clear!! ~桂花の大罵倒祭が最終的に逆の意味に聞こえてきたよ編~clear!! ~音々音の膝裏から足首にかけて白蟻が行進するよ編~今回の種馬 ⇒ ★★★~都・名族・袁と仲、割れ目の中で四股が捩れるよ編~★★★「堅殿、さっきから何をニヤニヤとしておるのだ」「祭、とってもいい子が居たのよ。 腕っ節も良いし女子供に優しかったわ。 雪蓮とまぐわせて子供でも作らせようと思ったんだけど断られちゃった」「お一人で誘ったのでは、断られるでしょうな。 交渉の顔ではないですぞ、堅殿の笑顔は」「なにそれ、ぶーぶー。 まぁ、でも我が呉に来て欲しかったのは本当よ。 彼、実力だけなら祭でも難しい相手かも知れないから」「ほう、それはそれは一度手合わせ願いたいものですな」孫堅の言葉に、祭と呼ばれた女性は面白いことを聞いたと言う様にニヤリと笑った。祭と呼ばれた女性も孫堅も、お互いがお互いを認めるほどに武才に恵まれている。ゆえに、こと武に関して孫堅が認めたのならば、話題に登っている青年は確かな実力を備えているのだろう。「いつか、手を合わせることになるかも知れないわよ。 さぁ、とにかく江東へ戻りましょう。 私の可愛いお姫様達が待っているわ」「御意」手を合わせることになる、ということは何処か戦場でぶつかることになると予想しているのかはたまた、それがただの勘であるのか、祭と呼ばれた女性は一瞬考えたが益の無いことだと、すぐに考えを放棄して前を行く主を追いかけた。 ■ 外史を知る奴本体である北郷一刀を宿主として日々を過ごしている意識達はただただ無為に、本体と日常を謳歌していた訳ではない。意識だけの状態で出来ることは、考える事だけだった。何故、このような状態であるのか。どうして本体だけが、複数の自分の意識を抱えてこの世界に降りたのか。この世界は何なのか。時に意見を出し合って、時に自分の考えを主張している中で分かったことも分からない事も多くあった。そんな中、一刀達は“外史”という物を知る。この世界は、“無の”と“肉の”が言ったように、『外史』という世界であることは自身の経験を踏まえて考えても疑いようが無かった。そして外史とは、それぞれの意識が歩んだ分だけは確実に存在する無数の世界を指す。今の現状は、彼らの情報が正しい事が前提ではあるが数多の外史の中で北郷 一刀という存在が現代から軟着陸しているという証左であった。この情報が齎されてから、誰からとも無く、意識群は自身の最後を語った。いつか“白の”が言ったように、公孫瓚に拾われた一刀は最後の決戦を魏国と行いその最中に命を落とし、本体の意識群の一つとなった。他の意識群も大差ない。例えば“仲の”は袁紹軍と結託し、徐州で劉備軍との激突を征し、孫呉を牽制しつつ魏国とぶつかった。戦局は優勢に運べたが、結託したはずの袁紹軍に裏切りを受け、その奇襲時に受けた矢傷で怪我が悪化。治療の甲斐なく、“仲の”一刀は倒れたという。それぞれの経緯を語った意識群は、一つの共通点を其処に見つけ出した。『俺達死んでしまった後に、此処へ来たってことなのか……?』『まぁ、そうなる、よな』『待てよ、“無の”は銅鏡から飛ばされたんじゃ?』『“魏の”が言う最後も、死んだとは確定できないな』『しかし、管輅から身の破滅とハッキリ言われた事を考慮すると、死んだとするのが 妥当なんじゃないか?』『それは……どうだろうな。 自分じゃよく分からない。 華琳の前から消えて、気がつけばもう、本体の中だったから』『まぁ、確かな事は俺達の多くが志半ばで倒れたってことだな』『くそっ』『“白の”?』『こんなことになるなんて、こんな醜く生きながらえるなら、消えた方がマシだった』それは心の片隅で、全員がどこか引っかかっていたものであった。それまで途切れずに続いていた会話が、“白の”の愚痴のような言葉を境にぷっつりと無くなっていった。重い沈黙を切り裂いたのは、“南の”であった。『“魏の”、聞きたいんだけど、その……曹操と会うのか?』話を振られた“魏の”は、一瞬当たり前のことを何で聞くのだろうかと考えて即座に返答した。それは、殆ど無意識の領域であった。『え? そりゃ会いたいけれど、なんで?』『会ってどうするんだ?』『会ったら……そりゃ……』尋ねられて、“魏の”は二の句を告げられなかった。会って出来ることなど、何も無いことに気がついたのである。この問答を聞いていた意識群は、みな一様に気がついた。会う。それは良いのだが、会っても何も話せないし何も出来ない。本体は、意識群を思って会わせて上げると言ってくれたが、会ってもどうしようもなかった。主導権が本体である以上、華琳と出会うのは“本体”であり“魏の”ではないのだ。本体と感情が同調すれば、数十秒は一緒に居られるかもしれないがそれだけの時間で何を伝えようというのか。まして、この“外史”の彼女たちは北郷一刀の脳内に住む超存在を知らないのだ。“魏の”の意識が完全にどこかへ行ってしまったのを見て、“南の”は息を吐き出した(って感じの意識)気まずさが更に加速した空気の中で、声を挙げたのは“馬の”であった。『……そういえば、この“外史”でも天の御使いって予言されるのかな』『どうだろうな』『時代は黄巾の乱、俺達が呼び出された時代の少し手前だ。 これから予言されてもおかしくない』一瞬の沈黙。そしてほぼ同時に声が上がる。『『『『ああ、なぁ、ふと思ったんだが』』』』何人かの意識が重なった。流石に全員が北郷 一刀なだけはある。同時に同じような事に全員が気がついたようだ。