clear!! ~種馬*N=XXXの計算式は成立すると強く思うよ編~clear!! ~桂花の大罵倒祭が最終的に逆の意味に聞こえてきたよ編~今回の種馬 ⇒ ★★★~音々音の膝裏から足首にかけて白蟻が行進するよ編~★★★ ■ 嵌められて枷「どうしてこうなった」北郷一刀は、陳留に辿りついて10分経たずに、暗くて狭くて寒い個室に案内された。端的に言えば、牢屋である。牢屋と言っても、地下にあるわけでもなく鉄格子があるわけでもない。ちょっと街中で“おいた”をしてしまった者や、一時的に尋問などで使われるような尋問室、および反省を促すように設置された反省部屋のようなところだ。罪人が拘束されて入る場所という意味では、牢屋と言っても差し支えは無いだろう。先ほど一刀はどうしてこんな事になったのかと呟いたが、言ってしまえば簡単だ。一行で説明できる。荀彧に嵌められ手枷がついた。それだけである。 ■ どうしてこうなったか一刀、そして荀彧は出会ってから約4日間の時をかけて陳留へと到着した。街へ到着して、人間の生活を営んでいる景色、街のざわめき。何よりも、これからあるだろう人との交流に期待を膨らませ胸を高鳴らせる一刀は喜びに震えていた。「ここが陳留か……すごいなぁ」『陳留は、曹操の根拠地であるせいか大陸でも活発な街の一つだ。 でも、盛況さで言うなら建業や寿春、鄴も負けていない』『でも、俺が初めて見たときと、少し違う所が結構あるな。 もしかしたらこの世界は、俺達が落ちた時よりも、もっと昔なのかもしれない』『なるほど、それなら管輅の占いが流行っていないことも説明がつくな』『確認するためにも、少し歩いてみたいな』「分かった、どちらにしろ当ても無いし、構わないよ」脳内の自分の要求に素直に頷く本体。改めて辺りを見回すと、自分の後方を歩いていた荀彧もすぐ隣に居るのに気付いた。「ありがとう、荀彧。 おかげさまで陳留に辿りつけたよ」本体は、素直な気持ちを彼女に告げた。食料は、脳内の“南の”のおかげで、少ないながらも何とか自給自足は出来たのだが如何せん水だけは確保に難があったのだ。我慢の限界まで喉の渇きを誤魔化していた一刀であったが、人には通せる無理と通せない無理がある。そして大地と星が齎す恵みの一つである水は、無いと生きていけない物である。ある日、一刀は罵声を覚悟の上で水を貰う為に、荀彧へと近づいた。此処最近、稀に見る困難を極めたミッションではあったが荀彧は一刀に水を少量ではあるが、無事に分け与えてくれたのである。「すぅぅぅぅぅ……」そんな理由から礼を告げた北郷一刀であったが、それに答えずに、荀彧は何故か大きく息を吸い始めた。肺が膨れ上がり、胸囲が増す。本体は思わず、彼女の行動そのものを疑問に思うよりも先に、視線が胸元へ吸い込まれた。「きゃあああああああああああああああああああああ!!」「うわっ!? ご、なんだ!?」瞬間、荀彧から発せられる鼓膜を破らん限りの悲鳴が陳留の街の入り口に響く。自分が彼女の胸を無遠慮に見ていたのがバレたのかと思ったがそれを言うと更に悲鳴が加速しそうだったので、自分の視線を棚に上げて周囲を見回していた一刀であったが、続く純幾の言葉に一刀は絶句した。「犯されるぅぅぅぅぅぅ!!」彼女の視線は明らかに一刀に向いている。ついでに怯えた少女のように身を縮こませ萎縮し、震える。ご丁寧に目元は潤っていた。「ちょっ! いきなりなんだー!?」思わず一刀は、荀彧の暴挙を止めるために慌てて口を塞ごうと動いてしまう。それは、冤罪を被った被害者として、本能に忠実な行動だった。しかし、それが失策であったと気付くのに時間は要らなかった。少女の悲鳴が、いや少女でなくても悲鳴が轟けば誰もが振り返る。その悲鳴の内容が具体的であればなおさらだ。一刀が荀彧に触れるのと殆ど同時。入り口近くにある城壁の中に居た、武装した憲兵が藁わらと出てくるのは、ごく自然な現象であった。そんな憲兵隊が目撃したのは、白い服を煌かせ、少女の口を塞ぎ言い寄る男の姿である。「おい! 昼間の街の入り口で強姦に及ぶとは何て奴だ!」「しかもこんな小柄な少女を!」「口を押さえてどうするつもりだった! まさか強制XXXではないだろうな!」「許せぬ! そこになおれぇい!」「なんて酷いことを!」 「うほっ! 俺を使えばいいものを!」「ちょっと待て! これには深くない事情が!」後ろに回りこみ、荀彧の口を塞ぎ、憲兵隊と対峙する本体は誰がどう見ても少女を盾に弁を立てる犯罪者のそれであった。一刀は、手の感触から荀彧が笑っているのに気付く。「こらー! 人に冤罪を着させてほくそ笑むなぁー!」「むー! むー、むー!」口を押さえると、巧妙に顔を紅潮させつつ意味の無い言葉を連ねる荀彧。そのもがき様は、男の魔手から必死に逃れようとする可憐な少女のそれにしか見えなかった。余りの演技の上手さに、一刀は引きつった笑みを隠せなかった。そんな一刀の堅い表情は、追い詰められた犯人そのものである。「おのれぇぇ、少女を盾に取るとは卑劣な!」「貴様には人としての誇りが無いのか!」「牢獄にぶちこんでやる!」「俺の如意棒もぶちこんでやる!」「地獄に堕ちろ、悪鬼め!」「絶望した」「好き勝手言うな! そもそも俺は―――」理不尽な状況に、本体も熱くなって抗弁しようと口を開くが一瞬の隙を突かれて荀彧に話す余地を与えてしまう。「いやああああ! 固いものがお尻に当たってるぅぅぅぅぅ!」「当たってねぇし硬くもなってねぇよ!」「硬いもの……だと……」 「なん……だと……!?」「こんな昼間から……」 「ケダモノの匂いがするぜぇ」「13cmや」 「13cm……棒が熱くなるな……」「ちょっと待って! ほんと待って!」