第一部 最終話 ヤン大統領誕生
「アドミラル・ヤン!!」
「ミラクル・ヤン!!」
「魔術師ヤン!!」
「ヤン・ウェンリー提督万歳!!!」
人々は熱中と熱狂の中にいた。
それは自分たちの英雄が、新たなる英雄として登場したことへの現れであり、憧れであった。
英雄の名前はヤン・ウェンリー。
イゼルローン要塞を無血占領し、アスターテ会戦で史上空前絶後の大勝利を収め、アムリッツァでの全軍崩壊を防いだ英雄。
誰もが知っている英雄、ヤン・ウェンリー。
そんな地位と名声を得た男は新たなる階段を昇った。
それは銀河共和国大統領という頂。
そう、彼は手に入れたのだ、銀河共和国の最高権力者としての地位を。
だが、彼は薄ら寒さを感じた。
side ヤン
黒い高級なツーボタンスーツを着た男と黒い、体の線がはっきりと出たドレスを着た女が赤い絨毯の上を歩く。
外から聞こえる熱狂。
それを聞きながら黒いツーボタンのスーツの男は思った。
(500年前にルドルフを支持した民衆もこうだったのではないだろうか)
(・・・・・そして私もルドルフのように棄てられるのではないか?)
(何を馬鹿な想像を)
(第一、私はルドルフじゃない。この戦争を終わらせたいだけなんだ)
彼は首を振る。
そして歩く。
今やファーストレディとなったフレデリカ・G・ヤンと共に。
オーバーホールオフィス、大統領執務室へ。
そして。
最高裁判所長官が立っていた。
「ヤン大統領」
「はい」
「君は共和国憲章を遵守し、共和国の未来と平和と繁栄のために働くことを誓うかね」
大統領執務室の上に置いてある共和国憲章。
それも初代共和国憲章だ。
(実物を見るのは初めてだな)
場違いの感想を持つヤン。
それを手に取り条文を唱和する。
「銀河共和国は自由と平和と平等への道しるべとしてここに建国を宣言する。願わくば、その原則が子々孫々まで伝わるように」
最高裁判所長官が頷く。
「よろしい、では、その条文にしたがって行動すると誓うかね?」
ヤンは即答した。
「誓います」
と。
「ファーストレディ、君はこれから待ち受けるであろう困難を夫共に支えていく覚悟があると誓うかね」
フレデリカも即座に答えた。
「誓います」
鷹揚に頷く最高裁判所長官。
「ではここにサインを、大統領」
「はい」
大統領誓約書にサインする。
「ではここに第435代銀河共和国大統領ヤン・ウェンリーが誕生したことを宣言する」
そのとたん、ソリビジョン中継を見ていた市民からは熱狂的な反応が返ってきた。
(そして、私は監獄の中に入る。歴史という永遠の監獄へ)
知ってかしら、知らずかフレデリカが手を握る
過去は変えられない。
現在は全ての選択の末に成り立っていることだ。
ヤンは決意を新たにした。何よりも今隣にいない家族の為に、仲間たちのために。
(フレデリカ、ユリアン・・・・そしてみんな)
(戦争を・・・・・終わらせるよ)
宇宙暦798年 7月1日
ヤン・ウェンリーは圧倒的な多数はで大統領選に勝利した。
彼はラザフォート大統領の任期を受け継ぎ、更に通常の大統領任期5年の合わせて7年という、特例として1期7年のヤン大統領時代を迎える。
その内の前半は謀将大統領の異名を取るほど苛烈なまでの謀略を銀河帝国ゴールデンバウム王朝に展開した。
また安全保障の一環としてイゼルローン要塞、フェザーン要塞を設置し、外敵からの侵入を防ぐと同時に、国内の広大な、後数世紀は富を生む恒星系開拓に全力を注ぎ、方やローエングラム王朝と講和・通商条約を結び民需を活性化させる。
銀河帝国ローエングラム王朝との講和は、フェザーンを仲介に行われた。
そして、フェザーン方向に新たな航路が発見されると人々は銀河共和国設立当時の熱狂をもって開拓に向かい、後年、ローエングラム王朝と銀河共和国の子孫が共同し運営する『自由惑星同盟』を設立させることになる
こうしてヤン・ウェンリーは人類に第3の黄金期を出現させた。
ヤン・ウェンリーはまたしても、奇跡のヤンとして国民から褒め称えられることになる。
その後のヤン・ウェンリーは妻、フレデリカ・G・ヤンとの一男一女をもうけ、養子のユリアンはアムリッツァで知り合ったカーテローゼ・フォン・クロイツェルと結婚し、こちらは二人の男の子を授かった。
そしてヤンが願ったとおり、その子供たちが戦場にたつことは無かった。
宇宙暦849年 8月1日
ヤン・ウェンリーの時は、83で永遠に停止した。
そしてそれから二日後の8月3日、フレデリカ・G・ヤンも75歳で死去する。それが自殺だったのか自然死だったのかは今でも論議されている。
その後二人は生前の遺言に反し、大々的な国葬を持って葬られる。
先代の大統領、ユリアン・ミンツは小さな身内だけの葬儀を希望したが、それは叶わ無かった。
その国葬はヤンの思いとは裏腹に壮大で厳粛なものとなり、銀河共和国からはかつてのヤン・ファミリーの生き残りたちが、銀河帝国からは老齢のジークフリード・キルヒアイス副帝とその妻アンネローゼ・キルヒアイス、そして第3代皇帝ラインハルト2世が、自由惑星同盟からはアーレ・ハイネセンの直系の子孫、リーグ・ハイネセンらが出席した。
こうして英雄は伝説から歴史へとかわり、人類は新たならる一歩を、英雄のいない世界へと足を踏む出すことになる。