『『『『俺たちを知ってるのは、外史を知る連中を除いて』』』』『『『『管輅以外には居ない』』』』『いや……一人例外が居るが……』『“無の”、誰だ?』『……筋肉達磨のあいつが『よし、話は決まった、本体に頼んで管輅を探して貰うか』『そうだな……むしろ雪蓮達に合っても何も出来ない分、管輅を先に探して貰った方がいい』『本体が賛成してくれれば、って条件だよな?』『俺達の意見は伝えて、後は本体に任せる形しかないな』意識群は意識群で、この異常な“外史”を調べる努力を続けていた。彼らの疑問が答えとなって努力が報われるかどうかは、本体の得る情報と行動次第なのだが。そんな本体は、今。 ■ 人材コレクター「お邪魔するわ」部屋で朝食を取っていた本体と音々音は突然の来客に驚き戸惑った。同時に本体は頭を抑えて呻いた。『ふおおおおお! 華琳! 華琳! ふぉおおおおおお!』(痛ってぇ! 頭痛ぇ! やめろおい!)『五月蝿ぇ!』『“肉の”!』『ふぅぅぅぅぅかr……n…』『……よし』「何の御用でしょう、曹操殿」箸を置いて玄関に見えた曹操を出迎えながら、音々音が尋ねた。まぁ、曹操が三国志屈指の人材コレクターであることを考えれば話は見える。きっと仕官を陳宮に求めに来たのだ。「あなたが陳宮殿?」「は、いかにも。 姓は陳、名を宮。 字を公台と申します」「単刀直入に伺うわ。 陳宮殿、私に力を貸してもらえないかしら。 我が陣営でその卓越なる知を奮って欲しい」「……私を」「ええ、最近街で独自で検地を行っている知名の士が居ると噂があるの。 その噂に上るのは決まってあなたの名前が挙がるわ」知らなかった? とでも言いたげに首を傾げて肩をすくめた曹操。一方で、音々音は突然の曹操の訪問に少しだけ冷静さを欠いていた。元々はその強烈な覇気に惹かれて、仕官をしようと思っていたその人が自分の実力が必要であると曹操が判断して招きに来てくれたのだ。陳留という街で大きな権力を持つ曹操は、有能なる人を愛する、という噂を当然ながら音々音は聞き齧っていた。ようするに、その事実が単純に嬉しい。しかし。「どうかしら?」「突然の出来事に、聊か戸惑ってしまいました。 覇気溢れ、確かな人物眼を持ち、王なる器であると思っている曹操殿のお誘いは この陳公台、望外の喜びでございます」そこで音々音は言葉を切る。曹操はニヤリと笑って、続きを促した。そこで飛び出した音々音の言葉は、本体が驚くことになる。「しかし、我が身は既に主を頂く身でございます。 曹操殿にはわざわざのご足労申し訳ありませんが、この話はお断りさせて頂きますぞ」きっぱりハッキリ言った。本体が居るから曹操には仕えない、とこれ以上に無いくらいくっきり言い放った。「そう……」呟くように言うと、曹操はゆっくりと本体に向かって視線を向けた。今まで蚊帳の外……というよりも、一刀の事を完全無視という勢いで話していた彼女だがそこで始めて一刀に視線を投げて、何かを探るような目に押されて本体はうっと呻いた。「あーっと……」「見たところ職も無いような男に見えるけれど、これが貴女の仕える主ということ?」「む、一刀殿は確かに職はありませぬが、それは“今は”というだけで器の大きさでは曹操殿に 負けていないとねねは見ているのです」職が無い、という言葉に一刀は更に大きなダメージを受けつつ曹操という歴史の英雄にガン見されてめちゃくちゃ居心地が悪くなっていく。というより、変な汗が出てきたのを自覚していた。『ああ、あの目はきついんだよなぁ』『なんか気がついたら従いそうになるほどの威圧感だからなぁ』『さすが曹操だ、何度相対しても慣れないな』「あなた、北郷 一刀ね」「……俺を知ってるのか?」「最近仕官してくれた私の可愛い軍師が教えてくれたのよ。 ふむ、ならばこうしましょう」何か思いついたかのように曹操が一つ頷く。何を言われるのか、と精神ファイアーウォールを築き上げようと身構えていた本体だがそれは即突破される脆弱性を持っていた。「私は陳宮殿が欲しい。 貴方は職が欲しい。 利害は一致してるのだし、北郷殿も私の元に来ないかしら?」「え!?」「なんですと!?」「何か可笑しい事を言ったかしら? 私には分からないけれど、陳宮殿はあなたに主の資質を見たのだから 今は無職のあなたが何を仕出かすのか、少し興味が沸いたわ まぁ、北郷殿が来ると苦労しそうなこともあるけれど」そういう考え方か、と一刀は納得した。ある意味で実に合理的である。欲しい人材が目の前に居るが、その人は既に主が居た。それならば主ごと、ご招待して取り込んでしまえば音々音も手に入れることができるということだ。正直言うと魅力的な提案だった。曹操の元に仕官すれば、少なくとも職にありつける。将来、戦争することになることを考えると二の足を踏んでしまうが音々音を見ると、歴史的に正しい流れに戻るのではないかとも思うし。とはいえ、やはり本体からすれば戦争とか、三国志とか、殺し合いなんていうのは日常からかけ離れ、物語の中での出来事でしか触れた事が無い異常な物だ。おいそれと参加する気にはなれず、天秤は拒否の色合いも濃い。どうするの? というように見つめてくる視線に、本体は思わず頷きそうになるのを堪えながらとりあえず脳内の俺たちに意見を求めることにした。『『『『『『『反対』』』』』』』『『『『本体の好きにすればいいと思うよ』』』』『賛成!賛成!賛成!』脳内俺会議、賛成3……じゃなくて1、反対8、丸投げ4。どうやら脳内の俺達は、基本的に反対であるようだ。しかし、よくよく考えれば、彼らが賛成することは無いのではないだろうか。