clear!! ~都・名族・袁と仲、割れ目の中で四股が捩れるよ編~clear!! ~都・洛陽・入念な旗立てであの子の湿地帯がヌッチョレするよ編~今回の種馬 ⇒ ☆☆☆~都・洛陽・巨龍が種馬のテクい愛撫で鳴動してるよ編~☆☆☆ ■その一事、大陸に確かに激震が走った。別に地震があったわけではない。単純に、王朝を揺るがすほどの事件が起きたというだけの話だ。霊帝が倒れたという。情報の統制はされていた筈だが、どういうわけか霊帝が倒れたという情報は市井にまで流れていた。明らかに、何物かが意図的に伝えたのだろう。噂は一日あれば千里を走る。この激震ともいえる報で確実に大陸は揺れ動き始めたのだ。漢という国を400年支え続けた巨龍は、腸から不満という名の臓物が飛び散り亡き崩れようとしていた。そんな大変な事態、大きく歴史の流れが変化を迎えようとしていた日。われらが種馬こと北郷 一刀といえば…… ■ 慣れ始めた日々霊帝が倒れた、という事件が朝廷を揺るがそうとしていた前日。一刀は今日も朝早くから軽快な足取りで荷物を持ち、目的地を目指してひたすら走っていた。洛陽へ訪れてはや4ヶ月。この世界にも随分馴染んできたな、と自分でも思う。「おう、今日も元気いいな北郷さん!」「おはよっ、周おばちゃん!」「君! ちょっと道を尋ねたいのだが」「はいはい、何処に用事があるの?」運搬業を今も続けているのは、自分を拾ってくれた店主への恩を誠意で示すため。なにより、この仕事は洛陽の道を表通りから裏通りまで完全に把握できる仕事でもあった。今の会話からも分かるように、街の人たちは随分と自分の顔と名前を覚えてくれたし職業柄、道案内も大抵の場所ならば案内できるようになった。とりあえず自立をすることは出来たといえるだろう。今の本体の目的は幾つかある。帝を一目見てみること。ついでに、脳内の自分達の大切な人に出会ってあげること。最後に管輅という占い師を探すことだ。この三つが一刀の中での目的となっている。仕事をこなしながら、毎日とはいかないが少しずつ周辺の地理を調べたり街の人たちに聞き込みをしながら過ごしていた。後数ヶ月、一刀はこの洛陽で生活をすることに決めている。この世界の情勢がどう転ぶのか分からないので、お金があるに越した事はない。タダで動く物は、人の心と大地だけなのだ。それ以外で、何が人を動かせるかといえば利とお金である。旅をするに当たって、路銀は多めに持っていくことに越した事はない。何か予想外な事故、予想外の事態があっても金があれば大抵解決する、多分。音々音と華佗との旅になるのだし、二人に迷惑をかけたくもない。何事も備えあれば憂いなし、なのだ。まぁ、洛陽宮内に入れれば、脳内一刀の大切な人が一杯いそうなので入れる方法を探すのが近道なのかな、とも思うのだが一般人が中に入る機会などはそうそう無い。「今日はここで最後、か」「北郷! おせぇぞ馬鹿!」「おやっさん、こんにちは、急いで来たんだよこれでも」最後にこの本屋へ寄るのは一刀の中での決め事であった。音々音の為に贈ったプレゼントは非常に喜ばれた。その喜びようは、微笑ましく、思わず頬が緩んでしまいそうな程であったのだ。そんな素晴らしい本を選んでくれたおやっさんには、感謝している一刀である。“董の”や“蜀の”も概ね同意であった。そして、そんなおやっさんとゆっくり話せるようにと全て仕事が片付いた後に残しているのである。「まぁいい、ほらこっちに来いよ。 茶と饅頭を用意してあるから」「何時もご馳走様です」日常の一コマとなっている、おやっさんとの談笑を楽しんでいると家のヘリから顔だけ出して、華佗が声をかけてきた。「ああ、一刀」「おう、華佗」「すまん、ちょっと急患が入ってな。 遅れそうなんだ。 ちょっと先に行って食べててくれ」「そうなのか、分かったよ」一刀は華佗の言葉に一つ頷くと、席を立ち上がった。「おう、なんだ、もう行くのか?」「悪い、おやっさん。 今日は皆で外で食事を取ろうって話しててさ」「そっか……外か、残念だな」実は、音々音や華佗と時間が合った時に一緒に食事した時。おやっさんの家を借りて食事会を開いたことがあった。音々音も華佗も、おやっさんとは面識があるので特に問題らしい問題も無く。結構楽しかったのだが、毎度おやっさんの家を借りるのも悪いだろうと言われて今回は外で食べるという形にしたのである。まぁ、他にも理由はあったりするのだが。「さて、と。 音々音へのお礼、第三弾はあそこだったな」給料が手に入るたびに、一刀は音々音に何かしら贈り物をしていたのだが今度は食事に一緒に行くだけでいいのです、と言われてしまったので洛陽でも庶民が行くところでは高級で美味しい場所を選定しておいた。おやっさんの家で皆で騒ぐのも考えたけど、それは前述の通り華佗に止められている。値段的にホイホイ入れる場所でもないので下見もしていない。どんな店か一刀自身も分かっていないので、多少の不安と期待を胸に抱きねね達が気に入ってくれるといいなと思いつつ、一刀は書士で使っている平屋から飛び出した音々音を視界に収め手を振って答えた。 ■ シュウマイエロイ「はうぅ、美味しいのです~」両手で頬を押さえて舌鼓を打つ音々音。この日の為に、ピンポイントで音々音の好物を調べてきた甲斐があったというものである。……まぁ、後で脳内の自分に聞けば良い事に気がついて一人で悩んでいたのが馬鹿みたいだと思ってしまったけれども。結局、散々悩んで“無の”が提案したこの店に決定したわけだ。そんな彼女の好物、その名もシュウマイ。