注意、少し大人描写がはいります。読む前にそういった事に嫌悪感を感じる方は読まないことをお勧めします。PG12です。
まずければ削除します。では第四話をご覧下さい。
『帝国との架け橋と謀略
きっかけは何だったのだろうか?ポール・サー・オーベルト中将は帝国を憎んでいた。それは確かだ。恐らく共和国の中で誰よりも何よりも憎んでいたにちがいない。もしもの過程の話であるが、ヤン・ウェンリーとラインハルト・フォン・ローエングラムが生まれた場所が逆であったならばどうであろうか?そして国力比が逆転していたとしたら?これは著者の創造に過ぎないが、ラインハルト・フォン・ローエングラムという傑物の英雄を利用して、その持てる国力の全てを帝国打倒に費やした筈だ。そう、私は考える。その証拠に後年見つかったおそらくオーベルト、いやパウル・フォン・オーベルシュタインの日記がある。状況証拠でしかないその日記には彼の愚痴とも言うべきものが書かれていた。以下それを抜粋したい
『これは予想外のことだ、私のシャトルを回収したのがかのアスターテの英雄の艦隊とは。
これでは帝国でラインハルト・フォン・ミューゼルと面識を持った意味がないではないか』
『ヤン・ウェンリー、あの金髪の若者以上に底が知れない。まさか自分がこのような感情を抱くときが来るとは』
『自身の名前を捨て、新たなる人生を歩む、いや歩まざるを得ないとはな。私も焼きが回ったものだ』
『ヤン・ウェンリーがここまで政治的才覚をもち、自分の予想をことごとく当ててくるとは・・・・やはり一筋縄ではいかぬな』
『此度の件は、ヤン大統領の発案だった。どうやら私に毒されてきたらしい、結構な事だ』
『地球教徒への苛烈なまでの弾圧、政策としては正しい。国民を守ると言う公約にも合致する、そして厄介者を帝国へと送り出すという事も』
『何故、直接武力侵攻をしないのか、それを問いただしたら一言返ってきた。簡単さ、私がしたくないからさ、と』
お分かりいただけただろうか、特に最後に抜粋した文にポール・サー・オーベルト、いや、パウル・フォン・オーベルシュタインの本音が有ったものと思われる。ここからはオーベルシュタインに統一するが、彼は共和国が武力侵攻しないことに不満を持っていた。当然だろう、彼の目的は銀河帝国ゴールデンバウム王朝に滅亡であって、銀河共和国の繁栄ではなかった。だが、結果的に銀河共和国第3の黄金期を作り出した陰の功労者としてその名前を残す。それが彼の心代わりなのか、それともヤン・ウェンリーの対人関係の操り方の妙だったのかは戦後半世紀たった今でも論議されている。唯一つ言えることは、ヤン・ウェンリーがいたからこそ、銀河は三つの国家の共存繁栄を迎えられたし、オーベルシュタインがいたからこそ、ゴールデンバウム王朝はあれ程までにもろくも崩れ去ったのであり、そのオーベルシュタインをヤン大統領が御しえたからこそ、銀河共和国は銀河帝国併呑という悪夢を乗り越えられたものと私は考える』
新帝国暦52年 6月5日 ジークフリード・キルヒアイス元帥兼銀河帝国ローエングラム王朝副帝
『勇戦むなしく敵中に捕らわれた我が軍の将兵たちよ、私宇宙艦隊司令長官ラインハルト・フォン・ローエングラムは卿らが捕虜になったことを責めるべき愚劣なるなる風習を断固として排除すると確約する。卿らに恥じるべきは何物も無い。真に恥じるべきは勇戦虚しく敵中に卿らを置き去りにした卑劣で無能なかつての軍司令部にある。卿らの善戦は万人が認めていることである。そしてこのラインハルト・フォン・ローエングラムも卿らに感謝ししつつ詫びねばならない。我が英雄、我が戦友諸君。卿らは胸を張って帰国せよ。しかるのち全将兵に一時金と特別休暇を与える。そして自らの意思で軍務に復帰するものは自らの意思で名乗り出て欲しい。そして最後に人道と軍規に基づいて捕虜交換に応じてくれた銀河共和国政府ヤン・ウェンリー大統領に感謝の意を表したい。
宇宙艦隊司令長官、ラインハルト・フォン・ローエングラム』
