第二話 帝国の事情、共和国の策略
銀河共和国。それはシリウス戦役を母体に誕生した星間国家である。
シリウス戦役の後、人類は地球のくびきを脱し黄金時代を迎える。
百年続いたシリウス暦は、宇宙暦へと改定された。それから300年、人類は穏やかな、しかし確実な停滞期に入る。
宇宙暦300年代、新進気鋭の若き英雄がシリウス政界に登場した。
彼の名はルドルフ・フォン・ゴールデンバウム。人々は熱狂し、人類社会は彼を中心に新たな開拓時代へと突入した。
フロンティア・エイジ。宇宙暦200年代後半から300年代を指す言葉である。
だが、彼は急進的過ぎた。
ルドルフ=地球(圧制)政権という構図ができ始める。
それは彼の命まで危険にさらし、彼はニュー・ランド(彼の名づけではノイエ・ラント)になかば亡命する形で彼の支持者(この時点で数億人、後に共和国全白人人口の半分、数十億)と共に共和国を後にする・・・・・・彼個人の深い憎悪を抱きながら。
それから300年、両者は国力の差もあり何もなかったが、オストマルク大公らの帝位継承権争いが火種となり銀河帝国軍が、協定により不可侵地帯であったイゼルローン回廊を突破、ダゴン星域会戦を契機に両者は戦争状態へと突入した。
そして、150年近い月日が流れた。
アスターテ星域
side キルヒアイス
「星を見ておいでですか?」
赤髪の青年は10年来の親友に声をかける
「ああ、星はいい・・・・・だが」
金髪の青年は途中までは機嫌よく、途中から棘のこもった声で答えた。
「作戦会議で何かありましたか?」
キルヒアイスが穏やかな口調でラインハルトに尋ねる。
「キルヒアイスは鋭いな」
ラインハルトも最も心を許す片割れに問いかける。
「艦隊、についてですか」
艦隊、そう3個艦隊を別々に運用していることだ。
(でなければ説明がつかないものな)
キルヒアイスの懸念は当たった。
ラインハルトは我が意を得たとばかりに、赤毛の親友に話しかける。
「そうだ。わざわざ倍の兵力を3つに分派している。シュターデン中将は例のダゴン会戦を再現したいのだろうが・・・・」
ダゴン会戦の再現。
それは帝国軍にとっての悲願と言っても良い。
あの奇襲作戦から130年余り、初手に躓いた銀河帝国ゴールデンバウム王朝は国力で圧倒的に勝る銀河共和国の攻勢に対して受け手とならざる得なかった。
それを変えたのが大反抗作戦『アイン』『ツヴァイ』『ドライ』の作戦であり、イゼルローン要塞建設であり、その後の攻勢であった。
だが、それも一昨年にイゼルローン要塞が無血占領されたことで変わった。
状況は再び、およそ30年ぶりに、攻める共和国軍、守る帝国軍へと変化した。
それを分かっている帝国軍は今度こそ完勝を収めるべく共和国軍の2倍の兵力を派遣した。
派遣したのだが・・・・キルヒアイスとラインハルトは今の現状を危ぶんでいた。
「もしも敵艦隊が各個撃破に転じたならば、という事ですね」
キルヒアイスがラインハルトの思考を先読みする。
「エルラッハ艦隊12000隻、ゼークト艦隊13000隻、俺たちの本隊15000隻。どれをとって見ても敵に劣る」
そう、どの艦隊も総数では負けているのだ。
それを進言したのだが・・・・・
「気にしすぎ、とシュターデン提督に言われましたか?」
「ああ、ついでに俺が同じ中将であるのが気に食わないらしい。指揮官は私だ、とまで言って下さった」
