なのはが死んだ。
管理世界のテロ事件で派遣されて、その最中に、子供を流れ弾から庇ったらしい。
なのはらしいと言えばなのはらしい最後だったんだろう。
だけど僕には余りに突然で実感が湧かなかった。式場で泣き続けるヴィヴィオたち。小さく嗚咽を漏らす桃子さん。それすら、遠くから聞こえていた。
僕はただ呆然と遺影を見続け、なのはを見送った。
そして、なのはの骨は地球の墓に入れられた。
僕は、なのはの墓を見て、やっと、なのはがいない現実を理解して、泣いた。
「う、あ、なのは、なのは……」
大切なものは喪ってから気づく。陳腐な言い回しだけど僕はこの時それを理解した。
僕は、なのはが、好きだったんだ。友達としてではなくて……異性として。
それから、僕はヴィヴィオを引き取った。なのはがいない。なら、せめて彼女の残したあの子を育てたい。そう思ってのことだった。
ヴィヴィオは僕に懐いてくれていたし、フェイトも快く僕の申し出を了承してくれた。桃子さんたちも、僕がなのはをこの世界に巻き込んだというのに、ヴィヴィオを育てることを許してくれた。
「ヴィヴィオ、これからよろしくね」
そうヴィヴィオに笑いかける。
「うん、ユーノく、パパ」
パパと言い直したヴィヴィオを僕は、抱きしめた。
なのはみたいにはきっとなれないけど、それでも少しでも彼女みたいにこの子を愛そうと改めて僕は誓った。
元々、ヴィヴィオは司書の資格もあって、無限書庫の手伝いをしてくれるから、一緒にいることは多かった。友達と遊びに行くことも多いけどそれでも暇があれば書庫によく来てくれる。
僕もできる限り親子の時間を作るために、早めに家に帰ったり、こまめに休みを取るようになった。
最近、書庫の人員も十分な数になったし、前よりも休みが取れるようになったのも助かった。
そして長い時間が経った……
僕は布団にくるまっている。
ぬくぬくと布団の温もりに身を委ねる。
経験した覚えはないけど母親に抱かれる子供とはこんな感じなのかな?
そうして惰眠を貪っていたら、
「ほら、パパ朝だよ! 早く起きて!」
ばさばさと布団が引き剥がされる。僕は朝の冷たい空気とまばゆい朝日にさらされる。
「う~、ヴィヴィオ、もう少し寝させて」
もぞもぞとまだ温かいベッドに身体を擦りつけるが、布団がない以上すぐにその温もりも冷めてしまうだろう。
「もう、そんなこと言って、早く起きて。今日も仕事なんでしょ?!」
そう言ってヴィヴィオが僕を叱りつける。
ヴィヴィオは今年で十七歳。すでに大人モードなんていらないほど成長した。
女の子にしては高い背は僕と同じ、もしかしたら少し高いかも。そのことに気づいた時はなんか悲しくなったっけ……
そして、なのはと同じサイドテール。その髪留めは僕と同じなのはが使っていたリボン。
まだ、僕らはなのはのことを引きずっている。
ヴィヴィオに起こされ、僕は寝巻から服を着替えて、リビングに向かう。そこにはすでにヴィヴィオが用意した朝ごはん。
いつの間にか、完全に家事はヴィヴィオの仕事となっていた。
いや、僕も最初の頃は頑張っていたよ? でも、ヴィヴィオはまずは掃除は自分がやると言いだして、そこからだんだんと洗濯から、ついには食事もヴィヴィオがやるようになってしまった。
僕はと言うと、いい加減な性格なのか、ならと彼女に任せるようになってしまい、最近ではヴィヴィオに叱られるようになってきた。
親の務めは果たそうとは思ってるんだけど、いつの間にか、我が家の頂点にヴィヴィオが君臨するようになってしまった。
「ほら、パパ、早く座って」
「あ、うん」
僕が据わるのを確認してヴィヴィオは手を合わせる。
「いただきます」
僕も遅れて手を合わせてヴィヴィオに続ける。
「いただきます」
そうして、朝ごはんを食べ始める。
「そういえば、パパは今日遅いの?」
「ん~、そんなことないかな。今日は遅くならないかな」
「そっか、じゃあ晩御飯いつも通り準備しておくね」
と、当たり障りのない会話を交えて食事をする。
変わらない朝、変わらない日常だった。
昼休み、僕は数週間ぶりにフェイトと会っていた。
「そっか、ヴィヴィオとうまくやってるんだね」
「うん。フェイトやはやてのおかげだよ」
と、僕は笑う。
実際、僕はフェイトやはやてに助けられどおしだった。今まで一人だったため、洗濯一つにしろ彼女たちの指導があった。
最初の頃、慣れないのに料理を作ろうとしてシャマルさんのようにダークマターを作ったりしてしまった。
それでも、フェイトに教わっていくうちに、ちゃんと作れるようになった。
フェイトも少し変わった。ここ数年、たまに物憂げな表情を見せるようになって、それが、彼女の人気を高める遠因にもなっているとはやてが言っていた。