この店のメニュー表に限って言えば、“金の二重奏”『やっぱりこの世界の音々音も好きな物は変わらないんだな』『まぁ、喜んでもらえるなら良かったじゃないか、本体』「ああ」「ん? あ、一刀殿も食べてみますか? 頬が落ちそうなほどおいしいですぞ」「いいよ、音々音が全部食べて。 俺はこっちが残ってるからね」「そ、それでは遠慮無く全部頂くのです」それにしても、と本体は思う。この店のシュウマイはちょっと大きすぎるのではないだろうか。一刀でも、とても一口では食べきれないサイズである。しかも、蒸しているはずなのに皮が茶色い。“金の二重奏”というよりは、茶色い球二つと言った感じだ。シュウマイだけに包皮の皺が寄っており、男の視点で見るとゴールデンボールを連想させるような形状だった。ぶっちゃけると、音々音が頬張ってる物がふぐりっぽいのだ。毛のようなものが生えていたら、店を出て行くレベルである。(なぁ、この絵面は回避できなかったのか?)『確かに……ちょっと、なんというかな』『美味しそうに食べている本人がまったく気がついていないってのが、なんとも』『おいおい、皆同意したじゃないか。 こうなるってこと分かってただろ』『いや、シュウマイの形なんて普通気を配ってなんかいないし……』『おい、“無の”。 一つ聞くが、もしかしてお前……』『見て楽しめるならいいじゃないか』(な、お前わざとかっ!?)『この前のアレがアレになった本体の為にささやかなアレの為の用意をだな まぁ、こうなったのは偶然なんだけど』(余計なお世話だっ!)そんな風に一人で漫才をしながら、外面では努めて平静を装いつつ回鍋肉をつつき、口に運んでいるとある人影が一刀達の食卓へと近づいて来るのに気付いた。「悪い、遅くなったな」「華佗、お疲れ」「お疲れ様なのですぞ」もう一刀と音々音の食事は終わっている。急いできたのだろうか、華佗の額にはうっすらと汗が滲んでいた。上着を脱いで椅子にひっかけると、そのまま滑り込むようにドカっと座る。「華佗殿の分も分けて取っておいたのです」「ああ、悪い」さっそく上蓋を開けて、食事を始めようとした華佗は動きが止まった。それに気がつかず、一刀と音々音は談笑に耽っている。少し冷めてしまっているとはいえ、良い匂いが漂っており食欲をそそるソレはしかし、見た目によって余り食べたく無い物になっていた。水気を十分に吸い込んでしなびている。ちょっと萎れた茶色いシュウマイが華佗の眼に飛び込んできていた。「一刀」「ん、どうした華佗」「これはなんだ」「……シュウマイだ」「……シュウマイか」「お二人ともどうしたのですか? 美味しいシュウマイでしたぞ」結局、華佗は俺と同じ回鍋肉を給仕に頼んでいた。仕事柄見慣れているとはいえ、食事で見せられて食べれる程ではなかったようだ。それとなく尋ねてみると、見た目で避けた訳ではないらしい。一刀の耳まで顔を近づけると、こっそりと呟く。「音々音の前で食べるのは宜しく無い様な気がして」さすが医者なだけはある。まともに連想できるシュウマイを食べるのはいいけど、ねねに遠慮をしていたという事実は一刀を驚かせた。男であれば、あのシュウマイを食べることなど出来ない。 少なくとも躊躇うはずである。恥ずかしながら、一刀にはその配慮は出来なかった。僕にはとてもできない、などと思いながらシュウマイの話は忘れることにした一刀だった。 ■ 天は変わらない宴もたけなわ、というには些か盛り上がりに欠けていたが仕事が終わってからの食事と酒、そして心許せる友人との会話は素晴らしい物だ。現代に居た頃ならば、友人との関わりもそこそこに、自分の時間を満喫していただろうがこの世界では娯楽が少ないこともあって、人との触れ合いはとても楽しいものであった。店を出た頃にはもう、どっぷりと日が暮れて現代では見られないような星の雨が空を彩っていた。「はー、食べたなぁー」「一刀殿、今日はご馳走様でしたなのです! 今度は音々音の案内でまた皆で食べに行くのです!」「はっはっは、音々音はここのシュウマイの方が良いんじゃないのか?」「ここは美味しいですけど、ちょっと高いのです」「ああ、確かに。 一刀、懐の方は大丈夫なのか?」「ははは、まぁまた明日から頑張るから良いんだ」「そうか、なんだか悪いな」「気にするなよ、華佗」「音々音の後は華佗が奢る番なのですぞ。 しっかり貯金をするように」「そうなのか? 初耳だが」「さっき音々音と話した時に、順番でって決めたんだ」「何時の間に……」「華佗殿がシュウマイを眺めていた時ですぞ」もう大通りも人はまばらだ。夜に灯す蝋燭の類は、勿体無いからと点けもせずにとっとと眠る人が多い。実際、夜中に起きてすることなんて特にあるわけでもない。お酒を親しい人と楽しんだり、熱心な勉強家などが蝋燭を使うくらいだ。ただ、洛陽は都だけあって、街灯の役割を担うように道の端に火が灯っている。それでも暗い夜道には違いない。こんな時間に外に出る人は、犯罪に気をつけなくてはいけない時間帯なのだ。一刀も、一度荷物をくすねられて犯人を追いかける羽目に陥ったりもしていた。「少し飲みすぎたかな? 身体が熱い」「大丈夫ですか、一刀殿」「少し休憩するか、急ぐ必要もないしな」一刀達3人は、同じ家で住んでいる。一刀と音々音は言うに及ばず、華佗も洛陽に家など持って居ない。音々音の借りた6畳間の部屋二つ分くらいの広さの平屋でお金の節約を兼ねて住んでいるのだ。ほろ酔いであるからか、妙に気持ちがふわふわとして気持ちが良かった。いいところに酒が回っているようだ。街道の脇に設置された長椅子に腰掛けるとヒンヤリとしていて気持ちがいい。「そういえば、音々音はあんまり酔っていなさそうだな」「ねねはペースを押さえていましたからね。 