clear!! ~都・洛陽・巨龍が種馬のテクい愛撫で鳴動してるよ編~clear!! ~都・洛陽・先走り汁を抑えきれずに黄色いのが飛び出たよ編~今回の種馬 ⇒ ☆☆☆~都・洛陽・諸侯が御使いに興奮を抑えきれなくなるよ編1~☆☆☆ ■ お礼参りに来たからよ ビキッ !?北郷一刀、そして華佗の二人は帝の命を救ったことから離宮の使っていない部屋を与えられて、そこで住む事をこわれていた。それまで生活をしていた街の平屋から引っ越すことになったのである。一刀、音々音、華佗の三人はそれぞれの私物を纏め使わなくなった家具を売り払い、あるていどの金額と換金して部屋を引き払った。そんな慌しく、時間が矢のように過ぎ去っていく中で新調する部屋の照明や、これから使う機会が増えるだろう墨などの日用品を買い込んでいる時だった。華佗が街中で最初に“毒”に気がついたという、料理を取っていた三人組の男が一刀達の前に現れたのだ。「あ、あんた、この前は助かった! 本当にありがとう!」「命の恩人だ、本当にもう駄目かと思ってたんですぜ!」「か、感謝なんだな」なんとも個性的な三人組であった。リーダーらしき中肉中背の男、一刀や華佗の胸元くらいまでの身長しかない男。そして、とても大きい身体を揺らす男の三人だ。特に最後の彼は、この時代どれだけ食べればこれほどの巨躯になれるのかと疑う程であった。彼らは快方してからずっと華佗のことを探していたらしい。ところが洛陽の街のどこを探しても見つからず半ば諦めていたところに丁度、一刀達が通りかかったという。「気にしないでくれ。 病魔に苦しんでいる人を救うのは医者の役目だ」「それでもだ、俺達はお上に言えない様な事もやるチンピラだが 命を救ってくれた恩人に礼をしないほどの畜生でもない」「あ、アニキの言う通りですぜ」小さい人の言葉に頷くように、巨漢は大げさに頷いた。「一刀殿、先に行きますか」「うん、そうだね。 華佗、先に行ってるから、後から追ってきてくれ」「か、華佗? まさか貴方様が天医と呼ばれている華佗殿なんで?」「それじゃあ隣のお方は、まさか天の御使い……」「す、凄い……」まだ帝が倒れられてから一日しか経っていないというのに、噂は爆発的に広まっていた。メディアというものが発達しておらず、新聞もテレビも無いこの時代であるのに天の御使いという通り名はあり得ないほど民草に浸透していた事に、一刀はここで初めて気がついた。街の中央広場で看板のような読み札が掲げられていたのは一刀も知っている。と、いうのも、正式に“天の御使い”が王室に降りたことを劉協が広める事を提案し帝がこれを認めたからである。何よりも帝は、命を救われた事に対して一刀と華佗には特に厚遇するように自ら話していたので劉協が何もしなくても、近い内に同じ様なことが起きただろう、とは脳内 in 俺の言だ。が、この予想以上に民草に話が広まった事実は、ある種の皮肉を孕んでいたと言える。そもそも、帝が天であるという認識が無ければいけないのに、帝を蔑ろにするように胡散臭い男が名乗った“天の御使い”というものが許容されたばかりか、突然現れた正体不明の青年を根拠も無く期待を抱いたり、歓迎するように受け入れたりする者が現れたのだ。つまり、民の反応から帝は既に“天”では無いと言っているように捉えることが出来た。これを言ったのは音々音で、劉協に仕えている現状、彼女はこの事実に良い顔をしていなかった。それはともかく。まるで釣堀に投げ入れた餌に食いついてくるが如くの勢いで興奮した三人の男に一刀達は思わず押されて足が止まる。「す、すげぇ……握手してください!」「チビ、てめぇ汚ぇぞ。 俺からお願いします!」「ちょ、待ってくれ、何処の有名人だ俺は!」「確かに、今や一刀殿は有名人ですけど……」「ああ、いやそうなんだけど、そうじゃなくてさ」「三人とも、一刀も困ってるしその位にしておいてくれ」「あ、そうでした、元々は華佗様に礼を言うためだったんでした」「わ、忘れてたとは不覚なんだな、アニキ」「馬鹿っ、デクッ、そういうことは思ってても口に出すんじゃねぇっ!」アニキと呼ばれた男がデクの尻を思い切り蹴飛ばすが、彼は少し揺れただけで大したダメージを受けた様子は無さそうであった。一刀はデクと呼ばれた男の事を、自分の抱く武将のイメージと照らし合わせて、許緒ではないだろうかと予想した。『よし本体、表でろ』『『『落ち着けよ』』』(う、ごめん……)怨念めいた誰かの声が頭に響いてきた。どうやら途轍もない間違いだったらしい。経験を踏まえると、この世界での許緒はどうやら女性のようである。「アニキ……せっかく天の御使い様が居るんでさぁ、アレ、話しておきやせんか?」「そうか、そうだなぁ……」「ア、アニキ、いい方法も思いつかないし、い、言った方が良いと思うんだな」「なんだ? 一刀に話があるのか?」華佗に尋ねられて、アニキと呼ばれた男は僅かに悩むそぶりを見せたが腹が決まったのか、周囲に視線を巡らせて華佗の耳元へと口を寄せた。「ここじゃちょっと……人気の無い場所に移動できませんかね?」 ■ まどろみの中へアニキから話されたことは、三人に強い衝撃を与えるととも、貴重な情報となった。それは、馬元義の行動の詳細を知ることが出来たのである。もともと、彼らも馬元義と同じく、蜂起に加担していた黄巾の賊であったという。馬元義から頼まれた工作を終えて、黄天の世が近いことを祝して開いた宴会の最中毒に侵されて華佗に救われたというのだ。ここで重要なのは、彼らが馬元義の蜂起を行うための工作に関わっていたことである。元々、馬元義とは面識があったわけでもなく、黄巾という繋がりから宮内工作の手伝いを頼まれたそうだ。この事実から、馬元義はアニキ達を利用してそのまま切り捨てる予定であったことがハッキリと分かる。アニキ達も、祝宴の最中に毒が体内を巡ってからその事実に気がついたという。「それで、この毒なんですが……こんなに早く街中に広めるつもりは無かったと思うんすよ」「あいつ、言ったんですよ。 蜂起の時まではまだしばらくかかるって。 俺達も、下っ端とはいえ黄巾の人間、黄天を仰いだ者ですからね。 殺すつもりでも、俺達に不審に思われないよう、教えてくれたんでしょうが…… とにかく、毒を仕込むまで時間を置きたかったんじゃないかって、話してたんですよ」多分にアニキ達の推測を含んだ話であったが、分かる話でもあった。確かに此度の、毒が蔓延した事件は街に広がり、住民が倒れ、帝までもが倒れるという大事にまで発展し大変な混乱を巻き起こしている。