前書き 誤って削除してしまいました。
これも罰と考え、もう一度第一話から再掲載させてもらいます。もしもそれがだめだというのであれば言って下さい。再度、削除しますでは第一話どうぞ。
無音のはずの漆黒。そこに聞こえないはずの音が聞こえる。
光。光。また光。漆黒の闇を切り裂く緑色の艦艇。
その正体は銀河共和国軍第13艦隊の艦艇2万隻である。
第一話 会議は踊り・・・・・
side ヤン・ウェンリー
ヤンは司令官席にだらしなく足を組み、ベレー帽をアイマスク代わりにして座っていた。
何も知らない第三者から見れば眠っているようにも思える。
(2万隻。さして重要でもないこの時期にこの出兵。一体なんの意味がある?)
2万隻。自動化されているとはいえ、一隻辺り120名、合計240万名の将兵の命と未来と家族を預かる身としては今回の作戦に、いや、帝国領への侵攻に対して大きな疑念を抱いていた。
(戦えば必ず人が死ぬ。それを分かっているのか?)
そう、敵味方を問わなければ、必ずおきる現象。それは勝利と敗北。そして・・・・誰かの死。
誰もが家族を持ち、夢を持ち、可能性を持つ。
それら全てを粉砕するのが戦争だった。
(私がイゼルローンを落として以来、共和国はこんな無益な戦闘を続けている・・・・これでは講和による戦争終結どころか殲滅戦になるぞ)
ベレー帽をだらしなくかぶりながらデスクに足を投げ出すさえない男。
もしもこんな姿を何も知らない人間が見たら驚嘆するか呆れるか。まあ後者の方が絶対的多数になるだろう。
もっともその男の役職をしれば更に不安と不信が加わるかもしれない。
ヤンは思考を歴史考察へとふける。
或いは逃げ出したかったのかもしれない。
この現実から。もっとも、ヤン・ウェンリーという人物はそこまで無責任ではない。
(人類の歴史上最も大きな事件はラグラン市事件とそこから集った4人の英雄たちであると言われている。
あのシリウス戦役後に登場したのが銀河共和国。
彼らのリーダーが生きていた事で人類は100年以上早く黄金期を迎えられた。
その国で建国百周年を祝い、暦がシリウス暦から宇宙暦に変わり、帝国の登場で帝国暦が生まれた。
いやはやそのまま人類が平和裏に進めば私も今頃は歴史学者の一人として生きていられたろうに。
・・・・それが親父の事故、共和国軍への入隊、極めつけはエル・ファシルか。
・・・・まったく、いったいどこでボタンを掛け間違えたんだ?)
そうしている内に、一人の女性士官が来る。
「閣下」
ヘイデルの瞳を持った金髪の副官の声に思案の海から引き上げられる。
「やあグリーンヒル大尉」
ヤンは椅子にかけ直し、振り向く・
「お休みのところ申し訳ありません、ですが時間ですので、その」
グリーンヒルが申し訳なさそうに言葉をつむぐ。
「ああ、いいんだよ。そんなに申し訳なさそうにしなくても、で、みんなは来たのかい?」
「ハイ。ムライ参謀長、パトリチェフ副参謀、ラップ作戦参謀、アッテンボロー、フィッシャー、グエン各分艦隊司令が席についております」
フレデリカ・グリーンヒル大尉の発言を受け、艦橋の司令席から作戦会議用の司令官席に移る。
side ムライ
「閣下、敵艦隊はこちらの2倍、約4万隻、三方向から包囲しようとしています」
ムライ中将の発言から実質的な会議は幕を切る。
それはヤンが艦隊司令になってからの恒例行事だった。
「ふーん、そいつは一大事だ。」
ジロリ。そんな擬音語が聞こえそうな目線でアッテンボロー少将を睨む
(全く困ったものだ。もっと共和国軍人として、特に将官としての意識をもって欲しいものだ)
だが、この雰囲気こそヤン・ファミリーであると彼の日記には記載されていた。
何だかんだと言っても彼もまたヤン・ウェンリーの薫陶を受けた人物なのである。
「あ、いや、ですがね、その辺の事はラップ大佐やヤン提督がなんとかしてくれますって。ね?」
アッテンボローが取り繕う。
しかし、それはあまりにも楽観的、いや、人任せ過ぎる考えでもあった。
(何故そうも楽観的なのだ!! このままいけば我が艦隊はダゴンの殲滅戦で敗れた帝国軍と同じ目にあうのだぞ。)
ダゴン会戦。
共和国と帝国が史上初めて激突した会戦。
約百五十年前の話である。
時の共和国は必要最低限の軍の動員しかしておらず、時の帝国軍5万8千隻に対して3万2千隻しか辺境部へと迎撃艦隊を回せなかった。
無論、その第一陣、リン・パオ宇宙艦隊司令長官(当時)とユースフ・トパロフル参謀長(当時)にはあくまで増援部隊である第5、第6、第7艦隊到着まで時間を稼ぐ命令、所謂、遅滞戦術を命令していた。
そして、その時のコード・ギアス大統領とリン・パオ大将の逸話も残っている。
約150年前、首都シリウス・シリウス 大統領官邸
『というわけで、リン大将には残りの3個艦隊動員の為の時間を稼いで欲しい。そうすれば我が軍は合計8万近い艦隊で帝国軍の阿呆を撃退できる』
『命令は受諾しましたギアス大統領・・・・ところで一つ良いですかな?』
『何かな、司令長官?』
『第1から第3までの三個艦隊しか動員できない以上、遅滞戦術を取る事は理にかなっています』
『そうだと思う・・・・何か言いたい事があるのかね?