ジリジリと間合いを詰め、一刀に近寄る憲兵隊。荀彧を盾に、徐々に後ずさる北郷一刀。計画通り、と歪に笑いほくそ笑む荀彧。「「「「問答無用!」」」「あ、アッーーーー!」一斉に飛び掛られ、一刀は成すすべなく御用となったのである。その時、執拗に尻を触る奴が居たのはきっと気のせいだった。「ふふ、見たかっ、この荀文若自らを囮にする最大最強最高で乾坤一擲渾身の、私の雪辱と屈辱と恥辱を晴らす策をっ!」「言った! 今、“策”って言った! みなさーん! あの人演技ですよー! 最低下策軍師ですよー!?」一刀の必死の叫びは、奇跡的に憲兵達に届いた。憲兵が顔を上げて荀彧の顔を見れば、その目には涙。両手で口元を覆い隠して震えていた。本体は確信した。 あれは顔で泣いて心で笑っていると。「「「「「「なるほど、お前が悪い」」」」」」「このっ、ふざけんな荀彧ーっ!」「ふふふっ、ははは、負け犬が吼えてるわ! あーもう、最っ高!」「笑うんじゃねー! このツルペタ貧弱猫耳軍師ー!」「あ、憲兵さん。 真名も汚された上に身体も汚されたので、百叩きを……」「うそです! すいません! 俺が悪かったです天才軍師ステキ猫耳荀文若様っ! 慈悲を……あぶぶぶ」憲兵隊に制圧され、人並みに埋もれる一刀は最後まで言葉を告げることは叶わなかった。人の圧力で潰されて、薄れていく意識の中で荀彧の捨て台詞を聞いた気がした。「ふふん、これに懲りたら二度と私の前に現れないでよねっ!」こうして、こうなったのである。 ■ 拘束時間の有効利用で得たあれ「いいかい、これに懲りたらもう二度と他人の真名を無闇に呼んだり 昼間から怒張させたり、のっぴきならない棍棒を少女に押し付けたり、 分身を昇天させてやわ肌を濡らしたりするんじゃないぞ」「はい……」なんだか罪状の数が増えている気がしたが、敢えて一刀は突っ込まなかった。下手に藪を突いて蛇を出しては馬鹿らしい。結局、反省部屋のような牢屋のような場所に送られて、この陳留の町に着いてから3日後に北郷 一刀は解放された。名前や犯行に及んだ経緯、チンコのサイズや曲がり具合、その他諸々を細々と尋問され100 叩きの所を、たったの 5 叩きに負けて尻を叩かれたりと、陳留に訪れた彼のスタートは中々に最悪に近い滑り出しだった。考えてみれば、最初から荀彧はこれで手打ちにするつもりだったのかも知れない。真名を呼んでこれだけで済むのならば、むしろ万々歳だろう。一応、食事も出して貰ったし、ある意味で良かった部分もある。僅かなお金しか持っていない事を話したら、お金も少しもらえたし仕事の紹介状のような物も手に渡してもらえた。憲兵隊の彼らは実に親切だった。荷物も無しに旅をしていたことから、余計な裏を勘ぐったのか深く事情を聞かれることなく、荀彧の申しつけた期間だけ拘束したらすぐに釈放するとも約束してくれた。まぁ、強姦魔と思われてしまった事は非常に遺憾ではあるのだが。「はぁ……まぁとにかく、先立つ物は必要だよな……」牢屋の中はとにかく暇であったので、本体は脳内の自分達と今後の事を話していた。それで分かった事も、多くある。まず、脳内の意識群は本体一刀を動かすことができる。これを聞いたとき、本体は脳内の自分に身体を乗っ取られてしまうのではないかと恐怖したが意識群が確認を取ったところ、本体を動かせる時間は長くても10秒が限度だという。更に、本体の意識がハッキリしていると秒数は少し短くなり、7秒が限度だそうだ。例外として、本体と意識群の感情が怒りであれ、懇願であれ、一致すると20秒以上身体を動かす事が可能であった。ただし、意識群は一度、本体を動かすと約一分間ほど意識を落としてしまう。また、本体を動かす時に、意識同士が競合すると、意識を落とす。そこまで聞いて、本体は尋ねた。「大切な人達が、この世界には居るんだよな?」、と。意識群は“肉の”を覗いて本体の疑問に是を返したが、身体を勝手に使うような事はしないと約束した。『自重できるか、あまり自信もないけど』と、控えめにだが。荀彧の時のように、勝手に真名を呼んだり抱きついたりしなければ、本体も咎めるつもりはない。いやまぁ、抱きつくのは気持ちよかったのは気持ちよかったが。なんにせよ、意識群の本体を動かす事については、一応の決着を見せた。話はそれだけでは終わらなかった。今後の本体の動向をどうするか、というのも話し合ったのである。そも、本体の脳内に渦巻く意識群は、それぞれ目指したい場所が違う。その目指したい場所というのは、当然かつて荒野に放り出された自分を保護してくれた陣営である。皆がそれぞれ、大切な自分の場所を持っていて、大切な人が居るのだ。それぞれの主張は、始まってからすぐに激化した。恐らく真名であろう。華琳、雪蓮、蓮華、桃香、愛紗、麗羽、美羽、月、翠、白蓮、美以、貂蝉。何故か、貂蝉だけ真名でないし、それを脳内の自分たちに尋ねた直後、意識群が2~3分黙ってしまったが。とにかく、各々が言うには彼女たちに会いたいと言う事だった。それを聞きながら、本体は考えていた。自分は、この世界で一人ぼっちなんだなぁ、と。荀彧を見つけた時、本体はこの世界で初めて出会った人と仲良くなりたいと思った。出会った人が荀彧でなくても、そう思っただろう。本当、ただ世間話をしてこの世界の情報に触れたかったし、人に触れたかっただけである。しかし、意識群は違った。この世界で大切な人を見つけて、はちきれんばかりの感情が身体を動かした。結果はまぁ、散々になってしまったのだが。本体は、意識群と違ってそんな想いを抱く人物など、当然ながらこの世界には居ない。居るとすればそれは自分の世界である両親や祖父、友人たちに妹だ。