もしも蜂起の日と同時に起こったとすれば、各地に比べて官軍が集まり、充実した戦力が揃っている洛陽でも大きな危機が訪れていたことだろう。「この話、他の人には?」「いえ、まだ御使い様達にしか……俺たちの立場を考えるとおいそれと喋れないっす」「そっか、貴方達は黄巾の人だったね」「もともとはただの追っかけなんですけどね、まぁ盗みも殺しもしやした。 賊ってのは否定できないんですが……」彼らの話を聞き終えると、一刀と音々音は顔を見合わせて頷いた。アニキ達の齎した情報から、黄巾党の動きがすぐにでも激化する可能性があることに気がついたからだ。一刀は脳内の自分の言葉で。音々音は自己の持つ智謀ゆえに。「分かった、とりあえずこの話は預かっておくよ」「アニキ達は、この話を他の方にしないようお願いするのです」「あ、ああ、分かりました」「それと……できればこのまましばらく洛陽の街に居て欲しいのですが」「え、何でなんだな?」「今度会うときに、お願いしたいことがあるかもしれないからですぞ」そこで華佗も合いの手を入れて、アニキ達は洛陽へ滞在することに頷いた。本来の目的である華佗への礼を是非したい、と食事に誘われたものの一刀と音々音は遠慮して、先に王宮へと戻ることにした。二人には、一刻も早く為さねばならぬことがあったのだ。考えることは山ほどあった。山ほどあるのだが、現状で手をつけてもすぐに限界を迎えることは目に見えている。二人は新たな居となる部屋へ辿りつくと、室内をぐるり見回し、邪魔にならない場所に荷物を纏めて早足で寝室へと向かった。とりあえず布団と枕があることを確認すると、吸い込まれるように飛び込んで睡眠に及んだ。それこそ、泥のように眠るという表現がぴったりだ。一刀も音々音も、昨日から一睡もせずにずーっと起きていたのだから当然だろう。窓から差し込む陽の暖かさからか、驚くほどの速さで二人の意識は落ちていった。後に、華佗が戻ってきて寝室を覗いた後、ポツリと呟いた。「やれやれ、仲が良いな」彼もずーっと起きてはいるのだが、一刀……“肉の”に気を注入されたせいかそれとも注入されてしまった気が“肉の”だからか、眠気などまったくせずにそのまま引越しの荷解きをはじめて全て一人で終わらせてしまった。それでも元気があり余っていた為、部屋から飛び出して患者が居ないか辺りをうろつき回ったという。 ■ 寝起きの迷走目が覚めた時、辺りは真っ暗で何も見えなかった。随分と長時間の睡眠に及んでいたのだろう。頭が重く、瞼を開くのにも気力が必要なほどであった。二度三度、目頭を腕でこすって意識がだんだと戻ってくるとようやく闇に慣れてきたのか、音々音の視界がはっきりしてくる。と、同時に彼女は固まった。ついでに自分がどういう状況であるのかを頭が理解するごとに、体中の血液が頭に集まってくるようであった。どうしてこんな事になっているのか、との疑問に彼女の明晰な頭脳は、寝ている間にこうなったのだ、と答えを返してくる。しっかりと答えが出ているのに、音々音の脳はどうしてこうなったという言葉ばかりが浮かび上がるのだ。まず一刀が横に居る。これは音々音もギリギリ寝る前に確認していたことなので横で一緒に寝ているのは良い。むしろ大歓迎だ、問題などない、バッチコーンだ。何がまずいって、言うまでも無くそれは体勢である。どうすれば一刀の顔を胸元に抱え込み、音々音が彼の耳を甘噛みしているかのような体勢になれるのか。身体を離してしまえばそれで済む話なのだが、音々音は何故かそのまま一刀の頭を掴んで動かない。普段は見上げなければ見えない彼の顔。覗き込むように、おでこの上から見るとまた違った、音々音の知らない一刀の貌を知った気がした。規則的に繰り返される呼吸が、確かな温かみを伴って音々音の胸を打っていた。毎日、それこそ何度も見ている顔が、今は別の何かであると思うほど違う物に見えた。鼓動が早くなるのを押さえることが出来なかった。「一刀殿……」ぼんやりと一刀を見つめて、名を呼ぶ。穏やかに眠る彼からやや離れて、音々音は誰も居ない室内をぐるり見回す。ゆさゆさと頭を揺すってみるが、起きる気配は無かった。飲み込んだ唾液が喉を伝い、ゴクリと息を呑む音が室内の静寂切り裂いて響く。そこは確かにただの寝室であるのに、異様な空間に居るように思えた。「か、かずと……」震える唇が、想う人の名を呟く。敬称を初めて除いて口に出しただけで、音々音は妙に沸騰していく自分を自覚する。何をしているのか。何をしようとしているのか。どこか冷静である部分がそう呟いているのだが、それも視界に一刀の唇を捕らえるまでだった。まるで何かに引き摺られているかのように、いろんな事を考えていた頭の中が吹っ飛んで真っ白になった。最早、思考は消えてソレ以外の事がまさしく目に入らなくなってしまう。そして彼女は一刀の顔にゆっくりと近づいていき、二人の唇が確かに触れ合った。それは優しい、ただ触れるだけの物だったが音々音の心を驚くほど充足させたのである。心の中で一刀の名を呼んで、彼女は夢のような一時であると感じていた。 ■ まどろみの中「かかかか、華佗殿! ねねは何をしていたですかっ!?」「いや、何をと言われても、別に変なことはしていなかったと思うが」「うあぁ~、誰かねねを消してくだされ~! そ、そうだ、身投げをするのです」「ま、マテマテ落ち着け、良く分からないが一刀と唇を合わせていたことに何か問題があったのか?」「語るに落ちたのです! っと、いうかこれではねねも自滅なのです!」「身投げされて困るのは俺だぞ、いいじゃないか接吻くらい―――」「言うなー!」「うわっっと、元気だな! でも蹴撃を加えるのはやめてくれって!」時間の感覚が気薄になり、ふと目を覚ませば隣の部屋で卓を囲んで話す華佗と音々音の姿が僅かに開かれた扉の隙間から映る。しばらく大きな声で言い合い、内密に……だとか約束だ、とかそんな声をかけあってじゃれあいをしていた様だが華佗のある声を切っ掛けに二人の声のトーンが下がった。「……より、帝のことなんだが……だ、俺が診たか……だろう」「むむむ、話を……まぁ、では2年……もしかしたら……ということなのですか」「そうだ、俺の……判断したが、実際……」「ねねの聞いた……短い……」「こればかりは、俺も……」二人の声が一刀の耳を打って、それはとても心地よくも懐かしくも感じられた。それらの声は、まどろみに中に居る一刀にとって何一つとして意味のある言葉として聞こえてこなかったし話の内容も理解していなかったが、二人の声は彼を安心させた。