第四話 アスターテ後編
『諸君らは共和国を守る精鋭部隊である。民主主義の大儀を掲げるこの国と、第1から第18艦隊までの国防戦力とが共に手と手を取り合えば圧政を掲げる銀河帝国軍の侵攻を跳ね除け、やがては悪の拠点イゼルローン要塞をも陥落させることが出来るであろう。このヨブ・トリューニヒトは諸君らの愛国的な活動を期待するものである』
宇宙暦795年8月、ハイネセンスタジアムにおける各艦隊司令官と将兵への激励文より抜粋
『アーレ・ハイネセンは確かに偉大さ。だがな完璧な人間がいないように彼も完璧ではなかった。銀河帝国の底力と当時の少数派であったゲルマン系白人民族の鬱憤を軽視してしまった。それがこの戦争の一つの要因さ。もっとも当時の私が同じ立場にいたらやはり和平を選択しただろうよ。何故かって?そりゃあもちろん世論には勝てんからだよ』byホアン・ルイ
宇宙暦770年2月2日、ベガ州州知事ホアン・ルイの発言より抜粋。
『シトレ元帥は仰っていた。我々は偶像と戦っている、とね。わしもそう思う。わしが初陣を飾った第二次ティアマト会戦までは攻勢に転じていたのは共和国軍じゃった。しかし、目先の勝利に拘泥し艦隊増強を行った為、要塞建設という発想の転換を行えなんだ。その結果が6度にわたるイゼルローンの敗北であり、度重なる帝国軍の侵攻であろう。わしの子供の頃は選抜徴兵制度などなかったものじゃよ?じゃがあの要塞が完成させてしまってからそれは開始され、物事は悪い方向ばかりへと進んでいる、そんな気がする』by アレクサンドル・ビュコック
『銀河帝国軍が侵攻してきただと?何かの誤報だろう』byコード・ギアス大統領
『我々は帝国に逆侵攻する必要はないのです、ウィンザー議員。何故なら我が国のほうが人口比で勝り、開拓すべき惑星を多数保有しております。一方銀河帝国は国防に力を傾け内政問題を疎かにしています。もしも我が軍が大挙して侵攻するなら敵を団結させ、更には平民階級への弾圧を招きかねません。また、あの広大な領土を維持するには18個艦隊では絶対数がはるかに足りません。更に言わせてもらいますが、戦勝をもぎ取ることと治安維持は全くの別物であります。小規模ならともかく、5個艦隊以上の出兵は臨時国債などで賄われ財政の悪化につながりますので、民意が納得できる理由が必要です』byシドニー・シトレ
以上、銀河共和国アングラ出版社・『共和国の名言・迷言集』より抜粋。
宇宙暦820年3月30日 ヤン・ランの卒業論文発表時。
第四話 アスターテ後編
side ラインハルト
「無能どもめ」
おもわず悪態をつく。
艦隊は予想通りに壊滅させられ、残った艦隊は本隊15000隻のみ
対して敵は未だ20000隻近くの艦艇が残っている。
しかもフェザーンからの情報が確かならば不敗の名将ヤン・ウェンリーの指揮する艦隊が、だ。
対してこちらの司令官はシュターデン。通称、理屈倒れのシュターデン。
はっきり言って勝ちは、否、勝負にすらならないだろう。
「これでは話にならぬ」
敵軍が引き返す、という報告を受けたときは何かのデマかと思ったが予想通りデマだった。
おかげで戦場深く誘い込まれてしまったようなもの。
(俺に全軍の指揮権があれば、いや、一個艦隊の指揮権さえあれば必ず逆転させられるものを)
赤毛の親友が周囲に聞かれないようにラインハルトに囁いた。
「シュターデン中将は最早正常な判断を下せないものと思われます」
続ける
「艦隊行動に関してラインハルト様の為さりたい様に成すべきかと」
ジークフリード・キルヒアイス大佐が副官として意見を述べる
「キルヒアイスもそう思うか?」
ラインハルトがブリュンヒルトの司令官席から傍らに立つ自らの分身に問いかけた。
「はい、この期に及んでなお前進命令を出すなど自殺行為です」
会話が続く。