こうしてラインハルト・フォン・ローエングラムは脱落者20万名を除いた230万名の精兵を得て、銀河帝国軍内部の地位を各個たるもにした。
『まずは帰還する全将兵に謝らせてもらいたい。すまなかった。私たちの戦略上のミスで君たちを帝国本土に置き去りにしてしまって大変申し訳なく思う。かの銀河帝国宇宙艦隊司令長官の言葉ではないが全ての責任は私たち軍上層部にある。だから、約束しよう。二度と、少なくとも私の在任期間中は帝国からの攻撃が無い限り、二度と諸君らを最前線に立たせるような真似をしない、と。私は演説下手だ。ここで気の利いたことを言えば諸君らの、いや、あなた方の心を掴むのかもしれない。だが、私にはそれは出来ない。私にできるのはあなたがた全員に特別休暇を与えることと一時金を与えること、そして、退役志望者を全員退役させてあげることだけだ。英雄諸君、という言い方はもしかしたらあなた方の耳に一番残る嫌な言葉かもしれない。だから最後に言わせてもらう、本当にすまなかった』
イゼルローン要塞にて、ヤン大統領の謝罪演説より抜粋。この後、将兵1400万名が軍に残留を希望する。
そして今までの司令官や政治家とは違うとして個人的にヤン大統領を崇拝する切っ掛けとなるのだが、この時点ではヤン・ウェンリーはその事を知らない。
第四話 会談
side ヤン 宇宙暦799年、帝国暦490年2月1日 イゼルローン要塞特別応接室
お互いのボディチェックを済ませてイゼルローンの応接室に入る。
ここは帝国時代からの芸術品がこれでもかというくらいバランスよく、豪華に飾られていた。
あまり二人の趣味には合わないものだ。
だが、キルヒアイスが言った様に形式というのは大切だ。
それが全権大使とでもいうべき人物と、共和国大統領の会談では下手な部屋は使えない。
そこで念のために、と、取って置かれた銀河帝国時代のそのままに残したこの特別応接室だ。
「はじめまして、ヤン・ウェンリー大統領閣下」
キルヒアイスが挨拶をする。
「ええ、はじめまして。ジークフリード・キルヒアイス上級大将」
ヤンも返す。
「キルヒアイス、で結構ですよ?」
苦笑いしながらキルヒアイスが訂正を求めてきた。
「ならば私もヤン提督で構いません。そちらの方がしっくりくるでしょう?」
ヤンも自身が大統領閣下と呼ばれて日が浅いため、昔の名称で呼ぶよう頼む。
「確かにそうですね」
キルヒアイスが笑った。
(感じの良い好青年だな)
「それでヤン提督、あなたは何をお望みですか?」
ヤンは内心先手を取られたと思いながら。
「私の望み、ですか?」
「ええ」
それでもキルヒアイスには本心を打ち明けることにした。
この若者ならば信じられる、そうヤンの直感を信じて。
「私の望みはたかが知れています」
「と、言いますと?」
「今後数十年の平和です」
「数十年の平和、恒久平和ではなく、ですか?」
「そうです」
「理由をお聞かせ願いませんか?」
「これは私見もは入っているので一概には言えませんがそれでもよろしいですか、キルヒアイス提督?」
無言で頷くキルヒアイス。
「私は政治家志望ではなく、まして軍人志望でもありませんでした」
それはヤンの願望。
これにはキルヒアイスも若干驚いた。
てっきり野心溢れて軍人の道を歩んできたのだと思っていたのだから。
「それが何の因果か軍人になり、30歳で軍の最高位、元帥まで昇りつめ31歳で大統領になりました」
それはヤンの本心。
本当は歴史学者として歴史を紐解く人生を歩みたかった。
それが何の因果か、自分が紐解かれる人生を歩むなんて。
「ですが、私の心は変わっていません」
「それは平和です」
言い切るヤン。
そしてそれは銀河帝国への領土的野心が無い表れであった。
「知っていますか、キルヒアイス提督?人類には恒久的な平和なんて一度も無かったことを」
キルヒアイスに疑問を、まるで友人のように投げかけるヤン。
「ええ、それは歴史を知る者の常識ですね」
ヤンは我が意を得たとばかりに続ける。
「はい、その通りです」
「それでも平和で十分豊かな時代は存在しました」
