clear!! ~種馬*N=XXXの計算式は成立すると強く思うよ編~今回の種馬 ⇒ ★★★~桂花の大罵倒祭が最終的に逆の意味に聞こえてきたよ編~★★★ ■ 己を知れば今、陽光にきらめく白い服を身に纏い、ようやく街道と呼べる位に整備されたっぽい道を、北郷 一刀は歩いていた。何日かを荒野で過ごし、慣れない野宿でやや憔悴した感はあるものの足取りはしっかりとしており、案外と動けている。しかし、考えてみてほしい。普通に現代社会で暮らしていた高校生が、野ざらしの荒野で夜を明かしてそれが数日に続いても、まともで居られるだろうか。少なくとも、足取りはしっかりした物にはならないだろうし下手をすれば水や食料を確保できずに死に至るといった可能性だってあっただろう。そんな一刀が、今でも元気に動ける理由はここへ来てからずっと、彼を悩まし続ける脳内の声のおかげなのであった。『しかし、良かったよ。 “南の”がサバイバルスキルを持っていて』『本当だね、まさか荒野でこのまま野垂れ死ぬかも知れないだなんて、思ってなかった』『俺の時は、すぐに袁紹達が来たから……』『俺の時も、すぐに桃香達が……そういえば、あの時は賊に襲われたんだよなぁ』『俺の場合は、気がついたら軟禁されてたよ。 美羽がお馬鹿で助かったけど……』『へぇ……』そう、本体の一刀は、脳内に居る一刀達の助けを借りて荒野を踏破したのだ。脳内に居る一刀達は、本体の一刀と比べて、乱世を一度駆け抜けただけの経験を持っている。本体には出来ないだろう、漢文古語の文字だって読めるし書けるし理解できるのだ。その辺のチンピラくらいなら一蹴できる位の実力だって身についている。ただ、この実力は脳内での一刀の話なので、現状は邪気眼に目覚めたといったところだろう。現代で剣を習っただけでは決して身につかない、本当の命を賭けた戦いという物も知っている。まぁ、そんな頼りになる“自分”の手助けを借りながら色々と知恵を拝借しながら頑張っている本体である。「で、俺は、俺達が頭の中に入ったところからスタートか……」『『『『……』』』』「俺も、女の子に保護されたかったな……はは、まぁ今更だけど」『『『『本体……』』』』「なんだろう、この自演臭。 なんか涙が……」この時、本体は脳内の自分たちに哀れみの感情を抱かれたと思っていた。だが、実際には違った。何気なく本体が言った事だが、“俺達が頭の中に入った”という言葉に動揺したのである。それは、脳内の一刀達が出来る限り考えないようにしていた事だったのである。なぜならば、それは本体に限らず、全員が思っていたことなのだ。何故、俺は北郷 一刀の意識体の一つになっているのだろう、と。 ■ 第一回 北郷 一刀 リアル脳内会議脳内の一刀達は、本体が眠るとゆっくりと口を開いた。この会議を知らないのは、本体だけである。『とりあえず、仕切らせてもらうよ。 進行役が居ないと、やりづらいだろうからね』『『『『『『『『『『分かった、任せる』』』』』』』』』』『とりあえず、本体を覗いて11個の意識があることは、何となく分かる。 俺の予想だと、それぞれ陣営が違うみたいだけど、自己紹介からしようか そうだな……とりあえず、俺は魏の曹操達が居る所に落ちた、“天の御使い”だ』『呉、孫策のところからだ』『俺は蜀。 落ちたところは、幽州だったけれどね』『俺は馬家のところ……西涼からだよ』それぞれの出身を、短く答えていく。実際に顔があるわけでもないので、誰がどの意識体なのかは分からないのだが。