先に言っておくがこれ以上の動員スピードを早める事は出来んぞ?
何せ、戦略的に奇襲を受けたのだ。既に各地の警備艦隊は民間人の撤収作業や防御陣地構築、補給線破壊に投入している・・・・すまんな』
『いえ、そうではありません。大統領閣下、この敵艦隊、殲滅してもよろしいので?』
『!?』
この発言の後の数秒間、ギアス大統領は開いた口が塞がらなかったと言う。
結果、祖国防衛に燃える共和国軍と宮廷闘争を艦隊にまで持ち込んだ帝国軍は、数で勝るはずの帝国軍を共和国軍が包囲殲滅するという異例の大戦果を挙げてしまう。
当時の共和国は誰もが言っていた。
『戦争はこれで終わりだな、所詮は国境紛争なんだ』、と。
だが、誰もが見や誤った。
ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの怨念、その深さを。
そして戦争は何度かの自然休戦期間を除き、約1世紀半もの長きに渡って継続される事となった。
・・・・・そして時を宇宙暦796年4月アスターテ恒星系に戻そう。
ヤン率いる第13艦隊では活発な議論が展開されていた。
そんな中、慎重派筆頭のムライ参謀長が発言を続ける。
「しかし、三方向から2倍の敵に包囲されては退却もままなりません。ここは戦わずにイゼルローン要塞に後退すべきかと。」
(慎重にことを進めるに越した事はない)
敵の包囲下に置かれた軍が勝利した例は古今東西あまりにも少ない。
だからこそ、ムライは撤退論を主張した。
「なるほど、確かに参謀長の言うとおりですな。」
パトリチェフ准将が賛同する。
彼にも戦わずに兵を引く意味があると思っていた。
何しろ敵は二倍。何度もダゴン会戦や第2次ティアマト会戦の様な少数により多数の撃破を行えるはずも無い。
まして、自分たちは約一年前にイゼルローン要塞を、あの難攻不落の大要塞を通常の半分の艦隊で、味方の血、それを一滴も流さずに、陥落させたことで帝国軍から悪い意味で注目されている。
ここでこのヒューベリオン会議室の中で一番の年長者が手を挙げた。
「逃げる時間はまだありますからな。ダゴンの、しかも敗者の二の舞役は避けるべきでしょう」
そう言って、エドウィン・フィッシャー少将も意見を述べる。
(そう、まだ逃げる時間はあるのだ)
ムライも心の中で同意する。
「しかし、敵を前に逃げたならば最悪軍法会議で銃殺ですぞ? それならば一戦交えた方がよろしいのではないですか」
グエン・バン・ヒュー少将が交戦論を主張する。
グエンとて撤退が最も理にかなっているとは分かっている。
しかし、共和国軍部、特に宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス元帥派に疎まれている自分たちの危うさも自覚していた。
(通常編成1万3千のところを、2万隻まで増強した艦隊。これで何もしなければ窮地に陥るのではないか?)
そう思い、グエンは交戦することを主張した。
単に戦場の猛将であれば良い立場ではないことを分かっていた。
それは第13艦隊司令部全員の共通認識だった。
「いやしかし、二倍の敵相手に戦うってどうやって?」
だが、対応策は無い。
アッテンボローの指摘はもっともである。
そう、我々第13艦隊は二倍の敵と戦わなければならない。それも包囲されている状況で。
アッテンボローは現実に策が無い以上撤兵すべきではないかと思っていた。
だが、それ以上に気がかりがある。
「それは・・・・」
グエンが腕を組み考え出す。
他の者もそれぞれ似たような感じで考えを、勝利するか撤退するかを考える。
そして、アッテンボローは矛先を別の人物に向けた。
「それにです、ラップ作戦参謀、この2倍の敵、ロボス元帥からの直接命令、こう、なんか・・・なにか作為を感じません?」
アッテンボローの指摘。
それは不自然なまでの情報統制と交戦命令を送るロボス宇宙艦隊司令長官への不信感から端を発した。
「アッテンボロー提督、そう言う事は私事に言うべきでいま言うことではないと思われますが。」
ジャン・ロベール・ラップが切り返す。
だが、アッテンボローの発言につられる人物もいる。
「確かに。今までは最低3個艦隊が帝国領へ侵攻して通商破壊作戦を展開していましたからな。妙といえば、妙です。」
パトリチェフ副参謀長だ。
彼の言は、艦隊全員の共通見解でもあった。
宇宙暦795年10月からつい先日の3月まで行われた帝国領への威力偵察兼大規模通商破壊作戦では最低でも3個艦隊が同時に動いた。
まあ、効果の方は甚だ疑問であったが・・・・・それでも、いくら増強一個艦隊とはいえ、この命令は余りにも異例である。
(まるで死んで来い、そういってるみたいじゃないか、ロボスのやろうめ!)
