イゼルローン要塞。
銀河共和国軍所属のヤン・ウェンリー少将(当時)により宇宙暦796年に銀河帝国ゴールデンバウム王朝軍から共和国が奪取した人口天体式の巨大宇宙要塞である。
イゼルローンは、銀河帝国と銀河共和国を結ぶ航行可能航路の中間に位置し、時の皇帝オトフリート5世が建造を構想し、フリードリヒ4世により着工された。
ところで、フリードリヒ4世の評価は様々である。
一例を挙げるならば、灰色の皇帝、隠れた名君、不遇の英君と言われている。
だが、そのフリードリヒ4世の統治は平凡の一言であった。
政治に興味を持たず、否、ローエングラム王朝の記録では政治に関して誰よりも、皇兄よりも皇弟よりも、どんな大貴族よりも英明であった故に、銀河帝国の命運が解っていた為に何もしなかった、できなかった皇帝である。
それが為政者として正しい判断なのかどうかは分からない。
いや、恐らく投げ出した時点で最低なのだろう。
事実、ローエングラム王朝初代皇帝カイザーラインハルトや副帝ジークフリード・キルヒアイス、国務尚書フランツ・フォン・マリーンドルフ、軍務尚書ウィルバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツなどは、全身全霊を持って取り組み、内戦と戦争、歪な支配構造と貴族(特権階級)の腐敗によりずたずたにされた銀河帝国を何とか維持し、国家の再統合と再編成を図り、それに成功するのだから。
やはり、凡君だったのだろうか?
実際のフリードリヒ4世は、あまりの困難さに、矛盾に、葛藤に、呪縛に、絶望にとらわれて、国内改革など着手どころか発想もしていなかったと思われる。
しかし、軍事に限っては大きく異なる
その一例がイゼルローン要塞である。
これは、イゼルローン回廊に要塞を建設することは、先代のオトフリート5世の遺言でもあり、銀河帝国上層部の悲願でもあった。
イゼルローン回廊の支配権の奪取。
銀河共和国への逆侵攻作戦。
それは小国、銀河帝国の命運をかけた作戦でもあった。
外伝 ヤン大統領の現代戦争講義
首都星シリウスは黄昏の時期を迎えていた。
実りの時期といっても良い。
人類が今だ地球という一つの惑星に生存していた頃。
黄昏の季節、太陽と呼ばれた恒星が沈みやすくなる秋。
それは黄昏の光景か?
人類が宇宙に進出し、植民惑星を得てから十数世紀。
それでも人類は地球時代の風習を忘れてはいなかった。
そんなシリウスも宇宙暦804年標準時10月の半ばを迎えていた。
自転・公転と大陸の関係上、所謂、南半球にその首都を置くシリウスで、史上初めてとなるある儀式が行われている。
そこには軍服とスーツと学生服を着込んだ人々の群れがあった。
そんな会場で。
ある者が見たら腰を抜かすであろう。
また、ある者が見れば驚くであろう。
事実、壇上の最前列には銀河共和国のすばらしい面々が控えている。
ヨブ・トリューニヒトの娘、士官学校を主席で卒業したソーマ・P・トリューニヒト中尉は思った。
(あれがヤン艦隊の面々、父が畏れ、恐れた人々)
そうして見渡す。
一人はそばかす提督、革命家気取りのクソやろう(銀河帝国の某オレンジ髪の提督命名)、第二の魔術師、イゼルローン要塞方面軍司令官ダスティ・アッテンボロー大将。
一人は査閲本部長ムライ・サダカツ・アキラ大将
一人は、アレクサンドル・ビュッコク退役元帥。
一人は、フェザーン要塞方面軍副司令官エドウィン・フィッシャー大将。
一人は、大統領警護隊隊長ワルター・フォン・シェーンコップ退役中将。
一人は、銀河共和国歴代の中でも史上第2位に入る撃墜王オリビエ・ポプラン退役大佐