キルヒアイスはラインハルトの言葉から、
(怒ってるな、これは。心底。)
と、推測する。
「ですが、決まってしまったものは仕方ありません。それより策がおありなのでしょ?」
その言葉にラインハルト・フォン・ミューゼル中将はにやりと笑った。
「共和国軍が無能でなければ、武勲を立てる機会が回ってくるかも知れぬな」
(ご自分が戦死する、とはお考えにならないのか)
のちのローエングラム王朝建国者とその最大の功労者はまだ見ぬ敵と古きに固執する味方に挟まれながら星の海を征く。
ところかわり、銀河共和国首都シリウス星系4番惑星シリウス
宇宙艦隊司令部
丁度、標準時12時になった。
「まもなく、ですか」
顔色の悪い、しかし、秀才であるという雰囲気を出す将校が元帥の肩書きを持つ男に声をかける。
「そうだ、まもなくだ」
男は頷いた。
「これであの生意気な青二才も終わりですな」
そしてそれに便乗する准将の秀才。
「めったな事を言うものではないよ、准将。我々は彼の友人だぞ?」
ふふふ、と笑いながらも言う。
「そうでした、友人でした。であるからには・・・・・」
そうして同じく准将も笑みを浮かべた。
「そう、であるからには、彼の勝利を期待しなければならぬな」
准将と呼ばれた男が声色も変えずに続ける。
「共和国の主要メディアは抑えてあります。二倍の敵に立ち向かうことが如何に愚かな事か。それを宣伝してくれるでしょう」
現在、マス・メディアは何故か詳細な戦場データを手に入れていた。
そして新聞をはじめ市民の関心はアスターテへと注がれていた。
そう、3方向から包囲殲滅を目論む帝国軍と成す術の無い友軍。
そんな感情が世論を覆っていた。
「よしんば戦わずに逃げ帰ればそれはそれ。それを理由に彼奴らをまとめて更迭できる」
命令無視の敵前逃亡。階級と現状を考慮するとあの目障りな大将を銃殺刑にすることは出来ない。
しかし、更迭ならば可能だ。
「辺境の分艦隊司令官にでもしますかな」
もう一人の男が相槌を打つ。
「さて、な。まあ国葬あたりが妥当だろう」
元帥号を授与された男の発言とは思えない発言。
だが、彼には演技をする必要もあった。
しかし、目席の粛清劇にとらわれてそれを忘れている。
「奇跡の魔術もネタ切れであると思いたいものです」
アンドリュー・フォークは心のそこで思った。
自分こそ英雄にふさわしい。分裂した銀河を統一するのはヤン・ウェンリーなどという冴えない男ではなく共和国士官学校主席卒業の自分にこそふさわしい、と。
ラザール・ロボスは思った。これであの小生意気で目障りな大将を排除できる。万一勝利したならば、異例の上級大将昇進もありうるが・・・・まあ、2倍の敵に3方向から包囲させるようフェザーンを経由して小細工したのだ。負けてもらわねば困る。シドニー・シトレ。やつを蹴落とすためにも。
side フェザーン自治領
禿の男といかにも神経質そうな男の二人が、一目見て安物ではない、豪華なインテリアに囲まれている部屋で話し合っている。
一人は第四代フェザーン自治領主、アドリアン・ルビンスキー、もう一人は首席補佐官のボルテックである
「共和国の件はそれでよい。イゼルローン陥落以降、共和国は些か図に乗りすぎている」
そう、帝国領土に第1から第12艦隊までを一回ずつ出兵させている。
