clear!! ~都・洛陽・入念な旗立てであの子の湿地帯がヌッチョレするよ編~clear!! ~都・洛陽・巨龍が種馬のテクい愛撫で鳴動してるよ編~今回の種馬 ⇒ ☆☆☆~都・洛陽・先走り汁を抑えきれずに黄色いのが飛び出たよ編~☆☆☆ ■ 王の血との出会い一刀は部屋に飛び込んだ瞬間、振り返った少女と眼が合った。一人でその部屋に居た少女は、突然の来訪者に驚いたのか、後ずさり一刀から距離を取る。「だ、誰です!?」「あ、すみません、突然」とりあえず謝ってみる日本人的思考を経て、一刀は改めて少女を見た。整えられた前髪が揺れて、耳からたらりと垂らした長い髪が胸元まで伸びていた。結っている為に分からないが、髪はだいぶ長いと思われる。形容しがたい帽子を被っており、帽子の先には数珠のような物がヒラヒラと繋がれていた。よく見れば、それは宝石にも見える。顔立ちはまだ幼さを残して、やや釣りあがった眼をこちらに向けていた。出会い頭だったせいか、会った瞬間は成人かと思ったが、全体像を改めてみると自分よりも3~4は年下の少女だと気がついた。地位は高そうだ。「夜分にいきなりで申し訳ない。 俺は北郷 一刀。 やむを得ない事情により、この部屋の中に入れさせてもらいました」「偽名ですか、北郷 一刀などという名は珍しいを通り越して胡散臭く聞こえます。 真実の名を名乗りなさい」「えっと……ごめん、そう言われても本当にこの名しか持っていません」「……それで、何をしにこの部屋へ入りましたか」彼女の声は毅然とした中ではっきりと分かるほど震えていた。ふと見れば、両手を胸に当てて震える声を出した少女は眼に確かな不安をたたえていた。見知らぬ人間が、いきなり部屋に入ってくれば驚きもするだろうし少女なのだから男が入ってくれば恐れるのも無理はないだろう。無害をアピールしつつ、一刀は少女の問いに答える前に、確認しなければいけないことがあった。彼女の名だ。一刀は自分の身を保護してもらわなくてはならない。その為に、彼女が誰なのかというのを知らなければならなかった。脳内の自分が騒がなかったところから、恐らくは諸侯でも余り名の通ってない人間だろうと思いながら。彼の理想としては、この時期でも発言力が強く、軍事力、国力が高い候であることだった。「それをお話する前に、お名前を聞かせてもらっても宜しいでしょうか」一刀が尋ねると、少女は何度かためらったようだが、やがて短く名を告げた。「劉協」「……今、なんと?」「我が名は劉協だと言った」劉協。後漢で最後の皇帝となった者で、献帝と呼ばれたその人の一生は傀儡の人生であったと言えよう。幼い頃は宦官による権力抗争の道具に、時の帝である帝が無くなれば小帝と帝位を争う種に使われ、後に董卓に保護され擁立されるものの実権は董卓が握り締めており、傀儡のままであった。それが終われば曹操に拾われて、同じように政治的な道具となって良いように使われそのまま物語的にはフェードアウトしてしまう存在。それが劉協という者の人生だった。一刀は彼女の正体を知るや、慌てて頭を下げ膝をつく。知らなかったとはいえ、冷や汗が出てしまうのを止められなかった。時の皇帝の直系を相手に、無断で部屋へ入り込むとは。地位的には申し分ないが、守ってもらうにはちょっと困る人に当たってしまったと一刀は一人ごちた。それにしても皇帝に繋がる血統が、こんな場所に居るとは俄かに信じられない。いや、まぁここは洛陽で、その宮内で、王城の中な訳なのだが。「えっと、マジで劉協様? あの帝様のむすこ……じゃなくて娘さん?」「そうだ。 それで北郷はどうやって此処まで来たのだ 此処は宮内でも離宮にあたるし禁裏でもあるのだぞ」「は、はい、それはちょっとややこしい話なのですが……」確かに一刀は騒ぎの中心から離れるように移動していたが、まさか此処が離宮で禁裏の場所であるとは思いもしなかった。そんな事実を知ると、ますます変な緊張が増していく。一方、頭を垂れたことに少女は安心したのか、やや語気に勢いを増して改めて一刀へ向かう。どこから説明したものか、と考えた一刀であったが懐に感じた違和感にハッとする。徐奉が手渡してくれた、この懐にある密書こそ一刀が掴んだ黄巾党と朝廷の決定的な癒着の証拠である。「劉協様、誰にも口外しないことを約束してください」「なに?」「そうでなければ、この話は出来ません」「……」自分でも言ってて何を偉そうに、と思う一刀であったがこの密書は言わば、自分の抱え込んだ爆弾だ。更に言えば一刀よりも幼い少女である劉協に、大人の汚い部分を呈してもいいのかという自己偽善的な考えも頭に過った。ここで首を横に振るのならばいい、すぐにでもこの部屋に入った事を詫びて出ていく方が一刀にとっても、劉協にとっても良いだろう。自分の中でそう折り合いをつけると、一刀は劉協と名乗った少女と目を合わせた。僅かに瞑目して静かに問う。「……それは、先ほどから宮内が騒がしいことと関係があるものなのですね?」「はい」確認するように尋ねられ、一刀が是を返すと彼女はゆっくりと頷いてはっきりと、逡巡すら見せずにこう言った。「聞きましょう」その姿は幼くとも、確かに人の上に立つ気概を持った者であった。突然現れた異性の不審者を追いだすでもなく、叫ぶでもなくしっかりと相手の言葉の意図を察そうとして、その内容に耳を傾けようとすることは普通の一般市民の少女では出来ないことだろう。まぁ、もしかしたら危機感が欠如しているのかもしれないが。ともかく、彼にとって何よりも優先されるのは、既に賊として勘違いされている一刀の立場を庇護してくれるほど権力のあるお方に潜り込むこと。一刀は密書を取り出して、徐奉と馬元義の密会が会った事を劉協へ説明した。一刀が自分の保身の為に、多くの人間を生贄に捧げたことに気が付いたのは彼女へ全てを説明し終えた後であった。 ■ 場違いな再会事情を話し終えた一刀は、劉協に勧められて座った高級そうな椅子に腰かけて彼女の裁定を待っていた。机に置かれた密書が、一刀の話を裏付けるように鎮座している。そこに書かれた内容は、蜂起する日時、蜂起にあたって内応する人間の名が多く連ねてある。この密書、漢王朝への直接の反乱を如実に示す物でありながらも、裏を読めば漢王朝に対して、決起すべきだと不満を抱えている者達の証書とも言えた。一刀は自分の命が秤にかけられていることから、必死に劉協へと自身の説明をしていたが彼女はそんな一刀の言葉を聞きながらも、別の事を考えていた。すなわち、これだけの人間が内応しようとするほどに、漢王朝に不信と不満が募っているのだと、危機感を抱いたのだ。「この密書に書かれている者が、全員そうなのですか?」「それは分かりません。 受け取ったのはこれだけです。 まだあるのかも知れませんが、それは徐奉殿に聞かなければ分からないでしょう」「そうですか」対面に座った劉協の手が、硬く握られ、もう一方の手で押さえるように包みこんでいた。険しい顔をして黙りこむ劉協。一刀は不安げな様子で彼女の顔色を伺っていた。「――してきたことは、無駄であったと言うのでしょうか……」「え?」細く小さい声で呟いたそれは、一刀の耳には殆ど届かなかった。それきり俯いて黙ってしまった劉協に、一刀も踏み込んで聞いてもいいものかと悩んで室内はしばし沈黙がおりた。それを切り裂いたのは、何かを振り切るようにして首を振って口を開いた劉協であった。「分かりました。 この事は父様に私から直接お話いたします。 