そこに立っていたのは――ツンデレだった。「な、何をする、ツンデレ!」 ロリ姫の声は悲鳴に近い。 それを冷然と無視して、膝をついた俺に向け、ツンデレの足があがる。 ――“加速放題(レールガン)”。 とっさに加速をかけ、避けた。 ツンデレの足が、無遠慮に振り上げられた。 愕然とする。攻撃に、明白な殺気がこもっていた。「止めんか!」 ロリ姫が髪を巻きつける。雁字搦めにされたツンデレの動きが、やっと止まった。「放せ――むぐっ!」 さらに、髪の猿轡がツンデレの口を封じた。 腹の底が冷える。ツンデレの瞳には、まぎれもない。俺に対する憎悪が見て取れた。 心臓が爆ぜた。血液が沸騰し、それをオーラに変えて足元にたたきつける。「何をやった!」 アマノの元までの距離を一歩でつぶし、その襟首を掴みあげる。「ひっ――」 じたばたと暴れる小男。その、腹の据わらない態度に、怒りが膨れ上がる。 それを小男にたたきつけようとした刹那、横合いからの殺気が邪魔をした。 とっさに飛び退った直後。 小男との間を隔てるように、炎の壁が湧き起こった。「――落ち着けよ。慌てなくてもすぐにお仲間にしてやるからよ」 へっ、と、鼻を鳴らしたレイズ。その指先に巻きつくように、炎が揺れていた。「おとなしく――眠れいっ!」 続けざまに、大男が掌を振り下ろした。 ――“加速放題(レールガン)” 膝をついていた状態から、真後ろに飛び退る。「まぁ」 冷えた声が、真後ろで聞こえた。 指一本。そこに集められた莫大なオーラに、微動だにできなくなった。「おとなしくしていてくださいな」 その間に、むせ返っていた小男が立ち上がる。「げへっ……この野郎!」 恨みのこもった蹴りが飛んできた。頭に血が上っているせいか、痛みはまったくない。ただ、視界がぶれた。「答えろ。ツンデレに何をした」 怯むという能力すら忘れた。ただ、憎悪を小男にぶつける。 小男の顔が、怒りにゆがむ。「この――」「――アマノ。俺はこいつを傷つけることを、お前に許可した覚えはないぜ」 冷えたブランの声が小男に突き刺さる。 小男はすくみあがった。「す、すみやせん。でやすが」「お前のやることはただひとつだぜ。アマノ」 不満げに言葉を返す小男に、ブランは言葉を投げつけた。それで、アマノは反論する意思も失ったらしい。怒りを抑えたような表情で、こちらに向き直ってきた。 ――ツンデレにかけた念能力を、俺にも使う気だ。 それがわかっても、アマネに抑えられて動けない状態で、何ができるだろう。「――“以心乱心(アベコベ)”」 避けようのない光の中、何かが横切った気がした。「“以心乱心(アベコベ)”。相手が抱く感情を丸逆にする、操作系の念能力」 ブランが歯をむき出して会心の笑みをこぼした。「お前らが俺たちに抱いていた敵意の大きさだけ、それは強固な信頼となる」「ですが、ブランさん。あっしの念能力は、知っての通り集中持続型。強制力は強いが持続時間には限度がありやすぜ?」 悠然と微笑むブランに、アマノが口を挟む。「わかってないな。だからこそ俺はお前を雇ったんだ(・・・・・・・・・・・・・・・)」「な? どういう――」 その言葉の意味を十分に理解するまもなかったろう。突然、アマノは炎に包まれた。激しくうねる炎が小男を一瞬にしてもみ消す。 炎の残滓を拳に揺らめかせ、レイズが犬歯を見せた。「こういうこと――ってわけだろ? ブランのおっさん」「ああ」 レイズの言葉にブランはうなずいた。「死んで後、強まる念の強制力。それを利用して敵を味方にってわけだ。えげつねーやり口」「必要なことだぜ?」 あきれたような口調のレイズに、ブランは平然と答えた。「まあな。ツェールまでやられたんだし、戦力を埋めるやつ探すのはわかるって。あのガキ殺したのも同胞だし、オレらが危ないレベルの同胞も育ってきてるわけだからな。でなきゃたとえおっさんの命令でもわざわざこんな辺地に来るかっての。ま、おかげでお仲間が増えて万々歳ってわけだ」 レイズはそう言うと、懐から紙片を取り出し、それを燃やす。「じゃあな。先に帰ってるぜ」 真っ黒に燃えた紙片が風に散っていく。レイズの姿はもうなかった。「わたしももう帰ろう。