第七話 密約
『ここで、銀河共和国の歴史、特に政治制度について述べたいと思う。諸君らに知っていのとおりラグラン・シティ事件をきっかけに4人の建国の父たちが生まれた。それから黒旗軍の活躍により地球正規軍を撃破し、当時、第三次産業の中心であり、持久力の無い地球連邦、その本拠である地球全土を戦略爆撃と戦略封鎖で飢餓に追い込んだ。『我々に殺されるか、餓えて死ぬか、自分で選べ』というある士官の言葉が地球政権への植民地側惑星の憎悪の深さを物語っている。その後、シリウス暦が採用されるがシリウス暦を採用し続けることが地球政権時代、西暦を採用し続けた事とそれがシリウス単独政権の圧制へと他の星系がダブらせる事を恐れた、時の大統領レギウム・ドラグノフ氏は中央議会に掛け合い、公募した中から宇宙暦を採用する。それが宇宙暦元年であり今から780年ほど前のことだ』
『さて、政治制度であるが、時の4人の英雄がまず参考にしたのは旧暦(西暦)のアメリカ合衆国だった。旧暦1900年代もっとも完成された三権分立を採用することで共和国のなばかり民主主義化を防ごうとし、それは成功した。行政権を握る大統領府、立法権を持つ中央議会、最後の審判にして良識の砦、最高裁判所を設立させた。中央議会の定員は450名。うち150名は75ある各星系(州と呼ばれる事もある)から2名、残り300名は各地の小選挙区制度から選らばる。その為、中央議会は『州民連合』と『自由共和党』の二大政党政治が展開されてきた。そして中央議会には最高評議会と呼ばれる行政への諮問機関がある。これは行政の暴走を防ぐために設けられた機関で中央議会から12ある委員会(国防委員会、人的資源委員会、財務委員会など)の委員長12名から構成され大統領の職権(特にダゴン会戦以降は軍事大権)を1度制限することが可能である。行政権を持つ大統領は直接選挙、任期5年3期までと決まっており立法権を持たない代わりに、議会の提案を一度拒否できる。解任請求は原則されない。また大統領が行う重要な行動は評議会に諮問され、ここで2度否決されるとその軍事行動や提案などは廃案となる。また、現役軍人の入閣や大統領就任は共和国憲章で明確に否定されているが、退役軍人は問題ない。むしろマーシャル大統領の様に大軍を指揮した人間を国民が優秀と判断し、大統領へと就任させた例もある。』
『(故に大統領職は人気職でもあるわけですか、校長。)』
『最高裁判所の役割は民事・刑事・行政裁判を抜かせば違憲審査権にあると言えるだろう。立法府が行う議題、法律が共和国憲章に反する場合に効力を発揮し、それを差止め、棄却させられる。だが悲しいかな、現在の情勢、そうイゼルローン要塞が帝国軍の手にあり、共和国軍は防戦一方のため、違憲審査が行われるのはあまりにも少なくなった。』
『例えば、例の選抜徴兵制度の導入でしょうか?』
『ヤン候補生の指摘は相変わらず毒舌だな。そう、その制度も議会に論争の末可決された。本来なら違憲審査なり大統領拒否権の発動なりがあってもよかったのだが・・・・』
シドニー・シトレ中将による士官学校特別講演会より抜粋。著者パトリック・アッテンボロー 『銀河共和国の矛盾』
第六話 密約
首都星シリウスは勝利の報告に色めきたっていた。
アスターテの大勝利が伝わったのであり、当然の結果といえよう。
『やってくれました、エル・ファシルの英雄、イゼルローンの奇跡、魔術師ヤンがアスターテで悪逆非道な専制君主の艦隊を撃破しました』
『共和国軍の事前の報道によりますと、2倍の敵から包囲され勝った例はないとの事。しかも帝国軍は著作権料を支払わずにダゴン会戦を再現しようとした模様。』
『と言うことは、リン・パオ、ユーフス・トパロフル両元帥以上の活躍と言ってよいのでしょうか?』
『そうですね、史上最年少の大将であり、ダゴンの逆転劇を演出したのですからそう言っては良いのでしょうか?』
『それ以上にブルース・アッシュビー元帥より若い元帥の登場です。本人が聞いたら喜ぶ・・・・』
ブツン。
ソリビジョンの電源が切れた、いや、正確には切られた、というべきか。
side ロボス
宇宙艦隊司令長官室で苦虫を何十匹もすり潰した顔でフォーク准将を睨み付ける。
そこには第11艦隊ウィレム・ホーランド中将、作戦部参謀アンドリュー・フォーク准将とロボス元帥の3人がいた。
「どう言う事だ!! 本来であれば逆ではなかったのか!!」
ロボスが怒鳴る。
「そもそも、ダゴン会戦を再現させるよう情報を流させたのは貴官ら二人の為だったのだぞ」
言っていることは責任転換の何者でもない。
確かにヤンが気に食わないことで一致している3人であるが、最初に謀殺を提案し、実行するよう命令したのはロボスだ。
「それが、アスターテでの空前絶後の大勝利。メディアはこぞって元帥号授与を規定事実として報道している」
そう、フォークの流した情報が裏目に出た。
勝利前は反ヤン・ウェンリーと言う様な報道が多かったが、勝利の報告が入るとメディアは一変した。
惑星ネットの批評も批判から大絶賛に変貌している。
これで勲章などで済ませればロボス自身への非難に向かいかねない勢いだ。
「しかも有り難い事に、国防委員会委員長のトリューニヒト閣下まで乗り気と来ている!!」
シドニー・シトレ統合作戦本部長がヤン・ウェンリーの元帥昇進を後押ししているのは分かる。
同じ大将格でありながら、何故だか総参謀長のドワイト・グリーンヒルも親ヤン・ウェンリーだ。
だから二人が賛成するのはわかる、分かっていたが・・・・・
『ロボス君、国防委員会はヤン大将を元帥に昇進させるよう勧告する。これは正式な決定だ』
トリューニヒトがヤンを擁護するとは思わなかった。
彼の思惑はだいたい読める。政治力のないヤンを傀儡にしたいのだろう、と。
だが、パエッタ中将をはじめ軍内部の宇宙艦隊司令官の親トリューニヒト派将校の反発を買うような言動はさけるものと思っていた。
そう考えフェザーンを経由して情報を流したのだ・・・・だが、それが、全て裏目にでた。
「一体全体なぜこうなった!!! 帝国軍は居眠りでもしていたのか!?」
ロボスはこれ以上ヤンを活躍させないため、三人で新たな策謀を開始した。
それは図らずしもヤン・ウェンリーを上らせるための策謀となるのだが、現時点ではそれは誰にも分からない事だった。
side ヤン
『貴方を覇者にするために』
「貴官はいったい何を言っているのか分かっているのかい?」
思わず聞き返す。
(・・・・そうであれ、しかし)
ヤンの中で渦巻く迷い。
足を踏み外しそうな気分だ。いや、この場合は道をそれる気分と言った方が正しいか。
「そうです、私は私自身の目的のため閣下を利用する、閣下は閣下ご自身の身を守るため私を利用する、そういう事です」
(私が覇者になる・・・・それで本当に守れるのか?)