貴方の安全は私が保証いたしましょう」「は、ありがとうございます。 劉協様」「事前に反乱の大事を見破ったことになるのです。 感謝こそすれ、礼を言われる必要はありません、北郷」「はい、しかし私としては命が助かったと同じ事に変わりはありません」「では、その礼は受け取っておきましょう」丁度話の区切りがついた時、室内に響く木の乾いた音が二度鳴った。ノックをしてから扉を開いて現れたのは、髪の長い初老の男性と一刀も良く知る少女の姿であった。「ねね!?」「か、一刀殿!?」思いがけない場所で思いもよらない知人と出会った二人だった。 ■ 段珪という男一刀と音々音が出会った直後、驚き目を丸くする二人を尻目に劉協と段珪の間で視線が交わった。どういうことかを問うような視線に、段珪は短く首を振った。二人のやり取りに気付かないまま、一刀と音々音の会話が続く。「ど、どうしてねねが此処に? 家に戻ったんじゃなかったのか?」「一刀殿こそ、どうして此処に? 仕事があったのでは無いのですか?」恐らく素であろう二人の反応に、劉協は一刀が虚偽を述べていた訳でないことを確信する。「どうやら知己の者であるようだな、北郷」「貴方は陳宮殿と共に暮らしている北郷殿でございますね」「あ、はい。 えーっと、その通りです」「申し遅れました。 我が名は段珪。 劉協様の宦官として働かせてもらっております」「あ、宜しくお願いします」「りゅ、劉協様……?」段珪は一刀の事を知っているようであった。と、いうのも、音々音がこの場所に召されたのには劉協の意向が大きな理由の一つになっているからだった。 お互いが簡単に自己紹介を交わし、目の前に居るのが献帝である劉協と知ると音々音は一刀と同様に慌てて頭を垂れてしどろもどろになりながら拝謁賜り光栄のキワミだとかなんだとか口にしていた。一方で、段珪は此処に一刀が居るということに疑問を抱いていたようだ。劉協と引き合わせるために彼女の周辺を調べていた彼は、同じ家に住む北郷 一刀と華佗の二人の事を知っていた。目的となる人物ではないため、そこまで詳細には調べてはいない。華佗が最近市井で名高い医者であることには多少の興味を抱いたものの一刀は一般人以外の何物でもなく、彼の中では特に重要な存在でなかったのだ。何故、彼がここに居るのかは彼も分からない。それを尋ねた段珪に答えたのは、劉協であった。「段珪、これを見よ」「……これは、なんでしょうか?」「最近、世で噂されている賊との内応を示す書だそうだ。 内応の密会に偶然居合わせてしまった北郷がこれを手に入れて私の部屋へと転がり込んできた」「それは……なんとも」おおよその事情をそれで把握したのだろう。段珪はなんともいえないような顔で眉を顰めて書を眺めると、その後に軽いため息を吐き出して一刀の方へと身体を向けた。「災難でしたな」「は、はぁ……そうですね」「おおよその事情は分かりました。 まずはそれを置いておき、陳宮殿とお話を進めさせてもらおうかと思います。 こちらから夜分に呼び出したのです。 礼を失する訳にはいきませぬ」「あ、いえ、どうぞお構いなくなのです……」「それは、俺も一緒に聞いてもいいものですか?」居づらそうに小さくなっている音々音を見て、一刀は劉協へと尋ねた。劉協は少し考えてから頷いた。「はい、構いません。 段珪、よろしいですね?」「は。 此処に生きて彼が居るということは、そういうことなのでしょう」「ええ、そういうことです」二人の短いやり取りの後、劉協は語った。音々音を此処へと呼び出した理由。そして、そこに至った経緯を。 ■ 彼女の事情簡単に纏めると、劉協という少女は聡明で確固たる芯が通った少女であった。生まれながらに人として上に立つ者として教えられ、またそれを実践するに足る能力もあるのだろう。時代が時代ならば、名君として君臨したかもしれない。まぁ、その時代が大問題だったわけだが。彼女の父は、劉宏という漢王朝第12代皇帝である。劉宏は、二十歳になる前に皇帝へと即位すると、国政には殆ど携わらなかった。周囲の意見に頷いたり、たまに自分の考えを述べてもやんわりと断られて仕方ないと諦めたりしてしまっていた。政治というものから作為的に遠ざけられていたのだ。理由は当然、宦官が実権を握り続ける為である。こうした、宦官が皇帝を傀儡として扱ってきたのは劉宏を帝に仰いでから始まった訳ではない。それこそ、今の帝が生まれてくるよりももっと前の時代から腐敗はゆっくりと始まっていた。だからこそ、劉宏は今の自分が暗愚であると自覚できない。生まれた時から、これでいい、それが当然だ、と教え込まれてきたのだ。帝が何かを考え伝える度に、不利になりそうな事は宦官達が握りつぶしてきたのだ。それこそ仕方が無いと言えるのではないのだろうか。そして劉協には兄も居る。自分よりも、2~3年上であり、次代の皇帝は彼であると言われている。今でこそ女性の権力者は増えてきていたが、代々皇帝として君臨するのは男だと取り決められており少女である劉協が皇帝として成る道は最初から無い。そんな次期皇帝で劉協の兄の名を弁小帝といった。「弁兄様も、父様と同じようにして育てられていると聞いています。 恐らくは今の世がどういう状況であるのかすら分かっていないでしょう。 私はこの悪循環を何とか出来ない物かと、日々考えて暮らしておりました」彼女の身の上話が続いた後、ようやく本題と思われる話にさしかかった。実際、劉協は自分たち朝廷の考えと、民草の願う想いが余りに掛け離れてる事を知ってから父である帝や兄である劉弁にそうした会話を多く投げかけ関心を呼ぼうと苦心したり宦官の十常侍の中でも権威を誇る張譲や趙忠を筆頭に、個別に会う時間を取って国政についての考えを聞いたり、意見を交わしてきた。短くない時間を割いて行ったそれらの努力は、しかし報われることはなかった。終いには小賢しくうろついている彼女を倦厭するような空気が出来上がってしまい宦官の間での不和の遠因となっている、との言に帝が頷いてしまったのである。そして彼女は離宮であり禁裏であるこの場所に爪弾きされるかのように部屋を移されたという。やがて、劉協は漢王朝に不満を抱く賊が世に横行し始めたことを知る事になる。国民の不満がダイレクトに反映されていることに気がついて、劉協は焦りを感じた。『帝』として人を導く存在である彼女達が為さねばならない事。それを放棄し続けた結果が、最悪の形となって現れようとしているのだ。劉協は強く思った。帝を利用し、私欲に走る官を排除しなければ漢王朝に未来は来ないだろう、と。どれだけの言葉を尽くしても、改善する兆しが無いのならば排するしか無い、と。しかし、今の劉協の立場は、皇帝に直接繋がる血を持ちながらも宮内で振るえる力は何も持ちえていなかった。「……それは、力を持つということですか」話の隙間に、一刀は思わず言葉を漏らした。劉協の話したことは、ある意味で危険な言葉であった。今の帝、朝廷は役に立たない、次期皇帝にも期待できない、私が力で持って正そうと思う。そう言っているに等しいのだ。身内であろうと、こんな発言は危険すぎて口に出して言うことなんて普通は出来ないだろう。今、帝が倒れれば、彼女はこのまま権力争いの渦中に自ら飛び込んでいきそうでもある。「そうだ、私は父様も兄様も愛しているし、勿論私を生んでくれた母様も育ててくれた乳母様も好きだ。 そして、私がこうして生きていられる血を作ってくれる民草は何より大事だと思っている。 