思い出されるのは第二次世界大戦終結後の日本、西欧諸国。
そして地球統一政権発足時の地球政権時代。
シリウス暦時代の銀河共和国に、アーレ・ハイネセンが作った第二の黄金期。
それをヤンはキルヒアイスに語った。
まるで歴史学を教える先生のように。
そしてキルヒアイスも不可解なことにそれを不快に思わなかった。むしろ好ましいと思えた。
「ようするに、私が求めているのはそういった時代の再現なのです」
「それはもしかしたら15年程度の平和で終わってしまうかもしれません」
ヤンの顔が一瞬歪んだ。
「ですが、その15年はこの150年の戦争に勝ること幾万倍だと私は思うのです」
そしてキルヒアイスの目を見る。
「だから、こうしてあなたとお話しているのです」
「・・・・・よく、分かります」
「そして、頼みがあります」
突如、ヤンが話題を変えた。
ご丁寧に一国の国家元首が頭を下げて。
「?」
「あなたに架け橋になってもらいたい。新たに成立するであろうローエングラム王朝と銀河共和国との架け橋に」
それは静かな、だが、キルヒアイスの退路を断つ言葉でもあった。
キルヒアイスは一瞬手に持っていた紅茶のカップを止めた。
そして聞きなおす
「まるで私たちが簒奪を企んでいるかのようなお話ですね、ヤン提督」
「そうですね、キルヒアイス提督」
しばしの沈黙。
さきに口を開いたのはキルヒアイスの方だった。
「・・・・・・ごまかしても仕方ありませんね、誰から聞きました?」
ヤンもごまかしは特にならないと悟った。
「パウル・フォン・オーベルシュタイン大佐、覚えがありませんか」
その名前は聞き覚えがあった。
アスターテ会戦出発前夜のこと。
『ジークフリード・キルヒアイス大佐ですね』
『そうですが、失礼ながらあなたは?』
『私の名前はパウル・フォン・オーベルシュタイン大佐』
『なるほど、卿の上官たるミューゼル中将は良い覇気に恵まれているようだ』
『それはありがたい言葉です、ところで所用を思い出しました。失礼させてもらってよろしいですか?』
『ええ、中将閣下とあなたの覇業が達成されるのを心より期待しております』
あの時は薄気味悪さを覚えて自分から去っていった。
そして今、再び聞く名前。
「ええ、存じております」
全て繋がった。
あの男は妙に帝国軍の、いや銀河帝国の内情に詳しかった。
「彼からの情報です」
「・・・・・・」
キルヒアイスは沈黙する。
あの男がいると分かれば迂闊な事は言えない。
だが、この男、ヤンの本心も聞けた。
『戦争の終結』
それは万人にとって幸せなことではないのか?
キルヒアイスはしばしの間、自問自答する。
そして、ヤンが動いた。
「キルヒアイス提督、これを」
差し出されたのは一枚のマイクロディスク。
「これは?」
「大統領府への直接通話回線です」
「!」
キルヒアイスは驚く。
何故ならそれは暗号の一部を渡した事を意味し、ある意味で売国的な行為だからだ。
もっとも共和国は定期的に(通常の大統領選挙の年、つまり5の倍数の年)変更しているのでキルヒアイスが思うほど重要視されてない。
付け加えるならば、アムリッツァで多数の艦艇、後方要員を失ったので暗号の書き換え急務と言う裏事情もある。
「そんなに驚かれると・・・・困りますね」
頭をかくヤン。
だが、それとは裏腹に目は笑ってない。
「いいでしょう」
キルヒアイスが言った。
「いいんですか?」
キルヒアイスが決断した。
「私の責任を持って銀河帝国は抑えます。ラインハルト様にもそうするようお頼みします」
「ですから、ヤン提督もヤン提督の責任を持って銀河共和国内部を抑えてください」
頷くヤン。
ちょうど見計らったようにオーベルト中将から連絡が入る
音声のみで受信するヤン。
『閣下、捕虜の交換の実務手続き、キャゼルヌ中将の下終了しました』
それを聞いて立ち上がるヤン。
そしてキルヒアイスに手を伸ばす。
図らずも握手する二人の両雄。
「お互い良い会談になりましたね」
キルヒアイスが笑いながら続ける。
「ええ、まったく。」
「敵としたならば貴方はとても恐ろしい男です、ヤン提督」