彼らの紹介で会場は一気に盛り上がる。
良くありがちな寝ている学生はいない。
(それも当然か。この会場の入場倍率は10万分の1)
ソーマは内心で言葉をつむぐ。
(私も父の推薦枠が無ければ入れなかっただろう)
ここに集うのは次期銀河共和国の精鋭。
政界、財界、軍部、学会のエリート候補生達が集まってくる。
そして父は知っていた。自分がどうしてもこの講演会に参加したいことを。
そして父は政友である、レベロ、ホアンを説き伏せて娘を通した。
ああ見えて身内や友情には激しく甘いヨブ・トリューニト次期大統領。
(・・・・この機会を活かせずして父の後継者に離れない)
だが心の片隅で思う。
(ルイスやサジは怒っているだろうな・・・・私だけ出席させてもらって・・・・特に父が嫌いなアンドレイ兄様は怒り心頭だろう)
と、そのときだ、隣に座っている先輩のカーテローゼ・ミンツ大尉に腕を突付かれる。
彼女は兵卒上がりの士官だ。
それに夫はヤン大統領の義理の息子。女性士官や同僚の間では恐らく将官にまで出世するのではないか、女ビュコック退役元帥になるのではないかと噂されている。
そんな彼女が合図してくれた。
(そうか、いよいよ真打登場だな)
それと同時に白い礼服用の軍服をまとった男が仰々しく、振る舞い、マイクに向かって語った
「それでは、生徒諸君、参加者諸君、これより最後の特別ゲストを紹介しよう。」
ロシア系の野太い声の巨漢が銀河共和国首都シリウス・シリウシ士官学校大講義室に響き渡る。
大げさに手を振るのはフィヨードル・パトリチェフ中将。
かつて、ヤン艦隊副参謀長を勤め、今はシリウス士官学校校長を勤める人物である。
この講義室は入学式や音楽会館としても使えるように設計され、セレモニー用の大画面が設置されている。
収容人数3500名という大会場はいまや立ち見客や多くの報道プレスで一杯であった。
全員の注目が集まる。
そして出た。
白いジャケットに、紺のパンツ、黒のひも付きの革靴、アールグレイのベストに青いワイシャツ。
それは冴えない、漸く助教授に手が届きそうな30代の親父だった。
しかし、彼が見た目どおりの人間でないことは誰もが分かっている。
誰もが知っている。
そう、銀河共和国の人間なら、否、銀河系に住む人類という高度知的生命なら誰もが知っている人物。
銀河を二分する二大勢力、いや、一極の巨大勢力『銀河共和国』の大統領。
エル・ファシル脱出劇の英雄。
第七次イゼルローン攻防戦の奇跡。
アスターテ会戦の魔術師。
アムリッツァ会戦の救世主。
謀略大統領
奇跡のヤン。
魔術師ヤン。
そう、銀河共和国の最大の英雄、第三の国父、ヤン・ウェンリーが入場してきたのだ。
「ええ、みなさんこんにちは。ヤン・ウェンリーです」
相変わらずの二秒スピーチである。
初めの頃は戸惑った報道陣も流石に慣れてきたのか何も言わない。
「今日はお集まりいただき真にありがとうございます。銀河共和国と新生銀河帝国講和締結を記念した講演会に呼ばれることは私自身にとっても非常に名誉なことであります」
フラッシュが一斉にたかれる。
報道スペースからのカメラ、コンパクトDVDカメラが一斉に彼を捉えた。
報道陣もレコーダを作動させ、一文字一句聞き逃すまいと構えている。
「ヤン大統領、どうぞ」
パトリチェフが場を譲る。
「それではまず、イゼルローン要塞建設と宇宙暦760年代の銀河帝国と銀河共和国の関係について語りたいと思います」
そしてヤン大統領は語りだした。
宇宙暦760年代末期から770年代にかけて帝国は大攻勢に出た。
要約するとそうだ。