それらを本当に守るためには、力が必要なのだということを知ったのだ」「それが音々音を呼んだ理由なのだとしたら、もしかして劉協様は」「智を持つ者が欲しい。 今の私の現状を変えられる程の智を持つ者だ。 宮内で信用できる人間は、残念ながら居ない。 諸侯を頼るのは、弱さを見せている漢室が良いように利用されてしまうのではないかという危惧がある。 民草で智に秀でる者を選ぶしかなかった」劉協の言葉に、隣で黙って話を聞いていた段珪も頷いた。確かに、陳宮といえば三国志でも智者として名高い。段珪の人物眼は間違っては居ないのだろう。「そ、そんな……ね、ねねはまだ未熟も未熟です 劉協様のお役に立てられるような自信はまったく無いです……」顔面蒼白と言った様子で言葉を連ねる音々音。そこに一刀も口を出した。「ねねは確かに頭が良いですし、そこら辺の書士と比べれば一つ飛びぬけて居ます。 しかし、如何にねねが優秀だからといっても、一人だけじゃ何も出来ませんよ。 そもそも、失礼かも知れませんが劉協様の立場を考えるに目的を果たすのは難しいです」「そんな事は言われずとも分かっています。 だからと言って諦めてしまえば漢王朝はそう遠くない内に滅んでしまう。 漢が倒れたその後に待っているのは、恐らく権力を争う為に大陸全土を巻き込む未曾有の乱。 それに気付いているのに、何もせず甘んじていることなど、私には出来ない」「それは……」うぅむと唸る一刀。彼女の立場と現状を考えても、その思考は納得できるが選んだ道は無謀でもある。劉協が立つには、些か遅かったのだ。それは皮肉にも、黄巾の一斉蜂起が間近い証左となった密書が三国志を知っている一刀に物証となって教えてくれているのだった。「陳宮、貴女の智を漢王朝を正す為に使ってほしい」「ね、ねねは……」「……今の世、そして今後に訪れる世の中を考えて答えて欲しいのです」それを聞いて、音々音は一刀の顔を見た。彼は音々音の方を見ずに、深刻な顔をして腕を組んでいる。まるで、何かを考えるかのように。正直言えば、音々音の脳の中でも劉協が動くには遅いと判断していたのだ。それに加えて、状況が悪いなんてどころではない。本来味方でなくてはいけないはずの宮内の人間が信用できないという時点で相当まずい。一刀とは違い、三国志の未来など分かる訳でもない音々音だがそれでも彼女の考えていることが、そしてその目的を達するのが如何に難しいのかを利発な彼女の脳みそは冷静に判断していた。だからこそ、困る。音々音は漢王朝に仕える国民で、漢王朝でも帝室の流れを汲む劉協が自ら音々音への協力を求めているのだ。これに断ることは、すなわち漢王朝に対しての不義理であり、してはならない事でもある。漢王朝に住む一人の人間として、力を貸してくれ、と頼まれているのだ。一刀を主に戴いているから、という理由などまったくもって意味をなさない程の出来事。それは、漢王朝というものがどれだけの権威と勢威誇っていたのかを裏付けていると言えよう。一刀と漢王朝。比べるべくも無い筈のその選択に、音々音は板ばさみにあって答えに窮してしまったのである。いつの間にか室内は、空気の詰まるような沈黙に包まれていた。 ■ 第13回 北郷 一刀 リアル脳内会議そこまでの話を聞いて、脳内が騒ぎ始めた事に一刀は気がついた。劉協と音々音の話を耳だけで聞きながら、彼は自分の助けを借りようと脳内一刀達の話に意識を割いた。『道は無い』『どういうことだ? “呉の”』『そのまんまの意味だ。 俺達が選べる道は、実質劉協に付いて行くことだけしか出来ない』『確かに、そうだな』(どうしてだ)『ああ、そっか……俺もわかった。 確かに“呉の”が言うとおりだ』『説明するよ。 まず細かいところを省いて纏めてしまえば 本体も、ねねも……特にねねは、今この場においては劉協の話に頷くしかない。 何故ならば、劉協がこの話をした時点で、俺達は知ってはいけない物を知ってしまったからだ』“白の”の言葉に“呉の”が続く。『ついでに言えば、段珪という宦官の男も聞いている。 下手に断れば、本体は黄巾党の一員として内応の冤罪を被せられ、殺される可能性が高い』『なるほど……けどさ、劉協様についていくとして、彼女の話は実現できるのか?』(俺の知っている三国志の通りに進むのなら、まず無理だと思う)『無理だろうな……本体が言う歴史通りになるとは限らないが 蜂起の切欠となった朝廷と黄巾党の癒着が決定的になった時点で 漢王朝を立て直すなんてことは難しい』『そっか……それでも劉協様は諦めないんだろうね』『だろうな……』彼女の言葉には熱が篭っている。最初に語りだした時と、最後の方では天と地ほど言葉に込められた感情に差があった。困難であることなど、利発な彼女は気付いているだろう。それでも、その決意は固い。『えーっとさ、ちょっといいかな』『“袁の”、遠慮することないよ。 今は知恵を絞る時だしね』『うん、どうせ劉協さんところで世話になるんだったら、いっそのこと先を考えようよ』『どういうことだ?』『俺って麗羽に仕えてたから良く分かるんだけど、権力者に気に入られるってことは 生きる上で物凄い助けになるんだって事を知ってるんだ。 宦官は頼れない、劉協に力は無い。 それなら他の力のある人に頼るしかないでしょ?』『諸侯に漢王朝を立て直してくれと頼むのか?』『それは劉協様の言う通り、ちょっと利用されそうで怖くない? トカゲの尻尾切りみたいな形でさ』『月……董卓なんかは逆に利用されて尻尾切りされちゃってたけど』『うん、だから諸侯じゃなくて、帝にね』『『『『『帝?』』』』』『そうそう、だって漢王朝で一番権力があるのって、形骸化しているとはいえ帝でしょ? 宦官のやっていることを真似しろって訳じゃないけどさ』『そうか、帝なら信用さえ得られれば大きな助けになるかもね』『それで上手く劉協や音々音を危険から遠ざけるように動ければ文句は無いな』(けど……それもやっぱり危険はあるよね……)『本体、もう事が此処に至れば危険しか無いと思ったほうがいい』『そうだ、天の御使い名乗れないかな』『玉璽を無くしてなければ、上手い具合に帝に近付く第一歩になったのにね』『無い袖触れないんだから、そこは忘れようよ』“袁の”の一言を切っ掛けに次々と話が進み、脳内一刀達が下した結論は劉協を足がかりにして、帝に近づき気に入られよう、という物になった。ただ、頼まれた品物を届けに城へ入っただけなのに、意図しない方向へゴロゴロと、まるで坂を転げ始めた雪玉が、雪だるまを作るが如く転がった展開に本体は深いため息を吐き出しながらも、脳内の一刀達の意見に従うことにした。どうかこれ以上、ややこしい方向に話が進まないようにと切に願った本体であった。 ■ 遠回りな本音結局、一刀と音々音は劉協の協力してくれとのお誘いに是を返した。夜も更けにふけて、現代で言えば深夜2時とか3時とか、そのくらいの時間なんじゃないだろうかと一刀は一人、窓から覗ける空を見つめて嘆息した。協力を申し出た一刀達は、劉協が今どのような現状であるのかを細部まで確認するために話を聞いているところなのである。休憩の意を伝えて、一刀が飛び込んだ部屋の奥にある劉協の寝室らしき場所を借りて脳内の一刀達とも相談をしつつ、休んでいるところであった。そこに、乾いた木の音が響いて、ややあって扉を開き段珪が中へと入ってきた。