“領地”の手綱を放しておくにも限度がある」 アモンが、乱暴に紙を引きちぎる。彼の姿も一瞬にして消えた。「とりあえずはやることもないのだけれど。まあ帰らせてもらいましょう」 紙の破れる音。背後の気配も、それで消えた。「ツンデレ」 ツンデレに近寄る。 蹴りが返ってきた。「近寄らないで! あんたなんて見るのも嫌!」 その意思に同調するように、髪から伸びたドリルが音をあげて回転している。「まあそう言うな。俺たちゃ仲間なんだぜ? とはいえ、そうだな、とりあえずは離したほうがよさそうだ。先に帰っていてもらおうか」 ツンデレを抑えるように間に立ったブランが、ミナミに目を向ける。「了解した」 ミナミはうなずいた。感情のない、機械を思わせる声だった。「――“移送放題(リープキャノン)”」 ツンデレの、そしてミナミの姿が消える。「さて、俺たちも――っ!?」 ブランの頭があった位置を、音を引いて、パチンコ玉が走り抜けていった。 ブランの頬に、赤い線が走っている。 惜しい。想像より反応が四分の一拍早かった。「貴様、効いてないな!? どうやった!!」 驚愕に付随する疑問を、ブランは言葉にしてたたきつけてきた。「簡単な話だ」 驚くほど、口から出た声は冷たかった。「ロリ姫が、庇ってくれた。ただ、それだけだ」 あの一瞬、オレと攻撃との間に割り込んできたのは、一房の髪の毛だった。ロリ姫が、身を挺して俺をかばってくれたのだ。「ち、しくじったな」 ブランは吐き捨てる。それはこちらの台詞だ。予定では、ここでブランを殺していなくてはならなかった。 そのまま間を置いて同胞狩りがバラけるのを待って返し屋(センドバッカー)でツンデレの居場所をつきとめ、取り返す。 ブランの存在の有無で、成功率がまったく違ってくるのだ。「仕方ない。とりあえずは一人で良しとするか……じゃあな。仲間になる気になったらまた来い。俺はいつでも待ってるぜ――それと、シスターメイ」 ブランは虚空に声を投げかけた。 応えるように、何処からか、シスターの姿が浮かび上がった。「……気づいてたのね」「よくぞ用を果たしてくれた。ご苦労だったな。お前も戻って来い」 言葉の意味など、考えるまでもない。返事を聞かぬまま、ブランの姿が消えた。 俺とシスターメイだけが、あとに残された。 「仏頂面、あいつの言葉は」「わかってる」 肩越しに声を投げる。いま彼女の顔を見れば、爆発しそうだった。「嘘だってわかってる。あんたが味方だって、ちゃんとわかってる。仲違いを狙った策だってのもわかってる――それでも!」 肩が震える。「それでも、あいつの言葉を完全に否定できない以上。もう背中を預けられない」 ああ、嫌と言うほどわかってる。最初から、ブランの目論見に嵌まるしか手は残されていないのだ。 ツンデレを助ける。ロリ姫を助ける。それは絶対で、何よりも優先すべきことで、だからこそ、不安要素は排除しなければならなかった。「ひとりでツンデレちゃんたちを助けに行く気? できると思ってるの?」「それしか手がないなら、やるしかない」 そう言い返すしかない。 背後で、深いため息が聞こえてきた。「あー、わかったわよこの意地っ張り。でもね仏頂面、あいにくツンデレちゃんたちは、私にとっても大切な仲間なの。私も、一人ででもツンデレちゃんたちを助けるわ。行き先が同じなんだから偶然(・・)あんたの三歩あとを歩いてても文句言わないでよね。私もあなたも単独行動なんだから」 シスターの言葉に、思わず振り向いた。 彼女はこちらに背を向けて、腕を組んでいる。 思わず泣きたくなった。 彼女のことを、俺は心の中で切り捨てた。だが彼女は。それでも手をさしのべ続けてくれている。「シスター」「何よ」「あんたほんとに――いい女だ。こっちの世界に来て最初に出会ったのがあんたなら、きっと惚れてたぞ」 シスターの背中がもぞもぞと動いた。照れているらしい。「馬鹿なこと言ってないでツンデレちゃんを追わなくちゃ。あ、独り言だけど」 とってつけたようなシスターの言葉に噴き出しかける。「ああ、急ごう。もちろん独り言だけど」 背中合わせのまま、独り同士。 宵闇の海へ船を乗り出していった。