ママが死んだ。
幼かった私には、それは目の前が真っ暗になるような衝撃だった。
優しかったママ。辛い時に手を差し伸ばしてくれたママ。
もう、お話できない。もう、褒めてもらえない。もう、怒ってもらえない。もう……笑いかけてもらえない。
それらの事実が、私に重くのしかかった。死にたいと思えるくらい辛かった。
だけど、私はまた助けてもらった。助けてもらえた。ユーノくんが、今のパパが私と一緒にいようと言ってくれたんだ。
ユーノくんはママとすごく仲がよかった。親しい人たち以外はもう二人が付き合ってると思っていたほどだ。
でも、二人はそんなのじゃない。と否定し、お互い大切な友達としか言ってなかった。
幼かった私にはそんな二人が不思議でたまらなかったと思う。
そして、ママの葬儀が終わると、ユーノくんは私に一緒に暮らそうと言ってくれた。
私はその提案に頷いた。ただ、ママの代わりに誰かがそばにいてほしかったから。
あれから、何年も経った。
私はコトコト音を立てる鍋の中身を小皿に移して味見する。うん、いい感じ。
その横で焼いていたベーコンエッグも、いい感じに火が通ったからお皿に移す。
さて、朝ご飯の準備もできたしパパを起こさないと!
パパの部屋のドアを開けて部屋に入る。案の定、未だに芋虫になっている。
その顔を覗き込むと、幸せそうに緩い笑みを浮かべている。こんなパパの顔を見れるのは私だけの特権。
少し嬉しいけど、やることはやらないと。
「ほら、パパ朝だよ! 起きて!」
布団を引き剥がす。フワッと広がるパパの匂い。その匂いを私は吸い込む。
パパはしぶとくベッドに体を擦りつけていた。もう!
「うー、ヴィヴィオ、もう少し寝かせて」
まったく、無限書庫の司書長さんがなに言ってるの!
「もう、そんなこと言って! 今日も仕事なんでしょ!」
その一言が聞いたのかパパはもぞもぞと動きながら起き上がる。まったく。
「おはようヴィヴィオ」
「おはようパパ」
やっと起きたパパに私は微笑んだ。
それから、朝食を食べて、パパは無限書庫に出勤、私は学院へ登校した。
「おはよう、リオ、コロナ」
待っていてくれた二人に声をかける。アインハルトさんは、去年卒業してしまったためここにはいない。
でも、メールのやり取りはしてるし、休みにもよく会っている。
「おはようヴィヴィオ」
「ヴィヴィオおはよう」
それで、私たちは話しながら一緒に学院に向かいます。
そして教室で自分の机に座ると……ぱさっと何かが落ちました。
それを拾うと、『ヴィヴィオ様へ』と書かれた手紙だった。
「あれ? ヴィヴィオ、また?」
「うん……」
リオの言葉に頷く。また、男の子からの手紙だろう。もしかしたら女の子かもしれない。
なんか気が重くなる。
「やっぱり断るの?」
「うん」
コロナの言葉に私は頷く。最近、私はよく告白されるようになった。
でも、私は全て断っている。
そして、今日の放課後も、
「ごめんなさい」
申し訳ないけど断った。
「また、断ったんだ、もったいない」
リオの言葉に私は苦笑を浮かべる。
よく告白されるけど、私は誰かと付き合おうと思ったことはない。
別に恋愛に興味がないわけではない。でも、なぜかみんながかっこいいと言う人に告白されても、魅力を感じられないのだ。なんでだろ?
そんなことを考えながらスーパーに入る。今日はカレーだから、これにこれと……あ、お肉確かセールだったよね。
「今日は、何を作るの?」
「カレーだよ。あ、パパ福神漬け好きだから買い足さなくちゃ」
危ない危ない。忘れるところだった。
「花嫁修行はばっちりなのに……このファザコン」
「リオ、ダメだよそう言うこと言っちゃ。」
ん? リオなにか言った?
「なんか言ったあ?」
私が問い返すけど、二人は何でもないと否定した。なんか、すごく失礼なこと言われた気がするけど、気のせいかなあ?