そして時の銀河共和国は徹底的に敗れ去った。
損失艦艇(廃棄艦艇含む)7万隻を6度にわたるイゼルローン回廊攻防戦で消失し、四段階の戦略、『攻勢』『攻勢防御』『防御攻勢』『防御』のL1からL4の4つのうち、L2の攻勢防御から、L4の防御へと戦略を移行した。
そして銀河共和国はエル・ファシル恒星系、ランテマリオ恒星系、テラ恒星系、アテネ恒星系の4箇所に艦隊を駐留させ反撃のための戦力の再編を図った。
「と、これが770年代の現状だ。そこで・・・・・そこの君、意見があるかい?」
ヤンの目に上の階の最前列に位置する青年が手を挙げているのが見えた。彼を指名する。
「そうだ、そこの黒がみの黒いスーツに紫のネクタイをした君だね。何かな?」
「ソラン・イスマイールです、大統領閣下。閣下はイゼルローン要塞攻防戦についてそこが、あの帝国の逆襲と呼ばれる反撃が何故か重要であると思った、その理由は何ですか?」
アラブ系の青年は臆せずにヤンに質問した。
「いい質問だね。私はこの大攻勢、帝国軍の総力を挙げた攻撃こそ、最も重要なターニングポイントだったと考えているんだよ」
ヤンは紅茶を一口含み意見を述べる
「それは?」
「彼らの行動は全て擬態だった、私はそう思う。
そこで生まれる戦果も犠牲も時の銀河帝国にとっては取るに足らないものだったと私は思う。
そして共和国はそれに騙された。戦略レベルで敗北したんだ」
ヤンの発言は波紋起こした。
ざわめき始める会場。
なぜなら、あの大攻勢、所謂『帝国の逆襲』は労働力確保が目的とされていたからだ。
実際、およそ1000万人が拉致・強制労働の危険にさらされた。
また、帝国軍による拉致の可能性を下げるため、各地の辺境地域からの疎開、リパブリッシュ・チャーチル国防委員長主導の20億人の大移動『ダンケルク』作戦も行われた。
そして、4個艦隊が展開することで、それ以上の進入を食い止めた銀河共和国はそれをもって勝利したと宣言している。
「それでは・・・・閣下は定説が間違っているというのでしょうか?」
ソラン・イスマイールの言葉にヤンは諭すように言葉をつむぐ。
「そうだね、定説なんてものは100人いれば100通りある。古代の英雄の言葉にヒトは自分の信じたいものしか信じない、ともある。
だから定説に拘るのよくないと、私は思う」
それはある種の説得力を持って会場に響き渡った。
150年続く戦争。
終わることの無い戦争。
難攻不落の無敵の大要塞。
そういった常識。
それらを全て打ち砕いたヤンは続ける。
「話が逸れたね。銀河帝国の目的はイゼルローン要塞建設、その為の時間稼ぎだったのだと私は思うんだ。
イゼルローンは知っての通り過去6度にわたって私たち共和国軍の攻撃に耐え切ってきた。
そんな重要な要塞が一夜にしてできるはずはない」
頷く軍人たち。
なるほどと、感心する学生。
うなる財界の若手。
確かにその通りだ。
「では、どうするか?・・・・・・ムライ大将ならどうする?」
そこでヤンはかつての参謀長に話を振る。
「私でしたら艦隊を要塞建設の護衛に回します、それも数個艦隊規模、ですか」
なるほど、と横に座っているパトリチェフが頷く。
だが、ムライも分かっていた。自分の回答は及第点には達していなかった、と。
「そうだね、ムライ査閲本部長のそれが、所謂、常識だ。でも、それだと問題がある」
思わず報道陣の外野席の方から
「何がですか!」
と、声が投げかけられる。
「・・・・・親父」
アッテンボローが一瞬にして声の主を判別した。
それは父、パトリック・アッテンボローの声だった。
(年と分別考えろよ。政治ゲリラ家やってる場合かい!)