特に、第2次リューゲン会戦での第5、第10、第12艦隊による第2任務部隊の挙げた戦果はすさまじく、2割の犠牲で帝国軍二個艦隊を壊滅、一個艦隊を半壊させる戦果を挙げた。
これは帝国にとって決して看過できる状態ではなかった。
「はい、此度の遠征で2万もの艦艇を失えば暫らくは大人しくなるでしょう」
だからこそ、フェザーンはバランスを、天秤を少しでも元に戻すため努力しようとしていた。
「国民感情もあるしな」
ルビンスキーはそう言って締めくくった。
(240万名もの戦死者を出せば暫らくは共和国も大人しくなろう。
その間に帝国を支援して軍を再建させる。それが必要だ。)
ルビンスキーは内心で次の策略を立てている。
さて、ここで交易国家フェザーンの設立について話をしたいと思う。
フェザーン自治領は今から100年ほど前に地球出身の商人にして共和国中央議会代議員でもあったレオポルド・ラープが共和国、帝国双方に合法・非合法の各手腕を用いて建設した事実上の独立国家である。国防兵力として約二個艦隊を保持し、帝国、共和国間の交易を独占すること、過剰な反応を両陣営から買わぬことを念頭に今日では共和国・帝国・フェザーン=6・5・2の微妙な均衡を維持してきた。
故に、帝国は存続できたといって良い。
実際、帝国が発行する赤字国債の大半はフェザーンが購入している。
また、銀河共和国財界上層部、つまりイルミナーティと呼ばれる人々もフェザーン経由で帝国の赤字国債を購入していた。
無論、売国行為以外の何者でもないが、G8とNEXT11の影響力は強大であり文句の言える人間は癒着しており、誰もがそれを諦めていた。
尤も、イルミナーティのメンバーとてそれが下手をしなくても売国行為であるのは知っており、慎重かつ少量に事を進めていた。
ルビンスキーが思考の海に潜っている頃、遠慮しながらもボルテックが声をかける。
「ですが、自治領主閣下。」
「ん?」
補佐官の疑問に反応するルビンスキー。
「あのイゼルローン攻防戦があったからこそ帝国は曲がりなりにも共和国と対等であった訳で、要塞が落ちた今となっては・・・・」
「均衡が崩れつつある、と言いたいのだな?」
そう、イゼルローン要塞とはそれほどまでに重要な存在だった。
失ってみて、初めて分かるという奴。
それがイゼルローン要塞の戦略的な、政略的な価値である。
「ケッセルリンク補佐官のレポートでは既に共和国6・帝国4・フェザーン3となっております。このままですと」
「うむ、共和国が帝国を併呑するのではないかと、そうなればフェザーンの価値も急速に薄れるのではないか、そう言いたい訳か」
「ご明察、恐れ入ります」
頭を下げるボルテック首席補佐官。
「なに、案ずるな。その為に帝国に共和国の情報を流したのだ」
そう、ロボスの提案は正に渡り舟だ。
銀河共和国の戦力を一時的に削る。
その為に危険を承知で詳細なデータを帝国軍上層部へと送りつけてやった。
(もっとも、あの艦隊はヤン・ウェンリー指揮下の艦隊。はたしてロボス元帥の思惑通りに行くかな?)
side 銀河帝国 フリードリヒ4世
「此度は勝つか」
やる気のない、といわれならがこの数年間貴族の自尊心をくすぐり平民への重税を課すことなく共和国の侵攻に対応してきたフリードリヒ4世が国務尚書リヒテンラーデ侯の報告を受ける.