「段珪さんも休憩ですか」「はい、劉協様の寝室に入る訳にはと断ったのですが無理やり取らされてしまいました」「はは、でも長い話になってますからね、休憩は取ったほうがいいですよ」「同じことを言われてしまいましたよ」一刀は窓際から離れて、段珪がテーブルへついた対面に、椅子を引き寄せて座った。この段珪という宦官は、厭味なところも何も無く、ただただ劉協に仕えているという印象である。際どい劉協の話に参加させて貰っているのだ。それなりに有能で彼女の信頼も厚いのだろう。「北郷殿には、振って沸いたような災難になってしまいましたね」段珪が口を開いて、言ったその言葉に一刀は頭を捻った。災難、と呼んだのだ。確かに、黄巾の内応の現場に居合わせたことは災難であったがその後の劉協の話が災難であると言われたとするならば、それは段珪がこの話は良くない物と感じている事になる。「ええ、しかし災難とは。 劉協様のお考えは漢王朝の現状を憂う立派な物と思いますが」「そうですね……北郷殿は、この話をどのように考えておりますか。 率直な意見をお聞かせください」「率直な意見、ですか」初老に達したと思われる段珪が目を細めて一刀を観察していた。果たして、これは一体なんなのだろうか。一刀は、もしかして試されてるのかな、とも思ったが、率直な意見を言えと言われたのだ。素直に思ったことを言おうと考え、口にした。「志はともかくとして、無謀だと思いました。 こう言っては不敬になるかもしれませんが、劉協様の望みは恐らく果たされないだろうと考えます」「なるほど、私と同じ考えで安心致しました」「安心ですか……」「はい、ああ、勘違いしないでください。 別に劉協様に反意があるわけでも、何か妙な考えを起こしている訳でもございません。 ただ、後事を託すに足る者なのかを知りたかったのです」これまた妙な話に転がりそうな段珪の物言いに、流石の一刀も顔に嫌な物を浮かべてしまう。ただでさえ異常な一夜であるというのに、これ以上事件が起きたら脳内の自分達に願って窓から飛び出して脱走してしまう自信があった。「北郷殿には、劉協様を支えてあげて欲しいと思っているのです。 劉協様のお傍に仕える宦官は今や私一人。 幼い頃から傍務めをしている者も一人、また一人と離れていく始末。 ずっと成長を見守ってきた劉協様は私に取って、言わば我が子とも言える存在でございます」「そうだったのですか……それならば、なおさら此度の件は心配でしょう」「はい。 何度か考え直すようにも進言したのですが、漢王朝に関わる物なので こればかりはどうにも諭すことが出来ませんでした」これは何を期待されているのだろう、と一刀は頷きながら思っていた。言っている事は実によく理解できるのだが、つい数時間前までただの一般人であった一刀にこの様な彼の内事を話すのは些か不自然に思えた。だから、一刀は段珪の腹に含んだものをこの際聞いてしまおうと考えた。これから先、劉協を支える言わば仲間内の一人になるのだ。変に警戒したり、されたりしていても気持ちが良いことではないだろう。「それで、結局何が言いたいのでしょう。 突然、そのようなことを話されても、俺にはなんとも……」「そうですか、思ったよりもやはり聡い。 では、包み隠さずに教えましょう。 北郷一刀殿。 私の変わりに劉協殿を支えてやって下さいませんか」「代わり、とは? 勿論、劉協様の話を聞いて、それに頷いた訳ですから協力はします。 しかし、まるでその言い方では段珪殿は支えないと言ってるように聞こえるのですが」「はい、その通りです。 私はこの話に関して今後は傍観を決め込むつもりでございます。 明らかに私の分水領をはみだしておりますので」「そんな……」突然の宣言に、一刀は驚愕した。今まで、段珪が支えていた劉協を、先ほど自らが彼女を指して我が子のようと言った彼がこの話については一切協力をしないと断言したのである。理由は察せる。彼女の無謀に付き合って、身の破滅に結びつきたくはないのだろう。「劉協様にも既に話を通しております。 だから、これから劉協様を支える 一刀殿には話をしておこうと思い、こちらへ参りました」「段珪さん、それは俺や音々音に厄介ごとを押し付けていると思ってもいいんですね」「はい。 私の代わりが見つかるまでは劉協様を支えるとの約束でした。 今回の件は、私にとっても渡りの船でしたからな」頬を擦りながらそう言った段珪は、淡々としており感情は読めなかった。一刀はそんな彼の言葉をしっかりと理解すると同時に、怒りの念情が湧き上がってくる。これだけ堂々と厄介ごとを押し付けました、と言えるのもある意味で潔いのかも知れないが子供の頃から面倒を見ていた劉協を簡単に切るという行動にも薄情な物を感じてしまう。「俺も音々音も、断れないことが分かったからって事ですね」「付け加えますと、劉協様を支えるに足る智も持ち合わしていると分かったからですな」「保身の為に、簡単に一緒に居続けた人を捨てれるんですね、貴方は」やはり、感情を乱すことなく頷く段珪を見て、ついに一刀は嫌悪を隠さずに言い捨てた。それは痛烈な皮肉となって、一刀に返って来ることになった。「はい、北郷殿と同じく命が大切でございます。 その為には連ねた縁を切ることも出来ますし、誰かに取り入る事も出来ます。 しかし、私も人であり畜生では無いと思っております。 劉協様の考えが誰かに漏れる事は私からは無いと約束いたしましょう」「……」一刀は段珪の言葉に言い返す事が出来なかった。少し前の話になるが、一刀は徐奉と馬元義の死を知ることになった。詳細は分からないが、あの会話を聞いていたと思われる少年の話から内応していたのがバレてそうなったのだろう。そして、一刀は劉協に事情を説明し、爆弾である彼を受け入れてくれた彼女に守られてこうして生きている。恐らく、今後もあの密書に名が挙がった人物は処されるであろう。状況が許さなかったとはいえ、一刀も多くの人を贄として捧げ、生きる為の庇護を得たのである。「北郷殿。 貴方の怒りは正しい物です。 それを私は受け入れましょう。 劉協様には生きて欲しいですし、影ながら応援もしております。 私は全てを知ってなお、貴方を捧げて利用します」「そうですか、分かりました……」「ご納得いただけて嬉しゅうございます」「一つ聞かせてください。 どうして劉協様を切ってまで生きようとするのですか」そこで初めて、段珪はやんわりと微笑を称えた。その笑顔には温かみがあり、一転して人情を思わせる確かな表情であった。「私は宦官に上がる前に、息子を一人、天より授かっております。 今は私の郷里に住んでおり、私も近いうちに居をそちらへ構えようと思っているんです」「ああ……そう、ですか」子と共に暮らすため、大方そんな理由なのかも知れない。一刀はなんとも言えないモヤモヤとした気持ちを押さえ込んで段珪から逃げるように寝室を飛び出した。しばらく、微笑みながら一刀が飛び出した扉を見つめていた段珪は深いため息を吐いて、テーブルに載る茶をカップに注ぐと、それを飲み干した。 ■ ペロ……これは、青酸カリ!結局、徹夜になってしまった。今はもう陽が上り、洛陽の雄大な城の輪郭を徐々に映し出し始めている。街の人々も、夜明け前からチラホラと通りを行き来し始めて、朝を迎えて街が息づくのが離宮であるここからでもしっかりと眺めることが出来た。劉協は昨夜、あれだけの熱弁を奮い続けて疲れてしまったのか、今は寝室で眠っている。部屋に居るのは、音々音と一刀だけであった。段珪のはからいで、朝食を手配して持ってきたものを二人で頂こうとしている所だ。