それぞれの俺達に、それぞれの大切な人が居て。曹操の陣営に付くという事は他の陣営で過ごした誰かの思いを裏切ってしまうようで心苦しい。基本的に、本体一刀の考えを尊重してくれるという事なのでここで本体が頷いても、彼らはしぶしぶと受け入れるだろうし、受け入れざるを得ないのだろう。音々音はどうだろうか。ここで頷いても、多分付いてくると思う。乱世が始まって、曹操と仲違いしてしまう可能性はあるけれど、少なくとも現時点では一刀が頷けば、彼女も頷くことだろう。さっき、満更でもなさそうな顔だったし。最後は自分の気持ちだ。たっぷりと腕を組んで数分間悩み抜いている間、曹操も音々音も一言も発さずに本体の答えを待っていた。そして、顔を上げて曹操の顔を見ると、本体は口を開いた。「お誘いは嬉しい。 正直迷ったけれど、俺にはやることがあるから、ごめん」「そう、脈ありかと思ったけれど、残念ね」「ごめんなねね、もし行きたかったら曹操と一緒に行ってもいいんだぞ」「一刀殿、そんなことは。 ねねは一刀殿と共に居られればそれでよいのです」「そうそう北郷殿、一つ聞いてもいいかしら?」「何ですか?」「貴方は未来を知っているのかしら」「え? それは……」本体は迂闊にも、そこで黙ってしまった。突然に予想しない言葉を聞いて、そのまま無意識に答えを弾き出そうとしてしまったのだ。しまった、と思った時には既に遅かった。曹操はしばし本体を見つめて「そう……朝から悪かったわね、邪魔をしたわ」「あ……」何か言い訳を考える前に、それだけ呟くように残して曹操は踵を返した。最悪だ。未来を知っているのか? と問われて それは…… で言葉を切る。あからさまに 『未来は知ってるけど、それは言えないんだよねミ☆』という風に捉えられるだろう。ばれただろうな、と思うと同時に脳内も同意したように頷く。一人で頭を抱えて唸っていると、覗き込むようにしてねねが一刀の顔を見上げていた。「一刀殿、未来を知っておられるのですか?」「……いやその……知っているというよりは、何となく知らされてる、って感じなのかなぁ」『未来どころか、武将として素晴らしい人材を全員知ってるとかいったら』『曹操のことだ……知識全部吐き出すまで本体は拷問だな、きっと』「なるほど、一刀殿がねねに余所余所しい態度に、なんだか納得がいきましたぞ」「うっ……」「でも、ねねはそんなのどうでもいいのです」「え?」そう言うなり、音々音は一刀の頭の後ろに手を回して、コツンとおでこを合わせる。やや屈んでいるとはいえ、一刀の身長と音々音の身長では、彼女の足が浮く。少女とはいえ、首に少女の体重を支えることになったのといきなり急接近してきた音々音の顔に、一刀は驚きと共に後ずさった。「これが証拠なのですぞ! 一刀殿は特に気にしなくても良いと思うのです。 未来とは未知。 一刀殿が未来を自然に知らされるといっても ねねが次にする行動は分からないのです」「まぁ、それはね」「だから、ねねは気にしませぬ。 むしろ、未知を朧気にでも見通す慧眼を持つ主が居てくれて心強いのです」「……ねね」「なんですか、一刀殿」「ありがとう」「うっ! ね、ね、ねねは思った事をそのまま言っただけなのです! とととと、特に礼を言う必要など無いのです、一刀殿に笑顔でそう言われるのは嬉しく誉なのですが そう、そういう事の為に言った訳ではないので、これは違うのですぞ!」「ははは、照れなくていいって、本当にそう思ったんだ」「うう、あ、ど、どういたしましてなのです」微笑ましい一幕を演じていた本体と音々音であったが、その後の行動は素早かった。曹操の元を去るならば、早いほうがいい。それは本体も、脳内も、そして音々音も意見を同じにするところであったからだ。 ■ 大魚2尾「北郷一刀を迎え入れる」「ブバッ」朝議で開口一番にそう言ったのは、陳留で飛翔の時を待つ龍。曹操その人である。その隣で盛大に噴出したのは曹操を支える知の柱、王佐の才荀彧その人だった。「ぶっ、アハハハハ、桂花! 鼻水が出てるぞ、はしたないな貴様は」「ちょ、ズズッ、ちょっとお待ちを華琳様、今なんと仰ったのですか」「北郷一刀を迎え入れる、と言ったわ。 ちなみにこれは覆らないわよ。 意味は分かるわね、桂花」「なっ……は、はい」春蘭の茶々を一切無視して、桂花は尋ねたが華琳から返って来た返答は有無を言わさぬ物であった。突然の事態に思考が止まった桂花と、それを馬鹿にしたいが華琳の雰囲気から動けない春蘭の間を縫うように夏候淵こと秋蘭が口を開いた。「華琳様。 昨日は陳宮という者を誘ったという話を聞きましたが どうして北郷一刀に変わったのでしょうか」「理由は今から説明するわ。 あれはこの先、他の誰よりも私にとって大きな壁に成り得る可能性を秘めている」この言葉に驚いたのは、誰よりも華琳が優秀であると認めている桂花と春蘭であった。「そんなっ、華琳様よりも大きな壁になる者などおりませぬ!」「その通りです! 仮に壁があったとしても、この私が砕いて華琳様の道を拓いて見せます!」「ふふ、ありがとう二人とも。 その言葉は疑わないし信じてもいる。 けれども、自らが天の御使いと名乗る北郷の存在は危険よ」そして華琳は説明を始めた。荀彧に当てた空箱の底に眠っていた手紙に記されている“魏”という文字。これは曹操が、国を興せる段階で考えていた国号の一つである。更に、荀彧へ王佐の才と記されている。荀彧の、桂花の知略は曹操も舌を巻くものであるレベルだ。実際、仕官してから短い時間しか過ごしていないというのに、夏候惇、夏候淵という古参の将を相手に一歩も引かない能力を見せ、認めさせているのだ。