この灰色の皇帝とまで言われた彼がやる気をだした、と、言われるようになるのはヤン・ウェンリーのイゼルローン陥落以降断続的に行われてきた共和国軍による帝国領侵攻作戦に端を発した。
イゼルローン要塞建設の契機はブルース・アッシュビー貴下の宇宙艦隊による侵攻、いわゆる第二次ティアマト会戦まで遡る。
共和国軍に惨敗した帝国軍は恐れた。
大規模な侵攻を。徹底的な進軍を。そして当時の大敗した銀河帝国軍にそれを防ぐ術は無かった。
また、如何に多産政策を奨励したとはいえ絶望的な国力差は変わりはしない。
国力差を活かした大規模な消耗戦。それに耐え切れるだけの地盤は無い。いいや、無くなってしまった。
故に恐れた。
結果論ではあるが、帝国の不安は杞憂に終わる。
共和国が本気で攻めて来ないのは、攻めた場合の犠牲、全土制圧成功時の経済的な負担と増税(何せ英語(銀河語)とドイツ語(帝政ラテン語)と言語に通貨、標準規格まで全て違う)、それによる有権者の反発を恐れてのことである。
また、時の共和国の為政者ら、つまり共和国議員達が、言葉にはしないが帝国下級貴族の持つ『高貴なる義務』の名の下に行われる無軌道なゲリラ戦を恐れたのだ。
人類が地球にいた20世紀と21世紀、超大国と言われたソビエト連邦とアメリカ合衆国は奥深い土地とそこに住む者のゲリラ戦術に苦杯をなめ続け、最終的に前者は崩壊、後者も覇権国家からの転落という道を歩んだ。
『賢者は他者の経験から学び、凡人は自身の経験から学び、愚者は自身の経験からすらも学ばない』
そう考え、帝国領土完全併合をしなかった時の共和国指導者達は賢者だったのだろう。
もっとも、帝国との和平は両者の国内事情と国民感情に軍部や経済界の思惑により実現はしていない。
「真に。陛下の温情で軍部も二倍の艦艇を動員できました」
そうだ。本来ならば二個艦隊、約26000隻を派遣する予定だった。
先の3度の共和国軍による出兵とそれへの迎撃、所謂、リューゲン攻防戦ではほぼ同数の艦隊を送った。
否、財政の問題からそれ以上の艦隊を送ることが出来なかったのだ。
それを今回は特別に皇帝が私財をなげうって、(この時点で、帝国の歪さが分かる。皇帝個人の私財が一個艦隊を動かすほどに巨額であったことと、それに対して銀河帝国が課税しなかった事も)新たに艦隊を一つ増援に送り出した。
「これで勝てぬようではゴールデンバウム王朝も終わり、という訳じゃな」
(国運をかけ軍事費の半分を投入し、そのイゼルローン要塞の建設過程で失われた艦隊10個以上。
じゃが、あのイゼルローン要塞が無血占領されるとは・・・・考えもしななんだな。
てっきりわしの生きている間は存在すると思ったが・・・・ふふふ儘ならぬことよな。
・・・・そして四半世紀もの間、国力に劣り、政治的に相容れぬ我が軍の攻勢に耐えてきた共和国のフラストレーション。
あの者らの怒りや不満は如何ばかりの事か・・・・)
「陛下!?」
リヒテンラーデが思わず言葉を遮る。
本来ならば経験豊かなこの老人がそんな事をする筈が無いのだが、そう言わせるほど衝撃が大きかったといえよう。
まあ、誰しも自分の国の最高指導者が自分の国は滅びる、などと言えば驚くか。
「なに、冗談よ」
(もっとも、こんな腐敗した国なぞ滅びても良いのやもしれんがな)
そこでフリードリヒ4世は別の事に思い当たる。
正確な情報、いや正確すぎる情報。
795年1月のイゼルローン陥落以来フェザーンは帝国よりの支援をしてきた。
だが、ここまで共和国軍の正確な情報は無かった。
「それより此度の情報、妙に的確すぎる。フェザーン以上に共和国にも網を張るよう軍部に通達せよ」
そう言いながらもフリードリヒ4世は一つの仮説を立てていた。
(共和国軍部の一部が、あのヤン・ウェンリーを殺したがっておる、そういうことじゃな)
そして・・・・・今でこそ味方だが、イゼルローン要塞とイゼルローン回廊が帝国側にあった当時は明らかに非好意的な中立ないし共和国よりの政策を行っていた。
(・・・・フェザーン。共和国は大義名分がなければ軍事侵攻できぬ。
となれば彼奴らの存在が第二のイゼルローンとなるやもしれぬ。
そして共和国内部の不協和音・・・・まだ滅びるにはいかぬ。まだ、な)
もっともそれは口にせず、リヒテンラーデ国務尚書に次の議題に移るよう命じる。
「御意のままに」
フェザーン、共和国宇宙艦隊司令部、銀河帝国、それぞれが第13艦隊の敗北を予見しながらアスターテ会戦の火蓋が切って落とされる。
それは停滞の終わりであり、新たな英雄たちの登場でもあった。