第十五話 大会戦後編
『このたびの敗戦の責任はひとえに敵の捕虜となったロボス元帥に上げられるといえる。これは査問会においてのグリーンヒル総参謀長の言であるが、ロボス元帥は度重なる撤退の進言を退けた。その証拠もここにある。
これはイゼルローン要塞中央作戦会議室の議事録であるが、これを国防委員長の権限で公表しよう。・・・・・・・・・・聞いたかね、記者諸君。
ロボス元帥は予備兵力であるヤン艦隊の出撃を拒否した。そればかりではなく、あれほどまでに危機感を募らせ、大敗を防ごうとしたヤン元帥を査問の名の下に収監し、自分の思い込みで占領地を無計画に拡大して、補給線を崩壊させ、結果、2400万名もの将兵を、あなた方の親や子供を、あるいは恋人や孫を置き去りにしてきてしまった。
一部ではヤン艦隊が救出すべきであった、という意見があるがそれは違う。ビュコック提督の言によるとヤン艦隊はアムリッツァ到着時には推進剤の半分を使い切っていた。
これはヤン提督が如何に味方を救うべく腐心した現れである。それと同時に、遠方の味方を救出する物理的術が無かった事を意味する。不幸なことに、ヤン元帥の予想通り我が軍は動き敵の術中にはまった。悲しいことだ。
だが、だからこそ、私は絶望的な状況下で、誰の支援も無かったにも拘らず早期撤退論を展開し、最後には友軍の全軍崩壊を防いだだけでなく帝国軍に一矢酬いたヤン提督を尊敬したいと、このヨブ・トリューニヒトは考える。
もしもの話であるが、彼が大統領選なり中央議会選挙に出馬するならば喜んでヤン提督を支援しよう』
宇宙暦797年2月4日 ヨブ・トリューニヒト、ヤン・ウェンリーを支援すると言う大ニュースより抜粋。
『今こそ、戦争をやめるべきなのです。幸いにしてイゼルローン要塞はこちらの手にあります。そして国力差があり依然9個艦隊が健在な以上は、私たちはまだ帝国と対等の交渉につくことが出来ます。
ここで戦争をやめれば捕虜交換で2400万もの友人を取り返すことが可能なのです。そしてその為にはヤン・ウェンリーの様な前線の悲惨さを知っている人物がこの国のTOPに立つべきです』
宇宙暦797年2月3日 ジェシカ・エドワーズ代議員、正式にヤン・ウェンリーを擁護する。この報道は瞬く間に共和国全土に広がり、共和国の反戦団体は親ヤン・ウェンリー派閥として一致団結した行動を見せ始める。と惑星NETニュースは伝えた。
『二人の言うことは正しい、私も同意見だよ。これほどの大敗を喫した後だ、主戦論者ではなく、非戦論者が国家の頂点に立っても良いのではないかな?幸い、選挙は来年の4月から6月にかけて行われる。現職のラザフォート、新人のヤン・ウェンリー、同じく新人のリンダ・クーラー氏。面白い選挙になるだろうな。え?私は誰を支持するかだって?それはもちろん、この出兵に反対した英雄さ』
宇宙暦2月20日ホアン・ルイ、銀河ニュースの会見にてコメント。良識派議員の擁護に俄かに大統領ヤン・ウェンリー論が高まる。
ところ変わって、首都星シリウス・ホテル『ヴィクトリア』
そこで19人の男女が会談を開いていた。
『と言うわけで、次回の選挙はヤン・ウェンリーを支持する』
『指示せざる負えない、と言ったほうが正しいのでしょうけどね』
『イルミナーティとしてはそれで良い。ヤン・ウェンリーの非公式の公約だが、軍需産業の維持のためフェザーン回廊出口に要塞を建設するとの事だ。あの懐刀のオーベルト准将の言だ、間違いあるまい』
『イゼルローンクラスの要塞建設と同時に内部に人工都市を建設し民需にもつなげる、確かにおいしい話ではある』
『艦隊も再建するのではなく、増強し、全艦隊を2万隻単位にするとの事。艦隊全軍の再編よりはうまみが減りますが・・・・』
『このレポートを見ればそれも仕方あるまい。それに譲歩は交渉の基本じゃ』
