港に着いてから、ツンデレの私物に“返し屋(センドバッカー)”をかけ、方向を確認して解除した。 強さ、方向からして南東方向二百キロメートル以内。距離は大体だが、方向は寸分狂うことなく一直線だ。ツンデレの居場所は相当絞り込める。「小器用なまねするわねー」 シスターが感心したように腕を組んで見ている。 別れたはずなのに三歩どころか一歩も離れやがらねえ。「これからどうすんだろ? まさかさすがのアズマさんでもまっすぐ敵陣に突っ込むような無謀なマネはしないでしょうね。あ、独り言ね」 シスターはまだ“独り言”を止めない。協力はともかく、会話するくらいかまわないと思う。イジメかこれは。「こっちも独り言だけど、除念師を探す。ツンデレたちにかかった念の解除手段を確保する」 顔を向けずに答えた。 ほかにも可能性は考えられるが、もっとも有望なものがそれだった。“聖騎士の首飾り”だと、ロリ姫まで成仏してしまいそうだし。「アズマさんの頭の中に浮かんでるのがアベンガネ――ゴンたちがグリードアイランドで出会った除念師なら、無駄だと否定しなきゃならないでしょうね。解除条件を持たない死者の念を抱えるリスクは、どんな報酬を積まれても割に合わない。彼ってそういう計算はちゃんとするタイプっぽいし」「わかってるよ。でも実際に尋ねもせずに臆断してあきらめるのは、ただの怠慢だ。失敗の公算が高いにせよ、可能性の芽をつぶす真似は、するつもりはない」 と、そこまで言って、振り返る。 近すぎる距離にいたシスターは、くるりと背を向けた。「私たちが組んでいたら、そっちはアズマに任せてこちらはブランたちの動向を探るために別行動をとるんだけど、仕方ない。私は勝手にブランたちを探りに行かせてもらうわ」 ツンデレの居場所を突き止めておいてやるから納得行くまで動け、と言うことらしい。まったく、おせっかいな変人だ。「気をつけろよ」「悠長に回り道してると、私が先に助けちゃうわよ」 互いに言葉を投げあって、別の道を歩き出した。 電脳ネットとハンターライセンス、そして俺自身が持つコネクションを駆使し、程なくしてアベンガネの消息をつきとめた。 それから連絡を取り、会って話す約束をするのにも困難はなかった。 だが。「悪くない条件だが、その話、断らせてもらおう」 事情を話し、協力を仰いだものの、返ってきた答えは芳しいものではなかった。「すでに死んでしまった念能力者が遺した念は、オレには除念できないからな。だが、たとえ死者の念を祓う専門家でも、異なる二種類の呪いのうち、一種のみを除念するなどと言った芸当は不可能だと忠告しておこう」 専門家に断言されては、いたしかたない。 もとより、実現の可能性は低いと思っていた。ツンデレには“以心転心(アベコベ)”とロリ姫、二種類の念が憑いている。“以心転心(アベコベ)”だけ選択して除念するなど、神業の域だ。このアプローチは、考え直さねばならない。 足労の礼にいくばくかを包み、アベンガネと別れた。 OTHER'S SIDE「うわ、すご」 シスターメイは息をのんだ。 アズマの示した地点から同胞狩りの拠点になりそうな場所を割り出し、しらみつぶしに探して十数件目、見つけた場所は街外れの一軒家だった。 ただ、そこに待機していたのはツンデレのみ。ブランとミナミは居なかった。 どうやらツンデレには電脳ネットでの情報収集を任せ、ブランたちは同胞狩りに出ているらしかった。 だが、それにしても。目の前に広がる光景には、さすがのシスターも引かざるを得ない。「アズマ。アズマ。アズマ。アズマ。アズマアズマアズマアズマあずまあずまあずま――」 ぶつぶつとつぶやきながら、ツンデレはアズマの顔写真をハサミで延々切り刻んでいる。 目がやばい。イってる目だった。「ツンデレちゃんがヤンデレちゃんになってる……」 見てるだけで毒されそうな光景に、シスターはうめくようにもらす。 だが考えてみれば、この執着は利用できる。 たとえブランたちがいなくても、家の中に攻め入るのはまずい。ミナミの念能力は、名前こそ移送放題(リープキャノン)だが、実は送還を主眼に置いた能力だ。警報一発、どこにいたとしても瞬時に戻ってくるだろう。 だが、たとえばこのツンデレに、アズマの居場所を教えたら。 尻に帆かけて飛び出ていくに違いない。 その光景をリアルに思い浮かべて、シスターは肩を震わせた。 