“無の”紹介の時に、蜀から二人も? という疑問が上がったがどうやら、辿った道は随分と違うらしい。驚くことに、“無の”は“蜀の”と違い、自らが御旗、総大将となって数多の勢力を打倒し、大陸を統一に導いたという。しかも、劉備が居ない三国志だというのだから驚きだ。この本体が来た世界も、もしかしたら“無の”世界と同じように誰かが欠けているのかもしれない、と脳内の一刀達は不安を募らせた。『まぁ、とにかく、あなたが最後だ』『うん、みんな、不安になるのも分かるけど、先に自己紹介の方からすませよう』『で、あんたは何処の陣営だったんだ? いや“無の”みたいに違う世界から?』『俺は……強いて言うなら、漢かな?』『漢? まさか……漢王朝か?』誰もが一瞬、言葉につまり、最初に立ち直った“白の”が驚きつつもそう尋ねた。『いや……なんていうのか、噎せ返る漢臭っていうか』『……おい、ちょっと待て、俺は今、意識だけの存在なのに猛烈な寒気に襲われてるぞ』『“無の”、大丈夫か?』『なんだか要領を得ないな、というか漢臭ってなんだ』『うーん……イメージが伝えられれば楽なんだけど、やってみるか』『待て! やめろ! 馬鹿! 早くもこの意識群は終了ですね』“無の”の懇願にも似た叫び声も空しく、“漢の”から発せられるイメージが脳内の一刀達に流れてゆく。そのイメージを掴んだものから、意味不明な寄生を上げながら闇へと帰っていった。イメージを具体的に言えば、XXX、XXXXXXどころか、もはやXXXXXXXXだった。更にそのXXXがXXXに宛がわれ、XXXXXXXXXXX、常人ならば正気を疑いそうなXXX。これが、記念すべき第一回 北郷一刀 リアル脳内会議の顛末である。結局、この会議ではただの自己紹介だけで終わってしまった。後日、“漢の”から溢れ出る、地獄極楽落としのようなイメージ映像に耐え切った“無の”は『『『『『流石に大陸を完全に統一した男だ、胆力が違うぜ……』』』』』』と、自画自賛し、逆に“漢の”に対して『『『『『お前は“漢の”じゃなくて“肉の”にするべき』』』』』と、最大の自己嫌悪を送ったのであった。 ■ 木陰に見つけた王佐の才『なぁ、“白の”。 お前ならこの立地だと、どう戦う?』『そうだな……見えてる限りだと、西に陣を敷きたくは無いな』『どうして?』『“袁の”、俺の場合は白蓮の所だったからな。 西は騎馬隊が動くには少し狭い』『あ、そうか』『歩兵が主部隊なら西は悪くない。 敵の騎馬を誘い込めれば、擬似的な死地を作れると思う』『俺なら南の丘で出来る死角を利用するな。 あそこに罠を仕掛けられれば効果が大きいと思う』『“呉の”、それはちょっと条件が都合よすぎないか?』『答えがあるなら聞こう』『あ、じゃあ俺だったら―――』『『『『『『『『『『ちょっと“肉の”は黙っててくれ』』』』』』』』』』』『ひでぇよお前らっ!?』何時もどおりの脳内会話をBGMに、本体はただ只管に街道を西に向かって歩いていた。道中、何度か人に出会ったのだが、いずれも馬上で移動しており声をかける暇も無く過ぎ去って行ってしまった。唯一、良い事があったと思える事があるとすれば、ポケットの中に収まっているこの世界のお金である“古銭らしきもの”を道端で拾えたことだろう。脳内が、騎馬300、歩兵600、弓200の条件で想定したこの場所での戦闘シミュ戦をお題に良い感じに議論をヒートアップさせていた頃。本体はやや小高い丘に佇む、大木の木陰で休む人影を捉えた。遠目から見ても、その体は小柄だと思える。猫のような耳のついた帽子を頭から被り、背負った荷物を脇に置いて懐から水筒のような物を取り出して喉を潤わせていた。