アッテンボローは内心でこんな馬鹿げた作戦を立案し許可したロボスを糾弾する。
一方、ラップは上層部批判の嵐になりそうな言論を統制すべく、二人を牽制した。
「副参謀長も。あまりに不謹慎です。」
それを聞いて自分たちが如何に危うい橋を渡っているかを気が付かされてアッテンボローが冗談半分に、
「まあ、なんです。800年近くに渡って共和国は自由の国ですから。ルドルフ大帝の築いた銀河帝国とは違いますし」
と言った。
「で、戦うのか戦わないのか、戦うならば勝つにはどうするべきか。退くならば何時、後退するのか」
誰ともなしに、そんな呟きが聞こえる。
第13艦隊ではこうした政治的な発言が一切制約されず、パトリック・アッテンボローの銀河NETでは「もっとも自由をもつ艦隊」と皮肉交じりに賞賛されていた。
(会議は踊る、されど進まず、か。やはり私の役目は常識論を唱えることでありヤン提督に一杯の水を注ぐことだけか)
ムライはここまで議論をしたこと、常識を自らの上官に提供できた事に満足した。
そして彼の思惑通り、奇跡のヤンが動いた。
「みんな、いいかな?」
撤退論と交戦論とで混沌としている会議にヤンの一言がのぼった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
宇宙暦796年2月 首都シリウスにて。
宇宙艦隊司令部に呼ばれたヤン・ウェンリー大将は思わず聞き返した。
その場にいるのはラザール・ロボス元帥、アンドリュー・フォーク准将の二名。
なんとも居心地の悪さを感じつつヤンは疑念を述べる。
「は、2万隻でありますか?」
二万隻などという中途半端な兵力は聞いたことが無い。
ヤンは内心でそう思った。
「そうだ、2万隻の艦艇を貴官に与える」
ロボスは忌々しそうな目線で、それでも社会人の常識、営業スマイルで年下の大将閣下に命令する。
横にいるフォーク准将が楽しそうなのが、ヤンの気に障った。
いや、正確にはヤンの感覚、戦場で身に培われた第6感に、であろうか。
「お言葉ですが、通常艦隊は13000隻を基本として中将をその任に当てるのではないでしょうか?」
一応、疑念を述べる。
「普段はそうだが、貴官は大将だ。しかも史上最年少30歳にして、な」
「はぁ」
危うく、成りたくて成ったのではない、と言いそうになる。
だが、流石のヤンもそれを言っては成らない雰囲気だと悟った。
まあ、ロボスにとって既にヤンは排除対象なので何を言ってもその気分を変えることはなかっただろう。
そう、『嫌いな奴、死んでもらいたい人間』という評価には何の変化ももたらさない。
「はぁ、では困るのだよ、大将。貴官は我が軍の英雄。あの難攻不落のイゼルローン要塞を半個艦隊で攻略した救国の英雄ではないかね?」
更にロボスは続けた。
「その結果、ハイネセン、シリウス、ベガ、オリオンの駐留艦隊それぞれ2000隻、合計8千隻を貴艦隊に合流させる。」
「これは宇宙艦隊司令長官としての温情だ。イゼルローンのような大戦果を期待するぞ、ヤン・ウェンリー大将?」
「失礼ですが司令長官、あれはまぐれに過ぎま・・・・・」
フォーク准将が咳払いをしてヤンの発言をさえぎった。
本来であれば上位者のロボスが注意を喚起するべきであるが、敢えてしない。
「まぐれだろうが何だろうが貴官は共和国の大将であり尚且つ英雄でもある言いたい事が分かるかね?」
ロボスの発言に相槌をうつヤン大将。
史上最年少の大将は自分がどんな立場に置かれているのかを悟る。
無論、本人は悟りたくなかったし、さっさと退役してこんな重圧から逃れられたかったが。
「なんとなくですが、分かります」
「よろしい、フォーク作戦参謀、説明を」
こうしてアスターテ(イゼルローン要塞建設、その後の帝国軍による銀河共和国領域への侵入以前に共和国軍によって確保されていた恒星系。よって、アスターテと呼ばれる)威力偵察作戦が発令された。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
帝国領アスターテ星域
side ヤン
「という訳で、これが私の考えた作戦だ」
作戦構想を語り終える。
グエンはうなずき、パトリチェフはしきりに肯定し、ムライは唖然とし、ラップやアッテンボローはいたずらが成功したような顔で、フィッシャーは目を閉じ腕を組み、グリーヒルは畏敬の念を向けた。
「三方向から包囲される前に、私たち共和国軍は2万隻の大軍を持って各個撃破に打って出る」
方針は決まった。
後は実行するのみ。
「こういうのは好きじゃないんだけどね、今回ばかりは仕方ない。」
ヤンのつぶやきは表面上は誰にも、本当は副官のグリーンヒル大尉にだけ聞かれ、消えていった。