「ブランたちと、決着をつけよう」 そう決めたのは、たんにツンデレたちを取り戻した勢いからでは、ない。確たる成算あってのことだ。 ツンデレは同胞たちの所在地をブランたちに伝える役目を負っていた。これをうまく利用すれば、偽の情報でブランたちをおびき出すことも可能だ。 さいわい、いま現在アマネとレイズはアモンの“領地”で待機している。個別に撃破する、またとない機会だ。「ツンデレちゃんが正気に返ったことは、早晩気づかれる。ブランはああ見えて切れるとこあるから、そうなって対策打たれる前に討つ手は、あり(・・)ね」 シスターはそう言って同意を示した。 ツンデレやロリ姫も、否やはない。早速ツンデレに偽の情報をブランたちに送ってもらった。 指定した場所は、ヨークシン郊外。偽情報に説得力をもたせるためと、位置関係を計算に入れてのことだ。 準備を整え、待ち構えるために時間は必要だが、あまり間を空けるとブランにツンデレが正気に返ったことを気づかれるかもしれない。そのぎりぎりの線がヨークシンだった。 それだけ用意してから、飛行船に乗り込んだ。目的地まで、わずか五日の距離である。「やー仏頂面、ご機嫌いかが?」 飛行船の個室に、ノックもせずに入ってきたのはシスターメイだ。「わお、いつもにも増して仏頂面ね」 人の顔を見るなり、シスターはそんなことを言ってきた。失礼である。 とはいえ、暇をもてあましていたところだ。この騒がしい珍客の乱入は望むところだった。「なあ、シスター」「なーに?」「俺、ツンデレに避けられてないか?」 思い切って聞いてみた。このところツンデレの様子がおかしい。それがなぜか、は、まあ、想像できなくもない。 だけど、それで避けられるのは、ちょっと納得がいかない。「……えーと、念のために聞いておきますが」 シスターは恐る恐る、と言った風に聞いてくる。「なんだ?」「それ、いまやっと気づいたわけじゃないよね」 それは鈍すぎだろう。どこのハーレム漫画の主人公だ。「俺はそこまで鈍くないつもりだけど」「それに関しては、半分しか同意してあげない」 シスターは、なぜかやたらとニヤニヤ笑いを浮かべている。「前者には、半分くらい引っかかってそうだしね」 前者とはいったいなんだ。まさかやっぱり口に出していたというのか。 あっはっは、と笑ってから、シスターはさらりと笑いを納めた。「ツンデレちゃんのことだけど……ツンデレちゃん、妙にうぶなとこ、あるからね。あんたにディープキスかまされて妙に意識しまくってるだけでしょ」「……そういやあれ、ディープになるのか」 言われて気づいたけど、行為としてはまさにそれだ。ツンデレを助けることしか頭になかったせいで、全然意識してなかった。 ああ。そりゃツンデレも意識するなってのは無茶か。「あー。アズマ」 深く深く、息を吐き出したシスターの顔が、急に真剣になった。「あんたはあれ、一種の救命行為のつもりで、必要だからってやったんでしょうけど、ツンデレちゃんにとっては特別な意味があるの。ツンデレちゃんにキスしたこと、絶対に軽く扱っちゃだめよ」 妙に怖い顔で迫られ、わかったよ、と、返した。意外にこういうことにはまじめらしい。「……明日にはもう、ヨークシンに着くんだな」 ひと息ついて、つぶやいた。「ええ。そして明後日には決戦よ」 シスターの言葉に、ああ、と答えた。その言葉に、すべての感慨がこもっていると実感した。「明後日の夜も、ちゃんと四人でご飯食べようね」「待て、それは死亡フラグくさいぞ」「この戦いが終わったら、私、故郷に帰って結婚するんだ」「それははっきりと死亡フラグだ」「あとは私は絶対に死なない、死ぬもんか! とか、大丈夫、あなたは私が守るから、とか……」「死亡フラグを乱立させるな!」 縁起でもなさすぎる。「はっはっは。これだけあからさまに死亡フラグ立てたら、逆に死なないっぽくない?」「……そうかも知れんがそれを言っちゃったら逆に死亡フラグくさいぞ」「ああっ!? しまった!!」 まったく。彼女らしい。 頭を抱えるシスターに、苦笑を向ける。 人格的にはまったく尊敬できないけど。まぎれもない変態だけど。 なんだかんだ言って、彼女には、いくら感謝しても足りないくらい、世話になっていた。「シスター」「なによ」「ありがとな」 感謝の思いを、一言にして吐き出した。 シスターが、あっけに取られたほうな表情になる。「……仏頂面にひとつ問いたい」 たっぷり一呼吸の後。微妙に目を伏せながら、シスターは聞いてきた。「なんだ?」「私を、口説いちゃったりしてるわけじゃないわよね?」 今度はこちらが停止した。どこからそんな話が出てくるんだ。「俺にそんな酔狂かつ奇特な嗜好は存在しない」「なんだかものすさまじく貶められてる気がするけど……だったら、その無駄に素敵な笑顔はツンデレちゃんのために取っときなさい」 そう言って、シスターは顔を背けて空を仰ぐ。ないことに、微妙に頬を赤く染めている。 やばい。ちょっと素晴らしいとか思ってしまった。