脳内の彼らのように、誰かの下で一旗上げて、などとも考えられない。恐らくだが、脳内の自分も最初は生きるために必要だったから、諸陣営についていったのだ。そして、そこで何物にも代え難い人を、場所を見つけた。この考え方は間違っていないだろう、と本体は思う。じゃあ自分は何故この世界に居るのだろうかという疑問が沸いてくる。まだ彼らの属していない陣営へ訪れて、乱世を駆け巡る為なのか、と最初は思ったがよくよく振り返ってみると、彼らとはスタートからして違っている。少なくとも、脳内に自分の分身が数多に存在する所からスタートした奴なんていない。何処の陣営に付こうか、なんてゲームのような考え方など、脳内の自分達はその余地を与えられなかったはずだ。そう考えると、自分がこの世界に来た理由は、脳内の自分達が大きな鍵を握っているのではないかと思える。どちらにしろ、今は答えは分からない。自身の益体も無い考えに区切りをつけて決着のつかない議論を繰り返す脳内に語りかけた。「もう、全員に会いに行けばいいんじゃない?」これには皆が納得。この世界での本体の動き方は、決まった。最後に、“肉の”が注釈をつけて。『方針はそれでいいけど、俺たち意識体は本体の邪魔をしないようにしよう。 俺達は確かに、北郷一刀だけれど、この世界の北郷一刀は本体なんだから』これを聞いて、本体は思う。なんだか意識体の皆に嫌われていそうな“肉の”が、一番、自分のことを考えてくれているなぁ、と。まぁ、その、なんだ。全員、北郷一刀ではある訳なのだが。 ■ 難曰く 「来ることよりも去る方が難しい」紹介状を片手に、見慣れぬ陳留の街を“魏の”の案内で進む本体。これを名付けるとしたら、『自分ナビ』、もしくは『自演ナビ』、だろうか。見知らぬ土地でも、一人で地理が把握できるのは有り難い物である。順調に街の中を歩く一刀は、しかしその歩みを途中で止めることを余儀なくされた。原因はやや大通りに接した路地の傍ら。十数人の青年と、一人の少女だろう口論を目撃したからである。見るからに険悪そうな雰囲気で、特に青年達の激昂具合は凄まじい。数十メートルは距離があるだろうに、真っ赤な顔が伺えるのだ。見た目からして、複数の男たちが少女一人を囲んでいるのは宜しくない。ここからでは少女の姿が確認できないが、遠からず仲裁に入ったほうが無難に思えた。が、本体はここで躊躇する。それは青年達が腰にぶら下げている刀剣のせいだ。遠目からでも分かる。人を傷つける、或いは息の根を止める為に拵えた武器だ。『本体、いかないのか?』「そりゃ、行きたいけど……あいつら武器を持ってるんだ。 真剣だ」『ここは三国志の時代だ、武器は基本的には全部真剣だ』「いや、分かってるけど……」言われなくても、見れば一目瞭然である。これで持っているのが木刀や警棒であれば、少しは違ったのかもしれないがあれだけ刃渡りの大きい真剣を見てしまうと、どうしても身が竦んでしまった。「ふざけんなっ!」本体が悩んでいる間に、青年達の中の一人が怒声を上げて剣を引き抜く。同時に、少女が誰かに突き飛ばされたのか、青年達の輪から飛び出して勢いよく尻餅をついていた。その光景が飛び込んだ瞬間、自分でも驚くほど簡単に真剣へ向かう事の躊躇を投げ捨てていた。 ■ 虎が見ていたそれはたまたま、という表現がぴったり当てはまる。もともと、一泊の宿を取るためだけに逗留した街であった。漢王朝から名指しで呼びつけられ、益の無い軍議に見切りをつけて故郷へと戻る最中であった。だから、この見世物を見物できたのは偶然であり、たまたまだ。正直、つい先ほどまで無駄に費やした時間と金に憤っていた物が今になって還元された気さえしてくる。先ほど飛び込んだ白い服を身に纏った、一見何処にでも居るようで、ひ弱そうな青年が少女に暴力を奮った集団に突然、無手で殴りこんだのだ。自分のすぐ脇を、疾風のように駆け抜けて。一番手前の男の顔面を、飛び掛って殴る白い男。動きは素人そのもの。当然、青年達は白い男に敵意を向け、すぐに白い男は倒れるだろうと。その時、自分は死なれても寝覚めが悪いし、助けてやるかと喧騒の中心に向かって歩き出した。が、その歩みはすぐに止まることになる。素人丸出しの大振りな一撃を与えた直後に、白い男の動きは変化した。奥で倒れこんでいる少女の目の前まで駆け抜けると、守るようにして青年達の視界から遮る。青年の一人が、剣を抜いて白い男に斬りかかったと思った瞬間最小限の動きだけで斬撃を避けて、顎に掌打で一撃。それだけで、襲い掛かった青年は昏倒した。身内をやられたせいで、青年達の堪忍袋は切れたのだろう。それぞれ自分の獲物を掴むと、我先にと白い青年へと殺到する。それを見たからか、白い青年の動きは再び変わる。獣のように飛び跳ねて、常人では追えない速度で青年の背後を取り頭蓋へ肘を打ち下ろした。かと思えば、青年の腕に持つ武器を無力化してから腕を抱き込み、叩き折るという、暴徒鎮圧の見本のように押さえ込みそれが本来の型であるかのように、巧みな足技を用いて側頭部を強打し昏倒させる。たった一人の筈なのに、武の形は流れるように変わっていく。驚嘆すべきは、最後の一撃であった。突然、白い青年の肉体が変化したのだ。恐らく、あれは気によって肉体の筋力を爆発的に盛り上げたのだろう。全身が膨らむように膨張し、服の合間から厳つい筋肉が存在を主張していた。それを見て完全に萎縮した最後の一人が、簡単に間合いを詰められていた。胸倉を掴み、容易に青年を持ち上げる白い男。そして白い男は笑顔で止めの一撃を叩きこみつつ言ったのである。「大丈夫だよ、手加減はするからねん? や・さ・し・く・してあげぶるぅぁぁぁぁ!」