とても賊には見えない。もしかしたら、この世界で自分以外の存在と初めて会話出来るかも。そんな淡い期待を抱きつつ、本体は近づいてみることにした。『やっぱ南に罠をかけるのは賛成だな、俺なら……ん? 本体、あの子は』「あ、気がついた? いや、人を見つけて『桂花っ!』……ハ?」『うおおおお! 桂花だ! あの猫耳頭巾! 首もとの黒いリボン! 間違いねぇよ! アハハハハ! 桂花だぁぁぁぁぁぁ!』「ちょ、え……おぉぉぉぉい!? 何だ! 何したお前っ!?」ここで、本体は異変に気付く。自分の身体が、勝手に動くのだ。これはどういう現象か。歩いて近づこうとしていた北郷 一刀の肉体は、“魏の”興奮に引っ張られるかのように少女の元へと向かって加速していく。速い。まるでカール・ルイスの全盛期のようだ! 意思に引っ張られて、両足が悲鳴を上げながら高速で回転していく。自分の意思で動かない、自分の体に本体の一刀は顔を強張らせた。完全に引きつった顔が、風に煽られて、それはもう一部女子の間でイケメンと噂された一刀の顔がクリーチャーのような表情に変わっていく。そんな中、最後の丘を越えて、本体の一刀は桂花と呼ばれた腰を浮かし警戒態勢にある猫耳頭巾少女と、目が合った。 ■ 上唇、揺れてどこか、遠い所から駆けるような音が聞こえてきて、彼女は辺りを見回した。ダッダッダッダッダッダッダッダダダダダダダダダダddddddddddd最初は馬の蹄が鳴らす音かと思ったが、どうにも音の種類が違う。辺りを見回しても馬を走らせる者などは居なかった。若干、不安を感じて彼女は腰を浮かせて、いつでも移動できるように荷物に手を置いた。その、瞬間だった。唇が風圧でブルンブルンと揺れて、目から歓喜の涙を流し、勢いに負けて上半身を反らした北郷一刀が突然に現れたのである。「あぶぁっ、あ、あぶぶぶぶ」「き、きゃああああ!」『あ、やば、こんな近いなんてっ!?』気が付いた時には、少女はもう顔を背けて来るべき衝撃に備える事しか出来なかったのである。 ■ フェミニストな奴らタイミング、角度、両者の距離……激突は、確実かと思われた。荀彧という(見た目)可愛らしい花を傷つけることを良しとしない、全ての北郷一刀が瞬間的に意思を統一したのである。“荀彧-桂花-少女”にぶつかる訳には行かない。北郷、避けろー!! と、怒声の如く脳内で自分を叱咤する大合唱が起こりこの時だけは全北郷が一致団結したのである。かくして奇跡は起きる。完全に直撃のコースだったが、まず胴体が軟体動物のようにグニャリと右に逸れた。更に、足を限界まで伸ばすことによって、胴体部、脚部は完全に桂花の横を通り過ぎるコースに変わったのだ。だが、しかし。顔。そう、顔だけがどうしても言う事をきかない。余りの速度に仰け反らせていた分だけ、顔だけは挙動に一手、遅れを取ったのだ。「いっ……!」少女の声が、真下から響く。動かなかったのが顔だったのが幸いした。そう、少女が僅かに腰を下げたことで、顔だけが元のコースでも激突しない唯一の場所になった。奇跡。安っぽい奇跡と言えば、そうかもしれない。彼女を巻き込んで、怪我をさせるという事態にならなくて本当に良かった。“魏の”以外の一刀は、その事実に安堵したのである。こうして北郷は、少女と激突せずにすれ違う事に成功した。 ■ 主観が呼び名の決まり手なのだ本体は、ようやく自分の意思で体を動かせるようになったのを自覚する。だが、少女の方に振り返ろうとして腰砕けした様によろけてしまう。