齎される献策は、曹操をして三国一の傑物と認める者であった。今後、乱世が来ると予想される現状で、桂花を手放すことなど考えられないのだ。そして、北郷一刀の恐ろしい所は未来を知っているということだ。実際にそう言われた訳ではないが、雰囲気や顔、態度から確信に近い。それがどの程度先を見越しているのかは分からないが、少なくとも“魏”が成るまでは知っている。これがどれほどの異常であり、脅威であるのかは言わなくても分かる。夏候惇は首を捻っていたが、後で妹に諭され理解するだろう。「それが本当なのだとしたら、早急に手を打つべきです」「ええ、そのつもりよ。 北郷 一刀を陣営に招けば大魚が労せず二尾転がってくるわ。 もしも無理ならその時は……秋蘭」「はっ」「獲れぬ大魚は無用よ。 射りなさい」「……御意」 ■ 奇遇が重なる本体は、音々音を伴って陳留を飛び出し、洛陽へと向かっていた。音々音の提案で、馬を一頭購入して二人乗りで向かっていた。当然、二人で乗ってるので走る訳でもなく、徒歩なのだが。それでも、人間の徒歩と馬の徒歩では、まったく違ってくることを一刀は理解した。人の足で大陸の荒野を行く辛さは、この世界に来て身に染みている。懐が寒くなるのは仕方が無いとして、音々音の提案に一刀は素早く頷いた。洛陽を目指す理由は幾つかある。まぁ、曹操に未来を知っているような知らないような、という本体の秘密を知られたのが一番だが特に疚しいことをした訳でもないので結構普通に街を出た。それ以外にも洛陽を目指す理由ある。本体は、この世界へ降り立った当初、ヤケクソさを胸に 「帝っているのかなー」 と言った。三国志なのだから、居るんじゃないだろうかと思って衝いて出た言葉は本体の中での一つの指標となっていたのである。何故ならばこの世界に降り立った彼は、脳内の自分から曹操や孫策などの有名武将を口々に聞いたが帝に一切触れていなかったことに気がついた。戦乱を駆け抜けた自分達が知らない「帝」という存在を知りたくなったというのも在るし多くの武将が女性となっているこの世界で、あの「帝」の性別はどちらなのかも気になった。そんな訳で、何となく本体は「帝を見てみたい」という野次馬的思想から洛陽へ向かう事は目的の一つになっていた。他にもある。後漢時代といえば、朝廷の腐敗から乱世へと突入していく動乱の時代であることは三国志に少しでも触れた人間ならば説明する必要も無いことだ。とはいえ、朝廷の権力は形骸化の兆しを見せていても、見えぬ力となって諸侯へ与えた影響は大きいものであった。朝廷の権威は動乱の時代を迎えても同様に、かなり後まで尾ひれを引いている。農民の蜂起から始まる黄巾の乱も始まっていない今の時代ならば、死に体でありながらもなお漢王朝は巨大な龍であるのだ。その超凄い漢王朝の首都である洛陽。少なくとも、朝廷のお膝元で暴れるような奴もそうは居ないだろうという打算。これが二つ目の理由。本体としては、特に音々音と行動を共にすることになってしまったという事実が付随したことによって黄巾の乱が激化する前に、出来るだけ安全な場所へ行きたいという思いがあったのだ。でもまぁ、色々言ってもこれらの理由は最大の理由ではない。洛陽へ向かうと決定したのは、もっと即物的で、能動的で、半ばヤケクソ気味だったのだ。すなわち。「陳留の曹操様が怖いから逃げた訳ではない。 仕事が見つからないのが悪いのだ」「一刀殿、あまり気を落とさなくてもいいのですよ。 洛陽ならば働き口は陳留よりも多いですし、きっとすぐに見つかるのです!」「ねね……ありがとな。 お前が居てくれて良かったよ」「か、一刀殿、あまり真顔でそんなことは言わないで欲しいのです」「……? 何か変なこと言ったかな……まぁいいか」本体はこの小さな旅のお供である少女に、多くの勇気と活力を貰っていた。一人で居たならば、余りにも見つからない働き口にいじけていた事だろう。現代で高校生をやっていた手前、就職の厳しさを耳にして聞いてはいたが実際に社会人(世界は違うとはいえ)として働き口を探してみれば、掠りもせずに面接後に落とされる。と、思えば断られた自分のすぐ後ろに居た人を雇っていたりするのを目撃したりしていたので俺はいらない人間なのではないだろうか、と欝になってしまいそうにもなった。実は裏で曹操陣営が手を回していたことを、一刀は知らない。そんなこんなで、音々音に養ってもらっていた陳留での日々が次第に精神的に辛くなっていき曹操殿のこともありますし、そろそろ陳留を出ませんか?という音々音の提案は、本体にとって渡りの船であった。その提案が、音々音が自分の現状を察して言ってくれた物だと気付いてしまうといっそう惨めな気分に陥ったりもしたのだが。 ■ 一を十にする奸雄「ちっ、既に陳留を出ているとはね」舌打ち一つ。北郷一刀、そしてそれに仕える陳宮を陣営に誘おうと陳宮の住む家屋に訪れた曹操が見た物は、綺麗に引き払い家具一つ無い部屋であった。「申し訳御座いません。 見張りは密にしていたのですが……」「前日まで、同じように男は職を探しに、女は検地に行き何一つ行動が変わらなかったので 油断してしまいました」「真昼間に堂々と出て行くとは思わず……」見張りをしていたものの言い訳を聞き流しつつ、曹操は思案した。これだけ鮮やかに見張りの目を掻い潜った二人だ。よほどの能天気でなければ馬を用意して走らせることだろう。そうなれば、追いつくのは至難の業だ。「華琳様!」「春蘭、どうしたの?」