筋肉で膨れ上がった右腕が、誇大な表現でなく男の顔面に突き刺さりそのまま水平に吹っ飛びながら、私の足元まで転がってくる。震えた。ここ最近の中で一番刺激的な一幕であった。私は、無意識に両手を叩いて賞賛していた。 ■ 虎に見られていた気が付けば、全てが終わっていた。脳内の俺達が、全員が揃って言い放った。『本体、行くぞ!』少女を、大の大人が大人数で囲んで突き飛ばす様を見て、本体は自然に走り出していた。何となく、脳内の自分に意識を引っ張られているのかとも思ったが倫理的に認められない出来事を看過できる性格でないことも、本体は自認していたのでこれは確かに、北郷 一刀の持つ正義感からの行動であろう。青年達が誰も気付いていないのを良い事に、本体は手近な男をとりあえずぶん殴ってみた。これが、本体である一刀が実行した最初で最後の行動だった。少女の元まで駆け寄って、後ろを振り向けば刀剣を振りかざす憤怒に彩られた顔、顔、顔。自分一人での対処は不可能だと、早々に身体の所有権を放棄したのは正解であった。事前に聞いていたからこそ、萎縮してしまいそうな心に渇を入れて、本体は呟いた。「俺の身体を、皆に貸すぞ!」『『『『『『『『『『 任せろ 』』』』』』』』』』』借り物の力でもいい。今は、この少女を助けたい。本体の思いは、意識群に強く伝わり、それを否定する北郷一刀は何処にも居なかった。自分の意識を無視して動く身体に、恐怖は無かった。全てが終わった途端、周囲からは割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。別に英雄を気取りたい訳でもないし、借り物の力で事なきを得た本体にとってその賞賛はただの雑音にしか過ぎず、居心地の悪い物であった。倒れ伏す少女の元まで近づくと、一刀は蹲って容態を確認した。どうやら突き飛ばされた際に頭を打ったようで、意識は無いが命に別状は無さそうである。「良かった……」『ねねじゃないか!』『本当だ、ねねだ!』『何でこんな所に?』「素晴らしい武であった! とても良い物を見せてもらったぞ」安堵と共に吐き出したため息は、先ほどの雑音などと打って変わって、凛とした響きを持って一刀の耳朶に響かせた。声の方向に、一刀は首を回す。鮮やかなピンク色の長い髪を下ろした女性が力強い笑みを称えて一刀を見ていた。腰にぶら下げているのは宝剣の類か、煌びやかな意匠を拵えて存在感を示していた。目鼻立ちがくっきりとしており、誰が見ても美女だと言うことだろう。何より目を引くのは、前述した全てが霞んでしまう程の乳とボディライン、そして尻。露出の目立つ服で、下乳は完全に剥き出しだ。えろい人、それが北郷一刀の最初の感想であった。「義憤に満ちた武、見ていてとても心地よかった。 何よりも完成されたその気の扱い方。 正直言って見惚れたよ」「それはどうも……貴方は?」「うん? そういえば名乗っていなかったな。 我が名は孫堅! 字を文台! 世間では江東の虎などと呼ばれている」孫堅文台。孫家の礎を作り、各地で火がついた反乱を悉く力尽くで摘み取り民衆の人望も篤く、武将としても超一流である。根拠地である江東で、孫堅の名を知らぬ者はおらず、その圧倒的な孫堅軍の威容は江東一帯のみならず、漢全土と言っても良いくらいに響き渡っている。それが本体の持つ孫堅という者の知識であった。「そうですか、貴方が孫文台殿。 出会えて光栄です」「ふふ、そう畏まるな。 今の私は良き演舞を見せてもらった一観客であり 舞踏の主役であるお主が縮こまる必要はあるまい」「……」この孫堅との会話に、本体は僅かに嫌悪を示した。それは、脳内の一刀達と違い、まだ本体が現代人としての意識が濃い事が原因であった。人を上から見ること。人が傷つく様を目の当たりにして、見世物を見ているような話し方。この世界では目上の人間が普通に取る態度であるのだがそれらが本体一刀にとって、余りにも酷い見方なのではないかと思ったのだ。そんな一瞬の一刀の表情の変化を孫堅は見逃さなかった。そして微笑む。「ふふ、心は青いか」「はぁ……」「ところで、私に名乗らせておいて君は名乗ってくれないのか?」「ああ、これは失礼しました。 私は北郷 一刀です」「ふむ、奇妙な名前だな? 偽名か?」「いえ、本名ですけど……姓が北郷、名を一刀と言います」言いながら、一刀は少女をお姫様抱っこで抱えあげた。地べたにずっと寝そべらせて置くのは可哀想だし、孫堅殿から逃げる口実にしたかったのである。だが、一刀は少女を抱えあげて、そして気付く。「……う、動けん」『なんでだ?』「た、多分お前らが暴れたからだ……」『ああ、身体に負担がかかってるのか?』『そういや、俺達は自分の体のように動かしてるけど、本体は鍛えてないもんな……』『あれが、雪蓮達の……』『一歩も動けないのか?』「抱えてるだけで精一杯だ、歩くと倒れる自信しか無い」「何をぶつくさと呟いている?」「いえ、持病でして……」「……そ、そうなの?」『おい、雪蓮や蓮華の親御さんにあまり変な事を言うな!』「しょうがないだろ!?」『なんとかしろっ! 叫ぶな!』「何がしょうがないのだ?」「何でもないですっ!」「ふっ、読めん男だな……面白い」そう言った孫堅殿の笑顔は、獲物を狙うような獣の目をしていた。その顔を見て、江東の虎と渾名を名付けた者は生きていたのかな、と本体はふと思ってしまう。「北郷と言ったな、我らが呉に、将として仕え身を立てようという気はないか?」『っ……!』「すみませんが、無いです。 それに今は、彼女を休ませたい」『“呉の”、耐えろ。 肉は見たくないだろ』『分かってる! くそっ!』暫し一刀の回答を聞いても、本意を定めるかのように視線を突き刺していた孫堅であったがやがてその表情は一変し、柔らかい笑みに一転する。