『たしかにその通りね。まあ、民需のほうが私たちにとっては有り難いんだからヤン提督を非難する理由も無いわ』
『同感じゃな。それに孫が軍人になって共和国を守るとか言いおる。それは避けたい』
『ふふ、それはお気の毒ですわね』
『では皆さん、我々の意思はヤン・ウェンリーの大統領選勝利でよろしいですね?』
『我ら19人、全員一同異議は無い』
『では、ミドル・ダンの名においてイルミナーティ最高幹部会を閉会します』
『諸君、忙しい中ご苦労じゃったな』
第十五話 大会戦後編
「どこからの攻撃だ!」
ラインハルトが叫ぶ。
「後方約10字の方向、角度下方45度前後、後方の下からです!!」
ラインハルトが珍しく逡巡する。
「ちい、前方の敵に謀られたか。で、敵の数は」
ロイエンタールが愚痴る。
オペレーターから返信が来た。
それを副官が読み上げる。心なしか声が震えている気がする。
いや、実際に震えていた。
「敵艦、およそ・・・・およそ・・・およそ五万三千隻!!!」
あのロイエンタールが絶句し、何もいえなくなった。
(5万3千隻もの艦隊に後背を取られたというのか)
そのころ猛攻撃を受けたミッターマイヤー、ケンプ艦隊では。
「各艦隊の被害状況は!?」
ミッターマイヤーが叫ぶ。
何とかして艦隊を立て直さなければ。
それには正確な情報がいる。
それが分かっているから、煽るミッターマイヤー。
混乱が広がた帝国軍。
そしてもたらせられる凶報。
「カール・グスタフ・ケンプ中将、先の砲撃で戦死された模様」
「「「ケンプが!!?」」」
報告は全軍に伝わった。
思わずラインハルトが、ミッターマイヤーが、ロイエンタールが叫ぶ。
左翼にメックリンガー艦隊を派遣し、後方を突いたキルヒアイス、メルカッツ艦隊と合流していない今、その時点でのケンプの死。
それは右翼艦隊の瓦解を意味していてた。
数十万の光の槍、そう、ヤン艦隊の来援である。
side ヒューべリオン 会戦参加4時間前
「まもなく恒星の迂回を完了します」
エドウィン・フィッシャー中将がスクリーン越しから報告する。
「いよいよヤン元帥の魔術のお手並みを拝見できるのか」
ウランフ提督がどこか楽しそうに言う。
「ウランフ、味方が窮地にあるのだ。そういう感じの言は人を不愉快にさせるぞ」
それを盟友のボロディンがたしなめる。
会議室には
イゼルローン要塞防御司令官、ワルター・フォン・シェーンコップ少将
参謀長、ムライ・アキラ中将
副参謀長、フョードル・パトリチェフ少将
第1分艦隊司令官、ダスティ・アッテンボロー中将
作戦参謀、ジャン・ロベール・ラップ准将
第2分艦隊司令官、グエン・バン・ヒュー中将
第10艦隊司令官、ウランフ中将
第12艦隊司令官、シグ・ボロディン中将
副官、フレデリカ・グリーンヒル少佐
ら、が勢ぞろいしていた。
会議は進む。
「無茶だ、ローゼンリッター連隊を危険にさらしますぞ」
いつもながらムライが常識論を展開する。
「そう、我ながら無茶な作戦だとは思っている。だから第6次イゼルローン攻防戦に参加した貴官の意見を聞きたい」
ヤンも認めた。
何せこの作戦はぎりぎりまで現場に判断がゆだねられ、それでも成功する可能性は五分五分だったからだ。
「やれ、とはお命じにならないのですかな?」
その作戦指揮官はどこか面白がっているように確認する。
「ああ、命令しない」
ヤンも即答する。
「理由を、あの時の様に理由を聞かせて願いますかな?」
ヤンを問い詰めるシェーンコップ。
場の雰囲気に飲まれてか、だれも何も言わない。
「貴官に、いやローゼンリッター連隊全員に無駄に死んで欲しくない、それが理由かな」
それはまた彼らしい答え。
「ほう」
そして続けるヤン。
「まして、私の個人的な我が儘の様な作戦だ。無理に付き合う必要も無い」