流石に宮内で奮われる料理なだけに、普段は食べられないような高級な物がずらりと並んでいたが一刀も音々音も、不思議と食欲は沸かなかった。普段は他愛の無いことを話して雑談に耽る一刀たちであったが今日の朝食は特に静かだった。いざ食事を始めようとした時に、その沈黙は破られた。「一刀殿」「ねね、どうした?」「華佗殿が居ない朝食は、久しぶりすぎて変な感じなのです」「……そうだね」それだけ言って、一刀はふと気付く。自分のことだけで精一杯だったのですっかり忘れていたのだが華佗はどうしているのだろう、と。それを尋ねようと口を開く前に、食器を置いてその手元を見つめ続ける音々音に気がつく。一刀も同じようにスープを掬ったレンゲを戻した。「どうしたの?」「一刀殿……ねねは、断れなかったのです」「うん、それは俺もだよ」「ねねは一刀殿を主に戴いたのに……」「余り気にしなくてもいいよ。 これはねねのせいじゃないんだから」むしろ、音々音の実力を知っていた一刀にも、原因があるのではないかと思うのだ。この洛陽という場所では、滞在期間が4ヶ月にも及んでいる。陳宮という者が持つ優秀な頭脳は、見る人が見れば4ヶ月といわずに数日で理解できるだろう。有能な者を見れば、誘いたくなるというのが上に立つ者の性だ。実際、彼女は自分のところで働かないかと誘われているところを何度も一刀は見ている。あの人材に貪欲な曹操も動くほどの逸材なのだから、段珪が音々音に目を付けるのもある意味で当然の流れであったかも知れなかった。「これからどうなるか分からないけど、とりあえず一緒に劉協様を支えてみよう。 きっと、俺は音々音に頼る事が多くなるだろうけど、フォロー……補佐してくれれば嬉しい」「そ、それは当然なのです」「うん、俺も音々音が困ってる時に手伝える事があれば支えるからさ」「は……はい、あの、その時はよろしくなのです」「うん、こちらこそ、よろしく」そこでようやく、沈んだ顔を上げて音々音は薄く笑った。釣られて一刀も微笑んだ。昨日の夜から、笑い方を忘れてしまったかのように感じていた一刀だったがこうして親しい人と笑いあえる内は、まだ大丈夫だ、と一人、自分を励ましていた。食事をしようと料理に目を向ける。先ほどまで余り美味しそうに見えなかったご馳走が打って変わって美味しそうに見えた。(気の持ちよう、ってことなのかな、何事も)「あっ……一刀殿!」レンゲを皿に突っ込んで、口を開いた直後に自分を呼ぶ声が耳朶を撃ち何故か音々音が物凄い勢いでタックルを、いやむしろ飛び蹴りのような物が視界に映る。一瞬のことで咄嗟には反応できず、一刀は音々音のいきなりの凶行に為すすべなく蹴り倒された。派手にぶっ倒れた一刀は、料理そのものも床にぶちまけてしまう。けたたましい音が響いて、鶏がらスープを頭から被った一刀は流石に怒った。「いきなり何をするんだ、ねね!」「一刀殿、この料理を食べてはいけないのです! これは、毒です!」「何をっ……え、ど、毒ぅ!?」「そうです、昨日、華佗殿が帰り際に見つけた毒の匂いと同じなのですぞ。 下手に食べない方が良いです!」一刀は床に散らばった料理の一つに近づいて鼻をヒクヒクと動かす。確かにツンと来る匂いは独特の物であったが、気にしなければ全然気付かないレベルであった。何かの香辛料だと言われれば納得できるくらいだ。『“南の”、どうなんだ?』『うーん……ごめん、本体。 ちょっといい?』(あ、うん、分かった)本体と入れ替わり、数秒間、鼻を引くつかせてから床に落ちていた肉を一口のサイズに千切った。突然、毒だと注意したはずの料理を一刀がペロペロと舐めた上、口に含んで音々音は狼狽した。「一刀殿、何をしているのですかぁ~!?」「ご、ごめん、ちょっと調べてて」「それで死んでしまったらどうするのです! すぐに華佗殿を呼ばなければぁ」背中をバッシバッシと叩かれて、肉が口から転げ落ちると同時に本体に身体の感覚が戻ってきた。約一分半ほど、“南の”は本体を操った反動で意識を落としていたが戻ってくると開口一番に口を開いた。『あー、頭無いけど頭重い……えーっと、分かったよ、確かに毒だね。 分かりにくいけど、舌先が僅かに痺れた 大量に摂取するとヤバイ類の物だね。 料理に入ってたらちょっと分からないよコレは』(マジかよ……俺殺されるところだったの?)『いや、本体を狙った訳でも音々音を狙った訳でもないと思う』『まだ此処に来て劉協様に協力することを決めたのは数時間前の話だよ。 たった数時間でこれだけ段取り良く殺そうとするなんて性急に過ぎる』『そうだな、普通に考えれば劉協様を殺そうとしたとか?』『在り得るけど、ちょっと弱いかな……あの子はまだ具体的な事を何も起こしていないし 昨日の話を聞いていたのは俺達と段珪だけだ』(じゃあ……料理を手配した段珪さんが?)自分で言ってて一刀は彼がそんなことをするだろうか、と首を捻った。自分や音々音が邪魔だというのならば、こんな回りくどい事をしなくても殺せた筈だ。何より、傍観するとハッキリ一刀に言っているのだ。彼が犯人だとは考え辛い。「これはやはり劉協様を狙った者なのでしょうか」「いや、可能性はあるけど違うかも知れない。 決め付けるのは早計だけど……そういえば、ねねは良く毒だと分かったね」「本当に僅かな差で気がつきましたぞ。 昨日、華佗殿に教えてもらわなければ絶対にねねも料理を口にしておりました」「そうなんだ……」『おい、もしかして街中にも出回ってるのか、この毒』『無差別テロみたいな? いやまさかそんな』脳内の自分達が言う無差別テロは、案外ありえるんじゃないか、と本体が考えていると入り口の扉が勢い良く開き、顔を青くして汗だくになった段珪が飛び込んできた。「おお、二人とも、無事であったか、劉協様はどちらか!」「段珪さん! 劉協様は、今眠っておられます……」「これはどういうことなのですか、場合によっては話を考えさせて貰うのです!」「すまぬ、これは完全に王宮の料理人の失敗だ。 いや、しかし良くぞ気付いてくれた。 寝ているとは、そうだ良かった、最悪の事態だけは防げたようだぞ」何時に無く早口で、感情だけが先走っているのか言葉遣いが普段とは比べ物にならないくらい変わっていたし、その繋がりも不自然な物になっていた。これだけ動揺しているのだ。 彼が犯人である線は、消えたと言って良いだろう。音々音も段珪の様子には気付いたようで、強張った声色で彼に尋ねた。「段珪殿がここへ急いで来たということは、既に何処かしらに被害を被ったのですね?」「その通りだ。 宦官から門兵に至るまで、結構な数が倒れてしまった。 噂では街にまで毒が出回っておるようなのだ」「街にまで!」「帝も倒れられた……非常に危険な状態であると、医師が判断しておる」「「帝が!?」」「そうだ、劉協様を起こさねば……」「分かったのです、ねねが起こしてくるのです!」音々音が寝室に飛び込んだのと同時、脳内に強く言葉が響く。その余りの言葉の響き、一刀は頭を押さえてよろけた。(痛って……いきなりどうしたんだ)『本体、華佗だ!』(華佗がどうしたって!?)『帝を治してもらうんだよ、そこで帝とのパイプを上手く繋げる事が出来れば 今後の見通しが明るくなるだろ?』『そうか、それが一番早いかも知れない!』(……なんか、病気の人を打算で救うってのもなぁ)『選り好みしてる時じゃないと思うけどな、俺は』確かに本体としても、生きる為に選んだ選択肢であり細部は違うとはいえ、この世界を駆け抜けた事がある脳内の自分達が生き抜くために提示してくれる物は正しい道であるように感じる。