二度とあんな失態は……」「何だって?」「何でもないのです」二人の会話を耳だけで聞きつつ、一刀は今一度、星降る空を見上げた。荒野に突然放り出されて、ずっと流されるまま生きる為だけに駆け抜けてきたがこんな時間が流れるのならば、この世界も悪い物じゃない。欲を言えば、音々音も華佗も、この世界の人間でなく現代の人間でありそしてここが、1,800年前の大陸で無ければなお良かった。「あー、空は変わらんなー」「……一刀殿?」「一刀? どうした?」仕方の無いことだが、本体はふいに思い出してしまった。それは今はもう遠くなってしまったような気がする故郷。夜になればネオンが町を照らして、昼も夜も変わらずに光に溢れ。自動車やトラックの駆動音が響き、此処では聞けないようなテクノ、ポップな音楽が道を歩けば嫌でも耳に飛び込んで。そんな本体の強烈な郷愁の感情は、意識を通じて脳の彼らにも響いていた。「二人とも、俺が天からの御使いだって言ったらどうするー?」『おいおい、完全に酔っ払ってトリップしてるぞ、本体』『『『人のことはいえないなー、俺』』』『俺もこの時期だったかなー……こっちの生活に慣れてきた頃にふっと思い出すんだよね』『『『あるある』』』『……俺らも、このまま、なのかな』『あー……どうなるんだろうねー』『俺はもう、なんか何とかなるだろって感じで開き直ってるけど』『おー、そんな感じだよね』「あっはっは、お前らも苦労してんなー」『本当になー、何でこんな事になってるんだろうなぁ』『意識一個に身体が10個とかなら大歓迎なんだけどなー』『いいなそれ』『身体が一杯あったら便利だよな、マジで』『感覚共有とかだったら困るけど』『アレが出たら全員出るとかな』『『『『『ハハハハハ、マジ受ける、それ』』』』』『『『笑えねーだろ、それ』』』「あっはっはっはっは、でもこれよりはマシじゃん」『『『ははは、違いない』』』「音々音、一刀はだいぶ酔ってるみたいだ。 しょうがないからこのまま運んでいこうか」「一刀殿ー? な……」とととっ、と声をかけながら駆け寄った音々音は一刀の顔を覗き込むと彼は星空を見上げ笑顔で泣いていた。二の句が続かずに、何度か躊躇いながらも音々音は一刀の袖を握った。服を引っ張られる感触に、一刀は音々音に顔を向ける。「ん、ねね?」「……」「あれ、あらら、泣いてたんだ俺」「一刀殿、ねねは信じておりますぞ」言いながら差しだした布を受け取り、一刀ははにかみながら頬を拭く。少し恥ずかしさを感じつつ礼を言った。「ああ、うん、ありがとう、ねね」「俺も信じるぞ。 天から降りてきた人間なら、あの謎の回復力も気が大量にあるのも納得できる」「はは、それは喜んでもいいのかな……てか、謎の治癒力を発揮する華佗に言われるとなんだかなぁ」「ははは、それがゴットヴェイドーだからな。 よし、一刀、音々音、そろそろ家に帰ろうか……それとも、二人は後で戻るか?」「どういう意味?」「華佗殿、一緒に帰ればいいのです」音々音が唇をすぼめて言った言葉に頷く一刀。苦笑を漏らして華佗は片手をあげつつ言った。「はは、それで良いならいいけど」三人で並んで帰路につこうとした時、大通りの向かい側から一人の中年の男性が駆け寄ってくる。それが誰かに気がつくと、一刀は驚いたように声をあげた。「店主?」「おお、一刀、ここに居たか! すまん、頼みがある!」 ■ 兆し運送業の店主と一刀の話は長引きそうであった。その為、一刀は音々音と華佗に先に帰ってもらうようにして、落ち着ける場所へと移動していく。見送り、残されるは二つの影。華佗は音々音から顔を背けて、虚空を見つめながら呟いた。「残念だったな」「……別に残念じゃないのです、一刀殿のお仕事の事ですし」「いやまぁ、言うのも野暮じゃないか」「弱ちんきゅーキックッ!」「うおっ、危ないないきなり、何をするんだ」「避けるなです! 分かってて茶化すなって言ってるのです!」「肉体言語はやめてくれよ、これでも身体が資本なんだぞ医者は」「問答無用です!」二人が通りの真ん中でじゃれあってると、風上から妙な匂いが鼻腔をついた。その事に気がついたのは華佗であった。突然、じゃれあいを止めると周囲に首を巡らして鼻をひくつかせる。「華佗殿?」「音々音、ちょっと待っててくれ。 あ、いや先に帰っててもいい。 この匂いは……あっちか」それだけを言い残すと、音々音に背を向けて歩き出した華佗。漂ってくる匂いを辿るように、しきりに周囲を確認しながら歩いていく。「ちょ、ねねを置いていくなです!」「別にそういうつもりじゃないんだ、あそこに居る三人組だ、見てくれ」指で指されて華佗の要領の得ない言葉に疑問を抱きつつ、音々音は指し示された方向へ視線を向けた。そこには確かに三人組の男が、店の前で酒らしき飲み物を酌み交わしつつ談笑していた。別段、おかしなところは無い。華佗が何を気にしているのかまったく分からなかった。「この匂いだけどな、料理の匂いとは別に鼻にツンと来るのが混ざっているだろう?」「むむ……あ、言われてみればするのです」「この匂いには嗅ぎ覚えがある」「まさか、あれだけ食べたのにお腹が減ったですか?」あきれの混じった声色に、両手を挙げて音々音は尋ねた。華佗は横目だけで彼女を見るとゆっくりと首を振る。「俺の考えが正しければ、毒だ」「毒!?」「しっ、声が大きいぞ音々音」「っ……」慌てて自分の手で自分の口を塞ぐ。目だけで三人組を追うと、相変わらず何か話しながらも華佗が毒だと言い切った料理を貪っていた。もし、本当の話ならば即座に食事を中断させるべきである。「と、止めなくても良いのですか?」