ヤンが怪訝な顔をした。
なぜなら今までの話ではキルヒアイス提督は自分の味方になろう、そういう流れだったはずだ。
だがその心配は杞憂に終わる
「ですが、友とすればこれほど頼りになる人物を私はラインハルト様以外にしりません」
続ける。
「こういった形でお会いできて幸いでした」
「こちらこそ、キルヒアイス提督」
side ヤン 宇宙暦799年、帝国暦490年2月2日未明 イゼルローン要塞特別応接用寝室
キルヒアイスが艦隊を率いてオーディンに帰還しだした頃。
帝国の一流家具屋が手作りで作ったダブルベッドの上で二人の男女がいた。
それは銀河共和国の大統領夫妻だった。
さらにいうならば、ヤンはフレデリカの胸の中にいた。
両者とも何も着ていない。そして汗だくだった。
「あなたどうしたのですか?」
フレデリカが心配する。
「フレデリカ」
ヤンの返事は心なしか鈍い。
「昨日からまた悩んでいますね?」
「キルヒアイス提督に何か言われましたか」
無言で首を振る夫。
「では、キルヒアイス提督に何か言ったのでしょう?」
そうだ、その通りだ。
「私は卑怯者だ」
ヤンは独白する。
大統領になってからの初めての愚痴。
「私のあげたチップは古いものでキルヒアイス提督が心配するようなものじゃない」
「それに私はうそをついた。ミッターマイヤー提督の件だ。彼に盗聴器が無いと言いながら、オーベルト中将は盗聴してそれを録音していた」
フレデリカがフォローする。
「でもそれはあなたが知らないことで、貴方に罪はないと思います」
ヤンは否定した。
やはり断罪を求めるかのように。
懺悔は続く。
「いいや、罪はある。最高指導者は知らなかったでは済まされないんだ」
「そしてオーベルト中将は昨日の会話も録音した筈だ」
でなければあのタイミングで電話がかかるとは思えない。
「フレデリカ、私はどんどん卑しい人間になっていくそんな」
ヤンはそれ以上言えなかった。
フレデリカが泣きながら彼の頬を叩いたのだ。
「フレデリカ」
立ち上がるフレデリカ。
そして夫の上に体重を乗せる。
「そんなことはありません」
フレデリカは大粒の涙をこぼしながら否定した。
「貴方は卑怯者じゃない」
涙がヤンの頬を、額を濡らす。
「少なくとも、私を、ユリアンを、みんなを救おうとしている」
そうだ、それが私の原点のはず。
「だからこれ以上抱えるのは止めてください」
フレデリカの心からの言葉。
「貴方はね、銀河共和国の大統領なんです。だから銀河共和国の事だけを考えれば良いんです」
それは妻が初めて言った独善的な言葉。
だが、だからこそ痛いほど分かった。
自分を心配してくれてのことだと。
無言でフレデリカの背中に手を伸ばすヤン。
そうして二人はまた一つになった。
宇宙暦799年、帝国暦490年3月1日 大統領府
そこには3人の男がいた。
一人は黒人で階級章から元帥と分かる。
もう一人も元帥だがこちらは七十代後半だ。
そして温厚なイギリス風紳士とも言うべき人物。
彼らの名前はそれぞれシドニー・シトレ、アレクサンドル・ビュコック、ドワイト・グリーンヒルと言った。
「一体何の呼び出しかな?」
シトレが疑問を提示する。
「宇宙艦隊司令長官たるわしと、統合作戦本部長たるシトレ元帥、そして査閲本部長たるグリーンヒル中将」
ビュコックが続ける。
「まあ、お二人とも。直接大統領に聞けばよいではありませんか」
そういうグリーンヒル。
そこへヤン大統領とラップ補佐官が入ってきた。
何やら深刻そうな顔だ。
「大統領に代わり、私が説明させていただきます」
ラップは極めて深刻な表情で伝えた。
「実はこの国でクーデターの動きがあります」
「なに、クーデターだと!?」
グリーンヒルが驚きの声を上げる。
いや、叫ばなかっただけで他の二人も同様だ。
「では、わしらの任務はクーデターを未然に防ぐことですな」
ビュコックがその聡明な脳で瞬時に命令を先読みした。
頷くラップ。
「そうです、実はクーデターの首謀者は分かっているのです」