それはただの既視感であったが、それだけで一刀の心は落ち着きそのまま起き上がる事なく目を瞑ると、再び眠りの中に身を投じた。そして映るは荒唐無稽の情報と景色、人々と想いの断片。これは夢だ。たった今、既視感といったものと似たような場所、似たような会話、似たような景色。場面、立場、居場所を換えては類似した状況が羅列されていく。決まって最後は自分が起こされる場面だ。そして、きっとこれもそうだ。視界に映すのは人肌の、筋張って硬い筋肉と顔に重なる黒い闇。世界崩壊の序曲のような言葉が一刀の耳になだれ込んでくる。「あらん、ご主人様起きたのねぇん お・は・よ・うんむぅぅぅぅ」「おお、貂蝉! ぬけがけは許さぬぞ! どれ、わしも一つ、むちゅううぅぅぅぅ」「うわあああぁぁぁあああ!」飛び起きた時、一刀の身体は寝汗で気持ち悪いくらい下着が張り付いていた。最後に何かを見た気がしたが、思い出せなかった。禍々しい物が近づいてきた気がしたのだが。恐らく脳が強制的にシャットダウンしたのだろうと判断すると同時に、隣の部屋から音々音が顔を出した。「一刀殿、うなされていたようですが大丈夫ですか?」「うあ……え……肉? ねね? ああ、大丈夫……妙な夢を見ていたみたいだ」「……肉? 顔が青ざめているのです、もう少し眠っておくですか?」「いや、なんでもない、気にしないで」目を手で押さえて擦りながら、寝ぼけている頭を振って答える。音々音はその様子を見てから一度部屋を出て、水を持って戻ってきた。「ああ、ごめん、ありがとう」「寝汗も随分かいたようなのです。 替えの下着を用意しておくですよ」「悪いね」「えーっと、おっけい、なのですぞ」音々音の話によれば、一刀は丸二日も眠っていたそうだ。あの事件から、息つく暇も無く起こった連続的な出来事に心身ともに疲労が濃いとの事だった。『心……というか意識だけの俺達でも物凄い負荷がかかったからな……』『ああ……』どこか憔悴したような脳内の声に、本体は苦笑した。実際、本体もこうして寝て起きて、ようやく心の整理が出来ている。正直、整理が終わっているとは言えないが、あまり考えないようにして無理やり納得していた。『「終わった事だ、ポジティブにいこう」』確かにアレはとてつもない衝撃であったが、“肉の”が動かなければ帝が崩御していたかもしれない。“天の御使い”を名乗れる機会が訪れなかったかも知れないのだ。それに、マウスtoマウスは素人でも出来る人命救助であり今回の件は人工呼吸の間接的応用みたいなものだ、多分。全・北郷一刀はこの様な結論に至って、心の平静を保ったようである。 ■ 内心どうなのよ「華佗殿ですか? 帝の容態を診るために呼び出されておりましたぞ」「そっか、あいつも大変だね」「華佗殿は、まさしく医の道に全てを捧げておられる者です。 正直言ってしまえば、医療馬鹿なのです ついでに出歯亀やろーなのですぞ」「ははは、でもそれは素晴らしい馬鹿だね……出歯亀?」「な、なんでもないのです」「……うーん? まぁいいか」やや釈然としないものを感じた一刀であったが料理を受け取り終わった音々音は平然としていたので別に大した話ではないだろうと判断して流した。給仕から運ばれた物を音々音が皿を一枚取っては一口食べて、食卓に並べていく。水瓶で顔を洗っていた一刀はその様子に気がつくと首を傾げた。「ねね、何してるの?」「毒見なのです」あっけらかんと言い放った音々音に一刀は最初、何を言われたのか理解が出来なかった。確かに、事件があったばかりであるから、料理に対して不信感を持つのは分かるのだが毒見をされるとは思わなかったのである。『そういえば、俺も地位が高くなったときは毒見されたっけ……』『俺もそうだったなぁ』(でも、毒見って……そんなの言われたら、しなくてもいいって思っちゃうよ)『俺もそうだったけど、やめろって言っても断られるだけだぞ』『うん、こういうのって何故か断られるんだよなぁ』『俺達も、みんなが大切だから止めて欲しいんだって言っても駄目なんだよなぁ』『うんうん、こういう所は頑固な娘達だった』(そっか、体験済みなんだ……)『『『『『うん』』』』』音々音は全てを食卓に並べると、満足げに頷いた。どうやら、良く分からないが彼女的に満足の行く内容であったらしい。毒見に対して突っ込みたかった本体であったが、無理やり納得すると音々音の対面に椅子を引き腰を降ろす。「一刀殿、朝食の準備が出来たのですぞ」「うん、頂くよ」一刀が食事を取り始めたのを確認してから、音々音は一刀が眠っていた時に起きたことを教えてくれた。まず帝との関係だが、特筆することは余り無い。“天の御使い”として漢王朝に認められたこと。書状で“天代”なる身分を与えられたということ。この役職は言わば、社長と相談役、みたいな関係となることを望まれているということだ。諸侯でいうところの客将のような扱いと考えていいらしい。帝は一刀の事をいたく気に入った。そんな彼を拾った劉協も同じく帝に心象が良かったらしく、帝は劉協本人に「まさしく天から恵まれた我が宝に命を救われた。 協には天の加護が授けられているようだ」と言したという。帝との疎遠な関係が続いていた劉協も、この言葉には嬉しさの余り、笑みを零して瞳を濡らしたそうだ。その日、劉協は久しく家族と共に食事を楽しんだという。「そっか、良かったね劉協様」「ですが、やはりというか劉協様には敵が多いようですぞ」これに面白くない感情を抱いている宦官が、少なからず居るようだとは段珪の証言である。ようやく劉協を遠ざけたと思ったら、如何わしい“天の御使い”を連れて戻ってきたのだ。しかも、帝の命を救うという大事を為して。現状、劉協や一刀に対して何かをしようという動きは無いみたいだがある少年の証言から妙な噂が広まっているという。“天の御使い”は、巷に跋扈する黄天からの御使いなのではないか、と。根も歯も無い噂だと一笑に付したいところだが、一刀には心当たりがあった。少年という時点で想像は付く。一刀はあの時あの場では、自分の命を優先して黄巾の馬元義であると名乗りを上げたのだ。当の馬元義本人を否定して騙ったのだ。あの場面に目撃者が遭遇していたのだとしたら、黄巾の人間だと疑うのは自然であった。「なるほど、一刀殿の事情は経緯は端折って聞いておりましたが それは初めて聞いたのです」「やっぱ迂闊だったよなぁ……上手く言い訳を出来ればよかったんだけど」「話を聞く限りでは状況が許さなかったのです、一刀殿の判断は間違っていないとねねは思うのですぞ。 