「ああ、ちょっと考えがある。 あの三人組、最近ゴロツキに多い黄色い布を巻いているだろ」「確かに、巻いてますけど……」「心配しなくても、勿論助ける。 ただ、この毒に使われる原材料は、特別な調合をしない限りは毒性にならない。 彼らを意図的に殺そうとしている可能性がある」音々音はそこまで聞いて絶句した。改めて黄布の三人組を見れば、どうってことのない、何処にでも居そうな男だ。三人を見ての特徴と言えば中肉中背、チビ、デクと体型三種を揃えていることくらいだろうか。要人にも名家にも、ましてや宮仕えなどしている人間には到底見えない。どう高く見積もっても街の土木作業員が精々で、普通に考えても賊っぽい。そんな彼らを殺そうと毒を盛る人間が居るならば、それは怨恨である可能性が高い。「と、ねねは思うのですが」「ああ、俺もそう思ってる。 けどそうなると疑問が残る」「これ以上何の疑問があるのですか……」「この毒、高価なんだ。 まず原材料からして高価だからな。 竹の花も、その材料に含まれると言ったら納得するか?」竹の花。開花周期が半世紀以上もかかるという、一生の内に見れれば幸運というくらい普段は見かけない。それだけ見かけない花だから、多くの人間が咲いていても竹の花だとは気がつかない。当然、希少価値が高ければそれだけ値段は跳ね上がる。「そんなもの、手に入れられる人間なんて少数だ。 怨恨の線が強いが、もしかしたらもっと重大な何かが関わっているかも知れない……」「うう、目が怖いのですよ、華佗殿」「……うん、音々音は戻っていた方がいい」「し、しかし……」「大丈夫、俺は医者だ。 通りすがりの医者が道端で出会った患者を治しても不自然じゃない」それまで三人の若者に注視していた華佗の視線が、そこで初めて音々音に向いた。その眼は強く、帰ったほうがいいと訴えている。音々音は二度、三度と三人組の様子と華佗を見比べてからゆっくりと頷きそして徐々に華佗から離れるようにして家へと足を向けた。先ほどまであった、食後のほんわかとした気持ちは完全に消えうせ酔いもすっかりさめてしまった。家へと足を向けている間、彼女の心中を占めていたのは自分の主と、洛陽で出会った医者の無事であった。 ■ 玉無し訪れ家に戻った音々音であったが、その中に入ることは出来なかった。暮らしている平屋の前。そこに一人の男が居たせいである。それが隣近所の青年やおっさんであれば、音々音だって躊躇うことなく家の中に入る。しかし、明らかに自分の家の前で陣取っているのが地位の高い人間だと判別できるならば話は別だ。しかし、何時までも外に居る訳にもいかない。音々音は意を決して一歩一歩、確かめるような足取りで家へ向かうと段々と男の相貌が見えてくる。黒い髪は長く、髪で髪を縛るという器用な結い方で腰まで伸びている。歳相応といえばいいのか、顔や手は随分と皺がよっており、少なく見積もっても年齢は50を越えているか。髭は左右に伸び、髪を含めてそれらは白みを帯び始めている。「我が家の前で何の用でしょう」「お待ちしておりました、陳宮殿でございますか」「は、確かに我が名は陳宮と申します」ゆっくりと頷く、貴人であろう男性。そして、音々音へと顔をいきなり寄せて、彼女が咄嗟に距離を取ろうとする前に口が開いて言葉が耳に飛び込んでくる。「我が名は段珪。 中常侍の官職を貰い宦官をしております」それを聞き、眼を見開いて固まる音々音。出来れば音々音は、そのまま固まってしまって、時も止まればいいのにと心の中で嘆いた。宦官の段珪。初老に届こうかという男性はそう自らを名乗った。宦官とは、簡単に言ってしまうと今日の夕飯で食べたシュウマイのようなアレを捨てた男のことである。基本的にこの時代の宦官は、権勢を誇っていた。その理由は、今の漢王朝の腐敗にも直結している。宦官は自らが大きな権力を掴むと、皇帝を国政から遠ざけるように動き始めたのである。擁立する帝は幼い事が殆どで、実際に国政を左右するのは宦官であった。その事実を、現時点で音々音は知る由も無いが、きな臭い動きをしていることは洛陽の一市民でも噂されていることであった。さらに、宦官は朝廷でも最高権力者である帝、またはその直系である帝室所縁の家族などに仕える。ようするに、王様のメイドという訳ではないが、王に仕える執事が大量に居ると考えてもいいだろう。言ってみれば、宦官とは庶民が官僚になるための手っ取り早い一手であった。もともと、宦官が権力を持つ理由は、時の権力の頂点である帝に権力を集中させないためであったり女の性による色欲を遠ざけ、帝が欲に溺れ国政を疎かにしてしまうことを防ぐ役割がある。宦官が無く、すべての権力が帝に集中してしまえば、帝位の簒奪を目論む輩が後を絶たないというのも大きな理由の一つだ。絶対の権力は頂点に置きつつ、権力の分散化を図ったのだろう。とにかく、何が言いたいかと音々音のような一書生が構われることなどまずは無い滅茶苦茶偉い玉無しのおっさんが、アポイトメント無くして訪れたことになるのだ。音々音からすれば、その現実は恐怖以外の何物でもなかった。「い、一体、段珪殿はねね……私に何の―――」「それはここではお話できませぬ。 ……陳宮殿、よろしければ家をお借りしても?」視線で自分の家を指され、音々音は頷く以外に選択肢が無かったのである。今日はおかしい。夢ならば覚めてくれればいいのに、と心の中で嘆きながら、彼女は宦官・段珪を家へと招いた。 ■ 壷の陰から人違い「えっと……ここを通るのか」店主から貰った地図と睨めっこしながら一刀は王宮の城壁沿いに移動している。