「はっ、この者が北郷とやらを見たそうです」「話を聞きましょう」曹操は北郷と音々音らしき人物が、二人で馬一頭に乗り洛陽方面へ向かった事を知った。それを聞いてもう一度考えることになる。馬を使うのは予想通りだったが、二人乗りならば十分に追いつける。しかし、向かった場所がよりによって洛陽とは。洛陽はまずい。現在、洛陽では最近の賊の横行について、大規模な軍議が開かれている。そこには数多の諸侯が集まっているのだ。未来を知る北郷一刀は、言わば乱世のジョーカー。孫堅の陣営と、自分の陣営は蹴られても、他の諸侯に掻っ攫われるくらいならば本当に消えてもらった方が安心できる。「……出来れば、私の元に来て欲しかったけれど」「華琳様」逡巡した曹操に夏候淵は短く名を告げた。一度目を瞑り、次に開いた時に決意は固まった。「……秋蘭、お願いするわ」「はっ、お任せください」夏候淵は即座に踵を返すと、共を2~3人連れて走り去っていく。それをしばし見送って、曹操は前から駆けて来る荀彧を見つける。それをぼんやりと見ながら、ふと思う。「……そういえば、どうして私はこんなに焦っているのかしら」孫堅が誘った。 王佐の才と見抜いた。 その桂花が推薦した陳宮という玉を従えた。曹操の中でしか存在しないはずの“魏”を知っている。そして、未来を知る天からの御使いを自称した男。こうして纏めてみると恐ろしいほど胡散臭く、そして気味の悪い存在である。しかし、もしも。もしも天からの御使いというのが真実であるのならば天は曹操も、孫堅も選ばなかったということになる。「ふっ、そうよ。 私ならばそれを楽しむことこそすれ、恐れることなど……」「華琳様?」ようやく隣に追いついてきた桂花が、華琳から漏れた呟きに首を傾げる。「桂花、未来とは何かしら?」「え? はっ、未来とは……すなわち未知でございます。 未知とは知らぬ事。 知る術は今を流れる時が満ちるまで、方法はありません」「そうよね、もし未来を知っているのならば私が訪ねた時も平然としていなければおかしい。 未来を知るのは事実。 しかしそれは虫に食われた葉のように断片的。 そう、なるほど……桂花」「はい」「秋蘭に伝令を。 大魚は逃すとだけ伝えなさい 必ず間に合わせるのよ、いいわね」その言葉に桂花は一瞬だけ動揺を見せたが、すぐに華琳の言うとおり行動に移した。遠のく桂花を見ながら、華琳は呟く。「例えその器に満たされたのが天であろうと、私は飲み干して見せるわよ、北郷」 ■ 天の御使いこの時代、将の視力はおかしい。悪いわけではない、逆だ。おかしいくらいに目がいいのだ。それは武将でも知将でも変わらないようで、もしも音々音が居なかったらこの突然の黄砂の中、本体が屋敷を見つけることなど不可能だっただろう。ついでに、一刀を追いかけていた夏候淵も、一刀と音々音を視界におさめていたというのに突然の天候変化で身動きが取れなくなったりもしたが、それは本体はまったく知らない。とにかく、一刀と音々音は見かけた家屋にこれ幸いと転がり込んだ。「助かったなぁ、運よく屋敷があって」「どうやら近くに邑があるようですね。 このお屋敷は邑の外れに建てられた物のようなのです」屋敷の軒先を借りて、衣服や肌に張り付いた砂を落としながら会話を交わしているとふいに立付けられた戸がコトコトと震えた。「おや?」「あ、すみません。 突然の砂嵐で軒先をお借りしております」「よろしければ、今しばし休ませて欲しいのです」「はっは、なるほど、構いませんよ。 こんな屋敷でよければどうぞお上がり下さい」軒下どころか、思いがけない招待に一刀達は喜んだ。この屋敷の主、名を荀倹。 荀彧の叔父に当たる人間で荀家縁の者であった。もっとも、荀彧は男嫌いで更に仕事柄あまり主家に戻らない彼は彼女が才女であることは知っていても関わりは薄かったらしい。なんたる偶然か。旅をすれば荀家に当たる、などと適当な迷言を言い放ちつつ本体は一人、『人の縁』というものに考えさせられたのである。一方、何処かの屋敷に入られて手を出せずに砂嵐に晒されていた夏候淵はとりあえず体力の消耗が無いようにと即席に身を隠せる場所で身体を休めていた。屋敷に偵察を出し、それが荀彧に縁ある者が所有していることが分かると夏候淵は舌を巻いた。これも、逃亡の為の一手か、と。流石に夏候淵も、屋敷に侵入して暗殺することは出来ないと判断して北郷一刀と陳宮が屋敷を出てくるのを待つ選択した。ようやく一時的な黄砂が身を潜めて、月夜が中空で大地を柔らかに照らし出しそろそろ狙い打ち出来る場所へ、と動き出そうとした時になって曹操からの伝令が夏候淵に届いた。「なに? そうか……分かった、すぐに戻る」射程に捉える前に起きた、突然の天候の変化。転がり込んだ屋敷は我が陣営にとって掛け替えの無い将の親戚の物。まるでタイミングを計るかのように鳴りを潜めたと思えば、主君からの命令取り消し。肩にかけていた弓を担ぎなおして、屋敷の奥にしばし目をやる。戸が開き、馬に二人で乗り込む姿が夏候淵の目に映る。「ふっ、天の御使いか。 あながち嘘ではないかもしれん」この後、夏候淵が戻って曹操へと報告している時に王佐の才が 「取り壊すわ! あの家屋は今、呪われた! 空気妊娠する家なんて最低よっ!」 とやや取り乱していたとか、いないとか。 ■ 意識のズレ「う~、仕事仕事……」無事に洛陽へ到着した一刀は、一時的に音々音と別れて職を探していた。思ったよりも街は平穏が保たれており、餓死者満載だとか、肉の腐った匂いとかはしなかった。ていうか、むしろ元気な奴が多かった。