「ふ……残念だ。 それに、確かにお主の言うように、少女を休ませるのを優先すべきだったよ 邪魔をしたな、北郷」そう言って踵を返す孫堅。将として誘いをかけたにしては、偉くあっさりと引いてくれたようだ。一刀は、ふと思い出したように口を開いた。それは、“呉の”意識を感じたが、敢えて自らの口で言葉にしたものであった。「……孫堅さん、岩の罠に気をつけて」「うん? 岩? はっはっは、肝に銘じておこう。 それではな」「……」『……本体』「……何?」『行かないのか? ここはねね……ちん、少女を早く休ませる為に移動するのが自然なのだが』「……俺も、そうしたい」『まだ動けないのか?』「……」脳内の言葉に、少女を抱え上げたまま、ただただ頷くことしか出来ない本体。そんな本体に向けて、脳内の一刀達は合唱した。『『『『『『『『落ち着いたら、体力作りからだな』』』』』』』』「精進するよ……」結局、一刀は恥を忍んで近くに居た叔父さんに少女を運んでもらうのであった。それら全てが終わった後、一人の女性が今の喧騒に興味を持ち詳細を尋ねていた。その女性は、街の人々から夏候淵様と呼ばれていた。 ■ その手に得た信頼と目が覚めたとき、少女は自身の足元に違和感を感じた。寝ぼけた眼を擦って、違和感の正体を見る。其処には、白い服を着た男性が彼女の膝裏から足首にかけて頭を埋めていた。多少びっくりはしたものの、彼女は特にそれを振り払う素振りは見せなかった。気を失う前の前後はしっかりと、彼女の脳裏に焼きついていたからである。確かに、彼女は気を失ってしまう直前に、誰かが口論をしていた相手に割り込んで来たのを見たのだ。その人は、白い服を着ていたはずだった。言うなれば、彼は恩人である。『本体、起きろ! 音々音が起きた!』『おい、これ涎ついちゃってるけど大丈夫かな?』『まさか陳宮キックはこないよな?』『分からん、一応覚悟しておこう』『食らうのは本体だから、本体が覚悟しないと意味がないんじゃあ……』「……」少女は首を巡らして、部屋を見回した。空いた窓から差し込む陽は、橙に染まっているところであった。気を失った時間が昼を過ぎた直後であったことから、夕刻まで意識がなかったようである。その間、彼はずっと介抱してくれていたのだろうか。溢れ出す感謝の念が、彼女の胸に押し寄せた時。膝裏に感じる人肌が、ビクリと震えた。『本体ー! 起きろー!』『朝ー! 朝だよー! 朝ご飯食べて学校行くよー!』『おいやめろばか! 早くもこの三国志は泣きゲ化ですね』『それほどでもない』『お前ら大丈夫か?』「あ……」「う……あ、ああ、寝ちゃったのか、俺」「あの」『本体、涎! ねねの足についてる!』『気をつけろ! 陳宮キックに備えるんだ!』『本体! シャキっとするんだ!』「うおおっ、起きた? って、うわご免! 足に涎がっ!」「いえ、いいのですぞ! こんなのは拭けば問題は無いのです! それよりも、助けて頂いて……本当にありがとうなのです!」『『『何ぃ!? ねねがこんなにも素直かつ敬語だとっ!?』』』『“董の”“蜀の”“白の”、ちょっと五月蝿い』『だってお前、これが音々音なのか!?』『そ、そうだ、これはねねじゃない……いや、恋が居ないからか?』『『それだっ!』』一刀の脳の中が軽い混乱を起こしている中、寝起きで比較的冷静であった本体は脳内を意図的に完全スルーして少女との会話に勤しんだ。「いや、いいんだ、気にしないでくれ。 ある意味、君のおかげで俺の方も脳的に考えて助かったというか」「……? 良く分かりませぬが、とにかく、ありがとうございましたなのです。 お名前を聞かせて頂いて宜しいでしょうか」「ああ、もちろん……俺は北郷 一刀。 性が北郷が名が一刀。 真名も字も無いから、好きに呼んでくれ」それを聞いて、少女は布団の上で膝を付き、頭を垂れる。突然の出来事に、本体は驚き固まった。「は、私は性を陳、名を宮、字を公台、真名は音々音です! 私のことは音々音、もしくはねね、と呼んでください!」『『『え!?』』』「え!? いや、でもそれって真名だろ? 俺が呼んだらまずいんじゃ」「そんなことは! 北郷殿はねねの命の恩人です。 大恩ある方に真名を預けない方が 人としてどうかと思うのですぞ!」「でも……本当に良いのかい?」「勿論です! 是非呼んでくだされ!」「うーん……最後に聞くけど、良いの?」「はい、ねねと呼んでくだされ!」一刀は、突然に陳宮から真名を呼んで良いと許しを得たことといきなり頭を下げられて命の恩人だと感謝されたことに戸惑った。ついでに、荀彧のことが頭をよぎってしまい、真名を呼ぶことにちょっとした恐れを抱いていた。そのせいで、本体はくどいくらいに確認をしたのである。「えっと……ねね、真名を預けてくれてありがとう」それは本体にとって、初めて受け取った他人からの信頼であった。交わした言葉は少ない、過ごした時間も短い。恩人であるから、真名を預けてもらったと一刀は気付いていたがそれでも嬉しいものは嬉しかった。「……北郷殿、お願いがあります」「いいよ、何でも言ってくれ、できることなら何でもきくよ」『おい、なんか嫌な予感しないか?』『『『するな』』』『だよな?』『うん、恋がこの場に居ない、っていうのが凄い嫌な予感がする』この時、本体は初めて真名を預けられた事に感動して、テンションが上がっていた。故に、脳内の感じた嫌な予感というものも、完全に聞き逃していた。そして、本体はこの時、音々音のお願いを安請け合いしたことに後悔することになる。「このねねを、北郷殿の家臣にしてくだされ!」「ああ、別にいい……とも……え?」