洛陽の街では殆どの場所を仕事柄、把握できていたと思っていたがいやはや。まだまだ知らぬ場所はあるものだと、ある意味で感心しながら一刀は夜の洛陽を歩いていた。人が入りそうな程の大き目の壷、良く分からない桐の箱数点。他にも大小さまざまな荷物が乱雑に台車に置かれ、それを引き歩く。これらは、もともとは予定に無かった仕事だった。飛び入りで頼まれ、通常の5倍ほどの金額を支払われ、更に城には既に話が通っているとなれば店主に断る術は持ち得なかったらしい。きな臭さがあるので、断るのならばそれでも構わないとも言ってくれた。ただ、飛び入りで入ってきただけに店主も役員の皆様も、別の商家との会談が予定されており運ぶ物はあっても運べる人間が居なかった。急遽、店主の頭によぎったのが、まだ仕事を始めて間もない一刀だったというわけだ。一刀としては、自分に職をくれ熱心に仕事を説明してくれる店主の頼みを断るには忍びなく、最終的には首を縦に振ったのである。表通りの城門とは違い、随分と小ぢんまりとした門の前で、兵士に物を届けに来た旨を伝える。門兵は何度か頷いて、仕草で先を促し、それに従って門を潜った。話が通っているという話は真のようだ。本体、脳内共に、店主に話を貰ったときは余り気が進まなかった。店主がきな臭い、と言ってたことからも原因は言わなくても分かるだろう。『もしかしたら、何かの陰謀かと思ったけど話は一応とはいえ、ちゃんと通ってるみたいだな』『考え過ぎだったかな』『“無の”と“白の”は疑り深いな』『当たり前の用心かと思うのだけど』『まぁな……こんな時代だし』『警戒だけはしておいた方が良い』『“肉の”もそう思ってるのか、店主の人柄を考えれば余計な心配だと俺は思うんだけど』『夜中、飛び込みの依頼、この時期の洛陽の城の中に物を運ぶって条件だけで疑うには十分だろ』『“袁の”“仲の”なんかはほら、宮内に想い人が居るから』とはいえ、ある意味で一刀にとっては好機であったのも事実だ。今までは王城の中に入れる隙間すら無かったし入ろうとも思わなかった。もしもこの城の中で知人が出来れば、それを伝手に今後の王城内の事情を窺い知れるかもしれない。諸候の動きや、帝の動きを知ることができるかも知れない。更に、その伝手が脳内の一刀達にとって大切な人であるのならば言う事はない。『今、城の中に居るのって誰がいるんだ?』『この前馬騰さんが洛陽を出たよね』『公孫瓚も』(公孫瓚が居れば、礼を言えたかも知れないんだけどなぁ)『多分異民族絡みで帰ったんだろうな』『ああ、白蓮のところは隣接してるし』『馬騰さんところ似たような理由かな、“馬の”』『たぶんね』『えーっと、居るのは劉表、麗羽、美羽あたりかな?』『孫堅さんまたこっちに戻ってきてたでしょ、確か』『そうなの?』『そういえば、この前酒家でそんな話してた人が居たね』『昼間なら良かったのになー』『期待してるぞ本体』「期待されてもなぁ……物を届けるだけだし」と、まぁこういうわけだ。可能性は無いわけではないが、諸侯の誰かに会えるのはかなり難しいとも思う。 夜中だし。それでも、こうして王城に出向く機会を貰えれば期待してしまうのも仕方が無かった。地図は、宮内ではなく城内の敷地のある蔵を指し示していた。屋内に入ると、運んできた物と同じような壷が並んでおり、雑多に道具が置かれていた。この辺に降ろしておけばいいのだろう。「こっちの扉は、何に通じてるんだろ」『あー多分、本宮に向かう渡り廊下のような場所だったような』『えーっと、確かそうだったかな』「ふーん……」脳の自分と他愛の無い雑談をしていると、ちょうど荷降ろしをしている一刀の横合いからぬぅっと人影が伸びた。誰も居ないと思っていた一刀は、驚き飛ぶようにして咄嗟に間合いを取る。そこには一人の男が淀んだ眼を向けて一刀を見ていた。「ふん、随分と遅かったな」「は……え?」「まぁいい、例の物は持ってきたのだろうな? 天和ちゃんの使用済み生下着は」一刀は固まった。 ■ 俺が……俺が……いい年こいたおっさんが誰かの―――女性の生下着を求めてきたのは物凄いインパクトであった。それも一刀が固まった理由の一つではあるのだが、一刀にしてみれば突然と現れた男性。明らかに高い地位を持つ者であることが見て分かる。この城の中に居る者は、大抵、肉体労働に従事している一般庶民よりは地位が高いがそれでも彼の地位の高さは着ている服を含めて考えて、かなりの物ではないかと思う。何より、最初に眼を引く淀んだ眼光が、剣呑な物を感じさせて固まってしまったのである。そんな一刀を無視して、男は話を進める。「いや、私が使うという訳ではなく、私の息子がな。 まったく嘆かわしい世だ。 生下着などただの布じゃろうて」顔を背けながらその顔にある髭をこねくり回して語る地位の高そうな人。ぶっちゃけ、言い訳にしか聞こえなかった。『あ、本体、呆けてるところ悪いが、こいつが誰なのか聞いた方がいんじゃないか』『あ、ああ、そうだな、それがいい』『さすが洛陽の中央だな、初っ端から思考停止させる話術を繰り出してくるなんて』本体が再起動したのは、脳内の彼らが騒ぎ始めてからだった。とりあえず、この人は盛大な人違いをしていることは想像がついた。「えーっと、貴方は?」「ん……? なんだ貴様、私を疑っているのか? 案外と用心深いな。 我が名は徐奉。 小帝の宦官をしているものだ」「徐奉殿……宦官……息子?」「息子は養子だ。 これで私が誰かは分かっただろう」一刀はとりあえず頭の中で必死に情報を検索しながら頷いておいた。宦官なのに息子が居る、ということに一瞬頭の容量を割いたが、脳内の大部分は“宦官の徐奉”という情報の検索を行っている。