もしかして、これって黄巾の乱は起こらないんじゃないだろうか? とさえ思うほど平和な感じなのである。無論、まだ洛陽へ入って数時間。大通り(だと思われる)場所しか歩いていないから、こんな感想が出るのかもしれないが。少なくとも、活気がまったく無いという訳では無い。都だけあって、広さも陳留とは比べ物にならない。中央に大きな広場が。そこから東西南北に分かれて大通りが広がっており、川側に面して王宮が立っている。その雄大さは本体一刀に少なからず感動を与えていた。『それにしても、洛陽がこんなに栄えてるとは』『俺が見たのは反董卓連合が終わってからだから、違和感があるなぁ』『俺も俺も』『なぁ、本体。 井戸見てみないか?』『井戸?』『ああ、玉璽か?』『この時期は朝廷にあるんじゃないのか?』『いやほら、もしかしたらって思ってさ』『ていうか、玉璽手に入れてどうするんだよ』『厄介ごとが増えるだけだぞ』「おお、そうか。 玉璽があるかもしれないのか、見に行こう」脳内での会話に続くように、本体が流れるように賛同した。『え? マジで行くのか?』『職探しはどうした』「まぁまぁ、俺もせっかくの異世界だし、観光くらいさせてくれよ」『……観光、か』『俺らと本体じゃ、この世界に対する感覚がかなりズレてるな』「そりゃそうだろ。 俺も乱世を一回駆け抜けたら、お前らと同じように思うかもだけど 正直、今の俺はとっとと現代に戻って学生に戻りたいよ」これは本体の本心であった。訳が分からず異世界に飛ばされて、そこが戦争が起こるかもしれない場所で真名などという不思議な習慣があり、生きるためには誰かの助けを得ないといけない。音々音には感謝の気持ちも、慕ってくれて嬉しい気持ちも当然ある。何より、この世界ではもっとも親しい人だ。自分を主として献身的に世話をしてくれるのは、くすぐったくもあり情けなくもあり。『ねねが居るのにか?』「うん、一人と元の世界、天秤にかければ現代の方が重いに決まってる」そう。仮に元の世界に戻れるならばすぐにでも戻りたいのだ。刺激的な事は少ないかもしれない。もしかしたら、この世界で自立を目指した方が充実した日々を送れるのかもしれない。脳内の自分たちが、本体と違って身体を鍛えて強くなっているというのは分かる。それはきっと、この世界を生き抜いていくのに必要で、必須だったのだろう。乱世を一度駆け巡ってるのだから、精神的にだって強くなっているはずだ。チンピラが剣を持って歩いているだけで、本体は怖いと思うのに脳内の彼らは、まるで素手の相手をしているように振る舞い、声を出す。自分を逞しく出来る場所といえば、確かにそうかもしれない。それでも、本体からすれば突然降って沸いたような出来事なだけに受け入れることが出来なかった。ただ、受け入れられないからといって駄々を捏ねて自棄になるほど子供でもない。妥協だと思われても、現状は流されるしかないのかも知れないと思っても居る。元の世界に戻れなければ、嫌だと拒否する以前に此処で生活の目処を立てるしかないのだ。ただ、一つだけ言えることは、北郷 一刀という人間は生きているのだ。この一点があるだけで、本体はなんとかなりそうな気がしていた。「まぁ、だからとりあえずは、目の前で出来ることを、だよ」『つまり、玉璽探しか』『そこは職探しってことにしとこう』『うん、玉璽はあくまでもついでだな、ついで』 ■ 玉璽が……勝手に……「あったよ」『『『『『『『『『『『あったよ』』』』』』』』』』』玉璽があった。井戸の中ではなく、井戸の外に玉璽があった。もう一度言う。井戸の中ではなく、井戸の外に玉璽が乱雑に放置されていた。「え、マジで普通に在ったんだけど、これどうすればいいの? 何のイベント?」『……いや、そう言われても』『井戸の中に放り込んでおけば?』『何言ってんの!? 朝廷に届けるべきなんじゃ』『馬鹿、腐敗してるかもしれない朝廷に玉璽なんて餌を放り投げてみろ』『……普通に皇帝の元に行くんじゃないか?』『行くかな……? 十常侍あたりに利用されちまうんじゃないか?』『肉屋とか』『肉屋って……ああ、何進か』『それは嫌だね……』『月達に負担が掛かるのは嫌だなぁ』『連合がどう転ぶか分からないもんな、正直扱いに困る』『俺達の知ってる流れと変わる可能性もあるし、どうすんだよ』「じゃあこのまま持ってるとか?」『持ってるの?』脳内の自分に言われて、本体は身を震わせた。これは、騒乱の種になりかねない代物だ。しかも、三国志の中では話のキーアイテムとして度々出ている。孫策が発起する為の起爆剤。偽帝、袁術の誕生。漢中王、劉備の爆誕。まぁ、劉備に関しては孔明がでっちあげて、王になる決意を促したパチモンとか実際は袁術死後に曹操へ献上されたとか、色々と説があるのだがとにかく重要アイテムなのである。「とりあえず……これは孫堅に渡るように井戸に放り投げておくべきだろうか」『孫堅さん、まだ生きてたしね』『あれはエロイ格好だった』『『『『『同意』』』』』『というか、孫堅殿は何時ごろ死んだのだ?』『わかんねぇ』『“呉の”?』『すまん、わからん。 俺が降りた時には既に亡くなっていた』「え、じゃあ孫堅さん死ぬの?」『それも分からん。 この世界ではどうだろうな……』『難しい問題になってきたな』ここで下手に扱うと、歴史がめちゃくちゃ歪みそうである。ただ、脳内の自分が既に歴史は歪んでいるだろ、と突っ込みを入れてくれた。考えてみれば確かにそうだ。しかし、本体はこんな怖い物を所持するつもりはまったく無かった。「一刀殿~~~!」「ねねっ!?」