「我が儘?」
少し驚くシェーンコップ。イゼルローンの時もそうだが、この提督は面白いことを平気で言う。
だから、興味がわく。
「ああ、会戦後を見越した政治的な我が儘。それだけさ」
そこでボロディンとウランフが口を挟む。
「失礼だがヤン元帥、会戦後の政治的なものとは何だ?」
「それは私も聞きたいな」
ボロディンも疑念を提示する。
ヤンの返事は素っ気ないものだった。
「捕虜交換」
シェーンコップは少し失望した目でヤンを見る。
「なるほどね、ここで点数を稼いでおけば後に役立つわけですか」
だが、それは次に一言で変わった。
「それにだ、捕虜の交換は終戦にも繋がると私は思っている」
「と、いいますと?」
パトリチェフが聞いてくる。
そしてヤンは語りだす。
「捕虜の交換で国民もある程度は納得できると思う。誰だって自分の大切な人には側にいて欲しい」
「そしてこれ以上こんな思いをするのはごめんだと言う気風を作る。そうすれば世論は復仇戦より講和に傾くだろう」
シェーンコップから失望の目は消えた。
(あのヤン提督をして渡らしめるはそういうことか。茨の道だな)
だが、今度はムライが質問する。
「失礼ながらヤン提督、少し楽観過ぎるのではないでしょうか」
ヤンはその言葉にうなずぎながら返す。
「うん、我ながらそう思う」
「だが、やってみる価値はあると私は思っている」
アッテンボローがフォローする前に、シェーンコップが続けた。
「ユリアンの為でしょう?」
それを聞いて首をかしげるウランフ。
「ユリアン?」
「ヤンの養子だ。例の選抜徴兵制度いわゆるトラバース法の犠牲者だよ」
ボロディンの説明に納得するウランフ。幸い独身の自分にはいないが、ヤンにはいたようだ。
(そう言えば、ボロディンにもカリンとかいう娘がいたな)
そんな二人の雑談が一段落するとヤンは話を再開した。
「ああ、そうだ。もしかしたら私が捕虜交換に拘るのはそういった理由があるからなのかも知れない」
シェーンコップが皮肉げに、
「ふ、相変わらず正直な方だな、あなたという人は。で、この会戦戦後はどうするのです?」
と、聞いてきた。
シェーンコップの疑問はもっともだ。
捕虜交換は政府の権限、如何に元帥といえども自由に出来る権限ではない。
だからヤンは即答した。
「退役する」
「「「!!!」」」
おどろくグエン、ムライ、パトリチェフの3人。
思わず聞き返すグエン。
「この情勢下に退役するとおっしゃるのですか?」
ヤンは澱みなく伝える。
「そう、その情勢というやつさ。こう言っては変だが今回の遠征で両軍共に信じられないほどの傷を負った。互いに攻勢にはでられないほどのね」
確かにそうだ。占領地でのゲリラ戦、辺境部でのインフラの破壊、艦隊の損害、要塞へのダメージ。
なによりも、イゼルローン要塞の健在。
「なるほど、確かに我が軍は善戦していると聞きますし、我々を含めまして国内にはまだ9個艦隊が健在ですからな」
「逆侵攻を防ぐのはわけないと言うことか」
ウランフとグエンが納得する。
「ちょっと待ってください、その9個艦隊でまた今回のような遠征を企画したらどうするんですか?」
そこでアッテンボローが発言した。
そして、それこそ、ヤンの望んだ発言でもあった。
「それはない」
「ん?」
ウランフが首をかしげる。
「だから、私は退役するんだ。戦争を終わらせるために」
爆弾発言。そう言ってよかった。
「戦争を・・・・ヤン元帥、君はまさか」
ボロディンがどもりながら続ける。其れほどまでにインパクトの高い爆弾だった。
「ボロディン提督の想像通りだと思います」
ムライ参謀長が結論を促す。
「つまり、ヤン提督、それは・・・・」
ヤンが断言する。
「今度の大統領選に出馬します」