が、一向にピンと来ない。そもそも、あんまり宦官の名を覚えていない一刀である。せいぜい知っていて曹操の祖父である曹騰、十常侍筆頭として名のある張譲くらいのものだ。『うさん臭い展開になってきたな』『……宦官か』『あまり係りたくないね』「まだ疑うというのならば内々に応じた者を書にしたためてある。 それを譲ってやっても良いが、物々交換に頷いたのは貴様だろう?」黙ったまま突っ立っている一刀に顎鬚を弄りつつ、何処か芝居かかった声色でつまらなそうにそう言った徐奉。そこで一刀はようやくピンと来た。内々に応じた者という言葉を聞いて、心当たりのある逸話を思い出したのだ。(これって、もしかして黄巾の乱のきっかけの一つになった逸話じゃないか?)『なんだ、それ、俺は知らない』『そうなのか?』『心当たりが無いな……』(俺の勘違いかな……)『少なくとも、俺達が経験した黄巾の乱は賊が横行している時分に アイドル達の“歌で大陸を取る”発言を勘違いした暴徒が暴れるというのが原因だったんだ』(なんだそれ、ありえん)『うん、そうなんだけど、事実なんだよな』『うんうん』『けど、良く考えてみれば張角や張宝達の歌だけが原因っておかしいね』『確かに、こういう裏で手を回していた奴も居たのかもな……』『そう、かもな……』「……まさか、物を持ってきて無いのではないだろうな?」徐奉の言葉のトーンが急激に落ちる。何も言わない一刀に業を煮やしたのか、或いは様子が可笑しい事に気がついたのか。その眼はやはり淀んで暗く、睨みつけるように一刀を眺めている。「あの、俺は……」「私が取り次がなければ、貴様のような賊が蜂起する手立てはないぞ? なんならば、私が密告して貴様らの企みを暴露してやってもいい。 そうなれば、馬元義。 お前の死は免れぬだろうな」ゴトリ、と一刀の運んできた壷が揺れたような気がした。そんなことにはまったく気がつかない一刀と、脅しをかけている徐奉。突然、人違いで生死に関わる勘違いをされそうである一刀はテンパッた。嫌な汗が、背中を伝っていく。ただ一つだけ、ベラベラと勝手に喋ってくれたおかげで確信出来た事実がある。本体の知識で“馬元義”という存在は知っている。馬元義という男は黄巾の乱の一斉蜂起の時、内と外で洛陽を攻めようとした張角の腹心、という立場だったはずだ。そんな男の名を呼んだ、目の前の宦官は恐らく、馬元義と内通している。本体は脳のどこかで、警鐘が鳴り響くのを聞いた気がした。「いや、俺は―――」「うん……? まさかお前は馬元義ではないのか? そうであればどちらにしろ死は免れぬが……どうなのだ、何か言ってみたらどうだ」一歩、一歩と歩き近づいてくる徐奉の後ろに、黒いオーラのようなものを幻視した一刀は押されるようにして後ずさりした。いえ、人違いですよ、で危機を乗り越えようとした一刀は、先にその手を封じられて窮した。窮した一刀はただ、自身の命を守るために咄嗟に口に出た。出てしまった。「お、俺は……俺が……俺が馬元義だ!」『『『『『『『『ブハッ』』』』』』』』』北郷一刀=馬元義が誕生した瞬間であった。壷がガタリと、揺れた気がした。 ■ 俺俺! 俺だよ、馬元義だよ、馬元義「ほう、それにしては随分と動揺していた気がするがな」「……俺は人見知りで口下手なんだ」「そんな話は聞いていなかったが……まぁいい」「悪かった、徐奉殿。 荷物はここに乗っていた物で全部だよ」馬元義を勢いで騙った一刀は、もうどうにでもなれという勢いで会話を連ねた。この中に“天和ちゃんの使用済み生下着”があるのかどうかなど知らないが、とりあえず調べてくれれば時間を稼げる。その間にとっととトンズラして、何も知らなかった事にしよう、と考えていた。脳内も同意した。この場所を離れてしまえば、徐奉が密会の類であるこの事実を吹聴することなど無いだろう。つまり、この場さえ切り抜ければ身の安全は完全とは言えないまでも保障されると思われた。後は、問題が起こる前に洛陽をできるだけ早く出て行けばいい。「そうか、この中か。 それを早く言え」一転、剣呑な雰囲気など最初から無かったと言わんばかりに嬉々として一刀の横にある荷物を物色し始める徐奉。やっぱり息子云々は言い訳なのだろう。探し物をする徐奉の顔は真剣でありながらもにやけたものであった。(今のうちに逃げれないかな)『奴が背を向けた時に、左側にある壷を隠れ蓑にして移動することを提案する』『『『概ね賛成』』』『奥の板間を過ぎたら、走って逃げるのがいいかも』そろり、そろりと忍び足で離れる一刀。壷の中身を改めようと手を伸ばした徐奉が、ついに背を向けた。『今だっ』「よしっ」「なっ! おい、これは如何いう事か!?」小声で応じて、一刀が去ろうとその瞬間、徐奉の鋭い声が響いた。一刀は額から汗を伝わせながら、徐奉へと振り向く。「貴様は誰だ、答えよ!」「俺は……俺は馬元義」一刀が持ってきた壷の中を覗きながら徐奉の問いに答えたのは、一刀とは別の野太い声であった。ぬるりと壷から身体を出した、三人目の人物は頭に黄色い布をバンダナのように巻いた細身の男であった。歳は若い、一刀とそうは変わらないだろう。しかし、その顔は目つき鋭く、あさ黒い肌は野蛮なイメージを抱かせている。「俺が馬元義だ。 そいつは違う」「な、なんだと……?」驚きつつ一刀の方へゆっくりと振り向く徐奉。馬元義と名乗った男は、鋭い目を一刀に向けていた。『あれって、壷の中に人間が入ってたのに驚いたのか、それとも馬元義が二人居ることに驚いたのか、どっちだと思う?』『“南の”、今そんな場合じゃないと思う』『本体、ここは押し切るしかない。 