「ありがとうございます! ねねはまだ、未熟者ではありますが、北郷殿の為に 粉骨砕身、文字通り身を粉にして支えていきますぞ!」『『『やっぱり、こう来たか!』』』「って、ちょっと待ってくれ! ねね、俺は将軍でも城主でもないんだぞ!?」「では、その身なりからすると……豪族か名家のお方でございますか?」「違う、一般市民だ! 市民でもないけど、一般人だよ!」「うむむ……しかし、是のお答えを貰った以上、私は北郷殿以外に仕えるつもりはありませぬ! 非才の身ながら、役に立つよう頑張りますぞー!」「ああ、なんてこった、後世にその名を轟かせ歴史に残る軍師が 斜め195℃錐揉み42回転半ひねりジャンプして得点圏外の場所に着地してしまった……」先ほどまで気を失っていたとは思えないほど、元気よく音々音は腕を挙げて宣言していた。この熱意を折ることなど、一刀には出来なかった。「……とりあえず、頭部を打って気を失っていたんだから、大人しく寝ててくれるかい?」「はっ、分かりました! ……そ、それと……あの」布団に入りながら、音々音は恐る恐るといった様子で一刀の顔色を伺った。それは、先ほどのお願いの時の様な顔で、一刀は何を言われるのかと、身構えたが先ほどのぶっ飛んだお願いに比べると、実に容易いことであった。「これからは、ねねも一刀殿と呼んでもよろしいでしょうか……?」無意識であろう、上目使いでお願いをされて一刀は軽いダメージを負った。陳宮という美少女の、懇願する眼に、思わず見惚れそうになるのを意識して、慌てて一刀は頷いた。「あ、ああ……うん、いいよ。 好きに呼んでくれ」「ありがとうございますぞ、一刀殿」「じゃあ、ゆっくり休んでね。 身体に変調があったら、すぐに誰かを呼ぶんだよ」「わかったのです、では一刀殿、ねねはもう少し眠らせて頂きます」「ああ、おやすみ」布団の中で、眼を瞑った陳宮を確認してから、北郷は部屋の扉を開けて退室した。そのまま立ち竦み、今起こった出来事をまとめる。助けた少女から真名である音々音という名を受け取った。その音々音が、北郷 一刀の家臣となった。音々音は、三国志でも有名な武将として名高い、陳宮である。今起こった出来事だ。特に纏めずとも、一瞬でそれは理解できていた。「俺って、方針としてお前たちの大切な人に出会う事が目的になったよな?」『『『『『『『『『『そうだね』』』』』』』』』』』「この場合、陳宮という有能軍師を連れ歩く意味は無いよね?」『『『『『『『『『『そうだね』』』』』』』』』』』「……だよね」『というか、もう家臣として受け入れてしまったし、言質を取られた以上開き直るしか無いと思う』『ていうか、どうしてあんなにあっさり頷いたんだ、馬鹿』『恋……呂布はどうなるんだろ?』『うわっ、すげぇ心配だ! ねねのおかげであらゆる魔手から逃れていたって可能性が高い!』『うおっ、確かに!』『どうするんだ!? 天下無双が良い様に操られる様しか思い浮かばないぞ!』「……もしかして、かなり不味い事した? 俺」『『『たぶん』』』『いや、でも早計に過ぎないか? 呂布だってまったくの馬鹿って訳じゃないだろ?』『けど、あの子は素直で良い子なんだよ! ほいほい甘い言葉に釣られて人を殺す様が幻視できるほどね』『敵対していた俺には絶望的な武神にしか思えなかったがな……』『“仲の”、仲良くなると恋の可愛さは確かに抗えぬという意味で絶望的だ』『落ち着けよ、お前ら。 冷静にならないと出来る判断も出来なくなるぞ』『“肉の”の意見に賛成だ』『“魏の”に冷静になれとか言われると腹立つな、なんか』方針を定めた直後に連続して起きたイレギュラーは外面は静かでも、その内面に大きな波紋を呼んでいた。かくして、陳宮こと音々音という恋姫は、目出度く北郷一刀の家臣とあいなったのである。 ■ 贈り物作戦「一刀殿~! ありましたぞ! 一刀殿の手持ちで購入できる箱が~」「本当か、ねね! でかしたっ!」「ああ、もっと褒めてくだされ~!」結局、細かいことはとりあえず無視して、今在る現状をあるがまま受け止める事にした一刀達。考えることを放棄したとも、問題を先送りにしたとも言える。まぁ、乱世を駆け巡った数多の一刀達でも出なかった答えだったのでそうするしか選択肢が無かった訳だが。現在、音々音は一刀に仕えて概ね満足のいく日々を過ごしていた。元々、陳留には曹操へ仕官をしようと故郷から飛び出したらしい。が、陳留に辿りついて見れば、文官の募集は締め切られてしまっており仕方がなしに陳宮は日々を無為に過ごしていたという。ちなみに、荀彧も募集の期間に間に合わなかったそうだが曹操を一目見た荀彧は、何か感じ入る物があったのかとてつもない熱意で城の者と交渉し、話し合い、仕官を受け入れさせたらしい。凄いバイタリティである、と一刀は頻りに感心したものだ。話を戻すが、無為に日々が続いても、陳宮は腐らずに己の研鑽に努めていた。軍略、知略を独学で学び、政治や国の行く末を案じていた。次に曹操が文官を募集するまで、ひたすら知識を溜めこみその間は自分に出来ることから始めようと、町の人達と協力して土工事の測量を手伝ったり収入と徴税の帳簿を作ってみたりと精力的に動いていたそうだ。そんな中、彼女は世を嘆くだけで碌に働かずに、自分を棚に上げ、お上が悪いとわめき散らす青年の集団の話を聞いた。若い男出が、働かないで居るなど正に無駄以外の何物でもない。陳宮は、彼らを諭す為に自ら志望して、若者たちを説こうとしたのである。そんな経緯から、一刀が叩きのめした青年達と陳宮は言い争いをしていたのだそうだ。「元々、曹操に仕えるつもりだったのだろう? 俺なんかに仕えてしまって良かったのか?」