『これはヤン大統領閣下。こんな辺境まで来ていただけるとは感謝の極みです』
『いえ、ルビンスキー自治領主閣下、これも仕事のうちですから』
『して、此度の件はいったい何ですかな?』
『自治権剥奪、といったらどうします?』
『中々ユーモアあふれる毒舌家ですね、ヤン大統領。だから4月1日を会談日に設定したのですかな?』
『・・・・・・・・・』
『沈黙ですか。ふう、やれやれ、ではこちらも本音で語るしかないようですな』
『身分と地位は保証します。それに落ち目の地球教徒と手を組んでも仕方ないでしょう? ルビンスキー閣下?』
『!?』
『そう驚くことではありません、盟友のトリューニヒト最高評議会議長が教えてくれました。貴方方の闇の部分もね』
『シリウスの執念、ですか』
『そうですね。そういう言い方が適切かもしれません。
私も歴史学上の地球には興味ありますが、地球自身に対しては良い感情をもてないのが正直なところです』
『なるほど。ところで失礼ながら、大統領閣下は大統領職よりも政治学者なり歴史学者なりにおなりになった方が宜しいのではないですか?』
『よく思いますよ。で、落ち目の地球教徒は帝国内部でも弾圧の対象となりました。
そしてフェザーンも1世紀を経過した独立国家のような存在です。
そろそろ、全ての国家が地球の頸木から逃れるべきではありませんか?』
『・・・・・・・・我々も変るべきだと言いたいのでしょうが・・・・・・・・装甲服の歩兵に囲まれたこの状況、まるで恫喝外交ですな?』
『とんでもない、わずか3個艦隊6万隻で表敬訪問しているだけですよ? ただし、極秘の、ね』
『ふ、もしもここで大統領閣下を害すれば、あるいは拒否すればそれがたちどころに制圧部隊へと変貌するわけでしょう?
それを恫喝といわずに何を恫喝というべきですかな?』
『そうですね』
『・・・・・・・・』
『ルビンスキー自治領主閣下、貴方は共和国の国籍を持つ人間だ』
『?』
『そして力量も手腕も野心も経済的なバックボーンもある』
『次期トリューニヒト政権内部で大きな影響力を持てると思いになりませんか?』
『!』
『フェザーンの独立、そういってよい状況は銀河共和国と銀河帝国の戦争状態によって初めてもたらせられました
それももう終わりです。1世紀にわたる富と情報の独占を奪い返そうとする動きが両国で活発化しつつあります』
『つまり、それですか。戦乱になるやも知れない元凶、それを抑える為には』
『そう、フェザーン自身の独自にして自主的な歩み寄りが不可欠です』
『・・・・・・・・・・・・・・・』
『アドリアン・ルビンスキー自治領主、殿、如何ですか?』
『・・・・・・良いでしょう、地球教徒を切り捨てましょう』
外伝 バーラトの和約
side イゼルローン要塞 宇宙暦800年、新帝国暦元年、5月3日
「キルヒアイス提督、久しぶりですね」
ヤン大統領が発言する。
「ええ、ヤン大統領も。お元気そうで何よりです」
キルヒアイスも相槌を打つ。
「ええ、あまりにも高級料理しか出ないんで味覚が狂ってしまいそうです」
ヤンは下手くそな冗談で返す。
「それはそれはお気の毒に」
キルヒアイスは苦笑いを堪えている。
「はは、本当は首都繁華街でジャンクフードを食べてみたいと思うのですが、オーベルト中将が毒殺を警戒して許してくれないんですよ」
(・・・・・ヤン提督にはジョークのセンスはないんだな)
そうキルヒアイスは呟く。
それが聞こえたのかわざとらしく咳払いして交渉に入りだすヤン。
「それでは本題に入りましょうか」
「ええ、これが我が国が貴国に提案する最終的な和平条件です」
・1つ、双方共に賠償金、領土割譲はしない
・1つ、アムリッツァ、アスターテ両恒星系ならび周辺無人恒星系の非武装中立化
・1つ、相互通商条約、ならび安全保障条約の締結
・1つ、軍縮条約の締結(現在の進行中の艦隊再編成計画、新要塞建設計画は規制しない)