「そうだな、本来であればゼークト艦隊壊滅と同時に速やかにオーディンへと帰還するのが『常識』というやつだ」
「それをおやりにならないのは、司令官個人がもはや意固地になっているとしか思えません」
赤毛の親友は正しい。いつも正しい意見を述べる。・・・・述べるが
「ああ、そうだろうよ。だが、だからといって私の指揮下にある艦隊だけでも逃げ出すわけにはいかん」
指揮シートをつかむ手に血管が浮かぶ。
何も出来ない自分への腹立たしさ、将兵への申し訳なさ、宮廷貴族どもの無能さとこの国の理不尽さに怒り、呆れ返っている。
「でしたら、やはりラインハルト様のなすべき事を為さるべきでしょう」
そう言って彼は姿勢を正した。
それは私人としての時間を終わらせ、公人としての時間に移った事を意味する。
(こいつは・・・・全く敵わんな)
ラインハルトは苦笑いしながら、
「キルヒアイス、このメモリーデータを全艦艇に流してくれ。くれぐれも内密に、な」
と、キルヒアイスに頼んだ。
「畏まりました」
そうしている内にシュターデン中将から命令が来た。
『全軍第一戦闘配置』
それはまだ不要であった。
(本当にどうしようもない。今から兵士たちに要らぬ警戒心を抱かせてどうするのか!?)
ラインハルトは警戒態勢のまま進むべきと進言したが、却下された。
そして見た。シュターデン中将の憔悴しきった顔を。
(キルヒアイスがいてくれて本当に助かった・・・・あれを一人で相手取るには・・・・俺の忍耐が持たないな)
それから2時間後、ラインハルトの下に報告が届けられた
「敵影確認」
緊迫する艦橋。
誰もしゃべらない。
(距離約800、方位は一時から二時の方向)
そんな中、ラインハルトとキルヒアイスは独語する。
そして、
「距離920。方位1.25時の方角」
観測士がそれを裏付けた直後、光が走った。
「敵艦発砲!!」
第13艦隊がアウトレンジから攻撃を仕掛けてきたのだ。
こうして、アスターテ会戦は新たな局面を迎えた。
side 第13艦隊 4時間前
「全艦、これよりイゼルローン要塞に帰港する、転進用意」
ヤンはゼークト艦隊を葬ると幕僚たちに命令する。
帰港せよ、と。
「帰港されるのですか?」
聞き返すのはパトリチェフ。
彼としてはこのまま戦果の拡大を図るべきではないか、それがヤン提督の安全にも繋がるのではないかと思っていたからだ。
だから、この撤退命令は以外だった。
「ああ、敵二個艦隊を撃破したんだ。もう十分さ」
(全く、これだけの勝利を得たんだ。もう十分だろう)
ヤンは指揮官席の上に胡坐をかきながら考える。
どうやら、パトリチェフは、否、幕僚たちはヤンを心配しているらしい。
だがそれも杞憂だろう。
(ロボス元帥も納得するはずだ。二個艦隊を相手に損害はほとんどなし、対して敵艦隊はほぼ壊滅・・・常識的に考えて十分な戦果のはずだ)
ヤンは人殺しを嫌っている。そんな彼をイゼルローン要塞防御司令官ワルター・フォン・シェーンコップは『矛盾の人』と称している。
だが、ヤンの期待はものの見事に破れる事のになる。
一人の仕官がグリーンヒル大尉に通信文を渡し、彼女の顔が強張った。
「閣下、その、宇宙艦隊司令部より暗号通信です」
驚くのも無理は無い。
こことシリウスは数百万年光年離れているのだ。
なのに、暗号通信が届いた。
(なんでこのタイミングにこんな命令が? しかも命令発進時刻は標準時12時・・・・会戦開始前だわ
とにかく、ヤン閣下に伝えなければ)
無言でヤンの横に立つ。
「なんだい大尉、撤退命令かい?」
フレデリカ・グリーンヒル大尉は無言で首を横にふった。
それを見てロボスとの会話を思い出す。
『貴官は我が軍史上最年少の大将であり、イゼルローンの奇跡を起こした提督なのだ』
『イゼルローン以上の戦果を期待するよ』