「一刀殿、確かに曹操殿は王の器を持っておられます。 しかし、ねねはイマイチ自信が無かったのです。 彼女の進む覇道に、ねねが共に突き進む事が出来るのかどうか」その話を聞いて、一刀は陳宮という人物がどのように三国志で描かれていたのかを思い出していた。陳宮は、曹操に確かに仕えていた時期がある。だが、やがて曹操の思う道を外れ、共に歩めないと感じた陳宮は呂布を主に抱いて、曹操へと反乱を企てたはずであった。「まぁ……ねねが良いのならば良いんだけどさ。 でも、どうして俺にいきなり仕えようと思ったんだ?」「それは……ですね。 ちょっと、言うのは恥ずかしいのですが」「うん?」「一刀殿にも仕えるに足る大器を感じたのと、それと、傍にいると優しい気持ちになるのです」「優しい気持ちに?」陳宮が言った事は事実であった。一刀と触れ合うと、彼女は何か、とても尊い物を彼の中に感じたのである。それが何であるのか、この胸に去来する感情は何なのか、それは陳宮にも分からなかったが何度も一刀と触れ合うと一つだけ気がついた事があった。とても、とても優しい気持ちになれるのである。だから、音々音は一刀が自分の主であることに不満も隔意も無い。むしろ、一刀に仕える事こそが、陳宮という人間の天命であるかのように思えるのだ。「ねねのその研鑽を積んで聡明になった頭脳は、俺なんかの為に使うのはもったいないと思うんだけどなぁ……」「そんなことは無いのですぞ!」「うん、ねねがそう言うなら、もう何も言わないよ」「一刀殿……ん、それにしても一刀殿、こんな箱を買ってどうなさるのですか?」喉に引っかかる物を感じた音々音であったが、それは敢えて無視した。主が話は終わりだ、という雰囲気を出しているのに、突っかかるなど愚者の極みであるからだ。そこで、手近にある話題の種を振ってみると、一刀は乗るようにして食いついた。「この町に来る前に出会った、荀彧って人に贈り物をしようと思ってね」と、いうわけで、北郷一刀は出来ることから生活を始めている。音々音にはそれなりのお金があり、仕事についていない一刀は現状一言で表すと見事に紐状態だったりするのだが今この時は仕方ないと開き直っていたりもする。で、何故にそんな状態であるのに荀彧へのプレゼントという暴挙に出たのか。それは、憲兵隊からの親切心のおかげであった。意図せず、他人の真名を呼んでしまった場合、誠意を持って謝るのは勿論のことお詫びとして、贈り物をするのが普通なのだそうだ。それで許してもらえるのかどうかは、当人次第ということらしいのだが何も送らずに適当に謝るだけというのは、外道という奴に堕ちるらしい。そんな理由から、なけなしの金を投げ打って、半分ほど音々音に支援して貰いながら用意したこのプレゼント。後は箱を用意するだけであったのだが、それも今、音々音のおかげでギリギリ貧相には見えない箱を用意できた。「……許してくれるといいなぁ」「荀彧という方ですか……女性なのですか?」「ん? ああ、そうだよ。 今は曹操に仕官していると思うよ。 さってと、後は包装して……うん、オッケーだな!」「では、ねねがお城の方までお届けいたしますぞ!」「え、でも贈り物だからなぁ……自分から荀彧に渡した方がいいんじゃないかな?」「仕えたる主に雑事をさせることは出来ませぬ。 ねねが居るのですから、一刀殿はねねに任せてくれれば良いのですぞ」「そういうもんか……分かった、じゃあお願いするよ、ねね」真名という、未だに余り慣れない習わしに、一刀は音々音の言を聞き入れた方が懸命だと判断して後事をすべて音々音に丸投げした。実際は、一刀の言うように、当人同士が会ってお詫びの品を渡すのである。元気良く外に飛び出した音々音を見送って、一刀は肩の荷が下りた気分であった。これで荀彧とも仲良くなれれば、と淡い……実に淡い夢を抱きつつ日銭を稼げる仕事は無いかと家を出たのである。「……一刀殿からの贈り物……まだねねも貰った事がないのに」そして、的外れなヤッカミをしている少女が一人。彼女の頭脳は聡明だ。しかし、まだ本人が言うように、未完の大器であるのも事実だった。そんな天に愛された才能を持つ少女も、人間であり、一人の少女である。主の向いている方向が、自分で無く荀彧と呼ばれる少女に向いているのが良く分かった。先ほどの会話から、自らが見出して全力を捧げることを誓った主人が余り自分が仕えるという事にも積極的でないのは明らかだ。増して、音々音はそんな主人の懸想していると思われる女性に贈るプレゼントの為に少なくない金額を供出している。何となく、悔しくて、口惜しくて、陳宮は悪いことと知りながらも行動してしまった。この行動についての不幸は、荀彧への贈り物である贈り物が、愛情や親愛を込めた物ではなく一刀が不用意に真名を呼んでしまったが故に渡す詫び品であったことを音々音が知らなかった事にあるだろう。故に。 ■ 贈られたプレゼント陳留の城、玉座の間にて三人の少女が険しい顔を寄せて話し合っていた。美しい金髪に小柄な体躯。完成された顔を持ち、その容姿含めて全身から溢れ出る覇気は余人の及びのつかない威圧感を醸し出していた。後の魏王、曹操その人である。その隣に控えるのは、陳留に来るまで一刀と旅を共にし、計略に嵌めて一刀の尊厳を奪った大陸でも稀有の頭脳を持つ、王佐の才、荀彧が。曹操の目の前で、淡々と冷静に報告を行うのは曹操の元に仕えて長い、古参の夏候淵だ。青みがかった頭髪に、怜悧な雰囲気を纏う釣りあがった眼は全てを見抜きそうなほど澄んでいる。スラッとした体躯は、まるでモデルのようで、こちらもとんでもない美女であった。「そう、孫堅……江東の虎と呼ばれるほどの者が、その白衣の男を陣営に誘ったのね?」