僕はふーんとしか言わなかったけど、少し気になった。なのはがいなくなって、彼女もまだそれを引きずっているとういことであるのだから。
そのはやては、四年くらい前に結婚した。旦那さんはなんとあのゲンヤさん。聞いた時は驚いたよほんと。
今では実子もできて、たまにその子を連れてうちに遊びに来る。そのたびに、「はよユーノくんも結婚したら?」なんて言ってくる。
結婚、なのはがいなくなってからあまり考えていない。お見合いとかそういう話は全部、上がるたびに蹴ってきた。
なんとなく怖いんだ。彼女がいないのに幸せになるということが。
「でも、ヴィヴィオも大きくなったよね」
「あ、うん」
フェイトの言葉に現実にもどる。
確かに、ヴィヴィオは親の僕が言うのもあれだけど、できた子だ。家事は完璧にできて、性格もルックスもいい。
彼氏くらいできてもいいと思うけど、ぜんぜんそんな話はない。まあ、もしかしたら話してないだけでいるのかも。
「で、そのね、そろそろユーノもいい相手……」
『ユーノ、今いいか?』
フェイトがなにかを言おうとして、通信が入った。十年来の友達で、フェイトの兄であるクロノからだ。
「クロノ? なに?」
『すまないが、今から送るものの資料を集めてくれないか? 少し緊急の案件なんだが……』
と、データが送られてくる。すぐにそれを確認しクロノに返事を返す。
「うん、わかった」
『すまないな、ユーノ……ところでフェイトどうしたそんな顔して』
クロノに言われ、フェイトの方を見ると、彼女はモニター越しにクロノを睨んでいた。
「うんうん、なんでもないよ? ぜんぜんなんでもないから」
そう言って笑うフェイトの目は全然笑ってなかった。
後日、どこからか流れたカリムさんと不倫しているという噂で、エイミィさんがきつく当たってくるとクロノに愚痴をこぼされることがあった。
「ただいま」
「おかえり~、パパ遅かったね」
エプロンを付けたヴィヴィオが出迎えてくれる。見ればヴィヴィオのデバイス、クリスもエプロンを付けている。変なところで芸が細かいね君も。
「いや、クロノに仕事頼まれてね」
「またクロノさん? いい加減パパばかりに頼るのはどうかと思うんだけどなあ」
と、ヴィヴィオも少し文句を言う。なんか、最近クロノの周りに味方が少ない気がするのは気のせいかな?
「それよりいい匂いだね。今日はなに?」
苦笑を浮かべながら、話を逸らす。ヴィヴィオはすぐに笑顔を浮かべる。
「今日はカレーだよパパ」
カレーかあ。ヴィヴィオの作るカレーはフェイト仕込みだから美味しいんだよね。
「それは、楽しみだね。早く食べようか」
「うん、準備するから早く来てね」
ヴィヴィオはサイドポニーを揺らしながら嬉しそうに笑った。さて、僕も荷物を置いて、早く行こうか。
ヴィヴィオの作ったカレーはやっぱり美味しかった。満足しながら、僕はベッドに寝っ転がる。明日も早いし、もう寝よう。
そう思って目を瞑り……
「パパ」
ヴィヴィオの声に目を開いた。
見れば、ドアの前にパジャマ姿のヴィヴィオ。
「ヴィヴィオどうしたの?」
ヴィヴィオがはにかむ。
「あの、一緒に寝ていいかな?」
ヴィヴィオはたまに僕と一緒に寝たがる。最初の頃は寂しさやなのはのことを思い出して、泣きながら『パパ……一人はいやだよ』と布団に潜り込んできたけど、最近はそういうところはあまり見ない。
単におくびに出さないだけかもしれないけど、年頃の女の子がそれでいいのか? と、たまに思うけど、いっつも言いくるめられてしまう。
今日も、何を言ってもたぶん言いくるめられるだろうと予想できたし、可愛い娘を邪険にもできず、
「いいよ」
そう答えるしかできなかった。
ヴィヴィオと同じベッドで寝る。最近は僕はヴィヴィオに背中を向けて寝ている。そして、ヴィヴィオは僕を抱き枕にするように抱きついてくる。
以前聞いてみたら、「むしろ抱き枕より寝心地がいい」と返してきた。
僕としては背中から感じるヴィヴィオの温かさや、柔らかさに目が冴えに冴えてしまうんですけどねえ!!
ヴィヴィオの温かさ、ヴィヴィオの健やかな寝息、ヴィヴィオの柔らかい身体……
自然とそれに身体が反応して自己嫌悪する。娘になにを考えてるんだ僕は……
哀しくなっていると、
「ママ……」
ヴィヴィオの呟きにすっと頭が冷えた。と、同時に瞼が重くなる。
「おやすみヴィヴィオ」
そうして僕は夢世界に旅立った。
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先日私のSS『平行世界ななのはさん』の第三話『梨花ちゃんとなのはちゃん 』で出てきたヴィヴィオルートです。
発作的に書きました。反省はしてるけど後悔はなし。