・1つ、相互人材交流の活発化とその人物、団体、企業利権の相互保証
・1つ、相互の信頼醸成の為、オーディン-シリウス間にホットラインを引く
「以上の6点にまで絞り込みました」
それを見て感慨深そうにため息をつくキルヒアイス。
「いろいろありましたね。ヤン大統領」
そうだ初期は領土割譲、賠償金の支払い、戦犯である貴族の処刑まで入っていた上、銀河帝国軍の解体と帝国全土の一時的な保障占領。
安全保障費用の名目で毎年支払われる朝貢金にガイエスブルグ要塞への銀河共和国軍平和維持軍の進駐。
さすがのキルヒアイスも認められない物ばかりだった。
事実上の属国化、それを回避するブラッケ、リヒター、シルバーベルヒら官僚団とマリーンドルフ伯爵の交渉術には鬼気迫る凄さがあった。
「ええ、数え切れないほどの譲歩をしましたから」
ヤンもようやくこの手の腹芸を身につけたと見える。
しれっとキルヒアイスの皮肉めいた口調を回避する。
「ですが、我が国の安全は保障していただけるのでしょうね?」
そう、それだ。
銀河共和国が再び『ストライク作戦』のような侵攻作戦を企画した場合、防ぎきれる保障はない。
例えどれほどの名将が揃っていようとも、10倍の敵軍を相手にしては勝ち目はなかった。
「ご安心下さい。その為の安全保障条約です」
ヤンが伊達めがねを直す。
そうなのだ、一度和平が結ばれれば共和国から帝国へと侵攻する必然性は大きく減る。
というか、資源・人口・国土・技術(民需・軍需を問わず)で圧倒する共和国に、通貨から言語まで何もかも違う銀河帝国領土は必要はない。
必要なのは55億人の市場価値、それだけだ。
「その言葉、国内でも言えますか?」
キルヒアイスが再度確認する。
「ええ、言えます。というより、提督もご存知のはずです。私が和平推進論者であることを」
それだけが理由ではないが、イルミナーティが市場進出に積極的な以上、とりあえず、帝国軍が暴発しない限りは侵攻作戦は避けられるだろう。
そして・・・・・ヤンは続ける。
極秘の情報を提示して。
「そしてキルヒアイス提督もご存知のはずだ、フェザーン方面に新たなる開拓航路が発見されたことを」
キルヒアイスも無言で頷く。
そして思う。
(そうだ、その開拓に全力を注げば少しは帝国と共和国との格差も是正されるかもしれない)
それに思う。
(そして共和国の目を共和国国内と新規開拓と帝国国内への販路拡大に向かせられれば・・・・・)
無言のキルヒアイスにヤンが話を続ける。
「どうもこういった腹芸は苦手ですね。ですが、フェザーン航路は双方で管理運営され初めて未来を見れると思いませんか?」
ヤンの発言には彼らしくない毒が入っていた。
「というと?」
キルヒアイスも彼の発言の意図に気が付く。
彼ら二人はこの約半年間で否応無しにこういった政治的駆け引きを学ばされてきた。
そして教える側、ヤンにはオーベルトが、キルヒアイスにはマリーンドルフ伯爵が舌を巻くほど上手くなっていた。
「とぼけないで下さい、銀河共和国のRCIAを舐めないでもらいたいですね」
一瞬の間。
「ふう、やはり敵にするには恐ろしい方だ、貴方は。」
そう言って汗を拭く。
「それでどうなのです、フェザーン都市国家の自治権剥奪ならび同時侵攻の可能性は論議していただけるのでしょうね?」
ヤンは畳み掛けた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
先に口を開いたのはキルヒアイスだった。
「ええ、あくまで示威行動に留めますが、両国が共同してフェザーンに航路開拓権利の利用を求めればよろしいかと」
「そうですね、あまり追い詰めてテロに走られても困ります。フェザーンには開拓の中継地点として大いに潤ってもらいましょう」
そうだ、慌てるこじきはもらいが少ないし、窮鼠猫をかむという諺も有る。
フェザーンをあまり追い込むべきではない。
それにルビンスキーにはジョアン・レベロを向かわせた。オーベルト中将をつけて。