あのシリウス宇宙艦隊司令部での発言が呼び起こされる。
(・・・・・何だか、いやな予感しかしないなぁ)
だが、通信が来た以上無視することも出来ない。
「読んでくれ。」
グリーンヒル大尉は息を整え、読み出した。
「読みます・・・・『敵艦隊を全て殲滅せよ』・・・・以上です」
「・・・・・・・・・全く」
ヤンはその一言を搾り出す。
内心で別のことを考えながら。
(上層部は現状が分かっているのか!?超能力者でもいるんじゃないのか・・・・いや、実際の戦場の現場をこんなに詳しく分かるはずがない)
(つまり、私は嵌められたという訳か・・・・アッテンボローの言った通りになるとは・・・・まったく)
ヤンはベレー帽を被り直すとグリーンヒル大尉に視線を向けた。
「了解したと返信してくれ。ああ、それと先ほどの命令は撤回。全軍に通達、最後の戦いだ、死なないように戦い抜こうと激励してくれ」
ヤンの第13艦隊はこうして司令官の望まぬ第3ラウンドへ突入する。
4時間後
士気の上がっている第13艦隊は、散開陣を展開するシュターデン艦隊の中央に砲火を集中。
全艦隊が一丸となって突撃する。
そして・・・・・中央から正面衝突したシュターデン艦隊は第13艦隊の中央突破戦術と近接戦闘により半壊しつつあった。
更に、戦闘開始から約1時間、イワン・コーネフ少佐、オリビエ・ポプラン少佐のスパルタニアンによる連携攻撃によりシュターデン提督が戦死した。
その報告は即座にラインハルトの下へ届いた。
「キルヒアイス!」
ラインハルトが叫ぶ。
ブリュンヒルト艦橋の、否、帝国軍全軍の激減した士気を高めるかのように。
「はい。全艦に告ぐ。これより我が艦隊はラインハルト・フォン・ミューゼル中将の指揮下に入る。全軍C-4回戦を開き即座に行動せよ」
各艦がその命令を受信する。
第13艦隊の中央突破を逆手に取る戦術。
今正に、銀河帝国軍が反撃の狼煙をあげんとしていた。
一方この放送はヒューべリオンでも受信された。
急速に穿つ共和国軍、分裂していく帝国軍。一見すると勝利は確実なものとなったかに見えた。
「・・・・脆すぎる」
ヤンが何か引っかかりを覚えた頃、各分艦隊司令官達も同じ様な感触に囚われていた
「どういう事だ、何故敵の反撃がこうも薄い!」
グエンが、
「やれやれ、何かこうラップ先輩やヤン先輩の予想とはかけ離れてないか?」
アッテンボローが、
「予想では死兵になる前に片をつける筈・・・・それが」
フィッシャーが、それぞれの言葉で敵の脆さを指摘する。
・・・・その頃、ラインハルトの旗艦では・・・・
「どうだ!!」
「はい、我が軍は敵に分断させつつあります」
「よし、今だキルヒアイス、全艦全速前進!!敵の後背に食らいつけ!!」
・・・・ヒューベリオン・・・・
「っ、しまった」
ヤンの気付きとオペレーターの悲鳴はほぼ同時だった。
「閣下! 敵が、左右に分断した敵が我が方の後背にくらいつつあります」
「反転、いいや、待て。ヤン提督、このまま時計回りに前進。さらに敵の背後を突くべきです」
ラップが即座に進言する。
時間はこの際、黄金よりも貴重だった。
「ラップ参謀の言うとおりだ。全軍に厳命、時計回りに敵艦隊後背へ食らいつくように。なお、敵前回頭は慎み防御に全力を注ぎ込むべし、だ。急いでくれ」
更に2時間、両軍は二つの蛇がお互いの尾を食らい合う陣形になった。
そして消耗戦を嫌った両者はお互いが息を合わせたかのように兵を引いていく。
・・・・・そんな中・・・・・・
「閣下、敵艦隊司令官ラインハルト・フォン・ミューゼル中将から通信が入っています。如何為さいますか?」
ヤンは、グリーンヒル大尉の進言に耳を貸し、考える。
「・・・・・・・・・・」
ヤンは熟考の末、決断した。
そして、稀代の名将は初めて顔をあわせる事になる。