「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」
ラップとアッテンボローを除いて誰も知らなかった事。
まさかアムリッツァに向かう前にこんな話になるとは思っていなかったのだろう。
だれも、いやシェーンコップを除いて何もいえない。
「それでシェーンコップ少将、私の理由はこんなところだが、どうだろう?」
「最後にもう一つだけ、よろしいですかな?」
其れは疑問。イゼルローンとアスターテの件は知った。
ヤン・ウェンリー謀殺計画の存在を知ったときはさすがに持っていたコーヒーカップを叩き付けて割ってしまった程である。
だからヤンが大統領になると発言した事はあまり驚くに値しなかった。
その上での疑問である。敢えて問う。
「何故、急に大統領になろうと思ったのです?名誉欲ですか?それとも権力欲ですかな?」
さすがに言い過ぎだ。
そう思った二人の名将がシェーンコップを、この亡命貴族上がりの将官を窘めようとする。
「「シェーンコップ少将!!」」
ボロディンが怒鳴りつける。
「さすがに無礼だぞ!」
ウランフ提督が続ける
「我々が言えた事ではないが、節度、というものが在るのではないかね?」
だがシェーンコップはにやりと笑うだけで二人の名将の問いに答えない
答えたのはヤンだった。
「家族と、ここにいる仲間、そしてこれからの世代の為に」
それは偽りの無い本心。
心を動かされる会議室の面々。
(ヤンがここまで本気で国を思っていたとは)
ウランフは感心した。そして思った。
(なるほどな、戦争の終結・・・・我々軍人全員が争いを望んでいるわけではない)
(私も出来る限りのことはやってやろう、この不毛な争いを終わらせるために)
と。
ボロディンは思った。そして考えた。
(これは協力するしかあるまい。私だって如何に養子の娘とはいえ、娘の葬式を見るのは嫌だからな)
ヤンに協力する、それが娘を死なせずにすむと信じて。
シェーンコップからは先ほどまでの殺気は消えていた。
「相変わらず、ルドルフ大帝かよほどの正直者ですな、ヤン提督。まあいい、今回も期待以上の答えをいただいた」
そしてシェーンコップが立つ。
「あの時と同様、微力を尽くすとしますか。永遠ならざる平和のために」
のちの歴史家はこう語った。このときに出来たヤン艦隊の絆。これにシドニ・シトレー、ドワイト・グリーンヒル、パウル・フォン・オーベルシュタイン、ジェシカ・エドワーズ、ホアン・ルイ、ヨブ・トリューニヒト、ミドル・ダン、アキラ・ヒイラギによる、ヤン大統領誕生を目標にした半ば独裁的な支援体制を、かつての730年マフィアにかけあわせて、こう呼んでいる。ヤン・ファミリー誕生、と。
現在
ヤン艦隊は緒戦の勝利、と言ってよいかは分からないが、緒戦の占領地域拡大で得た迂回航路を使ってアムリッツァに到着した。
そして周囲の偵察艇を全て拿捕、または撃沈し、アムリッツァ恒星を大きく上下に迂回。
帝国軍の後背下方を突いたのだった。
それは帝国軍にとって悪夢に等しい事態だ。
事実、ケンプ中将の指揮下の貴族私軍艦艇は敵前回頭を行い一気に半数以上も撃沈されその混乱の中、ヨーツンハイムが撃沈された。
ケンプ艦隊は副将のナイトハルト・ミュラー少将の指揮下に入るも、年若い上に平民出身、さらに少将と言う事もあいまって貴族艦艇の混乱を収集できていない。
そしてこの事態を引き起こした艦隊中央にヒューベリオンの存在を確認する帝国軍。
「またしてもヤン・ウェンリーか!!」
ラインハルトは叫ぶ。
だが、叫ぶだけではなかった。
「各艦隊に通達反転迎撃は禁ずる、全速をもってキルヒアイス・メルカッツ艦隊と合流せよ、と」
そこへオペレーターから悲痛と言うべき報告が入る。
「前方の艦隊が砲撃を再開しました!!」