それに、過ぎたことは気にしすぎても戻らないのですから」「うん、そうだね……けれども、何か考えておかないと誰かに追求されたときにまずいかな」開き直ることが出来れば楽なのだが、少年に一刀の顔を見られていないという保証は無い。むしろ見られて居ないと考えるのは楽観的に過ぎるだろう。“天の御使い”という名を得たからといって、それがそのまま諸侯への信頼にはならない。いくら迷信深い時代であるからといって、受け入れてくれるとは思えないのだ。むしろ、何処の馬の骨なのかと猜疑の目を向ける方が自然である。そう考えると、街中でアニキ達、元黄巾である三人と話をしたのもまずかったのかも知れない。人通りの少ない場所に移動していたとはいえ、少なからずの人には見られているのだ。その時の彼らの姿に黄巾は纏っていなかったが、それでも彼らが黄巾の賊として活動していた事実はある。通りがかった人間が誰も知らないとは言えないし、何処かで見られていることもあり得ただろう。それが発覚してしまえば、いっそう疑惑は深まるだろう。そして、アニキ達と言えば「毒の件、ねねはどう思う?」「情報が断片的で推測の域を出ませんが、それでも彼らの推測は正しいものだと思うのです。 馬元義なる男は洛陽を一時的にでも機能不全にさせる役割を担っていたと考えます。 その日に合わせて一斉蜂起の合図を、何らかの手段で送るつもりだったのかと」『そうだな、アニキ達に“毒”を仕込む理由もそこだろう。 計画を完璧に期す為に、事を知り得る者は問答無用で排除しようとしたんだ』『“呉の”、でもそれだけじゃ説明できないこともあるよ』『街に毒が出回ったことだな?』『そうそう』『宮内に毒が蔓延したのは、本体が運んだ荷物の中に混ざっていたんだと思うけど』『そこは俺もわからない……“白の”や“馬の”は分かるか?』『『うーん……』』「街に蔓延した毒ですが、宮内で使われた毒と完全に一致してると華佗殿が証明してくれました。 これはねねの予想ですが、事が一刀殿に漏れた内応者が目を他に向けさせるために ばら撒いたものかと思うのです」『『『なるほど』』』「そっか……」本体は複雑な気持ちを抱いた。毒を宮内、街中へばら撒いたのは追い詰められた徐奉であったのだろう。彼は騒ぎを拡大するのを阻止するために宮内に戻ったはずだ。少年から広まった噂を抑えきることが出来ずに、苦肉として毒を市街にばら撒いたのかも知れない。結局のところ、あの蔵であった出来事が全ての事件に直結しているのだ。もしあそこで馬元義を騙らずに助かる道を見つけることが出来ていたのならば今の中毒者が大量に出た事件を防げたかもしれないと考えてしまうのは自惚れだろうか。「それで、一刀殿は帝に跋扈する黄巾の賊の討伐を頼まれたのですよね?」「うん、でもまぁ、賊を討伐しに行かなくても……」「はいです。 “毒”の蔓延が蜂起の合図であるのならば、恐らく勝手に相手から突っ込んでくるです」「だよな」一刀と音々音は現状を整理すると共に、今後の確認をしあうように話し込んだ。その時に気がついたことがある。本体が持つ三国志の知識は、脳内の一刀の物よりも正確であることが殆どであった。そして脳内の一刀達は、一度乱世を駆け抜けて身についた確かな経験と世界の知識があった。この二つが、一刀がこの世界の誰にも持ち得ない大きな力であることに音々音との会話の中で強く思ったのである。 本体は三国志のこれからの事象を覚えている限りで脳内会議に送り込みそれらの情報と、現状、今居るこの世界の情勢を鑑みて脳内の一刀達が議論を交わしそれを元にした対黄巾の戦略を聞かされた音々音が噛み砕いて細部を詰めていく。時に音々音は興奮したように一刀との会話に熱を上げたが大体の今後の目処が立つと、茶を一口含んでから音々音は一刀を見上げた。何かを話そうと口を開いた直後、扉が開き室内に華佗が入って来る。「あ、華佗、お疲れ様」「おかえりなのです。 帝の様子はどうでしたか」「ああ、ただいま。 まだ暫くは床に伏せて居て貰わなければならないが 随分と体調は安定し始めたよ」一刀と音々音の囲んでいる卓の真ん中に椅子を引き座ると卓の中央に並べられた竹簡に目を落とす。それらの内の一枚を手に取って眺めると、諸候の名前や官軍の資料などが書かれていた。それを見ながら華佗は口を開いた。「帝のことだか、今回は問題なく治る。 だが、かなり奥深くまで病魔がこびりついていてな……1年か2年。 とにかく近い内に、体調を崩してしまうだろう」「そうなのか?」「昨日ねねにも話してくれたことですね」華佗は頷いた。今言ったように毒の侵は深く、華佗でも完全な治療は難しいとのことだ。次に体調を壊したときは、死の危険も高いという。帝の生死は一刀達にとっても、他人事では済まされなくなっていた。一刀も音々音も、今は劉協に仕えているのだ。話を変えるように、華佗は手に持った竹簡に目を落として「賊の討伐を頼まれたって奴の書か。 戦になってしまうのか?」「おそらくね。 こっちがしたくなくても、向こうから蜂起してくると思う」「そうか……多くの怪我人が出てしまうな」「そうだな……」「一刀はいいのか?」華佗は僅かに顔を顰めてそれだけを呟いた。彼の立場は医者であり、それ以外の何物でもないのだ。大陸の趨勢に全く興味が無いわけではない。彼にとっては乱がどう決着を迎えるかとか今後の天下の行く末がどう転がるのかとか、そんなものはどうでも良かった。華佗からすれば、怪我人がどれだけの規模で増えて、どれだけの人が助かるか。そちらの方が大きく関心を呼ぶ。こうした生き方が、ある意味で単純であり楽であるのを華佗は知っていた。ゴットヴェイドーの道、それは人の命を救う事が至上であり逆にいえばそれ以外のことは特に考える必要も無いということになる。ゆえに、華佗は大陸を回って徹底的に人の命、動物の命、それらを救う事だけを命題として今まで旅を続けてきたしそれを今後、覆すつもりは絶対に無かった。幾ら金を積まれようとも、どれだけの権力が約束されようとも、だ。だからこそ、華佗には若干の遠慮があった。一刀があの場で天の御使いを名乗ったことは、帝の治療に必要なことだったと華佗は考えている。自分が疲労で気を練れなくなり、一刀は“天の御使い”としての技を使わなくてはならなかったのだ。それが切っ掛けで、彼は帝に頼まれた賊の討伐を請け負うことになってしまった。友人である一刀が、自分の至らなさ故に乱へと首を突っ込むハメになったのだ。少なくとも、華佗だけはその様に捉えていた。「……まぁ、正直言って怖いよ。 俺は一般人だからね……急に権力を与えられてもさ」「ねねもその辺は同じように戸惑っているのですよ。 