やはり、あの走る速度は異常だったのか、10分間の間に100Mダッシュを30本くらいこなした後のような、とてつもない筋肉疲労に襲われていた。とにかく、体は動かないが、なんとか今の出来事を弁明しようと一刀は口を開き「ファー……ブルスコー……ファー……」としか、声に出すことが出来なかった。ついでに、限界を迎えて蹲り「モルスァー……ファー……」口から漏れ出る奇声が、自分の物と気付いて、一先ず息を整える事を優先する一刀。「ひぃぃぃぃぃぃ!?」その一挙手一投足に身体を強張らせて、後ずさる少女。情けないことに、彼女は腰が抜けて立てない状態であったので即逃げるという行動が取れなかったのである。「あ……何なのよ、あ、人……!? しかも男……わ、私、私をどうしようって言うの―――」相手が人間であることを、ようやく把握した少女はそこまで言いかけて見てしまった。何とか気合で振り返った、一刀の口元に光る、茶色い糸のような物を。それは、ちょうど良く陽光に反射して、キラキラと光っていた。糸は一本ではない。それを見て、無意識下の中、少女は自分の頭部に手を当てる。ヌチャァ「なっ……ななな、な、な、何よこれぇー!?」少女が自分の頭部に手を当てると、何か液体のような物がベットリと張り付いていた。手を目の前に持ってきて、その不審な液体を本能からか、嗅いでみたりした。唾液である。その事実に気がつき、悲鳴を上げようと少女が息を吸い込んだ時と同時。ようやく、息が整って動くことが出来るようになった北郷一刀が、少女に一歩近づいた。「ハァ……ハァ……け、怪我は……ハァ、ハァ、無かったかい?」『大丈夫か、桂花! すまん!』自分の頭部をすれ違い様に舐め(桂花視点)口に咥えて髪を貪り千切り(桂花視点)荒い息を吐き出しながら近づいてくる男(桂花視点)しかも、所々で筋肉らしき肌がビクンビクンと鳴動している。それは彼女にとって、変態としか言えなかった。男 + 変態性 + 血管ビクンビクン = 全身精液野獣男。証明完了、脳内で弾き出した言葉を吐き出すのに問題は無い。オールグリーン、発声OK! GO! GO! GO! GO!少女が限界まで吸い込んだ肺の空気が、爆発的な勢いで外界に飛び出した。「いやああっぁぁぁぁ、全身精液野獣お下劣男に犯されるぅぅぅぅぅぅ!」『ああ……本当に桂花だ……、こんなに嬉しいことはないよ』とんでもない声量で周囲を響かせる少女の悲鳴が轟く中で場違いな感想を抱いた脳内の一刀。本体の一刀は、今日初めて、肉体の無い意識体を力の限り殴りたくなったのだった。 ■ 男に流す涙「これが大丈夫に見えるの!? ちょっと、こっちを見ないでよ! 変態!」「最低……っ! ほんっっと最低っ!」「全部あんたのせいよ! 死になさいよ! 馬鹿っ! 低脳っ!」彼女が悲鳴を挙げた理由は、すれ違った時にたまたま口の中に含んでしまった彼女の髪の毛のせいだった。違和感を感じて吐き出した時に一刀は少女の髪を貪っていた事実に気が付いた。突然現れて息を荒げて彼女の髪の毛を口に銜えながら近づく男。少女が叫ぶように、変態である。どう頑張っても変態という言葉を否定できる要素が無かった。だからこそ、本体一刀は彼女のあらん限りの罵声をその身に受け止めているのだが。「ちょっと! 人の話を聞いているの!?」「あ、ああ、聞いてる」「こっちを見るな! 視線で犯すつもりなのは知っているんだからっ!」「いや……」「しゃべるな! 息するなっ! 汚らわしいのがうつるっ!」「……」もはや取り付く島も無かった。