家に帰ってきて、スーパーで買ったものを冷蔵庫に入れてから洗濯物を取り込む。クリスも一生懸命手伝ってくれる。
パパと私の分だけだからさほど時間もかからずに取り込める。
で、両腕に洗濯物を抱えていたら、ふわりと洗剤の匂いの中から今朝も嗅いだパパの匂いが漂ってきた。
じっと私は洗濯物を見つめる。そして、ぼふんと洗濯物に顔を突っ込む。そして、お腹一杯にパパの匂いを石鹸の匂いとともに吸い込む。
私、どうしちゃったんだろう。パパの匂いを嗅ぐと顔が上気する。
じわっとお腹の奥が熱くなる。
「パパ……」
なんとなく恥ずかしくなって洗濯物から顔を離す。クリスが不思議そうに首を傾げるけど、私は気にしなかった。
ううう、最近はなんかこう。パパの匂いを嗅ぐとこうなる。私どうしたんだろ?
そして、晩御飯。
「今日久しぶりにフェイトにあったよ」
予想通り福神漬けをたっぷりと盛りながらパパが口を開く。
「フェイトさんに?」
私はいつの間にかフェイトさんをママと呼ばなくなっていた。なんでかはわからないけど、なんとなく、パパと一緒にいるのを見た時から『フェイトさん』と呼ぶようになった。
なんか、そのことでパパは飲みに付き合わされたんだって。結構ショックだったのかな?
「元気そうだったよ。ヴィヴィオにも会いたいって」
そうなんだ。私もこの頃会ってないから会いたいなあ。
でも、フェイトさん、いつになったらいい人見つけるのかな? もう、はやてさんもエリオくんもキャロさんもティアナさんもスバルさんも……六課に関わった多くの人が結婚したのに。
そこで、なぜかフェイトさんの横にいるパパを想像してしまう。
……なんだろう。この苛立ちに似た感じ?
と、とにかくフェイトさんもいい相手見つけてくれないかな? パパ以外で!
そして、お風呂からあがって自室の布団に寝っ転がる。クリスもぼすんと布団にダイブする。
はあ、ごろんと横に寝返って、ママの写真が目に入った。
「ママ……」
写真の中のママは小さかった私を抱き抱えながら微笑んでいる。
その写真を私はじっと見てて……無性に寂しくなった。
嫌だ。一人は、一人なのはいや……
私は目じりに溜まった涙をぬぐって部屋を出た。
そして、私はパパの部屋の前まで来た。
すうっと息を吸って緊張をほぐす。よし!
「パパ」
私はドアを開けると、パパは布団の上に寝っ転がってて、慌てて起きあがった。
「ヴィヴィオどうしたの?」
私は今から頼むことに恥ずかしくなってはにかむ。
「あの、一緒に寝ていいかな?」
私はこの歳になっても、たまにパパと一緒に寝る。
リオとコロナに話したらおかしいと言われてしまった。
でも、寂しくなると、パパが無性に恋しくなるんだ。しかたが、ないんだ。
パパもふうっとため息をつく。ううう、パパも呆れてる。
「いいよ」
でも、そこでいいよって言ってくれるのがパパのいいところなんだよね。
そして、私はパパと一緒のベッドに潜り込む。
パパと一緒、なんかすごく安心する。さっきまで感じていた寂しさはなくなった。
背を向けたパパのその意外と広い背中に抱きつく。すごく、安心できて、ずっとこのままでいたいと思ってしまう。
そうして、私は眠りに付いた。
草木も眠る丑三つ時、私はなぜか目を覚ました。
理由も特にない。ただ、目を覚ましてしまっただけ。私はいつの間にか寝返りを打っていたパパに身体を擦りつける。
ふと、パパの寝顔が目に入った。
その顔にどきっとする。普通の女の人よりも綺麗な横顔、今は安らかな寝息を立てながら閉じられた目は私の右目と同じ色。
ばくばくと高鳴る心臓。
「パパ」
試しに声をかけてみる。返事はない。完全に寝ているみたい。
私はその顔をそっと撫でる。女の人みたいに綺麗な肌は、もうすぐ三十になる男の人とは思えなかった。
私はパパの顔をこっちに向ける。心臓の鼓動が五月蠅く思えるくらい早く鳴り響く。
そして、そっと顔を近づけて……
「んっ」
その唇に私は自分の唇を押し付けた。思ったより柔らかな感触が返ってくる。
一秒、二秒くらいしてから私は唇を離した。
ぽうっとぼんやりしながら、なにしてるんだろう、そう思うと同時にやったとも思った。
そして、私は一つだけわかった。
「パパ、好きだよ……」
私はパパが大好きなんだ。
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ヴィヴィオのお話。
匂いフェチって、少し変態かな? とも思ったけど、せっかくだから入れることに。
ここからヴィヴィオが巻き返す予定ですので、楽しんでください。