頭の中でぶつかり合う論争。
フレデリカ、ユリアン、アッテンボロー、キャゼルヌ先輩、ラップを初め私を信じて付いてきてくれた人々。ジェシカやシェーンコップのように期待する人々。守りたいもの。
(私はどうしたら良い?)
オーベルシュタインを見つめなおす。
冷徹な義眼には回答が一つだけあった。
ただそれは、ヤンの感じ方とは全く逆方向の回答であった。
「貴官は・・・・・私を裏切らないと確約できるのかい?私が貴官の意にそぐわぬ時は私をも排除する、そうではないのか?」
オーベルシュタインは眉一つ動かさず答えた。
「そうですな、そうなるでしょう」
(言い切ったか・・・・それほどまで自信があるのか)
その時、先ほどまでフレデリカと抱き合っていた感触が急激にもどってくる。
(・・・・フレデリカ)
思い出されるのは養子の笑顔。
大佐、提督、と自分をしたってきた今年16になる少年。
『ヤン提督、僕、軍人になろうと思います。』
(私が反対してもユリアンは戦場に向かう運命にある。あの悪法、選抜徴兵制度がある限り)
ヤンの心は固まりつつあった。
彼に芽生えつつあるのは政治的野心。
その発端は家族を守るため。
たったそれだけをするのに30歳の大将は茨の道を歩まざる負えなくなってしまった。
「やれやれ私は劇薬を手に入れたらしい、それもとびっきりの劇薬を」
皮肉にも動じないオーベルシュタイン。だがヤンはもう驚かなかった。
(まるでドライアイスみたいだな、この図太さは)
「オーベルシュタイン大佐」
「ハッ」
「私を共和国の覇者にする為にはまず何をしたら良いとおもうかい?」
そこで返ってきたのは質問
「失礼ながら、閣下は何が必要だと思われますか?」
ヤンは簡潔にいう。
「停戦、そして講和。ただし、現在のゴールデンバウム王朝以外の勢力と」
ヤンの答えに半ば満足したオーベルシュタインはなお促す。
「さらにあるでしょう。閣下ご自身の身を守るために」
ヤンの顔がゆがんだ。
「・・・・・・・・最低でも宇宙艦隊司令長官と同等になること。つまり元帥号の授与だ」
(いや、それだけじゃ満額の回答にはならない)
「・・・・・・・・そして、親ヤン・ウェンリー派を立ち上げる。」
オーベルシュタインは無機質な賞賛をあげる。
「お見事です、閣下。それに付け加えるならば」
「付け加えるならば、軍内部だけでなく、国民、政界の双方に基盤を持つこと」
さらにヤンは続ける。
「政界への転出。講和の達成。すくなくとも通商条約の締結」
「その理由は?」
「貴官なら、言わなくても分かるだろ?古来より戦争を動かしてきた魔物の一つにして筆頭、経済、さ」
それから沈黙が流れた。
永遠ともいえる沈黙。
そこでヤンは重い口を開いた。
「私が元帥になったら、いや、帰還したら貴官をシドニー・シトレ統合作戦本部長に会わせる。また、キャゼルヌ後方主任参謀やドワイト・グリーンヒル総参謀長にも力をかしてもらう。元帥号を一旦捨ててもこの人事を認めてもらう」
(何故だろうな・・・・こんな陰謀劇を繰り広げるほど私は卑しい人間だったのか?)
オーベルシュタインは相変わらずの姿勢、声色で聞きなおした。
まるで、ヤンが自分が使えるに値する主君であるか確認するかの様に。
「その人事とは?」
今度はヤンも即答した。
「共和国情報部第三課、国内調査・防諜部門。そこで貴官に働いてもらおう。共和国は軍事面以外で国内の防諜にあまり力を入れていない」
「理由は簡単。帝国で作れるものは共和国で作れる。しかも帝国が1作る間に、10を作れる計算だからだ」
(ここまで言った以上、もう・・・・・後には引けない)
そして義眼の男が答える。
「そして国内にいるヤン提督のシンパを集め、国内の敵を掃討する、というわけですね」
「・・・・・・・・・ああ」
義眼の男は敬礼をしてその場を下がった。
そしてヤンは、聞こえるはずのない音を確かに聞いた。
それは、自分の背後で扉がしまる、そんな音だった。