これは、彼女の怒りのほとぼりが冷めるまで、待つしか無さそうだった。『はは……この時から全然変わらないな、桂花』(なぁ、彼女は一体何者なんだ? 知り合いってことは武将?)『ああ、彼女は荀彧だよ。 王佐の才と言われ、曹操に重用された軍師、その筆頭だ』(うおっ、有名人だ! そうか……これがあの荀彧……)「何よ、いきなりこっちをジロジロと……ハッ! あんた、まさかっ!」しまった、と思ったときにはもう遅かった。再び烈火の如く吐き出される罵倒のマシンガンに、本体一刀は流石に辟易した。当然、そんな態度も荀彧に認知されて、罵倒の時間が長引くのだが。『いや、本体、これでも彼女は素直になれない毒吐きでもあるんだよ、きっと、多分』一方で、“魏の”は感動もそのまま、桂花の懐かしささえ覚える罵倒に酔いしれていた。別に“魏の”がドMな訳ではない。桂花も、華琳と同じように特別な感情を抱いている愛しい人の一人なのだ。こうして出会えて、嬉しくない訳が無かった。たとえ、再会であるそれが罵倒の嵐であっても。自分はただの意識体で、本体である一刀を隔てての再会であったとしても、だ。むしろ、その罵倒の意味が、“魏の”にとって微笑ましく思えてくるのだ。時に、桂花の行き過ぎる罵倒は人を不快にさせてしまう。だが、それは彼女の本心を隠す為の隠れ蓑であるとも、“魏の”は前の世界で消える直前に考えた事がある。もしかしたら、それは“魏の”の勘違いかもしれない。桂花本人に直接聞いたところで、まともな答えなど返ってこないだろう。だから、この感情は“魏の”にとって自己満足に近い物なのかもしれない。そんな想いが胸を(無いけど)満たしていたからか、気がつけば“魏の”は自然に口が動いてしまった。最悪なことに、本体がそれを素直に反映してしまった。「桂花……」「っ! な、あんた……私の、真名を……っ!」『馬鹿野労! 何やってんだ“魏の”!』『え……俺、今喋って……どうして本体の口が!?』「許さない……許さないわっ、襲われるだけでも万死に値するっていうのに…… 何処で知ったのか分からないけど、わ、わ、わ、私の真名まで呼ぶなんてっ!」『おい! 何とかしろよ、“魏の”!』『幾らなんでもこれはやばいよ! 今の荀彧は、“北郷一刀”なんて知らないんだぞ!?』『どうするんだよ!』騒ぐ脳内一刀の喧騒を聞きながら、本体である一刀は荀彧を真っ直ぐ見つめていた。純粋な怒りを込めて見返してくる、その目。その彼女の目から、確かに一粒の涙が毀れたのを、一刀は見た。本体一刀はその時、本当に真名という物の意味を知った。「殺してやるっ! 荀文若の誇りにかけて、必ず殺してやるからっ!」『「待ってくれ!」』踵を返して駆け出そうとする荀彧の腕を彼は掴んだ。このまま喧嘩別れをしてしまうだなんて、悲しすぎる。しかも原因は、自分ではなく脳内の自分なのだ。せっかく出会えた、この世界で最初の人と本体一刀は仲良くしたかった。だからこそ、“待ってほしい”と願った。一方で“魏の”も、ここで桂花と別れることなど許容できなかった。彼女の罵倒する姿が、自分の知る桂花とまったく一緒で、感極まってしまったからとはいえ今、この世界に居る“一刀”は荀彧すら知らないのだ。それを分かっているのに、迂闊に真名を呼ぶなど、愚か過ぎて死にたくなる。このまま放っておく事など無責任に過ぎるし、何より桂花に嫌われたく無かった。ちょっと、手遅れかも知れないなどと思いもしたが、それでも諦めずに“待ってほしい”と願った。「触らないでっ! 放しなさいよ!」「俺が悪かったよ、だから待って……落ち付いてくれ!」