どっちにしろ、本体は今のような状況で機転を利かせる事が出来ないのは昨日の密会に立ち会った時に散々自覚したばかりだ。無理やり胸の内に燻るモヤモヤを押さえて、本体は告げた。「段珪さん、俺は華佗を呼んできます。 彼ならば、きっと沢山の人を……帝も救えます」「ああ、そういえば君と陳宮殿が一緒に住んでいたのは医者であったな。 よし、これを持っていきなさい、城への入場許可となる手形だ。 劉協様の印が掘ってある。 これならば何処でも自由に行き来できるぞ」「はい、ありがとうございます」手形を受け取って、一刀は駆けた。自分でこの選択をして納得できるかどうか、それは自信が無かった。しかし、余りに急転する事態が続いても、こうして自分が動けるのは脳内の彼らが道を示してくれるからである事も事実だ。どうせ流されるだけならば、少なくとも同じ北郷 一刀である自分の声を信じて動いたほうがきっと後悔は少ない。そんなことを思いながら、一刀は城内を駆け抜けて門を出ると、華佗を探し始めたのである。 ■ 華佗の一夜三人の男を救った華佗は、その後に続出した中毒者の手当てに奔走していた。寝ずに洛陽の街を駈けずり回り、既に名医だという噂が流れていた華佗の元には多くの人が駆けつけて治療を願ったのである。中毒患者が余りにも多い為、華佗は手持ちの医療薬が絶対的に足りない事に気がついていた。自身が気を練り上げ、救った病毒の気を消し飛ばすにしてもこれだけ人数が膨れ上がると、自分の気を使い果たしてそう遠く無い内倒れてしまうだろう。そこで華佗は、駄目元で薬の材料を調達してくれる人を募集した。命の危険がある重病者には直接自分が気を打ち込み、薬を与え比較的症状が軽い人間には薬のみの治療を施すことを決めたのである。この時、華佗に協力してくれた人の多くは、一刀の人脈から来る人たちであった。「おい、華佗殿、運んできたぞ!」「ああ、そっちに置いておいてくれ! おやっさん、あんたはコレを擂鉢で砕いてくれ!」「分かった、任せろ!」「おう! 一刀のところの名医じゃないか! 何が必要か言ってくれりゃ 俺がコイツで運んできてやるよ!」「分かった! 文字は読めるか? そこに材料が書いてあるから、それを持っていってくれ!」「あたし、文字読めます!」「よし、じゃああんたは俺について来てくれ!」とまぁ、このように街の住民が互いに助け合って、毒に犯された者は華陀の手により即座に治療された。また、拡大を防ぐために、鼻の奥を突くような匂いのする物は全て焼却するかゴミとして捨てるように、と集まった人々に指示を出した。一夜をそのようにして駆け抜けた華佗は、かなりの人数に気を送り込み流石に疲労が大きくなっていた。殆ど休憩もせずに動いていた彼は、ようやく人心地ついたように水を一気に飲み干す。そんな時、聞きなれた声が響くのを華佗はしっかりと捉えた。「華佗!」「一刀か! ここだ!」「ここに居たか、家に帰ってるかと思ったけど」一刀は思ったよりも簡単に華佗が見つかって、安堵の息を吐いた。宮内を駆け抜けた彼は、帝が倒れて混乱に陥っている様子をしっかりと見てしまったのだ。普段、城の中で見るはずの無い庶民の一刀が通っても無視してあちらへ、こちらへと足を動かす事に集中する者ばかりであったのだ。「街中に中毒者が蔓延しててな、帰るに帰れなかった」「そっか……それよりも」流石にここで迂闊に 「帝が倒れたお」 とは言えなかったので華佗の耳元に口を寄せると、小さく事実を呟いた。宮内も、中毒者が多い、と。「そうか……幸い薬は余るほど大量に作ったから。 症状の軽い者なら、この薬を煎じて飲んで数日療養すれば完治するだろう」「重い者は?」「直接針から気を送らなければ難しい。 しかし城か。 勝手に入れないから、強行突破するしかないか?」「大丈夫だ、通行手形は俺が預かってる。 すぐに来れそうか?」「俺は医者だ、病魔に犯され苦しんでいる人が居るのならば、何処にでも行く!」「よし! じゃあ行こう!」一刀と華佗で薬の入った壷を分けて持ち、二人は城へと向けて踵を返した。途中、一刀が余りの壷の重さに足が鈍ったため、緊急措置として脳内一刀達がローテーションを駆使して身体を操り華陀に遅れることなく王城まで駆けることが出来た。 ■ 黄天當に立つべし「みんな大好きー!」「天和ちゃ~~ん!」ほわぁあああっ、ほわぁああぁぁああああああああほわあああわあああああほわぁぁほわあぁぁぁぁあほわあぁぁああホわあわほわほわああああああああ「みんなの妹!」「地和ちゃ~~~ん!」ほわあああわあああああほわぁぁほわあぁぁぁぁあ「とっても可愛い」「人和ちゃぁ~~~ん!」ほわああああァほわあわほわほわああああああああ「今日はありがとう! また私達の歌を聴きに来てね~!」とてつもない盛り上がりを見せて、彼女達の3時間にも及んだ公演は終了となった。その盛り上がりの一端に、桃色の髪を腰まで降ろした少女の服が捲くれて瑞々しい肢体を一瞬とはいえ、覗かせたことが最大の要因であることは間違いなかった。そんなハプニングを興した当の本人は、失敗失敗、なんて言いながら舌先をチロっと出して普通に流してしまったりしたのだが。異様な盛り上がりと奇声が入り混じるこの空間。ここは許昌に程近い、打ち捨てられた砦に手を加えて公演会場とした場所であった。なぜ、コレほどの人気を誇る彼女達が都市部で歌わないかというと最近ちょっと彼女達の思惑とは違う頭の痛い問題が発生してたからである。「あー、もうちぃ疲れちゃったー。 どうして夜逃げみたいな感じでこんな街外れまで歌いにいかなきゃならないのよ」「でも、皆喜んでくれてたよ~、私あんな大勢の人の前で歌うのって初めてー」「喜んでたのは天和姉さんが脱ぐからでしょっ! 一番歓声が凄かったもん」「あれは事故だもん~、勝手に捲れちゃって困っちゃった~」「さすが天和姉さん。 自然に観客達を魅了してるわね」「よぉーし、次はちぃも脱ぐ!」大胆な発言が地和から飛び出して、天和はビックリしたように目を丸くし人和は深いため息をついて首を振った。「でも、あまり興奮させすぎるのも考え物でしょ? 最近、私達のファンが興奮して暴徒化してしまう事があったから……それにちぃ姉さんのじゃ 天和姉さんみたいに良く見えないかもしれない」「んなっ、失礼ねれんほー! それに興奮した人だって、私達が悪いことしてる訳でもないのに こそこそと公演するのなんて納得いかないわよ」地和は唇を尖らせて、ブーブーと不満垂れていた。それを宥めるように天和と呼ばれた少女が彼女の頭を抱え込む。「ぶわっ、ちょっと止めてよ天和姉さん! 髪型が崩れちゃ……うぶぶ、息が……」「もー、あんまり言ってるとほらぁ、れんほーちゃんも困ってるよ?」「天和姉さん、あんまりやると息ができなくなるから程ほどにね」「だいじょうぶだよぉ~、そんな失敗しないもん」「あぶぶぶ、あぶぶぶうぶ」「……だといいけれど」そんな漫才のような会話を繰り広げている彼女達の元に、一人の男が近づいてきた。黄巾を右肩に巻きつけ、胡散臭い笑みを貼り付けながら。それに気がついた天和と人和の動きが止まる。三人が気がつけば、この辺一体の彼女達に熱狂する人達をまとめている男であった。殆ど突然と言っていいほど、いきなり現れて彼女達の追っかけを纏め上げた男。その男は波才と呼ばれていた。