シスターメイから一通の電子メールが送られてきたのは、アベンガネと別れてしばらく経ってからだった。「拠点にはツンデレちゃんのみ。ツンデレちゃんはアズマに非常に執着している模様」 内容は、簡潔な情報のみ。それでどうしろ、とは、いっさい書かれていない。 それは、俺がシスターに対して抱く、しこりを慮ってのことだろう。 俺の考えも、作戦も、相談する必要はないし、だから外へ漏れる心配もない。安心して作戦を立てることができる。 その配慮に応えるべきものは、感謝の言葉ではなく、目的の達成のみ。「当方に秘策あり」 ただ一言だけをメールに封じ、シスターに送った。 それから数日後。同胞狩りの拠点からほど近い丘陵地で、俺はツンデレを待っていた。 前日に住所を突き止めて、俺の所在を簡潔に書いた手紙を送っておいた。手紙が届けば、この距離だ。ツンデレは飛んでくるだろう。 静かにオーラを沈めながら待っていると、こちらに向かう人間の姿が見えた。 シスターだった。「あら、私のほうが先に着いちゃった?」「来てくれとは、言ってないんだがな」 半眼で吐き出した俺の台詞を無視して、シスターは無遠慮に近寄ってきた。「ツンデレちゃん、すごかったわよー。あんたいったい手紙になに書いたの?」 そう言われても、取り立てて妙なことを書いた覚えはない。“アズマ”の所在地を匿名で教えてやっただけだ。 そう伝えると、シスターはうわ、と額を手で押さえた。「それであの反応か……本格的にヤンデレちゃんねー」 なんか、そう言われるとものすごく気になってきた。 ヤンデレなツンデレ。 やばい、実物(アマネ)知ってるから想像がやけにリアルだ。「秘策、期待してるわよ」 シスターの口元に、微細な笑いが浮かんだ。。 秘策、という言い方はしたが、成功する確率は、高くない。分の悪い賭けのようなものである。 だが。やるしかない、と、覚悟して、ここまで来たのだ。「いざって時は……ほんとにいざって時は、私が何とかするつもりだから」 なんと言うか、悲壮ともいえるシスターの顔つきで、かえって心が落ち着いた。「……ま、できるだけ頼らない方向で考えるさ――と、来たか」 丘の向こうから、遠くからでもわかるほど強力なオーラが迫ってきていた。 ほどなくしてツンデレがたどり着いた。 ここまで走りっぱなしだったのだろう。ツンデレは肩で息をしている。「アズマ……」 口に上るその声色には、強い怒りが含まれていた。「ツンデレ」 無造作に、近づいていく。「親しげに話しかけないでっ! わたしはあんたなんか、大嫌いなんだから!」 反転しても、ツンデレっぽい言葉だった。素晴らしい。「そうかい」 なお、歩みを止めない。 ツンデレに近づいていく。「うおおおおっ!!」 ツンデレの声が、より高い声と重なる。 髪の二房が地面を穿ち、現れたのは二本の巨大なドリル。「だけどな、ツンデレ」 大蛇のごとくうねるドリルを避けて、ツンデレの懐に入り込む。「俺は、お前のことが――大好きなんだよ」 念能力を無効化する二本の腕。それを大きく押し広げて、ツンデレに顔を近づける。次の瞬間。「なっ――ムッ!?」 俺はツンデレの唇を奪っていた。 一瞬、ツンデレの持つすべての機関が停止した。 あっけにとられたツンデレの口の中に舌を割り込ませ、上下の歯がものすさまじい勢いで閉じられる前に、置き土産をして唇を放す。 間髪いれず“加速放題(レールガン)”で跳び退る。 ツンデレは自分で自分の顔を殴りつけ、倒れることとなった。 一応、念能力抑制の手錠――神字が刻んである、念能力を持つ犯罪者用のやつだ――をはめてやる。これで、暴れていた髪も治まった。「それがあんたの言う秘策ってわけ?」 あきれた口調で、シスターが息を落とした。「おねーさん無理やりってのは、男同士以外は感心しないんだけど」 もはやあんたの特殊な趣味には言うことはないが。つかだめだろ、男同士とかでも。「かなり無茶じゃない? ツンデレちゃんの除念を、自分に打ち込んでもらうなんて」「だからこそ、あんなマネをやったんだ。あれはただキスしたわけじゃない。――こう」 俺は舌を突き出し、その先からオーラの塊を出す。出てきた塊は、ふわふわと宙を浮いている。「……器用なことするわね。もうちょっとがんばれば口から怪光線も夢じゃなさそう」 いや、怪光線はご遠慮願いたい。「舌も一応体の末端部分だからな。オーラを放出するイメージはしやすいんだよ」「中華キャノンですねわかります」「黙れ変態。