『頑張れ本体! フレーッフレーッ、HO・N・TA・I!』(やかましいっ! 黙っててくれ!)「あんたなんかと、一秒だって居たくなんかないのよ! いやっ、やめて、やめてよ……!」『桂花っ……!』一刀を振り払おうと、暴れる桂花は恐怖からか、それとも悔しさからか僅かとはいえ涙を零し頬を濡らしていた。ああ、何と馬鹿な事をしでかしたのだろう。自分の浅はかさが招いた事とはいえ、こんな結末は酷いのではないか。俺の、俺のこの想いが少しでも良いから桂花に伝われば!こんなにも、“魏の”一刀は桂花を想っているのに! ■ 男に流す涙 2気がつけば、全身精液ケダモノ男は桂花の腰に手を回して引き寄せた。流れる景色が、荒野だけを映して、桂花は諦観する。なんだ、こんなところで世界一気持ち悪い男に無遠慮に真名を汚した最低男に、犯されてしまうのだ、と。男の胸に沈み込む。その感覚に寒気と吐き気を覚えて、桂花は身体を震わせた。「桂花―――」そうして、もう一度、男によって真名を汚され聞かされた瞬間。世界は彩を失って、桂花は白昼夢のような浮遊感に身を包まされた。そして、何かが桂花に流れてくる。それは、洪水にも似た怒涛の奔流で、押し寄せてくる物が何であるかも桂花は把握できない。訳の分からない感情が爆発しそうで、頭が真っ白になってしまう。気がつけば、桂花はいつの間にか男の拘束から逃れて案山子の様に突っ立って居たのである。「ちょ、ちょっと……何、したの?」「……何も、ていうかその、ごめん」まるで仙人が使うと言われる、幻術か何かのようであった。何かとても大切で、尊い出来事を体感したような気がするのにそれが何なのかはまったく理解できなかった。理解が出来なかったのに、瞳は潤み、頬を伝って滴が零れる。男の腕に抱かれた、とか、真名を呼ばれた、とかよりも先に桂花は尋ねた。「あんたって、何者なのよ……」「それは、なんというか……」得体の知れない物を見るように、桂花は一刀を見た。見た事も無い男だ。 それは間違いない。いくら男に対して、九割以上がジャガイモにしか見えない桂花でもこんな目立つ白い服を着ていれば、記憶の片隅に残っていておかしくない。そんな初対面のはずの非常識極まりない男は、先ほどの不可思議な体験を境に桂花にとって、それほど側に居て不快な存在ではなく、むしろ目の前の男の事がもっと知りたいと言う欲求に変わっていった。そう、この男は殺したいほど桂花を穢したにも関わらず、それを置いても男を知りたいと―――男を、知りたい……「って、そんな訳ないでしょっ!」「うわっ、ど、どうしたんだいきなり!?」「なんでもないわよ! とにかく、質問してるんだから答えなさいよ!」(こんなイレギュラーばっかり、俺にどうしろってんだよっ!)一刀は、勢いで荀彧を抱いた“魏の”に呪詛のような愚痴を心の中で呟いてからこの場を切り抜ける為に口を開いた。荀彧がそれほど暴れずに案外と冷静だったのが、せめてもの救いだった。「えっと~その、だな、あ~」「……」「俺は、北郷 一刀! 天からの御使いだ!」やや、ヤケクソ気味に語気を強めて言い放った一刀。それを聞いた桂花の眉根が、ぐにょん、と危ない角度に曲がる。「何よそれ、馬鹿にしているの?」「本当だ! えっと管輅? の占いだよ、有名だ……よな?」だんだんと自信がなくなって来た本体一刀の言葉は、途中で力を無くしていく。「管輅……? 誰よそれ、聞いたことも無いわ」(おい、有名な占い師で天の御使いを予言したんじゃなかったのかよっ!?)