「これは驚かされてばかりだな」
シトレが皮肉を言う。
ヤンがすまなさそうな顔でこちらを見る。
「RCIAの成果か。あまりやり過ぎると秘密警察と言われかねんぞ?」
グリーンヒルが懸念を提示した。
そこへオーベルト補佐官が入ってきた。
どうやら話を聞いていたらしい。
「ご心配なく、その為に軍諜報部、情報省を存在、独立させて対立をあおっているのですから」
あまり愉快な話ではない、ヤンの顔がそういっている。
「一つの組織だけでしたら暴走は防げません」
「しかし、それが3つも存在するならば話は別です」
「いわゆる、3権分立というやつですな」
オーベルトの正体を知っているグリーンヒルとシトレは苦虫を、それを知らないビュコックは露骨な嫌悪感をあらわにした。
「っ、では貴官は最初からそのつもりであのRCIAを作ったのか?」
ビュコックは尋ね、オーベルト中将は無言で肯定した。
「それで、クーデターの話だが、何故逮捕しない?」
シトレの疑問はもっともだ。
ここでオーベルトが説明を開始する。
「第一に証拠がありません。アーサー・リンチなる人物にあったという事、軍内部の不穏分子に声をかけていることだけでは軍法会議にさえ持っていけないでしょう」
確かにな。グリーンヒルが納得したように声を出す。
「第二に、こちらのほうが重要ですが、膿を取り除くときは一気にやらねばなりません。そういう意味ではまだ早すぎます」
つまり。シトレが先を促す。
「そこでダブルスパイを送り込みます、それも首謀者クラスとして」
「「「!!!」」」
ラップもヤンも嫌悪感から顔を背けたかった。
だが、オーベルト中将の言は正論だ。
ここで中途半端に摘発に成功してしまったらより地下深く潜るかもしれない。
そして内乱が発生するかもしれない。
それだけは避けたかった。
「それで、誰を送り込むのじゃ?」
ビュコックの問いにオーベルトは意外な、そしてある意味で想像通りの人物を送り込むことを伝えた。
宇宙暦799年、帝国暦490年4月15日 某所
深刻そうな将官、佐官が会合を開いていた。
いや、会合と言うよりは密会と言う言葉が正しいか。
その中でもっとも階級が高いものが発言し会合が始まった。
『このままでは銀河共和国は滅びる』
『衆愚政治とかして、ヤン・ウェンリーなる黒髪の青二才に権力を譲る現在のシステムを我々が浄化せぬばならん』
『作戦は辺境4惑星で反乱を起こし首都の戦力を分散させる』
『そうして宇宙艦隊司令部を抑えてしまえば、既存の宇宙艦隊は司令官不在の為、行動できん』
『さて、ここで問題になるのはイゼルローン駐留の第10艦隊、第12艦隊、第13艦隊、フェザーン要塞方面軍の第14艦隊、第15艦隊だ』
『時間が無くて彼らを説得できていない』
『提案、説得する前に刺客を送り、司令官たちを暗殺すべきではないでしょうか』
『それはそうだが、うまくいくか?』
『それよりヤン大統領を味方につけたほうが良いのではないか』
『彼の力なら打倒帝国も夢ではない』
『そうだな、そちらのほうが良いのかもしれん』
『いや、それでは本末転倒だ』
『あんな男を同志にする必要は無いでしょう?』
『その通りだ、あんな青二才は必要ない。排除すべきだ』
『しかしだな、あまり強硬姿勢をつらぬけば・・・・・』
『中将、そんな弱腰でどうするのですか?』
それからも議論は続いたが一向に結論はでない
『一時閉会とする。議論の続きはまた1週間後のここで行うこととしよう』
その傍らで。
アルコールを浴びるように呷る男がいた。
ブランデーのビンが半分近く減っている。
アーサー・リンチ少将だった。
(踊れ踊れ、フェザーンの黒狐の手の平の上とも知らず)
さらに呷る。
(最後まで踊れるかは、お前たち次第だ)
side 宇宙暦799年、帝国暦490年2月21日 元帥府
ラインハルトは池の畔に座っていた。
そこへ歩み寄るキルヒアイス。
そこで一瞬だが目をこする。
なんとラインハルトの横にヒルデガルド・フォン・マリーンドルフがいたのだ。
(ラインハルト様にも恋の季節がきたのかな?)