「敵の通信を傍受、全速力でミッターマイヤー艦隊、ケンプ艦隊を中央突破するつもりです!!」
驚いたのはケスラーだ。
前方の老将のあそこまで言っておいて、この反応。
「してやられた。あの通信自体が時間稼ぎの擬態だったのだか」
ケスラーが唸る
「その点については疑問があります」
ヒルダが戦闘中にもかかわらず、疑念を口にする。
いいかげんにしろ、と言いたいが中将待遇で乗っている手前、そうも言えない。
「なんですかな?」
「あの目です。あれは降伏ですべてを失うことを覚悟した者の目だと思います」
思い起こされるのはビュコックの目。
あれは追い詰められ達観したものの目ではなかったか、と。
「ではこの攻撃は・・・・・偶然だと?」
「はい、でなければ今になって慌てて攻撃する必要がありません。むしろ、より砲火を強め我々の眼を欺くことを目的としたでしょう」
(確かにその通りだ、あそこであのタイミングで砲撃を中断する必要はない)
「・・・・・・・」
黙るケスラーに現実へと引きずり戻す声が聞こえた。
「ヒルダ、ケスラー」
「はい」
「ハッ」
反応する二人。
「そのことは私の不覚とする所だ、あの老人を責めるな」
ラインハルトは自分の失敗には怒っていたが、何故かあの老人を責める気にはならなかった。
第一、自分が逆の立場だったら自分も同じ事をしたであろう、そんな確信が彼の中にはあった。
「全艦隊全速前進。後背の味方と合流する!」
side 第5艦隊、ヤン艦隊
「わしは卑怯者じゃな」
ビュコックが重い溜息と共に吐く。
「卑怯者、ですか?」
ファイフェル少佐が聞きなおす。
「ああ、そうじゃ。わしはあそこまで啖呵を切って置きながら自分は降伏しようとした。そして好機が来たらそんな事をお構いなしに攻勢に出るよう命じておる」
ビュコックはまるで懺悔する様に続けた。
「さぞかし、帝国軍の連中には憎まれているじゃろうな」
そこへチェン参謀長が口を挟む。
「お言葉ですが、司令官。司令官は共和国の艦隊司令官です。ただその義務をお果たしになっただけのこと、違いますか?」
「・・・・・参謀長」
チェンは続ける。
「ここで、自責に駆られるのは一種の逃げと考えます、どうか艦隊の指揮をお取りください」
ビュコックの目に、体に闘志が戻ってきた。
それは目に見えないもの。だが確実に全艦艇に伝わりだした。
古来より指揮官の心情が戦局を左右する。
それは人類が宇宙に飛び出して十数世紀経過した、この宇宙艦隊戦にとっても違いは無かった。
「そうか、そうじゃな」
ベレー帽をかぶり直すビュコック。
そこにはもう、懺悔に悔やむ老人の姿はない。
「逃げる訳にはいかんのぅ・・・・・全艦近接戦闘用意、スパルタニアン隊は全機発進!! 敵を混乱の坩堝に叩き込め!!」
「ヤン閣下、敵が混乱しています」
ラップが報告する。
スクリーンには混戦状態になった右翼が映し出されている。
「ローゼンリッター連隊はうまくやるだろうか」
混戦は待ち望んだところ。
ヤン艦隊は今度は中央に砲撃による追撃をかけていた。
特に首都で改装された第10艦隊、第12艦隊、第13艦隊は射程距離が従来の1.5倍まで威力も二割増になっており面白いように帝国軍を撃沈していた。
まるで赤子の手をひねるように。
この会戦終盤、共和国と帝国の国力の差が如実に現れ始めていた点を後世の軍事ジャーナリストは特色としている。
「わかりません、ですが。」
ラップは正直に答えて、促した。当初の予定通りやるべきだろうと。
「ああ、当初の予定通りにやろう、ムライ参謀長」
彼も頷く。
「了解しました、全無人揚陸艦突入を開始します」
side ミッターマイヤー艦隊
「醜態をさらすな、陣形を整えよ」
そのとき付近を航行していた戦艦と巡洋艦が同時に撃沈された。
ゆれる艦橋。
「グ」
思わず唸る。