諸侯からの反感も、多かれ少なかれ出ると思うのです」「そうか、なんだかすまないな」「華佗が謝るようなことじゃないって……」何となく会話に沈黙が降りる。手持ち無沙汰からか、音々音は筆を墨につけつつ無意味に振っていたり一刀も一刀で水を飲んでみたり、肩を動かしてみたりしていた。二人とも、今回の事に不安はあるのだ。そんな様子を見ていた華佗は、明るい声を出して一刀へと声をかけた。「そうだ、一刀。 目が覚めたら言おうと思っていたんだが あれだけの気を送ったんだ……爆睡していたこともあるし…… 俺の診察を受けてくれないか?」「あ、それならねねは今の話を劉協様にお伝えする為に行って来るのです」「そっか……うん、じゃあ華佗、お願いできるかな」 ■ 続・誤り随分と深刻な顔をさせてしまった、と一刀は思った。診察をされてから数分、華佗は顔を思い切り顰めて腕を組んで黙ってしまったのだ。どこか悪い病気なのかと心配したが、どうやらそうではないらしい。服を脱いだ状態でそのまま放置されて、華佗は一人でなにやら呟いていた。まさか、とか、こんな事は、とか。どんなことだよ、と問い詰める雰囲気にもなれないので、仕方なく呆っとしていたのだが答えは華佗の口からではなく、脳内の一刀達から返って来た。『本体、話がある』(どうしたの?)『“肉の”の意識が戻らないんだ』『今さっき、点呼してみたんだけどな。 “肉の”が何処にも居ない』(えっと、一人消えちゃったってこと?)『消えたのかどうかは分からないけど……』『華佗って俺たちの事を、気で判断していただろう? それで悩んでいるんじゃないか?』『一人の気が消えたからだね……』(もしかして、皆も消えることってあるのか?)この本体の問いは、今となっては切実な物になってしまった。旅をしていた頃や、洛陽で仕事をしていた時ならば、むしろ居ないほうがアレも出来るし特に生活が大変な時期は過ぎていたので大した問題でもなかっただろう。だが、今となっては居なくては困る存在だ。帝に賊の討伐を依頼され、それを受諾した時から。いや、それ以前に徐奉と馬元義との邂逅から、本体は脳内の自分が居なければ生きていられないと思っているからだ。彼らの力なくして、今の本体は無かったのだろう。脳内の自分達が消えてしまうのに一番の恐怖を覚えたのは本体であった。「一刀、少しそこの寝台に寝てくれないか?」「もしかして、気が変?」「ああ……一応いっておくと、気が触れているという意味じゃないぞ」「はは、分かってるって。 仰向けでいいかい?」軽い冗談に苦笑を漏らして、華佗が頷いたのを確認すると、言われたとおりに寝台で横になる。上着を脱いで椅子を引き寄せ、華佗は一刀の丹田の辺りを手で押さえた。「一刀の身体なんだが、異常は何処にもなかった。 ただ一つ、一刀の中にあって騒いでいた気が抜け落ちているんだ。 人から気が抜け落ちるときは、すなわち死ぬときだ」「えっ!?」『『『『“肉の”が死んだ?』』』』『待てよ、決め付けるのは早計だろ』『けどさ……』『俺達だって何で意識だけになっているのかは謎だ。 いろんな事が考えられるだろ』『……』「一刀の気は、幾つもあるから一つくらい気が抜け落ちても身体に異常は無いかもしれない。 それに、沢山の気があるから俺が見えないだけで気は存在するかも知れない。 今から、俺は一刀の内に眠る気を集中して探る為の診察を行おうと思っている 少し痛いのだが……」「あ、ああ。 別にいいよ、頼むよ」一刀が不安げに了承を返したのを確認して、華佗は自らも寝台へと登って袖をまくった。右手に握られるは20cmはあろうかという太い針を持ち、左手には謎の液体が。馬乗りになるように一刀の足を臀部で押さえつけて華佗は右腕を大きく振りかぶった。「うおぉぉぉぉおお!」「おぉぉおぉい! 待て! ちょっと待てっ!」既に了承は取ってある。華佗に、躊躇う要素は無かった。何故ならば、これは治療の為の診察なのだ。「内に眠る気よ! 我が気に答えてその姿を教えよ! 一鍼同体! 全力全快!! 必察滴注! 全てを曝せえぇぇぇえええ!」「ぐっ!?」華佗の針が、一刀の関元中へと一直線へ振り下ろされて黄金の気が体内に沈むと、一刀の身体は呻き声を挙げつつ跳ねた。じわり、じわりと身体の中に広がる何かが一刀の腹部から伝わってくる。同時に、抗いがたい痛みを伴って広がっていった。華佗は苦悶に呻く一刀を無視して、手元に糸を引き寄せると素早く患部を縫合、治療。もちろん左手で持っていた消毒液をぶちまけることは忘れなかった。処置が終われば、今度は一刀に送り込んだ気に、華佗の持つ気を同調させるべく身体を引きつらせて脂汗を垂れ流す一刀を押さえ込みながら覆い被さった。「ぐぅぅ……こ、こんな方法しか無かったのか、華佗っ」「すまん、これしかない。 俺の気は、じきに霧散する。 それと同時に痛みも引くはずだ、悪いが耐えてくれ」「や、優しく無いんだな、気を調べるってっ」「すぐ終わるっ、頼むから動かないでくれ、調べにくい」「そんなこと言っても……いっっつ」二人の会話は実に真剣な物だった。一刀にとっては頼りにしている脳内の、言わば自分の生死に関わることだ。一方で、華佗も一刀の身体に眠る気は、医者として大いなる謎の宝庫である。今回、この方法を取ったことは華佗にとっても大きな冒険であったのだ。ただ、二人の声は防音処理の施されている部屋ではない。外に居る人間には聞こえてしまう。中途半端に。「ぐぅ……こんな方法……華佗っ」「すまん……俺の気は……同時にっ……耐えて」「や、優しく……気を……」「すぐ終わるっ……動かないで……」「そんな……いっっ……」こんな具合に。話は変わるが、この部屋に入れる人間というのは限られている。まずは一刀を“天代”と認め、華佗を“天医”と賞賛した帝。そしてその娘、劉協……彼女に仕えている宦官の段珪。この部屋で暮らしを営むことになった一刀と華佗、そして音々音。他にも給仕や、離宮に居を構えている人間も居るが現状では今挙げた人物が、部屋に入る事が許されているといって良いだろう。そして、つい先ほどから劉協が音々音を連れ立ってこの部屋に入室したばかりであった。「は、はぅっ……」「りゅ、劉協様っ!?」頭を押さえて、大仰によろめく劉協。それを慌てて支える音々音。本気で倒れそうになる身体を、ねねに支えられながらも何とか持ち直し妙に動揺して扉の前でウロウロとし始める。逆に音々音はというと、今すぐ扉をぶち破り事の真実を確かめに行きたかった。