突然の呼びかけに、思わず玉璽をポケットに突っ込んで声のした方へと振り向く。満面の笑顔でねねがこちらに駆け出していた。「一刀殿、馬を売りさばいて暫くの生活費は確保できたのです! 一刀殿の職は見つかりましたか?」職は見つからなかったけど、帝印は見つかりました、とは言えない。とりあえず苦笑して誤魔化しながら、ポケットに突っ込んでいる右手に思いっきり玉璽の感触が伝わって、どうしようか悩む。音々音の前で玉璽を井戸に投げ捨てるとか、ちょっと怖い。どういうわけか、本体に尽くしてくれ主と敬ってくれる音々音だが流石に玉璽を音々音の前で投げ捨てたら『死ねよ偽帝チンコ』とか言われるかもしれない。今までの音々音からして、そんな反応は無いとも思うが、可能性はある。そのくらい玉璽とは、漢民族、漢王朝にとって重要なアイテムなのだ。本体としては、この世界で唯一といっていい、北郷 一刀を認めてくれている人間に対してそんなリスクは取れるはずもなかった。「では一緒に歩いて職を探しましょう! ついでにお昼ご飯も済ませていくという策を、ねねは提案するのです!」「う、うん、ソウダネー、いいさくだ、ソウシヨッカー」「任せろなのですよ! では出発なのですぞー!」そして俺の懐には、玉璽が収まっていた。 ■ 考える人一刀と音々音は職を探しながら、肉まんやシュウマイを買って食べ歩き観光をしていた。音々音は一度来たことがあるらしく、色々と案内までかってくれたのである。ほんと、マジでいい子すぎて一瞬泣きそうになる一刀。そうして一刀が働いてみようかな? と思える場所が3箇所に絞れた。幸い、先に打診したところ雇ってやるとの返答は貰っている。後はこの3つから選ぶだけとなったのである。洛陽最強すぎる。 陳留は難易度がウルトラベリーハードとかになってたに違いない。一つ目の候補は飲食店である。それも、数ある飲食店の中でも割と活気がある場所で、人が多かった。人が多いということは、必然的に仲の良い友人を作りやすくなるということだ。勿論、逆に人が集まる場所なのだから諍いや喧嘩もあるかもしれない。二つ目の候補は本屋だ。流石に首都・洛陽なわけで、品ぞろいは抜群であった。音々音も見たことの無い本の数々に、目まぐるしく視線をさまよわせていた。今までの苦労をかけた分、ここで働いて興味のある本を譲ってもらう事で音々音の恩返しになればいいかもしれない、と思い候補に残したのだ。自分も文字を読む練習、書く練習が出来るかもしれないという利益もある。デメリットを挙げれば拘束時間が長かったことだろうか。三箇所目は少々特殊で、卸業を行っている商家であった。なんでも王宮へも品を運ぶらしく、扱う商品はそれこそ多岐に及んだ。勿論、高い物だけでなく、庶民に卸す品物も多い。ここの利点は何といっても、この世界の経済について詳しくなれる事だろう。適正価格や流通具合を見れるというのは、今後の生活の上で大きな武器になってくれるはずだ。心配なのは、今のこの時期に王宮へ出入りすることになることだ。見方に寄っては、有名人を見ることが出来るチャンスとも見れるかもしれないが。「さて、どうしようか」本体は悩む。脳内の答えも様々だった。“魏の”“袁の”“仲の”“南の”は飲食店を薦めた。食を通じて人と仲良くなることは珍しくなく、人の繋がりを実感できると。特に“袁の”は袁紹が食事に拘っていたせいか、飲食関係には熱意を見せていた。“呉の”“白の”“董の”“肉の”は本屋を薦めた。知識はその人物の支えとなるもの、知識失くして世は渡れない、と諭してくれた。音々音の事も考えて欲しい、とは“董の”の言。“蜀の”“馬の”“無の”は卸店だ。この三人に共通したのは、今の朝廷がどのような状態なのかを理解するべきだとのこと。更に経済や品物の流通具合は確認したいとの事だ。この意見は本体も同様に思っていたことなので、素直に賛同できた。いよいよ迷ってしまう本体である。脳内でも割れてしまった意見に、何処を足がかりにするのか必死に考えた。人の和を作るか、この世界の知識を蓄えるか、経済や実情を確認するか。どれも行えれば良いのだが、あいにくと意識は複数あっても身体は一つだ。「困った困った……」ポケットに突っ込んだ玉璽の存在も、非常に困った。タイミングを逃したせいか、どうにも捨てられない。下手な場所に置けば騒ぎになるし、どうしろと。ぼうっとしながらも頭は色々と考えている。中央広場の階段に腰掛けて、何かの店の人間と会話を交わしている音々音を見ながら本体は煮詰まりつつあるのを自覚して、目頭に手を当て揉み解す。ふいに、一刀の頭上から降ってくる声。「――――ですのっ!」「――なのじゃ~!」「きぃぃぃ、許しませんわよ美羽さんっ!」「ぎゃあああ、七乃~~! 麗羽がいじめるのじゃ~!」「お待ちなさい! っあ!」「ぴぅっ!?」「うん……? なんだか騒がしいな―――ってうおっ!」階段の丁度中央あたりに位置した一刀に、影が覆いかぶさったと思った瞬間。彼は怒涛の流れに巻き込まれて、階下でひしゃげた。「姫~~~!?」「美羽様~~!?」 ■ 構造上不稼動部分「いててて、なんだなんだ?」なすすべなく、何かに押されて階段から突き落とされた本体一刀。頭を抱え、顔を顰めつつ原因を探ると、どうやら人に振ってこられたようだった。視界に収めると同時に脳内が合唱。『麗羽っ!』『美羽っ!』「いたたた……なんてことなさいますの、美羽さんっ! 球のお肌に傷がついたらどう責任を取るというのですかっ」「わらわのせいではないのじゃ! 