戦局はもはや指揮官の手を離れつつあった。
いや、正確には帝国軍の、と言うべきか。
先手を取られ、さらに正面から混乱状態に突撃をくらい、近接戦闘に移行された。
「全て後手に回るとは・・・・・情け無い」
ミッターマイヤーが弱音を吐くほど混戦は、否、統率された攻撃は続く。
そして極めつけは敵の3千隻強襲揚陸艦による自爆攻撃だ。
「神風か!」
ミッターマイヤーも我が目を疑う行為。
帝国軍艦艇に所かまわず突っ込み、自爆する共和国軍の強襲揚陸艦たち。
だが、それこそが擬態だった。
混戦の中。
スパルタニアン隊が切り開いた穴。そこに刺客が飛び込む。
幾多もの強襲揚陸艦、木を隠すなら森の中。
ベイオ・ウルフ艦橋に強襲揚陸艦ケイロン3が突入した。
side シェーンコップ
『敵の指揮官、できればウォルフガング・ミッターマイヤーかオスカー・フォン・ロイエンタールのいずれかを捕縛してほしい』
『人質にするのですかな?』
『そうだ』
『ふ、だれの差し金かは知りませんがヤン提督、あなたも随分と悪辣になったものだ』
過去を一瞬だけ振り返ったシェーンコップは即座に訓練用の刃の部分が強化プラスチックのトマホークを振るう。
ゼッフル粒子の散布は待っていられない。
一気にローゼンリッターがベイオ・ウルフ艦橋に流れ込んだ。
そして見つけた、敵司令官の座る指揮シートを。
狼狽しながらも銃を向ける兵士たちをリンツが、ブルームハルトが次々と切り裂く。
そして。
「ウォルフガング・ミッターマイヤー中将ですな?」
男はゆっくりと頷いた。
ナイフを構えるミッターマイヤー。
「そうだ、そういう卿は何者だ?」
「私の名前はワルター・フォン・シェーンコップ、短い間だが覚えてもらおう」
数回のトマホークを避けるミッターマイヤー。
だが、今回ばかりは敵の数が違った。
後ろからリンツがミッターマイヤーを羽交い絞めにする。
そこへ鳩尾に強力な一撃を食らわせるシェーンコップ。
(エ、エヴァ)
それがミッターマイヤーが意識を失う直前に思った光景だった。
side ラインハルト
「ミッターマイヤーが敵に捕縛されただと!?」
ラインハルトは怒鳴った。
それは自分への怒りか、それとも失敗した疾風ウォルフへの怒りか。
「虚報ではないのですか?」
ヒルダも信じられないと言うようにケスラーに確認を取る。
「信じられませんが事実です」
「その証拠に、ミッターマイヤー艦隊は指揮系統を損失、敵の一方的な中央突破を許しました」
ケスラーも信じられないといった表情で、若い主君に報告する。
「そして、敵艦隊は合流。アムリッツァを離れつつあります」
そうだ、ヤン艦隊はその圧倒的な火力でラインハルトの貴下の艦隊を削りつつも距離を保ち続けた。
そして、友軍の脱出とミッターマイヤー捕縛の報が入ると即座に軍を引き始めた。
撤退するヤン艦隊。
それを追撃するだけの余力はもうラインハルトには無かった。
宇宙暦797年、帝国暦487年1月17日
こうしてアムリッツァ会戦は終了した。双方の失った艦艇は共和国軍4万隻、帝国軍5万7千隻。
アムリッツァだけでみれば共和国軍の辛勝に見えるかもしれないが、緒戦で失われた艦隊をあわせれば約9万隻もの大艦隊を失っている。
そして棄兵とされ、帝国領土に残された将兵およそ2400万名。
実に侵攻軍総兵力の三分の二を失ったことになる。
共和国は宇宙艦隊の総兵力の約半分を失った。
そして、得ることは何も無かったと言ってよかった。
一方の帝国軍も、からくも共和国軍の侵攻を押し返しただけでその被害は甚大であった。
向こう数年間は両者とも大規模な軍事侵攻はできない、それだけの損害をうけた。
だが、この戦いが、ヤン・ウェンリーを更なる英雄へと駆り立て、あの頂へ、大統領と言う名の頂へと推し進めることとなる。