仕える主が目の前に居て入ろうとしない為に控えてはいるが、それも何処まで持つかという感じだ。「劉協様、とりあえず中に入ってみるのです」「し、しかし、ああっ、ねね。 私はこの中に入る勇気がありません」「ねねもそうですけど、真実は中に入るまでは判明しませぬ」思いのほか落ち着いていた音々音に、劉協はやや自分を取り戻して深呼吸を行った。隣の部屋から、ううっ、とかああっ、とか妙な喘ぎのような声が聞こえてくるし自身の父を治療する前に行われた、一刀と華佗の濃厚なアレを見ているだけに落ち着いて深呼吸は出来なかったが、それでも少しだけは冷静になれたのである。「でも、ですが、もし、殿方の、その、一物を見ることに……それもズッポリと小ケツに入っていたらと考えると私ではとても……」「だから、それを確かめに……いや、二人がそんな事をするはずがないのですっ! さぁ、早く入ってしまいましょう! 虎穴にいらずんば虎子を得ずなのです! こういうことは勇を持って何事も突撃、突撃なのですぞ、劉協様!」「こ、こけつにいらずんば……ねね、ここは一度退散をしたほうが……」「何を弱気なことを! 劉協様はねねが支えますからすぐに突撃を!」猪全開の発言をかまして、音々音は彼女を急かした。落ち着いてるようにみえて、しっかりと動揺している。結局、似たようなやり取りを数十秒続け、彼女達は意を決して中へ踏み込むことにした。そこで見た光景は。一刀は荒く呼吸をしながら脱力したように寝台に寝そべっていた。華佗は呼吸こそ荒くは無かったが、やや疲れたような満足そうな顔をして一刀の上から離れたところだった。服もおおいに乱れており、特に一刀は半裸であったが一応着衣の状態でもある。シーツは濡れているかのように独特の染みがあり、何故か血液のような赤い点が。どちらも喋らず、それはそう、何と言うかこう、薔薇の花が咲いた後みたいな。良く見れば、寝台の近くには針と容器などの治療具が目に入っただろうが彼女達が余裕でそれらの道具を見過ごしてしまったのは、衝撃故だろう。「ここここ、これは失礼致しました! 一刀殿、華佗殿、私が訪れたことは忘れてください!」「ぅぅぅ、か、一刀殿ぉ、これは一体~~!」この声が室内に響いて、初めて二人は劉協と音々音が部屋へ訪れていたことに気がついた。何故か劉協は平謝りをして、本来頭を下げる立場の華佗と一刀は眉を寄せて不審がった。何があったのかと音々音の方に首を向ければ、彼女は彼女でしきりに二人を視線で交互に追っており混乱していた。「一体何をしていたのですか、寝室で」「何って、診てたんだ。 分かるだろう?」「見ていません! 見たのはその、状況証拠というかなんというか……」「何を言ってるんだ? ちゃんと診たぞ、なあ」「そうだよ、二人が何に混乱しているのか分からないけど、診て貰っただけだよ?」「ね、ねねは一刀殿が普通であると信じているのです!」「ねね? まぁ、俺は普通だと思うけど……一体二人ともどうしたの?」「お二人こそ、どうしてそんな事を……それに見たか、見ていないかなど、女性に聞くものではありませんっ!」「話が見えないな……ただ、俺は医者だ。 ああして診るのは普通だと思う。 そこに性差なんてない」「華佗殿は医療と称してその、男と関係を持つような方なのですか!?」「先ほど言ったとおりだ。 男女で差別はしない」「はうっ」華佗の信念の篭った目で見つめられ、劉協は短く声をあげると左へフラフラとよろめく。これは、決意した者の目だ。誰にも止められない、確かな覚悟が力強い瞳となって如実に劉協へと説明していた。目は口ほどに物を言う、という話が真のことであったのを劉協はこの時に理解した。なんだかんだと華佗は一刀の内に眠る気を完全にとは言わないがおおよそ把握することが出来た。結果的には“肉の”の気は、途轍もなく弱ってはいるものの存在はしているとのことだ。基本的に、気というのは病魔や寿命でなければ自然に回復していくとのことで本体と脳内の一刀達は安堵の息を吐きながら、ため息も一緒に吐くという高等技術を披露していた。ため息の理由は言うまでもなく、ようやく話が繋がった4人の会話で音々音の誤解は無事に解けたものの、付き合いの浅い劉協とは結局勘違いされたままであることだった。今のところ劉協は、一刀と華佗の関係をキゴウがあるものとして見ており、盛大に見誤っていた。 ■ 勝利の栄光を君に劉協が訪れたのは、軍議が開かれる日時が決まったことを伝える為だったそうだ。本来ならばこの様な雑事は、劉協ほどの身分を持つ者が言伝のために一刀の元へと訪れたりはしない。身分もそうだが、立場的にも賊討伐を任された男の元に伝言をする皇帝の娘は普通居ないのだ。つまり普通じゃない訪問をする理由があった。それは、今後の彼女の身の振り方にも関わってくるものだ。“天の御使い”として現れた一刀は、帝から“天代”の役職を貰っている。その“天代”が勤めている場所は劉協の元なのだ。形式上は帝の客将ということになっているが、実質的には劉協の下でということになっている。それは離宮に居を構えたことや、一刀が接している人を考えれば分かることだ。この場所に一刀が居を構えた事は、ある意味で正解であったと言えるだろう。本人は知らぬ事だが、劉協の元には“天の御使い”に宛てられた大量の贈り物が届けられているのだ。どんな経緯であれ、今は時の権力者である帝・劉宏に気に入られ厚遇している一刀に自分を気に入られようと画策する者は沢山居た。全て劉協の膝元でそれらの贈り物は処分されているわけだが露骨に金銭を混ぜていた物もあり、それを見かけるたびに彼女は段珪へと愚痴を零したものだった。彼女がこの場に来たのは北郷 一刀という人間が“天の御使い”という名声を得たからである。彼女の持つ力は小さい。一刀と音々音を除けば、自分の身の回りを世話する者だけだ。段珪からは、既にこの話には関わるつもりが無いことを聞いている。この部屋に居る者が、彼女の持つ力なのだ。天の御使い、北郷 一刀。そんな一刀について回る小さな智者、音々音。残念ながら、華佗は誰かに仕えるつもりは無いとキッパリ断られている。よって部屋に居るのは劉協を含めた三人だけだ。「一刀。 この賊の討伐は成功いたしますか。 包み隠さずにお話してください」「まだ何も動いていないのに気が早いような気がしますが。 勝てるか勝てないかってことですけど、分かりませんとしか言えないです」「……」期待していた答えが貰えずに劉協は眉を顰めた。ここで言葉を濁したのは、一刀も音々音も官軍の質が分からない事にあった。