「はい……その男、聞かれる噂によれば、あの丘で見た男と容姿が相似していたようです」「……なるほど、桂花?」「はい、情報から推察するに、認めたくはありませんが。 ほぼ間違いなくその男は北郷 一刀と思われます。 短い間ではありますが、私も共に旅を致しました」「そう……一瞬とは言え、私を怯ませる程の気を放ち、武器を持った多勢の男に 無手で傷一つ無く勝利を収める……北郷 一刀、か」唇に手を寄せて、歌うように曹操は呟いた。次第に、その顔には笑みが浮かび始める。伺うようにして様子を眺めていた夏候淵が、半ば答えを予想しつつも曹操に尋ねた。「陣営に誘ってみますか? 報告によれば青年の中には高覧という中々に名の通った男が居たとか。 それも一撃の元、昏倒させたようです」「か、華琳様、私は反対です。 その者の実力は分かりませんが、常識というものが抜け落ちてます。 陣営に加えてしまえば、華琳様の品格まで傷つくことにも成りかねません!」「……そうね」即座に入った、つい先日に曹操の元へ士官した荀彧と、夏候淵の真逆の意見を聞きながら曹操は考える。見た限り、聞いた限りでは有能な人物ではありそうだ。これで知の方まで優れていれば、男であることを差し引いても十分に心惹かれる話である。荀彧が言う、品性が云々というのも彼女の男嫌いを加味すると疑わしくなってしまう。ただ、曹操自身も遠目からではあるが、北郷一刀は見たことがある。あの時に感じた奇妙な感覚。まるで狩人と獲物のような、漠然とした焦燥感。腹立たしいのは、曹操の立場が獲物であると自認できてしまったあの日。あれが一体何だったのか。その答えを得る為にも、もう一度接触を試みたいという思いは曹操の胸のうちにあったのである。実際に会ってみてから考えようか。そんな思いが華琳の胸のうちで鎌を擡げるまで、そう時間は要さなかった。が、それを伝えようと口を開こうとした時、物々しい音が響いて部屋に入るものが現れた。「桂花! おお、ここにいたか! 探したぞまったく」「ちょっと春蘭! いちいち全力で扉を開かないで頂戴! あんたの馬鹿力で壊れるでしょ!?」「馬鹿だと!? 馬鹿とは何だ馬鹿とは!」「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いのよっ!」「姉者……桂花も。 華琳様の御前だぞ」「ふふ、相変わらずね。 それで、何か用?」「はっ、華琳様。 桂花に、北郷という男からの贈り物を届けに来ました!」「北郷?」「ほう……」「うげっ……」三者三様の反応を見せて、春蘭こと夏候惇は首を傾げた。夏候惇のアホ毛が、にわかに揺れる。「そう、丁度良いし、興味深いわね。 空けてみなさいな、桂花」「は、はぁ……華琳様がそう仰るならば……」春蘭から、とても質が良いとは言えない綺麗に包みが張られた箱を受け取って桂花はそれを眺めた。嫌そうに。「……精液のついた手とかで、触っていないでしょうね……ああ、気持ち悪いぃぃ」「早く開けろ、まったく、それにしても男から贈り物とはな、物好きな奴も居たものだ」「五月蝿いわね、貴方と違って良い女に男は群がるのよ。 いやっ! そんなの嫌よっ!? 妊娠しちゃうっ」春蘭の茶々に、桂花が即座に反応するが、それで自爆をしていた。クスリと華琳と秋蘭が薄く笑う。「はいはい、漫才はいいから早くしなさい」「は、すみません、華琳様」「も、申し訳御座いません……くっ、なんで私ま……で……え?」そうしてようやく箱を開けた桂花であったが、箱の中には何も入っていなかった。しばし呆然とする桂花。よくよく見ると、箱の奥には何やら文字が書かれている紙が張り付いているではないか。覗き込んで確認する。そこにはこう書かれていた。 魏の王を支える王佐の才へただ、それだけが書かれていた。「なんだこれは? 意味が分からんな」「どういうことでしょう、華琳様」「魏……なるほど、天の御使いか。 あながちハッタリでも無さそうね」箱の中身を覗き見た状態で動かない荀彧の腕から箱をもぎ取って夏候惇が中身を改め、その謎の文章に頭を捻っていた。夏候淵も腕を組んで考えに耽るが、結局分からずに曹操へと尋ねたがその曹操は曹操で、納得するかのように頷くばかりであった。そんな中、固まっていた荀彧がビクリと動いたかと思えば、唐突に笑い出した。「ふ、ふふふ、ふふふふふふふふ、あの男……ど・う・し・て・くれようかしらっ! 仕返しにしては、随分と手の込んだ事をしてくれるじゃないっ!」「な、なんだ!? 桂花、落ち着け! 顔が凄いことになっているぞ!?」「むぅ……凄い殺気だな」「桂花?」「北郷一刀ぉぉぉ……呪う! 全身全霊をかけて、呪ってやるわよ! うがあああああ!」音々音の幼稚染みた嫉妬によって中身を抜かれた荀彧への贈り物は、意図せず空箱となって届いた。 しかも、その空箱の底には激烈な皮肉つきとなって、である。もしも一刀が自分で届けていれば、この喜劇は起こらなかったに違いない。一刀は荀彧と、懇意になりたく、その為の一歩である詫びに贈った物は、それなりに値が張ったものであるのだ。音々音の協力が無ければ、買うことなど到底出来ない、高価なプレゼント。それを見ていれば、もしかしたら仲良くなりたいという一刀のささやかな願いは荀彧の胸に届いたかもしれなかった。だが、それはもう叶わぬ願いとなった。もはや、天の御使い、北郷一刀という胡散臭い男は、荀彧にとっての不倶戴天の敵に成り果てたのである。ちなみに、その日の桂花の態度を見て、華琳は一刀と桂花を頭の中で天秤にかけ北郷一刀を自身の陣営に引き込むという考えを諦めついでに、桂花に空箱を贈るのは絶対に止めようと心の中で誓ったのだそうだ。 ■ 外史終了 ■