「張角様」短く名を告げて、彼は桃色の髪をした少女を張角と呼んだ。「張宝様、張梁様」続けて、先ほどまで天和の胸に顔を埋め、あわば窒息死かという所まで追い詰められた少女。波才が現れてから、眉を顰めて睨むような視線を向けている少女。それぞれを張宝、張梁と呼び彼は頭を垂れた。「何か用ですかー?」張角が気の抜けたような声をあげると、波才は頭を上げてコクリと頷いた。「陳留で、次の公演を希望する者がおります。 もしお暇がありましたら、そちらに向かって下さるとありがたいのですが」「うーん、陳留かー」「あっちの方は、まだ公演を開いた事が無かったわよね」三人の娘はそれぞれ頭の中に場所を思い浮かべて、人和はまだ公演をしたことの無い場所ということに気がついた。ここ最近は移動に移動を重ねて歌っているので、暫くゆっくりしたい気分でもある。「はい、陳留での公演が終われば、暫くは希望している者も居ませんので」波才のその言葉に、三人は顔を見合わせて頷いた。後一度だけだというのならば、自分達の歌を待ってくれている人の為にも行って歌ってあげたい。そうした地道な活動を重ねて、ようやく彼女達は今の人気を手に入れたのだ。その後の話は特に早く決まった。「じゃあもう一息頑張ろっか?」「そうね、今度こそお姉ちゃんよりもちぃに歓声を向けさせてあげるんだから!」「服は脱がないでね」「むー、私も負けないわよー!」「私だって!」「……脱ぐって話じゃないよね、姉さん達」「……では、失礼します」翌日。張角、張宝、張梁の三人娘は、意気揚々と陳留へと向かった。彼女達の熱狂的な追っかけは、不思議なことに三人の後ろには誰一人としてついていかなかった。一応、彼女達の護衛と小間使いにという意味で、何人かの人間に“黄巾”を身につけさせずに当ててはいるのだが。もしも、彼女達がこの事実に気がついていれば、違った未来もあったのかも知れない。「よし、全員揃っているな!」打ち捨てられた砦には、昨日の公演の時と殆ど変わらぬ人に溢れていた。そこに居る者たちは、殆どが農民であり、今の世に不満を多く持っている青年が多かった。「先ごろ、我々の同志である馬元義が洛陽への工作を終えた! 今や洛陽は、城の中も、そしてその街も、流行り病によって力を失いつつある! 皆も聞いていただろう、天和様の予言通りだ! これから我々は、内から同志の馬元義と共に洛陽を攻め、天和様の仰った “大陸を取る”為の一歩とする!」ほわああほわあああああああああ大歓声が響き渡る。それはもう、完全なる漢王朝への反逆の意志であった。ここまで気炎が上がったのは、世の不条理、漢王朝への不満もそうであったが何よりも自分の愛する天和や地和、そして人和達が望んだ大いなる未来の為という名目があるからだ。今の世の中を、断片的に捉えた歌詞の内容もさることながら彼女達の透き通るような声色に、新たな導き手を求めた多くの青年達は心を打たれて漢王朝への決起を決意したのである。その数、この砦に居る人数だけでも実に4万人を超える数に及んでいた。「明日、我等はこの地を出て朝廷の正規軍と当たる! 恐れるな、我等の天はすでに天和様を示すのように、黄天である! 腐った蒼い天は最早死に、我らが黄巾で突き破らなくては世の中は変わらない! 我らの手で、黄天の世の礎を築こうぞ!」波才の叫ぶような声は、後に大歓声と人のうねりにより地を奮わせる音となって響いた。満足気に波才は笑うと、奥の天幕へと姿を消した。「……波才殿、しかし何故、馬元義殿は毒を今使ったのでしょう?」「それは分からない……それに毒というのはよせ。 洛陽に蔓延したのは“流行り病”だ」「そうでした……しかし病が流行するのは、予定では、歳は甲子に在り、との筈でしたが」「ああ、何か予期せぬ出来事があって止むを得ない状況だったのかも知れん。 どちらにしろ、流行り病により混乱して機能を失ったはずの洛陽を、今攻めずして何時攻めるか」波才は、この計画を馬元義と共に練った時に、どんな状況であれ馬元義が仕込んだ“流行り病”が洛陽へ回れば、攻め取るということを取り決めていた。如何に数が居れども、所詮は農民達の決起だ。軍として事に当たるには、相手の混乱を誘わなければ勝ち目が無い。それが首都である洛陽ならば、尚更であった。本来ならば、この決起は歳は甲子に在り、とある様に、一斉に各地で反乱を行う予定であった。それだけ、今、洛陽付近に居る黄巾党だけが決起することは洛陽攻略に時間をかけてしまうと、諸侯が援軍として駆けつけてしまう可能性が高い。だからこそ、このタイミングで“流行り病”が回った事に波才は僅かながらも躊躇したのだ。「馬元義はもしかしたら、死んでしまったかもしれん。 しかし、奴が死んだという話はまだ来ていない。 最悪は俺達だけで攻めるとしても、今ならば洛陽を落とす事が出来るはずだ」「は、私は波才殿を、黄天の世を信じます」「ありがとう、では後事よろしく頼む」波才はそれだけ言うと奥に設置された寝台に飛び込んで寝転んだ。彼もまた、漢王朝に不満を抱き、激烈な決意を持って黄天を望んでいる男の一人であったのだ。張角や張宝といった人を集める才を持つ少女達を、漢王朝と戦う為に利用していることは多少の罪悪感があったがこうして黄巾党が立つ為にはどうしても必要な存在であることも、波才は理解していた。 せめて、この戦が黄巾の勝利で終わった暁には、全てを話して新たな帝の后にしてあげようと考えた。負けても、自分達が全ての責任を取り、彼女達は変わらずに旅芸人を続けていればいい。何も知らぬ少女達の事を考えながら、波才はまどろみ、やがて眠った。 ■ 一刀 きごう 華佗帝は、極めて重態であった。もはや意識は無く、吹き出る汗、下痢が止まらずに吐きだす呼吸は荒かった。一刀と華佗は宦官の段珪、そして献帝である劉協を先頭にして、その後ろを傍付きのようにして歩いていた。そして、帝の寝室で病態を見たとき、一番に駆け出したのは華佗であった。「なんだ、貴様は!」「何処から来たのだ、何者であるか答えよ」「俺は医者だ。 名前は華佗。 悪いが帝を診た医者は何処か教えてくれ」「は、私でございます」華佗は即座に、宦官であろう周りの人間を遠ざけて、診察した医師から話を聞き始めた。初期症状から現在に至るまで、患者にどういう反応があったか。意識は何時から無いのかを聞き出して、やがて頷きながら針を取り出す。額には、多くの汗が吹き出て、それを腕で拭いながら帝へと近づいていく。「華佗……最近巷で噂の医者か」「余計な真似をしおって、誰だ、呼んだのは」「これはこれは、劉協様。 華佗を呼んだのは劉協様でしたか」「呼んだのは、私の傍仕えとなった一刀だ。 それよりも、どうして父様が倒れたのに私へ話を通さなかったのです」「申し訳御座いません、すぐに知らせようと思ったのですが 何分、我々も劉宏様が倒れて混乱しておりまして、報告が遅れてしまいました」「……そうか」そんな周囲のやり取りを見ていた一刀は、周囲の視線が自分に突き刺さっている事に気がついた。本体は何故、視線が向けられているのか分からずに頬を掻く。『宦官の皆さんは、どうやらあまり劉宏様を助けたくなかったみたいだな』『そろそろ、小帝へと帝位を移そうと考えていたのかもしれないね』『……こんな物を知ったんじゃ、そりゃあ華琳は怒るだろうな』『諸侯が立つことになったのは、それだけの理由があったって事だろうな』『なんか……嫌な感じだね』『同感だ』そんな脳内の声を聞いて、一刀は胸が苦しくなった。