いくら諸侯の軍を集めるつもりだと言っても、実際に戦場で立つ兵士達は圧倒的に官軍の数が多い。洛陽に留まっている諸侯は全員参加するとの旨を事前に貰っているがそれら全てを合わせても、数的に官軍よりも少ないのだ。黄巾党はその殆どが農民や圧制に苦しむ民であり、当然彼らの使う装備は貧弱だ。軍での行動というものを知っている人間が一体どれほど居ようか。その点だけ見れば官軍は負ける要素など無い。そう、無い筈なのだが。「この乱は世の中を憂い、今の王朝に不満を抱いた若者達の暴走なのです。 戦いが長引けば別でしょうが、始まったばかりは気炎を上げて 決壊した河川の如く、怒涛の勢いで洛陽へ向かってくると思われるのです」音々音の言葉に続くように、一刀が補足する。「それに当たって踏ん張ることの出来る精兵が、今の官軍に在るのかどうか、ということです」偉そうに言っている一刀だが、ぶっちゃけ脳内の受け売りだったりする。本体は軍略など知っている訳も無く、知識から引っ張り出して官軍の士気を憂いているのだ。「官軍とて柔ではないと聞いております。 賊の討伐も今回が初めての訳じゃない。 実力は信用できるのではないのか?」「今までは、相手の数が少なすぎるのです。 しかし、今回の乱は内応した者の数を考えても大きな規模になると予想できるのです。 賊の討伐といっても、公表されているものでも万の規模には届きませぬ」「そ、それでは此度の乱はそれを越えると?」「ねねはそう予想するのです。 ただの推測になってしまうですし、余り言いたくは無いのですが 官軍を超える規模もあり得ると」劉協は音々音の予測を聞いて絶句した。少し大きい戦になるだろうとは彼女も考えていたが、それは今までのような討伐行の規模よりもやや多いくらいだと勝手に思い、納得していたのだ。今まで官軍が相手をした中、一番大きな勢力でも規模が一万を超えた物はそうそう無いのである。あっても、昔といって差し支えないほど前の事である。それはつまり、官軍は今まで兵法としての前提。戦う相手よりも数に勝り、戦をしてきたということだ。「それでも悲観する要素は少ないはずなのです。 たとえ同規模の数が揃おうとも、我々のほうが軍という物について良く知っていますし 装備も錬度も賊に比べれば当然、上ではあるのですから。 短期決戦を許さなければ、負ける事はまず無く、勝てるとねねは思うです」「そうですか……きっと父様も軽い気持ちで一刀に討伐を頼んだのですね」『だろうなぁ』『学級委員にプリントのコピーを頼むような軽さだったからね』『仕方が無いさ。 あんな宦官が回りに居るんじゃな……』『そこに疑問を持って欲しいものだけど』『それが出来ないから、つまり、そう言われるってことだろ』『うん……だよね』(悪い人じゃ無いんだけどね……)しみじみと脳内と会話を交わしていた一刀であったが深刻な顔をして自分の重ねた両手を見つめている劉協に気がつくと少し励ましてあげようと考えた。「えーっと、そうですね。 まぁ官軍だって遊んで暮らしていた訳でもないんでしょうから きっと大丈夫ですよ。 なぁねね」「調練を見てみない事にはなんとも言えないのですが、恐らくは」「……一刀、貴方は元々は運送業の従業していた市井の者。 もし無理であるというのならば、無理に参戦しなくても良いのですよ」「お気遣いありがとう御座います。 でも、やるだけやってみますよ」「そうですか……いえ、今のは忘れてください」「ええ、きっと大丈夫ですよ、それに……」この心遣いは、一刀にも嬉しいものであった。自分を“天の御使い”という大層な肩書きではなく、一人の一般人として見て心配をしてくれているのがハッキリと分かったからである。事情を知る劉協だから、と言ってしまえばその通りなのだが変に持ち上げられてしまった感がある一刀にとって、そんな普通の気遣いが嬉しかったのだ。実際、持ち上げられたというか自分から壇上に上がっただけなのだがそれはそれ、である。言葉を途中で区切った彼は、音々音に首だけ巡らした。「心強い仲間が隣に居ますから」「か、一刀殿」「くすっ、そうでしたね……では一刀、ねね。 連絡があって、あと数刻で軍議を行うとの話でした。 二人とも、それに遅れないよう参加してください」「はい」「はっ」「漢を、よろしくお願いします」「やってみます……精一杯。 行こうか、ねね」「はいです! 失礼するのです、劉協様」二人の声には答えず、劉協は頭を下げ続けた。この戦の如何によっては“漢王朝”が倒れることになる。負けることは論外。劣勢であってもいけない。それは漢王朝に降りた“天代”が指揮するデメリット。漢の先を照らす“天”が、失われることを意味するからだ。民から見える天が、蒼から黄へ移ってしまうからだ。勝たねばならない。それも、出来れば圧倒的な勝利を。そうすれば、漢王朝は未だ健在だと示すと共に、彼女の元に転がり込んだ“天”が新たな龍となって劉協を、漢をまた支えてくれるはずなのだ。一刀と音々音の出て行った扉をじっと見つめ、自身の手が固く握られ汗ばんで居たことに気がついたのは二人が立ち去ってから随分と後の事であった。 ■ ぼそり軍議が開かれる事を知った一刀は、この場を開くに当たっての様々な雑事がある音々音と別れて一足先にと大きな会議室のような場所まで来ていた。床も壁も綺麗に清掃されており、資料のような物が机の上に置かれており予想以上に清潔感が溢れていた。部屋を畳と障子に模様替えをして、家紋などをぶら下げたりすれば一刀のイメージにある将軍と大名が話し合う物と、そう大差が無いように思えてくる。さて、何処に座ろうかとうろうろしていると、面識の無い人に御使い様はこちらです、と案内されてホイホイと着いていけば一番立派な椅子と机が用意されており、地味に引いていた。早く来すぎたせいなのか、まだ諸侯も誰も来ていないのは良かったと一刀は思った。全員が集まっており、視線が集中する中でこんな上座にドカっと座る姿など想像できなかった。一人で座っていても落ち着かないものではあるのだが。座っているだけで待つだけの一刀は、ふと机に置かれた竹簡を手に取る。どうやら軍議に参加する諸侯の名が連ねてあるようだ。「皇甫嵩、何進……袁紹、袁術……ふむぅ」流石に帝の命とも言える“天代”の声で集まった者達だ。一刀にも分かる有名な方々が随分と書き連ねてあった。ただ名前が書いてあるだけの物であるはずなのに、それを見ているだけで一刀はテンションが上がって来た。『随分と楽しそうだな、本体』「はは、だって有名人に会えるような物だからね」『軽いなぁ。 