下手に及び腰になったら逆効果だ!』『いざって時は、俺達がなんとかしてやる』逃げるタイミングを逸した一刀は、脳内の自分の声援に頷いた。動揺を隠すようにして意を決して口を開く。「ちょっと待て、お前は何時から壷の中に居たんだ、何処まで俺達の話を知っている」「なんだと……俺の名を騙るだけでは飽き足らず、謀るか貴様!」「どういうことだ、貴様ら、どっちが本物の馬元義だ!?」「俺が馬元義だ!」「ふざけるな! 俺が馬元義だ!」「さ、叫ぶな! あまり大きな声では外に漏れてしまうではないか、馬鹿どもが!」「徐奉殿、俺がここへ荷物を運んできた。 俺が馬元義であることは疑いようが無いだろう、この男は何時の間にか壺へ入っていたのだ」「奴はただの運送屋だ。 大事にあたり、慎重になって無関係の人間を経由して王宮に乗り込むのは当然だ。 徐奉殿が勘違いしてその男と話始めるものだから、出るに出れなかった。 この事実こそが、俺が馬元義であることの証左だ」「むむむ……どちらも筋が通る話に聞こえるが」「「何がむむむだ、俺が馬元義だ!」」どちらの馬元義も、一歩も引かなかった。一刀は自分の命がかかっている。 ここで徐奉に密告されれば運送屋で真実を知りませんでした、なんて言い訳が通じるとは思えない。何故ならば、この密会は黄巾の乱勃発に直結することを知識として知っているからだ。もはや此処までくれば、後には引けなかった。馬元義と名乗ったことですら、かなりのリスクを背負っているのだが。一方で馬元義(本物)も引かない。引く理由がないのだから当然だ。もともと、ここには乱を起こすときに朝廷内部と繋がり、内と外で一斉に蜂起する段取りを組むために今回の密会を仕掛けたのである。それこそ、裏からあの手この手でようやく成った密会である。こんなふざけた出来事で全てを不意にすることなどできはしない。徐奉は二人の馬元義を名乗る者達に混乱していた。どちらも言い分には納得できる部分があり、事が事だけに信じられないからと言って両方を処断するわけにも行かない。口では一刀を脅していた徐奉であったが、黄巾党と通じる事を決意した時に既に退く道は無いと覚悟しきっていたのだ。今の漢王朝に背くのだ、覚悟無しでこうした内応など、いくら金を積まれたといっても早々できようはずが無かった。だからこそ困る。どちらかが馬元義であることは間違いないだろうが、この事を知らない誰かに知られたという事実が困るのだ。ただ、三人に共通していることは、自分の命に直結することでややこしい問題になってしまったという現実であった。 ■ 馬元義が・・(てんてん)徐奉は思いついた。馬元義ならば“天和ちゃんの使用済み生下着”を持っているはずである。自分がこの密会に是を返す決め手となった徐奉にとっての超重要アイテムだ。「……とりあえず、取引を進めてしまおう。 生下着を渡してもらおうか」この徐奉の声にいち早く意図を見破り反応したのは“董の”一刀だ。言外に含まれた意味を察したのである。『本体、奴の狙いは下着を持っているのが馬元義だ、と特定することだ』『あ、そうか。 俺も“董の”の意見はあっていると思う』『よし、うやむやにしてしまえっ!』脳内に急かされた一刀は馬元義(本物)が余計なことを言う前に咄嗟に口を開いた。「その荷物の中に入っている」「ほう」「……ちっ!」馬元義から舌打ちが聞こえてくる。半分、賭けのようなものであったのだが功を奏したようであった。綱渡りすぎて、本体は自棄になって叫びそうになるのを必死で堪え、冷静さを保とうとしていた。息が詰まって、呼吸が荒ぶる。「……この桐の箱だ」「おおっ……これが……」先手を打たれた馬元義は苦々しくそう言った。大切そうに桐の箱を抱えて、徐奉は中身を確認すると頷いた。内心では、どっちが本物の馬元義か分からん、と毒つきながら。まぁ、目的の物を手に入れて嬉しいことは嬉しい徐奉であった。「この蜂起、手伝ってくれると見ていいのだろうな」馬元義が言った。彼の狙いは、何も知らない一刀ならば、自身の計画した乱の詳細は知らないだろうという狙いだ。これでボロが出れば問題ない、即座に殺して血祭りにあげるだけだ。第一、黄巾党の幹部くらいしか知らないはずなのだから出るはずだ、という思惑を乗せて。徐奉に向けて言ったその言葉には、それだけの含みを乗せていたのだ。しかし、息の詰まるような展開に流されている本体一刀はともかく脳内の彼らはすぐに気が付いた。『分かった、馬元義は俺達が黄巾の乱を知らないと思ってる』『ああ、それで本体がボロを出すのを期待してるんだな』『本体、こう言ってやれ、いいか―――』(そうか、よし……)二度、三度、頭の中で言うべきことを纏めると、徐奉が馬元義に頷いてるところに言葉をかぶせる。「お、俺達、黄巾党は内外で一斉に蜂起する手はずだ。 大陸全土で発生する蜂起にあわせて洛陽も襲撃する。 特に、ここ洛陽を制圧することは大事だ。 徐奉殿の手にかかってる」「言われなくとも分かっておるわ。 ここに内応に応じる官を書してある。 持って行くといい」そう言い捨てて徐奉は一刀に密書を手渡した。徐奉はもう、多分両方とも同じ黄巾の賊であり、陣営がちょっと違うだけだろうと思いこんだ。判断がつかないのだから、仕方のないことではあるのだが。密書を受け取った一刀がチラっと覗くと、馬元義が歯をギリギリと噛みつつ一刀を睨んでいた。何故、徐奉は俺の方に密書を渡すんだよ、などと考えながらもとりあえず場の雰囲気に合わせて一刀は密書を懐へしまいこんだ。「う……うわあああぁぁぁ!」密書を手にして、馬元義が口を開こうとした刹那。