『いや、予言したのは間違いないし、俺たちの世界では有名だった』『ここは、どうやら前の世界と相違点があるらしいな』脳内で傍観に徹している一刀達が補足をしてくれる。彼らの居た世界と、この世界は若干のズレが生じているらしい。「……天の御使い、ね」「はは、納得した――」「しないわよ、ええ、全然これっぽちも出来ないわよ!」「うわっ、ごめんっ!」「いいわよ、気勢も削がれたし、あなたがもう何もしないなら 今日の事は無かったことにする。 私も忘れる。 貴方も忘れる。 今日という日は存在しなかった、分かった?」「……分かったよ、本当はこんなつもりじゃ無かったんだけど」言いながらも、一刀はほぅ、と安堵の息を吐いた。改めて思い返しても、荀彧には在り得ない事の連続を“魏の”馬鹿がやってしまった。ざっと思い返すだけでも走って激突しかける、髪を食う、鼻息荒く迫る、真名を呼ぶ、抱く。これだけの事を僅かな時間、高密度で次々と繰り出したのだ。……え? 何でこれで許してくれるんだ?おかしくないか?などと自問自答している間に、荷物を背負って、荀彧は歩き始めていた。遠くなる背中を見えなくなるまで、一刀達は見守っていた。『おい、本体、“馬鹿魏の”、もう終わった事だ、俺達も行こう』「……ああ」『桂花……また、会ったら、その時はちゃんと話せるといいな』『全部自分のミスだろ。 本体が可愛そうだ』『……ごめん、気持ちが逸って、どうしようもなかった……すまなかった』『……いいよ、もし最初に俺が麗羽に会ったら、似たようなミスをしてたかもしれないし』『俺は、そんなミスはしない……』『“呉の”、それが孫策でもか?』『……“魏の”奴よりは、マシだよ』「なぁ、どうして俺、真名を呼んだのに許されたんだ?」『分からない。 気紛れ……ってことはないか。 “魏の”が何かしたのかもしれん』『俺には好機とばかりに、抱きついたようにしか見えなかったけど』『『『『『『『俺もだよ』』』』』』』「……そういえば……柔らかかったな」『『『『『『『『『『ああ……柔らかかった』』』』』』』』』』『コホンッ……じゃあ、天の御使い説を信じたっていうのは』『あの魏の軍師、荀文若がか? ないだろ』『……俺の想いが伝わったとか』『おーい、“肉の”。 “魏の”がイメージを受信したいらしいぞ』『よし、任せろ』『うわなにをするやめろ』「行くか」短く呟いて、本体一刀は歩き出した。そして、自分の体が“魏の”意識体に引っ張られて動いた事実に不安を募らせつつそれを考えないように、ひたすら足を前に動かし街道を西に進んでいくのだった。 ■ 二人の距離、まだ5歩以上前を、一人の少女が歩いている。いや、回りくどく言うのは止めよう。今、本体一刀の前に、先日出会った荀彧こと猫耳フードが頭を揺らして歩いている。どうも、選んだ道が重なったようで、彼女も一刀達と同じ場所に向かっているようだ。黙々と前を見据えて歩いていた一刀と荀彧であったがふいに荀彧が立ち止まり、鬼の形相で振り返って一刀を睨んだ。「……」「や、やぁ……偶然だね」「~~~!」再び顔を前に向け、先ほどよりもやや早足で歩き出す荀彧。別段、急ぐ必要も無いのでゆっくりと街道を進む一刀。しばらく進むと、丘の影に隠れて荀彧の姿は見えなくなる。『いいのか? “魏の”』『今日は一日、“魏の”は反応が無いんだ』『え、そうなのか?』「いいよ、きっと昨日のことでも反省してるんじゃないかな そっとしておこうよ」『ああ、鮮明なイメージを断続的に渡したからね。 解像度7200dpi 位で。 