もっとも人のことは言えないというのがアッテンボロー一家である。
「それでは共和国に対して受身になってしまう、そして共和国がその気になれば、いや正確な情報を入手すれば確実に、建造中の要塞の奪取、或いは破壊を試みるだろう」
ヤンは一呼吸おき続けた。
「そうさせない為にも帝国軍はある種の賭けに出た、それは一世一代の大博打だった」
「「「「!!!」」」」
察しの良いメンバーが反応した。
ヤンはそれを見て、
(たまには人前で歴史学を講演するのも良いかもしれない。今度はフレデリカにも見に来てもらおうかな)
と思いつつ、結論を述べた。
「あの時代の、あの銀河帝国軍の侵攻は壮大な囮作戦だった。私たちが、当時の共和国上層部が行った避難作戦、『ダンケルク』に象徴されるように、共和国は内部で混乱し、イゼルローン回廊から目を逸らした。それも10年近くにわたって。
その隙に帝国軍は要塞を一気に完成させた」
「・・・・・・」
唖然とする面々。
あれだけの大攻勢が、数年間行われ続けた数個艦隊の遠征が全て囮。
確かに言われてみれば納得できる。
しかし、攻勢の後知恵とも取れる。
そんな雰囲気を前にヤンは自説を展開する。
「我々は帝国軍の積極的な攻勢に脅え、約10年間L4の防御戦略に移行した・・・・そしてみすみす帝国軍に時間を与えた。」
パトリック・アッテンボローが後を引き継ぐように言葉を述べる。
「そう、今我々が失われた15年と呼ばれるようになった時代に、宇宙暦775年から796年までのイゼルローン攻防戦は、その発端となるイゼルローン要塞建設はこうして始まったんだ」
「こんなんでいいかな?イスマイールさん?」
ソラン・イスマイールは着席し、ヤンの講演が再開される。
「帝国軍による辺境地域侵攻は共和国上層部の防衛姿勢に対して国民へ不安を抱かせた。そしてフロンティア・エリア全体からの要請により、政府は軍官民全員の撤退を可決した。
それはある意味で正しい判断だったんだろう。軍隊は国民を守る。
少なくとも民主共和政治を掲げる銀河共和国軍はそうだ。
だから時の政府は国民を守るために戦線を拡大するのではなく、一時的にせよ国民を疎開させ、戦線を縮小させることを選んだ」
そこに大統領護衛隊隊長が手を挙げて発言する。
「それが間違いだと、大統領は仰るのですかな?」
ヤンは頷きながらも反論する。
「そうだ、結果的に見て失策だった。
ただし、それはあくまで後世の判断、私の軍人としての判断であり、当時の政府、民主共和制の政治家の判断としては正しかったと思う」
「相変わらず矛盾の人ですな・・・・で、大統領閣下ならどうされましたか?」
シェーンコップの辛辣な質問が続く。
だが、ヤンは慌てない。
給料泥棒だとか、非常勤参謀だとか言われていた頃の彼とは格段に違う。
「私なら講和を申し込むね」
「「「講和!?」」」
会場内に異口同音のざわめきが続いた。
それはそうだ。
ヤン大統領が講和できたのもイゼルローン要塞を手に入れたから、そして曲がりなりにも対等な戦力を保持できたからだと考える人は多い。
つまり、アムリッツァの敗北とイゼルローン要塞奪取という一種の奇跡が停戦から講和、平和へと流れたと多くの人間が思っているからだ。
そんなざわめきをBGMに聞きつつ、彼は自論を述べた。
「そう、講和の特使を派遣する。もちろんイゼルローン回廊を通過して。
そしてイゼルローン回廊や銀河帝国内部を把握する」
「では、ヤン先輩は、あ、いや、ヤン閣下はこちらから公的なスパイを送ろうというわけですか?」
アッテンボローの指摘に頷く。
「そう、その通り。公的な使節なら攻撃できないし、滞在期間も長い。そしてもしも要塞を建造している事を把握したならば総攻撃を行っただろう」
ヤンは辺りを見渡しながら続けた。
「イゼルローン要塞攻防戦は、戦略的劣勢を戦術的優位と大規模攻勢で戦略的劣勢を一時的に挽回し、恐らく銀河帝国軍宇宙艦隊の全ての戦力を投入して、だね、そして共和国領土内部へ圧力をかける、その隙に要塞を建設し、戦略上のアドバンテージを確保するという戦略の一環だったんだ」
そこでムライ査閲本部長の後ろに座っていた佐官が発言した。
それに気が付き指名するヤン。