響く悲鳴のような声と物音、走り去るような地を駆ける音が響いた。後姿から、まだ幼い少年の背と思われた。外に飛び出した三人が、一瞬、建物の影に隠れた少年を視界に移す。「見られていたのか!」「いかん、事が漏れた! 追いかけるぞ!」「余計な手間を! 馬元義と……ええぃ、もう両方とも馬元義でいいわ! どうせ同じ黄巾の賊だろう!? おぬしら二人は外から追え! 私は言いふらされぬよう中に戻る!」漏れた秘密を抹消するために駆け出す馬元義と一刀。一刀にとっても、自分が黄巾党と誤解されるのは嫌だし、防がなくてはならい。そそくさと宮廷に続く扉を開け放ち中へと戻る徐奉。駆け出した馬元義が、徐奉の姿が消えるのと殆ど同時に一刀へと腕を奮った。きらめく銀の光。瞬時に上体を反らして凶刃をかわす。『そうくると思った!』『“馬の”ナイス!』「っ、あぶねぇ!?」「ちぃ!」『やっぱこうなるよな』『手っ取り早くいこうぜ、“肉の”」「頼んだ、みんな!」「何をブツブツと言ってやがる、運送屋風情が大事を乱しやがって、死ねぇっ!」「悪いけど、殺されるつもりはない、俺も、俺達も」身体の主導権を“肉の”に譲り、馬元義と一刀は交差する。激昂と共に馬元義が奮ったナイフのような刃は、一刀に届くことは無かった。それどころか、人差し指と薬指で馬元義の思い切り振りかぶった刀を受け止めていたのである。目を剥いて驚愕する馬元義。「な、なんだとっ!?」「おいたは駄目よんっ!」「ガハッ!?」膨れ上がった一刀の右腕が、深々と馬元義の助へめりこんで短い悲鳴と共に吹き飛んだ。二回、三回、四回とぶざまに地を転げてようやく止まる。本体は、ただのボディーブローが初めて人を吹き飛ばす威力を秘めれる事実に気が付いた。動かなくなった馬元義を見て、“肉の”の意思が離れ、戻ってきた身体の感覚に本体が思わず自分の手を眺める。右腕に残る肉厚を叩き骨を砕いた感触が、酷い違和感を伝えていた。『行こう、本体。 暫くは気絶してる』『今の内に彼に追いついて、事情を説明しないと』「あ、ああ、分かってる」「ま……て……」走り出した一刀の背を、馬元義は混濁した意識の中でその目に映していた。 ■ 道枝は数多、場に滞り難し結果から言うと、一刀は逃げた少年を捕まえることは出来なかった。何処からか、賊が侵入したという声だけが飛んでくるのを探している中で耳にしていた。適当な柱の陰で身を潜めつつ、一刀は脳内会議を開いていた。「……どうしよう、どうすればいいかな」『なにかあるか?』『とりあえず、一つ確実なことは、このまま逃げ出しても洛陽にはもう居られないってことだ』その通りだ。自分で招いた種とはいえ仕方ない、で片付く問題では無くなってしまった。目の前の死を避ける為に黄巾の人間、幹部の名を騙ってしまったのだ。このまま家に戻っても、音々音や華佗に迷惑しかかけない。逃げる、という選択をするのなら彼らとは別れなくてはいけないだろう。『あ、思いついた』『“呉の”、なにかあるのか?』「今よりマシになるのなら、もう何でもいいよ」投げやりな本体を尻目に、“呉の”は今後のプランを提案した。まず、取れる選択肢は少なかった。一つは先ほどの通り、今すぐ家に帰って私物をまとめ、旅の準備をして誰にも何も言わずに一人旅に戻ること。しかし、逃げることを選んだ場合、この先ずっと犯罪者―――黄巾の乱を煽った人間というレッテルを貼られるリスクを伴った。二つ目は黄巾の乱で、本当に朝廷を奪う事だ。大陸はともかく、洛陽だけならば本気で奪える可能性はある。内と外で混乱を助長させ、帝を保護して政治腐敗の直接の原因である宦官を主導で排除。その後、時期を見計らって黄巾の中枢から離脱してしまえば、後追いは困難になるだろうし諸候も簒奪された朝廷に目を奪われて、個人のマークは薄くなるだろう。しかし、現実問題、この方法を選ぶには多くの難があるし本体含めて脳内も、諸候を敵に回すことなどしたくはなかった。自ら率先して、人を殺そうという考えなのだ。何より、この場合は音々音まで後ろにくっ付いてきそうで怖い。これはあくまで、一刀が巻き込まれた問題なのだ。彼女を巻き込むなんて選択肢が出てはいけない。というわけでこれは相談するまでもなく却下となった。三つ目は、諸候でもいい、誰でもいいから権力のある人間に事実を話して一刀が此処に居たことを忘れるまで、或いは居なくなるまで匿ってくれる人を探すことであった。華佗や音々音にも全てを話し、しばらく黙ってもらうよう口裏を合わせて貰えればこの危地を乗り越えることは不可能ではないと言えた。が、ここにも問題は残る。諸候が自ら好んで爆弾を抱え込もうとするか、という話である。彼らに自分を匿うことで利となる確固たる物を諭さなければ、その身を売られて終わりだろう。一番手っ取り早いのは、明らかに武将としても戦えそうな“肉の”で武を示すことだ。脳内の一刀達も“肉の”の実力は有名武将と比べて遜色ないように映っていた。そして、それは事実だった。『どうする?』『……』幾つかの道を提示された本体は、段々と騒ぎが大きくなっている声から逃げるようにこそこそと草葉の陰に隠れて移動していた。現代で言えばもう、10時を超える時刻。この世界では深夜といって差し支えない時間であった。洛陽の宮中で、意図せず大きな選択を迫られることになった一刀は不安を胸に抱え、月を見上げた。そして、一刀は数分後、とある宮中のある一室に飛び込んだ。一刀はそこで、突然の来訪に目を瞬かせて驚き、振り返す一人の少女を視界に映した。この世界に訪れた北郷 一刀にとって、忘れられぬ一夜の始まりであった。 ■ 外史終了 ■