「仏頂面」 去り際、シスターはいつもの調子で呼びかけてきた。「なんだ?」「勝とうね」 笑顔と共に出てきた言葉に、笑って返す。「もちろんだ」 シスターが去って、ほどなくしてドアがノックされた。 ドアを開くと、立っていたのはツンデレだった。「アズマ」「ツンデレ……じゃ、ないな。ロリ姫か」 仕草や口調で、そう判断する。「うむ」 それを肯定するようにうなづくと、ロリ姫はベッドに腰をかけた。 妙に端に座っている。「参れ」 ロリ姫は、ぽんぽん、とベッドを叩く。隣に座れということらしい。 いざなわれるまま横に座ると、ロリ姫は妙に詰め寄ってきた。ベッドに置いた互いの手と手が交差する距離だ。 そこに腰を落ち着けると、ロリ姫は視線を虚空へ投げた。「お主等と共に旅を始めて、どれ程になるかの」 無言の時が過ぎ、ふいにロリ姫は、切り出してきた。「そろそろ一年になるな」 自然、俺の目も、遠くなる。あの洋館でツンデレの髪にロリ姫が取り憑いてから、もうそんなに時間が経つのだ。「一年か……短い。実に短い一年じゃ」 感慨深げに、ロリ姫は嘆息した。「最初は、ただ、あの場所から離れたかった」 目を伏せて、ツンデレは足を遊ばせる。妙に子供っぽい仕草は、ロリ姫にはめずらしい歳相応なものだ。「じゃが、お主等と付き合ううち、何時しかお主等の存在が、かけがえの無いものになっておった。お主等と喜びを分かち合うことこそ、妾が存在する理由となっておった」 ロリ姫は、一人ごちる。 それは、こちらも同じだ。 ロリ姫がいてくれたから、この歳のわりに妙にマセた、勇気と思慮と侠気を兼ね備えたお姫様が俺たちを援けてくれたから、いまここに俺がいるのだ。 視線を、ロリ姫に沿わす。 その先に見るものは、同じはずだった。 やがて、ロリ姫の口が開く。「お主等は、帰るのであろう?」 ポツリと、ロリ姫はつぶやいた。「無論今直ぐの事ではない。其れは分かっておる。じゃが、妾は、決めた。お主等が帰る、其の時こそ、妾は成仏しよう」 静かだが、その口調に揺らぎは無く、決意の深さがうかがえる。そんなロリ姫の言葉だった。「ロリ姫」「妾はもとより死霊よ。在るべき理由が無ければ、そこが妾と言う存在の死だ」 そう言って、ロリ姫は微笑んだ。ツンデレの貌でありながら、それは間違いなくロリ姫の笑顔だった。「お主には言っておきたかったのじゃ」 自ら、消える。それを決めた彼女の思いは、俺にもわかる。 俺は、その意思を告げられた仲間として、家族として、ロリ姫の覚悟を受け止めなくてはいけなかった。「――妾の用は其れだけじゃ。ツンデレが如何しても逃げようとしたのでな。連れてきたのじゃ」 やおら調子を変え、ロリ姫はベッドに身を横たえた。 しばらくして、細いうなり声があがる。 ぱちりと目が開いた。「ん? あ――ああああああああああずまなんでこんなとこっ――!」 舌を噛んだらしい。目に涙を浮かべ、舌を放り出しているのは、ロリ姫ではなくツンデレだ。「大丈夫か?」「ひたひ(イタイ)」 あまり大丈夫じゃなさそうである。見れば、血がにじんでいる。痛そうである。「ツンデレ」「ん――なに?」 顔をむけると、ツンデレの目が逃げていく。「このところ俺のこと、避けてたよな」「な!? べ、別にあんたなんか避けてたわけじゃないんだからね! ちょっと予定が合わなかっただけなんだから!」「飯もさっさと食べちゃうし、部屋に戻ってもすぐ寝てて返事もないし」「なによ! なんか文句あるわけ!?」 逆切れ気味に怒鳴られた。逆に詰め寄られるような形になり、体が後ろに傾く。 その体制のまま、俺は口を開いた。「ある。ちょっと寂しかった」「な――な!?」 おお。ツンデレの顔が紅潮ってレベルじゃなく赤くなってる。 手足をわたわたと動かしながら、挙動不審に口をパクパクさせるツンデレ。ここまで反応されると、こちらまで気恥ずかしくなってくる。「あ、そういえばさ、ツンデレ。感情が反転してるとき、どんな感じだった?」 ふと、思いついて尋ねてみる。「どう、って。別に、なんだかあいつらの仲間でいることが普通で、わけわかんないくらいアズマのことが大――」「だい?」「っつ別に! あんたのことが! 大好きだから! 大嫌いになったわけじゃないんだから! 家族としての好きが、反転したんだから勘違いしないでよね!!」 久しぶりのツンデレ節全開である。 素晴らしい。やっぱり、ツンデレにはツンデレの神が憑いているに違いない。「だから拝むなっ! 崇めるなぁーッ!!」 とまあ、恒例のやり取りのあと。「あーほんとに、なんかいろいろ悩んでたわたしが馬鹿みたいじゃない!」 肩で息をしていたツンデレは、ばん、とベッドを叩いた。 なんだかものすごい勢いで、ツンデレがいつものツンデレに戻っている。「勝つわよ! まずはそれから! ほかの事は全部後回し! いいわねっ!」 があっと吼え、ツンデレは拳を突き出してくる。「ああ。勝とう」 勢いよく拳を合わせて、ツンデレの気合を受け取った。