その大佐はナンゴウです、と名乗り発言した。
「大した戦略構想ですな・・・・一歩間違えれば破滅への道ですが・・・・何故そんな危険な策をとったのでしょうか?」
「うーん、ここからは私の推測でしかないんだけど良いかな?」
「どうぞ」
シェーンコップのように不敵に笑ったのはナンゴウ・ナオエ大佐。
「ローエングラム王朝のカイザーラインハルトらが編纂したゴールデンバウム王朝史から読み取った事象で正確じゃないかもしれないけど・・・・まずはフリードリヒ4世の人柄、一種の破滅願望が後押ししたと考える。」
そしてヤンは語った。
イゼルローン要塞が建設できず、宇宙艦隊の消耗のみという結果に終わっても彼は仕方ない、その一言で済ましただろうと。
イゼルローン要塞は難攻不落になろうだろう。それを目的にした国家プロジェクトだった。
しかし、それは完成してからのこと。
その完成前にイゼルローン要塞が陥落して、帝国が崩壊の危機に見舞われても仕方ない、そう考えたのではないだろうか。
「彼、フリードリヒ4世は先の見える皇帝だった。
だからこそ、銀河帝国が滅びることも予見していた。
それが早いか遅いかの違いだとも分かっていた」
ヤンは語る。
「だから、巨額の財政を投じたイゼルローン要塞建設という博打を打った。
彼自身は滅びるならせいぜい華麗に滅びるが良いとでも考えていたんじゃないかな?」
「それが、あの大攻勢とイゼルローン回廊消耗戦、その後の共和国領土内での帝国軍が跋扈した理由ですか?」
「ああ、あくまで推測だけど、ね。」
ナンゴウ大佐はその言葉に満足したのか、椅子に座りなおした。
「他に質問は?」
金髪の勝気なお嬢さんが手を挙げる。
「はい!」
ご丁寧に立ち上がって大声で。
これには周囲も苦笑いするしかない。
「どうぞ・・・・ええと、君の名前は?」
「ヒリュウ・カガリ・ユラです、大統領、これは素朴な疑問なんですが、何故要塞を破壊してしまうという発想が無かったのでしょうか?」
「難しい質問だね・・・・・ここからは戦略の問題になるからオフレコで頼むよ?」
「分かりました」
カガリの隣に座っているユウナ・ロマ・ムサシは内心ため息をつきたかった。
(本当に分かっているのか?)
と。
まあ、戦争終結からもうすぐ5年。
軍の再編成も宇宙艦隊司令長官ロード・パエッタ大将、統合作戦本部本部長ドワイト・グリーンヒル元帥、シドニー・シトレ国防委員長の手で成し遂げられた。
不味い事にはならないだろう。
第一、帝国軍との戦力比は単純計算で3倍。イゼルローン、フェザーン方面の制宙権は完全にこちらにある。
「要塞を破壊しなかった、それは補給線の長さと・・・・・恐らく錯覚にある」
「錯覚?」
「そう、錯覚だ。第一次、第二次イゼルローン攻略作戦で失敗した先人たちは錯覚したんだ。
銀河帝国の侵攻から銀河共和国を守るには蛇口を閉めるしかない、銀河帝国軍の前進基地にして後方拠点であるイゼルローン要塞を奪い取るしかない、と」
ヤンの考えは的を射ていた。
当時の共和国軍はむきになって自分たちの面子を守るため出兵した。
それは第4次イゼルローン要塞攻防戦まで続いた。
それからは国民を守る為の出兵になった。
これは軍上層部の暗部であり、ヤンも語らない。
「あとは補給線の長さだ。自前で艦艇の修繕まで出来る宇宙要塞は共和国には無い、というか考える必要がなかった」
「それが敵が用意した。ならば、奪ってしまえ。そうすれば銀河帝国領土への侵攻作戦もより安易になる」
ヤンは紅茶を飲む。
(ユリアンが着いて来てくれて良かったよ・・・・うまい紅茶を飲みながら歴史学の授業をやれるなんてね)
「実際、あの『ストライク』作戦もイゼルローン要塞という策源地があってこそできたものだ」
こうしてヤンの講義はイゼルローンの存在意義にまで述べる。
銀河帝国にとっては国防の最前線基地として。
銀河共和国にとっては、夢のまた夢である銀河共和国による銀河統一という夢の架け橋として。
そして何よりも重要な、軍部の自己満足、軍事費増強理由の最たるものとして。
もっともヤンもそこまでは言わない。
こうしてヤン・ウェンリーによる現代戦争史『イゼルローン建設』は終わった。