どうして同じ人間を、こうも簡単に権力の道具にすることができるのだろうか。彼らの思考は、きっともう本体には理解の出来ない場所にあるのかも知れない。「うぉぉぉおおおお!」華佗の声が響く。 自分の瀕死の身体を治療した華佗だ。帝が復活することに、確信染みた感情が浮かんで一刀は周囲の宦官相手にざまあみろ、と言った感情がふつふつと湧き出た。それは、脳内の彼らの意識にも引っ張られていたかもしれない。「はぁぁぁ!! 一鍼同体! 全力全快!! 必察必治癒!!! 元気になぁぁあああれぇええぇぇぇ!!!」華佗の内に眠る、病魔を払う黄金の光が室内を包み―――そして即座に消えた。彼の突き刺した針は、確かに帝の腹部へと突き刺さっていた。しかし、華佗はその場で崩れ落ちるようにして膝をついてしまう。「華佗!?」「おお……名医と呼ばれる華佗殿でも不可能なのか」「なんということだ……」「このまま、帝様が崩御してしまうのか……」胡散臭そうな声が室内に木霊する。その言葉は芝居がかっているようにも聞こえた。「華佗、父様は救えぬのか? それほどの重体であるのか?」周囲の声に不安を後押しされたのだろう。劉協が眉を八の字にして華佗へと駆け寄る。劉宏は、確かに暗愚だ。客観視してしまえば、国政を放棄してしまい、やるべきことをやらずに税を取り立て能力ある民よりも、血を作ってくれる農民よりも、官位にあるものを重用し権力を与えて漢王朝の腐敗を進めてしまった国の王だ。だが、劉協からすれば帝である劉宏は、王である前に優しい父であった。死んで欲しいなどと思った事は一度も無い。いつか、父も兄も、そして母とも一緒に笑って食事を取りたいとも思っていた。こんなにも突然失うことなど、考えたこともないのだ。そんな彼女を安心させるかのように、華佗は劉協へと笑いかける。しかし、彼は誰がどう見ても、疲労の極地にあることは間違いなかった。「大丈夫だ……ゴットヴェイドーはこの程度でっ病魔に屈したりはしないっ!」「華佗……すまん、頼む、父様を助けてくれ!」「勿論だ! 俺は医者、病魔を払う為に学んできた知識を、技を、ここで腐らせてたまるものか!」『無理ね……』『え?』『“肉の”!?」(無理って……華佗にも治せないのかよ!?)『違うよ、きっと華佗は夜の間もずっと、ああして針を奮ってきたんだよ。 もう、彼は病魔の気を打ち砕ける程の気力は残っていない。 酷く不安定で、ぶれているし、下手をすれば華佗の命も危ないかもしれない』『なんだって!?』『それじゃあ、駄目なのか?』『……本体、ごめんね。 みんなも』(……なんだよ、急に)『『『『『『『“肉の”……!?』』』』』』』』『先に謝っておくわん』言うなり、一刀は唐突に身体が華佗の方へと駆け寄る。ついでに、意志に引っ張られて口が勝手に動いた。「天の御使い、北郷 一刀が、これより華佗へ天の力を分け与える! 我が気と精を与えることにより、帝は意識を取り戻すであろう!」『はぁっ!?』『な、なんだ! “肉の”、何をする気だ!?』『勝手に何やってんだよっ!』長ったらしい口上を、周囲に大声でぶちまけつつ、なおかつ脳内の文句をそよ風のように受け流し本体の身体は真っ直ぐに華佗へと向かっていた。突然の大声と、一刀の奇行に、全員の視線があつまりそして目を剥いた。「一刀!? 何を―――!」「華佗ちゃん、いただきますー! むっちうぅぅぅぅ」「ぶむっ!?」なんと、一刀は華佗の頭を両手でガッチリとホールド。そのままの倒れこむような勢いで、華佗の唇を鮮やかに奪うと強く強く、唇を合わせて呼吸を合わせた。抵抗する暇すら無い、流れるようなそれは最早連続技と言っても良いだろう程洗練された動きであった。更に、一刀は華佗の口内をねぶるようにして、舌を突き入れ追撃に余念がない。華佗の身体が、一瞬、陸に打ち上げられた魚のように跳ねる。劉協は一番近くに居たために、その行為の様子を間近で目撃。頬を真っ赤に染めて叫び声を挙げそうになるのを必死の思いで我慢した。周囲の宦官や侍女は、気が触れた狂人を見るかのような蔑んだ目で彼らの行為を眺めていた。「う……一刀……これは……」肉体の主導権が戻った本体は、華佗との熱い接吻に目が眩んでいた。もはや、何が起こったのか信じられないレベルであった。茫然自失した、と言っても良いだろう。そんな一刀に唇を思う存分と舐られた華佗は、身体に湧き上がる気力に驚愕した。そして、興奮したかのように立ち上がり、声を荒げる。先ほどまで疲労に膝を屈していたとは思えないほど、元気になっていた。「いける! これなら行けるぞ! 一刀、お前って奴は俺は何時も驚かしてくれる!」「……あ、華佗殿! 父様を救えるのですか!」劉協は今の出来事全て忘れることにして、テイク2に望むようであった。なかなかに懸命な判断であると言える。周囲の宦官が、馬鹿な、ただ男と接吻しただけで疲労が回復したり治療の技術が上がるわけが……などと囁きあっていた。「ハアアァァァ、今度こそ完全に病魔を消し去ってやる! 唸れぇぇぇ、我が気よ! 弾けろぉぉぉ! 病魔よ! 一鍼同体! 全力全快!! 必察必治癒!!! 元気になぁぁあああれぇええぇぇぇ!!!」 今度こそ、黄金の光は消えることなく帝の身体を貫き室内は黄金色の光に、長く、長く包まれたのであった。本体が気がついた時には、治療が終わっており意識を取り戻した帝に感謝されていた。後に、音々音の工作による“天の御使いが降りて霊帝を死の淵から救った”という流言が民草に広まり爆発的な勢いで、それらは大陸全土に流布したという。 ■ 漢という国を400年支え続けた巨龍は、腸から不満という名の臓物が飛び散り亡き崩れようとしていた。しかし、それを寸での所で阻止した二人の男が現れた。大きく歴史の流れが変化を迎えようとしていた日。われらが種馬こと北郷 一刀といえば……様々な人の思惑を乗せられて漢王朝に天の御使いとして、医者の華陀を伴い降臨したのである。帝は、自身の命を救ってくれ、朝廷に刃向かう乱の内応を暴いた一刀と華陀を絶賛した。帝を救う為に、天から使わした御使いであるのかと一刀は彼に尋ねられて、是と返す。この返答に気を良くした彼は、自らを天と名乗った北郷 一刀を、正式に漢王朝に降りた天の御使いと認めた上で今回の騒動の原因となった大陸に跋扈する賊の討伐を一刀に願ったのであった。一刀はこれに、音々音を自身の参謀に据えることを条件に承諾。ねねの実力を認めさせ安全の為に一刀の傍に置くことで権威を高めさせる。そして、劉協が権勢を握る為の一助となるための条件であり、布石であった。一刀と音々音は朝廷の官軍だけで防ぐことは出来ないと考えまずは洛陽で滞在している諸候へ軍議を行うことを知らせ、参加するよう呼びかけた。軍議に参内した者は、それまで官軍を取りまとめていた皇甫嵩を筆頭にして袁紹、何進、孫堅、袁術、劉表、そして董卓であった。歴史の中で、“黄巾の乱”と呼ばれる物が始まろうとしていた…… ■ 千里走った「朱里ちゃん、すごいよ……見て」「なに? 雛里ちゃん……あわわ、こ、これって」「ね……すごいよね」「う、うん……すごい、その、想像が膨らむね、雛里ちゃん」「うん、膨らむよ……」風の噂で天の御使い、北郷一刀と帝を死の淵から救った天医、華佗の名が広まり帝を治癒する天の力を与えるため、北郷一刀が華佗と“まぐわった”という話が伝わった。荊州北部を中心に、二人を題材にした図解入りの八百一なる本が高い評価を受けることになった、らしい。 ■ 外史終了 ■