などと思っているとフロイラインが気づき慌てて席を立ち一礼した。
「失礼しました、キルヒアイス閣下」
「あ、いや」
戦場では的確な判断を下せる名将も流石になんと言ってよいか分からなかった。
そしてラインハルトに一礼して去っていくヒルダ。
「キルヒアイスか、どうだったイゼルローンの、いや、ヤン大統領の様子は?」
後悔や引きずるものは何も無かった
(春が来たと思ったのは気のせいか)
キルヒアイスは一人で自己完結し、報告を始める。
「ヤン・ウェンリーはこちらへの侵攻する意図は無いと国内で言及しているそうです」
そしてあの演説を思い出す。
「また、返還時の演説でも帝国軍の攻撃がない限り、帝国へは攻撃しないとの公式発言が残っております」
「やはり、彼も今は国内を固めたいものと思います」
そう続けるキルヒアイスに金髪の親友は悪戯する様な視線を向けた。
「他に何かあるんじゃないのか、キルヒアイス?」
「敵いませんね、ラインハルト様には」
そしてキルヒアイスはヤンから渡された極秘回線の入力されたMDカードを提示する。
「で、どんな男であった。実際にあってみて」
ラインハルトに、自分が感じた正直な感想を伝える
「恐ろしく自然体で、奥深く、平凡な人物でした」
「ですが、それこそがヤン大統領の恐ろしさだと思います。少なくとも敵とすればこれほど厄介な人物を知りません・・・ですが」
「ですが?」
キルヒアイスは続けた。
「友とできればこれほどの人物はおりません」
と。
「ヤン、ウェンリー、か、もう一度会ってみたいものだな」
side オーベルシュタイン 共和国中央情報局局長室 宇宙暦799年、帝国暦490年4月15日
そこでオーベルシュタインは、いやオーベルト中将はバグダッシュ大佐からの報告を聞く
「以上です」
報告を終えるカミヤ・バグダッシュ。
「共和国不穏分子の件は近い将来片付けるからそれでよいとして、やはり実行部隊はあれを選ぶか」
その言葉に思わず口を挟む。
「政治、ですか」
オーベルトは珍しく、部下の疑問に答えた。
普段であれば義眼で抑制するか、自分で納得させるのがざらなのに。
「そうだ」
「それと帝国に潜入させたスパイですが、上手くやっているようです」
そう、キルヒアイスたちが無害と判断した、ミッターマイヤーを除く1000人全員(佐官と尉官中心)がスパイだったのだ。
まさかそんな少人数ではこないだろうという油断、木の葉を隠すなら森の中、という諺を裏目にした作戦だった。
もっとも、成功率は低く、失敗しても本命であるミッターマイヤーと第二次捕虜帰国船団1万名がいたのでオーベルトは問題視していなかった。
なお、ヤン・ウェンリーはこの件は知らない。知らせるつもりもない。
いざとなれば自分が責任を取って嗅ぎつけた者を『事故死』させればよいだけだ。
そういう意味ではバグダッシュは非常に危うい立場にいる。
もっとも、当人もその危険性に気が付いている。
でなければ情報部や諜報部門を志願したりしない。
「これで帝国内部にはリヒャールゼン客員中将以来の諜報網が誕生するわけですな?」
そして気が付いた。
自分が言い過ぎたことを。
「ご苦労だった、今日はもう下がってよい」
「はっ」
敬礼するバグダッシュ。退出した頃を見はかり、オーベルトは、いや、オーベルシュタインは独語した。
「ヤン閣下には綺麗なままでいてもらわなければ困る。光には影が付き従うもの。そして踏みつけられるものだ」
「それは私でよい、ヤン閣下はヤン閣下の王道を歩まれるがよかろう」
宇宙暦799年、帝国暦490年4月20日
銀河帝国で政変が勃発する。それはエルウィン・ヨーゼフ2世を中心としたブラウンシュバイク・リッテンハイム両公爵によるリップシュタット連合軍の結成とガイエスブルグ要塞での武装蜂起であった。