分かってるとは思うけど、“天代”は本体なんだよ?』『でも、何進さんとは俺も初めて会うから少し楽しみと言えば楽しみだな』『孫堅様の名もあった。 もう一度会えると思うと確かに嬉しい』『董卓も……月も来るのかな』『どうだろうね、詠だけかもしれないけど』『まぁ、誰が来ても俺たちは会えないようなもんだけど……』『言うなよ、皆言うの我慢してたのに何で言うんだよ馬鹿』『ばーか、ばーか』『うわっ、いきなりレベル低くなった!?』「そういえば、袁紹や袁術とは結局全然話せないで終わっちゃったもんね」『うっ、あの時はすまなかった、本体』『ごめんよ……』『まぁ、本体も居る場所が悪かったよな、真ん中だったから……』「次に二人以上乗っ取られる時は俺、絶対に今度は背後に壁を背負ことにするから」『そのほうがいいね』『ははは』『ああ、そういえばさ、玉璽って二人のどっちかが持っていったんだっけ』『状況を考えれば、ね』「ああ、そっか……普通に忘れてたなぁ、玉璽」そう呟くが早いか、入り口の扉が開いて印象的な金色の鎧を見に包んだ袁紹が入ってくる。その後ろに3人の共を引き連れて、堂々と自分の席を探し、そこにドッカリと座る。おずおずと座る一刀とはまるで正反対。むしろ、何故自分が上座に座れないのかと案に言われているくらいに堂々とした入室であった。本人的には隠れてやっているのだろうが、チラリチラリと一刀の方を見ながら隣に居る女性とボソボソと会話を交わしていた。一刀の方も、ジロジロと見るわけには行かないので顔はそのまま、目線だけを動かして確認していたのだが。ただ、気になったのは袁紹と話している女性と共に居る二人の武将らしき人たちが何でか顔を青くして落ち着きの無い様子で手をさすったり、閉じたり開いたりしていたことであった。(袁紹さん以外の人、知ってる?)『ああ、今、彼女と話し合ってるのが田豊さんだよ。 洛陽で知り合ったってことは知ってたけど、この時から仕え始めてたんだなぁ』『後は、俺達も知ってる。 黒髪の子が顔良、活発そうな子が文醜だ』(ま、また凄い有名人の名前が並んだなぁ)一人で感心して唸って、彼女達の様子を改めて見やっていると今度は部屋の奥にある扉が開いてこれまた見覚えのある顔が現れたのである。袁紹と共に見かけた小柄な体躯、小動物を思わせるような動きをしつつふんぞり返って自分の席を部下に案内させて、やはり堂々とどっかり座った。何となくそれらの行動全てを目で追っていた一刀と袁術の視線が交差する。瞬間、彼女の顔は恐怖に染まったかのように青ざめ、隣の少女にビシっと身体をくっつけた。「な、七乃ぉ~、こんな場所に化け物がおるのじゃ~」「み、美羽様、落ち着いてくださいね~、あれは化け物じゃなくて人間みたいですよ~、一応」「一応って……」「ちょっと美羽さん。 少し黙っていなさいな、見苦しいですわ」「む……むむぅ」袁紹に言われて頬を膨らませながら、袁術は一刀の方をゆっくり見やった。相変わらず顔は青い。そこで初めて、袁術は一刀の全身をじっくりと見た。凄い見た、もう上から下までじっくりと。ガン見である。「本当なのじゃ、これは人間なのじゃ」「そうですよ~、多分きっと恐らく同じ顔した別人なんですねー 上と下が別々に動く、からくりみたいな変態人間がそうそう居るわけないじゃないですかー」「うんうん、七乃の言う通りなのじゃ! はぁー、良かったぁ、前の化け物じゃったらどうしようかと思っていたのじゃ」「そうですそうですっ、簡単に嘘っぽい事を信じられる美羽様さすがっ! 大陸一の器量です!」「わははは、もっと褒めてたもっ!」一刀は一連の流れに呆気に取られていたが、脳内の一刀達は、なんとなく苦笑めいたものを浮かべただけであった。本体がハッと気がついたのは、袁紹が机の上を人差し指でトントンと苛ついたかのように往復させた音が響いたときであった。「まったく、くだらない漫才を見せ付けないでくれないかしら」「あたい達も、あんまり変わらない時あるけどなー、なぁ斗詩」「う、うん……そうかもね」「何か言いまして?」「「いえぇ、別になにもー」」「……なんか、想像していたよりも随分軽い雰囲気なんだな」『いやまぁ、その、なんだ』『否定できないのが困るところだ。 別に不真面目って訳じゃないんだぞ』「う、ううむ……そっか」そう言われても、見た限りとても信用できない言葉であった。今ここに集まっている全員が、一刀を除いて男が居ないからというのもあるかもしれない。まぁ恐らく、軍議が正式に始まれば、このような事もないのだろうと本体はとりあえず納得した。『それより、この二人が先に来てくれたのはある意味でよかったな』『そうだね、本体、それとなく玉璽をどちらが持っていったのか調べてみれば?』脳内の自分に言われて、一刀は少し考えてから頷いた。ぶっちゃけると玉璽の存在は、無いならないでその方が良いのではないかとも思う。本体の知識から考えれば、玉璽なんて物は無いほうが余計な混乱を起こすだけの物なのだ。しかし、今は黄巾の乱もまだ始まっている訳でもなく玉璽が収まる場所は漢王朝であるのに間違いなかった。現状を踏まえるに、現時点で一刀が玉璽を帝に返上しても特に怪しまれない。むしろ、上手く扱えば有利になる可能性も秘めている。まぁ、帝が持っていなければならない筈の玉璽が、何故井戸の前に放り投げられていたのかは謎であるが。わざとらしく咳払いをしつつ、袁紹や袁術がこちらを見始めたタイミングを見計らって一刀は芝居かかった様子で「へっくしょん、ぎょくじ」とだけさり気無く自然にボソリと呟いた、つもりである。何を言ってるのだという風に首を傾げる袁紹と袁術。ピクリと肩を震わせて固まる顔良と文醜。特に先ほどまでと様子が変わらない田豊と張勲。失礼ながら、本体は名家の二人がピッタリと息のあった首を傾げる仕草に微笑ましい物を感じていた。重要なのはそこではない、と考え直して一刀は思う。『『『『『袁紹だね』』』』』半分の自分が確信してそう言って『『『『『袁紹だな』』』』』もう半分が同意を返した。様子から察するに、袁紹本人は玉璽を持っていることを知らない可能性がある。後で個人的に顔良や文醜達と話に行くべきかなと考えて、袁紹達の座る席に目を向けると田豊がこちらをじぃーっと見つめているのに気がついた。頬をかいて一刀は視線を外した。結局、その後は音々音も戻ってきて、続々と諸侯が入室し始めたため彼女が見続けた訳を知る事は出来なくなってしまったが。全員が揃ったのは一刀が部屋に入ってから、約20分後。錚々たるメンバーを揃えての軍議がついに始まった。 ■ 外史終了 ■