そこから得た回答は『YES』。そして、フェザーン国内で起きている徹底した地球教徒への弾圧。
(8世紀、いやシリウス暦を数えれば9世紀にわたる怨念か。ぞっとするよ)
そう、ヤンはルビンスキーとの秘密会談を成功させていた。
「我々の予想と寛容できる範囲で、ですね?」
「ええ、もちろんです、キルヒアイス提督」
その日、実質的な和平条約が結ばれた。
バーラト恒星系 宇宙暦800年、新帝国暦元年、7月7日
『ヤン大統領万歳!!』
『平和に感謝を!!』
『講和条約万歳!!』
『ヤン大統領と皇帝ラインハルトに安寧あれ!!』
歓声が傍受できる。
ラインハルトは本国にアレクの子守としてキルヒアイスを残し、銀河帝国軍総兵力(再建計画上も含む)の約3分の2である6万隻を率いて惑星ハイネンセン上空に滞在する。
出迎えるアレクサンドル・ビュコック総指揮の共和国軍第1艦隊を中心にした8個艦隊16万隻。
壮大な隊列が一矢乱れね艦隊編成、艦隊行動で彼らを迎えた。銀河帝国軍を。
それはアムリッツァの敗北から銀河共和国が軍備を完全に立て直した事の証明だった。
さらに後方からは安全保障の名目で第10、第12艦隊の2個艦隊4万隻が続く。
「圧倒的な戦力差だな」
ラインハルトをして独語させる。
冷や汗がでる。
もしも自分達が侵攻軍になればどうなるか。
各地の恒星系にも2000隻単位の守備軍がいると聞く。
それが75倍。15万隻。合同訓練も活発であり烏合の衆ではない。
そして、その辺境や各地の警備隊、航路治安維持局の艦艇、それだけで帝国軍全軍を凌駕する。
止めに現有戦力だけでも正規宇宙艦隊で2.5倍の戦力差。
それでも共和国にはまだ半分の艦隊戦力が各地に健在であり、出迎えの艦隊は見たこともない新造艦艇で編成されていた。
従来艦よりも小型化され、それ以前の艦艇より高性能化されているのは疑いがない。
事実、アムリッツァのヤン艦隊はこちらの射程外から一方的に攻撃し、撃沈させてきた。
(あれの再現か。こちらは内政と財政再建、地球教徒なる反乱分子に手を焼いている状態。そんな状況下で艦艇の新規設計など夢のまた夢)
更にはハイネンセンに展開するアルテミスの首飾り。
8世紀の間、各地の有力な(財政的に余裕のある、或いは、戦略・交通上重要な要所の)恒星系が州軍戦力の象徴として、配備し整備している無人迎撃衛星。
イゼルローンほどではないが、1個艦隊から2個艦隊程度には匹敵する防衛システムである。
「これがシリウスを除く全ての重要惑星にあるとなると厄介極まりない」
事実、共和国の内情をつぶさに見てラインハルトは一言だけ記録に残している。
『絶対に勝てない』
それはもはや個人での力量でどうにかなるものではなかった。
そして式典はブリュンヒルトが惑星ハイネンセンに中央湖に着水した時点で、ブリュンヒルト艦内で行われた。
「ヤン・ウェンリーです、例の通信以来ですね、カイザーラインハルト」
「銀河帝国皇帝ラインハルト1世である。このたびは貴国に招き入れてもらい感謝する」
「それでは講和条約にサインを。」
「ああ、そうしよう」
(こんな大軍を相手に他にどうしろというのだ!!)
ラインハルトは心の奥底で叫びながら講和条約に調印した。
二人の会話が公式に残っているのは僅かにこれだけである。
その後の二人はお茶会を楽しんだと、周囲の者、特にヒルデガルド・フォン・ローエングラムやフレデリカ・G・ヤンは後の回想録や日記に記載しているがそれはまた後日。
ヤンとラインハルト、この二人は計ったかのようにその日の夜、妻と愛し合ったという。
一方はある種の恐怖から、一方はある種の開放感から。
その時の夜にヤンは初めての子供、娘ヤン・ランをもうけることになるのだが、それはまた別の話。
そして銀河帝国軍は短い駐留期間を終え、無事に何事もなく帰国した。
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