麗羽が猪みたいに突進しなければ、こんなことにはならなかったのじゃ~~!」「ぬぁっっっんですってぇー!?」「ぴぃぃぃ! いきなり凄むのは卑怯なのじゃぁ~」一刀を無視して、口論を始める二人の美少女。どちらも金髪。年上と思われる少女は、とてつもない金髪ドリルであった。曹操なんて目じゃない。言うなればボールとビグザムくらいの質量の差である。キッと吊り上げた眉は細く長い。整った顔立ちなだけ、その分怒った顔は迫力を増していると言えた。対して押されながらも必死に口論を続ける少女。こちらは愛くるしい衣装に身を纏い、くりくりとした瞳が幼さを引き立てている。顔は若干柔和で騒乱などは苦手な部類のような感じがした。この二人、姉妹だろうか。そんなことを思っていた本体に、脳内が声をかけてきた。『なぁ本体、少しだけ体を貸してくれ』『出来れば俺も借りたい』『おい、“袁の”“仲の”、何をするっていうんだ』『何も出来ないかもしれない……ていうか、多分出来ないよ。 それでも……』『理屈じゃないんだ、頼む! 声だけでも、自分でかけたいんだ!』『分かった、貸してあげてくれないか、“本体”』『おい、“魏の”』『分かるんだよ、俺。 華琳と出会って、何も出来ないからってあの場では無茶しなかった。 けど……けどやっぱ、俺も。 何も出来なくてもいい、意味のある会話もできなくていい。 真名じゃなくてもいいから、華琳を呼びたい。 ちょっと後悔してるんだ……だから、二人の気持ちが分かるんだよ』『……』脳内の言葉を聞いて、本体は頷いた。もとより、この世界で自分が決めた目的の中の一つに、彼らの想い人と会わせてあげるという物があるのだ。こうして出会えたのも運命と言える。断る理由なんて、今の本体には無かった。「うん、分かった。 貸すよ、俺の身体」『ありがとう』『感謝する』異口同音に礼を聞き、本体は二人の間に割って入った。口論に夢中になっていた二人の少女は、突然現れた(かのように見えた)男に視線を移す。そして、一刀の身体は動いた。『げっ!』『おいっ!』『馬鹿っ!』そこで本体の意識は途切れた。意識の俺が何かを叫んだのと、身体の芯からボキリという生々しい音を最後に。 ■ トラップ発動それは、不幸な事故なのだろう。“袁の”も“仲の”も悪気があったわけじゃない。ただ二人が身体を乗っ取ったのが同時で、本体を操ろうとした瞬間に“袁の”も“仲の”も意識が堕ちただけだ。ある意味、本体がお膳立てした位置が最悪だったとも言える。簡単に本体の動きを説明すると、袁紹と袁術の間に入ると突然身体が動いた。まず上半身が袁紹へ真正面に向いた。殆ど同時に袁術の方へ下半身が真正面に向く。上半身と下半身が、まるで別々の動きを織り成して、そして崩れ行く男の身体。「ぎゃ、ぎゃああああああ! 化け物なのじゃあああああ!」「あっ、美羽様~~、待って下さい~~!」確かに、これは人間には不可能な動きであった。少なくとも、一人の人間の意志でこの動きを体現するのは不可能だ。それは例え超一流の武人でも……そう、呂布でも不可能だろう。「な、な、な、な……」壊れたレコーダーのように、二の句を告げない袁紹。倒れ伏した奇怪な態勢の男に驚いて、一目散に逃げ出した袁術と違いまるで蛇に睨まれた蛙のように動くことが出来なかった。「姫! 大丈夫ですか!?」「姫~、こいつなんなんです?」従者の二人の声で、袁紹は夢から覚めたかのようにハッと顔を向ける。見慣れた従者の顔を見て、ようやく袁紹の脳は再起動した。「猪々子さん、斗詩さん、私ちょちょちょっと、驚ろきききましたわ」「……えっと、姫、とりあえず怪我はないんですよね?」「ええ、ええ大丈夫ですわ、私は袁本初ですわよ!? おーっほっほっほっほっほほふっげふっ!」「うわぁ~、姫が高笑い失敗するなんて初めてじゃないかー? 斗詩ぃ」「うん、そうかも」「っというか、いきなり何なんですの、この男はっ!」咳き込んで恥ずかしかったのか、やや顔を紅くしながら八つ当たり気味に物言わぬ肉塊と化している一刀に蹴りを入れる袁紹。その拍子に、一刀の懐からポロリと何かが出てくるのを斗詩と呼ばれる少女が見つけた。「うわー、姫。 既に事切れている民に向かって容赦ないですねー」「だ、だって本当に驚きましたのよ……仕方ないですわ」「ええっ!? これってっ!?」「どうしたー?」「斗詩さん、どうしましたの?」「これって玉璽!? でもこんな人が……いや、でもこれは間違いなく本物……」「え!?」「何ですの?」驚く猪々子と斗詩。何が起こってるのかまったく分かっていない袁紹。斗詩は懐にサッと玉璽を隠すと、猪々子に目で合図して歩き始めた。「あら? どうしましたの斗詩さん? ん、ちょっと猪々子さん。 どうして私の手を引っ張って、っちょ、ちょっとお待ちなさい! 引っ張らないでも歩けますわよ!?」抗議を他所に、ズンドコ進んでいくく猪々子と斗詩に引きずられながら洛陽の中央には、一刀の死体だけが残された。いや、死んではいないのだが。ようやく一刀の異変に気がついた音々音が本体を救出したのは袁紹が去ってから3分後の出来事であった。「ぎゃあああ、一刀殿~~~!? 医者ぁ、医者を呼ぶのですーーー!?」洛陽に、音々音の叫び声が響いた。 ■ 森の中その頃。「んっ!? 今、確かに俺を呼ぶ少女の声がしたが……よし、待っていろ! 今すぐ行って治してやるぞ! うおおおぉぉぉぉぉ、ごっどぶぇいどぅぅぅおおおおおぉうぅぅぅ!」洛陽郊外の森の中、凄まじい気を放ちつつライフルで撃たれた弾丸のように走る男の姿が、各所で目撃されたという。 ■ 外史終了 ■