で、これを口に含まされたツンデレは、危険を感じて自分を除念したってわけだ」 逆上しすぎて威力をだいぶ変換しそこなったみたいだけど。 加えて、顔の前面を叩くなら、髪の毛にとり憑いているロリ姫への影響は少ないはずだった。「ええ。“以心転心(アベコベ)”の怨念が霧消するのが、私にも見えたわ」 シスターが視てくれたのなら、間違いない。 と、ツンデレが起き上がった。「う、む……此処は?」 頭を掻くツンデレに、先ほどのような殺気は見られない。「ツンデレ、正気に戻ったか?」 無造作に、ツンデレの体を支えてやり――ふいに、違和感。「アズマ! 危ない! ロリ姫ちゃんよ!」 シスターの叫び。言葉の意味を飲み込む。ツンデレに注意を向けた。表情を隠していて、感情は見えない。だがどこから出したのか、拳銃を右手に持っていた。それがゆっくりと俺に向けられる。 とっさに“加速”をかけた。 だが、体がまったく動かない。銃口は、すでにこちら。拳ひとつの距離から腹に向けられている。 体は、まだ動かない。 いや、よく見れば、ツンデレが引き金を引く動きも、緩慢きわまるものだ。 それで、ようやく。俺の周りを流れる時間が、緩慢極まりないものになっているのだとわかった。 鈍い音。それとともに、銃弾がごくゆっくりと発射される。その回転すら、目でとらえられる。“纏”ではフォローできそうもない、大口径の銃弾だ。 死を、幻想した――瞬間。「――“分析解析一析(サンセキ)”!!」 声とともに、ツンデレの纏う狂気が、瞳から霧散していくのが見えた。 時間が戻ってくる。 同時に、体が思い切り後ろに引っ張られた。“加速放題(レールガン)”の効果だ。 念による加速は、銃弾の初速にくらべ、はるかに遅い。とはいえ、真後ろに跳んだのがよかったのだろう。それによって威力を減じた銃弾は、オーラの防御に阻まれ、俺の腹に火傷の痕をつけただけだった。 それにしても何が起こったのか。 急いで現場に戻っていくと、そこには倒れたツンデレと、肩で息をしているシスターがいた。「おい、大丈夫か? いまの力は」「……“分析解析一析(サンセキ)”はね、言葉どおり三つの能力なの」 シスターは話す。「見た者の状態を把握する“分析”。見た者の念能力を理解する“解析”。そして、一(マイナス)析。分析解析から析を引いた言葉、すなわち“分解”。相手の念を極限まで理解し、掌握することではじめてできる、念能力を分解する能力」「そんな能力があったんなら」 文句を言いかけて、気づく。シスターの姿は、ひどく薄い。まるでロリ姫を見ているようだ。「これがそのデメリット。使えば使うほど、私のもうひとつの念能力、“ガラス越しの世界(スタンドアローン)”の力が強まって、最後には、私の声すら、あなたたちに届かなくなってしまう」 うつろな笑いを、シスターはこぼした。 恐ろしい能力だ。おのれの存在を、誰にも気づいてもらえない。究極の孤独。それは、死より、ずっと恐ろしい。「それでも、設定上は十回以上はもつ計算だったんだけどね。シスターメイならぬ私の精神力じゃ一回でも危なかった。よかったよ、一人にならなくて」「シスター……」 言葉にならない。シスターはおのれの存在を引き換えにしてまで、俺を助けようとしてくれたのだ。「おっとお礼はかんべんだぜ。ほんとなら最後まで使う気はなかったんだから。さっきのは、ほんとにとっさにやっちゃったって感じ」「無茶しやがって」 安堵とあきれの入り混じったため息を落とす。 ともあれ、シスターの体はここにある。この僥倖を、感謝せねばならない。「アズマ……すまぬ」 ロリ姫の声が聞こえてきた。姿は見えない。出てくる気はないらしい。「ロリ姫も、気にするな」 ロリ姫がいなければ、洗脳から逃れられなかった。礼を言いたいのは、こちらのほうだった。「う……ん」 と、ツンデレの口からうなり声が漏れた。 目が覚めたらしい。「ツンデレ、大丈夫か?」「……あ、アズマ?」 目が合った瞬間。 ツンデレの顔が、真っ赤に染まった。「おい」「ごめんちょっとまってうわちょっとにゃー!!」 なんだかわからない動きで、ツンデレは逃げていく。「……どうしたんだあいつ」「キスシーンとか全部覚えてたに一票」 シスターが手を挙げて言った。 むこうではツンデレが髪の毛に巻きつけられて転び、そのままわめきながら転がっていた。