反省してると思うよ』『『『『『『『もしかしたら、“魏の”は死んだかもしれないな……』』』』』』』』当然のことながら、昨日の夜“魏の”は意識不明の昏倒状態であった。下手に怒られるよりも効いただろう。まぁぶっちゃけるとその位の罰は必要だったと思うし、何よりだ。脳内俺と話し合っていると、前に猫耳帽子が揺れていた。どうやら立ち止まっているようで、地面を見つめている。肩も大きく揺れていた。「はぁ……はぁ……」隣まで来ると、どうやら急ぎすぎて疲れてしまったようだ。まぁ、後ろに許可なく真名を呼んだ変態だと思っている男が歩いて居れば、その反応も分かるのだが。それが自分のことを指されているとなると、悲しくなる。彼ら風の言葉を借りれば、“本体”の仕業じゃ無いんだが。「大丈夫か?」「……フッ、フッ」「おい、平気か? 喋れないほど疲れたなら、座って休んだ方がいいんじゃないか?」「……ハ」「ええと、かの有名な軍師である荀彧殿は休憩をなされた方がよう御座いますと思われますが」「…ッ!」「荀イ―――」「うるさぁぁぁぁい! 私の名前を連呼しないでよっ! それにどうして、私が軍師志望だってことを知ってるのよ! まさか、ずっと今日みたいに私の後ろを付け回していたんじゃないでしょーねっ!?」「はは、まぁまぁ。 言っただろ、俺って天の御使いだって」半ばヤケクソの言い訳は、続ける事にした。少なくとも、脳内に11人の天の御使い経験者が居るのだ。別にきっと、多分おそらく嘘は言っていないだろう。「ああっ、もうっ! 私の近くで喋らないで! 近寄らないで! 五歩以上、間合いを広げて! もうっ、何で陳留に向かうだけでこんな思いしなくちゃならないのよ!」「あ、ここって陳留って場所の近くなんだ?」「ハァ? もしかして、此処が何処なのか分かっていないの!?」「あ、うん。 見ての通り荷物も無いし、ここが何処だか分からないし ちょっと不安になってたんだ。 陳留って街までどの位でつくのか、大体でいいから教えてもらえないかな?」「……なんで私があんたみたいな他人の真名をさらっと穢す鬼畜変態非常識男に 情報を与えなくちゃならないのよ、そのまま野垂れ死ねば?」「えーっと、何の話かな……」「なぅ! あんた私の真名を勝手に呼んでおいてっ―――!」「ごめん、でも昨日の事は、俺覚えてなくて」「~~~っ! ああっ、もうっ、分かったわよ! こいつっ、本当にむかつくわね……」「良かった、じゃあ陳留までの道を―――」「嫌、それよりもっと離れて、気持ち悪いから」バッサリ切られた一刀だったが、罵声の部分を無視して言われた通り数歩、荀彧から後ずさった。しばらく待ってみたが、荀彧は進む様子も見せず、何かを話すつもりも無いらしい。顔を背けて、完全黙秘の態勢であった。二度、頭を掻いて埒が明かないと考えた一刀は、彼女を追い越して先に進んだ。歩き始めた矢先、後ろから声が飛んでくる。「街道を千里も進めば、あるんじゃない? まぁ、あなたが陳留に気付くかどうかは、別だけど。 来た道を戻れば小さな邑があるから、そっちに向かったら?」「見逃さないように、頑張って歩いてみるよ、教えてくれてありがとう」「くっ、三千里って言った方が良かったかしら……」後ろでボソボソと一刀と別れて旅する為の言葉を、明晰な頭脳で練り上げようとする荀彧を背に、一刀は街道を歩み始めた。“魏の”が言う、彼女の『素直に言えない毒吐き』という説にはまだちょっと首を傾げてしまうがその素直さというのは、毒に比してちょっと、本当に僅かなちょっぴりだけ存在する彼女の優しさを指しているのかもしれないと一刀は思った。 ■ 外史終了 ■